年忘れヤミ鍋三昧
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/05 14:27



■オープニング本文

 寒い季節は鍋が一番。カラダもココロもあったまる。
 それに今は年の瀬だから――ちょっとだけ、羽目を外してみませんか?

●材料は持ち寄りで
 冬本番、寒さ厳しい年の瀬の、神楽は開拓者ギルド。
 日が暮れて開拓者らもまばらになった座敷の端で、梨佳(iz0052)は昼勤の男性職員達を待っていた。
「う〜 お二人とも遅いです‥‥」
「定時に終われるのはお前くらいだ」
 落ち着かなくもぞもぞと身体を揺らす梨佳に、吾庸(iz0205)は温い番茶が入った湯呑みを差し出して言った。茶腹も一時、これでも飲んで暫し待てと諭す。
 おそらく二人は夜勤職員に申し送りなどしているのだろう。今日は残業になるような事件はないはずだから、そのうち仕事を終えて来る。
 空腹を安茶で紛らわせて、梨佳はわくわくと問うた。
「吾庸さんは、なに持って来たですか?」
「それを言っては面白くないだろう」
 吾庸の仏頂面が僅かに緩んだような気がする。そうですねと梨佳は自分が用意した包みをそっと抱きかかえて笑顔を見せた。

 この日、梨佳達は忘年会を計画していた。
 主催は彼女らが待っている男性職員二人組、日頃ギルドで梨佳の面倒を見ている哲慈と聡志だ。彼らが会場や鍋を提供し、参加者らがそれぞれ材料を持ち寄っての、ささやかな宴である。
 会場は哲慈が借りている長屋――通称・独身長屋。
 独り身の男達が就寝の為だけに借りている生活感の薄い長屋は、夏に開拓者らが哲慈の部屋を大掃除して以降は小ざっぱりとした状態を保っている。潔癖気味な聡志が時折長屋に出向いては哲慈の世話を焼いたりするので、かつての汚部屋振りが嘘のようだ。
 最初は、そんな哲慈の部屋で鍋をする計画だったのだが、長屋の住人達が参加を条件に各々の部屋や鍋などを貸してくれたので、結果長屋ぐるみで忘年会を行う事となった。そして思いのほか広い会場を確保できた梨佳達は、開拓者達にも広く声を掛けて大勢で楽しむ事にしたのだ。
「皆さん、迷わずに行ってるですかね〜?」
 偶々ギルドに用があった吾庸は梨佳と待っているが、他の開拓者達は直接長屋へ向かっているはずだ。まあ迷う事はあるまいと吾庸は鷹揚に言って瞼を閉じた。

●人はそれを闇鍋と呼ぶ
 梨佳が番茶を二杯と饅頭を三つ食べ終えた頃、漸く職員達が帰り支度で現れた。
「随分と待ちくたびれた顔してるなァ」
「だって、待ちましたもん」
 哲慈の苦笑に梨佳は頬を膨らます。包みの口を結び直す梨佳に視線を向けた聡志は目を逸らして独りごちた。
「さて‥‥食べられる鍋にあり付けるのでしょうか‥‥」

 忘年会の参加者は、参加費の代わりに鍋の具材を持ち寄る事になっている。
 具材は『食べられるもの』、食料と認められるものであれば持ち込みは何でも良い。
 だから少なくとも鍋から足袋が引き上げられるような惨事は起こらないのだが――それでも味の不安は残る。

「持ち込み、減っちゃったですよ〜」
 包みを抱えて立ち上がった梨佳の気配で、吾庸が目を覚ました。


■参加者一覧
/ 崔(ia0015) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / エルディン・バウアー(ib0066) / 御陰 桜(ib0271) / マティア(ib5443) / 神座真紀(ib6579) / アルフィエーラ・シドゥ(ib6678) / リュシアス・エウゼン(ib6812) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / レミア・エウゼン(ic1060


