桜の木のそばで・参
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/26 00:17



■オープニング本文

 お昼寝しに行かないですか?
 桜の花の樹の下、ぽかぽか春の陽気に誘われて――

●もふらの癒し
 神楽・開拓者ギルド。
 掃き掃除の途中だったのだろう、ギルド職員見習いの梨佳(iz0052)が箒を抱きかかえたまま、桂夏と世間話に興じていた。
「七々夜がですね〜 最近、もふらの癒しを覚えたですよ!」
 そう自慢げに言う七々夜とは、昨夏に郊外で拾った仔もふらの名だ。
 郊外のもふら牧場でもふら達が騒がしいとの報を受けて行った先で発見された、生まれたてのもふらさま。人語を解し話すもふらさまには珍しく「なー」「もふ」としか喋れないのと、七夕の笹流しで出逢った仔だからという経緯で『七々夜』と名付けられた仔もふらは、縁あって梨佳が引き取って世話をしている。
「もふらの癒し? 梨佳ちゃん、七々夜ちゃんを訓練させてたの!?」
 梨佳の教育係である桂夏は、梨佳が開拓者同様に港で七々夜に訓練を施していた事に驚いて言った。もふらの癒しを覚えているという事は、その下位スキルであるもふもふの毛皮も習得しているという事である。
「七々夜ちゃん、道理で手触りが良い訳だわね‥‥」
(聡志さんには知られないようにしなくちゃ‥‥)
 小煩い先輩職員の事だ、一般人が育成しているとなれば、きっと良い顔をしないに違いない。
「もふもふの為には努力を惜しんではいけないのです!」
 力説する梨佳を前に脱力する桂夏。ともあれ、一般人だてらに戦闘に参加するでなし、七々夜の訓練は毛並み充実特化らしいので桂夏としては禁止しない事にする。
「七々夜ちゃんには、もふもふ以外に覚えさせちゃ駄目よ?」
「つぶらな瞳で見つめながら伏せする芸も覚えましたよ〜」
 どうやら、とことん可愛い系もふらを目指してスキルを習得させているらしい。

 それでですね、と梨佳。今度の非番に七々夜と昼寝がしたいのだと言う。
「木陰で七々夜を抱き枕にしてですね‥‥で、もふら牧場へ行こうと思ってるです」
「あら、いいわね。行ってらっしゃいな」
 見習いと教育係と言え二人の非番が同じ訳ではないから桂夏は一緒に行けないけれど、梨佳が目一杯羽を伸ばして来ると良いと思う。
 賛成してくれる桂夏に、梨佳は「で‥‥」本題になるお願い事を切り出した。
「あたしと七々夜だけ行くのも‥‥ですし、開拓者さん達お誘いしてって良いですか?」
 七々夜が見つかったこの牧場は開拓者達とも関わり深い。牧場のもふら達は少しお馬鹿さんで忘れんぼさんだけれど、可愛がってくれる開拓者達に懐いてもいた。
「いいわよ、募集の手配をしておくわね」
 そう言って桂夏は過去の依頼帳簿を繰る。この牧場では確か開拓者が桜桃の植樹をしていたはずだ――あった。
「植樹は二年前ね‥‥時期的にまだ早いかしら。サクランボも花の頃かもね」
 お花見も良いんじゃない? などと言いつつ、桂夏は書類を作成してゆく。

 ――暫し後。
 都合が付いた開拓者とその朋友達は、梨佳と一緒に春のもふら牧場へ行く事になったのだった。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 羅喉丸(ia0347) / 桔梗(ia0439) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 海神・閃(ia5305) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / フラウ・ノート(ib0009) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / 无(ib1198) / 月野 魅琴(ib1851) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 神座真紀(ib6579) / 熾弦(ib7860) / 和 葵(ib8592) / 朱宇子(ib9060) / 秋本 明(ib9358


■リプレイ本文

●桜花咲く
 何時以来だろう、本当に何の憂いもなく花を愛でるというのは。
「花見、か」
 ぽつりと感慨深げに呟いた熾弦(ib7860)を、羽妖精の風花が不思議そうに見上げていた。風花の視線に気付いて、熾弦は相棒に向き直る。
「風花がいる春は初めてだわね」
 うん、と頷く羽妖精とは雪深い真冬の頃に出逢った。冬妖精の風花に、春の訪れはどう映るのだろう。
 両手で羽妖精サイズのお握りを持った風花は、うーんと少しだけ考えてから言った。
「冬が終わるのは少し寂しいけど、桜とか見れるのは楽しいね」
 そう言って樹を見上げた風花の金髪が、風にそよいでふわりと揺れた。
 二対の白い羽に白いドレスの風花。
「熾弦?」
「‥‥あ、ああ、そうね」
 満開の桜の下で見る風花が一瞬天からの使いのように見えて、どきりとする。
 いけない、のんびりに慣れてしまっては後が大変そうだ。
「みんなに挨拶して来て、いい?」
 そう言って飛んで行ってしまった小さな相棒の後姿を見送って、熾弦は宴席へも弁当を勧めつつ考える。
(風花が戻って来たら‥‥そうね、牧場の小動物達を集めて風花の遊び相手でもお願いしましょう)
 春だもの、きっと以前訪れた時よりもずっと沢山の友達ができるに違いない。

