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■オープニング本文 もふらさま。天儀に於いて神の御使いとされる生物。 食いしん坊でなまけもの、だけどちょっぴりおまぬけさん。 今日も今日とて、もふら牧場では、もふもふもふもふやかましい―― ●もふら牧場と秋の実り その日、開拓者達は神楽郊外にあるもふら牧場を訪れていた。 このもふら牧場は街に近い場所ながら手軽に自然を楽しめる場所だ。もふらさま達のために用意された広い敷地は開放感たっぷりで、相棒を連れて思う存分体を動かすのにも良い。懐っこいもふらさまとの触れ合いが疲れた心を癒してくれたりもする。 「お休み、のんびりしませんかー?」 ギルド職員見習いの梨佳(iz0052)が行くというので、幾人かの開拓者が同道したのだった。 これと言って目的などない。ただのんびりするだけの休日――厳しい戦いの合間の、束の間の休息という訳だ。 さて、そんな訳で開拓者達はもふら牧場にいた。 相棒と宛てなく空を翔る者、もふらさまの海にダイブする者、弁当持ってピクニックと洒落込みもふらさまに襲撃される者――皆、思い思いに休日を楽しんでいる。 少し離れて牧場のはずれでは小川で釣りを楽しむ者もいた。秋も深まり泳ぐには不向きだが、ぼんやり糸を垂れれば魚なり哲学なりの釣果が得られるのやもしれぬ。小川を境に里山は紅葉を始めており、山は秋の実りを湛えているかのようだ。 釣り糸を垂れていた吾庸(iz0205)が、もふらさま達の世話をしている少年に何気なく問うた。 「あの山は牧場の敷地になるのか?」 「うん。俺達は時々あいつらの餌を集めに行くよ」 もふらさまは雑食性かつ食いしん坊、山で採れる木の実などの植物も重要な飼料の内なのだと少年――ヒデは言い、遠く下流にある柵を指差した。流れに寄せられた枯葉が柵に絡みついている。 「時々、あそこにもふらさまが引っかかってるんだ」 「?」 白もふらの七々夜を抱えて岸辺を散策していた梨佳が『もふらさま』の言葉に反応して、柵とヒデ達を交互に眺めた。黙って糸が引くのを待っている吾庸の邪魔にならぬよう、忍び足で近づいてきてヒデに尋ねる。 「七々夜みたいな子、またいたですか?」 「なー?」 梨佳が世話をしている白もふらの七々夜は、この小川の上流から流れてきた子だ。てっきりそういう話だと思って尋ねてみると、違うんだとヒデは言う。 「違うって。偶に食い放題目当てで山を目指す奴がいるんだ‥‥で、川越えに失敗して流されて、あそこに引っかかってる」 食い意地と根性で牧場の敷居を越えたもふらさまでも水とは相性が悪い。水底に脚が付かず、もふ毛で浮いてしまって、川の流れに逆らえずに川下に流される。溺れはしないものの泳げもしないので、川下に柵を仕掛けておくと時折脱走もふらが掛かっているのだとか。 水面に視線を向けたまま吾庸が言った。 「それで橋が架かっていないのか‥‥しかしヒデ達も不便だろう。冬場は水も冷たいだろうに」 「ああ、俺達は上流にある橋を渡ってるからさ、平気。けど橋は、あいつらにはナイショなんだ」 尤も、見つけても覚えているかわからないけれど、と世話係の少年は笑った。 山で食べ放題。 もふらさまは一体何を食べるのだろうと梨佳がヒデに尋ねてみると、少年はあっけらかんと答えた。 「何でも食べるぜ? 下草だろ、茸だろ、それからどんぐり‥‥ってか、梨佳は七々夜に何を食べさせてるんだ?」 「えーっと、大福?」 「「‥‥‥‥」」 ヒデと吾庸の視線が痛かった。 こほんと咳払いして、梨佳は話題を変えようと背伸びした話を始める。 「えと、あー‥‥懐かしいですね〜 子供の頃、どんぐりで独楽作って遊んだですよ。