千代布あそび
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/16 02:40



■オープニング本文

 北面は仁生に、その詰所は在る。
 花椿隊――活動の意思さえあれば身分は問わぬ、有志の女性だけで構成された非公式諸隊だ。
 志士達のような戦働きはできぬ、だが彼女らだからできる事もある。
 仁生っ子達の間では、彼女らがささやかに積み重ねてきた実績と共に、温かく認知されている私設諸隊であった。

●菊の里から
 春の気配を感じているのだろうか、白犬が蕾の固い桜の枝に鼻先を寄せている――あ、くしゃみした。
 真白い尻尾をふぉんふぉん振っている愛犬の様子を庭に眺めつつ、七宝院 鞠子(iz0112)は繻子綾布の端切れを彩りよく並べ重ねていた。

 鞠子の傍にある籠の中では、猫又のちくわが丸くなっている。
「あやつは一向に成長せぬな」
 顔を上げ、籠の縁に乗せたちくわが、白蓮を一瞥して呟いた。
 尻尾を追いかけてぐるぐる回っている。すっかり成犬の体躯だが無邪気な所はまだまだ仔犬といったところか。
 兄貴風を吹かせている猫又に、鞠子はのんびりと返した。
「ちくわが籠で昼寝をするようなものですわよ」
 籠に入る猫、庭ではしゃぐ犬。
 言われて、ちくわはくるんと寝返りを打って返した。
「ならば詮方ない」
 猫が籠に入るのをどうして阻止できようか。否、人間は多少の不便を受容するほかないだろう。さも当然のように猫又は嘯いて、腹毛を陽射しに晒している。
 寝返りを打った一瞬、籠の隙間から色鮮やかな端切れが覗いたが、すぐに猫又の毛に埋もれた。
 そよそよと揺れる猫又の毛並みに、鞠子は手を潜らせた。もふもふ。
「もう少し‥‥いえ、いっそ籠から出てくれると助かるのですけれど」
 何枚か端切れを救出して鞠子が苦笑する。
 端切れは縦六寸横三寸の大きさに切り揃えてあった。柄の出方を眺めて重ねる場所を思案していると、花椿の少女が鞠子の肩越しに覗き込んで来て問うた。
「曙姫の姉様、今日は何を作るの?」
「香袋の途中まで、ですわ」
「途中まで?」
 鞠子の応えに首を傾げた少女へ、鞠子は脇に置いていた包みを膝の上で開いて見せた。

 鞠子が開いた包みには、半紙判ほどの大きさの料紙の上に落雁のような固形物がいくつかと、錦の小袋がひとつ入っていた。
 わあと少女が歓声を上げたので花椿の娘達が次々と集まってくる。騒がしいのを厭ったちくわが籠から逃げ出した。
「菊ですか? 鞠子さま」
 落雁に似た固形香を見て娘のひとりが言った。
 ええと頷き、鞠子はひとつ摘み上げる。精巧な型から抜いたのであろう、固形香の菊花は観賞にも耐えうる見事な出来で、手に取ると強い香気が感じられた。焚けばさぞ匂い立つ事であろう。
「千代見村のお品で、被綿と名づけられた香ですわ」
 花椿隊詰所のある仁生から西の方向に千代見村という場所がある。その名の通り、見事な菊の栽培で生計を立てている村だ。観賞用の菊は勿論の事、行事向けの品種も扱っていて、現在は重陽の縁起物である着せ綿に使う香りの強い品種の再加工に力を注いでいた。
「そして、こちらの料紙が翁箋」
 紙漉きは、寒さ厳しい時期にこそ良いものが漉けるものと聞く。寒晒しにし繊維を細かく叩いた白い紙は薄く繊細で、漉き込まれた花弁が美しい。
「オキナタヨリ‥‥カブセワタの移り香かしら?」
「花弁の残り香では?」
「仄かに香って、ゆかしいですわね」
 娘達が口々に褒めそやす。ここまでの品に仕上げるのに苦労していた村人らや開拓者らが聞けば、きっと喜ぶに違いない。
 言わずもがな、菊は秋の花で時期はずれの感は否めない。しかしこれらの完成は、小さな村の復興の萌しなのだ。
「ただいま、村の皆さま総出で漉いておられるとか‥‥桜の頃には都にも並びましょう」
 ふわり微笑んで、鞠子は言った。

●千代布あそび
「それで、その香袋は?」
 花椿の娘の問いに、鞠子は「おまけです」と微笑した。
 香袋は村の女が荷に添えてくれたものだ。商品ではなかったが、鞠子はそれを見て思ったのだ。