 先日ちっちゃい子達を見つけた桜の若木はすくすくと育っている。
「あら、羽妖精さんね?」
 声掛けられて一瞬驚いた様子を見せた風花だったが、朱宇子(ib9060)の優しい表情に、こくりと頷いた。
 その所作の愛らしさに目を細め、朱宇子はこの桜桃の樹は幼馴染が挿し木をしたのよと話す。
「幼馴染?」
「そう。無事に根付いたみたいね。よかったわ‥‥小さくても春が来たのをわかっているのね」
 話に聞き入る風花に微笑いかけながら、朱宇子が甲龍のナミの鬣を梳ろうと頚を引き寄せたところ――管狐が潜り込んでいた。
「え、あれ‥‥‥‥ええ!?」
「少々借りておるぞ。中々の毛並みであるの?」
 一体どこの子だろう。白い毛並みを震わせて、くつくつと笑うこの管狐は――それにしても。
「ナミ‥‥あなた、ほんとに動じないんだね」
 両者交互に見遣りつつ、溜息を吐く朱宇子である。
 一方、管狐の相棒はと言うと。
「導、しるべ‥‥!」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)が名を呼べど出て来ない朋友を探していた。
 管狐の導と駿龍のシャリアを伴い牧場を訪れたのだが、一緒に来たはずの導を呼んでみれば居やしない。また何処かで悪戯をしてやしないかと、後追いしそうなシャリアを残して探していたのだが。
「導! どこだ!」
「此処じゃ」
 声がした。が、姿はない。
 もう一度声を掛けると、修羅の娘に頚部を預けた甲龍が返事をしていた。まさか。
「しるべ!」
「此処じゃと言うておろうが」
 間違いない。引き攣った顔を無理矢理に愛想笑いに変えて、ウルグは甲龍と、その相方の朱宇子に言った。
「‥‥その、すまないな」
 事情を飲み込めた朱宇子、申し訳なさげな獣人の青年に会釈して微笑した。
 ウルグの恐縮など意にも介さずくつくつ笑い続ける導と、漸く合流してウルグにべったりのシャリアを交えて、二人と三匹は共に同じ桜で花見する。
「折角の景色であるし、ひとつ描いていこうかの」
 導は器用に絵筆を咥えると、桜咲く牧場の風景を描き始めた。
 ウルグが朱宇子に茶菓子をお裾分けしていると、人見知りのシャリアが鼻面を寄せてきた。不安にさせないよう駿龍を撫でてやっていると、微笑ましく導の様子を見守っていた朱宇子が「あの‥‥」遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「その‥‥管狐って、見るの初めてで‥‥撫でても、いいでしょうか?」
「構わぬ。触りたければ触るが良いぞ」
 描画が一段落付いた導自らのお許しが出たので、そっと毛並みに指を這わせてみる。
「わ、ふわふわ‥‥」
 梳くように指を滑らせる朱宇子に触れられながら、導は言ったものだ。
「シャリアのウルグ好き好きも大概であるの。我のように、他にも友人くらい作らぬか」
 人見知り駿龍の反応は――まだウルグ独り占めの方が良いようだ。

 いまだ見応えある大樹には育っていないけれど、若木の中に桜守が掛けた愛情を和奏(ia8807)は感じ取っていた。
「大事にしてくださったのでしょうね」
 植えっ放しではこうは育たない。まして日々食欲全開のもふら達に囲まれていて、だ。
 開いた花弁を愛でられる有難さよと牧場主に感謝して眺める向こうで、鷲獅鳥の漣李はまったりと羽繕い。時折くるくると頚を巡らせるのは若木を見ているからだろうか。
「随分と大きくなったな」
 さて俺はどうだろうと羅喉丸(ia0347)は我が身を振り返る。
 最近手に入れた竹のお猪口で花見酒を口へと運び、羅喉丸はしみじみと考えに耽った。
「花は咲き、実は結んだろうか。いや‥‥信じて歩き続ける事こそ肝要か」
 克己心に篤い青年である。人妖の蓮華が瓢箪を振りつつ言った。
「まあ呑め。羅喉丸よ、わしの酒は飲めぬと申すか」
 絡み酒気味に酒を勧める蓮華の頭上で、羽妖精のネージュが桜桃の花を観察している。
「羅喉丸、これは何ですか」
「それは桜だ。ネージュは初めてか」
 雪の妖精に然もありなんと頷いて、一献。
 甲龍の頑鉄を見遣った。開拓者登録して最初に相方となった甲龍は、甲羅干しとばかりに大人しく日向ぼっこしている。
「最初は頑鉄だけだったのにな。華やかになったものだ。歩いた跡が道になる‥‥か。これからもよろしく頼む」
 花の下、集う朋友達に律儀に頭を下げる羅喉丸である。

