菖蒲飾りし初節句
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや易
参加人数: 35人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/15 22:58



■オープニング本文

 とげつあん、という名の茶店がある。
 兎月庵と表記するこの店は、屋号よろしく亭主が搗く餅の美味さに定評がある。
 茶を供すると共に持ち帰り用の菓子も売る。夫婦二人三脚で営む甘味屋であった。

●菖蒲飾りし初節句
 こどもの健やかな成長を願って行われる祭事は様々あるが、春はやはり端午の節句が最たるものだろう。
 抜けるような青空に鯉幟を泳がせ、家では鎧兜を飾り柏餅や粽を供えて子の成長を祝う親心。
 子の居る家庭だけではない。この時期、柏餅や粽と言った甘味は茶請けとしても好まれた。

 神楽・開拓者ギルド。
 別室で、依頼という名の一服を愉しんでいる受付係と依頼人、それからお茶汲みの職員見習い(自称)。
 今日の茶請けは柏餅。依頼人の店・兎月庵で作られたものだ。
 どうぞとお葛に勧められ、では遠慮なくと受付係。自称見習いの梨佳(iz0052)にも勧めてやる。
 葉を剥き一口齧ると、餅のしっかりした食感のあと餡の優しい甘さが口に広がる。
 梨佳の淹れたお茶を手に、二人の喜ぶ顔を眺めていたお葛は「今回もお願いね」と店の手伝いを頼みに来た事を告げると、もうひとつ頼みたい事があるのだと続けた。

 生菓子は日持ちしないだけに、客は適量を必要な時に贖うものだ。自然、何度も足を運ぶ客もあり顔馴染みにもなる訳だが、最近、馴染み客からこんな声を聞いたのだと言う。
『ここのお餅は美味しいねえ、遠くに住んでいる孫にも食べさせてやりたいよ』
 時は端午の節句が近い頃、馴染み客は柏餅や粽といった節句菓子を届けてやりたいものだと漏らしたのだとか。
「お餅はどうしても固くなってしまうから‥‥遠方だとお届けできないのよね」
 中には、孫は近所に住んでいるものの体が辛くて訪問が厳しいお年寄りもいるそうで、今回はいつもの製作補助や接客販売のほかに、配達してくれる人も募りたいのだと語る。
「近場なら徒歩で、遠い所は龍が使える開拓者さんが助かるわ」
「龍で行ける範囲なのですね」
「‥‥どういう事?」
 受付係の質問の意図を尋ね返し、さすがに泰やジルベリアのような他儀に親戚がいる馴染み客はいないから安心して欲しいと、お葛は笑ったものだった。


■参加者一覧
/ 井伊 貴政(ia0213) / 橘 琉璃(ia0472) / 鷹来 雪(ia0736) / 久万 玄斎(ia0759) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 天宮 蓮華(ia0992) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 倉城 紬(ia5229) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / クララ(ia9800) / 千代田清顕(ia9802) / トカキ=ウィンメルト(ib0323) / 不破 颯(ib0495) / 霊顕(ib1065) / 御稜威(ib1175) / 円砂(ib1310) / 涼魅月夜(ib1325) / 伏見 笙善(ib1365) / リア・ローレンス(ib1791) / 月野 魅琴(ib1851) / 志宝(ib1898) / 黒色櫻(ib1902) / ミアン(ib1930) / 豊姫(ib1933) / 佐屋上ミサ子(ib1934) / レヴェリー・L(ib1958) / seita(ib2230) / ジーコ(ib2279) / ナルkunn(ib2315) / 黒田(ib2336) / 風間 喜一(ib2342


