一年の計は正月にあり
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや易
参加人数: 53人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/31 00:48



■オープニング本文

 真新しい気持ちで新年を祝い、仲間と共に誓い合う。
 天儀歴1013年、正月――あなたは、どのように過ごしているだろう。

●初詣
 神楽の街、元旦の開拓者ギルド。
 奥の部屋から緊張の面持ちで現れた静波(iz0271)の姿に、開拓者達は柔らかい笑みを向けた。
「似合って‥‥ますか?」
 おそるおそる。尋ねた静波の装いは振袖姿だ。遅れて飛び出して来た見習い職員の梨佳(iz0052)が満面の笑顔で太鼓判を押した。
「勿論ですよー! 静波さん、とっても似合ってますよ! ね!?」
 後の言葉は開拓者達への念押しだ。言外に褒めろオーラを発している梨佳もまた晴れ着姿で、静波のものと揃いになっている。
 なんでも、梨佳の教育役である正規職員の桂夏が、神楽滞在中の静波へと晴れ着を手配したらしい。それを聞いた梨佳の下宿先の女将が、ならば揃いでと同じ店に振袖を借りてやって少女達は色違いの晴れ着に身を包んでいるという訳だった。
「私‥‥おかしくないです?」
「おかしくなんて、ないない!!」
 何分修行中の武僧の身だ、静波は着慣れない振袖に落ち着かない様子だが、年頃の娘が気後れしている仕草すらも愛らしい。
 ひとしきり、ギルドの職員達や訪れていた開拓者達に反応を伺った後、静波は梨佳に引っ張られるようにしてギルド近くの神社へと初詣に出て行った。
 武僧として開拓者ギルドに身を置くようになるまでは、東房はおろか延石寺の外へも遣いでしか出た事がない静波だ。初めて迎えた他国の正月、初めての参拝――新しいことづくめの元旦に、静波の心は踊り出さんばかりだ。

 一方、開拓者ギルド近くにある神社では、吾庸(iz0205)が今年も警邏の手伝いに出ていた。
 小さいながらも賑わっている。開拓者ギルドが近くにある事もあり、毎年この神社では開拓者達に人員整理などの警邏を頼んでいた――のだが。
 今年は黒地に赤のだんだら模様を染め抜いた羽織を着た集団が、神社を占拠していた。
「浪志隊だ、正月の街を巡回している」
 六番隊隊長、安田 源右衛門(iz0232)とその郎党達が警邏と称して居座っている。
 尤も、見る限り巡回と称した参拝と言うべきだろう。何せ隊員達はここぞとばかりに御神酒へ手を付けているのだから。
「新年早々、浅ましい真似はするなよ」
 隊員達に釘を刺した源右衛門自身、当然のように杯をあけていた。巡回の名目で街へ出たは良いが、真面目に働く気はなさそうだ。
(これが浪志隊か‥‥)
 不遜な輩だ、と吾庸は思った。
 吾庸は神威の隠れ里の出だ。自然と共に行き、神への敬虔な想いを常に抱いて生きてきた。神社という、神がおわす社に現れるには浪志隊の面々の態度は何処か不遜に感じる。
(いや、彼らもまた神楽を護らんと動く者達‥‥)
 中には開拓者ギルドに所属を置く志体持ちもいると言う。決してただの無頼漢ではないだろう。
 己の不信を反省し首を巡らせる。俺は俺の仕事をしなくては。
「あ、吾庸さん! 新年明けましておめでとうございますです!」
 聞き覚えのある声の方を向けば、梨佳が晴れ着の袖を揺らして笑っていた。並んで静波が振袖姿ではにかんでいる。
「明けましておめでとう梨佳。静波も来たのか」
「はい。神楽で年を越しましたので、お参りに。それに皆さんが‥‥」
 静波はくるりと身を一回転させた。少しは慣れてきたようで吾庸に見せる仕草も、さまになっている。
 神楽の民の厚意に喜ぶ静波に「良かったな」と言ってやり、吾庸は警邏に戻って行った。

「ねえ梨佳さん? 神社の詣で方、教えてくださいな?」
「えっとですね‥‥あ、そうだ! みんなで詣でましょう♪」
 見渡せば知った顔、見た事ある顔――開拓者達が沢山いる。
 一緒に詣でれば、きっと静波も良い思い出になるはず。梨佳はそう言って開拓者へ「ご一緒しませんか」と手を振った。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 羅喉丸(ia0347) / 桔梗(ia0439) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 雲母坂 優羽華(ia0792) / 雲母坂 芽依華(ia0879) / 鳳・陽媛(ia0920) / 秋霜夜(ia0979) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 海神・閃(ia5305) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / レグ・フォルワード(ia9526) / 千代田清顕(ia9802) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / 燕 一華(ib0718) / 朱華(ib1944) / 西光寺 百合(ib2997) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / 寿々丸(ib3788) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 遠野 凪沙(ib5179) / ソウェル ノイラート(ib5397) / ライラ・コルセット(ib5401) / 果林(ib6406) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / エルレーン(ib7455) / 棕櫚(ib7915) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 一夜・ハーグリーヴズ(ib8895) / ラビ(ib9134) / 不破 イヅル(ib9242) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ナシート(ib9534) / マルセール(ib9563) / ユーコ(ib9567) / ヒビキ(ib9576) / 雲雀丘 瑠璃(ib9809) / 至苑(ib9811) / 鬼嗚姫(ib9920) / 名月院 蛍雪(ib9932) / ルース・エリコット(ic0005) / 近衛 朝陽(ic0286


