【PM】朋と共に
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/13 08:50



■オープニング本文

 長く共に過ごしていた朋であっても、意外と知らない事はある――

●人になった朋
 ある朝、吾庸(iz0205)が長屋で目を覚ましたところ、室内に見知らぬ男が座っていた。
 己と同じような服装をしている辺り、神威の民だろうか。人間と同じ耳が付いているが、何の獣人だろう。
「‥‥‥‥‥‥」
「誰だ」
 金髪の長い髪を結わずに垂らした、むっすりと不機嫌そうな仏頂面の男だ。同じくらいの仏頂面で吾庸は問い質した。尤も吾庸に悪気はない。仏頂面は彼の地顔である。
「杜鴇だ」
「と‥‥っとき?」
 思わず吾庸は聞き返す。ありきたりとは言いがたいその名は、彼の朋友である迅鷹と同じだった。
 よくよく見れば、金髪の毛先――ちょうと腰あたりから裾にかけて虹色に変化しているのも、彼の迅鷹と似通っていると言えば確かに似ていると言えなくもなかった。

 仏頂面の男が二人、顔を突き合わせて名を確認し合う様子は間抜けでしかなかったが、当人達は大真面目だ。

「お前は、杜鴇なのか?」
「そうだ」
「お前、何時から人になる術を身につけた」
「知らぬ」
「自分の事だろう」
「目覚めたら人になっていた」
「そうか」
「そうだ」

 ――確認終了。
 かくして仏頂面の男二人は、その日をどう過ごすか頭を悩ませる事になる。

「ところで杜鴇よ」
「何だ」
「お前、空は飛べるのか」
「飛べぬ」
「ではギルドの仕事も選ばねばならぬな」

 とりあえず新規の依頼が入ってないか見に行くかと、二人は連れ立って長屋を後にした。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
羊飼い(ib1762
13歳・女・陰
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
刃兼(ib7876
18歳・男・サ


■リプレイ本文

※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません※


 奇妙な一日だった。
 その日、神楽各所で開拓者達が奇妙な出逢いに遭遇していたのだ。

●それぞれの朝
 いつものように、ぺちぺち頬を叩く感触で刃兼(ib7876)は目を覚ました。
 ひとつ違っているとすれば、その感触が猫又の肉球ではなく――
「‥‥誰だお前」
「刃兼はん、わっちでありんす」
 その言葉遣い、紅葉をあしらった黒地の着物は誰かさんの毛並みを思い起こさせる。くるくると変わる表情豊かな瞳、艶やかな長い黒髪をゆったり結い上げた中性的な顔立ちの大柄な美女――に見えそうで見えないオネエな男は、まさか。
「キクイチ?」
 姿は人だが確かに刃兼の朋友たる猫又に違いない。駄目押しに猫じゃらしを近づけてみると――ほら、目を輝かせている。
 じゃらしに纏わり付く大男。もし猫又が人に化ける民話があったなら、きっとこんな感じに違いない。じゃらしを振りながら、刃兼はどうしたものかと思案に暮れた。

 そんな混乱は、港の朋友繋留場でも発生中。
(‥‥とりあえず、頑張れ俺の頭)
 懸命に状況把握に努める崔(ia0015)の腹の上に顎乗せて寝こけている若い男。この野郎は何モンだ?
「つか、すっげ見覚えのある寝姿じゃね‥‥月光?」
 迅鷹の月光が懐きまくっていた。月光はそんなに人懐こい質ではないはずだ。
 それに、此処。
 若者を腹の上に乗っけたまま崔は考える。昨日は確か、駿龍の夜行に新しい装飾品を持って来て、装備ついでに世話や小屋掃除を済ませて、そのまま泊まって今に至る――だったはずだと記憶を辿る。
 ――という事は。
 のほんと寝こけている若者の頭を退けて、彼が着ている旗袍から足元へ視線を向けた。右足首に崔が夜行に付けてやったはずのリボンが確かに結ばれている。
「夜行、起きろ夜行」
 藍の髪色も駿龍の羽と同色、何よりこの独特な寝方は夜行に違いない。寝起き早々頑張った崔に起こされて、夜行はおっとり髪を一振りしてのほほんと提案した。
「まあ、何故この姿なのかは置いといて。折角だし出掛けね?」

