唐くれなゐに染め上げて
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/05 17:58



■オープニング本文

 御山の裾を彩るは、秋のもみじ葉、紅にしき――

●傍流の家で
 北面国の一貴族である七宝院には本家と分家がある。
 本家は格式ある古くからの家系で志体持ちの姫君がおり、分家は数代前に本家と婚姻した地方豪族の末裔が七宝院を名乗っている傍流の貴族である。
 傍流には地位はないものの、暮らすに困らぬ金はある。
 祖先が遺した資産で優雅に暮らす分家には、年頃の姫が二人いた。姉姫は御歳十八、妹姫は十五、いずれも絶世の美貌と噂が立つ姫だが、実は姉姫の姿を見た者は乳母以外いない。
 故に、姉姫――七宝院 絢子(iz0053)を、人は翳姫(かすみひめ)と呼んだ。

 さて、その日翳姫こと絢子は、自室で乳母に気掛かりを尋ねていた。
「於竹、あの子の様子は、どう‥‥?」
 最近、妹の七宝院 鞠子(iz0112)が酷く落ち込んでおり、何をするのも上の空で愉しむ事なく、終いには部屋に閉じこもり気味になっていた事だった。

 絢子も屋敷の外へは出ない。屋敷どころか部屋から一歩も出ない。
 絢子は乳母の於竹以外の家人とは会おうとしないし、於竹以外、両親すら絢子の素顔を知らぬという有様だが、それは絢子が変わり者の姫だからだ。
 自分だけの世界に愉しみを見出す絢子にとっては、世間の噂や他者の評価はあまり意味を為さぬ。殆どの情報は外から齎されたし、絢子にはそれで充分だった。
 しかし鞠子は社交的な質だ。誰かの為に役立ちたい、志体なき身体なれど出来る事はあるはずと、深窓の姫ながら外の世界に足を向ける前向きな娘である。
 その鞠子が、最近屋敷に閉じこもっていた。
「あの子は元気になったのかしら‥‥?」
 姉としては気掛かりではあったのだが、絢子とて積極的な質ではないから、解決に導く事もできずに於竹を通じて様子を尋ねるのが精々という状態だった。
 於竹は鞠子付の乳母から聞いた様子を絢子に伝えた。
「曙姫様は、先日、花椿隊詰所へ向かわれた由にござりまする」
 姉の通称に対して妹の通称は曙姫という。鞠子は、ほのぼのと夜が明ける頃の希望を連想させる気性の姫だ。
 その曙姫、仁生にある花椿隊詰所を訪れたらしい。そこで開拓者の助言もあって、少しずつ気分を持ち直しつつあるのだとか。
「何でも、再び吟遊詩人への道を模索し始められたとか」
「それは良かった‥‥でも、あの子はまだ吟遊詩人になりたいのね‥‥」
 志体を持たぬ者が精霊の力を操る事はできない。持って生まれた資質の違いというものだ。
 にも関わらず、鞠子は頑なに吟遊詩人を目指そうとする。絢子にはそれが解せなかった。

 だが――妹が望むなら手を差し伸べよう。
「於竹。開拓者ギルドに使いを出して。ちくわ‥‥供を、お願いね?」

●山神に調べ捧げん
 開拓者ギルドに出されたのは管絃の誘い。
 秋山に詣でて山神に歌舞音曲を――要するに、紅葉狩りの宴を催しますという誘いだった。

 場所は、傍流七宝院家が先祖代々所持している北面辺境の山。
 過去に花見へ向かった開拓者もいるだろう山は、今は紅葉が見頃だ。山の頂きで七宝院のニノ姫が楽を奏でるので、合奏の相手を探している――というのが依頼の趣旨だ。
 勿論、宴会準備や観客、ごく普通に紅葉狩りに混ざるのも構わない。朋友同伴を許可しているから、秋の一日をのんびり過ごすのも良いだろう。

 秋の行楽。共に行きませんか、青い青い秋空に真っ赤な紅葉が映える山へ――


■参加者一覧
/ 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 若獅(ia5248) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ジークリンデ(ib0258) / 无(ib1198) / 御調 昴(ib5479) / 刃兼(ib7876) / 佐伯 隼人(ib8173) / 安芸郷士(ib8240


