【畳】奥ノ手
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/26 01:24



■オープニング本文

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 人目に触れてはならぬ武器がある。
 対手に識られてしまう事で効力も価値も無になってしまう奥の手の武器、暗器。
 その作り手もまた、人に知られてはならない――

●裏
 その時、根来寺各地で彼らは見ていた。
 暗器製造集団・裏千畳との繋ぎ役を担うシノビ達。
 隠し武器を扱う彼らの身の保全、手掛けた暗器の秘密保持の為に裏千畳は常に秘匿され続けてきた。繋ぎ役は客を見、仲介するに相応しいと判断した時に姿を現すのだ。

「わたしが行きましょう」
 猫背の男が言った。じるべりあ流シノビを名乗る奇妙な青年の動向を追っていたシノビだ。
 他の繋ぎ役達は暫し視線を交わし、彼に委ねる事にした。
 監視の任を解いた繋ぎ役達は各地へと散ってゆく。残されたのは猫背の男のみ――

●網
 合流した開拓者達と笑狐に面会した猫背の男は、愛想良さげな様子で言った。
「じるべりあ流シノビ‥‥いえ、開拓者のかたから話を聞いております」
 あくまで丁寧な口調なのは茶屋の給仕の役柄を演じたままだからだろうか。決して隙はないのだが、口調は柔らかい。暗器を欲しているのはあなたですねと笑狐に言って、自分の責任に於いて職人の許まで案内しましょうと請け負った。
「ですが、そこから先は職人の管轄です。望みを叶えて貰えるかは、あなた次第だという事を覚えておいてください」
 神妙に頷く笑狐。
 繋ぎが接触したという事は、裏千畳に対して馬鹿な裏切りはしないと見込まれている事を意味するのだと男は言った。
「あとは、あなたが物を使いこなすに値する人物だと、自分で証明するだけです」

 宿を引き払い、一同は再び街へ出た。
 てっきり目隠しされるのではと思ったが、大人数相手にそんな事はしませんよと男は軽く笑い飛ばした。
「目隠しして連れ回したところで、感覚の鋭い人なら方向の推測も立てられるでしょう」
 ならば堂々と案内した方がいいと男は言う。自分も職人も、今回の件が済めば後腐れがないよう行方をくらませるからと。
 そうして案内されたのは根来寺の職人通り――開拓者達が繋ぎ役を探して行き来した場所だった。まさかこの中に紛れているのは大胆に過ぎないかと開拓者達が顔を引き攣らせる中、男は軽い足取りで鍛冶屋の敷居を跨ぐ。
「姐さん、客人だ」
 奥で腰帯剣を弄っていた女は、一同の顔を見て「おや」予想していたかのように、にんまり笑った。

「‥‥で、得物が欲しいのは名張の兄さん、と」
 女鍛冶師はじろじろと笑狐を見て「あんたは志体無しだね」あっさりと看破した。
「暗器はさ、練力を得物に纏わせて威力を上げる‥‥と言ったら解るかね? あんたが使いこなすのは並大抵じゃ済まないよ」
「構いません。俺にも、ここぞという時に使うくらいの力はあります」
 志体持ちには及ばないが笑狐には修行で得た僅かな力がある。開拓者が技を十回使える時に1回使えるかどうかという程度だが、それでも全く使えない訳ではない。
「で、あんたはどんな得物が欲しいんだい?」
「俺は‥‥」
 女は更に笑狐を観察し聴取して、彼が諜報専門のシノビであり攻撃特化でない事に着目した。普段から武器を携帯、まして目立つ長物を持ち歩くのには不向きな役割のシノビだ。暫く考えて、女鍛冶師は「あんたが嫌じゃなければだけど」と装飾品に武器を仕込む事を提案した。
「女装含めて変装が多いんだってね、そんなら男女問わない携帯品に得物を仕込むか」
 それじゃぁ、と女はごそごそ行李を漁って霞網を何束か取り出した。笑狐に山へ行けと指示して霞網を手渡すと、それを使って夕刻までに鳥を捕らえて来いと命じた。
「十羽もあれば行き渡るかね? 夕飯のおかずだから肥えてるのを頼むよ」
 容易い事だ、上手く群れが掛かれば十羽は下るまい――本来の使い方をするならば、だが。
 女は無闇に多い網束を抱えた笑狐を見遣って続けた。
「ただし、支柱は使わずに投網の要領で捕まえな。網が全部使い物にならなくなる前に十羽捕まえられたら合格だ」
 確かに、よく見れば霞網の端に小さな瘤が付いていた。分銅の内にも入らない小さな重しだ。下手すると一打で絡まってしまうだろう。
 今、昼を過ぎた頃――行き先の山への行き帰り分を差し引いた狩猟に使える時間は一刻半と言ったところか。ざっと五十束ほどある網の全てが使えなくなるか夕刻になるまでに、十羽の鳥を捕まえなくてはならない。
「これは笑狐の課題だから開拓者は手出し無用で頼むよ。ま、鳥の追い込み程度の手伝いは構わないけどね」


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
紫乃宮・夕璃(ib9765
20歳・女・武


■リプレイ本文

●策
 そうそう簡単には発注できないだろうとは予感していた。まだ仲介人を通して鍛冶師の許へ辿り着いたに過ぎないのだから。
 笑狐は腕に抱えた霞網を見下ろした。
 ただでさえ投網は扱いが難しいもの、それをこの霞網で行えと言うのか――

