【想伝】春告花
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/24 01:40



■オープニング本文

 冬が過ぎ、春の訪れを感じるもの。雪解け、緩む空気、鳥のさえずり、開く花。
 満開にはまだ少し早いけれど、逸早く咲いた花には春が沢山詰まっているような気がする。
 ぽってりと膨らんだ蕾が愛らしいその花を『はるつげはな』と呼んでいる子供達がいた。

●ないしょの依頼
 神楽・開拓者ギルド。
「さ、ギルドだ。カズヤ、連れて来てやったんだから、ちゃんと話せよ」
「やだ」
 父親に連れられてやって来た少年は、不機嫌な表情のままじろじろと辺りを見渡した。見た目十歳にも満たないだろうか、反抗期にはまだ早そうな年頃だ。父親はお構いなしに受付へ向かうと用向きを告げた。
「アヤカシが出ました。急ぎ討伐の手配をお願いしたいのですが」
「あァ、了解。で、場所は?」
 応対に出た係は、筆の尻で耳の後ろを掻きながら片手で書類を揃えてゆく。ところが、待てど返事が戻ってこないもので「ぁあ?」父親の方を見た。
「さ、カズヤ、場所を話せ」
「やだ」
「話さないとアヤカシを倒せないだろう?お前が開拓者にしか話さないと言うから連れてきたんだぞ」
「やだったらやだ!」
 どうやらアヤカシ発生地点を知っているのは子供の方だ。何か事情があって場所を話せないのだろうか。
「すみません、こいつが村からずっとこんなだもんで、連れて来たんですが‥‥」
 やっぱり話そうとはしないカズヤ少年を、父親は困ったように抱え込む。父の腕から顔だけ出した少年に、係は尋ねた。
「なあ坊主、何で話したくないんだ?」
「なんでも」
 口元を両手で覆ったりなどして、かなり頑固そうだ――が、係は何かを思いついたらしく、大声を上げた。

「よォし、全員耳ふさげッ!」

 何が何やら解らないまでも耳を塞げという指示だけは伝わって、皆一斉に耳を塞いだ。
 ノリの良いギルド内の面々にニヤリと敬礼してみせて、係は父親の腕から解放されたカズヤ少年に向き直る。
「これで俺とお前さん以外に聞いてるモンはいねェな。これでも俺は開拓者の仲間でな、さあ話を聞かせてもらおうかい」

●秘密の場所に
「森にアヤカシが出たんだ」
 係が聞き取ったカズヤの話は以下の通り。

 カズヤ少年の住む村の外れに森がある。木の入り組んだ森の中はちょっとした迷路のようになっていて、迷い込むとなかなか出て来られない場所なのだが、子供達にとっては格好の遊び場だ。
 ある日、カズヤは森の中で一足早く咲いている花を見つけた。
 『春告花』子供達の間でそう呼ばれている花は、カズヤの知る少女が好む花だ。今年はまだ見かけていないはず、カズヤが見つけた春告花が咲き初めのはずだった。
 摘んで帰ったらチトセはどんなに喜ぶだろう。
 そう思って草叢に足を踏み入れかけたカズヤは、ふしゅうという異音を聞いて踏み入れるのを止めた。代わりに顔を上げた彼が見たのは、花畑に踏み込もうとしている巨大なナメクジであった。

 急ぎカズヤは村に戻った。幼子であれアヤカシの危険さは知っている。
 だけど、場所を教える段になってカズヤは躊躇った。
 チトセに知らせるまで春告花の事は秘密にしたい。事の重大さよりも、子供らしい我侭さで秘密を優先したくなってしまったのだ。
 頑として口を割らないカズヤに、大人達は彼の気持ちを尊重しつつも妥協案を示した。それが「開拓者に話す」という事だったのだ。

「おじちゃんが開拓者の仲間だって言うから教えたんだからな!」
「せめて兄ちゃんと呼んで欲しかったぜ‥‥」
 子供は正直だ。だらしなく着崩した姿は男寡のだらしなさ、係はがっくり脱力したのだった。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862
22歳・男・サ
太刀花(ia6079
25歳・男・サ
支岐(ia7112
19歳・女・シ
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
リスティア・サヴィン(ib0242
22歳・女・吟