 ここをこうして――と、鞠子は六寸三寸の端切れを一枚手に取って、両端を折り中表にした。
 両脇を縫って返せば、小さな袋の出来上がり。とても単純かつ簡単。

「今は紙漉きで忙しいでしょうけれど‥‥いつか香袋もお店に並んだら素敵かしら、と思いましたの」
 手の空いた時に気楽に作って欲しいから、乾燥花弁を入れるだけで完成させられるよう、彩り鮮やかな端切れで小さな袋を作り置きしておいてはどうだろうか、と。
 手伝ってくださいますかと。鞠子は娘達に小首を傾げて問うた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
明王院 千覚(ib0351
17歳・女・巫
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟
ルース・エリコット(ic0005
11歳・女・吟


■リプレイ本文

●色とりどりの
 小首を傾げて手伝いを問うた姫に花椿の娘達は快く頷いた。
 もちろん、快諾したのは彼女らだけではない。

「千代見村のお品、こんな形になったのですね」
 お手伝いさせてくださいな、と礼野 真夢紀(ia1144)。
 膝に小さな土鍋を抱えて座っている真夢紀の横で、明王院 千覚(ib0351)が折り目正しく言祝ぎを述べた。
「都に並ぶ日も近いとか‥‥おめでとうございます」
「千代見村には何度か行ってて愛着もあるし、本当に良かったわ」
 縁側で忍犬達に待機を命じていた御陰 桜(ib0271)が振り返ると、闘鬼犬の桃と又鬼犬の雪夜が口々に言った。
「おめでとうございます、鞠子様」
「おめぇとぉ♪」
 ありがとうございますと鞠子は微笑み、この場にいない姉姫も村の復興を喜んでいる事を話した。
 うららかな春の日の陽射しが優しい。
「いー匂いだなー」
 被綿を手に羽喰 琥珀(ib3263)に尋ねられた鞠子は、ひとつ摘み上げて火鉢から火を取ると香炉に乗せた。
「‥‥あ、すっげいー匂い♪」
 更に強く香りが立った被綿に琥珀が感嘆の声を上げる。
 菊花の形を残したまま燃えてゆく固形香を珍しげに見つめる様子に微笑ましげに見つめ、鞠子は届いた品に添えられた村人達の感謝を伝え――それから、ご無沙汰しておりましたと深々頭を下げている友に膝を近づけた。
 雪うさぎを思わせる白く小さな体躯の少女。
「鞠子さま、お変わりございませんでしたか?」
「ええ、ええ‥‥お久しゅうございます」
 触れると溶けてしまいそうで。
 だから鞠子は指先でほんの少し、両手を揃えて挨拶しているラヴィ・ダリエ(ia9738)の袖に、そっと触れた。
 おや、その指先に輝く銀の指輪は――
「ラヴィは‥‥その‥‥‥‥正式に『奥様』に、なりました」
 白銀の髪に透けて見えるかんばせが、本当に溶けてしまいそう。照れる新妻の頬は場に居た者達全員の祝福で更に熱を帯びる。
「やや、それはめでたや」
 べべん、と手元に抱えた三味線を鳴らした音羽屋 烏水(ib9423)と背中合わせに日向ぼっこしていた、ものすごいもふらのいろは丸が「風情もふ」のほほんと言った。
「仲良き事はよき事哉もふ。烏水殿も‥‥」
「烏水さまが‥‥?」
「‥‥!!」
 続きを促した鞠子に反応したのは烏水ではなくて、茶菓子を置きに別室へ向かおうとしていた千覚であった。気付いた烏水も何だかそわそわしている。
 この二人、もしや――そんな風に勘繰った花椿の娘達の勘繰りが外れているのを皆が知るのは、もう少し後のこと。

 庭で白蓮や山水が呼んでいる。雪夜の兄弟犬達だ。
 桜が許可を出すと、雪夜は甘えた声で一声鳴いて兄弟達の許へと駆けて行く。先輩犬の桃が行儀良く雪夜の後を追って行き、山水達の遊び相手を務めていた又鬼犬のぽちにご挨拶。
 ぽちも桃も何だか立場が似ているようだ。姉貴分兄貴分に見守られて、兄弟犬達の合流は続く。
「白房も行っておいで」
 柚乃(ia0638)が促してやると、闘鬼犬の白房は先っぽだけ黒が混じった白い尾を振り振り兄弟犬らの許へとすっ飛んで行った。
 鼻先を近づけて匂いを嗅ぎあう兄弟犬達の尻尾が親愛に揺れている。
「羨ましい?」
 突然、襟巻きが柚乃に問うた。毎度お馴染み、襟巻きに擬態した玉狐天の伊邪那だ。
 伊邪那がお目付け役として柚乃の神楽入りに同行して早数年、柚乃とて年頃の娘なのだから白房達の再会に少し里心が付いたかも。
「八曜丸も連れて来れば良かったでしょうか」
 案外そうでもなかった。日向にもふ毛を晒しているいろは丸に視線を向けている柚乃の瞳に寂寥の色はない。