■リプレイ本文

●唐紅に染め上げて
 空から眺めた御山の紅は、今まさに盛りの時を迎えていた。
「わぁ‥‥凄いですね‥‥!」
 鷲獅鳥の背から見下ろした絶景に、御調 昴(ib5479)は歓声を上げた。
 戦いに明け暮れる日々、随分と長いこと季節には無頓着でいたような気がすると、自然を前にして改めて感じていると――
「‥‥っと! わぁ、ケイト、落とそうとしないで!?」
 いまだ懐いた様子もない気位の高い鷲獅鳥は、昴が気を緩めるとすぐさま振り落とそうとする。
 地上はるか上空から落とされては堪らない。懸命に手綱を握り締め、昴は凶兆の星の名を与えた朋友を必死で宥めた。
「少しくらいの息抜きも必要なんですよ? なのに‥‥やっぱり僕が未熟だから、休んでる暇なんか無いって事でしょうか‥‥」
 弱気な呟きを聞きとがめたケイトが更に激しく振り落とそうとするので、昴は地上の手伝いは諦めて空から様子を楽しむ事にした。
「ケイト、せめて宴の間くらいは僕を背に乗せていてください‥‥わぁっ!!」
 秋山に昴の悲鳴が木霊した――

 龍獣人と鷲獅鳥が厳しい訓練(?)を行っている空の下では、開拓者達とその朋友、山の持ち主の親族が宴の仕度に余念ない。
 簡易竈を作って火を熾し、その上にいくつかの鍋を並べているのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。ほどなく食欲をそそる香りが立ち始めると、ちくわが寄って来て小さく鼻を動かした。
「すき焼きは好き? 獣肉駄目なら海鮮鍋もありますよー」
 なるほど、鍋の数だけ料理があるようだ。
 長葱に春菊、白滝、焼き豆腐。肉と一緒に、竹筒に入れ持参した合わせ調味料で煮てゆく。肉や魚介類は保冷して持ち込む辺り、何とも用意周到だ。
「ほう、これは美味そうやな」
 鍋を覗き込み、佐伯 隼人(ib8173)が声を掛けた。寄ってきたちくわに満面の笑みで「竹輪持って来たで」好物を示せば、猫又は嬉しげに尻尾を揺らす。
 隼人が仕度しているのは見目にも楽しい手鞠寿司や海鮮丼、鰤の照り焼きや出汁巻卵や炒め物など、食事にも酒の肴にも合いそうなおかず類。
 隼人自身は呑まないが、宴であれば呑む人もいるだろうと竈の隅で燗をつけていると、无(ib1198)が良い酒が呑めそうだと呟いた。
「山神に神楽、これに紅葉‥‥ね」
 朋友の管狐を撫でつつ呟く声音は落ち着いているが、彼が尾無狐と呼ぶ管狐のナイには无の心境がありありと伝わっていた。何せこの无、無類の酒好きなのだ。
「酒も肴も上々‥‥」
「締めに饂飩玉も用意してありますよ」
 真夢紀の周到さに笑みが零れる。
 すぐ近くで食べられるよう、からす(ia6525)が猫又の沙門と一緒に、茶席の仕度を整えていた。
「あれまあ、この子もう寝とるわ」
 竈の周りが暖かくて心地良いのか、隼人の甲龍・空牙が丸くなっていた。どうやらうたたねしているらしい。宴はまだこれからなのにと仕度しながら沙門は言って、からりと笑った。
「しゃあないな、鍋が煮えたら叩き起こしたろか!」
 世話好きオバチャン猫又の笑い声に、真夢紀の駿龍・鈴麗が、びくんと頚を上げた。

