星祭のあとで
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/08 07:42



■オープニング本文

 それは、ある係の一言から始まった。
「なァ梨佳、おめェ誰に飼われてるんだ?」

●自称見習い係
 開拓者ギルドには様々な種類の職員が常駐している。
 受付に常駐し依頼人から話を聞く接客応対担当の者、現地に向かい調査を行う依頼調役、警備員に職員見習い。
 職員見習いの仕事内容は、お店の丁稚奉公を想像するのが手っ取り早いだろうか。雑用を行いながら周囲の仕事を目で盗み実地で覚え、いつか正規職員になれる日を目指して研鑽を積む――それが職員見習いだ。
 尤も、職員見習いはギルドが認めた正規職員ではなく、慣例で認められている存在である。制服に袖を通す事は勿論、給料もギルドからは出ない。

 さて、その日梨佳は、いつものように箒片手にギルド内の掃除をしていた。
 そこへ前述の係の一言である。
「‥‥か、飼う!?」
「特定の職員からお小遣いを貰っていますか、と尋ねているのですよ」
 意味がわからず目を白黒させた梨佳に、別の係が説明してやった。
 職員見習いは非正規の存在、正規職員が自費で後継者を養うという位置づけのもので、『飼う』というのは『特定の職員から小遣いを貰っているか』という意味で言ったらしい。
 梨佳は開拓者ギルドの自称見習い係員だ。連日開拓者ギルドを訪れては、自主的に掃除やお茶汲みなどの雑用を買って出て、嬉々として働いている。夢はギルドの係員、地方から上京して押しかけ気味に働いているが、実の所、誰に養われている存在でもなかった。
「梨佳ちゃん、随分長い事ギルドで働いてない?見習いさんの中でも慣れてる方だし、誰の見習いさんなのかなーって」
 梨佳の反応を伺うように、若い女性の係員が言葉を添えた。
「あ、あたし‥‥誰の見習いさんでもないですよぅ〜」
 気のせいか、梨佳がしょんぼりして見えた。
 んじゃあたし掃除がありますんでと箒を攫んで入口へすっ飛んで行く梨佳。しょもしょも掃除をしている彼女の後姿を、職員の一人が見ていた。

●星祭の笹
「笹竹流しに行きませんかー?」
 開拓者ギルドの入口で、梨佳はあなたに声を掛けてきた。
(「笹竹‥‥?」)
 視線の先には七夕飾り。
 そういや梨佳は今年も、故郷の倣いで八月に七夕祭だとか言ってたなと思い出す。
「今年もたっくさんの短冊を下げてもらったです、みんなで流しに行きましょー♪」
 箒を抱えた梨佳は屈託ない笑顔をあなたに向けてきた。
 見渡せば、同じように誘われたらしい開拓者達がちらほら居る。聞けばまだ他にも行く者がいるらしい。
「行き先は広ーいですから、相棒さんも連れてっていただいていいですよ〜」
 この場にいない者は朋友を連れ出しに港に行っているのだとか。
 場所は神楽郊外の僻地、少しばかり草は多いが気兼ねなく相棒達を遊ばせてやれるだろう。

 一緒に行くと梨佳に約束し、相棒連れ出しに港へ行こうとしたあなたを誰かが呼び止めた。
「あァ‥‥ちょっと」
 受付事務担当の開拓者ギルド職員だ。
 辺りをきょろりと見渡すと、梨佳には聞こえないように顔寄せて耳打ちした。
「開拓者しか見ちゃいけねェってんで、俺ァ内容知らねェんだが‥‥上の方からな、預かったモンがあるんだ。参加者の間で回覧しといてくれ」
 係はそう言って、頼むぜとあなたの背を叩いて送り出した。

●回覧文書
 さて、笹竹流し参加者の間で回覧された文書は以下のものである。

『 開拓者各位。

 この梨佳、いまだ特定の職員の下に付いておらず自主的に手伝いをしている一般人に過ぎません。
 梨佳が見習い扱いになる為には、正規職員の中から教育担当者を決める必要があります。
 指名の参考にさせていただきますので、以下三名より最も相応しい者を選んでください。


