今を盛りと華咲きて
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/02 01:22



■オープニング本文

 この村では、花見と言えば菊花の事だと言う。
 秋の終わりにご馳走を持ち寄っての花見は、村人達の年一度の贅沢であり、ささやかな楽しみでもあるのだ。

●千代見村の誘い
 几帳を揺らして乳母の於竹が入ってきた。
「姫様、文が届いておりますぞ」
 いつもと変わらない言葉に、翳と呼ばれる姫は「そう」気のない返事を返す。
 だが、於竹が運んできた文はいつもと違っていた。

「観菊‥‥?」
「はい、千代見村から誘いが来ております」
 千代見村とは菊花の生産で成り立っている農村で、姫は毎年ここから重陽の着せ綿を取り寄せている。今年も開拓者に頼んで運んで貰ったのだった。
「何でも、大菊の見頃を迎えており、ご一緒にご覧になりませんか、と」
 それは素敵ねと姫が呟いた。でも‥‥
「出かけるのは、お気が進みませんか?」
 小さく頷く姫。本名を絢子と言うこの姫が通称を翳(かすみ)とするのは、その存在感の薄さにあった。家族でさえ現在の姫の姿を見た者はおらず、唯一こうして対面しているのは於竹のみである。
 仕方ないですねと苦笑して、千代見村へはどのように返事いたしましょうと問う。予想通りの断りを口にした姫へ承知と応え退出しかけた於竹へ、翳姫はひとつの願いを託した。
「菊枕が‥‥欲しいわ」

●観菊
 壁に張り出された『龍搭乗必須』という募集を見て集まった開拓者達に、ギルドの係は北面の千代見村へ行ってくださいと続けた。
 現在、北面首都仁生と千代見村との間には魔の森があり、陸路では迂回しなければならない。だが、陸路を取ると半月掛かるのだ。
 急ぎなのだろうと開拓者達は思った。龍を使えば半月も掛からずに着く事ができるのだから。
 で、依頼は何だろう。物品輸送か?アヤカシ発生か?
「今が大菊の最盛期だそうです」
「‥‥え」
 思わず間抜けな声が出た。戸惑う開拓者達に、係は苦笑しながら続けた。
「龍搭乗の訓練を兼ねて、お使いをお願いします」

 発端は、千代見村の村民が北面貴族・七宝院家の一ノ姫に観菊の誘いをした事だ。双方は生産者と購入者の立場であり、誘い自体に何ら問題はない。
 だがこの姫、筋金入りの深窓の令嬢で外出は控えたいと言う。だが折角誘いを貰ったのに誰も行かぬでは失礼、自分の代わりに開拓者に楽しんで貰いたいと望んだ。
 ギルドとしても、依頼として持ち込まれた以上は断る理由もない。丁度、龍を用いた依頼遂行を本格的に導入する事になったばかりだ。この際、実習訓練を兼ねて龍を扱える開拓者を募る事となった――という訳だ。
「龍に乗って出かけるだけですか〜?」
 間延びした声が割り込んで来た。一同の注目を集めたのは箒を手にした少女。開拓者ではないはずの娘、梨佳だ。
「‥‥ま、まあ今回は魔の森を避けて行きますし、戦闘はありませんね」
 また出やがったな。押しかけ見習い係の少女に渋い顔をしながら答える係。係の心境も読まずに、梨佳はにこにこして言った。
「あたしも行ってみたいですぅ〜」
「こら、調子に乗るな!これは仕事だ!」
 つい係の地が出た。まぁいいんじゃねぇのと開拓者達に宥められ、しぶしぶ許可を出す。
「‥‥では梨佳は銀河に乗って行きなさい。その代わり、お使い役はお前がやるんだぞ」
 千代見村から菊枕を持ち帰り依頼人に届けるのは梨佳の役目、開拓者達は龍搭乗訓練と、朋友との交流を楽しんで来てくださいと係はぐったりした様子で締め括ったのだった。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
花脊 義忠(ia0776
24歳・男・サ
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
早乙女梓馬(ia5627
21歳・男・弓