「ちくわにー!」
 小動物が如き仕草でリエット・ネーヴ(ia8814)が猫又の後を追った。
「今回もよろしくじぇ! 宜しくお願いするのぉ♪」
 全力で右腕を振り回して、全身で感情を顕わにしている。その後ろに控える形で駿龍のシャートモアが佇んでいた。ハイテンションな主を見守る従者といった風情である。
 実際、シャートモアは心配していた。此度は、いつも主の傍にいるリエットを抑制してくれる彼女の友人がいないのだ。主は一体どこまでハジケるのか――駿龍の心配事は尽きない。
 朋に心配されているとは露知らず、当のリエットは猫又を追い掛け回していた。
「う!? うわぁーいぃ♪ 高いじぇぇ!」
 ちくわの後を追いかけて樹に登り、軽やかに飛び降りて錦の絨毯をごろんごろん。
「ちぇえぇー♪」
「何だ、その叫びは!?」
 びくんと毛を逆立てたちくわを見かねてシャートモアが動き出した。大喜びで駆け回っている主の首根っこを咥えて鞠子の所へ連れてゆくと、ぽすんと地面に落とす。
「‥‥う?」
 猫よろしく、しゃがみ込んだ姿勢のままリエットは「駄目?」と問いたげに鞠子を見上げた。その様子が如何にも親猫に叱られた仔猫のようであったので、鞠子は思わず、その場に座り込んで彼女をぎゅっと抱き締めた。
 リエットの追跡から逃れたちくわ、今度は管狐に気圧されている。
「ふーん、あんた、ちくわぶっていうんだ?」
 柚乃(ia0638)の肩から腕を伝って、しなやかに地に降りた管狐の伊邪那は、誰に聞いたか、ちくわぶと呼んだ。
 一部開拓者の間でちくわぶと呼ばれている猫又は、伊邪那が纏う雰囲気に一瞬首肯しかけて――慌てて強調気味に訂正した。
「我は、ちくわ、だ」
「いいじゃない、どっちでも同じでしょ?」
 伊邪那に言われて、ぐ、と詰まる。
 響きは似ているが、味わいは違う――と思う、多分。そして自分の好物は竹輪であって竹輪麩ではない――と思う、きっと。
 答えに窮して悩んでいる猫又を和やかに眺めつつ、鞠子は柚乃の体調を気遣う。負傷後まだ本調子ではない巫女は平気だと笑顔を向けるも、心の中では溜息ひとつ。
(本当は舞を披露したかったけれど‥‥)
 本調子でないのに人前で舞うのは柚乃の矜持に反するから、舞うなら人気のない場所で。
「傷に障りましょうか‥‥?」
「いいえっ、そのような事はっ」
 慌てて否定したけれど間に合わず。
 ほら、もふらの八曜丸から同行権を勝ち取った伊邪那が心配して戻って来た。大丈夫大丈夫とにこやかに応じつつ、内心残念に思う柚乃である。

「こうして、富嶽と一緒に依頼に出るのも久しぶりだな♪」
 よしよしと甲龍の富嶽を撫でる雪ノ下・悪食丸(ia0074)の隣には、管狐のムニンを連れたジークリンデ(ib0258)がいた。
 彼女を見つけたら色々話してみようと思っていたのだが、いざ前にすると何を話せば良いのやら――
「こうして紅葉を見るのは、何時以来でしょう」
 誰にともなく口にしたジークリンデの横顔が、ただただ美しくて、悪食丸は富嶽に手を添えたまま凝視してしまっていた。
「‥‥あの?」
 視線に耐え切れなくなって赤くなったジークリンデが声を掛けた。護るかのように、主の前をムニンがちろちろ行き来している。
「そろそろ宴が、始まりますわ」

 弦の調子を整えていた鞠子が合いの奏者がいないのに気付いて、どうしましょうと顔を曇らせた。
 奉納の仕度をしているのは皆、舞手ばかりだ。
 これだけ多くの舞手に適う楽を奏でられるだろうかと不安に駆られた鞠子に、そっと近付く者がいた。
「鞠子さま」
 笛を得意とする佐伯 柚李葉(ia0859)だが、今日は舞手になるのだと言う。緊張気味に「きっと大丈夫」鞠子と自身に言い聞かせるように呟いた。
「ほら、二人とも、深呼吸」
 玖堂 羽郁(ia0862)がやって来て、緊張を解させようと深呼吸の仕草で微笑を誘う。
「姉ちゃんが言ってたよ。柚李葉の舞は君の笛の音のように優しくて軽やかだって」
「きっと大丈夫、よね」
 恋人に力強く肯定されて、柚李葉の緊張も解れてきたようだ。柚李葉の花謳と羽郁の帝星、二頭の駿龍が舞手達を迎えるように翼を広げた。