■リプレイ本文

●独身長屋で囲む鍋
 会場を聞いて、幾人かの開拓者は視線を泳がせた。
(ああ、会場あの長屋なんですのね‥‥)
(つぅか会場、あの長屋かよ!)
 同じ事を思った二人は本能的に、一番まともそうな連中が集う鍋を選んだ――が、その前に。
「‥‥いいか? 万が一の命綱だと思って隠しとけ」
「?」
 こっそり梨佳に神楽之茶屋のみたらし団子を握らせる崔(ia0015)。
 まだまだ幼い梨佳には、世間の混沌など味わわせるのは酷というもの。口直しに取っておけと持たせ、下拵えなど始めている礼野 真夢紀(ia1144)のいる聡志達の鍋に合流する。
「みたらし団子‥‥甘じょっぱいお鍋になって、美味しいと思うですよ‥‥?」
 嗚呼、幸いにも、気遣う崔の耳には荷から兎月庵の白大福を取り出した梨佳の呟きは届いていなかった――
 一方、真夢紀は極辛純米酒で肉の臭みを消している。本格的だ。板前も真っ青な完璧な下準備である――が、これは闇鍋。
(なんか食べれなくなる人多そう‥‥)
 念の為、七輪に別の鍋を掛けておこうか‥‥そんな事を考える視線の先には、既に肉の臭みなんて気にしてはいけない世界が展開され始めていた。

「お鍋とか、ひさびさなの!」
 きゃぴっとはしゃぐエルレーン(ib7455)が超自信満々に取り出したのは、猫族秘伝の糠秋刀魚。
「えへっ、とっときのをもってきたんだよっ☆」
「おや、貴女も? やはり闇鍋には糠秋刀魚ですよねー」
「せやなー 肉や野菜はもう入っとるし、入れるんやったら魚やんかー」
 和気藹々と強烈な臭いを発する糠秋刀魚を取り出すエルディン・バウアー(ib0066)。哲慈の鍋では、神座真紀(ib6579)が軽く糠を取っただけの秋刀魚をぶつ切りにし始めている。
「みんな、骨なんか気にせぇへんやろ?」
 大胆に切っただけ、頭も尻尾もそのまま鍋に投下した。途端に糠臭い湯気が上がるが、誰も咎めやしない。
「わあ、皆さん豪気ですね〜♪」
 そう言って、秋霜夜(ia0979)は司空家の糠秋刀魚を二尾、切らずにどぼん。
 糠秋刀魚は泰国の保存食であり、家庭によって味に違いがある。ちなみに司空家の糠秋刀魚は唐辛子を強めに仕込んである。
「唐辛子も切らない方が辛味が出ませんしー」
 既にそういう次元ではなかった。
 次々と投下される発酵食品、糠秋刀魚――占めて三十二尾分。その臭いたるや、他の鍋を圧倒している!
 いやそれ鍋に入れるもんじゃないだろ普通に焼けよと突っ込む奴は、その鍋を囲む者の中には居やしなかった。何せ一人を除き全員が糠秋刀魚を持参していたのである。
 その唯一の例外、一人だけ糠秋刀魚を持って来ていなかったラグナ・グラウシード(ib8459)が、甘酒に口を付けながら珍しくまともな異論を挟む。
「貴様ら、糠秋刀魚は焼けよ!」
「なによぉ、馬鹿ラグナ! 煮たらおいしいかもしれないじゃないっ!!」
 甘露梅酒でほろ酔い加減のエルレーンが、馬鹿馬鹿と兄弟子を詰る。エルディン提供の酒類が、鍋を囲む一同の思考を鈍らせ始めていた。
 一人素面のラグナは、空気を読まん奴らだと言いたげに、背に負ったうさぬいのうさみたんに話しかける。
「なぁにがとっときだ。ねー、うさみたんっ」
 ぼっちごはんが寂しいと鍋に参加した割に、存在自体が寂しい男であった。
「秘伝が何だ、とっときとはこういう物を言うのだ! せっかくなので、高級品を持って来た!!」
 どうだ見ろ見ろとおもむろに重箱の蓋を開ける――やいなや、瞬く間に酔漢らの餌食になった!
「ああ、こいつは軽くしゃぶしゃぶするだけで充分だ」
「蓋を開けてから数秒で痛むと言うしな!」
「食え! 早いこと食っちまえ!!」
「ま、待て貴様ら!」 
「わ、私の‥‥うな、重、が‥‥」
「ありゃ‥‥ラグナさん、あたしの干飯でよければ、あとでお雑炊にしましょうねー」
 一口も食べられずに、お重の中は空っぽ。霜夜に慰められる修羅の騎士であった。