どんぐりって食べられるんですね〜」 まだまだ子供の域を出ない少女は精一杯大人振ってみせて、却って己の無知を露呈する。 そしてその話題に食いついたのは―― 「食えるぞ? 食ってみるか?」 少年の方ではなく大人の、山育ちの獣人の方であった。 暫しのち。 「ねえ皆さーん、どんぐり食べてみたくないですか〜?」 梨佳が山へ行きましょうと誘っていた。彼女の後ろではボウスで釣りを切り上げた吾庸が小桶を提げて仏頂面をしていたが、これが彼の素の顔なのは皆知っていたから気にする必要はあるまい。 「どんぐりって食べられるのか?」 「もふらさまの餌じゃなくて?」 「あ、懐かしい。俺田舎で食った事ある!」 怪訝な者、懐かしむ者、反応は様々だ。 興味津々寄って来る開拓者達に混じって、もふらさま達は食べる気満々。 「「どんぐりもふ!」」 「「「おいしいもふ!!!」」」 今すぐそこにあるかのように寄って来たもふらさま達を優しくいなして、もふら放牧地のはずれに移動する。 そっともふらさまを敷地内に残して外へ出ると、梨佳は敷居の門を閉めた。 「たーっくさん拾って来るですから、待っててくださいね〜」 |
■参加者一覧 / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 大蔵南洋(ia1246) / からす(ia6525) / 亘 夕凪(ia8154) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / リア・コーンウォール(ib2667) / 桂杏(ib4111) / 神座真紀(ib6579) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ルース・エリコット(ic0005) / シンディア・エリコット(ic1045) |
■リプレイ本文 ●森へ行こう ――どんぐりを、食す。 それは多くの開拓者にとって意外な事だったようで。 「どんぐり‥‥って、食べられたのかい、あれ?」 もふらの海のど真ん中、もふり倒してご満悦の亘 夕凪(ia8154)が、もふ毛の間から黒髪をひょっこり出して梨佳に問うた。 「たべれるもふ」 「おいしいもふ」 「たべたいもふ」 梨佳の代わりに周囲のもふらさま達が返してくれた――いや、尋ねたいのは人間にも食えるかなのだが。 もふもふもふもふ、機嫌よくもふらさまに顔を埋めて、夕凪は桂杏(ib4111)に尋ねた。 「そういう事なら、嬢が詳しいかね」 「ええ、山での生活の事なら‥‥」 農場生活が長い桂杏は自信ありげに返し――途中で口ごもる。 え? どんぐり? アクの強さの見分け方や調理法は教わっていなかった。だけど開拓者として兄や夕凪に及ばない分、ここでは頼りになる所を見せておきたい。 (う〜ん‥‥) 変化の見えぬ表情の下、桂杏が作戦(?)を練っていると、遠くもふ毛の向こうから「食べられますよ〜」と遅れた梨佳の返事と一緒に、提灯南瓜がもふらの海を越えて来て言った。 「どんぐりはどんぐりでもマテバシイを持ってくるヨ。クヌギの実は渋いネ。渋いの好きなら止めんアル」 キャラメリゼがやって来た方を見遣れば、からす(ia6525)が頷いている。 なるほど、マテバシイ。経験から木の見分けは出来る、はず。 「ええ、任せてください!」 頼もしく夕凪に頷いた桂杏は、兄を呼びに行った。 牧場に幾人かともふらさま達を残し、山に入った一同を待っていたのは秋の香りだった。 「秋のお山の、枯葉の香ばしいような匂い‥‥好きです♪」 秋霜夜(ia0979)が、くんと鼻を動かした。並び横では、又鬼犬の霞が落ち葉の感触を楽しんでいる。常であれば足音も立てぬ霞だが、偶には忍を忘れて乾いた音を立ててみるのも悪くない。 ――と、落ち葉の絨毯に忍犬がダイブした。 