■リプレイ本文

●迷いの森
 その場に居合わせた者は皆、訳もわからず耳を塞いでいた。
 ぐるり、首を巡らせばギルドの係員が少年に話し掛けていて。何となく、聞いてはいけないのだろうと耳を塞いで待っていた。
(「‥‥で。そろそろこの手は放しても良い頃合いか?」)
 係の様子を伺っていた崔(ia0015)は、話に片が付いた事を悟ってそっと耳から手を離した。崔が動き始めると、止まったようになっていたギルド内の人々が一斉に動き出す。その一部は係と少年に向かっていった。

 父親には引き続き耳を塞いで貰ったまま、係から依頼を引き取った開拓者達はカズヤに小声で詳しい話を尋ねた。
「大丈夫、秘密にするから‥‥約束」
 膝を折り、真顔で約する開拓者のお姉さん。
 アグネス・ユーリ(ib0058)が自分を対等に見てくれているのが合わせた目線から伝わってきて、カズヤはぽつぽつと話し出す。
 森の中にある秘密の場所。とても大切な、特別な場所。
 ニッコリと、リスティア・バルテス(ib0242)がカズヤに笑いかけた。
「あたし達が必ず護ってあげる。それは君が教えてくれたお陰なの、君も森を護っているんだよ」
「‥‥!」
 カズヤは開拓者達にアヤカシ発生地点までの道筋を教えた。
 大人には内緒だなと請合ったお兄さんは玖堂羽郁(ia0862)。
「森に入って次の分かれ道から順に、左・右・右・直進・左・左‥‥春告花を守る為にも頑張るぜ!」
「お願いだよ、護っておくれよ」
「その信頼には応えなくてはいけませんね」
 少年の願いを引き受けるサムライ。太刀花(ia6079)は伊達眼鏡を知的な仕草で押し上げて。
「カズヤ君、私達に話してくれてありがとう」
 佐伯柚李葉(ia0859)は口外しない約束に、打ち明けた少年へ小指を絡めた。はにかみながら指きりしたカズヤに、崔が真面目な顔で尋ねた。
「‥‥でだ。どうしたいカズヤ?」
 春告花を、森へ向かった開拓者達が摘んで来ても良いのか、アヤカシを倒した後でカズヤが自分で摘みに行きたいのか――
 男の意地に年齢は関係ないと崔は考えていたから、あくまで対等に、カズヤ本人の意思を尊重しようとした。
「おいらは‥‥」
 カズヤが望んだ形。
 答えを聞いた開拓者達は一様に頷いて、少年の依頼を引き受けたのだった。

●巨大蛞蝓
「儚くもお優しい贈り物で御座いますな」
 森の迷路を進みながら支岐(ia7112)が言った。
 春一番に咲く小さな花。
「春告花、か。シンプルで微笑ましい‥‥そして美しい名だ」
 是非この目で見てみたいとゼタル・マグスレード(ia9253)が優しく微笑む。
 春を待つ子達が名付けた花は蹂躙の危機に晒されていた。敵はアヤカシ、移動が酷くゆっくりしているとの事だが、急がねば花が潰えよう。
「ここも分かれ道になるのかな?えーと、ここは右だ」
 子供の言う分かれ道は当然舗装された道ではない。道順の間違いは遠回りする事でもあったから、慎重に見分けていった。
 時折ゼタルが人魂を先行させる。小鳥の姿へと変化した符は木々の間を舞い、暫し仲間達を和ませた。
 一度通った道、再び迷う事がないように、木々の枝に一定間隔で赤い髪紐や割いた包帯を結びつけて進んだ。通過時に不用意に枝を折ってしまわないようにも気をつけて、後は帰りに同じ道を通って紐を回収しておけば、秘密は秘密のまま守れそうだ。
 着実に、開拓者達はアヤカシの許へと近付いていた。

 少年の聖地はアヤカシによって半分以上侵されていた。
 だが、開拓者達が的確に行動した事で、最短時間で辿り着けたようだ。まだ数輪の花が残っていて、巨大なナメクジを模したアヤカシがゆっくりじわじわと動いている。
 花が無事な部分、周囲を荒らさずに戦闘できる位置取りを素早く把握し、支岐と崔が動いた。全員で囲い込むように位置に就き、ナメクジの誘導方向に注目する。
 羽郁が雄叫びを上げた。
 それとはっきりとは判らなかったが、ナメクジはゆっくりと向きを変えたようだ。じわりじわりと動き出す。
「もっとさっさと動きなさいよ!」
 リスティアがナメクジに小石を投げた。一瞬引っ込んだ眼と触覚が自分の方へ伸びたもので、リスティアはそそくさ攻撃手の後ろに隠れ込んだ。
「皆、頑張って!アグネス、いくよー!」
「待ってティア姉!崔、あたしの外套使って!」
 崔はアグネスから外套を受け取ると、一気に間合いを詰めてナメクジに外套を被せた。リスティアが妹分の吟遊詩人を促して、リュートの弦を鳴らす。アグネスの鈴が応え、皆の力を沸き起こして――戦闘開始、だ。