■リプレイ本文

●元旦の街
 晴れ着を着た人々が街を行き交う、新年を迎えた神楽の街。松の内ばかりは商店も軒並み休みという中、開拓者ギルドだけは元旦も関係なく通常営業だ。
(正月にかこつけて上京したが、まともに運営してくれて助かるよ)
 報告書閲覧の許可を取り、近衛 朝陽(ic0286)は資料室に籠もっていた。さすがに人の出入りは少ないが、資料室を占拠できるのだから有難いというものだ。
「何でもいいから、関係ありそうな資料はないかねー」
 適当に、それらしい表題の付いた報告書を手に取った。彼が探しているのは薬や薬草に関する資料だ。
 壁の向こうから聞こえる、年始の挨拶だの何処其処の神社に詣でただのという会話に耳を傾けつつ、彼は資料を繰り続ける。
 飽かず怠けず地道に調べ物をする朝陽の表情は真剣だ。それというのも、彼は故郷に残して来た末妹の命を救う手立てを求めて神楽へやって来たからだ。
(‥‥しかし、やっぱり正月だなー)
 視線は資料に向けたまま、聞くともなしに聞いていた会話に思いを馳せる。ちょうど壁の向こうでは少女達が晴れ着の御披露目をしているようで、彼女らの鈴を転がすような声は故郷の妹達を思い出させた。
「おっと、いけない」
 単調な調べ物が退屈になってきた朝陽が気合を入れなおした時――赤い晴れ着の少女が資料室に顔を覗かせて、言った。
「お仕事お疲れ様です〜 あたし達お参りに行くんですけど、もし良かったらご一緒にいかがですか〜?」
「おお、行く行く! こう文字ばっかり読んでると、目は痛くなるし飽きてくる」
 梨佳の誘いに二つ返事で、朝陽は凝った身体をうーんと伸ばした。
 朝陽が資料室を出ると、赤い晴れ着の梨佳と、揃いの青い晴れ着の静波が立っていた。穏やかな声音で遠野 凪沙(ib5179)が声を掛ける。
「色違いの着物をお召しになって、仲が良いんですね」
 誰に対しても礼を弁えた丁寧な佇まいの凪沙は、清涼な空気を思わせる。
 緊張の面持ちで休憩室の隅っこで置物と化しているのはルース・エリコット(ic0005)だ。正月なら人は少なかろうと明けて初めての仕事を探しに来たものの、人馴れしていない彼女の予想以上にギルドは混雑していたもので、身動きが取れないでいるのだ。
「あ‥‥の‥‥」
 見知った者へ声を掛けようとするも、緊張で声が掠れる。そうこうしている内に相手はルースに気づかず通り過ぎてしまって、彼女は居心地悪くその場に居座ってしまっているのだった。
 ――落ち着こう。とりあえず水でも飲んで、落ち着こう。
 ルースが休憩室にあった水容器を取り上げた瞬間、横からそれは掻っ攫われた。
「おいおい、こいつは銚子だぜ? おめぇまだ十四にはなってねぇだろが」
 職員の哲慈が取り上げていなければ大変な事になる所だったが、ひとまずルースの飲酒は未遂で済んで。お茶を淹れましょうかと凪沙が気を利かせ、哲慈は少し落ち着けと彼女の頭をぐりぐり撫でた。
「あいつ、今年は正規になるかねぇ」
 参拝に向かう梨佳の背を見送った哲慈が言う。どうでしょうねと顔を見合わせる職員達に新年の挨拶を済ませ、凪沙は気持ち新たに今年も一歩ずつ精進しようと心に誓った。

 さて、開拓者ギルド近くの神社へ向かった梨佳と静波と開拓者達。
「あけましておめでとう。晴れ着、似合ってる。とっても可愛いよ」
 笑顔で寿ぐ海神・閃(ia5305)に心の底から褒められて、梨佳は嬉しげにはにかんだ。静波を紹介して一緒に境内を歩く。
 静波へ姉のような慈愛溢れる眼差しを向けて、至苑(ib9811)は微笑んだ。いつもと違う晴れ着姿の妹分は、とても可愛らしい。
「とっても似合ってます!」
「本当ですか!」
「ああ。静波さん、似合っているよ」
 ぱぁっと花開くように笑顔を向ける静波の天真爛漫さに、羅喉丸(ia0347)は以前ジルベリアで外套を初めて手に入れた事を思い出していた。
 東房を出る事が少ないだろう静波も、あの時の自分のように興味津々な心持ちなのだろう。神楽で迎える静波の正月が良い思い出になれば良いと願う。
 社務所では鈴梅雛(ia0116)が御籤を引いていた。普段の服装も愛らしいが正月だけに初春らしい振袖姿である。
「魔槍砲吉‥‥珍しいお御籤ですね」
 呟いて、梨佳達に気付いた雛は丁寧な年始の挨拶を唇へ載せた。今年の御籤は変わっていると聞いて、皆それぞれに引いてみる。
「運命の輪吉か‥‥万事塞翁が馬か。危機を好機に変えられるように、心身ともに修練に励むかな」
「何が出た? 僕は‥‥鯛焼吉?」
「私は‥‥中吉ですね。争い事は避けるべし、だそうです」
「あたしは小吉でした‥‥」
 年が変われど遣るべき事は同じと今年も変わらぬ修練を誓う羅喉丸。初めて聞く結果に首を傾げる閃、御籤自体が珍しい静波、皆のような変わった結果でなくて梨佳はちょっぴり残念そう。
 そんな他愛ない反応を微笑ましく見守り、至苑は各々が願う幸せが訪れるようにと、そっと手を合わせて祈った。