 初めて此処に来た時は彼の双子の姉とだった。
(あの時の桜桃、花をつけたかな)
 植樹から三年、若木の小さな蕾に近付いた佐伯 柚李葉(ia0859)へ、樹の根元に茣蓙を敷いていた恋人が声を掛けた。
「柚李葉、何か見つけたのか?」
 ううん別にと照れ笑いして、柚李葉は幸せに染まる花を見つめる。
 春の訪れに喜び咲き誇る花、まだ数は少ないけれど確実に春を知り花開く桜花。
(花を咲かせたのは‥‥)
 玖堂 羽郁(ia0862)が茣蓙に花見弁当を用意していた。彩りの素敵なものをとお願いしたから、蓋の開くのが楽しみだ。
「おいで、柚李葉」
 優しい幸せの声に小さく頷き、柚李葉は羽郁の傍に座った。
 背後で駿龍の帝星と花謳が玖堂家特製龍餌を仲良く食べている側で、主達も二人の時を楽しんでいる。
 色とりどりの手毬寿司、筍の木の芽和え、厚焼き玉子には韮が彩りよく入り、それから――
「私のお願い叶えてくれたね、羽郁」
 目を輝かせる柚李葉の仕草が可愛くて、羽郁もまた目を細める。
「柚李葉のデザートも春らしくて綺麗だよ」
 氷霊結でよく冷えた桜餡の水羊羹は、目にも爽やかで愛らしい。あーん、と柚李葉が差し出したのをぱくりと食べて、料理上手の彼は美味いと顔を綻ばせた。
 遠慮気味に現れた梨佳にどうぞどうぞと場所を空け、二人は七々夜やもふら達にもお裾分け。
「はい、リクエストの美味しいお菓子だよ♪」
「あはは、羽郁さんのお菓子は何時でも美味しいですよぅ」
 桜の塩漬を練りこんだスコーンにはお好みで蜂蜜を。
 注がれた茉莉花茶から芳しい香りが立ち上る中、羽郁は梨佳に報告する事があるのだと、柚李葉の肩を抱き寄せて言った。
「俺と柚李葉、婚約したんだ!」
「わぁ! おめでとうございます!」
「お義父さん達にはこれからだけど‥‥ちゃんと言います」
 両手を重ねて大喜びする梨佳に、柚李葉は顔を真っ赤に染めて照れている。
 二人はじきに両家公認の婚約者達になるだろう。幸せと元気と御馳走を分けて貰った梨佳と七々夜の後姿を見送りつつ、柚李葉は真傍にいる羽郁を見上げて囁いた。
「羽郁‥‥私今とても幸せよ」
 耳の傍に聞こえる恋人の声を、羽郁は静かに聴いている。駿龍達は草原に頚を預けて二人の様子を見守っているかのようだ。
「何時かこんな風に帝星さんに見守られて、花謳も一緒にお嫁さんに‥‥」
 嫁けたら嬉しいと言葉を紡ぐ代わりに柚李葉は笛を手に桜を見上げる。
 羽郁は心のままに奏で始めた柚李葉に合わせて、一指し舞い始めた。

