【初依頼】実る、秋
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/08 20:36



■オープニング本文

 とげつあん、という名の甘味処がある。
 兎月庵と表記するこの店は、屋号よろしく亭主が搗く餅の美味さに定評がある。
 亭主は頑固者の職人肌、女将は砕けた気立て良し。互いの長所で補い合って、二人三脚で営んでいる店であった。

●新米搗きて 秋、祝う
 神楽・開拓者ギルド。受付用の個室から茶の香りが漂ってくる‥‥今日もまた女達が一服中のようだ。
「そう、何だか賑やかだとは感じていたけれど‥‥開拓者さんが増えているのね」
 ギルド内部の賑わいが、新規に稼業を始めた開拓者達にあると聞いて、兎月庵の女将・お葛は頷いた。
 今日手土産に持って来たのは収穫したばかりの新米で搗いた餅である。粘りの強い新米を使った餅は、お葛の夫で兎月庵の菓子職人・平吉が搗き上げた素朴ながら滋味深い逸品だ。黄粉、黒蜜、砂糖醤油――餅本来の味を引き立てる為だけに少しだけ付けて味わう。熱が取れて程よい堅さになった餅は口の中で存在を主張し、噛めば噛むほど味わいを増した。
 黒蜜を付けた餅を飲み下し次に手を伸ばそうとして、ギルドの受付係は一瞬手を止める。取り皿に餅を確保した彼女はお葛の言葉に返事した、
「ええ、駆け出しさん向けの依頼を仕分けて斡旋したり、ギルドも力を入れているんですよ」
「あたしもお掃除頑張ってます〜」
 係の隣でちゃっかりお相伴に与っている梨佳(iz0052)もしっかり自己主張して、お葛はそんな二人に微笑むと暫くして「なら、うちも協力しなくちゃね」と笑ってみせた。

 ギルドに兎月庵からの仕事が入ったのは、それから間もなくの事。
 依頼内容は店の手伝い、厨房補助や接客等の雑用だ。店独自の味がある調理関係は、職人の平吉が行うし開拓者に手を出させない。接客については他人に不快感を与えなければ服装自由、工夫も各々に任せる。
 いつも通りの依頼内容だが、係はこっそりお葛に尋ねた。
「あの‥‥今、お忙しいのですか?」
 兎月庵が繁忙期に手伝いを雇う事はあるが、今の時期に大きな祭事があるとは聞いていない。もしや先の雑談から依頼してくれたのではと恐縮する係に、お葛はからりと笑って言ったものだ。
「忙しいわよ?うちの人、相変わらずお餅ばっかり搗いてるんですもの」


■参加者一覧
/ 井伊 貴政(ia0213) / 鷹来 雪(ia0736) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 天宮 蓮華(ia0992) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / からす(ia6525) / 神咲 六花(ia8361) / 明王院 未楡(ib0349) / 手塚 元希(ib4301) / 緋姫(ib4327) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / 野狐(ib4907) / ですな(ib5268