■リプレイ本文

●端午の兎月庵
 初々しい声が、兎月庵の敷居を潜った客を迎えた。
「いらっしゃいませ!」
 声の主は佐屋上ミサ子(ib1934)、接客の仕事は初めてだという彼女は武家のお嬢様育ちだ。その丁寧な物腰からは初仕事への期待や心浮き立つ想いが滲み出ているようで、客も釣られて頬が緩むような楽しげな笑顔を浮かべていた。
「ご注文はお決まりですか?」
 客を席に案内し艶やかな黒髪を傾けて問う様子に、生来のおっとりした気性や育ちの良さが表れていて、初めてとは思えない落ち着きだ。難なく客の注文を取ったミサ子は、茶菓子を運んで来ると気持ちの良い笑顔でこう言った。
「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 節句前には忙しくなる事が多い兎月庵だが、喫茶席には然程の混雑はない。常連客が甘味を買いに来たついでに、茶を喫して帰るというのが殆どだ。
 いつもと少し違うところがあるとしたら、手伝いをしている開拓者の方にあるだろうか。最近ギルドで開拓者登録を済ませた者、初めての依頼で緊張している開拓者がちらほら見受けられた。
 初依頼で緊張しているリア・ローレンス(ib1791)と志宝(ib1898)に柏餅の包みを渡し、佐伯柚李葉(ia0859)はいってらっしゃいと声を掛けた。
「えと、こう言う時‥‥火打石をカチカチってするんですよね?」
「火打石をかちかち?」
 柚李葉の仕草にリアが首を傾げた。ああ天儀の風習かもと志宝が補足して説明する」
「えっとね、出かける人の無事を祈って火打石をカチカチ鳴らすんだよ」
 だよね?と柚李葉に確かめて。
 少女達の遣り取りを聞いていたお葛が、火打石を持って来てくれた。
「今日は皆さんに配達していただきますものね。ご無事で、いってらっしゃい」
 店に残って接客販売を担う柚李葉に見送られ、リアと志宝は朋友に乗り出かけていった。

 さて、店内ではもうひとつ、いつもと違うものがある。音楽だ。
 ジルベリア出身の吟遊詩人ミアン(ib1930)、喫茶席の片隅に場所を取り口上を述べた。
「このたびはこの場をお借りして演じさせていただきます、ミアンと申します。つたない芸ではございますが、精一杯努めさせていただきます。よろしくお引き回しのほどよろしくお願いいたします」
 深々と一礼し、ハープを身に引き寄せる。ミアンの表情が職人のそれに変わった。甘味を食し談笑する客の会話を妨げぬよう、心地よい空間の為だけに演奏を始めるミアンの奏でる音は、場に溶け込み人々を快く癒していった。
 風間喜一(ib2342)は、緊張が溶けてゆく心持がして、静かに息を吐く。神楽に来て初めての仕事、まだ何も知らない街での仕事に緊張していたのだが、少しずつ解れてきた。
 厨房から出された団子の皿を手に客席へと届けると、思い切って話しかけてみた。
「いい街ですね〜人にも街にも活気が溢れています」
 これから暮らしてゆく街、何だか好きになれそうだった。

 厨房は何やら賑やかだ。
 拠点の知り合い同士で手伝いに入っている開拓者達が、わいわいと餅を丸めているのだ。
 裏庭で餅を搗いていた久万玄斎(ia0759)が搗きあがったばかりの餅を運んできた。
「おぬしらにも見せてやりたかったぞ、わしの雄姿、昔取った杵柄をのう」
 言っている事は頼もしいが、気のせいか右手が赤くなっているような‥‥?
 首を傾げつつ、玄斎から受け取った朱麓(ia8390)は、良い具合に搗き上がった餅に目を細めた。
「懐かしいなぁ、この雰囲気っ!何だかわくわくしてきたよ」
 何でも菓子作りの心得があるのだとか。
 てきぱきと拠点の仲間に餅を振り分けて、手早く丸めてゆく。朱麓の手際よさに、餅箱を出していた御稜威(ib1175)が感心して言った。
「へえ。もっと荒事向きな人や思とりましたさけ、正直意外やった言いますか‥‥」
「あたしがガサツだとでも?」
 いえいえそんなと否定する御稜威に、冗談だよと朱麓。
「意外と簡単だよ。何ならあたしが教えてやるし、やってみないかい?」
「手先は器用やおへんさけ、商品になれしまへんわ。堪忍しとくれやす」
 はんなり断った御稜威、汚れ物を集め運んでいくその途中で、鍋を覗き込むトカキ=ウィンメルト(ib0323)発見。
「いやはや、やっぱり甘味と言えば餡子ですよねぇ」
 鍋をかき回す振りして杓文字に付いた餡を舐めようとしている。要はバレなきゃいいんですよと嘯くトカキの手には酒瓶。もしかして既に呑んでいるか?
「ふんふん、ひょっとしてこの香り‥‥」
 何時の間にやら朱麓もやって来て、何処産の小豆を使っているのではとか、作り方に感心したりとかするもので、さすがのトカキも杓文字を舐める訳にはいかないようだ。
「俺がつまみ食い?真面目なだけがとりえの俺がそんな事するわけ無いじゃないですかぁ、あはは」
 まあ未遂だし、つまみ食いはしていない。真面目かどうかは別にして。
 そうこうしている内に、次の餅が搗き上がってきた。へらりとご機嫌な様子で運んで来るのは不破颯(ib0495)、どうやら息を合わせての餅搗きが面白いようだ。
「美味しく搗けてるよぉ」
 取り粉を振った台の上に餅をあけ、隅っこを少し千切る。口に放り込み、うん美味しいとご満悦だ。
 そうなると万屋の面々は我も我もとつまみ食いを始め――
「‥‥餅が欲しければ、表へ行って並べ」
 滅多に口をきかない寡黙な男、菓子職人平吉が塩壷を持って立っていた。