●桜花の茶会
「あ、梨佳ちゃん。こんにちは〜七々夜ちゃんも、もふ元気ですか?」
「春もふ〜」
 柚乃(ia0638)と、彼女の膝に乗っかった小さなもふらの八曜丸。今日は謎の襟巻きさんこと管狐の伊邪那はいないようだが――
「もう、春ですもの。襟巻きは暑い‥‥え、熱い? 梨佳ちゃん達のコトですね♪」
 ヒデの仕事を眺めている桔梗(ia0439)へ視線を向けて言ったものだから、梨佳はほんのり赤くなる。
「えと、フラウさんの今日のお連れさんは‥‥」
 話題を変えようとフラウ・ノート(ib0009)に話を振ると、肩を震わせていたフラウは遂に大爆笑した。
「ふ、フラウさん!?」
「ごめんごめん、そうじゃなくて‥‥リッ、リッシーが‥‥ぷくぅ!? あははは!! 可愛いのよ。今のあの子っ!」
 どういう事だろうと一同が辺りを見渡せば、水筒を斜め掛けして遠足仕様の猫又が不貞腐れている。
「わぁ、かわいー♪」
「よくお似合いです♪」
 軒並み好評なのだが、当の本猫又は御機嫌斜め。からかわれるよりからかう方が性に合っている猫又のリッシーハットは神経質に尻尾を揺らして、早く水筒を外さんかと言わんばかりだ。
 暫く見世物になった後、きつく目を瞑ったフラウに水筒を外して貰って自由の身になったリッシーハットは、一目散に逃げていった。
「あはは! あー可笑しかった!!」
 日頃の意趣返しとばかりに散々大笑いした後、フラウはにこやかに「お茶はどう?」猫又が運んできた水筒を示して、また笑った。
「ぷ、くくっ‥‥思い出すだけでも可笑しいわー♪ あ、中身はどれも違うから」
 カップに広がる琥珀色、香りも風味も異なる茶葉を水筒ごとに淹れてある。それらに合った軽食も仕度済みだ。
 久し振りに駿龍の風花を連れて自然を満喫してきた海神・閃(ia5305)や、午前の仕事を終えた世話係のヒデも交えて、皆で昼食と相成った。
「すげーな、御馳走いっぱいだ!」
「うん。沢山作ってくれた、から。みんなで、食べよう?」
「なー、なー」
「僕にも勧めて良いもふよ」
 行儀良く順番待ちしている七々夜と幾千代にも給仕して。ちらし寿司に込められた春の恵み、筍と山菜に目を細める梨佳を、ちらと見る。
「えへへ、あたしワラビやゼンマイ、大好きです〜」
 木蓮屋敷の皆さんで採りに言ったんですかと梨佳は尋ねて、牧場にツクシ生えてないですかねぇと広い草原を見渡した。生えてたら摘んで帰って佃煮にしてもらうのに等々、春の料理が話題に出るのも季節を感じる御馳走あっての事。
 食後の果物も春らしく苺、それから甘夏を蜂蜜漬けにした甘酸っぱさは遊び疲れた身体にも心地良く染み渡る。
 美味しいものがいいって言ってたからと、閃は小さな皿を梨佳に出し。
「どうかな?」
 小皿の白い饅頭生地の下に薄紅色が透けて美しい。添えられた菓子楊枝を入れれば餡が姿を現した。塩漬け桜を餡に練りこんだ桜饅頭だ。
「ありがとです、とっても美味しいですよ〜♪」
 良かった口に合ったみたいだと、梨佳の反応に微笑して、閃はゆっくりと伸びをした。
 桜の見える空の下、陽光に身を伸ばして春の空気を謳歌する。久々の遠出に風花も寛いでいるようだ。

 いつものあのコは、さくらんぼの木の下にいた。
「おねえさんもふ!」
「おひさ〜♪」
 相も変わらずもふもふ集っているもふらさまの中から互いをしっかり発見し、御陰 桜(ib0271)は再会のもふもふ。
 花見の席は御馳走が沢山。お土産の果物をもふら達に、のんびりと御相伴に与りつつ桜は仲良しさんをもふもふしている。
「これ、息子が作ってくれましたの」
 二十代半ばのお母さんの息子さん。
 幼い男の子が「一人で作れるもん!」とばかりに作ったのだろうかと、ほのぼのしい想像をした梨佳、『母親』と菓子を見た。
 マドレーヌにドーナツ、クッキーなどが形良く並んでいる。手馴れた――というより玄人裸足の焼き菓子だ。
「息子さんは、お幾つなんですか〜」
「子供達は上の子が36で下の子が16ですぅ〜」
 え、と場に居た皆が固まった。
 三十路の息子を持つ若々しい母親の名は和 葵(ib8592)、名を聞いて梨佳は覚えのある兎の獣人男性の名を挙げて尋ねた。
「そうですよ〜 うちの息子ですわぁ」
 明らかに『息子』の方が年嵩に見える。一回り歳の差夫婦と言っても信じられそうだ。
 一体幾つなんだこの女性はの視線をのほほんと受け流し、葵はクッキーをひとつ取って鬼火玉の空蝉の口に放り込んだ。甘い物が好きな空蝉、くるりくるりとその場で回っている。どうやら喜んでいるらしい。
「梨佳ちゃん、オンナは見た目年齢よ〜♪」
 もふもふしながら桜が言った。二人共、この先いつまでも若々しく美貌を保っているような気がする。
 ですねぇ、と、もう一人美貌を保ち続ける母親がいる作業小屋付近に視線を向け、梨佳は「そう言えば」と葵に向き直った。
「息子さんに初めてお会いした時‥‥あゃ、葵さん?」
 酔いの回った葵が広い場所で神楽舞を始めていた。
 鼓舞するように踏みしめられる大地の脈動、何故か浮き立つもふら達。
「葵さん、一体何の神楽舞をっ!?」
 舞いながら叫んでいるが呂律が回っていなくて全く意味が解らない。酔いに任せて舞う様は何かに憑かれたかのような狂気さえ滲ませて――
「あおいさーん、戻ってきてくださーい!」
 半ば泣き叫んでいる梨佳の横を、さっきまでドーナツを咥えて御機嫌な様子だった空蝉がすっ飛んで行った。
 一直線に葵目掛けて跳んでったかと思うと、全身で体当たり!
「葵さん! 空蝉さんっ!!」
 一人と一体は一緒くたになって姿を消した。梨佳が七々夜を抱えて恐る恐る見に行くと、安らかな寝顔の葵と甘い物切れで転がっている空蝉。片手に持っていた食べかけのマドレーヌで功労者を労う一幕もあったりして。