■リプレイ本文

●新米はじめました
 からりと晴れた秋の日、兎月庵にも爽やかで初々しい雰囲気が漂っていた。
「‥‥い、いらっしゃい、ませ‥‥?」
 ――これでいいのかしら?
 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、些か不安に感じながらも顔には出さずに道ゆく人に声を掛けていた。たどたどしくも気品ある微笑に呼び止められて、足を止める客も多い。
「お餅をひとつ」
「はい、かしこまりました」
 確かメイドがこう応えていましたわね。かつてを思い出しながら、懸命に販売を勤めている。
 離れた所で女性客に紳士的な接客をしていた手塚元希(ib4301)が、その様子を少し心配そうにちらと見た。
 マルカは接客の経験がない。その必要のない環境に生きてきた。ジルベリアの貴族社会で何不自由なく育てられたお嬢様は、人生の大きな転機により天儀へやって来た新米開拓者だ。
「ありがとうございました‥‥お嬢さん、またどうぞお越しくださいね」
 ほわり優しく微笑んで女性客を送り出した元希は、さりげなくマルカのフォローへ。白餅の包みを用意してやる。
 マルカは包みを両手で捧げ持ち客に手渡すと、掌に乗せられた金子を不慣れな様子で確かめた。
 失敗しないようにと緊張しつつ怖々の行動は、ひとつひとつがぎこちなくてゆっくりだ。しかしマルカの懸命さが伝わっていたから、客は不平も言わずに待っていた。
 お待たせしました、と丁寧に頭を下げてマルカは釣りを返す。さあ、あと一息。
「お、お買い上げ、ありがとうごじゃいました」
 ――噛んだ。
 客は思わず噴き出して、「頑張ってね」マルカを励まし背を向けた。
 接客に慣れて来たら尋ねてみようと思う。両親の仇、その行方を知る人がいないかを。一瞬だけ辛く顔を歪めたマルカは、すぐに何事もないように笑顔で店先に立った。
「アルフォレスタさん‥‥お疲れ様です‥‥少し、休憩しませんか」
 お餅も大分売れましたし、と元希。
 客の一人一人に肩に力を入れて全力で接客していては、マルカの身が持たない。元希は「疲れましたね」と休憩を促した。
「‥‥陰陽師とはいえ‥‥僕もつけなければ」
 冗談めかして、少女が無理をしないよう気遣う。一息いれたらまた頑張りましょうと、元希は優しく手を差し伸べた。

 今日は男手が少ないなぁ‥‥と、いつもの繁忙期を知る青年は手伝いに訪れた面々を見渡してそう思った。
 井伊貴政(ia0213)は裏庭へ出ると平吉に餅搗きの加減を確認する。兎月庵は平吉が搗く餅が売りだったから、その餅に近い状態に搗き上げたかった。
「僕もやるからには完璧にこなしたいですから」
 ここがいい加減だと後々の工程で大変な事になるからと理由を述べる貴政に、平吉は「お前には任せられる」の一言。それは信頼の証でもあり。
(「甘味処の厨房‥‥!」)
「‥‥よろしく」
 高まる鼓動を押さえ、平吉に握手を求めた人見知りの神咲六花(ia8361)が真面目な顔をしていたのはごく僅かの間だった。
 厨房に漂う蒸米の匂い、餡の香り。作業台に並ぶ甘味の数々。
 好きなものを前に、少年の瞳はだんだん輝きを増していった。おや、と平吉が六花の顔を見る。
「お前は菓子が好きか?」
 菓子職人、同好の士と見たらしい。勿論です!と六花は握ったままの手をぶんぶん振って、大好きですと力説した。
「黄粉。黒蜜、砂糖醤油‥‥なんて贅沢なんだろう♪」
 餅を楽しむ色々。白餅、餡餅、大福に団子!
 興奮状態で語る六花は人見知りとは思えない快活さだ。後で食ってけと言われて大喜びの彼は、貴政が搗く餅の返し手役で連行されて行った。
 やれやれと見送った巴渓(ia1334)、今回は万全の状態で手伝えるぜと力強く構えてみせる。
「前ん時は重体で手伝いに来てたからな」
 志体持ちの重体は一般人のそれとは違うから手伝い自体はできるのだけど、渓としては依頼完遂という気がしなくて心残りだったようだ。今日は餅搗きと成形をするぜと緋姫(ib4327)を相方に頼んで、蒸しあがったばかりの蒸篭を運び始めた。