 元旦の神社は参拝客でごった返している。参道から境内へ、本殿、社務所へと、参拝客の通り道はほぼ一方通行だ。
 人が集まりやすい場所は大体決まっていて、本殿と社務所は言うまでもないが、次いで人気があるのは御屠蘇が振舞われる辺りであった。
 そんな人が集まる場所の片隅に、からす(ia6525)はいる。いつものようにさり気なく、茶を淹れては人に勧める。参拝客の全てが飲酒可能とは限らないし、ハレの日に羽目を外しすぎた酔客もいるから、警備拠点のひとつとして休憩所を設けているのだ。
 みたらし団子を手に、秋霜夜(ia0979)はにこにことご機嫌な様子。
「聞いてくださいー おみくじ引いたらなんと大吉♪」
 おぉ、と周囲から声が挙がった。
 今年の御籤は変わった結果を引いた者は多かったが、そう言えば大吉をついぞ見ていない。誰だ、大吉を引いたのはと注目される中で、霜夜はどーんと胸を張った。
「お賽銭、弾んだ甲斐がありました。今年のあたしは福女。撫でるとご利益があるかも?」
「ふ、福女ですか!?」
 ごくり。息を呑む静波と梨佳に明けましておめでとうと挨拶し、霜夜は撫でますかと頭を下げた。
「いいのですか‥‥? では‥‥」
 遠慮がちに髪へと触れる少女達。そこへ少女達を襲う魔の手が――
「待て。お前は止めておけ。触れると捕らえる」
 あやかろうと手を伸ばした男の手を吾庸が容赦なく掴んでいた。
 ちぇー、と拗ねたのは誰が言ったかろりこんまん、村雨 紫狼(ia9073)だ。
「相変わらず笑わねーなァお前! ま、いいや新年あけましてアーく〜ん☆」
「その名で呼ぶなと‥‥」
 つれねぇなぁと口を尖らせた紫狼、気を取り直したか顔の側でスタイリッシュにハンドサインを決めながら、にーっこり笑顔を見せた。
「つーこって、さんハイ! ハッピー うれピー よろp‥‥」
「待て、それ以上言うな‥‥!」
 吾庸が制止するよりも早く、どこからともなく現れた黒子集団が紫狼を拉致して走り去った。遅かったかと独りごちるも、そのうち戻ってくるだろうと思っておく事にする。
 気を取り直して少女達の姿を探せば、からすの茶席で御披露目をしている最中だった。
「なかなかよいじゃないか」
 簡潔に褒めたからすは緑茶を淹れて静波に勧めた。腰を下ろした途端に足元の緊張が解けてゆく。改めて不慣れな動きをしていたのだと気付かされて、草履を脱いだ静波は足を伸ばした。
 行儀の悪さは見ない振り、どれ見せてご覧とからすが鼻緒を少し緩めてやる。これで少しは動きが楽になるだろう。
「おや‥‥神楽舞の披露があるようです」
 ひときわ賑やかになったのを目敏く見つけた霜夜が示した先では、鳳・陽媛(ia0920)が張り出しの舞台に上がっているところだった。
 霜夜が梨佳達と最前列へといそいそ移動すると、ちゃっかり紫狼が復活していた。
「やあまた会ったな美少女達!」
 こっちへおいでと特等席へご案内。大人だからとお年玉におやつまでくれる紳士振りだ。
「紫狼さん、お久し振りなのですよ〜」
「あー ‥‥うん、相棒が増えてなー 無機物っても女四人になっちまって‥‥」
 いつの間にやら更に賑やかになっていたようだ。またそのうち会わせてくださいねと笑んで、梨佳はもうすぐ始まる神楽舞の舞台に視線を向けた。
「あ、陽媛さんですよ〜」
 壇上の人が既知の友人と気付いて梨佳が手を振った。陽媛もまた笑顔で手を振り返していたが、楽の調律が始まると瞑想を始めた。
(強く、なりたい)
 願いを心に落とし込む。
 今は歌い手の修行中だけれど今日は巫女としての舞だ。陽媛は扇を構え、そっと目を見開いた。
(私は、強くなりたい‥‥強くなってみる)
 一人で神社を訪れたのも思うところあっての事。強い意思と共に陽媛は歌を紡ぎ、舞った。
(皆が幸せでありますように‥‥)
 神の前で決意し誓いを立てる娘の姿は、清く凛々しく美しい。見惚れていた霜夜は、舞の終わりに気付いて「素敵でしたよー」陽媛へ小さく手を振った。

 人混みの中を奈々月纏(ia0456)が行く。今日は一人、後日改めて夫と参拝するつもりで様子見に来たのだが――
「はわ!」
 のんびりさんはすぐに人波に押し流されて中々前へと進めない。
 それでも何とか本殿に辿り着き、語呂合わせで五十八文を投げ入れると厄払いを願った。
 夫と友人達の加護と幸運を祈願し、人混みを抜けると漸く人心地付いて。
「はわ! 美味しそうな匂い‥‥あっちから行ってみよか〜♪」
 嗅覚の赴くまま進んだ視線の先に、微笑ましい一対が歩いていた。

 梨佳が桔梗(ia0439)と出逢ったのは、彼が既にお参りを済ませた後の事だった。
「明けまして、おめでと。今年も、宜しく。静波、都の新年は、楽しい?」
 二人がいると枝に並んで咲いた花のようだと桔梗は言って、少女達が参拝している間に屋台で食べ物を買って待っていてくれた。
「お待たせしました〜 あ、焼き饅頭です!」
「うん。温かいものが、いいかなって。静波も、食べるだろ?」
「はい! では遠慮なく‥‥」
 ありがとうございますと手を伸ばした静波、思うところがあったらしい。ちゃっかり二つ三つ取った後、ではまたギルドでと退散して行った。
「あはは‥‥あ、そうだ。桔梗さん、おみくじ引きましたか?」
 照れ笑いして問う梨佳に小さく頷いて、桔梗は焼き饅頭を美味しそうにぱくつく小柄な少女を見つめた。
(‥‥身近な人)
 魔槍砲吉の御籤に書かれた文言で、連想したのは梨佳だった。
 本当は同い年の二人だ。すっかり大人びた桔梗が梨佳に初めて会ったのは十三歳の頃だったか。知り合いから友達になって、今は――
「ありがと」
 凄く、だいじ。
 ほへ? と饅頭を咥えた梨佳はまだあどけなさを残している。桔梗は自分から風に遊ばれた梨佳の髪に触れた。
「見ててくれて、色んな事を聞かせて、見せてくれて、ありがと」
 触れられるのが苦手な少年が、触れる事を嬉しいと感じられるのも――梨佳の、おかげ。
 くすぐったそうに笑って梨佳は言った。
「あたしこそ、ありがとうです♪」
 だって、梨佳が嬉しくて楽しくて幸せなのは、傍に好きな人がいるから――桔梗のおかげ、なのだから。

