【PM】陰殻西瓜争奪戦
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/15 23:47



■オープニング本文

※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。

●幻の名産品
 ど貧乏国、陰殻。
 険しい山岳に囲まれた痩せた土地、加えて寒暖の差が激しすぎる気候により、この国の農業は盛んとは言い難い。民は皆餓えており、やっとの事で収穫できた必要最低限の作物を、食べられるだけ有難いと感謝して口に入れるのである。
 そんな陰殻が、唯一他国へ輸出している作物があった。夏の風物詩、西瓜である。
 厳しい気候が育んだ西瓜は他国産の物よりも甘味が強いとされており、特産・陰殻西瓜として万商店に並んでいる。一個二百文也。
 出荷により得られた収入は、国家扶養に宛てられた。常に飢饉と隣り合わせにありながら陰殻で餓死者が殆ど出ないのは、こうした収入あっての事――と、専らの噂である。

 陰殻は名張の里。
 この里には大変厳しい掟が存在する。曰く『陰殻西瓜は国の宝、食せし者は死罪』である。
 出荷に適した西瓜は言うまでもないが、途中で腐ってしまった西瓜や獣に齧られた西瓜に手を出した者も始末される。西瓜を襲撃した獣は当然の如く殺され、民の貴重な蛋白源となった。
 そんな名張の里で、長である名張 猿幽斎(iz0113)が頭を悩ませていた。

「笑ン狐よ」
 いつもながら間違った呼ばれ方をした笑狐(ショウコ)は「はぁ‥‥」気の抜けた相槌を打った。
 どうせまた、しょうもない事を考えているに違いない。
 なのに猿幽斎は真面目な顔して、こうのたまった。
「陰殻西瓜が売れ残っておる」
「はぁ!?」
 陰殻西瓜と言えば幻の名産品である。
 血の汗流して段々畑に運んだ水をその実に蓄えた陰殻西瓜は甘くて瑞々しいと専らの評判であるが、見れば目が潰れる、食えば死罪になる宝であり、笑狐は恐れ多くてまともに見た事すらない。
 その陰殻西瓜が売れ残っているという。何処に。何故。
 猿幽斎は「神楽、万商店」短くそう告げた。
「実にけしからん。儂らの宝を開拓者共は何と思うておる。このまま冬を迎えれば陰殻西瓜が腐ってしまうではないか‥‥笑ン狐よ」
 もう晩秋じゃないですかと笑狐は突っ込みたかったが、とりあえず口を噤んで主の言葉を待った。

「万商店へ向かい、陰殻西瓜を奪って来い」
「はぃぃぃぃ!?」
 笑狐は思わず問い返した。
 仕事とあらば契約に従いどんな汚い仕事でもする名張の民であるが、天儀直営店舗で強盗して来いとは如何なる了見か。
「俺一般人ですよ?」
「平気じゃろ、あやつらも記録係も、志体無しを本気で殺しにかかろうとはせんじゃろ」
 他人事の猿幽斎に笑狐は従うほかない。
 笑狐は速やかに神楽へと向かった。そこで何が起こるかなど、何も知らずに。

『腐らせるぐらいなら、儂が皆食うてやる! 陰殻西瓜は腐らせてはならんのじゃあ!』

 彼の背に降った猿幽斎の声が、いつまでも脳裏に木霊していた――


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / ガルフ・ガルグウォード(ia5417) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 以心 伝助(ia9077) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / 明王院 玄牙(ib0357) / 羽流矢(ib0428) / シータル・ラートリー(ib4533) / イーラ(ib7620


■リプレイ本文

●売れ残り
 万商店では冬も間近というに売れ残っている陰殻西瓜を前に、暁が溜息を吐いていた。
 倉庫には実に百個近い陰殻西瓜が在庫されていた。腐る前に何とか捌かないと大損だ。
「困ったな〜 こんなに売れ残っちゃ黒藍さんにお仕置きされちゃうよ〜」
 遣り手な主の顔を思い浮かべた暁が、ぶるると身震いした――その時。
「どうしたんだじぇ?」
 机の下から声がして、アホ毛がぴょこん。
 新しい遊びを探していたリエット・ネーヴ(ia8814)、神妙な顔して悩みを聞いてやって手伝いを申し出た。
「五十八文で売るといいと思うじぇ?」