【哲】
 『【負炎】反乱〜いっき』等、付喪神異聞関係の案件を担当している粗野な受付担当職員。
 三十代の男やもめで我が道を行くタイプ。いい加減でズボラ、万年貧乏。結構有能で面倒見がいい――でも滅茶苦茶。
 この人の下に付くと、梨佳の生活は今までと殆ど変わりません。
 お小遣いは気まぐれに与えられ、梨佳の懐具合も今と全く変わりません。

【聡】
 『菊露香』はじめ北面で発生した千代見村周辺の案件を担当した生真面目な受付担当職員。
 二十台後半の有能な男性。厳しく指導するのは優しさの裏返し。
 この人の下に付くと、ビシビシ鍛えられます。仕事中に開拓者を遊びに誘うなんてもってのほか!
 几帳面な人ですから、毎月梨佳に決まった額のお小遣いを与えてくれるでしょう。

【桂】
 『晦日に近き餅の音』等、兎月庵関係の案件を多く担当しているお気楽な受付担当職員。
 歳の頃二十代初めの女性。梨佳とは甘味友達のようで、お茶汲みついでにお相伴に与る梨佳の姿が目撃されています。
 この人の下に付くと、梨佳の生活は今までとあまり変わりません。
 現物支給になるかもしれませんが、お小遣いも貰えます。』


 回覧文書を一読した開拓者達は、何とも言えない表情で互いに顔を見合わせたものだった――


■参加者一覧
/ 崔(ia0015) / 風雅 哲心(ia0135) / 井伊 貴政(ia0213) / 桔梗(ia0439) / 鷹来 雪(ia0736) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 乃木亜(ia1245) / 喪越(ia1670) / フェルル=グライフ(ia4572) / 海神・閃(ia5305) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / イリア・サヴィン(ib0130) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 御陰 桜(ib0271) / グリムバルド(ib0608) / 燕 一華(ib0718) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 針野(ib3728


■リプレイ本文

●一日避暑へ
 初秋と言うより晩夏、いまだ残暑残る神楽の都を少し離れて出かけた先は、緑ゆたかな自然に囲まれていた。
「よし、はっちゃん。今日はめいっぱい遊ぶさー!」
 針野(ib3728)の言葉に応えるように、忍犬の八作が千切れんばかりに尾を振った。
 ここなら思う存分遊べそうだ!
 ――が、その前に簡単に草刈りして遊び場を確保しなくては。荷からナイフを取り出してざくざく草刈りを始めた針野を、琥龍蒼羅(ib0214)と駿龍の陽淵も手伝い始めた。
 がじがじと草を齧り抜く陽淵を真似た八作もがじがじ。
「あはは、はっちゃんは草運んでぇさー」
 それじゃ食むのと変わらんさねーと針野は八作の頭先に刈った草を積んでやる。意味を理解した八作は得意の頭突きの応用で草を端へと押し出してゆく。
「利口だな、陽淵も翼で押し出してくれ」
 必要最低限の草は刈り終えた。ここが遊び場になるのも程なくの事だろう。
「あら‥‥赤とんぼ?」
 青々とした草原に赤とんぼを見つけた乃木亜(ia1245)の声に、ミズチの藍玉が空を見上げた。きょとんとつぶらな瞳が愛らしい。礼を述べた乃木亜の仕草を真似て藍玉もちょこんと辞儀をした。
 御誘いありがとうございますと礼を言われた梨佳は「こちらこそ来てくれてありがとうございますですよ」と屈託ない笑みを見せる。
「ところで、笹竹流しってよく知らないんですが、どんな事をするんですかっ?」
 興味津々、問うた燕一華(ib0718)は笹竹ごと全てを川に流してしまうのだと聞かされて、かくりと肩を落とした。
 一華が指差した先には、笹に下がったてるてるぼうず。
「え、と‥‥このてるてるぼうずさんが、一華さんの願いや身代わりで災厄を持ってってくれると思います、よ?」
 これには梨佳もぎこちなく説明するしかなくて。がっくりしている主の顔を駿龍の蒼晴が覗き込むと、首に下がった一華お手製のてるてるぼうずが陽気に揺れた。

