【浄土】越境
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/03 02:32



■オープニング本文

 北面東部、清和地方に端を発した大規模な戦は、長年の確執を越え北面と東房が手を取り合う事で大きな前進を始めた。
 北面と東房の国境に跨る魔の森を、国家を超えて協力し合い共に滅ぼそうというのである。

●表の顔
 天輪王の命を請け陰殻を訪れた東房の使者は、根来寺に留め置かれていた。
 根来寺は閉鎖的な陰殻国内では最も開放的な街で、同国の『表の顔』と呼ばれる都市である。都である伊宗をはじめ、他国の者を寄せ付けぬ秘密主義の陰殻に於いて、唯一他国の者を受け入れるだけの懐を持ち合わせており、故に陰殻国内での交易・交渉事はこの根来寺で行われる事が多い。
 尤も、其処はシノビの国であるから何処にいようと監視の視線は付いてまわる。
「‥‥‥‥」
 四方八方から監視されているのは覚悟の上だ。
 天輪王の要請を伝え、慕容王の言葉を持ち帰る――使者は姿を見せぬ監視の目、身を刺すような気配にひたすら耐えて、身を固くしながら返書の到着を待っていた。

 元は東房の僧が開いたという寺社を中心に市街が拡がっている根来寺は、陰殻の街でありながら東房の印象をも残している。精神修行の心持で待ち続けていた使者は、微かな衣擦れを感じて居ずまいを正した。
「お待たせ致しました。ご苦労でしたね、顔をお上げなさい」
 平伏している使者に降って来た声は若い女のものだ。硬い表情で顔を上げた使者は、声の主を見、息を呑んだ。
 現れたのは側付の女などではなかった。
 その声その微笑その佇まい――御自ら出座された簡素な板張りの小部屋に現れたその人が纏う存在感は、さながら菩薩の降臨が如し。
 呆気に取られている使者へ何を驚くと言うかのように慈悲の微笑みを投げかけて、慕容王は言葉を続けた。
「魔の森の縮小は国家を超えての重要事、冥越の悲劇は二度と起こしてはなりません」
 目元の泣き黒子が心痛に歪んている。
 嗚呼、生き菩薩様が御心を痛めていらっしゃる――良き返事も相まって、有難さに手を合わさんばかりの心持でいる使者に今一度微笑み掛けると、慕容王は天輪王への返書を使者へ託した。
「勿論、陰殻も協力を惜しみません。北面へも協力の旨、返書を送っています。天輪王へ‥‥頼みましたよ」
 かくして、天輪王の使者は慕容王の返書を携え、意気揚々と東房へ戻って行ったのだった。
 
●裏の顔
 陰殻・名張の里。
「ほう、国を越えての戦いか」
 慕容王が東房の要請を請けたという知らせは、程なく名張 猿幽斎(iz0113)の許へも届いていた。曲がりきった腰、皺枯れた顔、一見ただの土着農民にしか見えないこの老人が、四流派の一、名張流の長である。
 報を齎した中忍に拠ると、北面清和地方から東房の国境付近に跨る魔の森を、両国が協力して焼き払う運びになったのだと言う。

 小半時――
 胡坐の股に抱え込んだ杖を支えに、居眠りでもしているかのような姿勢で報告を聞いていた猿幽斎の本意は誰にもわからない。痺れを切らした上忍の一人が声を上げた。
「長、名張の民へのご指示を‥‥‥‥ごッ、ご無礼仕りましたッ!」
 一瞥だけで制して、恐れて平伏する上忍に「何を遠慮する」口先では寛容な言葉を並べ、猿幽斎は杖に身を預けて立ち上がった。
 侮るなかれ――好々爺の動作が肉体的弱者を装っているだけである事を、場に居合わせる忍達は十二分に知っている。
 国内有数の長寿、齢九十を越えた猿幽斎の実年齢を里の者達は誰も知らぬ。シノビの長寿はすなわち長きを生き抜いた証拠であり、今なお生き抜き、里長として君臨する猿幽斎は現役のシノビ――それが全てだ。
 仕込み杖をあくまで撞木杖のように扱い続け、側近達に背を向けた猿幽斎は至当とばかりに言った。
「決まっておろう。王の御意思に従うまでじゃ」
 名張流のシノビは、慕容王の意向に従い清和地方の魔の森消滅に尽力せよ。
 意図を悟った上忍達が次々と姿を消してゆく。
 僅かの後に残ったのは報を齎した中忍のみ――直の配下である中忍は長の後姿を見上げていた。押せば倒れそうな縮みきった背が大きく見える。
 それが、四流派の頭領たる猿幽斎本来の格というものであった。