「あんっ♪」 「なー♪」 同行の忍犬達の中では最も若い雪夜だ。まだまだ仔犬の無邪気さを残して落ち葉と戯れている。負けじと七々夜が落ち葉の中に突っ込んだ。 「ありゃりゃ‥‥落ち葉の中でかくれんぼできそうですね〜」 もぐらの道よろしく落ち葉の中をもぞもぞ動く七々夜の足取りを目で追いながら、梨佳が言った。分厚く積もったふかふかの枯葉の絨毯、ちっこい七々夜くらいなら潜り込んで息をひそめれば見つけるのがたいへんそうだ。 「臭いを探る訓練にもなりますね」 「も〜、桃ったら真面目ねぇ」 さっきまで七々夜を抱っこしてもふっていた御陰 桜(ib0271)が屈みこむ。闘鬼犬の桃の探索訓練に付き合って、腕に残った匂いを覚えさせる。これなら山で遭難する心配もなさそうだ。 「ふふ。みんな楽しそうです♪」 霜夜は笑って屈みこみ、樹の根元に生えていた茸を摘んだ。既に籠の中は茸で一杯だ。 「キノコ汁食べたい‥‥」 湯気立つ鍋を脳裏に浮かべ山育ちの獣人の姿を探していると、視線の先ではルース・エリコット(ic0005)が、ちまちまぱたぱたしていた。 「ふ、ふわぁ‥‥ぁ!」 小さなルースに衝撃が走る。感動を伝えようとルースは必死で身振り手振り。 山――森。大地の塊の上に植物が根付き、動物が棲息している場所。砂丘や岩山の風景を故郷として育った彼女には、牧場の緑も、日に日に色付く山の木々も、見るもの全てが珍しいのだ。 「こ、あの‥‥こ‥‥こ!」 目を見開いて驚きの表情のままぷるぷるしている妹に、シンディア・エリコット(ic1045)が手を伸ばす。笑顔でルースの頭を優しく撫でた。 「うふふ♪ 疲れちゃうわよ?」 落ち着かせようと撫でてはいるがシンディアも砂の世界で育った娘。妹の気持ちはよく解る。 余裕ありげに微笑みを浮かべ、見渡した周囲は一面の木々――生命に溢れている。 (凄いわ。百聞はなんとやら、ね。ルースちゃんじゃなくても感動するわね‥‥) じわりと潤んだ目頭を、誰にも気付かれぬよう、そっと拭う。 「‥‥はぅ‥‥シン、姉さま‥‥」 姉の手が暖かくて優しくて。 だんだんと落ち着きを取り戻したルースが姉を見上げた時には、既にシンディアはいつもの笑顔。 「落ち着いた?」 「‥‥はい、です」 こくり頷き、おっかなびっくり足元の木の実を拾う。 「‥‥実♪」 「どんぐりね」 「‥‥これ、が‥‥どんぐり♪」 初めて触れた山の実は、固く小さく艶やかに丸みを帯びていて、何だか茶色い宝石のよう。 てのひらの上で転がすほどに愛おしさが増してくるような――いつまでも見飽きなくて、じっと眺めている。そんな寄り道もまた、楽しい。 「礫にして遊んだわねぇ‥‥」 懐かしいわねと捜索完了した七々夜を抱っこして桜が言った。里での不作時に非常食として食べた経験もあるが、思い出に残るのは遊びの記憶。 「非常食です?」 「なー?」 首を傾げた梨佳に併せて鳴いた七々夜をもふもふしつつ、桜はやや細長いどんぐりをいくつか拾った。 「子供の頃に聞いた話だと、シイ類は比較的渋みが少ないはずよ」 こういうのね、と掌に乗せて皆に見せてから、桃が提げているごはん籠に放り込む。代わりに籠から芋を取り出した。 「だけど、わんこのお腹にはこっちのがイイわよね♪」 牧場に戻ったら焼き芋にしましょと桜は桃に笑顔を向けた。 (どんぐりの食べ方を知らぬ者も少ないようだったが‥‥) 良い割合で経験者が混ざっている。この分だと山の掟を教え示す心配もなさそうだ。 山の幸は生きとし生けるものの共有物、それを犯す事を懸念していた明王院 浄炎(ib0347)の表情が僅かに和らいだのを、妻は敏感に読み取っていた。 「浄炎さん」 夫の腕を取って微笑む。そんな妻の様子は初々しく、どこか華やいで見える。 