【希儀】遭遇
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/30 23:20



■オープニング本文

 開拓者達を乗せた飛空船は、新たに見つかった儀を目指して飛び立った。
 行く先に何が待っているのかは判らない。未開の儀、だが未知の旅は開拓者達の心を躍らせる。
 誰が呼び始めたのか、行き先は希望の儀――希儀と呼ばれていた。

●古代の廃港
 到着したらしい。着陸の気配を感じて、吾庸(iz0205)は瞳を開いた。
 大部屋では各自荷物を纏めて下船の仕度を始めている。高揚する気持ちを抑えきれず声高に話し合っている若い開拓者や、落ち着いた物腰ながらも上陸を待ち侘びた表情の年配者、皆それぞれに希望を胸に秘めている。
 船員の話に拠ると、吾庸達を乗せた飛空船は希儀の北側に着陸したそうだ。これからいくつかの小隊に分かれて調査を開始するらしい。
 必要最低限の物だけ用意した小振りの荷を斜めに背負い、吾庸は辺りを見た。ここにも同じ小隊の者がいるはずだ。

「わぁっ ここが希儀なのですね!」

 ――いた。
 飛空船の窓から一心不乱に外を眺めている武僧の少女――静波(iz0271)が同じ小隊のはずだ。既に着陸し開拓者達は次々と下船しているというのに未だ旅気分でいるらしく、彼女の周囲には開いた荷が残っている。
「おい、降りるぞ」
「はい!?」
 素っ頓狂な声を上げた静波を急いて荷を纏めさせると、吾庸は殆ど彼女を連れ出すようにして下船した。

 この場所は、先の調査で『古代の廃港』らしいと判明した場所だ。だが今はもう、人は住んでいないと思われる。
「何百年、何千年も前の港‥‥」
 静波は呟いた。
 さすがに何千年は大袈裟に過ぎるが、人類が滅ぶ程度には大昔に栄えた港であろう。思い描くのは難しいが、想像してみるだけでも浪漫があるというものだ。
 港の近くには人が住まっていただろうという推測から、開拓者達は古代の廃港の近郊を手分けして調査する事になった。
「よろしくお願いしますねっ」
 静波は、隣でむすっと黙っている獣人のお兄さんを見上げて笑いかけた。

●希儀に棲まうもの
 静波と吾庸が向かった先は居住区であったらしい。
 朽ちた住居とおぼしき場所には、生活道具の成れの果てと思われる物体が多数遺されていた。
「わぁ、これは何に使っていたのでしょう‥‥」
 鍋か椀か、あるいは呪術道具か。
 椀型の物体ひとつとっても想像が膨らんで、静波の手は止まりがちになる。それは誰も同じで、何処も似たような光景が繰り広げられていた。
 調査記録を取りながら吾庸は素焼きの塊を手に取った。
「‥‥土笛か」
 丸い塊には空気を吹き込むマウスピース状の部位があった。希儀の人類が音曲を嗜んだ可能性を記して、吾庸は塊を元の場所に戻した。

 暫くして――興味の赴くまま想像の翼を羽ばたかせていた静波が、塊に気付いて近付いた。
 素焼きの塊だ。穴がある。覗いてみた。中は真っ暗で何も見えない。
「うーん‥‥」
 あれこれ考えつつ塊の汚れを落とす。穴に詰まった土塊が気になって筆の尻でつついて崩し、ついでに吹いて払い落とした。
 おや、これは土笛かもしれないぞ?
 静波は思いっきり息を吸い込むと、穴に向かって吹き込んだ。

 ぷす――――――

 空気の抜ける音がした。どうやら壊れているのか、あるいは鳴らすのにコツが要りそうだ。
「音、鳴らないですね」
 がっかりして、静波は素焼きの塊を元に戻した。

 更に暫く経った頃――開拓者達は上陸後初めて、希儀の生物と遭遇していた!
「アヤカシか! ケモノか!?」
 たった一体きり、遠巻きに此方を見ている生物は狼の姿をしている。
 人は滅びてもケモノはまだ生きていたのか、それとも人類を滅ぼしたアヤカシか。慎重に様子を探っていた開拓者が言った。
「瘴気は感じない‥‥アヤカシではないでしょう」
 ではケモノかと思われるが、それにしては浮世離れした感がある。しかし精霊のそれかと言えばそうでもない。開拓者達は戸惑った。
 だがひとつだけはっきりしている事がある。
『グルルルル‥‥‥‥』
 狼が敵意を剥き出しにしているという事実。狼にとって開拓者達は異質な乱入者でしかないのだ。