 同じ頃。
「んーおはよー」
 寝惚け声を掛けた和紗・彼方(ia9767)を何とも言えない顔で見つめる青年が一人。
 女の子の寝覚めに居る男。年頃の彼方が絹裂き声を上げても不思議はない状況下なのだが、彼女が驚かなかったのには訳がある。
「あれれれ? おにーちゃん?」
「ちげーよ、彼方。俺だよ、束紗。兄貴の方じゃなくて、人妖の、ツ・カ・サ」
 彼方が実兄と同じ名を付けたもので、彼は人妖の方だと実兄そっくりの仕草で主張しているのだが、どう見ても、目の前の男の方が彼方よりも大柄だった。それはもう、実兄そっくりそのままに。
「束紗なんだ‥‥何でボクより大きいの?」
「それはこっちが聞きてぇよ。ま、そのうち元の大きさに戻るだろーさ」
 人の大きさになっても束紗は束紗だった。無愛想で不機嫌そうで偉そうで捻くれ者、だけど根は世話焼きの熱血漢。
 折角大きくなったのだし二人で遊びに行こう。素直じゃない束紗の反応は渋々といった様子だったけれど、大喜びして彼方が抱きついた腕は、兄と同じくらい逞しく温かい。
 アグネス・ユーリ(ib0058)宅でも、人妖が人間と同じ大きさになっていた。
「‥‥あんた、アル=カマル産だったの?」
 エルフになったエレンを目にしたアグネスの第一声に、金の髪のエルフは曖昧に微笑んだ。
 アグネスより少し背が高いエルフは二十代半ば、と言ったところか。佳人と呼ぶに相応しい中性的な姿は、たおやかで穏やかで。大きさの違いこそあれアグネスの知るエレンに違いない。
(まぁ、こんな事もあるでしょ)
 抜群の適応力を見せるアグネスに、エレンは出かける仕度をしながら言った。
「行きたい場所があるんだ。君も行くかい?」
 人の大きさであれば独り歩きさせても誘拐されたりはしないだろうが――エレンの行きたい場所に一緒に行ってみたくて、アグネスは付いてゆく事にした。

●家族
 こん、こん。
 羊飼い(ib1762)がドアを開けると、小荷物を抱えた獣人の男性が立っていた。
「はいはいなんでしょ?」
「近頃めっきり寒くなってきましたからね。冬物を届けに来ました」
 黒羊の獣人おじさんはそう言うけれど、羊飼いには覚えがない。
 冬物を頼んだ覚えもなければ、おじさんと面識がある覚えも――あるような、ないような。
「おやまぁどなたでしょ?」
「黒羊です」
 ふふっと笑ったおじさん、確かに黒羊の獣人だ――が。
 黒羊と言えば、羊飼いの甲龍の名でもあって。
「‥‥へぇ〜」
「嬢さん、もっと驚きましょうよ。龍が羊になったんですよ? 羊が獣人になったとも‥‥嬢さん聞いてますか」
 聞いてない。
 羊飼いは壁に掛かった上着を取って羽織っていた。出かけるようだ。
「‥‥スルーですか流石です」
 伊達に付き合い長くない。
 気の利く紳士はテーブルに荷を置くと、そそくさお供に付いて行った。

