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■オープニング本文 嗚呼この想い如何に伝えんや。 募る想いをかの君へ―― ●猫又出没のこと 神楽・開拓者ギルドの特別室。 ここは貴人の応対や人目を忍ぶ依頼を受け付ける場所である。相変わらず頼りなさげな目の前の北面貴族に、係は半ばイライラと強引に話を進めていた。 「北面のギルドからも報告が来ています。いまだ捕まっていないようですね」 「討伐される前に、捕まえて欲しいのです」 係と依頼人が話しているのは、北面で出没中の猫又――突如現れた、主なき野良猫又の事であった。 開拓者が連れ歩く事も多い猫又であるが、本来は精霊の加護を受けて生まれた一種のケモノである。つまり獰猛で、人馴れするような愛玩動物だとは決して言えない代物だ。 なのに目の前のお貴族様は「飼う為に捕まえろ」と言う。開拓者でさえ手に余る事があると言うのに、無謀にも程がある。 「理由を、お伺いしてもよろしいですか?」 この件を依頼として請けるか否かは、理由に掛かっている。 係の問いに、北面貴族・桧垣実道は「懸想している姫に贈りたいのだ」と言った。 贈り先にと懸想する姫の名は七宝院絢子。絶世の美姫と噂される、決して人前に出る事のない深窓の姫君で、通称を翳姫と称する。日々、邸で乳母を相手に各地の珍しいものを集めて過ごしておられるとか。 その翳姫が猫を好まれていると、人の噂で耳にした実道卿は、いにしえの文学に発想を得て猫を贈る事を思いついた。 しかもただの猫ではいけない、珍しい猫をお贈りしたい‥‥結果、巷で目撃談が出ている猫又捕獲を開拓者に依頼しようと考えたのだった。 重ねて述べるが、猫又は本来ケモノの一種であり獰猛な質を持った生物である。開拓者ですら持て余す猫又、一般人しかも贈り物にしたいとは非常識ではあるまいか。 しかしここは開拓者ギルド、依頼の仲介をする場所であった。係には実道卿に説教する義理もなければ義務もない。唯一あるのはギルドとしての本分――すなわち、依頼の取り纏めである。 「危険な生物を贈り物にする件については、とやかく申せませんが‥‥桧垣様」 係は一拍置いて、間を溜めると実道卿をしっかと見据えた。気弱な質の実道卿、一瞬息を飲む。構わず係は釘を刺した。 「捕獲叶わぬ時は討伐に転じても良いと、ご了承いただけますね?」 疑問ではなく念押しであった。 係の気魄に押されるまま、実道卿は同意を示したのだ。 かくして、ギルドに募集要項が張り出される。 『探索:野生の猫又。捕獲ないし討伐』――と。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
ライオーネ・ハイアット(ib0245)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●猫又 精霊の加護を受けて生まれた、ケモノの一種。発生過程が異なる為、通常の猫が猫又に変ずる事はない。滅多に見られぬ希少な生物である。 その知能は高く、性格は獰猛。時折討伐依頼が出される事もある。 猫そのものの見た目から連れ歩く事を好む開拓者も少なからずいるが、朋友とした後も大人しく従うのは稀で、長期的な信頼構築が必要となるだろう。 ――と、一般的には言われている。 ●ちくわ 三毛だった。 街外れで出逢った仔猫より少し大きいくらいの三毛猫は、二股になった尻尾を揺らしていた。ゆっくりと二股尻尾を振りながら、じっと差し出されたものを見つめている。 猫又の目の前には竹輪、と、貴族っぽい男。 