「兄様っ、兄様っ、こちらですぞ! 早く早く!」
 養弟がしきりに手を引っ張ってゆくのを面倒臭そうに、そのくせ引かれるがままに朱華(ib1944)は境内を歩いていた。
「はいはい。分かった分かった‥‥転ぶなよ?」
 そんなに急いでは足元に注意も向くまい――と思った矢先、朱華の手を引いていた寿々丸(ib3788)がぐらりと揺れた。慌てて首根っこを掴んでやる。
「ほら‥‥だから、言っただろうが」
「も、申し訳ありませぬ‥‥」
 軽く頭を叩いて注意を促すと、寿々丸は狐耳と尾を下げて、しゅんとなった。その様子が全身で反省しているもので、朱華は苦笑しながらぽふぽふ頭を撫でてやった。
「これから気をつければ、いい」
 寡黙な質の兄だけに、言葉のひとつひとつに重みが、ある。撫でられて寿々丸はくすぐったそうに笑った。
 二人一緒に粛々と、拝殿で手を合わせる。
「今年も、飢える事がありませんように」
「今年も、兄様ともっと一緒にいられますようにですぞ!」
 それぞれ願いを掛けた後、御籤を引いて――寿々丸は困惑した。朱華が覗き込んだところ何やら妙な結果だったようで。
「運命の輪‥‥とは、何でございましょう?」
「何だ?回るのか?」
「むぅ‥‥よく分かりませんな」
「‥‥とりあえず、結んでおけば良いんじゃないのか?」
 掛け木に結んでおく事にして、二人は甘酒を貰いに向かった。

 振る舞い酒が行われている場所では、巫女服姿の御陰 桜(ib0271)が忙しく立ち働いている。
(警備のつもりだったんだけど‥‥)
 神社に溶け込むようにと巫女服を着たところ、参拝客を迎える仕事を仰せつかってしまった。
(‥‥ま、いっか♪)
「今年も良い年になりますように♪」
 とくとくと御神酒を注ぐ。参拝客は皆、新年を祝う良い顔をしていて悪い気はしない。
「甘酒を、二人分」
「はい、どうぞ♪ あ、そこのヒト、一人一杯って決まってるんだから二度並んでもダメよ!」
 朱華と寿々丸に甘酒を手渡しつつも警備は怠り無い。ちゃっかり屋の参拝者へ、桜は「めっ」と人差し指を立てた。

 尤も、並びもしないで只酒を食らっている浪志隊員がいたりするのだが――それはさておき。
「あけましておめでとう。正月から仕事とは大変やな」
「‥‥これも藍可の命令なら仕方あるまい」
 神座真紀(ib6579)に声を掛けられた源右衛門は、ごく自然に言葉を返した。しかし隊長が世間話をしている姿を、浪志隊六番隊の隊員達は初めて見たもので、あの三姉妹は誰なんだと隊員達は聞き耳を立てている。
「父さんが研究室に籠もうてしもうたんで、姉妹で初詣に来てんよ」
 そう言って、真紀は妹二人を紹介したのだが――次女の神座早紀(ib6735)が発した言葉に、隊員達はざわめいた。
「あの、奥さんの所にいなくていいんですか?」
 ――隊長、奥方がいるのか‥‥!?
 酔漢と化した隊員達はともかく、上の姉と下の妹も早紀の言葉に驚いている。
「あれ? 何で早紀が知っとるん?」
「え? 奥さんいるの?」
「ええ。兎月庵でお仕事した時に、お会いしたんです」
 早紀の言葉に嗚呼あの時にと納得する真紀、対して末妹の神座亜紀(ib6736)は――高鳴る胸を抑えつつ、残念そうに言った。
「残念、もうちょっと早く出会ってればボクにもチャンスあったのにな」
 瞬間、姉二人のツッコミが炸裂した!
「アホな事、言ぃな!」
「何言ってるの!」
 ごめんな、失礼しましたと亜紀を引っ張って茶屋へと消えてゆく神座姉妹。残された源右衛門の表情から感情は伺えなかったが、隊員達の反応は実に明快だった。
 ――隊長、若作りの局長だけでなく、娘ほど年の離れた女の子とも親しいのか‥‥!
 六番隊隊員達の源右衛門を見る目が、少し変わったかもしれなかった。

 一人黙々と本殿への行列に並んでいた瀬崎 静乃(ia4468)に近付く影――
「おー! 静乃はっけぇーん!! だぁ♪」
 空から降って来るなり静乃をぎゅむぐぅと抱き締める知人と言えば、見なくとも大体は察しが付く。黙って右手を上げた静乃、リエット・ネーヴ(ia8814)への新年の挨拶に代えた。
「ねぇねぇ。何してるの? 遊び? う〜♪」
「‥‥リエットは、賽銭や祈願しない?」
「何それ、新しい遊び?」
 リエットがそんな事を言うもので、静乃は参拝のいろはを教える事になる。賽銭は百八文、小銭に願いを込めて祈るのだ。
「う! そか〜♪」
 ぱあっと笑顔になったリエット、おもむろに財布の中身を掴むと賽銭箱へと投げた。その額、五百十二文。
「来い福‥‥?」
 偶々だったのか彼女なりの語呂合わせだったのかは定かではないが、急に神妙な顔つきになったリエットは周りに倣って手を合わせ、何かを祈願したようだった。静乃も心静かに、恋人と友人知人の平穏無事を祈る。
 参拝を終え、茶席で休憩しながら静乃はリエットが何を願ったのか聞いてみた。
「う? ひみつ〜♪」
 とある名家の人達の安全を祈願した少女は、そう言ってからりと笑った。