 ふりふりピンクの日傘がくるりと回った。
「爽やかな陽光の中、水しぶきを飛ばしながらキャッキャウフフするワタクシ‥‥」
 日傘で隠れた乙女の声から行楽を楽しみにしているのが伝わってくる。何処ぞの御令嬢だろうか、再び日傘をくるりと回し、乙女は言った。
「‥‥美し過ぎますわ」
 乙女――土偶ゴーレムのジュリエットは下僕の喪越(ia1670)に振り返り、己の麗しさにうっとりと酔っていた。
 げっそりと脱力した喪越は「ないない」と手をひらひら。
「美しいってぇのは、やっぱ美女の水着だろ!」
 男の願望そのまま口にした喪越、おおっと今まさに生着替えを始めようとしている美女発見。
 土偶ではない、正真正銘人間の美女だ!
 着衣の上からでもその整った肢体がよく判る、美女の名は御陰桜(ib0271)。豊かな胸を覆う深紅の忍装束に手が掛けられた時、周囲の何人かは確実に何かを期待したものだが。
 装束の下から現れた、ピンクの水着。しっかり着用済だった。
「期待シちゃたコは残念でしたぁ♪」
 などと桜は言うけれど、充分に蠱惑的だ。
 男の純情(?)を弄ばれた喪越には更に空気の読めない追撃が。忍犬の桃を連れて水辺で戯れ始めた桜の姿に新たな己を妄想したか、おぜうさまは恍惚と「水着を持ってくれば良かったかしら」などと言い始めた。
「いやいや。こんだけ暑ィと、熱せられたお前さんの身体で川の水が温むわ」
 ふふんと苦笑しつつ、喪越はジュリエットに突っ込んだ。調子付いてまだ続く。
「肉くらい焼けるんじゃねぇか?旅館でたまに出て来るだろ、岩板焼k‥‥」
「‥‥モコス。折角ですからアナタも涼んで来なさい――流れる笹竹と一緒にね!」
 がすっ。
 喪越は最後まで喋り切らずに宙を舞った――嗚呼。

 冷たい水の流れに足を洗わせて、ぼーっとしていた和奏(ia8807)は、口が過ぎた陰陽師が吹っ飛ぶ瞬間を見るともなしに見ていた。傍らには主と同じように鱗を流れに洗わせている駿龍の颯の白い鱗に腰掛けて、足を水に浸けていた人妖の光華が、むっとして足をばたばたさせた。
「ちょっとぉっ、和奏こっち見なさいよっ!」
 勢いよく水を跳ね上げた所で所詮人妖、和奏は水浸しになるどころか気付きもしない。颯が動けば気付くかもしれないが、それはそれで癪に障る。
 仕方がないので、光華は和奏の背中に飛び蹴りをかました。繊細そうな見目によらず意外と凶暴だ。そのまま和奏の肩に昇って腰掛ける。
「和奏、暑いー」
 ぼーっと突っ立っていた和奏の黒髪は熱を含んで暑苦しい。が、光華は水際の颯に戻るつもりはない。
「和奏、暑いでしょうが!しゃがんでっ!」
 暑いなら移動すれば良いものを、主を動かすあたりが光華である。和奏も素直にしゃがんでやって、一緒に川の流れを眺め始めた。
「水って不思議ですよね‥‥」
 ぽつりと和奏が言った。
 無色無形、でも存在はあって、無くてはならない存在で。
 水中に生命の営みを見つけ、飽く事なく眺め続けるふたり。
「和奏、メダカ」
 光華の声で小魚を見つけた和奏が微笑んだ。
 やっぱり和奏はぼーっとしていて自分に興味を払ってはくれないけれど、光華は少しだけ距離が縮んだような気がした。

