なごり紅葉
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/18 02:08



■オープニング本文

 とげつあん、という名の茶店がある。
 兎月庵と表記するこの店は、屋号よろしく亭主が搗く餅の美味さに定評がある。
 無口で妥協を許さぬ職人肌の亭主の名は平吉、二人三脚で歩む妻の名はお葛と言った。

●玉兎の紅葉狩り
 晩秋のある日の事、お葛が開拓者ギルドへ姿を見せた。先日の依頼に謝意を示し、手土産に甘味の包みなど提げている。
「おかげで沢山の月見団子が売れたわ。お客様方にも喜んでいただいて‥‥本当にありがとう」
 にこにこと、お葛が勧めるのは栗大福だ。勧められるまま係が手に取って齧ると、口の中で大粒の甘煮栗がごろりと転がった。
「美味しい♪」
 仕事中だからこっそり食すつもりだったのに、つい声に出してしまった。お葛はそんな係の様子を嬉しそうに眺めて言った。
「喜んで貰えるのが作り手の喜びなのよ。それでね、今日ここへ伺ったのは‥‥」
「兎月庵を開拓者一日貸切に?」
「ええ、手伝って貰ったお礼も兼ねて、ね」
 先日は慌しくてお礼もできなかったからと続けるお葛に、係は報酬は支払っていただきましたと慌てる係。お葛は少し笑って言った。
「あの人を‥‥ちょっと休ませてあげたいの。あの人ったら、お店を開けておくとずっとお餅搗いているんですもの」
 だから‥‥ね、遊びにいらっしゃいな。


■参加者一覧
/ 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 奈々月纏(ia0456) / 橘 琉璃(ia0472) / 鷹来 雪(ia0736) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 鳳・陽媛(ia0920) / 虚空(ia0945) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 白姫 涙(ia1287) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / 真珠朗(ia3553) / エリナ(ia3853) / 瀬崎 静乃(ia4468) / こうめ(ia5276) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 榊 志竜(ia5403) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 楓 絢兎(ia7318) / 風祭 樹(ia8057


■リプレイ本文

●本日貸切
 その日、 通りをゆく人は珍しいものを目にしていた。
 盆暮れ正月を除き、殆ど毎日営業している甘味処・兎月庵に、真新しい札が下がっていた。
『まことに勝手ながら 本日お休みさせていただきます』
 墨の跡も黒々と、女手による優美な文字が並ぶ。お葛が拵えた休業の掛札であった。尤も、店自体は開いていて、実際は『本日貸切』だったのだが。
 兎月庵を貸しきったのは外ならぬお葛である。開拓者達を誘っての休日、いつも甘味を嗜む客で賑わう表庭の見頃の紅葉は、一日身内だけのものだ。
 餅搗く兎達も、偶にはのんびりと。今日はそんな日。

「今回もよろしくお願いしますー♪」
 元気な挨拶は藤村纏(ia0456)のもの。連れ立っている面々も見知った顔で、甘味処の女将は再会を喜んだ。
「‥‥前回は手続き等、忙しい合間にご指導をありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる瀬崎静乃(ia4468)、よろしくお願いしますの言葉に「皆さん、こちらこそ今回もよろしくね」微笑んだお葛はそう返して、紅葉が最も美しく見える場所へ案内した。
「それにしても随分作ったなー」
 男性陣が持っている荷は弁当だろうか。ずっしり重いそれを毛氈の上に置いて、琉央(ia1012)が纏に言った。
「そりゃ紅葉狩りやもん。なー陽媛さん♪」
「張り切りますよね♪」
 大好きな人の為になら、お弁当作りも頑張ろうというものだ。嬉しそうな様子で応える鳳・陽媛(ia0920)、今日は双子の妹は留守番、兄を独り占めできる‥‥背後に添っていた兄を見上げ、恋人達の逢瀬のようだと思った。頬染めた妹の想いを知ってか知らずか、兄の佐上久野都(ia0826)はおっとりと穏やかな物腰で旧友との再会や初見の友と挨拶を交わしている。
 そして恋する乙女がもう一人。
 エリナ(ia3853)は緊張していた。初めてのお弁当作り、友人達に教わって一生懸命作った‥‥のは。
(「エリナ、陽媛や纏となんかしてたけど、何してたんだろ」)
 荷を持たされたルオウ(ia2445)、中身がエリナのお手製弁当だとは知るよしもないが、彼女の指に巻かれた包帯が気に掛かる。
 ルオウの視線に気付いたエリナは後ろ手に指先を隠して青の瞳を細めた。彼に心配掛けてはいけない‥‥健気なエリナの微笑みにルオウは傷など気付かなかった振りをして、腹違いの兄・琉央をちらと見遣る。
 ルオウの奴が見てる。
 琉央も複雑なようで。お互い諍いを起こすつもりは毛頭ないが、何となく微妙な気分になる間柄の二人である。
「ほう‥‥ここから眺める紅葉は見事ですね」
 案内された景色に感嘆した久野都がお葛に礼を述べた。席を設ける者あり、弁当の準備する者あり、おやつを買いに兎月庵店内へ向かう者あり‥‥手分けして準備を始めた。