「ああ」 言葉少なに応える夫に、明王院 未楡(ib0349)は心浮き立つ思いでいた。 (何だか、恋人同士のような‥‥) おとなげないかしらと、はにかむさまも若々しい。 長年連れ添った夫婦であれ、デートは心弾むもの。夫のがっしりした腕に白い腕を絡ませれば、いつだってあの頃のときめきを思い出せる。 「必要なだけ採ったどんぐりは、子供らが好む焼き菓子などにしてやれ」 「はい」 従順に頷き、未楡は浄炎の腕に抱きついた。 仲睦まじい夫婦の側では姉妹のようなオートマトンと開拓者の姿が。胸元のリボンが愛らしいオーバーコートを着せ付けられたしらさぎが、小さな姉の袖を引いて聞く。 「どんぐりたべられるって、マユキいってた」 「うん、アク抜きしたらね」 礼野 真夢紀(ia1144)の返事に、しらさぎはこてりと首を傾げる。アク、空く、悪? アクとは一体何だろう。 しらさぎの疑問は未楡が解決してくれた。 「どんぐりから渋みやえぐみを抜いて、食べやすくするのですよ」 頷く真夢紀と浄炎の顔を見比べ、食べる方法があるのだと識るしらさぎ。でもまだ具体的には解らない。 「たべられるようにしたら、たべられる?」 くて、と首を傾げて問うた。 そうそう、と小さな子の疑問に答えるように丁寧に返す未楡。 「そのままでは食べにくいので、アク抜きをするのですよ」 「同じアク抜きするなら個人的には栃の実の方が好きだな‥‥栗もありそうですよね」 あ、それは知ってる。真夢紀が餅やおこわを作ってくれた木の実だ。でも―― 「どんぐりもたべてみたい‥‥」 調理談義に花咲かせていた二人は、好奇心旺盛なしらさぎの呟きで我に返って吹き出した。くすくす笑いながら小さな姉は言った。 「はいはい、じゃあ拾いに行きましょうか」 「兄様、夕凪さんこっちです!」 先導する桂杏が頼もしい。さすが我が妹よと褒めそやしたい気持ちをぐっと堪え、大蔵南洋(ia1246)は慌てて取り繕った。 「ふむ、あれは山の生活については先達であったな」 いかんいかん、家長の威厳を保たねば。 溢れ出そうな妹愛を悪人顔で押し隠す素直でない兄に、夕凪はごく自然に大きな籠を持たせた。 「働いとくれな、家主殿?」 家主という響きの割に立場逆転の感があるが、南洋は紳士なので男の甲斐性と黙って籠を持つ。そういう誠実な男であった。 店子の指示に従い家主は頷く。 「なるほど、もふら殿達のどんぐりを集めて参れば良いのだな」 「それもだけど。折角だし、あの子への土産にがっつり集めて行こうよ。ほら、嬢ももうあんな先へ‥‥」 山の奥へ、奥へと進んで行く桂杏の背。 桂杏はと言えば、山案内に懸命だった。先手必勝、安全策。マテバシイ以外のどんぐりはよく判らないから、どんぐりより先に見つけた振りをして、栗が落ちている方へ誘導してしまおうという作戦だ。 「沢山落ちてますよ!」 ほら――栗が! 確かに、あたり一面大きな毬が転がっている。ぱっくりと割れた隙間からは大きな実が顔を出していた。何の疑いも持たぬ兄がブーツで毬を踏み広げる。 「ほう、これは立派な」 「沢山拾って帰りましょうね!」 どうだとばかりに胸張る妹が愛らしくて溶けそうだ――が、ここは家長の威厳を示さねばと南洋は渋面で頷く。 不器用だねえと苦笑して、夕凪は桂杏の肩を抱き寄せ耳打ちした。 似たもの兄妹かもしれぬ。張り切って山案内する姿勢も、せっせと栗を拾って兄の籠に入れる勤勉さも――だから。 「戦と休養、その辺りの切り替えがちいとばかり不得手な兄上を、この際思いっきり使い倒してやんな」 ねえ、桂杏さん? その間も南洋は真面目に延々毬踏みを続けている。桂杏も夕凪も地下足袋だからブーツの己が頑張らねばと作業に集中し過ぎて、籠に栗や茸を入れているのが夕凪だけなのにも気付いていない。 そんな彼の集中は桂杏の声で遮られた。 「兄様!」 