 ――春近し 花の香りに誘われて 色とりどりの 千代布あそび――

 お粗末様でしたと微笑む鞠子の歌詠む声。
 千代紙なら聞いた事があるけれど、千代布とは何だろう?
 そんな事を考えながら柚乃が庭から部屋へ上がると、隅っこでちょこんと置物になっている子がいた。
 大勢が集まる詰所の雰囲気に気圧されているのだろうか、もじもじしている。
「て、手間‥‥取ると、思います‥‥が、よ、よろしく‥‥」
 緊張して、真っ赤になって。精一杯の勇気を出して息を吸い込んだ。
「‥‥あの、お願いし、しま‥‥す!」
 言えた!
 頬を上気させるルース・エリコット(ic0005)の様子が愛らしい。勿論ですわと微笑んで、鞠子は白い手を差し伸べた。
「わたくしの方こそ‥‥よろしくお願いいたします♪」

●春光の中で
 烏水の楽も心地よく、娘達は鞠子が並べていた端切れを思い思いに選び取り、香袋を作り始めた。
「あたしはこれと‥‥色違いないですか?」
 黄色い綾織の端切れを手に真夢紀が同じ織りの色違いを探している。千覚が端切れ籠のちくわを撫でながら言った。
「まゆちゃん、白と赤があるけれど?」
 するりと籠から抜かれた綾布の、真夢紀は白い方を千覚から受け取る。菊を想起させる香袋に仕立てたいようだ。
「赤い布は差し色に使うのも素敵ですよね」
 呉服屋の看板娘らしい柚乃の一言に使い方を思案し始める娘達。
 材料は沢山あるのだからどんなものを作っても構わない。自由な発想で工夫を凝らすのも花椿隊での楽しみ方だ。
「この間、編物を教わったでしょ? あれからハマっちゃって‥‥」
 白いもふ毛糸で小さな筒状のものを編んでいるのは桜。
 手元に桃と雪夜を模したあみぐるみを置いて、手馴れた様子で編針を動かしている。
「掌さいずのあみぐるみの中に花弁を入れてみるのは、どうかしら?」
 この辺りにと桃ぐるみの胴のあたりを撫でる。それから袋状になってきた編地の中へと編み始めの糸端を詰め込みつつ言った。
「少しきつめに編めば中身も零れないと思うのよ♪」
「差し色に使ってみました。いかがでしょうか?」
 千覚が赤い端切れを挟み込んで塗った袋を表返すと、両脇に赤が覗いた小袋が出来上がった。
 愛らしさを増したそれにラヴィが赤い吉祥結びを添えてみると、更に華やかさが増す。
「小さな巾着型の、御守のような形にするのはどうでしょう?」
「皆さまの工夫で、香袋を手にするのが楽しくなりますわね」
「中に柔らかいものを入れれば感触も抜群ですわ♪」
 そう言って、カセ状態で積んであったもふ毛糸を引き寄せて仮に詰めてみる。ふかふかして心安らぐ感じに、懐や文箱に忍ばせる以外の楽しみ方も見つかりそうだ。
 なれば、と烏水が持参した包みを出して言う。
「いろは丸の毛はどうじゃ? 精霊のご利益もありそうじゃろ?」
 お裾分けにと開いた荷からは元の包みの大きさの数十倍にも膨れ上がったもふ毛が現れた。
「いろは丸さまくらいの大きさがありますわね‥‥!」
「埋もれたいです‥‥」
 空気を含んで膨張したものすごいもふらの毛はふかふかで、とても気持ち良さそうで、柚乃が思わず呟いた。
「おう、これだけあれば枕もできようぞ。きっといい夢が見れると思うぞぃ」
「もふ枕はおすすめですっ」
 烏水の言葉に柚乃は実感たっぷりに応えたものだ。