 賑やかな面々が追い出されている、どさくさに紛れて一口食べた月野魅琴(ib1851)は要領が良いというか何というか。場に残る他の開拓者達の視線に気にする様子もなく、黙々と次の作業に没頭する。
 やれやれと騒ぎを見送った倉城紬(ia5229)、いつものように平吉お葛に挨拶を済ませると身支度を整え、手際よく魅琴の丸めた餅を箱に詰めてゆく。
 販売の体裁が整った、まだほのかに温かさの残った箱を崩さないようそっと抱えて、紬は表庭へ運び出した。
「良かった、今ちょうど売り切れてしまったんです」
 店頭販売中の柚李葉が安堵の表情を浮かべた。行列ができ始めていた先頭の客に「搗きたてですよ」と包みを手渡す。出来立てとは運がいいと、客は喜んで帰って行った。
 柚李葉は笑顔で客を見送ると、傍で呼び込みをしていたクララ(ia9800)に微笑みかけた。
「柏餅って綺麗ですよね」
「綺麗?」
 クララは何処となくしょんぼりして見えた。柚李葉の言わんとする所がわからず、きょとんとしている。
 草餅も美味しいですけどと優しく微笑んだ柚李葉は、柏餅を心に描いて言った。
「真っ白いお餅が餡子を挟んで綺麗に二つに折られている様は、綺麗だなぁって」
 ああ、とクララも納得した。柏葉を剥けば艶々した真っ白な餅が顔を出す様は確かに綺麗だ。
(「先生に食べさせてあげたかったな‥‥」)
 遠くジルベリアの地に住まう恩人の顔を思い出し、嘆息する。配達にと志願したクララだったのだけれど、餅をジルベリアに運ぶのは無理だったから、今回は人手の少なかった店頭販売の手伝いをしていた。
「子孫繁栄と厄除けに‥‥綺麗な奥さんとの家庭円満‥‥」
「いつかご家族に食べて貰えるといいですね」
 ぽつりぽつりと語るクララをそっと抱き締める。やがて落ち着いたクララは、気持ちを切り替えて彼女本来の元気さを取り戻した。
「配達はできないけど、頑張って売り捌くよっ」
 クララの元気な呼び声に、柚李葉も負けじと呼び口上で客を集める。