「‥‥‥‥!」 空を舞う紅葉、乾いた秋の葉の香りと女達の笑い声。 南洋が顔を上げると、腕一杯に集めた落ち葉を散らかした妹と、心中憎からぬ店子が、してやったりとばかりの満面の笑顔で己を見ていた。 「ねえ家主殿、綺麗だろ?」 「兄様、豆鉄砲食らった鳩のようです」 子供のような他愛ない悪戯に自然と笑みがこみ上げてくる。笑いを押し隠した何とも言えない悪人顔を枝の紅葉へと向けて、南洋は呟いた。 「ああ‥‥綺麗だな」 して、桂杏―― 美味そうな栗が集まったのは良いが、肝心のドングリが見当たらぬようだが? それは心配ない。どんぐりならあちこちで沢山集まっている。 「どんぐり集めて久々やわぁ〜♪ お土産にしよ♪」 もふらさまの分だけでなく家で待つ夫にも。 奈々月纏(ia0456)はせっせとどんぐりを拾っている。樹の種類は特に気にしない、何故ならどのどんぐりも山の土産に違いないからだ。 「どんぐりどんぐり、どんぐりは〜ん♪」 鼻歌交じりに集めている内に、ただ集めるだけでは芸がないような気がして来た。 纏は手を止め、木桶一杯のどんぐりを前に暫し考え込んでいたが、何か思いついたらしく木桶に腰掛けてどんぐりを弄り始めた。ついつい熱中していると、いつの間にか梨佳が纏の手元を覗き込んでいる。 「なに作ってるです〜?」 「なー?」 無邪気な二重奏に吹き出して、纏はどんぐりの人形を見せた。小枝で作った小舟に乗せた一対のどんぐり雛だ。 「これなぁ、うちと夫やねん」 「わぁ、器用ですね〜♪」 「な〜♪」 「ん? もふらさまも作ってみよか?」 丸っこい実をひとつ摘み、小枝の耳を付けてゆく。文字通りどんぐりまなこの目を描いて、もふらさまのできあがり。 「なー♪」 「あはは、気に入ったん? そんなら次は‥‥」 一匹だけではさびしいから、もふらさまを群れにして、それから小さいどんぐりで小さな人形をふたつ―― 「‥‥はっ!? おもろなって色々作ってもーた!!」 「はぅ!?」 隣で纏の真似をして、どんぐり独楽を無心に作っていた梨佳が、顔を上げて纏の手の中の小さな二体を見て言った。 「その子達は、纏さんと旦那さんのお子さん達です?」 「ほぇ!?」 無意識に未来図を想像しながら作っていたようだ――纏は頬を染めた。 そんな彼女達の足元では七々夜が間食に余念がない。梨佳も小腹が空いてきた。 「そろそろ牧場に戻って、どんぐり料理作りましょ」 「なぁあ!! どんぐりて食べられたのん?」 纏の反応に梨佳はきょとん。 「はいですよ?」 「初耳やわぁ〜♪ 帰ったら教えたろ♪」 遊び道具にしかならないと思っていたのだと、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら纏は言ったものだった。 山で遊んで小腹が空き始めたのは梨佳だけではないようで―― 「!? な、なん‥‥でしょ、う‥‥?」 「ルースちゃん? お腹が鳴っただけじゃない。そんなに震えて、どうしたの?」 お腹を抱えて目を白黒させているルースにシンディアの方が戸惑い気味だ。 だがルースは遠くを指差して何か訴えようとしている。 「ひゃ‥‥ふぇ‥‥」 「落ち着いて。何か見たのね?」 こくこく頷く妹を懸命に落ち着かせてシンディアが聞き出したのは、山の中を笑いながら駆けてゆく生物の目撃情報だった。 「‥‥ふぇ‥‥」 「よしよし。何のケモノかしらね‥‥?」 天儀にはまだまだ珍しい事が一杯だ。 ルースを抱きかかえてシンディアがそんな事を考えていると、向こうから霜夜と桜が何か抱えてやって来る。 近づいた霜夜は、腕の中の果実を怯える少女に見せた。 「ルースさん。ルースさん、ほらほらアケビですよ」 「アケビ? 初めて聞くわ。天儀の食べ物、なの?」 珍しさにシンディアが問い返す。