 社務所で少女が小首を傾げている。
「兄様、凶って‥‥なぁに?」
 妹の言葉に、名月院 蛍雪(ib9932)は顔を強張らせた。大事な大事な愛妹、鬼嗚姫(ib9920)の手に、滅多に出ないはずの【凶】の御籤が握られている。
「あぁ‥‥凶、とは、な‥‥」
 微妙な表情のまま自身が引いた御籤を開く。末吉では交換しても然程変化はないだろう――ならば。
「兄様‥‥?」
 蛍雪は掛け木へ結び付けようと、黙って鬼嗚姫の御籤を取り上げようとした。怪訝な妹へ苦し紛れの説明をする。
「あ‥‥その‥‥今出しておけば、今年はこれから良くなるだろうという、意味合いだ」
「‥‥良い物、なら‥‥大事にするわ‥‥」
 兄の手を妨げ、鬼嗚姫は凶の御籤を大切に折り畳み直す。そのまま財布にでも収めてしまいそうなのを、蛍雪は慌てて奪い取った。
「いや、そうするためには、ここで木に結んでおかないといけない」
「‥‥そう、なの‥‥?」
 こくこくと頷いて、蛍雪は掛け木を指差した。じっと指先を見つめた鬼嗚姫、やがておもむろに木の上部を指差して言う。
「兄様‥‥きお、高い所がいいわ‥‥その方が‥‥いっぱい、良い事ある、かも‥‥」
 自分で結びたいと背伸びして手を伸ばす鬼嗚姫に、蛍雪は「いい考えがある」と妹の御籤に自分の御籤を重ねて細長く畳みなおした。そうして蛍雪は鬼嗚姫の背後から彼女を優しく包み込む。
「‥‥兄様」
「こうすれば、今年も一緒だ」
 後ろから手を貸して、兄と妹は二人一緒に掛け木の一番高い場所へ綺麗に結び付けた。
 ――二人一緒の、御籤。
「よろしく、稀生華」
「兄様‥‥今年も、宜しくお願いします‥‥ずっと、一緒‥‥」
 微笑む兄に本来の名で呼ばれ、鬼嗚姫はほんわりと微笑み返したのだった。

●気の置けぬ人と共に
 神社が初詣の参拝客で賑わっている、同じ頃――
 神楽各地の拠点では、気心知れた者達の間で様々な出来事が起こっていた。

 レグ・フォルワード(ia9526)は拠点『宅配屋 スローチネ』で連れの到着を待っていた。
 初詣に行く約束をしたものの、あいつは天儀の風習を理解しているだろうか。
 そんな事を考えながら扉へ目を向けた、その時――
「おもち!」
 当の本人が飛び込んできた。普段よりもめかしこんだ、振袖姿にぽっくりを履いたソウェル ノイラート(ib5397)が扉の前に立っている。
 ソウェルの突飛な行動には慣れてはいたが、それにしても新年の挨拶にしては少々妙だ。
 だが、レグにはソウェルの言わんとしている事が通じていた。手にしている荷の中身は、おそらく餅なのであろう。尤も、彼女が何を思って餅を持って来たのかは不明だが。
「お前、今から初詣行くって時に、何で餅‥‥」
「これ、どう食べるの?」
 そこからか。がっくり肩を落としたレグだったが、いそいそと七輪を引っ張り出してやる。目の前には、彼の一挙手一投足に目を見張る娘がいた。
「搗きたてならともかく、こういう餅は焼いて食うんだ」
 言いつつ、七輪に乗せた網へ餅を並べてゆく。薄く切った餅は程なく香ばしい匂いを立て始めた。
 火が通るにつれ、予想外の場所から膨れては焦げてゆく餅の変化が面白くて、ソウェルは七輪に釘付けだ。
「これはそろそろいいだろう」
 小皿に取って出してやる。しかしまぁ、ソウェルの美味そうに食う事。
 餅網の空いた場所へ次々餅を置くソウェルに「後で苦しくなっても知らねぇからな」そう言いながらも、レグは店先で延々餅を焼いてやった。
「寒いだろうが。もうちっと寄りやがれ」
「ジルベリアを思えば大した事ないでしょ?」
 可愛げのない返しをしつつも、ソウェルは大人しくレグの傍に寄る。その間も焼けた餅は彼女の腹の中に納まり続けている。
 にやりと笑って、レグは抱き寄せたソウェルの頬を突っついた。
「‥‥なんか、食ってる本人の頬の方が餅みてぇだな」
「?」
 首を傾げるソウェル。
 初詣も楽しみ、お餅も楽しみ、更にレグも一緒でご機嫌。そんな彼女の様子は、何とも愛らしい。
 お前が可愛いのが悪いんだ。頬をつつかれても食べるのを止めないソウェルをレグはしっかり抱き寄せた。