「いくら猫又といえど、ちくわの誘惑には勝てるはずがないでおじゃる」 ――というのは詐欺マン(ia6851)の持論だが、実際、猫又は興味深げに見つめていた。竹輪に鼻先を近づけて、ふんふんと匂いを嗅いでいるもので、そっと地面に置いてやる。暫くして一口齧った。 「ほう、美味いものだな」 あ、喋った。 遠巻きに待機していた鴇ノ宮風葉(ia0799)、その実猫又が気になって仕方ない。慌てて興味なさそうな振りを続行。 気が荒いと言われている猫又、偉そうな口調は予想通りというか何というか。多少は腰を低くして対してやる必要がありそうだと梢・飛鈴(ia0034)が息を吸い込んだその時。 「‥‥俺は、君を討伐したくない。だから、話を聞いてほしいんだ‥‥」 郁磨(ia9365)の語りかけに猫又は驚いたらしい。尻尾をうにっと持ち上げた。 さて。別班も合流し、本格的な交渉開始である。 改めて、市井の住民感情を輝夜(ia1150)が説いた。 「汝の責ではないのだが、汝の姿がここにあるだけでこの街の者は恐怖を覚えるのじゃ」 「ふむ‥‥人間というものは難儀なものよの」 他人事のように相槌を打っているが、騒ぎの中心にいるのは紛れもなくこの野良猫又だ。猫又の前に正座して、輝夜は問うた。 「して、汝は何のためにこの街に来たのじゃ?」 明確な目的があるのなら話してみてはくれぬかと協力を申し出る輝夜に、猫又は片耳をぴくぴくさせた。どうやら困っているようだ。 「何かあるのか‥‥?」 「いや‥‥精霊のざわめきに誘われて街に下りただけなのだが」 本当に何もないらしい。人間の『春の陽気に誘われて』と同じ感覚で街中に姿を現したようだ。まったく人騒がせなと嘆息する一同。 佐伯柚李葉(ia0859)が出した魚を遠慮なく食べ終えた猫又は、余裕の様子で毛繕いを始めた。この調子では逃亡の心配はなさそうだと、風葉は構えていた杖を抱えて様子を見ている。 逢いたかったわとアグネス・ユーリ(ib0058)、寛いだ様子の猫又に本題を持ちかける。 「突然だけど…お願い、というか提案?があるの。貴族のお屋敷で三食昼寝つき生活、する気ない?」 続きを促すように耳をぴんと立てた猫又へ、輝夜が補足する。 「しばらく街に留まるのならば、七宝院絢子という者の所に身を寄せてはみぬか?」 「そーすれば開拓者に討伐されたりとか、面倒なことは殆ど無くなると思うアルが‥‥」 飛鈴の指摘は尤もで、現に面倒事に巻き込まれている真っ最中の猫又は神妙に話を聞いている。 「私達が退治せずとも、放っておけば誰かに討たれてしまうやもしれません。それなら、安全に人と交流して生きる道を選ぶのも一つの手でしょう」 ライオーネ・ハイアット(ib0245)の冷静な言葉を理解するだけの知能を、猫又は具えていた。そもそも人を害しようと街へ現れたのではなかったから、人と交わる事自体に嫌悪は抱いていないようだ。 (「猫退治、猫捕獲‥‥何とも、人権‥‥じゃなくて、猫権?を無視した話よねぇ」) 風葉は依頼の主旨がどうにも気に食わなくて、せめて猫又が幸せに暮らせるようにと祈る――尤も、自由奔放我侭娘が素直に顔に表す事はなかったのだが。 「今なら素敵な飾り紐とふっかり猫用輿で街にいけますよ」 柚李葉が、用意して来た猫用籠を見せると、籠の中にあるふんわりした布団からマタタビの香りが漂ってきた。 うっとり目を細めた猫又に、良かったら人間のお姫様の護衛をしませんかと柚李葉。 「そして出来れば彼の者の話し相手になってやってもらえぬだろうか?もちろん気に入らなければ出て行くのも自由じゃ」 「そうそ、姫さんと気が会わないー!って思ったら、逃げてきても良いのよ。ま、その時は山へ帰ってくれると嬉しいけど」 「悪い話じゃないと思うガ、どーかナ?」 