 酔っ払い一名が発生したものの、宴会は和やかに続いていた。
「私は此処へ初めて来たのですが、如何です? この牧場の話を肴に一杯」
「おや、それは嬉しいお誘い」
 片手に古酒、もう片方の手に何個かお猪口を持った月野 魅琴(ib1851)の仕草に笑顔を向ける无(ib1198)。
 では先日起こった出来事など――と、不埒な青年から純真な少女を救った話を肴に杯を酌み交わした後、そう言えば彼今日は何処でしょうねなどと言いながら、もう一方の桜にも挨拶してきましょうかと席を立つ。
「行楽ひとつにも面白い話はあるものですね。ね? スーサ?」
 相方に目を向けると、駿龍のスーサはもふら溜まりに顔だけ突っ込んでいた。どうやら毛並みに癒されているようだ。
 スーサの奇妙な姿勢にクスクスと笑う魅琴は内心思う。
(初めての牧場に、私も心が跳ねているようですね‥‥少々大人気ないですが)
 だが、そんな感覚も悪くはなかった。
 陽だまりのようなもふらの毛の温かさに埋もれるのも良いものだ。相変わらずまったりのんびり、もふもふしていた桜の後方で、忍犬の桃は大人しく待機している。
「わふぅ‥‥」
 桃は気遣いの出来る良い子だ。楽しげな桜の邪魔をしないよう、修行の相手をして欲しいのをじっと我慢している。
(ふふ、そわそわしてきたみたいねぇ)
 桜とて、桃の様子に気付かない訳がない。くすりと笑って、荷から鞠を取り出した。
「桃、少し修行する?」
「わんっ!」
 待ってましたと千切れんばかりに尻尾を振る桃に先導されて鞠投げの訓練を始めた。
「桃、いくわよ〜♪」
 今日はちょっぴり変化球。普段通りに鞠を投げつつ、そ知らぬ顔して時折二個投げてみたところ。
「「わんっ!!」」
 咄嗟に影分身した桃が同時に二個の鞠を打ち返した!
 戻って来た桃の腹毛をもふもふして、桜は努力家の妹分を褒めた。
「えらいえらい♪ 桃、頑張ったね♪」

●春の嵐
 今年の開花は遅いと聞いたが、遅れた桜は尚の事可憐に花開いている。
「わーい、桜の花が綺麗ですぅ」
 花を見上げてにこにこ顔の羽妖精の様子に、神座真紀(ib6579)は自分も嬉しくなった。
 その名の通り春音は春の妖精で、桜色の髪に色白の肌、ちょっぴりぽっちゃりさんな事も相まって、まるでお餅のよう。まして新緑を思わせる緑のドレスを着ているものだから――
「わーい、美味しそうです〜」
 梨佳が桜餅扱いする一幕もあったりして。
 仔もふらの七々夜を抱えて牧場内を散歩していた梨佳に、家でこさえてきたんよと真紀は塗りの箱を開けた。
 中から現れたのは鯛の生寿司。酢〆の鯛を載せた寿司飯を塩漬け桜葉で包んだ、目にも香りも春らしい逸品だ。もちろん桜餅も用意してある。
「沢山こさえて来たんで、食べてや?」
 花見客に勧めつつ首を巡らせた真紀は、羽妖精の男の子と、何やら肩を落としている様子の開拓者に気付いた。
「あれ、どないしたんやろ‥‥? ちょっと、そこの人‥‥」
「「「おべんともふ〜」」」
「「おもちもふ〜」」
 声を掛けようとして、寄って来た牧場のもふら達に包囲されてしまった真紀は、梨佳へお裾分けの配達を頼んで、もふら達の対応に。
「「「おっきいさくらもちもふ!」」」
「ち、違うですぅ‥‥」
「この子は桜餅ちゃうから!」
 とは言え、丸くなって眠る様子は本当に桜餅のようで愛らしい。
(やっぱり桜餅に見えるな‥‥)
 可愛いから、それもええかと真紀は膝上の春音を撫でた。