 元旦を親しい者同士集まって過ごす開拓者も多い。
「ほみ〜!! 新年だ〜☆ あけましておめでとうなの〜!!」
「お、お姉ちゃん待って〜!!」
 今年も元気なプレシア・ベルティーニ(ib3541)の後を、双子の妹の雲雀丘 瑠璃(ib9809)が追いかける。晴れ着姿で新年会に向かうのだ。行き先は拠点・隠れ家『夢の飛空船』――空賊達の秘密の場所だ。
 拠点に着くと、既に隊のお姉さん達が御馳走を用意して待っていた。
「あ、優羽華さんに芽依華さん、明けましておめでとうございます!」
「今年もよろしくお願いしますなの〜」
 姉妹揃ってぺこりとお辞儀をすれば、こちらも双子の雲母坂姉妹――雲母坂 優羽華(ia0792)と雲母坂 芽依華(ia0879)が声を揃えて「あんじょうよろしゅう」はんなりと挨拶を返す。
「ゆっちゃんがおせちこさえはったんで、うちはお吸い物を作りましたんえ」
「うちの小隊の人らはぎょうさん食べはるさかい」
 顔を見合わせてくすりと笑う。隊のみんなは美味しいものが大好きだ。
 振袖姿のライラ・コルセット(ib5401)は、何だか少し動きにくそう。だけど天儀の風習に合わせたいと目一杯頑張っている。
「お酒は苦手なんだけどね‥‥これなら飲めそうだカラー」
 そう言って、おせちと一緒に出したのは甘酒。良いのではないでしょうかと果林(ib6406)が明るく請合った。
「あ、ふしぎたいちょーだ〜♪ やほ〜♪」
 プレシアが袴姿の少年に手を振った、その傍らに桃色の振袖姿で果林はいた。
 実は新年会で皆と合流する前に天河 ふしぎ(ia1037)と二人、初詣をして来た果林だ。
「いつもと違う果林の姿にドキドキしちゃいそうだよ」
 手を取り、ふしぎはそう言って。メイドという立場柄、主のふしぎと共に出かけるのは緊張したけれど、果林は誘われた事を心の底から嬉しいと感じていた。
「新年初めてのお食事という事なので、文献やお店で学んで御節を作ってみました」
 楽しみにしてたんだと言う主の笑顔が眩しい。
 取っておきの酒に甘酒、そして御馳走。みんな揃って新年を祝う。行き渡ったのを確認して、ふしぎはグラスを掲げた。
「明けましておめでとう。じゃあ、希儀の西端一番乗りと新しい年を祝って、かんぱーい!」

 そして、神楽郊外――恋人と二人きりで睦まじく過ごす元旦も。
「あ、あの‥‥千代田さん、ちゃんと声掛けた方が‥‥」
「千代田さんじゃなくて清顕、だろ? 自由に使ってくれていいって言われてるし大丈夫だよ」
 相変わらず名で呼んでくれない西光寺 百合(ib2997)に、千代田清顕(ia9802)が言う。
 家主に断りなく利用しているのを気兼ねしていた百合は、清顕に正されて「‥‥う」言葉を詰まらせた。
「ほら、言ってごらん」
「‥‥きよ、あき」
 それで良し、と清顕が笑った。
 中庭が美しいカフェの敷地内にある小屋は二人の大切な友人夫婦が所有しているもので、家主の趣味が所狭しと並ぶ十帖程の室内は、雑然としていながらも小ざっぱりとしているのは家主の妻による努力の賜物だ。
 火鉢だけでは心もとない、内から温まるからと清顕が百合に酒を勧めると、緊張で拒む余裕もない百合は杯に注がれるまま呑んだ。
「結構呑むんだね。餅がいい具合だ、ほら口開けて」
「あーん♪」
 何と百合が素直に口を開けた。普段なら有り得ない事だ。
 給仕の流れで軽口のつもりだった清顕は、意外な反応に驚いて百合の顔をまじまじと見た。目がとろんとして、いつもより色っぽい。
「‥‥酔ってるのかい?」
 確かめるように頬に触れても照れない。それどころか――
「‥‥なによ。いつだってヨユー顔でヘラヘラしてっ。清顕のバカっ」
 すっかり出来上がっていた。しかも絡み酒らしい、清顕をべしっと叩く百合は強気だ。
 ばしばしと合いの手を入れながら、百合は管を巻く。
「清顕ったら、女の子にも男の人にもモテてっ。私だってねぇ‥‥私だって、浮気くらい出来るんだからねっ」
 ドヤ顔で言い切る酔っ払いに、清顕は目をぱちくりさせた。どう考えても普段の百合からは出て来ない言葉だ。
「百合に浮気されるのは‥‥辛いなぁ」
 優しく酔っ払いの相手をしていた清顕も、そこは本音を滲ませているのだが――百合はというと既に眠気に襲われている。
 重い頭をふらふらさせて、百合は「‥‥でも出来ない、なぁ」と呟いた。
「なに?」
「だって‥‥清顕が一番好きだもん」
 問いかけた清顕の膝へ頭を預けてごろんと横になった百合、そう言うとすやすや眠り始めた。
 膝に寄りかかる温もりに外套を掛けてやり、清顕は百合の頭をそっと撫でた。聞けるものならもう一度、聞いてみたかったけれど――今は傍にあるだけでいい。
 窓から臨む家主自慢の中庭を肴に、手酌で杯を開けて清顕は願う。
(どうか今年も次の年も、ずっとこの温もりが傍にあるように‥‥)
 神に祈ってこの願いが叶うなら、何度でも。

●正月三日
 天儀の風習にあまり詳しくないという彼女は、綺麗な天儀風の晴れ着を着ていた。
「こういう格好は‥‥その‥‥初めてで‥‥」
 鳥居前。俯き加減で自信なさげに言うマルセール(ib9563)を前に、不破 イヅル(ib9242)は落ち着かない様子で黙り込んでいた。
 普段の凛々しい彼女と違う姿。彼女が近付くだけで胸はときめくし、視線を向けられるだけで照れくさい。自分から彼女を見るなんてもってのほかだ。
「‥‥ん‥‥着物、似合ってる‥‥」
 言葉とは裏腹に、目を逸らす。どうにも慣れなくてイズルが目を合わせられずにいると、マルセールは不安になったようだ。
 天儀の風習はよく知らない。だから元旦二日と街を見て、正月の装いに華やぐ女性達の姿を真似てみたのだが――
「‥‥やっぱり変かな‥‥」
「いや、変じゃない。めっちゃかわい‥‥ぃ‥‥」
 思わずイズルは本音を漏らした。
 驚いてマルセールが彼の顔を見ると、片手で顔を覆っている。指の間から垣間見える頬が赤い。
「‥‥あ、その‥‥似合ってる、から」
 そんなに見ないでくれと赤い顔を背けながら、イズルは行こうかとマルセールを境内へと誘った。
(昨日見た男女は、女の方が半歩後ろを歩いていたな)
 天儀撫子を思い出しつつ、マルセールはイズルの後ろをしゃなりと歩く――のだが、振袖の着物の足元は、言うなればタイトなロングスカートを穿いているようなものだから、普段の格好とは脚捌きがまるで違っていて。
(こんなはずじゃあ‥‥)
 覚束ない足取りではイズルと距離が開いてゆくばかり――と、その時イズルが戻って来た。
「‥‥大丈夫か? ‥‥掴まれ‥‥」
 捕まった腕の温かさ、本殿への段差を引き上げてくれる力強さが心地良い。触れ合う箇所から優しさが伝わってきて、マルセールはそっとイズルに寄り添い、願った。
(今年も‥‥傍にいられるといいな‥‥)
 いると何故か落ち着ける、この温かさの傍に。
「‥‥マルス‥‥」
「イズル‥‥」
 互いに互いの無病息災無事を祈った後、二人は漸く向かい合い「今年もよろしく」そう挨拶したのだった。