 一方、事前に口直しを貰った梨佳の鍋では――
(不安だ‥‥)
 末の妹が持っているのは、どう見てもクリスマスプディングにしか見えなかった。
 リュシアス・エウゼン(ib6812)の、葡萄酒を持つ手に力が入る。長兄の不安などつゆも知らず、レミア・エウゼン(ic1060)はクリスマスプディングを四等分に切り分ける。
「どんな味になるかしら!」
 年頃の娘のご多聞に漏れず、レミアもまた甘い物が好物だ。好きな物を鍋に入れる、ある意味間違ってない。それにクリスマスプディングは年末に供される事が多い、宴の甘味でもある――が、果たして鍋に入れるのは有りなのか。
 リュシアスの煩悶は、隠し味にチョコレートを仕込んでいたマティア(ib5443)に救われた。
「あら素敵。でもそれは煮崩れしちゃうかもしれないわねー」
 菱餅と一緒に鍋の一番上がいいわねと、四分の一だけ取り分けたプディングを受け取って、マティアは白大福を入れようとした梨佳にもフォローを入れる。
「お大福、焼き目を付けた方が香ばしくて美味しいわよ☆」
「やや、そうですねっ♪」
 梨佳は素直に七輪の上に網を載せて焼き目を付け始めた。表面を焼き固める事で、中の餡は多少流出しにくくなるに違いない。
「お味噌味に、お米の甘味ー♪」
 大きな被害は避けられたが、味付けは着々と進んでいる。アルフィエーラ・シドゥ(ib6678)が芋幹縄と甘酒を鍋に入れた。昆布出汁の透明な汁が、味噌の色に侵食されてゆく。
「エレ、意外に食材を冒険してるわね‥‥私も人の事言えないか」
 レミアが笑うとアルフィエーラも無邪気な笑顔を返した。
「お味噌には葱よネ。普段控えてるから嬉しいわ♪」
 わんこの健康最優先、葱類は食べさせられないからと話しつつ、御陰 桜(ib0271)が長葱を適度な長さに切っている。鍋に浮かんだ白いふわふわは司空家の叉焼包、彩りよく長葱を汁に沈めて大判鍋蓋煎餅を手に問うた。
「蓋するわよ〜」
「あ、待ってください!」
 慌ててレミアが節分豆を鍋に散らして、投入は一旦終了。意外と纏まった寄せ鍋になっている――かもしれない。

「お、被っちまったか」
 そんな事を言いながら、聡志達の鍋も崔が大判鍋蓋煎餅で蓋をする。
 こちらの鍋の中は、月見団子が六十個ほど浮かんだ、ごく一般的な寄せ鍋だ。
「ま、食い物で遊んじゃイカンからな」
 男やもめな養父にみっちり刷り込まれた食物を大切にする心は、崔にもしっかり息づいている。
 そしてひたすら美味しいものに仕立てる為に闇鍋らしからぬ寄せ鍋の具を持ち込んだ真夢紀。彼女は今、鍋に入った寄せ鍋らしからぬ具材を入れた男に恨めしげな視線を投げかけていた。
「吾庸さんがそんな人だとは思いませんでした‥‥」
「闇鍋だろう? 味に影響しにくい食材を選んだつもりだが」
 小さなかぼちゃの種、普通のかぼちゃの種、大きなかぼちゃの種。それから木の実詰め合わせ。味に影響を及ぼすのは、直火焼裂きイカくらいなものだと愛想無しの男が珍しく笑みを浮かべる。
 とりあえず――聡志と長屋の良心達は、普通の鍋にありつけそうだ。