 羊飼いが向かった先は開拓者ギルド、と言っても依頼を請けに訪れたのではない。
「羊飼いさーん!」
 約束していた相手の声が背後から降りかかった。息を切らしているあたり、今ちょうど到着したばかりのようだ。
「まったく霜夜ちゃんたら‥‥あら、おはようございます」
 霜夜の後ろにくっついていたお姉さんが、ぺこりと頭を下げた。条件反射で羊紳士も頭を下げる。
 黒羊にどちらさまと尋ねかけた秋霜夜(ia0979)、背後のお姉さんと黒羊を見比べて、事情を察したようだった。
「て事は‥‥羊飼いさんとこも?」
「おー 霞姐さん大きくなりましたのねぃオトナの女?」
 いつもは霞をもふもふする側だけど、今日は頭を撫でられる側だ。がっくり肩を落とした霜夜とは対照的に、羊飼いは秋家の忍犬が変化した姿を自然に受け入れている。
「おや、お友達と待ち合わせでしたか。いつも嬢さんがお世話になってます」
「いえっ こちらこそお世話されてますっ」
 律儀な黒羊に丁寧な挨拶をされて霜夜は慌てて頭を下げた。バネのようなお辞儀をした霜夜の姿に、霞は「まだまだコドモなのよねー」と苦笑する。
 そんな挨拶の遣り取りの間、羊飼いは開拓者ギルドを覗き込んでいた。
「ほぉここがギルドですか。嬢さん何を見ているんです?」
「いぬがいるですよーぅ」
「あ、おサイフ発見☆」
 何気二人から酷い呼ばれ方をしているのは吾庸だ。おろおろする黒羊を他所に、少女達は吾庸に近付いた。
「‥‥何だ」
「そうですよね怒ってますよね仏頂面だしホントすみません」
 じぃっと見上げる羊飼いを見下ろす吾庸の顔が不機嫌そうに見えて、黒羊は慌てて間に割って入った。
「仏頂面はこいつの地顔だ、気にするな。それと吾庸は犬でなく狼の獣人だ」
 フォローのつもりなのだろう、吾庸の隣にいた金髪男が補足した。杜鴇の遠慮ない言葉も吾庸は気にする様子がない。
 杜鴇が迅鷹の変化と気付いて、黒羊は「今日は妙な事になりましたねぇ」小さな目を細めて言った。
「おや、そちらの金髪の方は‥‥獣人ではないですね」
「ああ。貴殿は甲龍の変化か」
 温和そうな羊顔の紳士に、杜鴇も穏やかに返す。恐縮しきりの黒羊と世間話がてら、杜鴇はふと悪戯心を起こした。
「不機嫌そうに見えるが、こいつは子供が好きだから心配しなくていい‥‥そうだ、吾庸、耳に触らせてやったらどうだ」
「いぬみみですのねーぃ」
「吾庸さんが耳を触らせてくれるですか!?」
「霜夜ちゃん、良かったわねー」
 神威人をもふる絶好の機会!
 一瞬でギルド内の注目を集めてしまった黒狼の獣人は、やっぱり不機嫌そうな顔で相方を睨んだ。
「杜鴇、お前解って言っているだろう」

 暫し後、少女達は無愛想な男共を連れて市場へ繰り出していた。
「山海の幸が沢山並んでますねー♪」
「冬に向けての保存食が出始めたのも、季節を感じさせるわねー」
 あれやこれやと冷やかすのも楽しみの内だ。
 秋は実りの季節であり、冬への蓄えの季節。乾物を扱う店には乾燥茸や干物、それから――
「おおおっ、あんな所にかつおぶしがあるでありんすーっ!」
「待てキクイチ、こら、落ち着け!」
 大きなお姐さんを懸命に窘める刃兼の姿があった。
 財布役が務まるかどうかはともかく、吾庸の秋の美味を見極める目は確かなようで、的確に熟した果実を選び分けている。
「さすがねー 吾庸ちゃん」
 見た目同年代の男が相手でも、ちゃん付けする霞だ。
 普段は人語を話せない忍犬だけれど、話せるならきっと誰に対してもこんな風なのだろう。丈の短い天儀風の袖なしを着こなした闊達な姿は、元の姿を思い起こさせて何だか微笑ましい。
 歩き回って小腹が空いたら、屋台の湯気に誘われるのも悪くない。
「肉まんって泰のおやつですっけ? おいしそー」
 各儀の味が楽しめるのも神楽の良いところ、羊飼いの両手に収まる大きさの肉まんは蒸かしたてのほかほかだ。
「あ、支払いは僕が‥‥」
 一人一個ずつ、会計は黒羊が受け持って。みんなは市場の中央広場で一休み。
「霜夜ちゃん、ふーふーしてー」
「あれー 姐さんって猫舌?」
 わんこなのにと羊飼い。普段はお姉さん振っている霞だけれど、こんな時は立場逆転だ。
 割って冷ました自分の肉まんと霞のを交換してやって、霜夜は昼食は蕎麦屋がいいなと考える。温かい蕎麦が食べたかったのだが、猫舌な霞も冷なら平気だろう。
「霞もこの姿だし、何か買ってあげたいな‥‥羊飼いさんは黒羊さんに何か贈らないんです?」
「ほぇ?」
 霜夜に水を向けられて、羊飼いはきょとんとした。
 そんな羊飼いの様子に、黒羊はちょっと遠い目。
「‥‥嬢さんが僕の事放置するのはいつもの事です。いいんですいつもの事ですから」
 何やら諦めの境地にいるらしい黒羊、僕みたいな年寄りは引退して新しい職でも探すべきか――などといじけはじめた。
「いっそ登録解除をお願いして新規朋友購入の足しにでも‥‥」
「黒羊ちゃん、その辺にしておきなさいなー」
 霞が示した先には不機嫌そうな――吾庸ならぬ羊飼い。
「おや。何をまた怒っているんですか、めぇ‥‥」
 黒羊は困り果ててしまったが、場にいる皆は覚えていた。羊飼いが、彼を「家族みたいな」と紹介した事を。