 何故、五十八文?
 首を傾げる暁を他所に、陰殻西瓜を巡る戦いの開始は刻一刻と近付いている。

「陰殻西瓜を腐らせる者‥‥許さん‥‥!」
 憧れの陰殻西瓜が売れ残っているとは何事か! 怒り心頭で、ガルフ・ガルグウォード(ia5417)が目を血走らせ慟哭した。
 あるシノビに命を助けられ師として鍛え上げられたガルフにとって、陰殻西瓜は手を伸ばしても届かない、届いてはならない国の宝だ。
「陰殻西瓜を腐らせる‥‥だと‥‥!」
 殺気だった様子に気圧された笑狐、いやその奪った西瓜は猿幽斎が食うなどとは――言わない方がいいだろうと口を噤んだ。
 何せ隣では以心 伝助(ia9077)が陰殻西瓜の有り難味をエルディン・バウアー(ib0066)に解説している。
「あれ一つ出来るまでにどれだけの血と血と血と汗が流されたと思って‥‥」
 里の為に出稼ぎ開拓者となった伝助、貧しく過酷な里での暮らしをぶつぶつくどくどと詳細に説明――もとい愚痴っていた。
 この状況で話したものなら志体持ちを敵に回した国内紛争が起こりかねない。そんな事になろうものなら――笑狐の背を冷たい汗が伝っていった。
「それは酷い‥‥せっかく作ったのに食す事ができず、売れ残りすらも指を咥えて見ているだけとは同情に値します」
 痛々しいばかりの陰殻国勢(伝助説明)に胸を痛めずにはいられない神父様、シノビ達に加勢を決意。エルディンの足元で、もふらのパウロは天真爛漫に言った。
「もふ〜 僕も西瓜を食べたいでふ〜」
「そうですねパウロ。作った人に感謝して食べたいものが食べられる喜びを、陰殻の皆さんにも是非」
 ぐ、と拳を握り、エルディンはシノビ達を集めて陰殻西瓜奪取の為の作戦を練り始めた。

●争奪戦!
 その日、礼野 真夢紀(ia1144)は駿龍の鈴麗へ差し入れする果物を買いに万商店を訪れていた。
 鈴麗は果物が好きだ。もう西瓜の時期は過ぎてしまっていたが、万商店になら西瓜の名産・陰殻西瓜が売れ残っていると聞いたので、今年の食べ納めにと思ったのである――が。
「‥‥何ですの、今日の万商店は‥‥」

 いつもとはちょっと違う、店内攻防戦が繰り広げられていた。
「血と汗と涙の特産品が腐るのを待つなんて、作った人は泣きますよ。西瓜をすべて頂きます」
 高らかに宣言したエルディンの背に後光が差していた。
 嗚呼、神父様の教えは尊く、善男善女の道徳心に訴える――最後の宣言以外。
「神よ、聖霊よ、食べ物を粗末にする者たちに天罰を!」
 神と聖霊の名の下に、教会神父エルディン・バウアーは万商店に西瓜の蔓を大発生させた!
「‥‥スイ゛、瓜゛‥‥よ゛こ゛せ゛ぇ゛ぇ゛‥‥‥‥ッ!!」
 覆面の下から覗く瞳は血の涙を湛え、アヤカシもかくやの形相でガルフが真夢紀の幼馴染に迫っている。
「あ、まゆちゃん」
 ガルフの顔面に拳骨一発食らわせて、明王院 玄牙(ib0357)は幼馴染に事の次第を説明した。
 かくかくしかじか。
「まあ、それはお気の毒な。作る人が美味しいと自信を持って売る為には食べてその美味しさを語れるようになるべきですね」
 うんうんと頷きつつ、真夢紀が鈴麗用の西瓜を1個買い求めたのだが。
「駄目です、これはまゆと鈴麗が食べる為の物!」
 アヤカシよろしく復活したガルフに精霊砲をぶっ放した。何気に容赦ない。被弾の際に、胡椒と唐辛子の粉末を派手にばら撒いて散ったガルフの屍(?)を乗り越えて、猫又のリッシーハットが真夢紀を襲う!
 真夢紀は精霊砲を撃とうとして――まだ充填できていない!
 幼馴染の窮地を救ったのは、身を挺して庇った玄牙の堅実な動きだった。
「にゃーん!! ‥‥にゃ!?」
 飛びつきざま閃光で目晦ましを狙ったリッシーハットだが、下手に策を弄するよりも捻り無しで護衛にあたるという玄牙らしい方針と修行で培われた身のこなしに急襲を阻まれた。
 その間に真夢紀は陰殻西瓜を抱えて逃走、否、購入済の西瓜を持って目指すは港の鈴麗の許。