 花謳と帝星が緩やかな風を起こすと、二人の衣装が優しく靡いた。
 二人が舞うは山神に捧げる神楽舞。心拍に合わせた間隔で弦を弾く鞠子に合わせ、山の恵みに感謝を、清き風に乗せて神へと伝えんと舞う。
 一定の間隔を刻む弦に合わせて、花謳が鳴いている。
「きゅぅ、きゅ、きゅう‥‥」
 ふわ、と翼を広げ拍子を取りながら鳴く愛らしい声の合いの手に、鞠子も独奏の心細さは何処へやら、微笑して弦を鳴らした。
 句倶理の神楽舞の後に続いたのは、勇壮な演舞。
 泰拳士とサムライが行う組み手を昇華した演舞は、力強く、また段々と白熱もして来るようで――
「力が入り過ぎているね」
 ふらりと乱入した小さな影の声に、酒々井 統真(ia0893)は我に返って演舞の相方と乱入した人妖の雪白に「すまん」と小さく謝った。
 修羅との力比べ、独特の剣筋に、つい熱くなりすぎたようだ。
「いや、俺の方こそ多少ムキになってしまっていた‥‥まだまだ鍛錬が足りないな」
 大きく踏み込み、刃兼(ib7876)は統真に応えを返した。
 観客からは彼らの会話は聞こえないはずだ。二人は大振りに強調した動作の、交差した瞬間に言葉を交わしている。雪白が刃兼の刀の下をするりと抜けて返した。
「なに、キクイチ君の毛並みを堪能させてもらうのが報酬でいいよ」
 固唾を呑んで刃兼を見守っている猫又へちらと視線を向けた。
 黒毛に白い足袋を履いた猫又のキクイチは、ハラハラしながらも三者の演舞を愉しんで観ていた。
(‥‥刃兼はん、楽しそうでありんすなあ)
 敵ならともかく、格上の開拓者と手合わせできる機会はそうないから、刃兼は本当に楽しそうで、真摯で、生き生きとしていた。多少の無茶も統真なら上手く受け流してくれるし、二人の間合いは雪白が上手に調整を取ってくれている。今日の演舞は、きっと刃兼にとっても良い経験となるだろう。
 思いのほか真剣に手合わせしてしまったが、その迫力ある演舞は観る者の目を奪わずにはいられない見応えのあるものであった。
 荒く白い息を吐いている刃兼の肩に飛び乗って、キクイチは「お疲れさまでありんす」首筋に擦り寄った。

 琵琶の調べが伸びやかで自由な遊び心が感じられるものへと変わった。続いて現れたのは泰拳士と人妖の一組だ。
 すらりと小柄な、少年と見紛う風貌の泰拳士は若獅(ia5248)、舞の相方に人妖の黄雀風を伴って拳法の演舞を基にした華麗な舞踏を披露する。
 雀風の踊りは静、若獅の踊りは動。主になる側の踊りに合わせて撥を弾く鞠子は楽しそうだ。
 一見、柔和な女性型かと思える雀風は、実は典雅に着飾った男性型人妖である。羽衣を纏った姿はまさに天女もかくやの麗しさ、音もなくひらりひらりと領巾を振る仕草が何とも優美で美しい。
 対して若獅は、その名に相応しい凛々しさで身体の伸びやかさを生かした動き、生命の逞しさを感じる動の舞だ。
 最後は雀風が深々とお辞儀して――静かに引いた二人に替わり前へ出たのはジークリンデとムニンだ。
 琵琶が奏でるは、もののあはれを感じさせる曲調。内向的で人前で舞など気後れしてしまう箱入り娘のジークリンデだが、ほかならぬ鞠子の演奏だから自分も頑張りたいと思った。
(ムニンと頑張るのです)
 勇気を分けて貰うかのように、抱き上げたムニンの鼻先にキスを落とし、そっと地面に放す。そうしてすっくと立った姿は気高き魔女のそれだった。
 流れるように、しなやかな身体をくゆらし髪を靡かせる。
 青く澄み切った空の下、燃えるような紅葉の赤を抱いて。
 美への賛美を讃えた美女の舞は限りなく優美で麗しく、それでいてどこか儚げな印象を残した。
 静かに、静かに舞を終えたジークリンデは万雷の拍手の中で安堵の吐息を漏らしたのだった。