●ないしょ
「梨佳ちゃんは何てお願い書いたの?」
 海神・閃(ia5305)に尋ねられた梨佳は、えへへと笑って「内緒です」と答えた。
 目の前で笑みを浮かべている少女に合う教育係は誰だろう。
 回覧されている見習い職員昇格案件を知る開拓者達は、それぞれに思い考え、何も知らない梨佳を見る。
「どうしました〜?」
 視線に気付いた見習いを自称中の少女から一斉に目を逸らす一同。
「内緒だ。元気してっか?」
 梨佳の言葉をそっくり返した崔(ia0015)に頭をくりくり撫でられて、梨佳は嬉しそうに子供らしい笑みを浮かべた。
 良かった誤魔化せたようだ。
 てるてるぼうずを切ない心持で見送っていた一華は、梨佳には視野の広い職員になって欲しいと願う。
 だけど見習い職員になった後も、こうして遊びに来れればいい。後で出す冷茶と水羊羹を喜ぶ梨佳の表情が容易に想像できて、一華は自然笑みを浮かべていた。
「願い事、沢山‥‥」
 ジルベリアにはない行事、七夕。
 初めて目の当たりにしたレジーナ・シュタイネル(ib3707)は、流れてゆく笹竹と沢山の短冊に人々の願いの数を知る。
(「皆‥‥どうしてる、かな‥‥」)
 見上げれば、空。
 大地は繋がってないけれど、空は故郷にも繋がっている。
 ふわ、とレジーナを頼もしい城壁が包み込んだ。
「シュロッセ‥‥?」
 いつも傍にあり、自分を気遣ってくれているような、相棒。甲龍のシュロッセに包まれて、レジーナはどれだけ心強くいられた事か。
「‥‥一緒に、来てくれてありがとう、シュロッセ。私、もっと強くなる、から‥‥」
 だから――ずっと一緒に居て、ね。

「みなさーん、ごはんですよー」
 小さな料理人の声に、皆の腹が鳴いた。
 礼野真夢紀(ia1144)が大きな笊を抱えている。笊の中は饂飩、茹で上がりを清水で洗って滑りを取って氷で締めてある。つゆや薬味も川の流れで冷やしてある万端振りだ。
「お八つには西瓜を冷やしてありますよー」
 暑い最中は清涼感溢るる麺類が嬉しい。
 梨佳と並んで冷やし饂飩を啜りつつ、井伊貴政(ia0213)は僕も何個か持って来たんですよと、鼻先で水に戯れている炎龍の帝釈がいる辺りを向いた。あの辺で冷やしているらしい。
「屋敷の畑で取れた西瓜なんです。都で間借りしている屋敷なんですがね」
「おっきいんですねー西瓜畑のあるお屋敷!」
 真夢紀の心尽くしのお握りを頬張った梨佳が感心している。
「そう言えば‥‥開拓者さん達の日常生活って、あまり知らないですよねー」
 神楽内なのはともかく、何処に住んでいて日頃は何をしているだとか。開拓者同士は拠点や小隊で顔を合わせる事もあるのだろうが――
 梨佳に香の物を差し出して、真夢紀は言ったものだ。
「こういう企画も、開拓者同士の交流になってる面はあると思いますよー」
 なら嬉しいですと梨佳は微笑んだ。

●ねがいごと
 昼食が済んだら、再び思い思いに午後を過ごそう。
 崔は駿龍の夜行と――珍しくたれんとしないで、川に釣り糸を垂れている。尤もこの人手では釣れるとは毛頭思っていなくて、まったり太公望を気取る主従はいつもとあまり変わらない。
「藍玉、魚釣りの邪魔しないの‥‥す、すみませんっ!」
 魚を追ってぱしゃぱしゃはしゃぐ藍玉を叱る乃木亜、慌てて崔に陳謝する。
「気にするなって。これだけ人がいるんだ、掛かる魚がいればよっぽど運の悪い奴だろって」
 運悪く引っかかったなら美味しく頂くけどなと軽く笑う。
 少し離れた所では、からす(ia6525)が土偶ゴーレムの地衝と一緒に釣り糸を垂らしている。微動だにせぬ地衝の頭に千鳥が止まったけれど、地衝は気付く様子もない。
「鍛錬、鍛錬‥‥」
 何処ぞのおぜうさまが見ていれば、「ストイックでステキ」と言ったかもしれない。
 近くでお茶を飲みながら、からすものんびり釣り糸を垂れている。地衝は短冊に『切磋琢磨』と書いた。彼らしいとからすは思う。
(「おや‥‥」)
 地衝の頭上から千鳥が飛び立った。代わりに地衝へ近付いた小さきもの‥‥人妖の琴音だ。
 からすが黙って見守っていると――
「なかなか掛からないでござるな‥‥む」
 地衝は何かを釣り上げた。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 人妖が釣れた。
 長靴を持ったまま襟首を釣り針に食われている琴音が、気まずそうに地衝を見ている‥‥‥‥
 無言で地衝は琴音をぶん投げて、川へとリリース。
「ベタでござるよ琴音‥‥」
 ぽちゃんと落ちて流れのまま流されてゆく琴音を見送ると、何事もなかったかのように再び釣り糸を垂れる。からすもからすで知らん顔して釣果を尋ねる。
「そちらはどうか?」
「ぼちぼち。それと長靴が釣れたでござる」
 一連の問答もまた、主従の楽しみなのだ。