そうかもと他儀を連想しながら霜夜は曖昧に返して、間違いなく識っている事を二人に教えた。 「種が多いけど、果肉は柔らかくて甘いですよ。一口いかが?」 「ふわぁ!? ア、ケビ‥‥です? 山の、サチ‥‥」 おずおずと手を伸ばしたルースは、勧められるまま一口含んだ。 「どぅお?」 「甘い、です‥‥♪」 覗き込む桜に満面の笑みを浮かべた。 怯えていた子がもう笑った。安心したシンディアもひとつ受け取って、一口。素朴な優しい甘味が口内に広がった。 少し離れた場所では、霞と桃が鼻先突き合わせて何かおしゃべりしてるよう。 「お互い弟分がいるので、そのお話かな?」 「そうかもね。この間、桃は雫ちゃんと会ったから♪」 ギルドを通じて知り合い、交流を深めてゆく開拓者達。 シンディアは思う。天儀の友たちに――素敵な天儀を教えてくれて、ありがとう、と。 その頃、ルースが目撃したという謎の生物は――川辺にいた。 「‥‥‥‥‥」 黙って石の上に座り、水面を凝視している謎の生物の後ろで、リア・コーンウォール(ib2667)が仁王立ちになっている。 リアは謎の生物――もとい、リエット・ネーヴ(ia8814)の背に向かって深く深く嘆息した。 いつもの事になるのは理解していたが、敢えて言わねばなるまい。 「いいか。あまり力一杯突っ走って、気の向くまま‥‥」 呵呵大笑しながら山を駆け回るなど言語道断。少しは落ち着きというものをだな―― 延々続く従叔母のお小言などリエットは何処吹く風だ。 川には白い綿毛がぷかぷか浮いていた。時折「もふー」と鳴くそれは、言わずもがなもふらさま。リエットはおもむろに立ち上がり、うーんと伸びをすると前後左右に屈伸した。 「聞いているのか? いや聞いてないのはいつもの事だが‥‥聞くんだ。だから私が言いたいのは‥‥」 リアのお小言はまだまだ続いている。準備運動を終えたリエットは、川下へ流されてゆくもふらさまを追って晩秋の川へと飛び込んだ。 「‥‥という訳だ。解ったならもう二度と‥‥リエット? 早っ! どこへ消えた!?」 目の前にいたはずの従妹の姿がない。 その間わずか数秒、なのに石上には従妹の姿はなく周囲に移動した形跡も残っていない。シノビのスキル恐るべし――というか、そんな瞬間移動スキルあったか? 慌ててリアは本日二度目の従妹探索に乗り出す羽目になった。川を上って山に戻ったのだろうかと、川伝いに山へ向かいながら、すれ違う人に尋ねてまわる。 「のんびりしている所すまない。笑いながら全力で走って行く女の子を見かけなかったか?」 「いいや、こっちには来なかったな」 「そうか。ありがとう」 釣り人に礼を言い全力で駆け去るさまは、笑いを除けばリア自身の説明と一致する。釣り人は呆気に取られて見送った。 言うなればそれはリエットの固有スキルとでも言うようなものなのかもしれない。 その頃、彼女は『自由気侭』という名のスキルを発動させて川を下っていた。 「もふらさまと紅葉の皮くだり遊びだじぇ♪」 リエットは暢気なものだが、川を越えたいもふらさまは短い手足をばたばたさせている。真似をして、リエットも手足をばたばたさせてみた。川の水は冷たいけれど、何だかとっても面白い。 「もふー♪」 何となく、鳴いてみた。やがて疲れた毛玉が動かなくなったので、リエットも川の流れに身を任す。 仰向けになっているだけなのに、空がすごい勢いで流れてゆく――尤も流されているのはリエット達の方なのだが。 脱走もふらとリエットの小旅行は川下の柵に引っかかって終わりを告げた。もふらさまがそのままなのでリエットも水に浮いたまま、笑顔で空を見上げている――と。 「見つけた!」 リアの声が聞こえた。 ●秋の実り、山の幸 川でひと騒動あった頃、もふら牧場では大もふ様が沢山のもふらさまに埋もれてのんびり中。 