 リッシーハットに撹乱を任せ、フラウ・ノート(ib0009)は万商店の要を探していた。
 何処かに指揮する者がいるはず、襲撃側の指揮官であるエルディンが『ハズレ』と書かれた偽スイカに頭を抱えているのを横目に、防衛側の面子にも参謀役がいるに違いないと目を光らせる。
 店側の指揮官を眠らせれば、襲撃側に有利のはず!
「うしゃー♪ いらっしゃあーぃ!」
 リエットが現れた! ――けど、違うわね。
 普段から付き合いがあるだけに、リエットが参謀役なはずはないと即座に否定するフラウ。ところが、リエットは実は戦場全体から見れば最も重要な立ち位置にいたりした。主に囮的な意味で。
「陰殻西瓜五十八文なんだじぇー!」
 毛書で『安全第一』と力強く書かれたエプロンを付けて額にはハチマキを巻いたリエット、手にしたハリセンで机を叩き、満面の笑みを浮かべて西瓜の叩き売り。
 何故に安全第一と首を傾げるまでもない。何せこの状況だ。おまけに陰殻西瓜の売価は二百文ではなかったかと突っ込む者も此処にはいない。
「まあ! 今日の商品は西瓜でしたのね。美味しそうですわ♪」
 喧騒など意に介さずマイペース。シータル・ラートリー(ib4533)は西瓜を抱えて微笑んだ。財布を開ける横で、胡椒塗れのガルフがリエットに接近している。
「えっとね。あのね、食べるなら五十九文で買って、ねぇ?」
 何故一文多いし。
 リエット、遊び感覚ながら的確に敵味方を見分けていた。多くの者には五十八文で売るが、西瓜を奪おうとしている開拓者には一文高く売りつけるのである。ちなみに特に意味はない。
「籤運に左右されなくなったのですから、仕入れ値くらいは払うべきですね」
 和奏(ia8807)はそう言って五十八文をリエットに支払う。しかし何故五十八文なのだろう。本当に仕入れ値なのか?
 横から掻っ攫おうとしたエルディンの手首をぴしっと叩き落した和奏の西瓜は床に落ち――た所をパウロに持ってかれた。
「光華姫」
 人妖にお願いしようと振り返ると、当の光華はリエットと雑談中。
「う? このお金? 陰殻国名張の里へ行って、猿幽斎じーちゃんと握手ッ♪」
 もしや全額リエットのお小遣いになるのだろうか。奇妙な遣り取りに首傾げつつも、いつものように籤を引いて出た支給品に「せくはら?」和奏はぼんやりそんな事を思ったり。