●紅葉の宴
 ほろほろと舞う紅葉の下で開かれるお茶席は、人も朋友も等しく愉しむ為の場だ。
「ほれほれ、皆遠慮せんと食べや。からすもオバチャンも気前ええからな」
 世話焼き猫又の沙門が、仲間を大勢連れて戻って来た。からすは驚く様子もなく迎え入れる。
「おや、沢山連れてきたね」
「大勢で食った方が飯は美味いからな」
 それは真理だと、からすは増えた分だけ茶を入れて、料理と共に振舞ってゆく。
「先に貰った菓子も美味かったが、この寿司も美味だな」
「これな、茶葉の寿司やねん」
 沙門の説明に感心する御客達。
 もっふりキクイチに背を預けて、雪白は一節舞った後の一献を愉しんでいる。
 真夢紀が焼いた出来立ての小麦粉菓子を、冷ましてやってキクイチに与える刃兼。一口食べたキクイチは嬉しそうに言った。
「あれ、林檎の味が」
 林檎の甘煮を混ぜ込んだ焼菓子はほんのり甘くて、心安らぐ味がした。
 からすが屋敷で拵えて来た料理の数々は、飯類から甘味まで種々様々揃っていた。
「ほれ、空牙はんも寝とらんと食べぇな」
 間が持たないのか、ともすれば居眠りを決め込んでしまう空牙の首筋をぺちぺちして、沙門は他の朋友との交流に心を砕く。
「や、沙門ちゃん悪いなあ」
「オバチャン世話焼きやさかいな、気にせんといてやー」
 空牙の主の隼人は給仕を手伝いつつ朗らか猫又に感謝すれば、沙門は気の良い返事して呵々と笑ったものだった。

 雀風の髪に紅葉の朱が美しく映える。ますます艶やかさを増す人妖を傍に、若獅は山菜天麩羅に舌鼓。黄色く輝くスイートポテトは食後のお楽しみだ。
 无は神楽舞を肴に美酒を味わっていた。
 御山に向かう前に予め付近の伝承などを調査してあった。山神とは何か、その山神に捧げる神楽とは――彼らしい探究心だ。そしてそれは今も続いている。
「‥‥どのような想いを乗せたのですかね」
 肩の上で調べに合わせて体を揺らしているナイに問わず語りに呟いて、舞を終えた羽郁達に視線を向けた。
(――恋人達水入らずの場に問いかけを挟むのは無粋ですね)
 そのまま暫く舞を鑑賞して、一通りの演奏を終えた鞠子を捕まえる。
「お疲れ様でした。よい楽でしたよ」
 ありがとうございますとはにかんだ鞠子へ、琵琶はもう長いのですかと気楽に話しかけた。
「いえ、まだ一年ほどになりましょうか‥‥」
 そう言って、お恥ずかしゅうございますと袖で顔を隠した姫へ、いえいえ中々立派な調べでしたと世辞抜きで褒めていると、ちょうどそこへ若獅もやって来て言葉を添えた。
「初めて会う俺が言うのもなんだけど‥‥曙姫様の奏でる曲、俺は好きだよ。姫様の楽で舞えて、俺楽しかった!」
「わたくしも‥‥若獅さま雀風さまの舞に合わせられて、楽しゅうございました」
 素直に微笑む鞠子に笑顔で応える若獅。无は、二人がどんな想いを乗せて舞い奏でたのだろうと考えた。
「山神へ‥‥どのような想いを伝えましたか?」
「そうですわね‥‥全ての生きとし生けるものが、幸せでありますように、と」
 鞠子は口元を袖で隠したまま暫く思案して――はっきりと答えた。
 幸せの形は様々、形作る者もそれぞれ。
 志体を持っていない鞠子だけれど、鞠子なりに幸せは作れるのだと――吟遊詩人を目指した初心に戻って考えたのだと、彼女は言った。
「曙姫様、志体がなくても、精霊の力を行使できなくても、誰かの心は動かせるよ」
 真面目な顔で若獅は鞠子に言った。誰かの心を動かすのに志体も精霊も関係ない、何より此処に集っている皆の心を動かしたのは、ほかならぬ姫なのだ。
「俺達だけじゃない、きっと山の神様だって聴き惚れちまうさ♪」
「まあ、若獅さま‥‥」
 嬉しそうに目を細めた鞠子の傍へ、リエットと追いかけっこしていたちくわが寄ってきた。お、と若獅の表情が輝く。
「わぁ、猫又だv なぁなぁ、俺も抱っこしていいか?」
「勿論ですわ。ね、ちくわ?」
「ああ、無論だ。娘御は大歓迎だ」
 男女で扱いの違う雄三毛の猫又、自ら若獅の腕に飛び込んだ。
 ちくわが若獅にじゃれていると、キクイチも加わって紅葉の絨毯をころりころり。いつしか毛朋友達の溜まり場になる一幕もあったりして。
 微笑ましい様子を眺めていた鞠子の手を、ジークリンデがそっと取って誘った。
「曙姫様、少しよろしいでしょうか」
 その手は温かく、意思を持っていて――鞠子は、こくりと頷く。
 人伝に、鞠子が都の噂に落ち込んでいると聞いていた。ジークリンデは慰め力づける為にと今日の舞を頑張ったのだ。
 大勢の前での舞とは別に、鞠子の為だけに、ひとさし。心やすらかにと願う友の舞は鞠子の心にいつまでも残る事だろう。