 このままでは、遅かれ早かれ狼は襲い掛かって来るだろう。
 狼をどう扱うか――上陸後初めての遭遇に、開拓者達は選択を迫られていた。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
リーブ・ファルスト(ib5441
20歳・男・砲
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645
41歳・女・魔
北森坊 十結(ib9787
28歳・男・武


■リプレイ本文

 新たに見つかった儀、しかしそこに人の姿はない――

●白き精狼
 狼が、そこにいた。
 害意は感じない、しかし狼の様子は開拓者達に緊張を強いてくる。

「ここは一旦下がりましょう」
 小隊最年長のバロネーシュ・ロンコワ(ib6645)が、年長者の風格を以て仲間達へ退避を促した。
「この場へは、情報収集に来たのです。余計な交戦は避けるべきです」
「僕は、お前と争いに来たわけじゃないんだからなっ!」
 そう、廃れた文明の謎を探しに来たのだ。
 考えるだけでワクワクするその冒険をケモノの登場で遮られ、空賊魂が焦らされた天河 ふしぎ(ia1037)が叫んだ。
 一触即発の状況――しかし開拓者達には、先住の生物を害する意思はなかった。
 懐から銃を取り出したリーブ・ファルスト(ib5441)を制止しようとした柊沢 霞澄(ia0067)は、リーブが銃に火薬しか詰めなかったのに気付いて淡く笑んだ。狼を刺激しないようにと、そっと場を去りかけた三笠 三四郎(ia0163)へ加護結界を施して、引き止める。
「私達は、みな同じのはず‥‥です‥‥」
 他の生物や戦闘に拠る血液の匂い、瘴気の残り香、何より開拓者ゆえに持つ気が狼に余所者としての違和感と刺激を与えないか――三四郎の懸念はよく解る。
「私達は異邦人ですから‥‥」
 だけど信じたい。誰も狼を攻撃せず、狼も此方に牙を剥かず、狼が引き下がる穏便な結末を。
 狼の、僅かな気配が、彼らに痛いほどの緊張をびしびし伝えて来る。
 羽喰 琥珀(ib3263)は狼から少しも目を逸らさずにいた。否、逸らしてはいけないと思わずにはいられないのだ。
「こっちは喧嘩しよーって気はさらさらねーんだけどな〜」
 いつも通りの朗らかな口調ながら、隙らしいものは全くない。
 しかしながらこのケモノ、何処か妙な気配を纏っていた。人の声を聞いた狼は牙を剥くでもなく逃走するでなく、ただそこにじっと佇んでいる。
「ケモノ‥‥か?」
 もとより彼には敵意はない。背に仲間を庇い、印を結んで護りの姿勢を取った劫光(ia9510)の自問自答にも似た呟きに、鈴木 透子(ia5664)が言葉を重ねた。
「狼なら見た事があります」
 自分達が知る『狼』とは少々異なる――透子の言葉に宿る真意に劫光の違和感が確信へと近付いた。
 白い毛並みの狼。一見ケモノのようだが、それにしては天儀で見かけるケモノ達とは違う雰囲気を発している。
(まるで、使命を‥‥役目を背負うかのような‥‥)
 新たな儀に到達した開拓者達を、狼が滅んだ人類の代わりに出迎えたようにすら思えて、柚乃(ia0638)は狼の真意を測りかねていた。
 単に縄張りに入った人間を排除せんが為かもしれない、此処で何かを護っているのかもしれない――あるいは。
(柚乃達を待っていた‥‥)

「‥‥精狼」

 ふいに劫光の脳裏で浮かび、口をついて出た造語は、何故かすんなり開拓者達の腑に落ちた。
 柚乃は土笛を持ったまま固まっている静波を見遣った。如何に駆け出し開拓者であれケモノとは初遭遇ではなかろうに、まるで魅入られたかのように白狼を見つめている。
 さりげなく静波を大柄な背に庇って、北森坊 十結(ib9787)は平和的解決を心中で願う。
(下手に刺激せずに追い払えれば良いが)
 何時襲い掛かって来ても良いよう心の準備はしたものの、できれば相手を傷付けずに済ませたい。せめて追い払わんと腹に気迫を込めて構えた。