■リプレイ本文

●金の大地
 天儀の大地は、金色に輝いていた。
 実りの時期を迎えた稲穂、稲架にかけられた収穫済のわら束。点在する人々は刈り入れに忙しい。
 晩秋の田を過ぎ行き、芳しい香りを感じ始めた。高所の眺めは遠くに雪山を臨み、晩秋から初冬にかけての暮らしの移り変わりを空ゆく旅人達に訴えかけてくる。
 アヤカシの脅威と隣り合わせであっても、生きとし生ける者達は日々を過ごしている。その生活は慎ましくささやかで、そんな小さな生活の積み重ねが愛おしい。
 色とりどり一面の花の海は風に揺れて緩やかに波打っている。眼下一面に広がる菊畑は小菊、行儀良く並んでいるのは大菊の鉢だろうか。
 ゆったりと駿龍の夜行を駆るのは崔(ia0015)だ。速度に秀でた駿龍ではあるが、同行の皆と速度を合わせる。
(「‥‥つか、いきなり飛ばすのは俺の方が危なっかしい‥‥」)
 夜行はおとなしく飛んでいるが、騎乗する崔の方はまだ夜行の扱いを測りかねている様子。
 尤もこれは皆同じ事。開拓者ギルドが龍使用による依頼遂行を導入して間もない。今回の依頼は依頼人の使いであると同時に龍騎乗訓練を兼ねていた。
 千代見村上空で、開拓者達はぐるりと龍達を旋回させた。
「穏やかな空‥‥貴方の目にはどう写っていますか」
 炎龍の背から柊沢霞澄(ia0067)が語りかけた。
 気性の激しいこの炎龍は大切な友達――彼にとって、この空が自分の見るのと同じように穏やかなものであって欲しいと願う。
 眺める場所が違うだけで、これほど爽快なものだとは。
 駿龍の翔勇の背から黄金の地を臨んだ早乙女梓馬(ia5627)は新鮮な驚きを感じていた。
 一族の龍である翔勇とは幼い頃からの長い馴染みだ。しかし相棒として族長から譲り受けてからは日が浅い。まして今のようにのんびりと飛行するのは、開拓者になって以降初めての事かもしれない。
「翔勇」
 名を呼び、そっと首に手を添えると翔勇が滑らかに風を渡った。心地よい風を共に感じているのがわかる。まだ始まったばかりの絆だが、こうして少しずつ深められればと思う。
「お、お前も楽しみか!」
 甲龍の獅皇吼烈に語りかけ花脊義忠(ia0776)は豪快に笑った。
 晴れた空、広い大地――龍達はかなり大きく扱いも難しい。普段は思う存分遊ばせてやる事などできないから、丁度良い機会だ。
「村の子供達に優しくしてやるんだぞ」
 獅皇吼烈に言い聞かせている義忠は、勿論一緒になって遊ぶ気でいる。それも全力で。何事にも豪快で裏表のない気持ちの良い男であった。
(「また来られたんだ‥‥」)
 再訪の感慨を抱く佐伯柚李葉(ia0859)は己を運ぶ駿龍の花謳に微笑んだ。
 以前千代見村へ来た時は陸路での移動で花謳を連れてはいなかったし、魔の森突破の護衛依頼であった。あの時の商人はその後どうしているだろう。
 微笑みは、並んで飛ぶ鳳・陽媛(ia0920)や梨佳にも向けられる。旧知の友と再びこの地へやって来られた事が嬉しかった。
 駿龍の桜姫を感慨深く見つめる陽媛、桜姫とは幼馴染のような間柄だ。陽媛も桜姫も共に双子で、妹龍は陽媛の妹が連れている。
 小さい頃から一緒に育って来た桜姫、あんなに小さかった桜姫が背に乗せてくれている。
(「お父さん‥‥お母さん‥‥私も桜姫もこんなに大きくなったよ‥‥」)
 亡き両親を想うと胸が痛くなるけれど、幼馴染の成長が嬉しい。
 陽媛の心を察したか、桜姫が小さく陽媛にだけ聞こえるように喉を鳴らしてみせた。
「少し離れているが、あの辺りに降りようぜ」
 義忠が指した村外れの草原を目指し、一行は降下していった。