 さて、一指し舞って次の舞手に舞台を譲った恋人達は、樹に凭れて一休みしている。綺麗だったよと、羽郁は柚李葉の両手を取って労いの言葉を掛けた。
「例えるなら俺の舞は月、柚李葉の舞は星だな」
「私が、星‥‥?」
 双子の姉が太陽ならば対である羽郁は月だろう。同じ空にあって、小さくも光り輝く、星が――私?
 夜にはまだ早かったけれど、つい見上げた空は紅葉が美しく色づいていた。
「綺麗‥‥一番綺麗な紅葉、持って帰りたいな」
 想い出と、羽郁の姉へのお土産に。
 羽郁もまた、柚李葉の養母に贈ろうと、二人して紅葉の色比べを始めた様は何とも微笑ましく、駿龍達はのんびりと主達を見守っていた。
「‥‥そうだ」
「何? 柚李葉」
 声に振り返る羽郁の耳へ、そっと口元を寄せて柚李葉は囁いた。

 ――かげざね、おめでとう。

 この紅葉の頃に生を受けた愛しい人へ、祝いと寿ぎを。

●照葉の山で
 宴たけなわ、ジークリンデが鞠子を小さな泉へ案内したちょうどその頃、柚乃もまた伊邪那を連れて、そっと宴から離れていた。ふらり気侭な散策に出るが、お供の伊邪那は気が気でないようだ。
「ちょっとぉ、怪我してるんだし離れた場所で滑落なんてしないでよね!?」
「幾らなんでも、そんな無茶はしないわよ‥‥」
 過保護な管狐を宥めつつ、探すは見晴らしが良い広い場所。
 誰もいない場所で、柚乃は巫女の顔に戻った。左右の手首に鈴を着け、涼やかな音を響かせる。
 人前で舞うには心もとない体調だけど、やっぱり柚乃は舞うのが好きだ。
 静かに、静かに。軽やかなステップを踏み始めた。降り積もった落ち葉が足に優しい。
「おいで、伊邪那」
 共に舞おう、山神や精霊に友愛の心を込めて。

 一方、宴とは別に秋山の散策を楽しむ開拓者達もいた。
「綺麗な葉っぱをお土産に持って帰りましょうか、姫」
 人妖の光華をちょこんと肩に乗せて、和奏(ia8807)は陽だまりを選びつつのんびり歩を進める。
「他の皆さんは神事をしているのでしたね‥‥」
 何もしないというのも如何かと思った和奏、実家で見覚えた神楽舞を踏み始めた。
 さく、さく、乾いた音が楽となる。観客は一人、和奏の大切な光華。

 また別の山奥では菊池 志郎(ia5584)が忍犬の初霜と晩秋を散策中。
「初霜、ここなら思い切り走っていいですよ。でも呼んだらすぐ戻るように」
 くんくんふんふん、落ち葉や樹の根っこに鼻を近づけてそわそわしていた初霜は、志郎のお許しが出た途端、大喜びで駆け出した。
 まだ幼い初霜は、何もかもが珍しく新鮮に感じるようだ。浮き立つ心そのままに、ぐるぐる円を描きながら駆けてゆく初霜の後を、志郎はゆっくり追ってゆく。
「やっぱり山の上は寒いですね‥‥でも紅葉がきれいです」
 一人と一匹だけの錦秋は、澄み切った寒空の青に美しく映え、初霜には丁度良いらしい気候は仔犬を更に元気にさせた。
 来て、良かった。
 初霜が喜んでいる様子を見ているだけでも、充分来た甲斐があるというものだ。とは言え、志郎には少々肌寒かったから、日当たりの良い場所を探して腰を下ろすと、遊んでいた初霜を呼んだ。
 大人しく陽だまりに伏せた仔犬を聴客に、志郎は笛を奏で始める。
「腕に自信があれば宴の演奏にも参加する気になれるのですが‥‥もう少し、ですね」
 謙遜するが、なかなかどうして。風情ある音色が風に乗る。

 澄んだ空気に笛の音が、高く低く――秋から冬への移ろいを、風だけが知っていた。