「ちくわぶー、生きてる?」
 もっふりとちくわが詰まった端切れ籠へ伊邪那が声を掛けた。へんじがない――が、一応生きてはいるようだ。
 茶菓子を手に、皆が手仕事に没頭するさまを眺めていた琥珀が、ちくわの気を引こうともふ毛玉の糸端を揺らしてみる。
「ほらほら、こっちの方が面白いぞー‥‥って、ったく、横着者だなー」
 籠から前脚だけを出して糸端を捕まえようとする猫又に苦笑して、琥珀は真夢紀が持ち込んだ小土鍋に視線を向けた。
 料理上手の彼女が持ち込んだ鍋物という訳でもないらしい。蓋の代わりに毛布を被せてある。
「何だか気に入っちゃったみたいで‥‥」
 視線に気付いた真夢紀がそう言ったので土鍋に目を向ける一同。その中で、のんびり籠猫又を気取っていたちくわだけが耳をぴくりと動かした。
 そっと毛布を撫でた真夢紀、すると毛布がもそりと動く。
「‥‥‥‥にゃ。ここ、どこ‥‥?」
 毛布の隙間から顔を出したのは仔猫又の小雪だ。どうやらお気に入りの寝床に入ったまま詰所まで運ばれてきたらしい。
 状況を把握すると、小雪は毛布を引っ掛けたまま巣から出て来て伸びをした。
「あ‥‥ちくわおじちゃんだ〜」
 いつもの事なのに毎回凹むようで、ちくわはがっくり無い肩を落とすと占拠していた端切れ籠から投降して琥珀が持っていた糸端にじゃれ始める。
 小土鍋から飛び出した小雪と追いかけっこを始めた二匹から糸玉を回収して、琥珀は少し考えてから人差し指と中指を芯にして糸を巻きつけ始める。
「ほらほら、そっち行ったぞー」
 直径一寸ほどの小さな毛玉を作って猫又達の間に投込んでやると、尻尾は二本でも猫は猫、二匹は楽しげに毛玉を転がし始めた。
 猫又も活動的になる、あたたかな春の日――
「んー‥‥」
 翁箋を春の陽光に透かして眺めていた琥珀は、回収した糸玉を手に考えを巡らせる。
 何か思いついたようだ。琥珀は何色か糸玉を選ぶと、部屋の隅に置いてあった絎台のひとつに糸を掛けて紐を組み始めた。
 輪結びに四つ組み、ねじり結びなど――様々な組み方で、何本かの紐を組んでゆく。香袋の口を縛るのに良さそうだ。

 ルースは、針子達の手元をじっと見つめている。
「‥‥‥‥」
 手には選んだ端切れが一枚。じっくり手順を確認し、ルースは慎重に端切れを折り返し針を持った。ちくちく。
 初めて手を触れるかのような慎重さにも関わらず、その針目は初めての運針とは思えない。
「簡単でしょう?」
 花椿の娘が優しく声を掛けた。
「‥‥あ、あの‥‥て、天儀の布を扱うのは、初めて、で‥‥」
 ここでは比較的開拓者遭遇率が高いから見慣れてきたとはいえ、まだまだ他儀出身者と会うのは珍しい。娘達は目を輝かせた。
「ほかの儀からお越しの開拓者さんなの?」
「どんな儀ですか? そのお召し物は故郷の?」
「‥‥ひっ!」
 初対面の娘達に囲まれて、ルースは一瞬にして置物化した!
 息を呑んで固まっているルースの青い顔に気付いたラヴィが、さりげなく救出に入る。
「ラヴィも他の儀‥‥ジルベリアから来たのですわ♪」
「ジルベリア?」
「聞いた事があります。とても寒い儀だとか‥‥」
 にこやかに割り込んだカフェの看板娘の出身地も娘達には未知の世界だ。
「ああ、貴女達は最近此処にいらしたのね。以前、花椿隊でも支援物資を‥‥」
 書物でしか知りえない他儀の話をせがむ隊員達に、古株の娘が先輩らしく口を挟んで過去の活動内容に話が及んだり、娘達の話題は尽きることがない。
「‥‥はぅ」
 ありがとうと言いたくて、でも話に割り込むのは悪いような気がして。
 悶々としているルースに、話に加わらずに黙々と針を動かしていた娘が近づいて来て、そっと尋ねた。
「手が止まっているけれど‥‥わからない所があったら、教えてね?」
「あ、あの‥‥その、ここ‥‥は、その‥‥」
「この重なる部分?」
 娘は袋の入れ口になる折り返し部分に触れた。
 ルースはこくこくと頷く。折り返しを外して縫うべきなのか迷っていたらしい。
「そ、そう‥‥です。少し、わからなく‥‥て、です‥‥」
「難しく考えてしまったかな? ここはこのまま、四枚一緒に針を通して‥‥」
 萎縮させないよう、娘はルースの反応に合わせてゆっくりと説明してゆく。
 知らない場所や知らない人に緊張してしまったり、気を遣いすぎてしまう子はどんな場所にもいるものだ。
 そして――それを一番気にしているのは、きっとルース本人だから。ゆっくり行こう、ゆっくりと。