 水練や川遊びに興じている者達は、釣りの邪魔にならないようにとしてか、自然と川下に集まっている。
 閃は駿龍の風花と川の中ほどに入って風花の身体を洗ってやる。そのまま魚を追い始めた風花の白く美しい鱗に水滴が反射してきらきら光り、とても涼しげだ。
 桜は桃の水練に付き合っている。真面目な桃は全速で犬掻き中だ。
「桃〜今度は音を立てないようにシてみて〜♪」
 桃の泳ぐ速度が遅くなった。代わりに前脚が水を跳ね上げない動きになって、水音が最小限に抑えられている。忍犬として厳しい訓練を施されてきた桃は水中にあっても優秀で頑張り屋さんだ。
「桃〜♪頑張ったね〜♪」
 頑張ったコにはご褒美を。桜は音を消して岸まで辿り着いた桃を目一杯もふもふして褒めてあげる。
 天河ふしぎ(ia1037)は人妖の天河ひみつと一緒に水遊び。
「ふしぎ兄、こっちじゃ」
「やったなーっ」
 水着の胸元に『ひみつ』と書いた布をつけた人妖は、一部で大変人気が出そうな格好で戯れに水をパシャと掬い上げ。ふしぎも負けじと掛け返し。
 実の兄妹のように瓜二つのふしぎとひみつ、どちらもとびきりの美少女に見えるが、ふしぎは男の子だ。胸元隠した水着を着てたって、男の子‥‥のはずだ。
 川岸に滑空艇が停泊している。ふしぎの愛機・天空竜騎兵の傍らには、彼の空賊団の旗がはためいていた。
 川岸では、モハメド・アルハムディ(ib1210)が本日三度目の礼拝を行っている。川の水で身を清め、氏族が定める神のおわす方向へ祈りを捧げる。
 モハメドにとって、笹竹流しは異教の風習であった。常の彼であれば、柔らかく梨佳の誘いを拒否したであろう。
 だが、己の信念を圧しても誘いに付き合いたいと思った――それは。
「‥‥‥‥」
 礼拝を終えたモハメドは物言いたげな梨佳の視線に気が付いた。信仰は侵すべからざるもの、声を掛けたし邪魔はすまじと逡巡していたようだ。
 駿龍のムアウィヌンを傍に寄せると、礼拝の終了を感じ取った梨佳も寄ってきた。何だかもじもじしている。
 氏族の教えに従い日中は飲食できないのだと昼食を断ったモハメドの事が気に掛かっているものの、梨佳は「お勤めお疲れ様です」と声を掛けるのも何か違うような気がして、どう話しかければ良いか迷っているようだ。
 モハメドは、梨佳の願いが成就するように祈ったのだと言った。
 驚く梨佳に、七夕は異教の風習だけれど願いを掛ける手段は他にもあるのだと誠実で穏やかな表情で語る。
「あたしの願い‥‥内緒なのに判っちゃったですか?」
 突拍子もない事を言い出した梨佳に、いいえと小さく笑ってモハメドはムアウィヌンの同意を促して言ったものだ。
「インシャッラー、神様が望まれたならば‥‥という事ですよ」
 神様の御心のままに――この目の前の娘が良き職員への道を歩めますように。