●三鍋三様
 哲慈と酔漢達の鍋は混沌を極めていた。

 鍋の蓋から糠色の泡が溢れ出ている。
 ぐつぐつと沸騰した鍋の蓋を開け、強烈な臭気をものともせずに平然とおたまを入れた真紀は、糠込みで灰汁を取り除きながら極辛純米酒の栓を抜いた。そのまま呑みたそうな長屋の男共をいなしつつ、鍋の中に隙間を作る。
「そろそろ葉物入れてもええで」
「そうですか? では‥‥」
 輝く聖職者スマイルを浮かべてエルディンは白い布状のモノを――
「ちょい待ち! それは葉物ちゃうやろ!」
「あれ? ややや、これはまだ新品ですから大丈夫!」
「エルディンせんせ、なんて事を‥‥!」
 神父様、それはぱんつです。
 娘達が慌てて制止するも、既に出来上がっていた独身男共は実に寛容だった。哲慈が白いそれを指でつまみあげる。
「いいんじゃねェか? 持って来たヤツが食えば」
 言うなり、鍋に放り込んだ!
 ああっと顔を覆う霜夜。やおら荷から極辛純米酒を取り出すと、一本まるごと注ぎ込んだ!
「毒消しっ!!」
 熱で気化した強烈な酒精と糠臭さが入り混じる。目が、目が痛い。
 湯気から顔をそむけて、真紀が釘を刺した。
「‥‥ま、まあ、布やし、灰汁取りにはなりそうやけど‥‥エルディンさん、責任持って食べてや?」
 ぎくっ。
 へびのぬいぐるみを掴んでいたエルディンが一瞬固まる。
「あは、ははは。蛇捕まえたから入れようと思ったのですが、なんの手違いかぬいぐるみが!」
 一旦へびぬいを膝に置き、つつましげに梅干と沢庵を糠の香り漂う秋刀魚が浮かぶ鍋に並べる。紅白の彩りが美しい――というのはともかく確かに梅干も沢庵も原料は植物だけれど、これも葉物とは言わない。
「へびぬい? じゃあ、うさぬいもオッケーよね! よこしなさいよ馬鹿ラグナ!」」
「なにをする、やめんかこの貧乳女!」
 地味なボケが進行しているその後方で、うさみたんを巡るエルレーンとラグナの醜い争いが勃発している。やんやと騒ぎ立てる酔漢共の隙を突いて、エルディンはどんどん鍋に具材を投入していった。
「ああ‥‥そのままで食べたかったです〜」
 鍋の中央に咲いた、リンゴのタルトの花は高級チョコレートの香りと共に、一瞬で糠の沼に沈んだ。
 涙目で嘆く霜夜の声に、真紀が菱餅を抱え込む。締めの瞬間まで、この菱餅は死守しなければ!
「大丈夫、胃に入ってしまえば全て一緒です」
 聖職者スマイルで爽やかにのたまうエルディン。ぱんつだへびぬいだを鍋にしようとした人間が、どの口で言うか。
「ですが、そんなに心配なら‥‥これで心配ありませんよ」
 まだあるんですか神父様。
 エルディンははおもむろに竹筒の中身を鍋に注いだ。
「石鏡神宮の聖符水です。ご利益ありますよ、元気になりそうですよ? そしてこちらは東房の‥‥」
 懐紙を開いて丸薬をぱらぱら。東房のというと梵露丸か!
 嗚呼、折角浮いた糠を灰汁と一緒に掬い取ったというのに――!
「‥‥ほな、味、調えよか」
 真紀の声が少々凄みを増していた。
 糠色していた鍋汁は今や形容しがたい色と粘度を伴って、ぼこんぼこんと大きな泡を立てている。沸騰を続けている呪いの鍋へ、真紀は持っていた極辛純米酒を残らず入れた。瞬間、温度が下がった鍋の中が落ち着く。
「うん、これでええ。食べてみてや♪」
 火を止めて。にこーっと真紀は作り笑いを浮かべた。