 ナメクジを覆った崔が流れるように棍で打ち据えた!
 盛り上がった外套が、叩いた数だけぼこぼこ形を歪ませる――が、すぐに形は元に戻った。
「堪えておりませぬか‥‥?」
 ナメクジの反応を怪訝に感じつつ、支岐がガビシを飛ばす。
 狙い違わず、暗器は外套へ突き刺さりアヤカシが蠢いた――が、外套に体液が滲んだものの、アヤカシの勢いは弱まる気配がない。
「巨大なだけはありますね‥‥打たれ強いようです」
 冷静に分析しながらも太刀花の攻撃は容赦ない。振りかぶった大斧でナメクジを打ち据えれば、さすがに少し勢いが落ちた――が、やはり相変わらずうにうに動いている。
(「中は考えちゃ駄目、考えちゃ‥‥」)
 涙目になりながら有事に備える柚李葉の横をすり抜けて、ゼタルの斬撃符が飛んだ。
 動きの鈍いナメクジは殆ど抵抗しなかったし、皆してタコ殴り状態で開拓者達が攻撃される事もなかったが、如何せん巨大ナメクジは生命力旺盛なシロモノだった。
 リスティアが唄い上げる主旋律に呼応させ、アグネスが低音を美しく響かせて。
 折れる事なき勇気をと力強く唄い上げ、延々攻撃し続ける開拓者達の力を底上げする。
 周囲を汚さないようにと被せた外套は、長時間の間にナメクジの毒だか体液だかで溶け始めていた。汚染被害・視覚被害防止にと、支岐が更に大紋を掛けて、もうひと踏ん張り。力を合わせて、アヤカシが動かなくなるまで攻撃の手を緩めなかった。

●花薫る大地に
 かなりの時間が経った頃――
「し、しぶとかったわね‥‥」
 ずっと演奏を続け唄いっ放しだったリスティアがリュートを抱き締めてぐったり。
「アヤカシが瘴気に還るまで、捲るな危険!‥‥ね」
 放置推奨と言い置いてへたるアグネス。皆、似たり寄ったりの状態で疲れ果てている。
 でも、まだ仕事が残っていた。
「秘密の場所はやっぱり綺麗な所じゃなきゃね‥‥!」
 一息入れたら、アヤカシに拠って乱された地を整えてから帰還しよう。

 村に戻るとカズヤが待っていた。
 少年の信頼に誠意と行動で応えた開拓者達は、村で少し休憩したのち神楽へと戻っていった。
「あのさ、今から森いかねーか?」
 カズヤがチトセを誘った。
 手には湯呑み、柚李葉がカズヤに託したものだ。首を傾げているチトセを引っ張るようにして、カズヤは森へ向かう。

「「わぁ‥‥」」
 そこは、優しい空間だった。
 今年初めての春告花、まだ花の数は少なかったけれど、確かに春がそこにあった。
 嬉しい知らせを見るチトセの隣で、カズヤもまた驚いていた。
 カズヤは巨大ナメクジのアヤカシが侵食していた森を知っていたから、目の前に広がる光景、開拓者達が残していった思い遣りを尚の事嬉しく感じる。
 侵食され枯れた草花は取り除かれ、不自然でない程度に整えられていた。草の葉に清水の露が光り、きらきらしている。
 知っているのでなければ、ここにアヤカシが発生し戦闘があったなど誰が想像するだろう。
 やがてカズヤは春告花が咲いている辺りの土を掘り始めた。花の根を痛めないように手でそっと掘り起こし、持って来た湯呑みに移し入れる。
「あのさ、これ‥‥」
 仕上げに赤い髪紐で飾った湯呑みをチトセに差し出すと、彼女はカズヤの大好きな笑顔を見せてくれた。

 摘んでしまえば花の命は短いものだから、鉢植えにしてあげましょう。
 次の季節にも春を教えてくれるように、これから先も春を咲かせるように‥‥
 森には、精霊の祝福と皆の優しさが宿っていた。