「今日はお休みもふよ〜」 何をするでなく、もふもふごろん。 こうしてもふらさま達とごろごろしているのが最高の癒しだ。もふらの群れの何処かでは、ものすごいもふらの八曜丸も、こうしてだららんしているに違いない。 ――と、エルレーン(ib7455)が、もふらが原に現れた。 「わぁ〜 大もふ様だぁ♪ ‥‥って、あれっ?」 失礼。お休み中でしたか。 もふもふと惰眠の幸せを貪っていたのは、変化中の柚乃(ia0638)だった――が。 「だららんの邪魔すると、のしかかるもふ〜☆」 意外とノリの良い大もふ様なのだった。 そんな柚乃もふらを、エルレーンが連れていたすごいもふらのもふもふは感心して見上げている。 「ふふふん、さすがもふら、イゲンとイアツカンがちがうもふよ」 神楽に現れた大もふ様の存在を、もふもふは信じているようだ! 柚乃もふらはゆったりと手招きした。 「一緒にごろごろするもふ〜☆」 大もふ様のお誘いだ、有り難く一人と一匹は、もふ毛の群れに紛れ込んだ。 二人と二匹がもふ毛に埋もれてぬくぬくし始めてから暫くして、山へ向かった開拓者達が戻ってきた。 沢山のお土産を貰って、もふらさま達はご機嫌だ。 「どんぐりもふ!」 「たくさんもふ!」 「「「ありがともふ!!」」」 今回は調理に使わない渋みの強いどんぐりも気にせずもふもふ食べている。中でも八曜丸の顔ったら、まるで頬袋一杯に餌を溜め込んだハムスターだ。 もふらさま達がおとなしい間に、開拓者達は山の幸の調理を始める。 ふわり宙に浮いているキャラメリゼが、その場でくるりと回って言った。 「どんぐりでクッキー作るヨ。レシピ知りたい者は一緒に作業するネ」 しらさぎは興味津々。一緒に作ろと真夢紀はしらさぎの手を引きキャラメリゼのお菓子教室へ。 明王院夫婦は、皆の微笑ましい様子にそっと手を差し伸べて。 「では俺は火の支度をしようか」 「はい、私は山菜料理を作りましょうね」 裏方仕事に徹し、大人として成り行きを見守っている。 飼料の藁を分けて貰いに、ヒデと一緒に厩舎に入って行った神座真紀(ib6579)が見たものは、毛布にくるまったリエットともふらさま。 「あれ? どないしたん?」 「この寒いのに川下りをしてね」 リアは苦い顔。 ――と、もふらさまがぶるんと身体を一振りした。もふらさまからはすっかり水が切れているが、辺りはびしょ濡れだ。 「またお前か! 回収してくれてありがとな。で、そっちは大丈夫か?」 ヒデは脱走もふらを叱るやらリアに礼を言うやら、最後のは金の髪をぺっそり濡らしているリエットに向けてだ。 ごしごしと濡れた髪を拭ってやったリアは、『反省中』のプラカードをリエットの首に下げて言った。 「全く。少しは落ち着く事はできないのか、お前は」 「面白かったじょ♪ 今度は何しよーか、もふらさま」 ちっとも懲りちゃいなかった。 外で皆が煮炊きを始めているから焚火に当たりなよとヒデが言い、藁束を抱えた真紀達と外へ出る。 「さて、と」 「アク抜きに使うネ?」 真紀に気付いた提灯南瓜のキャラメリゼが火種を貸してくれた。火の側で、からすは黙々と茹でたどんぐりの皮を剥いている。 「今日はキャラが指揮。私は手伝いだ」 「ええ相棒さんやな」 火種の礼を言って、真紀は離れた場所で灰を作り始めた。 一抱えの藁はあっという間に燃え尽きる。上級羽妖精の春音が、燃えかすの上をふよふよ飛んで真紀に尋ねた。 「何してるですぅ?」 「これか? どんぐりのアク抜きに使うんやで」 説明して、真紀は黒く燃え尽きた藁だったものを集めた。鍋にどんぐりと同量の灰を入れ、水を注ぐ。 ここからはひたすら根気だ。何度も水を替えて煮立て、どんぐりのアクを抜くのだ。 「ねぇ、まだですぅ?」 同じ作業の繰り返しに春音は待ちきれないようだ。