 同年代の友人で集まって初詣。少年少女の集まりは何処か賑やかで楽しげだ。
「甘酒! 甘酒ー♪」
 境内を先行する一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)の足は、うきうきと軽やかだった。初詣でいただく甘酒は毎年の楽しみではあるのだけれど、今年は友達も一緒だから尚更心が浮き立ってしまう。
 そんな一夜の背を見て、棕櫚(ib7915)は燕 一華(ib0718)に首を傾げて尋ねた。
「あまざけ?」
「初めて飲む方だと変な味と思っちゃうかもしれませんけど、飲みなれると美味しいですよっ」
「少し癖はあるが体も暖まるぞぃ♪」
「ふぅん‥‥」
 ツウの味、らしい。
 納得したよなしないよな、ともあれ一行は先にお参りを済ませようと本殿へ向かった。
「んーっと、お参り?って、どうやるの‥‥?」
 初めて参拝する者も多くて、ラビ(ib9134)が戸惑っている。まずは手水舎じゃと音羽屋 烏水(ib9423)が身の清め方から指南を始める。
「まぁ形だけ真似て、好きに願掛けするだけでも良いと思うぞいっ」
 烏水の動作を神妙な様子で見つめるユーコ(ib9567)、烏水を横目にニ礼二拍手一礼を真似るナシート(ib9534)や棕櫚、ラビの視線は真剣そのものだ。
(皆ともっと仲良くなれます様に。それと、もっと、もっと、強くなれます様に‥‥)
「家族が健康でありますように」
「けんこうでありますように」
「一流の旅芸人兼開拓者になれますように」
 ユーコの願掛けを真似していた棕櫚がおろおろ。
「えと、えと‥‥」
「シュロの願い事は何なんだ?」
 ヒビキ(ib9576)が助け舟を出してやる。何気なく水を向けたものの、いざ口に出してみると棕櫚が何を願うのか気になってくる。
 棕櫚が願掛けしている最中、気配を殺して耳を済ませているヒビキの様子を一夜は微笑ましく眺めて願いを言の葉に載せた。
「みんなと楽しく過ごせますように」
「皆さんに満開の笑顔を届ける事ができますように」
 一華が願掛けする横で、ナシートは本殿を見上げている。
「それにしてもデッカイ鈴だよなー ‥‥これ、落ちてきたりしないのか?」
 悪気はないが縁起でもない言葉に、本殿が凍りついた!
 慌てて御籤を引きに行こうとナシートを引っ張ってゆく一華達――続いて彼らの運勢はと言うと。
「‥‥み、見ないでよぉ‥‥」
 ガン見するナシートと烏水、しっかりラビにバレていた。
 表情から察するに、どうやら不本意な結果だったらしい。涙目で助けを求めるラビに烏水は結び木を示してやり、ナシートは肩ぽむ。
(末吉って良いのか悪いのか、どっちなのか分かんないや)
 とりあえずナシートもラビの真似して結んでみた。
「吉ってなんだ? 何か美味しいもの貰えるのかー?」
「せっかくだから何か食べようか」
 吉を引いた棕櫚の反応が可愛らしくて、思わずヒビキは応えを返した。ちょっと鋭い人が見れば気付きそうな仄かな恋心、そんな彼の手には『吉』の御籤がある。
(今年は少しだけ積極的になろう‥‥)
 努力すれば必ず通じるの託宣を信じて、ヒビキは棕櫚の手を取った。
「やったね! おいら鯛焼き好きなんだ♪」
「‥‥たいやききち‥‥たいやき! たいやき食べたい!」
 ユーコが御籤を握り締めて大喜び。ヒビキの提案に乗ったのもあるかもしれないけれど、真相は一夜と同じく『鯛焼吉』を引いたからだった。誰だこんなお茶目な御籤を仕込んだ宮司は。
 それに拠ると『街を歩けば、温かい鯛焼きのお店に出会えるかも』との事で――
「お御籤も吉凶よりも書いてある事が大切って聞きますからねっ」
 悪い結果は気にせずに、託宣を楽しんでしまえばいい。
 行きましょうかと一華が言って、まずは甘酒それから鯛焼きと、若者達は境内を散策し始めた。

 からすの茶席は今日も盛況だ。
 謎の襟巻きで晴れ着に華を添え、結い上げ髪も艶やかな――おめかしした柚乃(ia0638)の話題は新年の挨拶と、いつもの遣り取り。
「トッポギさんはお元気です?」
「いや、トットキだが‥‥」
 律儀に訂正する吾庸と相変わらずの掛け合いをした後、年末年始は冥越へ赴いていたのですと近況を話した。
 冥越と言えば滅びた国という印象を受け易いが、未だなお、生を営む人はいる。
「そうか、冥越に住んでいる人に‥‥」
 吾庸もまた隠れ里でひっそりと生まれ育った人間だから、僻地に住む人の不自由さは知っている。俺からもありがとうと微笑して、吾庸は参拝へ向かう柚乃の背を見送った。
 さて、柚乃は神妙な面持ちで土地神と向き合って拝している――
(神様、今の柚乃に足りないモノはなんでしょう‥‥)
 最近何だか目標を見失っているような気がする。親しき人々の無病息災を願った柚乃は自らと向き合い、御籤を引いた。
「走龍、吉‥‥?」
 何やら変わった御籤だ。しかし示されている託宣は柚乃の心に静かに響き――気を引き締め心持ち新たに、彼女は新たな年を大切な人達と祝うべく家路に就いたのだった。