 次々と配られていく糠秋刀魚鍋の椀。はみ出た一尾まるごとの秋刀魚が迫力満点だ。三十二尾もの糠秋刀魚が入った鍋だから、ノルマはどう見積もっても一人一尾以上になる。
「わぁ、秋刀魚さんお目々どこー?」
 恨めしげに椀から顔を出している秋刀魚に話し掛けるエルレーンだが、一口食べて悶絶。
 エルレーンの反応を冷笑したラグナも意を決して、雑炊に箸を付ける。
「う‥‥うな重の方が、良かった‥‥」
 それだけを言い残して撃沈。
 勇者達が次々と脱落する中、エルディンはどこまでも爽やかだった。
「やあ、私は皆さんが美味しく食べるのを見ているだけでお腹いっぱいです」
 輝く聖職者スマイルで逃げおおせようとするが、そうは皆が許さない。
「はい、せんせ専用です!」
 霜夜がどんと差し出した丼鉢からは、顔がふたつ覗いていた。ひとつは皆のノルマ糠秋刀魚、もうひとつはじっとりと糠汁を吸い込んだへびぬいだ。葉物ことぱんつも灰汁と糠が染み付いた使い古しの色になって入っている。
「エルディンさん、葉物、ちゃんと食べてや?」
 有無を言わせぬ真紀の迫力に恐る恐る口へ持って行ったエルディンは、ぱんつを咥えたまま昇天した。
 酒の力で流し込む哲慈達はともかく、次々と意識を手放す開拓者らを見てしまった真紀と霜夜の心境といえば、いまや落城寸前の城で毒喰らう心地である。
「作った以上、あたしも食べんと‥‥な」
「あぅ、湯気が目に沁みるのは、魔の森以来かしら‥‥」
 二人は向かい合い、意を決して同時に椀を煽り――意識を手放した。
 なお、真紀が締めにと取っていた菱餅は、長屋の男達が締めに使ったとの事である。

 *

 一方、少々仕上がりに不安が漂った味噌仕立ての寄せ鍋。
 和やかに箸を進めている辺り、どうやら食べられる闇鍋になったようである。

 こちらの世話役はマティアのようで、甲斐甲斐しく給仕をしている。
「エレちゃん、レミアちゃん、はいどうぞ☆」
「わーい、マティアさんありがとうございますですー♪」
 無邪気に喜んだアルフィエーラが真っ白な狼耳をぴこぴこ揺らす。リュシアスが優しくアルフィエーラの頭と尻尾を撫でた。
「エレ、楽しいのは分かるが‥‥あまりはしゃぐんじゃないぞ?」
 幼い娘を気遣う親心だ。
 兄と幼馴染の様子に微笑み、レミアはマティアに言った。
「ありがとう、マティアさん。じゃあ、私がマティアさんの分をよそうね」
 そう言っておたまを握る。マティアの分とリュシアスの分、二つの椀に温かい具を入れた。酒の席の注しつ注されつではないけれど、何とも和気藹々とした雰囲気だ。
 ありがとねぇと椀を受け取り、マティアはぽけっと彼を見つめていた梨佳に声を掛けた。
「梨佳ちゃんもおかわりいかが?」
「あ、はい! ありがとです!」
 華やかな容姿にオネェな口調が相まって、何だか気さくなお姉さんのように錯覚してしまいそう。だけど、レミアからおたまを受け取って、梨佳に何でもいいかしらとにこやかに尋ねて給仕してくれるマティアの骨格は男性そのものだ。
「どうかした?」
 梨佳はふるふると首を振り、笑顔で椀を受け取った。さばけた性格も面倒見の良さも、彼という人間の資質。
 そして梨佳はまだ知らないが、マティアの精神は女寄りではなく、ごく一般的な成人男性のものである。
「さて、レミア‥‥頂きましょう☆」
「よし、食べようか★」
 幼馴染と一緒に「いただきます」と言うアルフィエーラを見つめるマティアの視線が優しい。そんな麗人の柔らかい表情を養父が凝視していた。
「リュシアス、何よ?」
「マティア‥‥エレはまだ‥‥嫁にやらんぞ」
 腹の中から搾り出すようなリュシアスの怨嗟の声に、マティアは焦ってアルフィエーラに視線を飛ばす。
「良かった、意外と美味しいね!」
「甘酒のお米が溶けてるですし‥‥アクセントに掛けてみましょう♪」
 椀の中へ、希儀産オリーブオイルを回しかけると意外なコクが出て、これはこれで美味しい。鍋に入れるのはどうかしらなどと話している少女達が、彼らの話を聞いている様子はなかった。
 戦友ではあるが、嫁にやるかは別問題。
 アルフィエーラ大事のリュシアスに肩ぽむし、マティアはそっぽを向いて。
「‥‥今は、まだ‥‥このままで良いんだから」
 小声で呟いた。