 端午の節句のお祝いに 兎月庵の柏餅
 もっちりしっとりつやつや白いお餅に さらり滑らかこし餡を
 薫り高い草餅に 風味豊かな粒餡を♪ お土産一つ如何ですか――

 時折響く柚李葉の笛の音が、爽やかに五月の街に流れていた。

●柏餅に粽、いかがですか?
 さて、青空の下、街中へ出張販売に向かった開拓者達はと言うと。
「えへへ〜頑張りますよっ」
 うきうき初仕事に張り切っている女の子が一人。霊顕(ib1065)だ。
 石鏡の故郷ではずっと修行だったから、こんな仕事は初めてだ。開拓者ギルドで募集を眺めていて、甘いお菓子を売る仕事が何だか楽しそうに思えてやってみる事にしたのだった。
 歳の頃は十をひとつふたつ越えたくらいか、幼さの残る無邪気な巫女は、動きやすい服装に襷掛けで気合が入っている。張り切って街へ飛び出した。
 餅箱を紐で固定して販売に出た涼魅月夜(ib1325)は、商店街通りの開けた場所に位置を取った。元気に積極的に、明るい笑顔で餅を売る。
(「もし売れ残ったら全部買い占めたいなっ♪」)
 売り子としては売れて欲しいけれど、買占め分がなくなるから売れて欲しくない。
 そんなジレンマを抱えつつ、にこやかに接客しているとあっという間に完売してしまった。
(「あーっ、売れちゃった!」)
 仕方ない、兎月庵に戻ったら、今度は客として柏餅を購入しよう。

 弓武士もふらが、餅箱を抱えて街中を歩いていた。
(「よかった。今日が端午の節句で」)
 仮装もふらの正体は設楽万理(ia5443)である。多忙で休みもままならない万理、うっかり依頼を二重に請けてしまっていたのだった。
「あーっ、もふらさま〜」
 万理が被ったもふらの面に惹かれて、小さな男の子が母親の袖を引きやって来る。母親が柏餅と粽をひと包みづつ買ってくれた。
「お節句の格好をしているの?売り子さんも大変ねえ」
 まさかこの仕事のあと直行で戦場へ行くのなどとは言えなくて、万理は曖昧に笑って誤魔化してみせた。
 本物志向の武装もふらさまの仮装は人々の目を引いて、子供達が次々寄って来る。
「わーもふらさま〜♪」
「おかぁさん、かって、ねえおもちかってー!」
 万理、子供達に囲まれて揉みくちゃだ。思惑通りに甘味もどんどん売れてゆく。
 にこやかに子供達の相手をし、販売し、大忙しではあったが無邪気に喜んでくれる子供達の表情が嬉しい。
「おねえちゃん、これほんものー?」
 男の子が、万理の背よりも長い手入れの行き届いた藍染めの弓を指差して言った。
 そうよと答えると、射てみせてとねだる子供達。興味津々の目がきらきらしているのが可愛くて、万理は演舞をしてみせるべく弓に弦を張り始めた。

 一方、張り切って飛び出してった霊顕の仕事振りも上々の模様。
「ちまっきどーですかー♪」
 霊顕自身がうきうきしているから、呼び込みの声も自然と節がついてしまう。それがまた楽しげで明るくて、人が集まるのであった。
「あっりがとーございましたー♪」
 すっかり売り切って満足した霊顕、さて兎月庵に帰ろうと空になった餅箱を抱えて――固まった。
「どっちの方から歩いてきたっけ?」
 霊顕、神楽にやって来てまだ日が浅い。土地勘がない上に出張販売で人出の多い場所に来ていて、更に気持ちの赴くままに売り歩き――要するに迷子になっていた。
 知らない人だらけの神楽の街で、ひとり迷子が大焦り。
「ど、どなたかっ、兎月庵さんへの道をご存じありませんかっ?」
 道を聞き聞き、何とか兎月庵に辿り着いたとか。

●感謝を込めて
 再び、場所を兎月庵へ戻そう。
 店内から楽の音が聞こえてくる。最初ミアンひとりの音だったものは、今は二つの音が重なり合って新たな調べを紡ぎ出していた。
「厨房のお手伝いしてたんだ〜いいな〜わたしドンくさいからな〜」
「私も‥‥調理は‥‥あまりできないから‥‥」
 溜息を吐くミアンに、メイド服のレヴェリー・L(ib1958)は服装から入ってみたのだとはにかんでみせた。吟遊詩人の二人、こうして店の雰囲気作りに貢献しているのが性に合っているらしい。これもまた仕事の内だ。
 場の雰囲気に合わせて曲を選び、二人で合奏する。そのうち、客の方から曲の希望があったりもして、曲の途切れる事はない。
「どうしたの?」
 メモを手渡されたレヴェリーが戸惑っているので、ミアンがメモを覗き込んだ。書かれていたのは天儀の曲。不安気にミアンを見るレヴェリーは、どうやら知らない曲のようだ。
「心配しないで、曲の記憶には自信あるから。合わせてみて」
 ミアンは先導を取って演奏を始めた。