●共闘――前線の日々
 北面東部、魔の森にほど近き朝日山城。
 先の合戦では弓弦童子に襲撃されアヤカシ共に篭城されていたこの城も、現在では魔の森最前線の拠点として兵達の駐屯場になっていた。北面屈指の戦人集団・瑞鳳隊をはじめ北面の兵士達は勿論の事、他国からの援軍や開拓者も多い。

 近くで昼食を摂っていた男に何気なく話し掛けた開拓者は、関心を顕わにして相手の男を見た。
「へえ、あんた達は陰殻から来たんだ?」
「‥‥‥‥」
「や、ごめんごめん。同業者以外で他国の人が居るのって珍しくてさ‥‥」
 無言で咀嚼している男に無礼だったかと開拓者が謝っていると、嚥下を終えた男は開拓者へ向き直って応えた。
「‥‥いや、こっちこそ飲み込むまで喋れん性分で済まないな。それはともかく俺は陰殻の民だが‥‥そんなに珍しいか?」
 陰殻の財産は人であるという。過酷な土地は人々の糊口を凌ぐほどの作物を育てるのも困難で、主産業が成り立たない陰殻が唯一他国へ輸出できるものは人材くらいなものだ。出稼ぎの陰殻国民など珍しくもないだろうにと男は苦笑した。
「そりゃあ陰殻出身の開拓者はいるよ? けど出稼ぎの人が一々陰殻出身でございなんて言わないもん」
「まあ、そうか」
 男は乾いた笑いを浮かべて、此処へは出稼ぎでなく国の命により派遣されているのだがなと付け足した。
「派遣って事は報酬無しで?」
「まあそうなるかな。だが寝起きの場所と食事が支給されているのだから、それで充分だ」
 三食摂れるのは有難いことだぞ、と男。何でも、北面・東房の要請で陰殻も動く事になったのだと言う。
 複数の国家が、手を携えて大きな一事に臨む。
 事の大きさに、開拓者は未だ戦が終結していない事を悟るのだった。

 魔の森に最も近い拠点である朝日山城に屯する兵達は、交代で食事を摂り、睡眠を取り、戦闘に出る。
 いつでも出撃できるように、待機して時を待つのだ。
「敵襲! 魔の森よりアヤカシ発生」
 この数日で何度となく繰り返されている報告。
 今回は開拓者達が出撃する番だ。数は、規模は、と監視台からの報告に耳を澄ませる。
「城へ向かって接近中、小〜中型の鬼が‥‥さん、し‥‥五体、飛行能力有!」
 それだけ聞けば充分、開拓者達は各々の戦準備を始める。
 仕度を整え集まった開拓者達は、言葉少なに頷きあうと迎撃地点目指して出撃して行った。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
亘 夕凪(ia8154
28歳・女・シ
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
神龍 氷魔 (ib8045
17歳・男・泰
不破 イヅル(ib9242
17歳・男・砲


■リプレイ本文

●出撃――それぞれの想い
 年を越してのアヤカシ討伐は、魔の森が存在する限り常にいたちごっこだ。
 敵襲の知らせに、不破 イヅル(ib9242)の心は、ぴんと張り詰めた。
(‥‥アヤカシは滅す‥‥世界に存在したという記憶すら一つ残さず、滅す‥‥)
 念ずるように心中で繰り返すはアヤカシへの怨讐。頭に叩き込んだ周辺地域の情報を反芻し、向かう先を思案する。
「まあ後から後から‥‥鬱陶しいねえ」
 わかってはいるけれど――と、仕度を済ませた亘 夕凪(ia8154)が独りごちたのが聞こえて、神龍 氷魔 (ib8045)は苦笑した。
「ま、しゃーねーよな。相手はアヤカシだし」
 叩いても叩いても厨に湧く黒い悪魔のようなものかと肩を竦めてみせれば、仲間達から笑みが零れた。
「黒い悪魔、ねぇ。明日の糧まで食われちゃ敵いませんからね」
 俺は今日を生き抜くのに精一杯なんですよ、とトカキ=ウィンメルト(ib0323)。国家間の蟠りは勿論、魔の森の拡大縮小も彼には興味のない事だ。今日を生き抜く、それだけだ。
 アヤカシも魔の森も、自身の前に立ちはだからなければ気にしない。
(ま、私は楽しく生きられて覇道の邪魔がなければ十分だが)
 人間同士が脅威を排除するのに確執も何もないだろうと、雲母(ia6295)はぷかりと紫煙を吐いた。