 厨房内では、姉さんかぶりの小さなお馴染みさんがせっせと手を動かしている。
「甘味を付けて、てなかったんですよね」
 礼野真夢紀(ia1144)は、そう言って向かいで作業している明王院未楡(ib0349)に「故郷でも新米の餅米でお餅作りますけど」と小首を傾げた。餅に異物が入らないように、髪を覆うのとは別に、口元も手拭で覆っている。
「まゆちゃんのおうちでは、どんな風にいただいていたのですか?」
 店内から下がってきた食器類を汚れ別に分けて、未楡が尋ねた。湯呑みなどの汚れが少ないものはそのまま洗い桶へ入れ、餅類がこびり付いた食器は蒸篭に使ったお湯の余りを溜めた桶に漬け置いた。なるほど、主婦の知恵である。
「そうですね‥‥秋口ですと餡入りや橡や黍入りとか蜜柑餅とか。蜜柑餅は餅搗き時に蜜柑皮ごと1つ2つと砂糖を入れるんです」
「甘酸っぱいお餅になるのかしら?」
 あら、それは美味しそうねと厨房に入ってきたお葛が話に加わった。皮ごと搗き入れれば色目も鮮やかな餅になるだろう。食べてみたいわねぇと甘味処の女将。
「新商品の開発なら是非試食したいわね。職人さんの作業をこんなに間近に見られる機会なんて、そう無いじゃない?」
 搗きたての餅を運んできた緋姫が成形に加わった。返しで赤くなった手を前掛けで押さえながら餅取り粉を作業台に軽く振り、熱々の餅を千切る。普段はひとつ括りで下ろしている長い髪を、今日は高めに纏め上げて落ちないよう気遣いも万全だ。
 今回の依頼を通じて、何かひとつでもお菓子を覚えて帰れたらと思っているのだと緋姫。
「兄様達に食べさせてあげたいの」
 意外と若作りの兄や、溺愛している神威人の養弟の顔を思い浮かべ、目を細める。秋ならではの胡桃を使った餅菓子は如何と、女達は甘味話に花を咲かせる。
 そこへ甘味男子がやって来た。餅を運んできた六花だ。
「胡桃餅ですか!黒糖を絡めた胡桃で作るのも美味しいですよね!」
 すっかり饒舌になった人見知り少年も交えて、気付けば餅菓子談義になっていた。
 餅と言えば大福ですよね、と六花。
「栗とか芋とか、今の季節ならではの大福とか‥‥扱ってますか?」
 栗大福ならあるわねとお葛。粒餡に大粒の栗甘露煮を入れて餅で包んだ季節物だ。
「芋大福も良いわねぇ、今度うちの人に頼んでみましょうか」
「芋を使った大福で『妹大福(いもだいふく)』とかどうですか?」
 あら素敵と、お葛はすっかり乗り気のようだ。
 そのうち、兎月庵に『妹大福』なる新商品が並ぶかもしれない。

●楽しむこと
 ふと見上げれば、空は青く庭の紅葉がよく映えた。
(「此処に初めてお手伝いに来てから一年、経ったんだ‥‥」)
 茶の香り立つ湯呑みを手に、佐伯柚李葉(ia0859)は感慨深く空を見上げた。
 初めて手伝いに来たのは観月だったか。
 あの頃は一人で手伝いに来ていたけれど、今は隣に大切な人がいる。
「年末は‥‥佐伯の実家に帰るのか?」
 恋人の――玖堂羽郁(ia0862)の声に我に返った。
 問い返すように首を傾げて続きを促すと、羽郁は「自分も連れて行って欲しい」と言う。
「迷惑じゃなければだけど、柚李葉の実家にご挨拶に行きたいな」
 嗚呼、もう年の瀬が近いのだと思う。
 年末は一旦本邸に帰るのだと羽郁、来月は自分と姉の誕生日もあるのだと言う。
 話し続ける恋人に耳を傾けながら、柚李葉は再び感慨に耽り出す。
 依頼をこなしていく内にご縁や顔馴染みが出来て、羽郁ともそうして知り合って‥‥そんな積み重ねが嬉しくて。
 のんびりでいい。でも、もっと近付いているんだって解ると良いのに。
「‥‥羽郁?あのね?」
「‥‥ん?」
 柚李葉は干果を混ぜた一口大の餅を手に取った。
 怪訝な顔をしている恋人に近づけて、彼女はにっこりと微笑む。
「はい、あーん」