 着物柄の花菖蒲が如く、いずれ菖蒲か杜若。
 揃いの着物で給仕役を担う姉妹のような二人は白野威雪(ia0736)と天宮蓮華(ia0992)だ。
 娘らしい清楚で華やかな装いと明るい接客は、常連客から節句菓子を求めに来た家族連れまで上々の反応で、皆に褒められた雪ははにかみつつ蓮華を褒めた。
「お揃いの着物で、と言って下さったのは蓮華ちゃんなのです。いつもながら、とても気が利いていて尊敬してしまうのです」
「雪さんも細やかなお気遣いをしてくださいますよ」
 ひたすら恐縮する雪に、お葛は彼女の接客態度を褒めて、遠方配達組の手配に厨房へ入って行った。
 お葛の背中を見送って、雪は客にお茶を淹れている蓮華に目を移す。小さな子には熱過ぎないようにと少し冷ましたお茶を出し、高齢者には竹の菓子切を添えてやる。不自由がないようにの心配りができる蓮華を、雪はやはり凄いと思うのだ。
 それに蓮華は――
 蓮華の生い立ちを思うと少し胸が痛む。そんな雪の視線に気付いた蓮華が、給仕の切れ目に雪にそっと近付いて言った。
「愛情に包まれて全てのお子様達が健やかに成長なさいますように‥‥ですね」
 嗚呼、この人には敵わない。
 蓮華の慈愛深き笑顔、周囲の優しさに支えられて雪自身が笑顔でいられるのだと思う。
「いつも有難うございます、蓮華ちゃん」
 平吉やお葛も、食べる人の美味しい笑顔に支えられているのだと思う。
 だから今日は二人の代わりにお客様へ感謝を込めて、笑顔でも接客を。

 厨房では、次々と柏餅が作られていた。
 何度も通って、勝手知ったる何とやら状態の開拓者も多い。橘琉璃(ia0472)は挨拶を済ませると早速作業に取り掛かった。丁寧かつ手早く餅を仕上げてゆく。
 琉璃が同じ大きさに揃え伸ばした餅に、井伊貴政(ia0213)が練りあがった餡を均等に乗せてゆき、礼野真夢紀(ia1144)が餅を閉じて柏葉で包んでゆく。
「柏餅や粽は美味しいですよね〜まゆは端午の節句には縁がないですけど」
 いつも通りの姉さん被りで、てきぱきはたらく真夢紀の口調は長閑だ。礼野家の直系は女性ばかりだもので、鎧兜を飾る習慣がないのだとか。
「まあこればっかりは、ねえ。いいじゃないですかぁ、節句関係なく柏餅や粽は美味しいんですし」
「甘い物は人を笑顔にしますよね」
 先祖伝来の赤備えを所持する貴政がのほほんと言えば、琉璃も笑顔の為に大量に作りましょうと手を早める。汚れた道具の回収に和奏(ia8807)がやって来て、節句談義に加わった。
「うちの方では邪気払いだとかで蓬餅も食べるのですが、こちらでは粽と柏餅なのですね」
 故郷の食文化も様々で、そんな違いを語るのも楽しい。
 真夢紀が、故郷では白餅と蓬餅で中の餡を変えていたと言った。
「まゆの家の場合は、粒餡は白餅、漉餡は蓬入りにしてましたね」
 なるほどそれはわかりやすそうだ。土地によっては逆の場合もあるだろう。食べる人の好みでも変わりそうだ。
「御姉様が体弱くて。御姉様は漉し餡の方が好きですからそちらに蓬を入れるようにしてましたの」
 家族の思い遣りが籠もった柏餅だったんだねと、一同和やかに作業を進める。ちなみに兎月庵では柏餅は白餅が基本で、中身は漉餡である。