 北面と東房が長年の確執を乗り越えた今の在りようを嬉しく思う。
 東房へ援軍を請いに行った羅喉丸(ia0347)の思いは、同時にアヤカシあっての共闘である皮肉をも感じていた。
「願わくば、この戦が終わった後も、この関係が維持されれば良いのだが」
「共に歩まんとする人々より託されし一条の灯、徐々に大きな希望の灯に変えてゆきたいものよ」
 祈りを含むその言の葉に、明王院 浄炎(ib0347)が厳かに頷いた。
 開拓者の日々の務めが、その一助となる。
「後に続く者達が為にも、ここでより強固な信頼を得て行かねばならぬな」
 信じる事が力になる。人々の、願う想いが希望へと繋がる。
 ――大丈夫、自分にできる事を頑張ろう。
「‥‥よし、行くか」
 ルーンワース(ib0092)の言葉が出立の合図になった。

●迎撃――為すべきこと
 手短に仕度を済ませた開拓者達は、一路アヤカシが進攻中という地点へと急行した。
「やれやれ、少し両手が寂しいですが‥‥おや、いましたね」
 いつもとは異なる軽装のトカキだったが、敵を目視できる距離まで近付いたところで一旦立ち止まった。
(――――)
 一瞬の制止、自身へ精霊を加護を与えて再び走り出す。
 他の者達も各々の戦い方に応じた場所を取りつつ、アヤカシ達を取り囲みつつあった。

「備えあれば憂いなし‥‥やはり羽猿がいたか」
 羽猿は先の戦いに於いて確認されたアヤカシで、低空飛行と窃盗癖が厄介な敵だ。得物を奪って己で使う個体も確認されており、たかが猿よと油断はできぬ。
「皆、気をつけろ」
 警告を促して、羅喉丸は風呂敷包みを下げた棒切れを、これ見よがしに担ぎ直した。
『『ギィ‥‥ギィ‥‥』』
 案の定、羽猿は羅喉丸の荷に興味を引かれたようだ。
 隙あらば掠め取らんと近付こうとしたが――隙だらけは羽猿の方だった。
『ギャアッ!』
 まんまと近付こうとした猿が強弓に射抜かれて地に落ちた。
 落ちた一体を残して散った、他の羽猿共が矢の飛来した方向を見る。油断はできぬ、そう言うかのように。
 そこには眼帯で片目を覆った女丈夫の姿が不敵に煙管を加えていた。
「飛行型か、最近どうも弓を扱ってなかったな、そういえば」
 くるくると矢を弄びつつ嘯く雲母。その割に容赦ない。容赦ないが、容赦する気もないようだ。
 地上では全身が角に覆われた鬼共が二体、生臭い息を吐きながら接近している。
「仲間には近付かせん!」
 逸早く多角鬼に接敵した浄炎を見た鬼共が、満足気に口を歪ませた。
 笑っているらしい。屈強な男を相手取れるのが嬉しいとでも言うような、下卑た笑いだ。
「愉しいか。ならばしばらく、俺にも付き合ってもらおう」
 もう一体と間合いを計る羅喉丸が浄炎と頷きあう。遠距離攻撃を手段とする仲間達には決して触れさせない。
 同時に――己の身は後方の仲間へと託したとばかりに、羅喉丸は囮の偽荷を投げ捨てた。

 余程良い物が入っていると思い込んでいるのか、あるいは猿共の知能の限界か。羽猿達は円を描いて宙を飛ぶ偽荷を追った。
(‥‥こいつら、万屋の手先だとか言われてたっけ)
 そんな軽口をつい思い出してしまうほどの様相だ。
 接近組に背を預けられていると感じる。だから自分にできる事は全力でせんと、いつでも回復できるように心構えをしつつ、ルーンワースは空中の羽猿達に狙いを定めた。
(‥‥俺ににできる事‥‥負傷者の回復と‥‥遊撃手への連携)
「‥‥夕凪さん、お願い」
 合図というとりは連携を願う呟きめいた言葉を口に乗せ、ルーンワースは風を呼んだ刃は浅ましい姿を晒す二体の間を切り裂いて抜けてゆく。
『ギャァァァァァ!!』
「まったく‥‥手癖の悪い奴らだねえ、いじましいったらありゃしない」
 夕凪の斬撃。貴の色を纏った刀身が翼を失った猿を竹割りに葬ったのと同時に、空へと逃げた羽猿を貫く閃光。
「あんまし好きな戦い方じゃあ無いですけどね」
 呟いて、トカキはアークブラストを此処ぞとばかりに撃ち放った。更に、遠く高台に位置を取ったイズルが着実に羽猿から力を削いでゆく。一弾ごとは小さくとも、猿が飛ぶ高度が下がってゆくのが何よりの証拠だ。
 片羽を射抜かれた猿がバランスを失いふらふらと落ちてゆく。
 一尺、また一尺――力なく落ち続けていた猿が勢い良く宙へ舞い、そして霧散した。
「俺の近くに落ちて来たもんでな‥‥悪く思うなよ」
 目にも留まらぬ氷魔の蹴り、そしてイズルの止めの弾――消えた猿へとさらりと言って、氷魔は残る目標、地上で吠える二体の多角鬼を凝視した。