「花謳上手ね」
 辺りを荒らさずそっと綺麗に着地した花謳から降りた柚李葉は「よし」と褒めてやる。首に抱きついてぽふぽふしてやると、花謳は嬉しそうに唸って応えてきた。
 仁生から徒歩半月の村も龍に乗ればひと飛びで到着する。
「ずいぶん遠くまで来ましたね」
 あなたと一緒だから此処に来られたのよと、霞澄は火龍に静かに話しかけた。気性の荒い火龍も霞澄に対してだけは従順で、彼女の言葉に耳を傾けているようだ。
「梨佳さん、降りられますか?」
「ほれ、受け止めてやるから飛び降りろ!」
「は〜い、行きますっ」
 陽媛が桜姫に待機させて梨佳から銀河の口取り縄を預かる。飛び降りた梨佳を義忠がしっかり受け止め降ろしてやった。
 ギルド貸与の駿龍、銀河は一般人にも乗りやすいよう調教が施されているらしく、癖のない龍のようだ。桜姫の横で穏やかに草食み始めた。
「‥‥そういや、菊枕自体は受け取るだけになってるんだっけか?」
 夜行から降り、鼻先を撫でてやっていた崔が梨佳に尋ねた。のんびりする前に一仕事。お使いを忘れてはいけないと確かめる。
「そぉです、千代見村の工芸品だそうなので、受け取ってお届けするだけですね〜」
 なので開拓者さん達の手を煩わせるほどの事はないですよと、ほんにゃり答える梨佳。そうかと崔は思案して、んじゃ俺も職人宅へ付いてくわと申し出た。
「え、いーんですか?折角遊びに来たのに?」
「遊びに‥‥ま、な。ちと用事があるんでな」
 能天気な梨佳に苦笑する崔。夜行を義忠に預け、梨佳に伴われて村へ入って行った。
「お前達はどうするんだ?」
 夜行を預けられた義忠が仲間達をぐるりと見渡すと、少女達は何やら計画があるようだ。
 千代見村の人達に教わって、お弁当を作ってみようと提案したのは柚李葉。観菊のつもりが食す話になって、思わず梓馬が問いかける。
「食せるのか?」
「菊の花をそのままの形で天婦羅にすると綺麗なんですよ‥‥」
 興味を持った梓馬に霞澄が笑んだ。
「菊の御浸し、かき揚げ…菊寿司も聞いた事があります」
 記憶を辿って柚李葉が続けると、陽媛は色々教えてくださいねと、うっとり返した。
(「‥‥兄さん、喜んでくれるかな‥‥」)
 今だって決して料理下手ではない陽媛が、もっと料理上手になりたいのは、大好きな優しい兄の為なのだ。
(『美味しいよ。陽媛はまた腕を上げたね』)
 ――はう。
 まだ見ぬ未来に心を飛ばしていた陽媛、紅頬を押さえて溜息を吐いた。

●菊を楽しむ
 菊は邪気を払い不老長寿を人々に約束するとされる植物だ。
 重陽の頃には菊花から朝露を移した真綿で身を拭う風習が貴族の間を中心に残されているが、露を含んだ真綿以外にも菊の香気を生かして作られる道具はある。菊枕がそれで、今回の依頼で求められたものであった。

 村長宅で到着報告の挨拶を済ませて、崔と梨佳は菊枕工房へ向かった。
 菊の生産で生計を立てているというだけあって、村の内部は様々な形で菊を見る事ができた。
 今まさに出荷の時期を迎えた大菊の鉢が並ぶ家。大八車に積まれた小菊は、それ自体が花車のようだ。立て簾で直射日光を遮ってあるのは花を傷めない為の配慮だろうか。
 目的の枕を作っている工房は、平笊に広げられ天日に干されている菊花が目印になった。香気漂う中、敷居を跨ぐと板敷きの部屋一杯に枕の材料が広げられていた。
「こりゃ凄いな」
 空から眺めた一面の菊畑とはまた別の菊花の海を前にして、崔が呟いた。
 来客に気付いた職人から声が掛かる。梨佳が用向きを話すと、姫の菊枕は既に仕上がっているとの事だ。
「ようこそお越しじゃ。村の者みなお待ちしとりましたよ」
 枕は帰りに受け取ってくれれば良いから村を楽しんで行ってくれと工房の主に言われ、素直に外へ出ようとする梨佳。
「お前さまは、どうなさる?」
「頼み事があるんだが‥‥」
 菊枕をお求めかと尋ねられ、崔は頭を振った。