 一方、もふら達にたかられている真紀から見えていた開拓者――菊池 志郎(ia5584)の事情は、というと。
「天詩、少しは落ち着きなさい。お花見に来たのですから、少しは桜を愛でる気にはならないんですか」
 牧場のあちこちでまったりしている他の朋友と開拓者達に目を向けて小言を言うが、当の天詩は気にしていない。
「春、一杯!」
 元気に桜樹の幹を周ったり枝にぶら下がったり、通りがかったもふらさまに乗っかったりしている活発な羽妖精の男の子――のように見えて、実は天詩は女の子だったりする。
 おおよそ淑やかさからはほど遠い、活発な天詩が戻って来た頃合を見て、手弁当を広げると。
「‥‥‥‥やられた」
「しーちゃん、やられたねえ」
 溜息を吐く志郎と、弁当箱を覗き込む天詩。
 弁当箱が空っぽなのが誰の仕業かは言うまでもない、今日留守番に相成った管狐の雪待に違いない。
 ともあれ無いものは仕方ない訳で、志郎は所持品を確かめた。牧場へ来る前に桜並木を通ったのだが、あちこちでいただきものをしたはずだ。
「今あるのは、ここへ来る途中で配られていたお花見のお菓子ですね。うた、どれにしますか?」
「裂きイカ!」
「‥‥渋いですね」
 そんな訳で、天詩は裂きイカを噛み締め志郎は白大福を手に桜を眺めていたところに、梨佳が差し入れ持って現れたという訳だった。
 ありがとうございますと宴の厚意を受け取って穏やかに微笑んだ志郎が食していたのが兎月庵の白大福だったもので、梨佳は素朴な疑問を口にした。
「桜餅って場所によって作り方が違うんですよね? 兎月庵の桜餅は、どんな形なんでしょね‥‥?」

 ――くしゅん。花冷えだろうか。

「もう良いですよ。でも独り占めは駄目ですよ? 皆で食べるのですから」
 鈴梅雛(ia0116)が、もふらの長老様に運んで来てもらったものこそ、桜餅や団子をはじめとした兎月庵で誂えて来た菓子類なのだった。
 場に居合わせた者、皆、共に。
 季節のお重に暖かい飲み物を添えて提供するのは礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 未楡(ib0349)。駿龍の鈴麗と斬閃がのんびり日向ぼっこしているのを微笑ましく眺めつつ、未楡は七輪持参で湯を沸かす。
「満開の桜の様な素敵な笑顔が綻び、咲き乱れていますね」
 未楡から受け取った暖かい茶の湯呑みを手に、无はこの牧場に古くからある桜樹を眺めた。
「咲くも桜、散るも桜かね」
 満開の桜は盛りを急ぐかのように、ちらりほろりと花弁を舞わせている。頭に管狐のナイを乗せ、夜色の駿龍は大人しく无の傍らにいたのだが――頚を巡らせ片目を瞑ると、大きく翼を広げて風を起こした。
「こら、風天‥‥他人様も居‥‥」
 突如発生した花吹雪に无が尾無狐と呼ぶナイは目を丸くするばかり。慌てて周囲に被害が出ていないか確認する无だが、周りは見惚れる者ばかりだ。
「‥‥まぁ綺麗だから良しとしよう」
(まさかソニックブームじゃないよな‥‥)
 過ぎった思いはお茶と一緒に飲み込んで。无は緊張を解いた。
 夜までこうしてのんびりしよう。夜になれば、いい月と夜桜を見られるに違いない。

