【負炎】付喪神異聞〜蔵
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/05 03:48



■オープニング本文

 付喪神:つくもがみ。古い物に魂が宿ったもの。幸を運ぶか災禍を呼ぶかは宿った魂の性質により異なると伝えられている。

●芹内の思案
 北面においてアヤカシからの攻撃急増は、理穴における魔の森活発化の報と時を同じくしていた。
「‥‥」
 前線から寄せられた報告を前に、芹内禅之正は腕を組む。
 報告書の多くは、守備隊の戦勝を報せるものだ。にも関わらず、彼は眉間に皺を寄せた。彼の懸念は、勝敗にあったのでは無い。問題は、報告書の多くに共通する敵の動きだった。
 敵はいずれも、守備隊と一戦を交えるや否や、躊躇なく退却しているのだ。あまりに、逃げっぷりが良過ぎる。
「‥‥ふむ」
 敵の目的は、陽動か。あるいは、威力偵察や準備攻撃の類であろうか。
 思案し、正座する彼の膝前には、そうした報告書の他にもう一枚、書状が置かれている。理穴よりの援軍要請だ。
(陽動か。陽動であろう‥‥が)
 問題は確証である。
 援軍を送るのは構わぬ。
 構わぬ、が。援軍を送るとしても、おいそれと出す訳に行かぬ理由がある。
 というのも、理穴より届けられた書状によれば、彼の地では補給物資が不足がちであると記されている。である以上、大軍を送りつける訳にはいかない。援軍を送るとしても、援軍は少数精鋭でなくてはならないであろう。
 だがもし仮に、昨今の攻撃が威嚇で無く全面攻勢の為の下準備であったなら。精鋭を引き抜く事による即応力の低下は、そのまま被害の増大に直結する。
「打てる手は、打っておかねばならんな」
 こくりと首を傾いで、彼は座を立った。

●三原家の付喪神
 北面は仁生。
「隣国の危機に駆けつけるは志士の心意気ぞ」
 三原家の若き当主、慶介は傅く妻へ理穴へ向かう事になるだろうと告げた。
 王の内示はまだだが、いつ召集されるかわからない。
「三原家には代々伝わる鎧兜がある。ご先祖様に恥じぬよう武勲を挙げたいものだ」
 心配そうに己を見上げる妻に、召された暁には獅子奮迅の活躍をしてみせようぞと意気を語り、蔵の鍵を手に取った。
 妻には扉の前で待たせ、慶介は燭台を手に蔵の中へ入った。折々に大掃除をしているが、日頃使わないものを仕舞っている事もあり少々埃っぽい。
 慶介は奥を照らした。最奥の葛籠に鎧兜があるはずだ。彼が一歩踏み出した、その時。

 葛籠の蓋が、すぅっと浮いた。次いで、葛籠の隙間から一閃。
 咄嗟に後ろへ飛び下がった慶介の前に現れたのは中身のない鎧兜と篭手に握られた太刀だった――

「私が間合いを取りました所、鎧兜は再び葛籠の中へと戻りました」
 ギルドへ依頼を持ち込んだ慶介は状況を説明し、開拓者の助太刀を頼んだ。初夏の虫干しの際に鎧兜は動かなかったと言い添え、最近になって悪しき付喪神が憑いてしまったようだと語る。誰一人怪我人が出なかったのが幸いだった。
「今、蔵は封鎖し、家人には近寄らせないようにしております。しかし蔵内には生活に必要な物も多くあり、いつまでもこのままでは居れません」
 まこと情けない話ではあるが、よろしくご助力いただきたい。
 慶介はそう言って、礼儀正しく頭を下げたのだった。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
秋月 涼子(ia4941
26歳・女・巫
柳・六華(ia4968
17歳・男・陰
シエル・ヴェントリオン(ia5335
19歳・女・弓
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓


■リプレイ本文

●若き当主
 三原家へ向かった八名の開拓者達は、まだ少年の面影が残る青年に迎えられた。まだ二十歳そこそこだろうか。
 依頼を請けて参りましたと、シエル・ヴェントリオン(ia5335)は生真面目に同年代の青年へ挨拶の口上を述べた。
(「若い‥‥な」)
 一族の当主という重圧を担うには。
 此度の依頼は先祖代々の鎧兜に悪しき魂が憑依したのだと聞く。亡き先祖達もさぞ悲しんでいる事だろう‥‥出来る限りの力になろうと、神鷹弦一郎(ia5349)は物静かに思い遣る。