 とりあえず、自分に出来る事はした。働いた‥‥と思う。
 だけど。
(「‥‥これ、俺、役に立ってたのか‥‥?」)
 初めての仕事、精一杯頑張っていてもいまいち自信が持てないのは致し方ないというものだが、野狐(ib4907)の心は反省の海に沈みかけていた。
 具体的に何が悪いとか失敗したとかではないのだ。周囲が皆上手く立ち働いているように見えて、自分が何の役にも立てていないような気がして。
 嗚呼、自己嫌悪。
 よろりらと休憩にやってきた野狐を、黒髪の少女が呼び止めた。
「お疲れ様。お茶でも如何かな?」
 いつもの言葉をいつものように。からす(ia6525)は野狐を茶席に誘った。
 差し出された茶を受け取って、落ち込んだまま野狐は座り込む。独り言かのように、からすは言った。
「思えば、ギルドに所属してからまもなくの仕事が此処の手伝いだったな」
「俺も此処が初めてなんだ!」
 思わぬ共通項に野狐は目の前の少女に応えた。随分若く見えるが、この世界では先輩なのだろう、筆記用具を取り出して聞き取り準備を始めた彼は几帳面な青年であった。
「初めて手伝った時は、どうだった?」
「その時も販売だったか‥‥あれから大して変わってはいないかな」
 落ち着いた様子で淹れ直した茶を啜る。からすはいつも落ち着いているのだが、今の野狐はそれが仕事慣れにも見えて頼もしい。
「販売だったのか‥‥俺は雑用をしてた、けど‥‥役に立ってたのかなあ‥‥俺、これからどうするべきなんだろう‥‥」
 再び落ち込む野狐に茶請けを勧め、からすは「当たり前だが」と前置きして言った。
「どんな事でも、経験をしておけば何時か役に立つ。今日の事もだ」
 此処での仕事経験を他の依頼で活かせる場面があるかもしれない。他の依頼での経験を次に此処へ来た際に活かせるかもしれない。失敗する事も経験であり、糧とすれば似たような場面で失敗する事が少なくなるだろう。
 助言を頷きながら記していた野狐に、からすは「‥‥でもね」言葉を区切った。
「そんな事は特に意識しないで『自分が楽しむ事』が一番じゃないかな」
「自分が、楽しむ事‥‥」
 反復し、野狐が自分なりに覚悟を決める間、からすは静かに茶を啜っていた。

 再び店内に戻れば、喫茶席は満席だ。
 再び緊張した野狐に近付いて来た天宮蓮華(ia0992)が湯呑みが乗った盆を手渡し「頑張って」そっと背を押す。御用聞きを始めた野狐をもう大丈夫と微笑んで、蓮華は家族連れの席へ盆を運んでいった。
 さりげなく初心者さんの後押しをする蓮華の様子を、白野威雪(ia0736)が見守っていた。時折寂しげな表情が見え隠れするのは、弟のように大切に思う彼がいないから――雪とて寂しく感じているから蓮華の辛さがよく解った。
 接客の合間にそっと近寄ると、蓮華は雪に本音を呟いた。
「摘み食いをする人がいないと寂しいですね‥‥」
 帰省中の大事な人。遠く離れ離れになって寂しさが募る。蓮華の背中を労わるように撫で、雪もまた寂しく微笑んだ。
 一緒になって沈んでしまった雪へ、蓮華は悪戯っぽく表情を変えて、言った。
「今日はこのお仕事が初めての方もいらっしゃいますが‥‥うっかりのんびりな雪ちゃんの方が心配ですわね」
「う、うっかりなど致しません‥‥!」
 真っ赤になって、むーと唸った雪は子供っぽくて可愛い。蓮華はくすくす笑って、お仕事に戻りましょうかと促した。
 姉妹のような二人の美姫が店内を巡る。笑顔で応対し、お客様へひとときの甘味の夢を供する。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「兎月庵は初めてですか?お勧めは‥‥全部ですわ。黄粉、黒蜜、砂糖醤油‥‥どれもとっても美味しいですのよ」

 温かいお茶と一緒に‥‥どうぞ、お召し上がりくださいませ♪