 狼が、一歩動いた。
 しかし開拓者達には、ただの身じろぎにも一間もの跳躍にも感じられる、風のような軽やかな動きだった。
 皆が一斉に反応した――その時。

「「「‥‥‥‥!?」」」

 一瞬を先んじたのは、愛らしい口笛の音色。
 皆は瞬時に動きを止めた――口笛を吹く柚乃を除いて。

(少しでも敵意が和らいでくれるといいのですが‥‥)
 傷つけたくはなかった。たとえ相手に敵意があったとしても。
 オカリナを手にした柚乃が咄嗟に口笛に切り替えたのは、殆ど偶然だった。しかし最も原始的な楽器である口笛、生物が発する楽の音は吟遊詩人の唇を通して効果的に働いたのだ。
 希儀の空に遊ぶ小鳥が如く、軽やかに。少し高めの調べが場の全員から戦意を解きほぐしてゆく。
 どこか柔らかさを帯びた空気と和んだ雰囲気は、開拓者達だけにでなく白狼にも優しく作用しているようであった。
「流石に言葉は通じそうに無いが‥‥楽を聞く耳は持ち合わせているようだ」
 今の内に撤退すべきか。劫光とバロネーシュ、互いの黒い瞳が交差した。
 実際のところ、開拓者達には狼を追い払うだけの用意があった。

 しかし白狼がその場に蹲るに至り、彼らは必要以上にケモノを刺激するのを――中断した。

●街の碑
 幾年を経て遺った光景だろう。
 古代の廃港を出発し、廃港近郊の居住区域跡を調査し始めた開拓者達は、時の無情さを感じずにはいられなかった。
 明らかな人工物の残骸は、かつて人が生活を営んでいた証拠である。長い年月を掛けて風化し土に帰しかけた、人類の生の証。それはどこかうら悲しさを感じさせた。

 まるで見張られているかのようだ。
 崩れた建物の上に蹲った白狼は、伏せの姿勢で開拓者達をじっと見つめている。
「この街の、守護者みたいです‥‥」
 瘴気の澱みを探っていた霞澄が微笑した。普通のケモノとは一線を画する様子の白狼だが、格上のアヤカシ並の瘴気とは無縁の存在だ。
 空を見上げた白い毛並みが陽光に反射して柔らかく光る。
 タカとトンビが飛んでいた。ケモノではない、僅かに瘴気を纏ったそれらの正体は陰陽師達の符だ。
 白狼の上空を一度旋回したタカは劫光の符である。探索範囲を広げるべく白狼を中心に段々円の大きさを広げていった。
 空からだと居住区跡の凡その面積を測る事ができた。経年により境界は曖昧になってはいたが、意外と狭い区域であったらしい。目に付く場所に開拓者以外の動くモノがないかを確認し、劫光は上空からの様子を図に記し始めた。
 一方、トンビを飛ばしているのは透子で、こちらは白狼の周囲から離れようとしない。
「『送り狼』という言葉がありまして‥‥逆にストーキングしてみるのはどうでしょうか?」
「『送り狼』ですか?」
 透子の言葉を鸚鵡返しにした静波、咄嗟に狼獣人の吾庸を見上げて睨まれた。
 愛想無しな弓術師の無言の圧力に苦笑しつつ、透子は頷いて言った。
「ええ。普通の狼の話ですけど、あれは狼が自分の縄張りに入って来た人間が出て行くまで、付かず離れずして監視をする習性からできた言葉だそうです」
「あの狼も、監視しているのだろうか‥‥」
「そう言えば、廃墟に土笛があったらしいが‥‥静波、お前何をした」
 白狼の所作を見んと目を細めた吾庸の横で、リーヴは静波に事情聴取。というのも白狼の出現は土笛を静波が手にした直後の出来事だったから、念の為に状況の関連を確かめておきたかったのだ。
「これですか?」
「土笛だな」
 静波が取り出した土笛を一瞥した吾庸は目を細めた。先ほど自分が記録した遺物と同形の楽器だ。よもや元に戻した土笛が静波の手に渡ったのだとは思っていない。
「でもこれ、音が鳴らなかったんです」
 これが指穴で、ここから空気を吹き込むのでしょう? そう言いつつ静波は再度土笛に息を吹き込んだ。

 ぷす――――――

 ね? と首を傾げる静波を他所に、一同は一斉に白狼を見上げた。
「欠伸をしているな」
 我関せずと言った様子で日向ぼっこをしている。否、日向ぼっこに見えるだけなのだが。
 ギルドへ報告すべく遠目に白狼を観察し絵姿にしていた三四郎が、油断は禁物ですよと口を添える。相手はけものだ、伏せているのも奇襲の時を静かに待っているだけかもしれないのだから。 白狼には拍子抜けの反応をされたが、ふしぎは土笛に興味津々だ。
「静波、かわりに僕が慣らした見るんだぞっ‥‥!」
「あ、はい!」
 自分こそがと目をキラキラさせて迫る美少年の勢いに呑まれて、静波は土笛を押し付けた――が。