 蔵へ向かう前に、今回の件について詳細を尋ねておこう。
 シエルに鎧兜の破壊許可の事実を確認された慶介は目を丸くした。構わぬとギルドに伝えているはずだが‥‥そう戸惑い気味に返す。
(「三原君の進退は正直どうでもいいのだけれど、依頼は依頼だからね」)
 頼りなさそうな、それでいていっぱしの志士ぶった青年をそれとなく観察しつつ、柳・六華(ia4968)は葛籠の破壊可否を確認。こちらも鎧兜に準ずるものとして、破壊は致し方ないと考えていると慶介は答えた。
 崔(ia0015)が内部の様子を尋ねた。戦場になるにしろ誘い出すにしろ、蔵内の荷の扱いを考える必要がある為だ。
「定期的に大掃除やってるんなら、虫干しした後に戻す場所は把握してるよな」
 慶介の記憶は貴重品の保管場所の把握が中心だったため、奥方と使用人にも話を聞いて蔵内の位置確認を行う。情報はその場限り秘密厳守を誓った上で、地面に内部の見取り図を描き、件の葛籠をはじめとした物品の位置を記してゆく。
「入口から葛籠までの直線状は‥‥」
「私達が動ける広さは‥‥」
「少し荷を運び出した方が良いな」
 天目飛鳥(ia1211)が図を示し、戦闘に巻き込まぬよう運び出せそうな物は出しておこうと示唆した。
 慶介は葛籠にどの程度近付いた辺りで鎧兜に襲われたのだろうか。また、どの位離れて葛籠に戻ったのか――
「慶介さん、敵の間合いのほどを聞いておきたいのだが」
 紬柳斎(ia1231)が尋ねると、依頼人は太刀の間合いだと答えた。三〜四尺といった辺りか。
「鎧兜と共に葛籠へ収めていた太刀を武器としております。葛籠から出る事なく蓋を持ち上げて攻撃し、攻撃が及ばぬ程離れると蓋を閉めて大人しくなりました」
「慎重な付喪神だな‥‥此方の誘導に乗ってくれば良いが、確率は半々か」
 誘導を想定していた衛島雫(ia1241)が呟く。諦めるのはまだ早いと、飛鳥は検分を促した。
「ギルドで聞いてはいるが、やはり自分達の目と身で確認しておかなくてはな」

●蔵に潜むモノ
 三原家の蔵は白壁塗りの土蔵で、高い位置に窓が開けてあった。
 崔は扉を開けようとする一同を制し窓へ梯子を掛けた。用心の為にと覗いた中の様子はひっそりとしていて、アヤカシが徘徊している様子はない。窓から差し込む日の光に照らされた内部と先刻図に起こした配置を照合し頭に叩き込んで、仲間に開扉の合図を出した。
 光と共に蔵が開かれる。夏の初めに掃除された蔵の中は少々埃っぽく、六華は眉を顰めた。これを機に、ついでの大掃除も良いかもしれない。

 付喪神を刺激しないよう慎重に荷を運び出し、通路を作る。
「やれやれ。戦に備える男に対し、無粋な物だ」
 桐箱を抱え蔵奥の葛籠を注視した雫がひとりごちたのを聞きつけて、秋月涼子(ia4941)がくすりと笑った。
 葛籠が動く様子はない。間合いを見極めるべく、雫と共に柳斎と飛鳥が葛籠へと近付いた。
「まだ、いけるか」
 防御の構えを保ちつつ、歩を進める。
 一歩。また一歩――次の瞬間、殺気を感じて飛び退く。
 飛鳥の前に現れた篭手に太刀を持った鎧兜は、得物を大きくなぎ払った。葛籠の間近にあった行李を豪快にぶった切って、鎧兜は再び葛籠の中へと姿を消した。
「「「‥‥‥‥」」」
 ――出た。思わず互いに顔を見合わせる。
 先程の行動から敵が反応した範囲を洗い出し、次の試みに移った。
「援軍の見込みもないのに籠もりきりとは、先の見えない奴め」
 前に出た雫は充分に警戒して鎧兜の出現を促し、すうっと大きく息を吸い込む。葛籠から頭を出した敵に、渾身の咆哮を浴びせかけた。
 鎧兜は雫が放った最初の咆哮に戸惑うような素振りを見せたものの、次の挑発に乗って全身を乗り出した。
 内部の三名が後退しつつ蔵外へと向かう。誘導を雫と柳斎に任せ、飛鳥が鎧兜の後ろに回り込んだ。少しずつ奥へ移動し、意識を集中させる。
 生物は――四つ。‥‥という事は。
「本体は鎧兜だ」
 葛籠がアヤカシである可能性を、飛鳥は否定した。