女性陣の説得がひと段落ついた辺りで、猫又は詐欺マンに顔を向けた。猫好きという訳でもない詐欺マンは、交渉開始後はまったり見物していたのだが、物言いたげな猫又の視線に尋ねてやった。 「聞きたい事があれば聞くでおじゃる」 「さきほど食したものを、姫とやらは出してくれるだろうか」 「ちくわでおじゃるか」 「そう、ちくわ」 猫又、竹輪をいたくお気に召したようであった。 何せ、名を聞かれてこう言ったくらいなのだ。「そうだな‥‥『ちくわ』と名乗ろうか」と。 ●贈るということ ちくわを連れて、まずは捕獲完了の報告に桧垣邸へと向かう。 柚李葉の猫籠とアグネスの腕の中をご機嫌で行ったりきたりしながら運ばれていたちくわは、実道と面会した途端、本来の猫又らしい様子を見せた。 「お前か、我を捕まえろと指示した者は」 猫又はケモノで獰猛な存在だ――そんな一般的な偏見がある状態で威嚇されては、小心者の実道でなくとも腰を抜かした事だろう。 よくもまあ、そんな生物を贈り物にしようと考えたものだと、ライオーネは身勝手な男の姿を呆れて見遣った。 ひいと尻餅ついた実道は、慌てて居ずまいを正すと、開拓者達に丁寧に頭を下げた。 「人語を話すとは聞いておりましたが‥‥まさしくこれは猫又。皆様ありがとうございました」 籠に鎮座したちくわを引き取ろうとした実道に、ちょっと待てと開拓者達。皆、一言も二言も、言ってやりたい事があったのだ。 「ねえ、野生の猫又がどんなケモノかちゃんと調べた?」 「大変珍しい生き物、です、ね‥‥」 アグネスの問いに答えた実道の言葉が、だんだん小さくなってゆく。 珍しいから捕まえるのか、贈り物にするのか。非難する開拓者達からの視線が痛い。 「お姫様がどんな人か知らないけど‥‥」 「貴方が良かれと思って贈ったものでも、いくら猫好きと言えども、相手には迷惑になるやもしれませんよ。少なくとも私はいきなり猫又など贈られても迷惑です」 世間に噂される翳姫は猫好きで、各地の珍しいものに心慰められて日々を過ごしておられると言うが、物には限度がある。毅然としたライオーネの言葉に実道は反論の余地もない。 「贈り物は価値も大事ですが、同様に気持ちも大事なのです。敢えて申しますが、この贈り物選定はあくまで貴方の自己満足ではありませんか?」 「相手の都合や気持も、よおっく考えた方がいいと思うんだけど、な 」 「贈るばかりが思いを伝える術とも限らないでおじゃるが」 娘達に続き、恋の指南役にそう言われては、実道は己の未熟さを再確認するほかない。 ぽふ、と柚李葉が実道にぬいぐるみのとらを押し付けた。綿の入った柔らかな人形を呆然と両手に乗せた世間知らずの男に、柚李葉は何時になく厳しい言葉を乗せた。 「ちくわさんが従順に見えて攻撃するような子だったら、桧垣さんは責任持てましたか?」 出会いがしらの威嚇は記憶に新しい。もし翳姫に牙を向いていたら‥‥?ちくわはそ知らぬ顔して顔を洗っている。 贈り物は、自分で探したり手を掛けた時間や想いを込めてこそ贈り物だと思う、と柚李葉は言った。 「私の大好きな人は、そうしてお料理を作ってくれてると思います」 言葉が妙に説得力を帯びているのは、恋人の姿を明確に思い描いているからだ。話を結んだ柚李葉の表情には、幸せに満たされた者の自信があった。 「誰かの幸福の為に、他の誰かが嫌な思いをするなんて、間違ってる‥‥」 だから約束して欲しい、と郁磨。 これからの行動は、ちくわの気持ちを尊重してください――と。 ともあれ、ちくわは七宝院家へ引き取られる事となった。 居候の扱いで暫し北面での生活を送るとの事、また何事か起これば、消息を知る事もあるだろう。 |