(「この夫妻にまた逢えるとは。ギルドの仕事も続けるものね」)
 店先に現れた山に祝福されし者、設楽万理(ia5443)は、つるすべの頬を綻ばせて中へと入って行った。
 既に兎月庵は盛況、ギルドで依頼を共にし見知った顔も多い。
 目の前の卓には小皿が数枚、大福や芋羊羹を渋茶で嗜んでいるのは水鏡絵梨乃(ia0191)だ。顔の広い彼女は知人を見つけては席を移動し、共に会話と甘味を楽しんでいる。
「良かったよ、芋羊羹も置いてあって‥‥あ、久し振りー」
 重度の芋羊羹中毒者である絵梨乃が楊枝に芋羊羹を刺して言った。話の途中で万理を見つけ、視線を移して手を振る。
 向かい合って座っていた知人が釣られて背後を見た時――
(「隙有り♪」)
 芋大福ひとつ頂戴しましたよ、と。
 振り返った知人の抗議に絵梨乃は悪戯っぽく笑って言ったものだ。
「ふふっ、油断大敵だぞ」
 気を削がれた知人に笑い掛けて、絵梨乃は次の席に向かう。帰りに栗大福と芋羊羹を買って帰ろうと考えながら。

●紅葉兎
 客席を抜けて、厨房へと足を向けた万理が目にしたのは多くの開拓者達が一日菓子職人となっている姿。勿論売る為ではなく各々が食べる甘味を作っているのだが、どの顔も穏やかで製菓を愉しんでいる事が伺える。
 その巫女と志士の娘達は本当の姉妹のように見えた。緋色の瞳の巫女・白野威雪(ia0736)と、蒼き瞳の志士・白姫涙(ia1287)の二人は、共に美しい銀の髪を邪魔にならぬよう束ねて、食す甘味を作っていた。
 同行の誘いに礼を述べた涙の手付きはなかなか様になっている。初めての事とて最初こそ不慣れさが目立ったが、危うさはもうない。
 礼を述べられた年長の雪の方は少々不器用なようだ。涙と同じく平吉や料理上手の開拓者達に教えを請うて作業を進めているのだが、どこかいびつな仕上がりになってしまう。
「‥‥美味しく頂ければ、それで良いのです‥‥!」
 強がりを言ってみるものの、ほんのり赤らんだ顔に恥じらいが伺えた。心配そうに見つめていた涙は、姉のように思う人の愛らしい様子に遠慮して、控えめに微笑んで言った。
「せっかくなので、雪さんの作ったものと交換して食べましょうか?」
 先程の強がりは何処へやら。
 少し躊躇った後、互いに作った菓子を交換した雪は、姉らしく笑んだ。
「良い思い出に‥‥なりましたでしょう?」

「栗大福をいただくのに、栗とか芋とかキノコとか持って来てなんですけど‥‥」
「いや、採れたての山の幸、有り難くいただくよ」
 万理の手土産に、普段無口な平吉が礼を述べる声には喜びが滲んでいた。栗餡芋餡、いや見事なものだしそのまま甘露煮に‥‥などと花が咲く。
「キノコは香ばしく焼いてはどうかしら。後でお酒のお供にお出ししましょうね」
「それは楽しみですね」
 橘琉璃(ia0472)が作っていたのは自分の酒肴用の甘味だ。呑まれる方もいらっしゃるでしょうからと言うお葛の気遣いも嬉しく、手早く作った甘味を手に表庭へ。栗大福の小皿とお茶を受け取った万理は縁側でまったり。
「紅葉を見ながら、のんびりとは贅沢かもしれません」
「やはり甘味とお茶の組み合わせは無敵ですね‥‥」
 今日はゆっくりしよう。山で愛でるのとは一味違う紅葉狩り。