 その頃、夜行の希望に付き合って街を流し歩いていた崔が行き着いた先は。
「‥‥で、何故に兎月庵?」
「崔が甘い物好んで食べないからだろ。興味あっても俺が買いにいける訳ないし」
 依頼で目にした甘味が気になっていたらしい。
 そういう事なら餅でも買って帰るかと店に入ったものの、夜行は喫茶席を利用したい模様。
「けどさこういう店って女の子多くて、どきどき?」
 落ち着かない様子できょろきょろ店内を見渡す夜行、なまじ自分と似た顔立ちの若者だけに崔は別の意味で落ち着かない。
「お姉さん、お勧めは何?」
(ぅっわあああああ!)
 夜行は一般客に尋ねている。これではナンパではないか、というか、崔の封印したい記憶が呼び起こされた!
(勘弁してくれ! 若気の至りが今目の前に‥‥!)
 実に素直で純情な好青年だ、夜行は。しかしそれは崔の黒歴史再現でもある訳で。
 青くなったり赤くなったり、嫌な汗をだらだらかきながら夜行を庭席へ連行して団子を口に突っ込む。
 もう黙っておいてくれと言いたかったのだが、結局その後も崔は一日中散々引っ張りまわされたのだった。

 さて、市場から帰宅した刃兼とキクイチは自宅で昼食中。
「キクイチ、茶碗に顔を突っ込むな!」
 刃兼が、箸が上手く使えなくてキレたキクイチの顔から飯粒を取ってやっている。というのも、見た目綺麗なお兄さんなキクイチの中身は、世間ずれした猫又のままだったのだ。
 いつもと視界が違うのが面白いようで喜んでいたのはまあ良いとして、市場に出れば品物に手を出そうとするし、ネズミやスズメを見かけたら条件反射で追いかけようとする。道具を使うのも苦手のようだと、たった今気付いたばかりだ。
 今日は依頼探しを休んで正解だったな。しかし、猫又の時より目が離せないのは如何なものか――溜まった家事くらいは遣っておきたいのだが。
「刃兼はん、眉間にシワ寄ってますえ」
 ここ、とキクイチは自身の眉間に触れて揉んでいる。縦皺の原因は彼にあるのだが、刃兼は指摘しようとは思わない。何故なら今のキクイチは小さい子のようなものだからだ。
 眉間や頬をふにふに弄っていたキクイチが、真面目な声で名を呼んだ。
「刃兼はん、陽州から神楽の都に来てこっち、いっつも眉間にシワが寄っていて‥‥笑うておくれやす」
 陽州から供をして来たのは伊達じゃない。キクイチが一番よく知っている、刃兼が日々頑張っているという事を。
 だから、この優しい主が少しでも笑顔になって欲しいと願う。
「わっちのお小遣いで買えたのはこれが精々でありんしたが‥‥」
 そう言って、キクイチは刃兼の肩に襟巻きをそっと掛けた。安物はご愛嬌でありんすよと謙遜するキクイチに、刃兼は暖かいよと笑顔を向けたのだった。