 さて、村長宅の厨では、龍達を男性陣に預けた少女達が食用菊に囲まれていた。
「花の色で茹でる時間が違うのですか‥‥」
 菊花の色で器を分けながら花弁をばらばらにほぐしていた霞澄に、村の女は味も違うんよと話しかけた。
 違いと聞いて掌の中にある黄菊に鼻を近づけてみると、菊らしい芳香を感じる。いい匂いでしょと女が笑った。
「黄色い方が、ちょっと癖があるかしらねえ。好みも色々やね」
 茹で時間や晒し時間も違うから、扱うのは別々に。
 そんな事を話しながら手を動かす。鍋に湯が沸いた辺りで酢と花弁を入れて、陽媛に番を頼んだ。
「さっと潜らす位でええからね」
「しゃっきり歯応えがあるのが美味しいですよね」
 湯から揚げて冷水に放した花弁は色鮮やかで目に麗しく、魚料理に添えても美しかろうと思う陽媛。
 陽媛の手際の良さに柚李葉が感心した頃、工房へ寄っていた梨佳がやって来た。もう既に食べる事ばかりを考えていそうな梨佳に柚李葉が料理の腕を問うと「食べられるものを作れる程度」の返事。
「柚李葉さんは?」
「私も、ごく普通かな。美味しいお料理、たくさん教えて貰おうね」
 陽媛や霞澄、村の女達も交えて姦しく調理は進んでゆく。
(「‥‥あの人だったら美味しくお料理してくれるかな?」)
 柚李葉は料理上手の双子の知人の姿を思い浮かべた。
 そうだ、お土産に食用菊を分けて貰おう、あの人のお姉さんには大輪の菊を。

 一方、村外れは子供達の格好の遊び場になっていた。
 子供というものはどんな物どんな場所も楽しい玩具にしてしまうものだが、子供の邪気の無さの前では龍さえも玩具になる事を受け入れるかのようだ。
 とは言え、この龍達は調教を施された龍であり。
「おーい、あんまり苛めるなよー?」
 夜行と一緒にまったりしていた崔がのんびりと釘を刺す。逆鱗という言葉があるように、調教済の龍にも嫌がる場所はあり決して野放しで遊ばせている訳ではない。主達の監視があってこそ、子供達はのびのびと遊べるのだ――が。
 子供達と同目線、全力で遊ぶ大人もいたりする。
「兄ちゃん、甲龍スッゲェ!龍相撲やろ龍相撲!!」
「よォし、獅皇吼烈と銀河の一番だ!乗りたい奴はいるか!?」
 ある意味、大人気ない大人な義忠、獅皇吼烈と銀河にそれぞれ子を乗せて組み付かせた。龍達とて本気で戦うつもりはない。じゃれるように二度三度ぶつかり合って、義忠は銀河側の子と一緒に草原へ吹っ飛ばされる。
 草原は柔らかく人を受け止め、吹っ飛んだ人間達は楽しそうに大笑い。
「くっそ、もう一番っ!」
 落ちた子は懲りずにまた銀河へ登ってゆく。
「食事が出来るまで、のんびりできるかと思ったが‥‥」
 こんなに賑やかでは昼寝どころではなさそうだ。
 梓馬は苦笑して翔勇を見遣った。男の子に木登りさながら登られて、翔勇はどことなく困惑気味にみえる。
(「俺が幼少の頃も、あんな風だったのだろうか」)
 龍で遊んでいるつもりが本当は遊んで貰っている。共に過ごし育って来た朋友の心優しさを知る梓馬は和やかに翔勇を眺めていた。
 やがて――
「皆さぁん、ごはんですよ〜!」
 食いしん坊が、昼食の準備が整った事を知らせに草原へとやって来た。

 目にも麗しい紅と黄の彩り。
 運ばれて来た寿司桶に歓声が上がった。花弁をあしらった散らし寿司は、ハレの日のご馳走に相応しい豪華さだ。
「いい香りだな」
 柚李葉から汁椀を受け取った崔の蓋無し椀からふんわり漂う菊の香り。香気を損なわぬよう、澄ましに仕立てた汁物に、浮かぶ花も目に美しい。
「お姉ちゃん、ありがと。おすし、きれいね」
「沢山食べてね」
 散らし寿司を小皿に取り分けていた陽媛は、村の子の喜ぶ顔が嬉しくて顔を綻ばせた。兄もこんな風に喜んでくれるかもと思うと、尚の事嬉しくなってくる。
 快晴の空の下で菊畑を臨んで食べる食事は人々を解放的な気持ちにし、いつもよりも食を進ませる。御酒は言わずもがなである。
「和え物はいかがですか?」
 豪快に杯を傾ける義忠と、注しつ注されつ菊酒を愉しんでいた梓馬に陽媛が勧めた肴は菊と胡桃の和え物。シャキシャキした花弁とコリコリした胡桃の歯応えが面白く、つい酒が過ぎてしまいそうだ。
 焼物は川魚。添えられた菊花は甘酢で締めてあり、箸休めにも丁度良い。山の幸と花を合わせたかき揚げは揚げたてを塩でどうぞと霞澄が笑んだ。
 菊酒を酌み交わす男達、杯の酒は空を映し人々の笑顔を映す。菊尽くしの宴は、千代見村の人々にとって一年で最も嬉しい日であった。