「‥‥あによ?」
 文句ある?とでも言いたげに、鴇ノ宮風葉(ia0799)は恋人を見遣った。
 団子に大福、練り切り羊羹‥‥目の前には大量の甘味が皿に盛ってある。誰が見ても「それ全部食べるの?」状態なのだが、勿論これは風葉が一人で食べる為に貰ってきたものだ。
「この季節は紅葉が綺麗だし、この兎月庵は、お餅が凄く美味しいって教えて貰ったんだ」
 紅葉さながら顔を真っ赤にしているのは恋人の天河ふしぎ(ia1037)。ふうんと気のない返事をした風葉は、顔の赤い恋人は放っておいて豆大福を頬張った。
「うん、美味しー♪」
 満足気な恋人の様子に安堵するふしぎ。風葉の為にお茶を淹れてやる様子は、美少女然とした姿と相まって世話女房とでも言った風情だ。
(「さっき‥‥」)
 急須を持つ掌が熱い気がする。
 うん、気のせい。だって急須は熱くないもん。でも‥‥
(『あによ、ちょっと男の子らしいトコ見せようったって、そーはいかないよ?』)
 ここへ来る途中での風葉の言葉を思い出した。
 ――勇気を出して、彼女の手をぎゅって握ったんだ。繋いだ手は暖かくて、彼女は小さく笑って茶化すみたいにそう言って。強がって「別に、ドキドキなんかしてないんだからなっ」なんて言っちゃったけど‥‥
 色気より食い気で大好きな甘味を堪能する恋人を見つめた。
(「正直、紅葉よりも、美味しそうにお団子食べてる風葉の方が気になっちゃうよ‥‥」)
「‥‥綺麗」
 ぼそっと、ふしぎの本音が出た。
 ん?と、こちらを見た風葉に慌ててお約束の反応を返すツンデレ美少年。
「‥‥なっ、何でもないんだぞっ!」

 さて、庭先の和やかな食事会。
 開いたお重の中には、少女達の心尽くしが詰められていた。色とりどり、紅葉狩りに相応しい行楽弁当だ。
 久野都は煮物に箸を付けると、品良く口元へと運んだ。煮物を担当した妹が固唾を呑んで見守っているのをゆっくり遣り過ごして、やがてにっこりと賛辞する。
「陽媛は着々と腕を上げているね。とても美味しいよ」
 良かった、喜んでくれた。
 どきどきしながら反応を待っていた陽媛、大好きな兄の言葉に胸を撫で下ろした。目を細め頭に手を遣ってくれる兄に、将来は小料理屋を開いても良いかもねと褒められて、くすぐったい気持ちになる。
「あとでお土産を買って帰らなくてはね」
 留守番の妹の為には紅葉の練り切りが乗った大福を、そして目の前の妹には桜色の練り切りで花を模した餅を。
 しっかり者も今日だけは年相応に、陽媛は幼子のように楽しげな笑顔を見せた。
 そしてこちらは別の意味で固唾を呑んでいる一組。
「ど、どう?おいしい‥‥かな?」
 ルオウに焼き物を食べさせて反応を待つエリナ。
 エリナ、お嬢様である。箸より重い物を持った事がない箱入り娘、舌は肥えているが料理の腕が良い訳でもなく。
「‥‥‥‥」
「お、おいしい‥‥よね?」
 塩を振って焼いた魚、お好みに応じて醤油をどうぞの焼き物で、実の所少し焼き過ぎの感じがしたのだが――
 エリナの熱意に押されたルオウ、こくんと頷いてやった。
(「エリナは笑顔の方が可愛いもんな」)
 彼女の向こうに腹違いの兄貴がいた。やっぱり少しは気になるらしく、視界に入るとつい意識してしまう。
 その兄貴は美味に舌鼓。
「うん、美味い!さすが纏だな!」
「‥‥纏姉様、これ美味しい」
 琉央と静乃に褒められた纏、はわはわと照れている。栄養ある物と野菜を配分よく盛り込んだ弁当は、目に美しく味も良く体にも良いと三拍子揃っていた。
 はわはわしながら皆への給仕に怠りない纏。静乃は纏の多彩振りに憧れを抱きつつ静かに黙々と食べている。
「あ。好きな食べ物ゆーてや。今度のお弁当で、拵えるわ〜」
 仲間内から上がる次の注文を、帳面へにこやかに記してゆくが‥‥くしゅん。
 少々肌寒くなってきたらしい。気付いた琉央が着ていた上着をさり気なく掛けてやった。
「はわ‥‥あったかいわ、琉央ちゃん。ありがとうな〜♪」
「今の時期、気温差激しいからなー風邪引くなよ」
 言葉少なく応じた琉央は、彼女が大のお気に入りだという兎月庵の甘味を手に、多少厚着して来て良かったと思う。
 久野都が皆に配る甘味の皿には心憎い演出が。季節を添えられた皿に合わせて、静乃が平気な風を装って熱いお茶を淹れる。
「‥‥今年もそろそろ終わりに近いね‥‥早いよ、一年‥‥」
 晩秋の空に映える紅葉を見上げ一人ごちる静乃へ、纏の声が重なった。
「‥‥今年も、そろそろ終わりやねんな。また来年もずっと一緒に此処に来たいわ〜。な? 琉央ちゃん♪」
 静乃の背後で、琉央が頷く気配がした。