「熱いから気をつけてくださいね。お握りは如何ですか」
 皆の給仕をする真夢紀。行儀良く並んだお握りは油揚げと人参が目にも鮮やかな筍ご飯、菜漬けで包んであるのは葉山葵のお握りで、未楡お手製の炊き込みお握りもある。
「どっちも魅力的だな〜 どっちも欲しいな〜」
 村雨 紫狼(ia9073)の視線はお重の御馳走と真夢紀と未楡の間を彷徨っている。寧ろ幼女と美女の間を彷徨っている時間の方が多いような。
「何さっそく他の女の子にセクハラしてるのエロマスター!!」
「耳がぁ! 耳がぁっ!!」
 紫狼の左耳に平手の突っ込みが入った!
 ごめんねビックリしたでしょと謝るのは紫狼謹製ドグーロイド、土偶ゴーレムのアイリスだ。
「せっかく今日はボクがマスターを独り占めできるのに‥‥」
 意外とアイリスならではのデレ表現らしい。むくれたまま甲斐甲斐しく紫狼の小皿に鶏唐揚げや筍の煮物を取ってやっていたりする。
「お姉ちゃん、ちょっと可哀想だったねマスター‥‥」
 家に置いてきた姉こと姉妹機のミーアに思いを馳せる。一緒に行きたいと散々駄々をこねたミーアだが、今回はアイリスがお供だ。
「まーな、依頼は相棒1体だ、仕方ないだろ」
 許せと自宅がある方向へ手を合わす。元祖ドグーロイドの気配には気付かずに。
「あー、いいよなー筍の煮物! 春らしいつーか、独り身には嬉しい味つーか」
 耳から血を流しながらも何事もなかったように箸を取る紫狼の手が止まった。
 小皿の中が空っぽだ。
「アイリス?」
 ――な訳ないよな、土偶だし。
 お重には御馳走がまだ沢山あるのだし気にしても仕方ないと、今度は紫狼自ら取り箸を使ったのだが――取ったはずの新牛蒡と肉の炒め物が、ない。
「何してるですか?」
 桜花の形をしたクッキーを手に、梨佳が紫狼の手元に寄って来ていた。実に無防備、食べ物いっぱいで幸せ満喫中のようだ。
「さては、梨佳たんの仕業かー」
「?」
 紫狼は勝手に納得した。
 梨佳の背辺りで管狐の尻尾がふわふわしているのだが、それは眼中にないらしく、ろりこんまんは極めて自分に都合よく解釈している。
「あんまり美味そうだったんで食っちまったんだなー」
「??」
 梨佳は首を傾げている。まさか自分がつまみ食い犯になっているとは、全くの思案の外だ。
「よーし、そんならお兄さんが食べさせてあげよ‥‥‥‥んぎゃぁぁあああああ!!!」

 ピンポイントで気まぐれな春雷発生! 落雷地点、村雨 紫狼!

「やっぱり若い子がいいのですねミーアとは遊びなのですね〜!」
「どわ〜ミーアっ!? お前なんでここにーっ!! まさか今の雷撃はお前がっ!!!」
 ないない。
 如何に人型を追及していてもミーアは土偶ゴーレムだ。目からビームを発しても、雷は落とさない――はずだが、ピンポイント不幸はこれに留まらない。
「おや、風天が粗相を」
「粗相じゃねーだろ、絶対確信犯だろそれ!?」
 桜花に可愛らしい悪戯をしていた駿龍の流れ弾が紫狼の額を撫でてゆく。
 もう少しで天辺ハゲだ。下手すると首チョンパだったかもしれなかった――!
「ヤバイから、それめっちゃヤバイからっ!」
 騒げば騒ぐほど被害は拡大してゆくもので、読書の顔を上げた弓術士が徐に動き出す。
「平穏乱す奴は天罰が下るのだ」
 からす(ia6525)の威嚇射撃の雨が降る中、さすがに騒ぎ過ぎだろうと呪縛符を握り締めた无に合わせて秋本 明(ib9358)の掌からは石礫。
「俺はよォ、今日は頑張るって言ってんだ! 元祖ネタ師舐めんなよォ!!」
 逃げ惑う紫狼の騒ぎに喪越(ia1670)が加わって、もう何が何だか判らない混沌空間に!
「もうせっかくのマスターとのデートが〜! この駄姉!駄マスター!!」
 切れるアイリスまで暴れる大乱闘!
 びっくりして懐深く潜り込んだ仔猫又の小雪に、真夢紀は大丈夫と衣の上から撫でてやる。
 そう、いつも通りだ。土偶ゴーレムのジュリエットがイイ男を探して牧場を散歩しているのも、多分。

●牧場の午後
 一波乱過ぎて。
 明の駿龍、KAIが気侭に草原の上を飛翔する空の下、腹がくちくなった開拓者達の幾人かは、うとうとし始めていた。
「ぽかぽかとあったかで、気持ちよいです」
 心地良い陽射しに景色、もふもふと柔らかな心地は安らかな眠りを誘いそうだ。もふら達や長老様に埋もれて、雛は安らぎを覚える。