●ずっと一緒
 草原に二人は居た。
「いいお天気ですね〜」
 少女を肩車したまま、おっとりと長身の男性が言った。エルレーン(ib7455)は男の頭を抱えて空を見上げる。
 風が心地良かった。
 いつもはあの大空を彼と――炎龍のラルと翔けているのだと思うと、今のこの状況が不思議で、また面白くも思えて、エルレーンは自然と微笑が浮かんでくるのだった。

 何故人型になったのかラル自身にもわからないらしい。
 エルレーンは朝から何度となく尋ねてみたのだが、ラルの応えはどうにも要領を得なくて却って二人して混乱しただけだった。
 まあ、いいか。これは夢に違いない。夢なら気にしなくてもいいじゃないか。
 そんな結論に落ち着いて、草原にでも行ってみようかという事になって――問題発生。
「ラルに乗せて貰って‥‥行けないね」
「じゃあ、そのかわり〜」
 ラルは実に楽しそうにエルレーンを抱え上げると、肩車して走り出した。
「!? わ、わあっ! ラル下ろしてよ、人が見てるよ!」
 普段も人目が気になっておどおどしてしまうエルレーン、家を出て草原まですぐという訳でもないから、ご近所さんの視線が恥ずかしい。そんな彼女をお構いなしでラルは陽気に駆けてゆく。
「ラールー‥‥」
 戸惑いと恥ずかしさのあまり彼の頭にしがみ付いていたエルレーンだったが、草原が近付くにつれて段々と楽しくなってきた。
 そう、これは夢。夢なんだから楽しもうじゃないか。

 そんな経緯で二人は草原にいた。
 秋風になびく草原はきらきらと陽光に輝き、全てを包み込むかのよう。
 二人は話した。人の言葉を話せるようになったラルに、エルレーンは過去を語った。うっすらと涙ぐむ彼女の頭を撫でて、炎龍の化身は優しく誓う。
「私はいつも、あなたのそばにいますよ‥‥ずっとずっと、ね〜」

●大好き
 仄かに紫を帯びた白銀の髪。
 白いかんばせを彩る瞳は黄金で理知的かつ優雅で蠱惑的。
 黒い衣装から覗く白い脛が何とも色っぽいが決して下品にはなり得ない優美な姿――絶世の美少女が其処にいた。

 名乗られなくとも判らないはずがない。
「猫又の姿も可愛いけど、人になった姿も綺麗だよ」
 弖志峰 直羽(ia1884)は最愛の少女を渋く口説き始めた――が。
 師の許で姉弟のように育ってきた二人に新たな恋が芽生える事もなく。羽九尾太夫に素気無く袖にされるのはいつもの事というべきか。
「直よ、妾に世辞は無用じゃと解っておろうに」
 懲りぬ男じゃのうと猫又だった美少女はつれないご様子だ。引っ張られた直羽は街へ繰り出した。
「ちょっと待って、羽九尾ちゃん。そっちは俺はちょっと‥‥」
「妾が行きたいのじゃ、何ぞ文句あるかえ?」
 いいえ、お姫様のお望みのままに。
 結局、羽九尾太夫に付き合って小間物屋や甘味処を梯子する直羽である。
 茶店の店先で二人して白玉善哉の椀に箸を付けていると、彼方が兄に甘えている姿が目に入った。
「ねーねー おなかすいたー おだんご食べよーよ」
「さっき昼飯食ったばかりじゃねぇか。て、くっつくんじゃねぇっ」
 何とも微笑ましい兄妹だ。
 店先から直羽が手を振ると、気付いた彼方が兄を引きずって近付いて来た。
「あれ、直にぃ。どうしたの?」
「うん、ちょっとね‥‥」
 猫又が人になりましたと説明して信じて貰えるだろうか。ふとそんな考えが過ぎって言葉を濁した直羽の後頭部を、黒レースの扇子が直撃した。
「まったく、立ち話とは気が利かぬ男よのう」
「羽九尾ちゃんやめて! おバカになっちゃう!」
 涙目の直羽と、羽九尾と呼ばれた少女の掛け合いに、彼方が目を丸くする。
「直にぃの所もなの?」
「元からとか言わないで‥‥って、え?」
 兄だと思った青年が人妖の束紗だと知って、直羽は泣き真似したまま固まった。
 そんな直羽を見遣り、束紗は羽九尾太夫に言ったものだ。
「羽九尾、相変わらず苦労してんな」