 ぷす――――――

「やっぱり鳴りませんね〜」
「何処か壊れているのかもな? 奏者の視立てはどうだ?」
 リーブに促されて、今度は土笛が柚乃の手に渡る。矯めつ眇めつ土笛を眺めてみて、柚乃は首を傾げて言った。
「遥か昔より、雅楽があったのですね。これは…祭具として用いられていたのでしょうか?」
 ごく普通の土笛に見えるそれは、一見したところで壊れているようには見えない。
 しかし僅かに空気の流れが歪んだだけで音程の狂うのが管楽器だ。何らかの要因で音が出ないのか、吹奏にコツが要る代物なのか、あるいは特殊な意味合いを持つ祭具の類なのか。
 壊れていても、音が鳴らなくても、とにかく試してみよう。柚乃は土笛を構えた。

 す、す、す、ぷす――――――

 やっぱり音は鳴らなくて、柚乃が途切れ途切れに吹き込んだ空気の抜ける音だけがした。
「心の旋律を奏でてみたのですが‥‥」
 白狼は寝ていた。
 四本針の懐中時計を片手に土笛を調べ始めた柚乃達の様子を眺めて、微笑した霞澄は瓦礫の瘴気を探りつつ街であった場所を歩き続けた。
 この地には、濃い瘴気もない代わりに過剰な精霊の加護も感じられない。時折見つかる遺物の類もまばらで、それはまるで花が枯れ生物が老いさらばえてゆくような、時の流れの果てに朽ち果てたような印象を彼女に与えた。
「ふしぎさん‥‥」
「何か見つかった?」
 いつしか霞澄に近寄っていた少年は、微笑いかけると墓標なりしゃれこうべなり、人が死んだ痕跡がなかったかと尋ねた。
「もし、本当にこの文明が滅んだって言うなら、それは突然だったのか、それとも人が避難する時間があったのか‥‥希儀に人がいないって聞いた時、最初にそう思ったんだ」
 同じ事を考えていた。だから霞澄は感じたままの言葉を口にした。
「未来を、閉ざされた世界‥‥」
「閉ざされた?」
 霞澄は頷いた。喩えるならば、残された最後の人類が過ごした島のような――閉じられた世界。
 こじんまりと生活の跡が固まった街の跡には、まばらに生活雑貨が出土した。人の営みを感じさせる痕跡に混じって、所々で建物が作為的に破壊された後に崩れたと思われる箇所がある。
「仲間、でも敵‥‥」
 閉塞空間で協力しきれず争い合い緩やかに滅びの道を進む――人間の業。
「宝探しみてー! これとか天儀に持ってけば高値で売れたりして!?」
 好奇心一杯に笑顔を向ける琥珀の無邪気さが眩しい。何処か救われたような気がして、ふしぎと霞澄は安堵した。
「なーなー! ここって台所じゃねーかっ?」
 琥珀に手招きされて行くと、食器類らしき生活道具に混じって貝殻や生物の骨などが溜まった一角がある。同じようなものが堆積している辺り、古代人が食したものの残滓だろうと推測できた。
「どんなもん調理して食ってたんだろーな〜 この儀の美味い食いもん何なんだろーな〜」
 ついつい調理方法に想像が行き過ぎてしまって、琥珀の腹の虫が空腹を訴えた。
 壁の向こうでバロネーシュが屈みこんでいる。書物らしき遺物を中心に、過去を辿ろうとしているのだ。
(ケモノ‥‥狼‥‥アヤカシ‥‥)
 自分達の探索を見下ろしている白狼を思い浮かべ、異儀の文字を追う。多くの書物は朽ち果てて情報を拾い上げる事はできなかったけれど、古代人達の生活に深く関わったと思われる言語が、彼女の脳裏に文字を為した。

 ――ライ、ラ、プス――

 それが何を意味するか、街の名か世界の名か、あるいは別の意味を成す言葉かは、開拓者達には判らなかった。
(‥‥ライラプス)
 バロネーシュは日向に靡く白狼の毛並みを見上げた。
 アヤカシでも精霊でもない、しかしケモノというには格が違い過ぎるあの白狼は、何を見、何を知っているのだろう――

●神の猟犬
 日が翳り始めた頃、開拓者達の調査は終わりを迎えた。
 終了を悟ったからだろうか、それとも単に日が暮れたからだろうか。白狼は伸びをすると体躯をぶるりと震わせて立ち上がると、開拓者達を一瞥して身を翻した。
「おや、廃墟が縄張りではなかったのでしょうか」
「塒へ帰るのか」
 透子と劫光が同時に放った符は、瞬く間に去った白狼の後を追ったのだが。

 ――神にも近い存在に追いつく事は叶わなかったのだった。