 一方で、多角鬼に対峙していた羅喉丸と浄炎も決着が着いていた。
 二人は共に泰拳士である。敵の弱点を狙うといった戦いの取り様も近くなるし、互いの動きも把握できる。自ずと連携も取れた戦い方になっていた。
 羽猿達の注意が後方へ向いた後、仲間達に背を任せつつも浄炎の動きに隙はない。大柄の自身より更に長い八尺棍を構えて間合いを取りつつ、多角鬼の一体に狙いを定めた。
「羅喉丸殿」
「ああ」
 羅喉丸がもう一体に対峙したのを短い遣り取りで感じ取る。次の瞬間、二人同時に動いていた。
 浄炎の棍が多角鬼の脚部を狙う。胸部を狙った羅喉丸の拳と共に、二人は同時に二体の鬼から角のひとつを奪い取っていた。
『グォッ‥‥!』
『オオォォォ!!!』
 利き手の神布は確実に手応えを伝えている。如何にも護るとばかりに鬼の胸元を覆っていた角は粉々に砕け、腐色した胸部がむき出しになっている――なのに。
「好戦的と聞くは確かだな」
 足元を打たれて体勢を崩した鬼にも怯む様子はない。寧ろ攻撃した二人に拘泥したらしきアヤカシ共へ、浄炎は棍を構えなおした。
『『オォォォォォ‥‥!!!』』
 雄叫びを上げ、二人目掛けて突進して来る――そこへ。

「一対一で殴り合いもいいが、一方的に責める方が好きでなぁ」
 残り僅かの敵を狙う雲母の矢は頭部の角を削ぎ取るように砕いていった。
 くすくすと楽しげな様子は残る玩具を嬲るかのよう。余裕の様子は未だ眼帯をしたままという辺りにも見て取れる。
「まったく‥‥あなたが鬼ですか」
 トカキはさらりと突っ込んで、得物を持ち替えた。
「これ結構便利なんですよねぇ‥‥結構飛びますし」
 そう言って、彼が棒手裏剣を構えて機を狙っている頃、夕凪は奥の手を携えて直に終わるだろう戦況を冷静に見守っていた。風を呼び鬼達へ牽制を駆けるルーンワース、岩崖から狙いを定めるイヅル、そして多角鬼の攻撃範囲で援護せんと構える氷魔。
 仲間達の援護を背に、浄炎と羅喉丸は駆けた。
 ほんの数歩の距離、一瞬の刻――しかし誰もが長く感じた刻。
「はぁッ!!」
 手応え――あり。
 再び胸部に打ち込まれた羅喉丸の拳に巻かれた神布が角の抵抗なく沈んでゆき、鬼は徐々に姿を崩し始めた。そしてもう一体も――
 めしり、と鬼の首が傾いだ。
 棍の重みに自身の体重を掛けた浄炎の一撃が鬼の首に入った。角を失った鬼の頭が、あらぬ方向へかしぐ。
 確実に急所へ入ったにも関わらず、鬼は尚も力任せに暴れ続けた。
『グォォォオ‥‥!!』
 鬼が絞り出した最後の咆哮。次々と援護攻撃が入る中で、尚も敵愾心を顕わにし続ける多角鬼は、身体ごと巡らせて浄炎を見た。
「‥‥未来への、灯とならん」
 厳かな宣言はアヤカシ殲滅の誓い。払いの一撃で多角鬼は完全に動きを止めたのだった。

●帰還――希望の灯、ひとつ
 接近中のアヤカシ達を迎撃し、開拓者達は朝日山城へ戻った。
 敵発見から迎撃までの開拓者達の素早い対応や手堅い撃破は、被害を最小限に抑える事ができた。
「お疲れ様、さすがだな」
 次々と労いの言葉が掛ける兵士達。開拓者達は彼らの信頼を集めたと同時に、彼らの士気をも高めていた。

 魔の森が健在な以上、まだまだアヤカシは湧いて出るし警備を緩める事はできない。
 しかし、いつかは滅ぼせるような気がする、いつかは滅ぼしてみせる。不可能ではない。

 ――開拓者達は、人々にひとつの希望を灯したのだ。