 善哉片手に変化のいきさつを話し合っていると、市場の方角から吾庸がやって来るのが見えた。
 この状況だと一緒にいる金髪男はおそらく彼の朋友だろう。袖摺り合うも他生の縁と誘ってみれば、揃って仏頂面で善哉を啜っている。
「吾庸さんと杜鴇さん、何だか似てるよねー 俺達も‥‥他所目には似てるのかな」
「妾と直とがか? そんな訳はなかろう」
「!! 酷いわ羽九尾ちゃん‥‥!」
 よよと泣き崩れる直羽は置いといて、彼方は傍らの束紗にぎゅっと抱きついた。
「だから、くっつくなって」
「‥‥ちょっとだけ」
 元に戻ってしまう前に、あと少し。もう少しだけ、彼方のおにーちゃんでいて――

 甘味処を出た後、直羽と羽九尾太夫は足の向くまま港を散策していた。
「羽九尾」
 前を行く直羽がぽつりと名を呼んだので、羽九尾太夫は「何じゃ」素っ気無く返す。
「手の掛かる主人だけど‥‥いつも俺の傍にいてくれてありがとね」
「目付役じゃからのう」
 直羽の師が遺した猫又は当然の事よと言ってのける。
 そんな羽九尾太夫に「これからもよろしく」改まった様子で振り返った直羽はにっこり。
「大好きだよ」
「な‥‥」
「あれ? 羽九尾ちゃん、顔が赤いよ?」
「黙りゃ!」
 黒扇子の攻撃をひらりと交わした直羽、家まで駆けっこだと羽九尾太夫に子供の頃のような笑顔を見せた。

●また、いつか
 人が立ち入らぬ静かな森で、リュートの澄んだ音が微かに聞こえていた。
「思った通りね、よく似合うわ」
 爪弾くエレンを眺め、アグネスは満足気に頷いた。人妖の大きさに合った楽器が中々なくて実現しなかったのだが、きっと似合うと前々から思っていたのだ。
「街道沿いなら昼食代でも稼げそうね、小鳥相手に披露する?」
 くすり微笑ってアグネスは楽に合わせて足で調子を取り始めた。
 初めてなのに不思議と違和感がない。足首のアンクレットを繊細に煌めかせて舞えば、懐かしい気持ちさえした。
「‥‥うん、思った通り、エレンの音が体に馴染むわ」
 観客は森の動物達、披露するは黒髪の踊り子と金髪の吟遊詩人。

 夜空を思わせる藍色のリュートを抱えたエレンが、白い指先で弦を弾く。
 初めて奏でる楽器なのに不思議と迷いなく指が動いた。記憶になくとも身体が覚えている、そんな気がした。
 エレンは自分がどうやって生まれたか覚えていない。朧気な意識はアグネスとの邂逅を経てエレンになった。
(夢の中なら、もしかしたら会えるかと思ったけど‥‥)
 そう上手くはいかないかと微苦笑し、探し人に想いを馳せた。

 覚醒からずっと探し続けている人がいる。
 この世界の、あるいは他の世界の空の下にいる君が――どうか笑顔であらん事を。
(‥‥‥‥)
 いつか巡り逢わんと願いつつ、永遠の時を紡ぐ愛しき友の名を、エレンはそっと囁いた――