 厨房の片隅で、平吉が土下座する巴渓(ia1334)の話を黙って聞いていた。
「家族も無い、どん底の暮らしをしてるガキどもにだって、笑顔になる権利はある‥‥!頼む、俺に柏餅を売ってくれ!」
 最後まで黙って聞いていた平吉は、渓を立たせると表で並んで待っているように指示した。「五十人前、ご注文承りました」と言い添えて。
 表で甘味が入った大きな包みを受け取った渓が向かったのは、神楽の孤児達が暮らしている小屋。誰よりも強い想いで誰よりも早く小屋へ届けた渓は、子供達に囲まれて開いた包みに笑みを浮かべた。
 柏餅と粽を五十人前。渓が注文したそれは、かなり多めに包んであったのだ。

●想い届けるために
 贈り物、それは――
「人の思いを背負って‥‥配達人、笙善は行くのであった!!」
 渋い表情作りつつ、口は自分でなれーしょん。
 伏見笙善(ib1365)二十二歳、全力疾走で神楽の街を駆けていた。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!軍の行軍で鍛えた足腰見せてやりますよー!!」
 凄い勢いで兎月庵を飛び出した笙善だったが、その勢いがいつまでも続く訳もなく。山の急斜面を前に力尽きた。
「お、お腹が痛い‥‥」
 ぜひーぜひーと荒い息を吐き、前のめりに倒れこむ、目の前には険しい山が聳え立つ、ここを越えねば配達先へは辿り着かない。
 お腹痛い。もうしんどい。いきなり走って体力限界。
 色々と負の意識が交錯する中、腰に下げていた岩清水で気合を入れなおし、山に分け入った。何とか遭難もせず依頼を達成した彼は、帰りは意気揚々と煙管を吹かして凱旋帰還。
「笙善は人の思いを届ける配達人である‥‥」
 やっぱり自分でなれーしょんしながら。

「都の兎月庵です。川淵源兵衛殿からの届け物です」
「父さんから!?」
 この家に嫁した女だろう、赤子を抱いた若い女が出て来た。腰に小さな子をくっつけている。からす(ia6525)は駿龍の鬼鴉にしっかりと結び付けていた袋から菓子の包みを取り出すと、女に手渡した。
「じーちゃん?いないよぉ?」
 きょろきょろしていた男の子が言った。母親の腰にくっついている男の子には、配達の意味を知るにはまだ早すぎるようだ。黒龍を従えた見慣れない少女を、まじまじと見つめている。
「大丈夫。噛み付かないから」
 龍に興味津々の男の子に言ってやると、鬼鴉は無言のまま頚を前に突き出した。それが辞儀のようにも見えて、母子は思わず笑い出す。
 お時間がおありでしたら休憩して行かれませんかと母親に誘われて、からすは荷から茶葉を出した。
「いつも持ち歩いているものでね、良かったら私が淹れよう」
 男の子が鬼鴉にじゃれる様子を眺めつつ、女達は暫しの憩いを楽しんでいる。

 豊姫(ib1933)は困っていた。何度目かの配達先で恩人が来たと足止めされてしまったのだ。
 話は少し前に遡る。
 配達の途中で出逢った迷子を街の奉行所へ連れて行った豊姫は、迷子に懐かれ親の到着まで面倒を見る事になった。めでたく親と再会した迷子と別れて配達を再会した豊姫の次の配達先は旧家――そして。
「あ、豊姫おねえちゃん!」
 件の迷子の家だったりしたのだ。
 親子のみならず一族総出で引き止められる豊姫、何とか「これからも兎月庵をよろしゅう!」言い残して駿龍の流星に飛び乗った。

 黒色櫻(ib1902)が、今日何度目かの配達を終えて兎月庵に戻って来た。
「繁盛してますね、女将さん」
 店内から漏れ聞こえるざわめきと楽の音に目を細め、次の配達先と餅の包みを受け取る。いってきますと甲龍の月読に騎乗し、次の配達先へ向かった。
 店が忙しいと、仲間達が頑張っている甲斐があるというものだ。ふふりと笑い、楽の音を心に思い出しつつ空を駆ける。
 遠く離れた場所にこの味を届けるのが櫻の役目。そして、次に繋げよう「機会がありましたら、ぜひ兎月庵にお越しくださいね」と。主を乗せ元気に羽ばたく朋友の頭を撫でて、櫻は月読を急がせた。
 少し遠方を引き受けた円砂(ib1310)は駿龍・嶺風を好物の魚で釣って配達に向かう。
「よしよし、嶺風、お前が一番だよ‥‥」
 口説くような物言いなのは、嶺風が雌の龍だから。そして円砂にとてもよく懐いているからで――例えば。
「あらぁ、ご苦労様」
「やぁ奥さんオキレイですねぇ、旦那が羨ましい」
 配達先が新婚ほやほやの新妻さん(美人)で、根っからの女好き円砂が鼻の下を伸ばしてお愛想言ってたりすると。
「またご贔屓にぃ‥‥ちょ、まっ‥‥落ち着け!お前が一番だって!!」
 焼餅を焼いた嶺風に騎乗拒否された挙句に置いてかれそうになったりする。
 尤も、好物で機嫌を直すあたり、嶺風は円砂に甘いと言えるかもしれない。何やかや言って懐いている嶺風なのだ。