 ほどよく出汁を吸い込んだ叉焼包と大判鍋蓋煎餅の欠片、口に含むとじわりと旨みが口内に広がる。
「おいしいです〜♪」
 梨佳は満足の声を上げた。ほんのり出汁の沁みた甘じょっぱさが特にいい。
 ご機嫌で箸を進める梨佳に、桜は野菜も取ってやる。
「これなら野菜も大丈夫よ♪ ヤバイ時はコレ使うつもりだったけど♪」
「カレー粉、です?」
「風味の強いかれ〜味にシちゃえば結構食べられるのよ♪」
 なるほど。尤も、カレー風味の鍋に入った白大福がどんな味になったかは、考えない方が良さそうだが。
 焼き目の入った白大福は、何処かの氏族が正月に食す餡餅入りの雑煮のようで美味しかったし、四分の一カット入ったクリスマスプディングも、そう大きな影響を与えてはいない。
「コレならいくらでも食べられるわね〜」
「ですねー♪」
 梨佳は既にはちきれそうなお腹をしながら食べている。明日の目方が心配だ。
 それに引き換え、桜の様子は一向に変わる気配がなかった。煮溶けかけた菱餅は、一体そのメリハリボディの何処に入ってゆくのか。
 カキ氷や汁粉の大食い大会優勝記録を持つ美女は、羨ましげに見つめる梨佳に「別に大食らいじゃないわよ」と言い添える。
「美味しいです♪」
「ふふ、皆で食事するのは楽しいわね☆」
 美味と言い切るアルフィエーラにマティアが微笑んで応えると、当然心穏やかでない男がいる訳で――
「リュシィ、どうしたのですか? 何だか難しい顔ですよ‥‥?」
 アルフィエーラが顔を覗き込んで言ったもので、リュシアスは視線を泳がせる。そんな兄から椀を受け取り、レミアは程よく煮えた節分豆を選って入れた。
「兄さん、豆料理が好きだから」
「‥‥! ‥‥ああ、冷めない内に食べよう‥‥こ、これは‥‥!」
 勿論いつもの豆料理とは違ったけれど、偶にはこんな味も悪くない。

「そろそろ締めにしましょ♪」
 そう言って、桜は雑炊を作ろうと干飯を取り出した。
 桜の荷から小さな竹筒が転がり出たのを拾って、ちょっと考えた梨佳はその中身も鍋に入れる。符水は何事もないかのように干飯に吸い込まれていった。
「デザートもありますよ★」
 プディングを残していたレミアが切り分け始める。なお、幸いにも雑炊の味に符水の影響はなかったようだ。

 *

 最後に、聡志と長屋の良心達が守る月見団子鍋について触れておこう。
 崔が、くたくたに柔らかくなった大判鍋蓋煎餅を菜箸でそっと崩すと、正統派の寄せ鍋が顔を覗かせた。
「良かった‥‥私達は食べられる鍋にあり付けましたね‥‥」
 白菜に葱、エノキとシメジに金時人参、豚肉牛肉鶏肉と葛きり、そしてうどんと卵。真夢紀が持ち込んだのは完全に寄せ鍋の材料だったけれど、冒険したくない男達には好評のようだ。
 心底安堵した様子の聡志に、崔は団子が二三個入った寄せ鍋の椀を差し出した。
「どうだ? 割と馴染んでんじゃね?」
 聡志も長屋の良心達も、満足げに頷いて食べている。ふやけた煎餅には木の実や南瓜の種が絡んできて、一緒に食べると食感が面白い。普通の寄せ鍋のようでいて、崔や吾庸が投下した手持ち食材が上手く生きていた。
「これなら親父にも顔向けできるわ」
 遊び心ある寄せ鍋の出来に崔も一安心。黙々と食す吾庸も満足そう、だったのだが――

「お前ェらだけ美味いもん食うたァ許せねェ!」

 ――乱入した酔漢共と奪い合う一幕もあったとか、なかったとか。