 川縁の木陰では貴政が帝釈と一緒にのんびりと微睡んでいる。野原では針野が八作とボール遊び。
「はっちゃん、行ったさー!」
 勢いよく球を蹴り出して声を掛けると、八作が弾丸さながら球に突進して行った。
「よし、ハチこっちに‥‥うおっ、ちょ、八作!? まさかそのまま飛び込‥‥わあああっ!」
 八作は頭突きタックルが大好きだ!咥えた球ごと突っ込んで来られた針野は八作ごと刈った野原に転がった。
 団子になった人と犬は顔見合わせて朗らかに笑う。
「俺の事は気にせず楽しんで来ると良い。存分に飛んで来い」
 陽淵を空へ送り出した蒼羅は一華のお茶席に加わった。

 場所は変わって、山中でも小さなお茶会が。
 駿龍の樹をゆったりと寛がせ、並んで景色を眺めている白野威雪(ia0736)の手には色とりどりの金平糖。
 ひとりゆったりのんびりと、雪は掌の金平糖を摘みつつ。
(「また梨佳様と、こんな風にお菓子を食べたいですね」)
 川で水遊びをしているだろう職員見習い候補に想いを馳せた。
 純白の甲龍が山上を飛んでいる。風雅哲心(ia0135)は極光牙の優美な姿を見上げて、梨佳の今後を思う。
 一通り飛行を堪能して戻って来た極光牙を近くで昼寝させて、哲心は相棒に話し掛けた。
「こうのんびりできるのもそうないからな。お前も今のうちに羽をのばしておけよ」
 戦士の休息。危険のない場所で、一人と一騎は静かに心身を休めている。
 獣道に分け入り、初秋の自然を探索する一人と一騎。先の戦いで大きな怪我を負わせてしまった駿龍の隠逸を気遣う菊池志郎(ia5584)だ。
「先生、大丈夫ですか」
 隠逸が止まったもので、志郎は傷が痛むのかと不安げに隠逸の顔を覗き込んだのだが。
「撫子ですね」
 人知れず咲く撫子を知らせたくて立ち止まったようだ。隠逸は人であれば「まだまだじゃな」とでも言いたげに小さく首肯した。
「秋の七草、秋の恵み‥‥もう山は秋ですね先生。撫子や桔梗は、持って帰って庭に植えられないですかね?」
 これには隠逸翁も迷っているようだ。
 可憐な花は常日頃忙しい志郎の安らぎになるに違いない。持ち帰るのは容易だろうけれど、人里に下りた後の花の世話は‥‥
 思案している隠逸翁に、志郎は優しく「ここでだけにしておきましょうか」そう言って持ち帰りを諦めた。
「いつも無理を聞いて頂いてすみません、先生。今日くらいはゆっくり休んでくださいね」
 どんな些細な事も真剣に考えてくれる老龍。半人前扱いされている自分が早く一人前にならなければならないのだけれど、爺と孫のような間柄が心地よい。
 今日は祖父孝行の一日でもあった。