 西瓜の蔦が絡みつく店内は阿鼻叫喚の争奪戦。
 にも関わらず、シータルは万商店の片隅に場所を確保して優雅にお茶を嗜んでいた。まさかリエットが要とは思わなかったフラウも一緒に西瓜をご相伴に与っていたりする。
「来店される人達が殺気立っている様ですわね。何かあるのかしら?」
 ゆったりとカップを傾けるシータルに、フラウは何と説明したら良いかと悩んだ。
 そうしている内にシータルは、リエットが西瓜の叩き売りをしているのに目を留めて一人納得したようだ。
「!! 今日は万商店さんの特売日‥‥なるほど、それで殺気を」
「いや。あれは、特売日だからじゃなくてね‥‥えっと。その‥‥」
 市場じゃあるまいし、特売日だけはないと思う。溜息混じりにフラウが出した結論は充分的を射ていた。
「‥‥まぁ、これは万商店を巻き込んだ珍事よ」

 ――そう、これは珍事だ。
 ぶらり大店の店内を眺めていたイーラ(ib7620)は最初、押し入りの類かと身構えた。
「‥‥あぁ!? 盗賊‥‥じゃねぇ、開拓者か!」
 一般人相手に本気で応戦する訳にもと携えていた魔槍砲の先でつんつん撃退していたものの、猫又は出て来るわ神の名のもとに神父様が店員を拘束しようとするわで、段々と事情が飲み込めて来たらしい。
「一体何で‥‥西瓜寄越せ? 陰殻西瓜か‥‥店頭にゃ大した数もねぇってのに‥‥あぁ!」
 店頭に無くても、在庫は倉庫にあるはずだ!
 イーラは倉庫目指して店内奥の勝手口向かって駆け出した。

●西瓜の行方
 一方、万商店の裏口経由で入店した、からす(ia6525)は暁と面会中。
「表が騒がしいね」
「んー、ちょっとね‥‥」
 かくかくしかじか事情を聞いて、からすは懐から財布を取り出した。
「よし、それ全部買おう」
「!! ちょっとちょっと! 九十三個もあるんだよ!?」
「問題ない。正式な取引だ」
 陰殻西瓜、代金一万八千六百文也。
 ぽんと一括で支払って、からすは運搬用もふらの手配まで済ませた。
「ではまた。良い茶が入ったら宜しくね。黒藍殿にも宜しく」
 外の喧騒に臆する事もなく、からすは悠々と去っていった。
 途中、抗争中の開拓者達とすれ違ったが、荷の中身が陰殻西瓜だとは気付いていないようだ。
 暁に『売り切れました』と笑顔で言われる開拓者達の顔を思い浮かべ、からすはクク、と歳に似合わぬ微笑を浮かべた。
 さて、この大量の西瓜はギルドや港でお裾分けしよう。今日のおやつは西瓜、茶席を開くのも悪くない。

 一歩遅れて伝助と、開拓者風に装った笑狐が万商店裏口に到着した。
「おっと、何の用かな?」
 羽流矢(ib0428)が二人の前に立ち塞がった。見かけない顔だねと笑狐の顔を覗き込んでいる。羽流矢は情報戦を得意とする諏訪流のシノビだ。情報収集の術と活用法に長けている。
 笑狐は開拓者になったばかりを装って何とかごまかしたが、羽流矢は十重二十重に罠を仕込んでいた。
「ふーん、新人さんか。でも合言葉は知っているよな。開拓者間で有名な野菜は?」
 ――知っているはずがなかった。
(俺、一般人ですから!)
 笑狐が新人臭くおどおどしている間に、伝助が新人案内の先輩の振りして口添えしてやった。
「葱でやす。お前さん、間違っても尻に刺しちゃなりやせんぜ?」
 用法まできっちり教え込み、先輩は後輩を連れて裏口を通過して行った――が、しかし。
「‥‥売れ残ってるって話じゃありやせんでしたっけ?」
 迎えた暁に、晴れ晴れと「完売したよー」と言われて、呆気に取られる伝助。
 まさか先程すれ違った、もふら荷車の中身が全て売却済の陰殻西瓜だったとは。
「ま、無駄に腐らせなければ良いじゃありやせんかね?」
 国宝を腐らせるのが耐えられなかっただけで積極的に窃盗に加担するつもりはなかった伝助、心中ほっとしていたかもしれない。
「ええ、まあ‥‥」
 しかし笑狐は、里を発つ際、背に浴びせられた猿幽斎の言葉を思い出す。
 あの調子では食う気満々だろう。手ぶらで帰ったとなったら、どんな仕置きが待っているかわかったもんじゃない。
「店頭にまだ残っているかもしれません、俺はそっちを‥‥」
「行かせやしねぇぜ!」
 笑狐が向かいかけた店内側の扉をばばんと開けて、イーラが飛び込んできた!