 一方こちらの行楽組は、いつも拠点で懇意にしている者同士との事。
「な、何だか気恥ずかしい‥‥ですね‥‥お、おかしくないでしょうか‥‥?」
 裾の紅葉柄が白地に映える清楚な着物。漆黒の帯で全体の印象をきりりと締め、金の帯留めで華やかさを添えて。
 とても似合っているというのに、旅籠屋の若き女将・こうめ(ia5276)は身の置き所がないとばかりにもじもじ。自信なさげな内向的な佳人に、旅籠屋の常連達は皆して似合うと口々に褒め称えた。
「さすがは風祭さん、確かなお見立てですね」
「何を仰る、着道楽の楓サンあっての見立てですよ」
 互いに謙遜し合うのは楓絢兎(ia7318)と風祭樹(ia8057)、どうやらこの二人が彼女をおめかししたらしい。身を愛でる事が俺の生き甲斐だからねと、樹は満足そうにその『作品』を眺める。
「お、お食事の仕度をいたしましょう‥‥」
 褒められ注目されて、こうめはやっぱり落ち着かない。恥ずかしそうに、いそいそと会食の準備を始める。ごく自然にこうめを手伝い始めた榊志竜(ia5403)へ、早速絢兎の冷やかしが飛んだ。
「こら‥‥こうめ殿が困る事を、言うんじゃない」
 俺は仕度を手伝っているだけだ。渋面で窘める志竜に同意して、神鷹弦一郎(ia5349)が悪気のない仏頂面で呟いた。
「絢兎さん‥‥楽しそうですね‥‥」
 そりゃそうですよと絢兎、他人様の色恋事が大好物の男である。樹と二人、顔見合わせてニヤニヤしている。
「ときにこうめ殿‥‥このお重は?」
「甘味です。お食事の後にと思いまして‥‥皆様、どうなさいました‥‥?」
 小さなお重を抱えた志竜がどこに置こうかと問うて、対するこうめの応えに一同微妙な沈黙が落ちた。
 その意味を悟ったこうめ、さっと顔を赤らめた。
「か、甘味は必要ございませんでしたね‥‥私たら‥‥」
 甘味処へ甘味を持ち込んでしまうなんて!恥ずかしさに身も世もない様子のこうめへ、弦一郎が助け舟を出してやる。
「紅葉を眺めながらの甘味は、いつもとはまた別の味わいだろう」
 本当ですかと縋るようなこうめの瞳に、安心させるように頷いてやる。こんな時、寡黙な男は説得力抜群だ――が。
「わぁ。何だか甘味より甘い雰囲気になってますねぇ〜♪」
「‥‥!」
 絢兎乱入。茶化されて弦一郎は赤くなったり青くなったり。くるくる変わる表情にやれやれと眉寄せる志竜、弦一郎に加勢してやりたいが、口で絢兎に勝てる気がしなくて汗をかきつつ見守るばかり。
「あ、あの‥‥あ、橘殿」
 発端となってしまって一緒にオロオロしていたこうめだが、一人で呑んでいる知人を見つけて手招きした。
 こうめに気付いて近付いて来たのは琉璃。醤油餅と焼いた茸を盛った皿と徳利を手にほろ酔いだ。相伴を請う琉璃を拒む訳はなく、さらに賑やかな酒宴となった。
 涼しい顔で杯を重ねる志竜に乱れはない。大丈夫ですかと尋ねれば「水と同じです」事も無げな返事。こうめの手料理を褒める事も忘れない。それに反応して樹と絢兎が茶々を入れるのもお決まりだ。
「ご、御酒がございませんね‥‥いただいて参りましょう」
 何度目かの茶々の後、こうめが席を立った。厨房へ向かった彼女は、暫くして白の義姉妹を伴って戻って来た。この宴、まだまだ賑やかになりそうだ。