「動き出しましたね」
 蔵の外で待機していた涼子が、いつでも援護できるように精霊を呼び出した。
「それにしても‥‥面倒な所に引き篭もってくれたものだ」
 視線は蔵内に当てたまま、手の感覚で矢を選んでいた弦一郎が言った。手の内で符を弄んでいた六華は、鎧兜と符の射程を目算している。事情が事情でなければじっくりと調べてみたいところだけどと、興味深く動く武具を眺める。
(「生まれたての付喪神、ってトコか」)
 崔はいつでも気を放てるように位置を取った。不測の事態に備えて警戒は怠らない。
 誘い出しに導かれた鎧兜は、ゆっくりと日の下へと向かってゆく――

 開拓者に囲まれて、まんまと縄張りから誘い出されたアヤカシが完全に蔵から出た瞬間、崔が蔵の扉を閉めた。
 誘い出され、合戦場ならぬ庭先に晒された年代物の鎧兜は、物悲しくも滑稽に見える。後退を止めた柳斎が兼朱を構え直した。
「さて‥‥せめてもの手向けだ」
 迷う事なく鎧兜の懐へ飛び込んだ柳斎の体当たりに大きく傾いだ。体勢を立て直す隙すら与えずに、飛鳥が精霊剣を叩き込む。
「ようこそ。歓迎しよう」
「目標を狙い撃ちます」
 弦一郎の牽制の矢に合わせて、一切の感情を取り払ったシエルの矢がアヤカシを撃った。
 反撃させるまじと崔が七節棍を打ち付けると、鎧兜は刃向かうように崔へ向き直った。そこへ雫が咆哮を上げる。
「落ち着かないねえ、少し大人しくしたら」
 攻撃目標を定めかねているアヤカシの周囲に六華が式を纏わせた。
 多勢に無勢、鎧兜は一方的に攻撃されている。
 武人の誇りたる武具がアヤカシと化す皮肉、ならばせめて戦いの中で散らしてやろうと、明らかに格下の相手に対し柳斎は礼を以て全力で向かった。武人の渾身の一撃に、先祖代々三原家の当主達を護ってきた鎧兜は只の物質へと還ったのだった。

●調伏の後に
「先祖伝来の鎧兜‥‥出来れば壊したくはなかったのだが」
 アヤカシと化した以上仕方がなかったとは言え、古びた武具と化した鎧兜を前に飛鳥は小さく漏らした。聞きつけた慶介が気にしないでくださいと言い添える。
「悪しき付喪神となるよりは、ご先祖様方も本望でしょう‥‥ありがとうございました」
「‥‥俺でも力になれたなら、良かった」
 初めての依頼をやり遂げて、弦一郎は言葉少なに応えを返す。
 柳斎は付喪神の末路にやるせないものを感じていた。
(「だが‥‥お主が刻んだ武勲は消えるものではないぞ」)
 長きに渡り当主と共に戦場に立った武具に敬意を表して瞼を閉じる。
「‥‥さて、後片付けするか。冬にはちと早いが、大掃除がてら」
 崔の提案に六華が楽しそうに乗った。
「そうだね、これを機に少し蔵を整理すると良いかもね」
 ――また別のものが付喪神になっちゃうかもしれないよ?
 ぎょっとする慶介に「ボクとしては、それはそれで興味があるんだけど」飄々と笑いかけたのだった。