「好きに使うでありますよ」
 どん、と目の前にあるもふもふが喋った。からすのもふら浮舟だ。
 そのあまりに魅力的な誘惑に梨佳はうずうず。いいですかと許可を取ると、浮舟待機場所を中心に茶席を開いていたからすは事も無げに言った。
「構わないよ。梨佳殿、寝てみる?」
「わーい、七々夜お昼寝するですよー!」
 仔もふらを抱えて、毛布完備の動くもふらベッドに掛けられた毛布をそっと捲ると――
「じゃじゃーん!」
「わぁっ!!」
 突如飛び出した羽妖精に梨佳は驚いて尻餅を搗いた。書物に目を通していたからすが「大人しく」と窘める。
 ところでこの羽妖精、初めて逢う子だ、誰だろう。
「えと、どちら様です?」
「ボクはキリエ、悪戯は妖精のサガなんですよ」
 赤い髪の羽妖精はそう言って、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
 再び書物へと目を落としたからすが本格的に威嚇射撃を発動しないように、静かに話をしていると、元来が朗らかな質のキリエは眠くなってきたようで。
「ふぁ‥‥キリエも眠くなってきたです」
「寝るでありますか」
「眠っていいよ。あ、そうだ」
 浮舟の反応に、からすは荷の中からキリエサイズのもこもこパジャマを取り出した。
「ありがとー」
 周囲の目はお構いなしで早速着替えるキリエ――おや、フードがもふらになっている。
 ちびもふらと化したキリエはちょうど七々夜と同じくらいの大きさか。借りて良いかと問われて、梨佳はどーぞと七々夜を浮舟の鬣辺りに置いた。
「とぅ!」
 掛け声勇ましく、もふベッドに飛び込んだキリエ。もふベッドにもふ枕、更にもふパジャマのもふ尽くしだ。
「どうだ!この癒し空間!」
 ここに究極のもふ寝具セットが誕生した!
 とは言え、このまま眠ると永眠してしまいそうな心地良さ。梨佳に七々夜を返却したキリエは「おやすみ」毛布に潜り込んで今度こそ寝息を立て始めた。

 七々夜を抱えて木陰に腰掛けた梨佳は、幾千代を抱えた桔梗と一緒に、午後の仕事を始めたヒデの様子を眺めていた。
「七々夜、ふわふわ」
「僕もふわふわもふよ?」
「‥‥ん、分かってる。幾千代も」
 焼餅焼きの可愛い子の毛も撫でて、七々夜が一緒なら梨佳は綿飴に埋もれる夢が見られそうだと桔梗は微笑む。
「ふわふわへの道は長くけわしいのですよね‥‥」
 ぽつり呟く梨佳には腕の中の仔もふらへの実感が籠もっている。一頭でも大変なのに、牧場のもふら達を日々世話しているヒデ達はどんなにか大変だろう。
「でも‥‥大変以上の‥‥愛じ‥‥‥‥」
「梨佳?」
 話が途中で途切れたのを不審に思って梨佳を見ると、こっくりこっくり舟をこいでいる。ほどなく寄りかかってきたので、そっと肩を貸す事にした。
 あどけない寝顔に微笑して、桔梗は七々夜に問いかける。
「七々夜は梨佳が好き?」
「なー♪」
 思わず小声で、と人差し指を口元に添える桔梗。
 梨佳に起きていて欲しいのか寝ていて欲しいのか、彼自身もよく判らない。
 だけど――何となく今なら言えるような気がした。
「俺も好き。一緒だな」
 幾千代を膝に乗せたまま、七々夜の毛をそっと撫でる。
 ――好きでいて良いか。
 桔梗の言葉は風に掻き消されるほど小さな小さな囁きだった。
 傍にいても聞こえそうにないほどの囁き。起きているもふら達にも聞こえない、まして眠っている梨佳には――なのに。
「梨佳?」
 腕に新たな重みを感じて、桔梗は眠っている少女を見た。
 眠っている、けれど梨佳は桔梗の袖を掴んでいた。まるで離れたくないと言うかのように。

 遠目に桜を愛でながら読書に勤しんでいた瀬崎 静乃(ia4468)は、いつの間にか七々夜が管狐の白房と並んで膝に乗っていたので、そっと手を添わせて尋ねた。
「‥‥こんにちは。あなたの相棒さんは、どうしたの?」
「なー」
 人語は話せなくても案外意思疎通はできるもので、七々夜は木陰で桔梗と身を寄せ合って眠っている梨佳を示して鳴いた。
「‥‥そう。梨佳さんも疲れているのかも」
 微笑ましい二人の邪魔をしないように、七々夜は少しの間借りておく事にする。
 最近更にもふもふになったという噂の毛を梳いてやり、じっとしているのに飽いてきたようなら白房を首に巻いて一緒に散歩したり。
 梨佳が目を覚ました頃合に七々夜を送って行くとしよう。

 これはとある春の一日。晴れた日の開拓者達の物語――