●おみくじ悲喜こもごも
 三が日を過ぎれば参拝客はかなり減る。ゆっくり参拝したいなら四日以降がお勧めだ。
「よっし! これでおっけー、なのっ」
 馬子にも衣装の晴れ着姿、久々のおしゃれに照れる今年のエルレーン(ib7455)は一味違う、はず。
 それが証拠に御籤を引いてみると――何と【凶】を引いてしまった!
「何でよぉ‥‥去年も私、いっぱいいっぱいがんばったのに‥‥」
 着飾った姿すら色褪せて見える。涙に滲む本堂へ健気に参拝してエルレーンは祈った。
(かみさま‥‥私、今年もがんばる。だけど‥‥こんな私にも、いいことがありますように)
 この一年、運気は確かに厳しいのかもしれない。でもきっと、彼女の糧となるに違いない。
 それが証拠に――ほら。
(何だか少しだけ、経験になったような気がするの‥‥)
 ――試練は人を大きくするものだから。

 同じ日に参拝したのは偶然で、単に寝正月に飽きて外界へ出て来ただけに過ぎない。
 しかしながら、この男がエルレーンと顔を合わさなかったのは神の采配と言えるかもしれなかった。何せ元兄妹弟子の現在仇敵同士、正月早々境内で血の雨が降るのは縁起が悪すぎる。
 ともあれ、ラグナ・グラウシード(ib8459)は紋付袴で参拝に来ていた――おんぶひもで、うさみたんを背負って。
 さすが三が日を過ぎると参拝客は減るものだと、ドン引きした人が割れてゆく境内を歩いて本殿へ付いたラグナは御籤を引いてみた。
「‥‥うーむ、可もなく不可もない、か」
 残念。中吉という結果でありながら、ラグナは一瞬寂しそうな表情を浮かべた。
 大吉でも凶でもない、中途半端な運勢。今年も愛を掴む事は難しいのではあるまいか。
「‥‥いや、しかし‥‥だからこそ!」
 後ろ向きになりそうな思考を奮い立たせて、ラグナは全身全霊を賭けて神に祈った。
(神よ‥‥私は誓いましょう。今年もアヤカシどもと戦い続けると。‥‥だから!)
 その後に延々語り続ける理想の彼女像――これでは今年も神様は願いを叶えてくれそうにはなさそうだ。

●女達の正月
 松の内も終盤の六日。
 民宿・縁生樹の女衆は、御馳走を持ち寄って身内だけの新年会をささやかに行っていた。民宿は年中無休、全員揃ってとはいかないが、それでも家族団欒のひとときである。
「お疲れ様、寒かったでしょう」
「ありがとう。お義父さん達から、宜しくと言付かって来たよ」
 嫁ぎ先からの言伝を聞いて明王院 未楡(ib0349)は目を細めた。嫁いだ後も若女将として実家を盛り立ててくれるが十野間 月与(ib0343)いるのも、嫁ぎ先の理解あっての事だ。
 月与はすぐに厨房へ立つと、祝い膳の仕度を始めた。弟妹の事を考えて御屠蘇は甘酒で代用とする。温めたそれと料理を美しく並べ、在宅中の家族を呼んだ。
 明王院 千覚(ib0351)が幼い弟妹を連れて来る。兄弟姉妹が多い大家族だが、養子となった戦災孤児も多数含まれている。まだ上手く食事ができない幼い子の給仕をしながら、千覚は家を離れた弟妹達を思った。
「今年は、奉公に出たあの子達は帰って来れるんでしょうか」
 たとえ帰省が叶わなくとも、奉公先で家族のように可愛がられていれば良いのにと思う。家族全員揃って新年を祝えないのはいつもの事で、現に今年は家長が依頼で留守にしているのだった。
「新年早々からの依頼やら商家の手伝いやら‥‥あたいも人の事言えないけど、父さんも母さんも人が良いよね」
「喜んでくださるのですから良いではありませんか」
 苦を苦とも思わぬ母の言葉に、この両親の許で育って良かったとさえ思う。未楡の家族愛は全ての人に向けられているのだ。
 そこへ帰省していたはずの礼野 真夢紀(ia1144)が、ひょっこり顔を出した。
「皆様明けましておめでとうございます。お姉様の容態も良くなりましたので戻って参りました」
 月与・千覚姉妹と懇意の姉に関する事だからと、年始の挨拶がてら報告に寄ったのだとか。お土産にと七草と冬の葉物野菜を持参して、真夢紀は都より見つけ易いのですと笑顔で言った。
「お店のほうでも出していただければと思いまして〜」
 そう、明日はもう七日――人日の節句だ。

●正月七日
 実家へ帰省していたとは言え、参拝客が多い時期を外したのは正解だった。
「今日は七草粥を食べる日ですねぇ‥‥ね、光華姫」
 傍らにいる人妖へ話し掛け、和奏(ia8807)は境内をのんびり歩く。松の内終わり間際の神社は休日の縁日のようで、傍らの光華もご機嫌だ。
 在所の土地神へ新年の挨拶と加護を祈願した後、あちこち覗いて歩いていたら、七草粥を茶屋で出しているとテキ屋の兄さんが教えてくれた。
 持ち帰りはできるだろうか。神社の粥ならご利益もあろうから、他の相棒達にも振舞いたいのだが。
 光華を伴い、和奏は茶屋へ歩みを向けてみる――今年も一年、無病息災で過ごせますようにと願いつつ。