●月見兎
「ご馳走様でした、美味しかったです!」
「良かった、沢山食べてね」
 縁側から空の小皿を持って、愛らしい笑顔で礼を言う佐伯柚李葉(ia0859)。空の小皿を受け取ったお葛がお代わりを入れようとするのを制して、お土産に栗大福を買って帰りたいのだと言った。
 喜んでと応えたお葛と、奥で黙々と甘味を作っている平吉に改めて先日の例を述べた柚李葉は、指折り数えて土産の個数を考えた。
 えーとと数えた数は3つ分。
「自分でお餅を包みたいんです。教えてもらえませんか?」
 仲良しの友達へのお土産は自分で作ってみたい。優しい気持ちの申し出を、菓子職人達は喜んで迎え入れた。
 平吉や料理上手の面々に囲まれて、興味津々に作業工程を見ているのは菊池志郎(ia5584)だ。
「自分でみたらし団子とか作ってみたりしたこともあるんですけど、どうも味がぼやけちゃうんですよね‥‥」
 材料の配分に問題あるのだろうかと零す志郎は立派に料理好きで。同好の士の悩みに井伊貴政(ia0213)も頭を捻る。
「うちではこの配分だが‥‥」
 好みによりけりと前置きして、平吉が砂糖醤油の葛餡を作る際の分量を教えてやると、志郎は今回は美味しくできましたと破顔した。
「家に帰ったら忘れないうちにまた作ってみよう」
 良かったねと声掛けた貴政。この日の厨房は殆ど彼に任されていると言っても過言ではない。無口ゆえ大きく褒める事のない平吉ではあるが、任せるというのは褒めているのと同義とも言えた。
 柚李葉が平吉に教わりながら作ったのは、赤い目と耳――兎を模した大福だ。
(「あの子とあの人たちと、お家の皆さんに‥‥喜んでもらえるといいな」)
 可愛い兎を配る先の数だけ竹皮に包んでいた柚李葉は、みんなの顔を思い浮かべて自然と笑顔になっている。
 朗らかに甘味談義を交わしながら、貴政は季節感溢れる菓子の製作にも余念がない。
「どうでしょうか」
 出したのは、練り切り餡で紅葉を形作った生菓子。
 叩き上げ職人肌の無口な菓子職人に伺いを立てれば、優しい目の応えが返ってきたのだった。

「次のん上がったで」
 裏庭で餅を搗いていた斉藤晃(ia3071)が搗き立ての餅を運んできた。杵搗く姿は堂に入っていて、餅はふっくら見事な搗き具合だ。
 お疲れ様ですと受け取った志郎が「大丈夫ですか」と心配そうに問うた。何せ晃は兎月庵に来てからずっと餅搗き役をやっている。
「こういうんは得意やしな」
「酒呑みが、酒も呑まずに餅搗き、ねぇ」
 然程の事もない。に、と笑う酒おやぢ。丁度厨房へ来ていた真珠朗(ia3553)が皮肉げに茶化すもので、晃は持論で対抗した。
「仕事の後の一杯が美味いんや。仕事しないでも酒は美味いんやけどな」
「そろそろ月が昇る頃です。せっかくの綺麗な月ですから、晃さんは月見酒、平吉さんもお葛さんと少しくらい眺めてきたらいかがですか?」
 二人の遣り取りを見ていた志郎が休憩を勧める。片付けは僕達がと貴政に見送られて、お葛と平吉は表庭へ出た。

「紅葉が散れば冬が来る。四季はまわり、人の世は事も無し‥‥と」
 空気の冴えた秋の月夜の下では、真珠朗の皮肉気な口調も穏やかに紛れていった。隣では晃が平吉に酌をしている。
「たまに自分が作る菓子で酒ちゅうんはどうや?」
 無口の男を相手に、沈黙をも楽しんで呑む風流人は餅を肴に杯を重ねて。
 暫くして、貴政が大皿を盛ってやって来た。昼間に万理がくれた手土産だ。香ばしい匂いを漂わせている皿には焼いて醤油を垂らしただけの茸。新鮮がゆえに素材の味を生かした方法が生きるという訳だ。
 月明かりの下で見る紅葉は、また違った風情を人々に訴えかける。場に集った者皆で和やかに会食する楽しい時は過ぎていった。 寛いで月を眺めていた皮肉屋を気取るお人好しは、しみじみ言った。
「いい御夫婦ですよねぇ」
 平吉お葛夫妻を見遣った真珠朗は、歳取っても仲良くってのが理想ですよねぇと続ける。並んで月を見上げている夫婦は、そこに在るのが自然と思わせる一対の後姿。
 お葛が何やら話しかけている。平吉が喋っている様子はないが、僅かな仕草で意思疎通が適っているようで微笑ましくも平和な光景であった。
 貴政へ酒を注いでやりながら、真珠朗は誰にともなく呟いた。
「きな臭い話も聞きませんし、平和ってのは味わえるうちに味わっておかないとって話で。甘味と一緒でね」

 和やかに穏やかに――夜は更けていった。