しかしここで手を抜いてはいけない。しっかりとアクを抜かねば渋みが残ってしまうのだから。 「根気ネ」 「薬を作るのと同じだ。地道な作業が大事」 そう言って、からすは取り出した実を薬研に入れて砕き始めた。続行中の皮剥きは吾庸が黙々と続けている。この男、そういう地味な作業が向いているようだ。 「せやからな、しつこい位に水替えて‥‥って、自分で聞いといて何時の間にか寝とるし」 真紀が振り返ると、竹ざるの中で春音が寝息を立てていた。 いつぞやみたいに桜餅と間違えられるでと笑って、ざるに羽織を掛けておく。渋みが抜けたら粉にして――そしたら春音起こして手伝わせよう。 そのままでは癖が強くて食べられないどんぐりも、アク抜きすれば食べられるし、渋みの少ないものはそのまま炒ったり茹でたりするのも悪くない。 クッキーやパンの焼きにはヒデ達が使っている厨房を借りて、外でも煮炊きできるものは野営の腕の見せ所。 どんぐりを用いた焼き菓子に澱粉餅、茸鍋――山から持ち帰った秋の恵み一杯の宴の始まりだ。 遠く、厩舎の辺りで白い煙が立ち上っていた。宴に気付いていない食いしんぼ達は陽射しを浴びて昼寝中。 そんな長閑な場所に、屈強な修羅の騎士が現れた。 「あぁ〜 もふらさまたちかぁいいお〜」 筋肉質の美丈夫には違いないのだが――その正体は乙女心を併せ持つピュアな(自主規制)、知る人ぞ知る非モテ騎士、ラグナ・グラウシード(ib8459)であった。 緩みきった表情で、鍛え抜かれた大柄な肉体をくねくねさせている。それだけでも目立つのに、この男、背中に恋人を負うている。 「あっ、もちろんうさみたんも負けないくらいかぁいいんだお☆」 浮気じゃないおと背中に向かって弁明する彼が負うているのは、最愛の存在――うさぬいのうさみたん。 寂しい非リア充男は、おんぶ紐を緩めてうさみたんを背から下ろし、両腕でぎゅっと抱きしめる。 「うさみたん‥‥うさみたん、うさみたん‥‥ッ!」 潤む目尻に滲むのは、殉職した二匹への哀悼。うさ吉くんとうさ太郎くんの無念、うさみたんならきっと解ってくれる――! 当然うさみたんは黙して語らぬ。だがラグナはふわもこの手触りに労わりを感じ取っていた。 「なにしてるもふ?」 一人と一匹(?)で盛り上がっていると、何時の間にか仔もふらが寄って来ていた。そっと手を伸ばすと顔を寄せてくる。嗚呼、何と愛らしいのだろう。 ラグナは仔もふらの頭を撫でた。 「もふ?」 何か貰えるものと勘違いした仔もふらは、大人しく撫でられている。柔らかさと温もりと――ラグナは傷心を癒すべく、うさみたんと共にもふらの海に溺れた。 「‥‥かぁいいお、もふらさまもうさみたんもかぁいいお‥‥」 恍惚ともふ毛に溺れる青年――ちょっと、いやかなり残念な構図だ。加えて彼の残念さを倍増させているのが、途切れる事なく囁かれる愛の言葉。もふ毛の海から漏れ出した囁きは、呪文のように周囲へと広がっていった。 「うるさいなぁ‥‥」 遠くから流れてきた聞き覚えのある声に、エルレーンは安らかな休息を乱されて身体を起こした。 「何だろ、このおぞましい声、聞いた事あるよね‥‥」 きょろきょろした先、もふらの海の端っこで、緑の髪がぷかりぷかり。あれはもしや馬鹿兄弟子の―― 「!! ‥‥ラグナ」 エルレーンは深呼吸した。そのままぱたりともふ毛に倒れ込み、目を瞑る。 見ない振り見ない振り、今日はだらだらごろごろしに来たんだから! 「どうしたもふ?」 側にいたもふらさまが鼻先を近づけて尋ねて来たので、彼女は抱き寄せて言った。 「ううん、何でもないの。ちょっと変な夢を見ただけ」 もう一度寝直せば、あの頃に戻れるだろうか。 妹弟子の想い、兄弟子知らず――すぐ近くに仇敵がいるというのに全く気付いていない幸せな男は、ふわもこ愛で忙しい。 |