 志宝とリアは沢山の包みを二手に分けて、同じ場所への配達に向かっていた。
「どんなお宅だろう〜初依頼でどきどきわくわくする〜!!」
「志宝さん、一緒に頑張りましょうね」
 期待と不安と緊張の入り混じった志宝へ、リアはにっこり。炎龍のクラウディアの頚を少し撫でて「お願いね」と声掛ける。人見知りのクラウディア、志宝の駿龍・辰風と仲良くなってくれると良いのだけれど。
 辰風もまた、集団が苦手で付き合い下手の龍だ。冷静な質で、志宝の諭し役になる事も多いとか。初依頼でとかく浮き足立ちがちな志宝を背に乗せて飛行しているのだが、時折窘めるように身体を揺らす。その度に志宝はしゃんと背筋を伸ばすのだ。
「どきどきわくわくするけど、配達は失敗しないように真剣真面目に‥‥」
 気合を入れなおす年下の相方に、リアは妹を見るような親しみを覚えてくすりと笑った。
 二人は神楽から少し離れた村に向かっている。
「田舎の御親戚にお届けするのでしたね」
「美味しいものはみんな大好きだもんね、頑張って届けよう!!」
 本人は帰郷できないけれど、せめて故郷へのお土産に。そんな客の想いも乗せて、二人は配達先へ向かっている。
 リアと志宝は村で大歓迎された。単なる配達というだけでなく、客の近況、街の話、人に慣れた龍‥‥全てが村の人達には珍しい。
 神楽へ戻るまでの間、二人と二頭は客人扱いでもてなされた。縁側でのんびりとお届け物のご相伴に与りながら、子供達に囲まれて困っている辰風と、リアの背に隠れようとアタフタしているクラウディアの様子に、くすくす笑みながら。

 首に何かを下げた黒柴がやって来た。
 お届け物です、とでも言うように「わん」と鳴く。
「わぁ、どこの犬だろう?」
 家の中から年の頃五歳程の男の子が顔を出した。葡萄のような艶々した瞳にもふもふ毛並みで尻尾を振っている黒柴を撫でようと近寄って、何か下げている事に気付いた。
「かーちゃーん、この犬なにか持ってるよー?」
 母親を呼んで、荷の中身を知った男の子の顔が輝いた。

 モクレンが無事仕事を果たしたのを見届けて、千代田清顕(ia9802)は安堵の息を吐いた。ダメな犬ほど可愛いなどと思っている、気分は保護者である。
 並んで眺めていた、男の子の父親が「ありがとうございました」と礼を述べた。
 荷の中身は男の子の祖父からの贈り物。兎月庵の柏餅・粽のほかに祖父の手紙ともうひとつ。
「じーちゃんの竹とんぼだ!」
 祖父お手製の竹とんぼ。早速モクレンと一緒に遊び始めた男の子が喜んでいる様子に、モクレンを使った演出をして良かったと思う。
「柏餅か‥‥懐かしいな、俺も昔は節句の度に祖母さんに作ってもらったもんだ」
 男の子の姿にかつての自分を写し、清顕は今は亡き祖父母を思い出す。
 今度久しぶりに墓参りにでも行こう。自分の成長を祝ってくれていた祖父母に、元気な顔を見せる為に。
 抜けるような青空の下で、孫想う竹とんぼが勢いよく舞い上がっていた。