 山の奥――
 大樹の木陰に身を預け、恋人達が二人きりの時を過ごしている。
「‥‥暑く、ないですか?」
 膝上にある一対の琥珀に見上げられ、いつもは見上げる側のアルーシュ・リトナ(ib0119)は微かに頬を赤らめた。
 こんな間近で見下ろすのは‥‥恥ずかしいような、くすぐったいような。
 見上げて、グリムバルド(ib0608)は真面目な声で返した。
「いや、熱くねぇよ。温かい‥‥恋人の膝枕って最高だよな」
 ありがとさんと笑いかける。一気に紅潮が増したアルーシュの反応を楽しんで、静かに目を閉じた。
 何をやっているのだか。
 そう言うかのように穏やかに見守っているのは駿龍のウルティウス、グリムバルドには親父様と呼ばれているだけに、その視線は息子と嫁を見つめているかのようだ。
 料理上手の恋人を持ったグリムは果報者だ。ハムのサンドイッチに茸のマリネ、夏野菜は煮込んで柔らかく、肉料理はハーブたっぷりのグリルドチキン。ウルティウスもお相伴に与った、美味さは折り紙付きだ。
 水出しの紅茶をカップに注ぎ、洋梨のタルトで食後の糖分を堪能した人間達は、安らかな午睡の海へ。
 アルーシュの子守唄がグリムバルドの耳を撫でた。彼女の繊細な手が髪を梳いている。
 此処が何処よりも安らげる場所――うとうとと、平安に身を委ねる。
 小柄な龍が彼らの近くに舞い降りた。淡い菫色の駿龍はアルーシュのフィアールカだ。川で水遊びをして来た幼い龍は、小さく鼻を鳴らした。
 今日は、お膝を譲ってあげる。
 そう言いたげに青みがかった菫色の瞳を細め、グリムバルドの反対側から大好きなアルーシュにぴったりとくっ付いて、お昼寝を始めた。
 これ以上望むものはなかった。願い事は彼の傍にいる度叶っていたのだから。
 だからアルーシュは膝上の男の無事を願う。彼の笑顔をこれからもずっと見ていられますようにと。
「‥‥‥‥に」
「何でしょう‥‥?」
 グリムバルドが何か寝言を呟いた。優しく髪を梳き、アルーシュは小首を傾げた。
 夢の中、グリムバルドは短冊に託した願いを思い出していた。
(「ルゥがいつも笑顔でいられますように――」)

 浅瀬に腰を下ろし、桔梗(ia0439)が水面と戯れている。膝には黒い体色に白いたてがみのもふらさま。
「すずしくなるっていうからきてやったもふ」
 桔梗達と遊びたい訳じゃないもふよとでも言いたげな、どうにもツンデレさん風味のもふらは幾千代。もふ毛はさすがに熱いようで、興味はないが避暑に来てやったという様子だ。
 気にする風もなく、桔梗は抱っこした幾千代に水を掛けてやった。
「つめたいもふ」
 抗議のような言いっぷりの割に嬉しそうなのは、冷たさが心地よいからだけではないだろう。
 僅かな声を響きに機嫌の良さを感じ取って、桔梗は抱えた幾千代をそっと水に浸けてやる。
「ひんやりもふ。おなかさわさわするもふ」
 川の流れが腹毛を弄んでゆくらしく、幾千代はもふもふと脚をばたつかせてはしゃいでいる。目を細め和んでいると、もふもふに惹かれた梨佳が寄ってきた。
「幾千代さん、涼しいですかー?」
 そう言えば来ているのは龍や忍犬が多くて、もふらは幾千代だけだ。もふりたげに手を遊ばせている梨佳は桔梗と並んで浅瀬に座り込む。幾千代が静かになると、やがて小魚が近くまで寄ってきた。
 ぽつ、ぽつ、と桔梗独特の口調で名を呼ばれ、魚を眺めていた梨佳は顔を上げた。
「俺たち、願い事、まだ頑張ってる途中、だけど‥‥」
 桔梗の言葉に昨年の七夕を思い出した。目の前の少年はこう願いを掛けていた、『もっと、誰かの役に立てる人間になれますように』――と。
 頑張ってますよと言いたかったけれど安易に返すのは失礼な気もして、梨佳は小さくうんと頷き、おとなしく耳を傾ける。
 梨佳の願い事も、あの時と変わらない。
 『ギルドに就職できますように』一年経って、いまだ自分の立場は自称見習いでしかないけれど‥‥
「多分‥‥願いが叶っても、その先に在るものも、変わらない」
 出来る事を、やるだけ。
 はっとして桔梗の顔を見る。生真面目で誠実な少年の言葉に、少女は大きく頷いた。
「僕可愛いもふ‥‥?」
 二人に忘れられ、一匹蚊帳の外になっていた幾千代が、じとーっと嫉妬の眼差しを送っていたのは、また別の話。