 ――やがて。
「みなさーん、お茶にしませんかー」
 一足先に手仕事を切り上げて七輪の前にいた真夢紀が、新緑桜の香り高い緑茶を入れて待っていた。

●それぞれの道
 青陽の空に遊ぶは薄紅色の――
「春は何と言っても桜、ですわよね♪」
 桜雲を思わせる青地に桜色を散らしたラヴィお手製の上生菓子は、今日この日の空のよう。
 花椿の娘達に遠慮してそわそわしている甘味好きの子に、鞠子は好物なのですと淡緑色の練切を勧めた。
「鶯というのですよ」
 ころんとした菓子の鳥の仄かな甘さが口いっぱいに広がって、ルースが満面の笑みを浮かべる。
 真夢紀が用意したのは懐かしい味。
「以前このころ持って来て好評だったので‥‥」
 白餡の苺大福と、一口で食べられる大きさに作った牡丹餅。
 時が経ち、顔触れも大分変わってしまったけれど、喜ぶ人の笑顔はいつだって同じだ。
「うん、美味いっ♪」
 みたらし団子に白大福、月餅、それから――湯呑みを片手に次々と平らげる琥珀の食べっぷりに娘達の笑顔が零れた。

 甘味と共に語るのは、これからの事。
「わしは諸国巡りかのう‥‥いつか『天儀に音羽屋あり』と謳われるほどの三味線弾きになるためになっ」
 烏水の言葉に、数多くの職を巡り多くの経験を重ねてきた柚乃が激励を込めて頷いた。
「柚乃は石鏡へ帰るのよね☆」
 謎の襟巻き改め伊邪那が水を向けると、柚乃は巫女である祖母の手伝いをするのだと話した。
「大学を卒業したら‥‥でも、ばば様のお手伝いをしながら開拓者も続けますっ」
 寂しくなると表情を曇らせた鞠子に笑顔を向ける少女の事を、しっかりした娘だと代々の巫女達に連れ添ってきた玉狐天は思う。殊に柚乃は歴代でも指折りの巫女になるに違いない。
 鞠子にチョコレートを勧めつつ、千覚は慎ましやかに告白した。
「‥‥私にも、春が来たよう‥‥なんです」
「「お相手は、烏水様でしょう!?」」
 おめでとうございますと鞠子が言うよりも早く花椿の娘達が問い詰めたもので、千覚はきょとん。烏水と顔見合わせて吹きだした。
「いいえ、いいえ‥‥」
「違うぞ、わしと千覚は謂わば‥‥義姉弟、じゃな」
 大家族の明王院家、家族が梨園に嫁したのですかと尚も妄想逞しい娘達には、烏水の新作が相応しい。
「音羽屋が語りまするは、ある王と開拓者の身分越えた恋物語‥‥琥珀、笛をくれんかの?」
 べべんと弾く弦の音に、琥珀が横笛を構えて頷いた。
 皆が二人の弾き語りに聞き惚れている間に、千覚は鞠子へ打ち明ける。
 あまたの佳人が集まる石鏡王の見合いの席で、王の緊張を解す手伝いになれたらと思って席に臨んだ事。
 優しい人だと聞いてはいたし関心があったのも確かだけれど、自身が見初められるとは思っていなかった事。
「最初はお手伝いになれたら位の気持ちでお会いしたのに、私もお人柄に惹かれて‥‥」
 幸せに頬染めて何時になく饒舌な千覚を、我が事のように嬉しげに見つめ、鞠子はいつまでも耳を傾けていた。

「雪夜の色違いだからさくさく編めちゃったわ♪」
 そう桜が鞠子に手渡したのは白蓮ぐるみ。
 春生まれの鞠子にと、ラヴィは桜花の栞と精霊の加護を受けた桜枝をふた枝。
「絢子さまとご一緒にお楽しみくださいませね♪」
 その心遣いが嬉しくて、心が温かくなる。

 目付役の老爺が折詰の寿司を摘みつつ若者達を見守る中。冬を越え春を迎えた彼らに――精霊の加護のあらん事を。