「テメェら‥‥商人の財産こっそり荒らそうたぁ‥‥いい度胸だっ」
「い、イーラさん!?」
 見知りの顔を見つけて思わず笑狐は地を出した。
 見知らぬ新人開拓者に名を呼ばれるほどイーラは顔が広いつもりはない――という事は、考えられるのは、ひとつ。
「あんた、藤次郎か?」
 本名を出されて笑狐は更に狼狽した。
 あっさり見破ったイーラ、何故ここに藤次郎がいるのか一瞬思案を巡らせた。そう言えば『陰殻西瓜を食せし者は死罪』と風の噂に聞いた掟があったはずだ。
「あんた‥‥文字通り死ぬ気でってことかい? 相変わらずだな」
「いえ、今回は‥‥」
 陰殻西瓜を奪って戻らねば死罪になりかねないのだが。
 羽流矢に知り合いかと尋ねられたイーラがこいつは名張の中忍だと言ったものだから、事態は更にややこしくなってきた。
「へえ‥‥名張のシノビか‥‥楽しみだ」
 にやり。
 愉しそうに口元歪め、獲物を見つけた若鷹の如き視線を向ける。他流派と技を競い合える機会とばかりに本気で掛かるつもりのようだ。
「ま、待ってくださいよ! 俺一般人ですから! 皆さんには絶対敵いませんからっ!!」
「「問答無用」」
 完売と聞いてさっさと撤退した伝助を他所に、羽流矢とイーラが笑狐に飛び掛った――

 さて、万商店を出た真夢紀の後を追ってみよう。
「もしやそれは、西瓜では‥‥?」
「はい、そうですけど?」
 港近くで、真夢紀はヨボヨボの老人に声を掛けられていた。
 老人は西瓜を探していたのだと言う。聞けば孫の好物だそうな。
 孫は熱を出して寝込んでいて、粥も喉を通らないのだとか。唯一食べたがったのが時期外れの西瓜だったもので、老人は足を棒のようにして西瓜を探し回っていたのだと語った。
「老いぼれの孫馬鹿とお笑いくだされ。初孫は可愛いと申しますが、命に代えても願いを叶えてやりたいものでしてな」
 もし――もしお願いできるのなら、その西瓜、譲っていただけませんか?
 老人の頼みに真夢紀の判断は早かった。
(今から万商店に戻っても、きっと売り切れていますね‥‥)
 何せあの争奪戦だ、既に残ってはいまい。か弱い老人を案内して巻き込むのも酷だし、大怪我させては孫が悲しもう。
 考えるより先に、真夢紀は老人に西瓜を押し付けていた。
「子供は宝です、どうぞどうぞお持ち下さい」
 ありがとうありがとうと涙ながらに繰り返し礼を言って去ってゆく老人の後姿に、真夢紀は鈴麗も解ってくれるだろうと清々しい気持ちになったのだった。

 ――その後。
 ボロボロになって一個の西瓜を持ち帰った笑狐を迎えた猿幽斎の許には、既に陰殻西瓜があった。
「長、何時の間に!?」
「おお、笑ン狐か、遅かったの。文付で届いてのう。有難い事じゃ」
 ほれ、と西瓜に添えられていた、からすからの文を見せる。

『欲しがっていたと記憶している。季節外れだが味は私が保証しよう』

 何とも気の利いた開拓者じゃのうとご満悦の猿幽斎を放置して、笑狐はグッタリ疲れて塒に戻って行ったそうな――