●夜空の川へ願いを込めて
 ぶっきらぼうなとーまが、珍しく嬉しそうな顔をしてた。
 ‥‥私ついてきてよかったの?
 人妖のルイが気兼ねするのも無理はない。酒々井統真(ia0893)は本日デート中。
 統真は川で魚を捕って、フェルル=グライフ(ia4572)は山で山菜採り。集めた食材でミニキャンプだ。
 火が通って美味しそうな匂いが漂ってきた。
「ルイちゃんとは初めましてだよね、はい、どうぞっ♪」
「あ、どーも‥‥」
 山菜を炊き込んだおこわはほっくり美味しそう。フェルルの様子はとても自然で、気遣っているとか機嫌を伺っているとかの様子は感じられない。
 元気で明るく、前向きな女の子。
 緑の瞳をにこにこと緩め、おこわの味を聞いて来るフェルルにルイは「おいしい」素直に褒めた。
「エインは仲良くしてあげてね?」
 統真に近付く炎龍のエインヘリャルへ、フェルルは念の為にと釘を刺す。
 このエインヘリャル、いつも不機嫌そうな龍なのだがフェルルにだけは懐いている。統真は合戦で身を挺してフェルルを庇った、いわば命の恩人なのだ――が。
「どうしたエイン?」
 自分にも慣れてもらいたいから、統真は自分らしくエインヘリャルに接する。
 ――ややあって、エインヘリャルが統真の腕に鼻先を押し付けた。

 日が傾く頃になると、行動は二つに分かれた。
 夜空を眺めに野営する者を残して、開拓者達は街へと戻って行った。中にはアテられそうだと軽口を残してゆく者もいたのだが。
「ニーナ!その服は胸元が開き過ぎだぞ」
 兄妹に恋人達の甘さはなく、妹大事の兄が説教する一場面があったりする。
 そんな事ないわよとニーナ・サヴィン(ib0168)は夏らしい衣装の胸元を覗き込んだ。もう少し寄せ上げた方が素敵かしらねなどと独りごちる妹に、イリア・サヴィン(ib0130)は気が気でない。
 ――七夕って、離れた夫婦が一年に一度、天の川で会える日なんでしょう?だったら地上にも天の川を作りましょうよ♪
 妹はそんな提案をして、昼間に梨佳と灯篭の準備をしていた。川岸に並んだ灯篭のひとつずつに灯をともす。
 そっと川の流れに押し出せば、灯篭はゆらゆらと流れ始めた。
「蛍火みたいで素敵ね」
「ああ、川に星空と灯籠が映って、地上の天の川みたいだな‥‥こ、こら抱きつくな!」
 いきなり妹に抱きつかれ、焦るイリア。何よ照れなくたっていいじゃないとニーナは朗らかに笑う。
「たった二人の兄妹なんだから、ね」
 だからだよ、とは言えない。イリアが厳しいのも説教するのも、ニーナが心配で大好きだからだ。
 ぽつりとイリアが漏らした。
「お前はいつまでこうして俺と出かけてくれるんだろうな」
 やあねえとニーナは再び抱きついて、一曲演奏してあげるわと月を思わせるハープを手に取った。
 イリアが籠からスコーンを取り出している。夜空を眺めて、夜のピクニックと洒落込もう。

 ニーナが奏でるは恋の歌。綺麗な綺麗な恋の歌。
 無粋だと馬に蹴られぬよう統真から離れて、エインへリャルと空を眺めていたルイは水際から流れてくる美しい調べに気付いた。
 何の曲かは知らないけれど、とても心地よくて今夜の風情に相応しい。
(「あんなに嬉しそうなとーま、見れただけで」)
 うん、良かった‥‥そう思う。

「天の川が綺麗‥‥」
「‥‥‥‥」
 フェルルが統真の肩に頭を預けて呟いた。肩に触れるぬくもりが温かくて、統真はそっと抱き寄せた。
「‥‥気の利いた台詞の一つでも言えりゃいいんだが。悪ぃ、こういうの不器用で、な」
 不言実行の彼らしい行動にフェルルはくすりと笑った。
 彼の腕の中が温かい。この腕に守られているのだと実感できる。
「‥‥その‥‥ずっとこうして統真さんを感じていたいです」
 空の恋人達のように年一度ではなく、これからずっと。
 返事の代わりに、統真の腕に力が入った。安らぎに包まれたフェルルは、昼間短冊に託した願い事を思い出していた。
『楽しい事も辛い事もいつも一緒に、そしてずっと二人笑顔で過ごせますように‥‥』