●朋と過ごす
 食後は再び思い思いに過ごそう。
 柚李葉は花謳に菊尽くしのお裾分け。散らし寿司を鼻先に近付けられた花謳は、初めくんくん、おとなしく食べ始める。
「龍たちも‥‥菊の料理を食べるのですね‥‥」
 人と朋とが同じ愉しみを共有する――炎龍に天麩羅を与えた霞澄は「美味しい?」尋ねてみる。もしゃもしゃ食べている炎龍に付け塩は不要のようだ。
(「私の友達‥‥」)
 あれはギルドに呼ばれて神楽へ来た時の事だったか‥‥気性が荒く他の龍とも相容れず孤立していた龍であった。
 最初は怖かったけれど、孤立しているのが何故か気に掛かって仕方なくて。いつしか霞澄は自分と同じなのだと気付いたのだった。
 人と龍。同じ寂しさを知っている者であればわかりあえる。種族は違うけれど、そうして二人は心を通わせあったのだ。
 まだ名で呼んだ事のない朋友を、霞澄は愛しげに見つめていた。

 午睡のお供に安らかな笛の音。柚李葉が花謳に捧げる調べは皆の気持ちも穏やかにする。
 たれーんと羽を伸ばした夜行と、のほーんとしている崔は何処か似ている気がする。似ているのか似てくるのか――ともかく主従よく似ている。
 今度こそ静かに昼寝ができそうだ。子供達から解放された翔勇に背を預け、梓馬は静かに瞳を閉じた。
 目を瞑れどなお菊の香りは嗅覚を刺激する。
 瞼に残る一面の菊畑。春の桜の花見とはまた違った風情の宴であった。初めて食した菊は意外に食べやすく、今しか味わえない季節の幸を堪能できた。
 今日の仕事は飛行訓練、戦闘として来た訳ではないから空からの景色も楽しむ余裕があったし、何より翔勇とのんびり過ごせた事が幸いだった。
 平穏な時間が長く続くようにと願う。
 この美しい村や景色がいつまでもあり続けるように、子供達が龍と心通わせられるような平和を保てるように。
 穏やかな幸せが壊されぬ為にも己の力を尽くそう。寡黙な男は静かに心へ誓いを立てる。

「梨佳さん、一緒に空を散歩しませんか?」
 搭乗訓練を兼ねておりますし、と小さく笑った陽媛の誘いに、梨佳は喜んで銀河へ騎乗した。
「訓練か。よし、俺と龍に載ってみたい奴はいるか!?」
 大きなガキ大将と化していた義忠が一声掛けると、子供達は口々に乗りたがった。さすがに梨佳は独り乗りで、開拓者達は子供一人を同乗させて、積載訓練と称した空中散歩に乗り出した。
 菊畑にぎりぎりまで近付いて飛んでみる。花を乱さぬようにそっと風を切り黄金の海を渡った。むせ返る程強い菊の香りは、この景色と共に強く思い出に残るだろう。
 炎龍が銀河に近付いてきた。龍同士が飛行を妨げない距離を保って、霞澄は梨佳へ小さく笑い掛ける。
「今日はありがとうございました。また来れると良いですね‥‥」
 白銀の少女に返されたのは満面の笑顔。

 夕刻。開拓者達は村人達とすっかり親しくなっていた。特に仲良くなった子供達は別れを惜しんで龍達から離れようとしない。
(「懐いてくれるのは嬉しいが‥‥」)
「飛んでる龍は夜行達みたいに訓練されてるのばかりじゃないから、見かけてもいきなり手ぇ出しちゃイカンぞ?」
 気になった崔が子供達に念を押すと、はぁいと返事。また遊びに来てねの言葉と共に送り出してくれたのだった。

●言伝
 焚き染めているいつもの香とは違う香りを携えて、於竹が几帳の内側へ入ってきた。
「姫様、千代見村から菊枕が届きましたぞ」
 於竹が抱えている包みがそれだという事は芳香でわかった。翳と呼ばれる姫は「そう」感情の起伏に乏しい応えを返す。
 だが、於竹が運んできた包みは菊枕だけではなく文が添えられていた。

「‥‥於竹」
「はい」
 文を一読した翳姫が乳母の名を呼んだ。
 姫の平坦な声の中に緊張を感じ取れるのは、幼少より育て上げた乳母だけであろう。於竹は続きを待った。
 文を手に、翳姫は長く言葉を発しなかった――やがて。
「来年も‥‥千代見村から観菊の誘いはあるかしら‥‥」

 ――そう、絢子は言った。