「十羽ですか〜 今日の夕飯は鳥にしような気分だったのですかぁ」
「ま、そういうこった。焼き鳥は外せねぇが、雀ばっかは勘弁な」
 くい、とお猪口を傾ける仕草をする女鍛冶師に、ディディエ ベルトラン(ib3404)は笑狐さんには丸々した山鳥を獲って貰いますよと飄々と返し、思った。
(思いのほか手強い課題かもしれませんねぇ)
 本来、霞網は罠だ。支柱を立て網を張り、空ゆく鳥を絡め取る蜘蛛の巣だ。だが課題ではこの網を罠として用いてはいけないと言う。投網として用いよと。
 笑狐に渡された霞網には重しが付いているとは言え、糸瘤のようなものでしかない。そもそもの扱いにくさも相まって、全て投擲したとて捕まえられる保障は、ない。
(どのような武器に仕上がるかは見当がつきませんですが、この試しと相通じる部分があるのでしょうかねぇ)
 そんな事を考えて女鍛冶師の顔色を伺い見れば、暢気に崔(ia0015)と肴の話なんぞしている。本当に焼き鳥が食べたかっただけかもしれない――が、そう思わせて別の糸があるやもしれぬ。此処は陰殻、シノビの国だ。あらゆる可能性は押さえておきたい処だ。
(幸い〜 獲るべき鳥の種類を定められなかったところは、救いというべきかと‥‥)
 ディディエの小さな溜息は、誰にも気付かれずに紛れて消えた。

 試練に対してそれぞれが考え始めて暫し――沈黙を破ったのは羽喰 琥珀(ib3263)の朗らかな声だった。
「投げて捕まえる、か。鳥を集める方法を考えなきゃなー 餌で誘き寄せるとかなっ」
 餌。鳥は何を食すのだろう。虫か? 木の実か?
 再び皆が思案に沈む前に、紫乃宮・夕璃(ib9765)が餌の一案を出した。
「餌ですか? 雀の狩り方なら知っていますが‥‥」
「ええんちゃう? 穀物を餌にするんは雀だけやないし。紫乃宮さん、教えてぇな」
「じゃあ俺は、肉食の奴ら向けに肉調達してから後追っかけるな〜」
 夕璃の助言通りに神座真紀(ib6579)が干飯を極辛純米酒に浸して撒き餌を作り始める中、琥珀は一足先に出かける仕度を始めた。琥珀が猟師を生業としている者を探し訪ねると言うので、ディディエは頼み事をひとつ。
「では〜 鳥の習性なども尋ねて来てくれませんかねぇ」
「そーだなっ 餅は餅屋って言うもんな!」
 何らかの助言が得られれば御の字だと二人は頷き合って、琥珀は意気揚々と飛び出して行った。
 さっきから夕璃がもじもじしている。眼鏡の奥の黒い瞳が瞬いては揺らめいて、何とも悩ましげだ。
「く‥‥笑狐さんを手伝いたいのはやまやま‥‥けれど‥‥」
 気になっていた。
 暗器製造を業とする鍛冶師と面会するなど滅多にない機会だ。折角の出逢い、製造武具を見せて貰う事は叶わぬとしても、話だけでも聞いてみたかった。
(しかしそれでは義が立たず‥‥)
 ちらと笑狐を見る。夕璃の視線に気付いて笑狐は微笑した。
「私は構いませんよ。此処が気になるのでしょう?」
「えっとこれだけいれば私がいっても行かなくても同じですよね! ごめんなさい‥‥」
 いやいや、そういう訳ではと掌をひらひらさせる笑狐達を他所に、夕璃の瞳は知的探究心に輝いている――そして、もう一人。
「‥‥あ? どした?」
 夕餉の肴の話から先の腰帯剣に話を移し、扱い難い武具への浪漫を語っていた崔の眼鏡が、皆の視線にずり落ちた。
「崔さんはどうします?」
 笑狐に問われ、彼の本名を知る男は固まった。根来寺探索でちょいと袖触れた職人通りの姐さんと再会し、その上他愛ない話まで盛り上がってなかなか良い雰囲気になっていて。
「‥‥あ、あぁ‥‥そーね」
 口篭る崔の内心では、二人の崔達が葛藤していた。
(これは更に姐さんとお近付きになる絶好の機会! ここで場を離れるたぁ男としてどーなんだ!)
(篤実さも男の器量の内じゃねぇのか? 藤次郎サンに付いてくだろ?)
 男の哀しい本能の叫びに思わず頷きかけた崔本体の耳元で、義侠心に篤いもう一人の崔が囁く。
「崔さん、どうするん?」
 気合充分な真紀の声に顔を上げれば、すっかり仕度を済ませた狩猟組が崔を見下ろしていて。
 その瞬間、脊髄反射で崔は片方を諦めた。
「さて行くか、ショーコサン?」
「泣いてませんか、崔さん‥‥?」
 笑狐よ、気付いてない振りをするのが優しさだろうに――ともあれ、一同は夕璃と女鍛冶師を残し山へと出発した。

●猟
 山に入った五名は木々の間から空を見上げた。午後の山は残暑厳しい夏の日差しが眩しいばかり、鳥達も樹の影に休んでいるのだろう。
「捕まえていいのは笑狐サンだけだし、出来そうなコトから片っ端にちゃっちゃとやってくか」
 崔の言葉に頷いた一同は、互いに逸れないよう留意しつつ行動を開始した。猟は笑狐、皆は勢子。網を罠として使えないから、まずは狩場になりそうな、獲物が集まり留まりやすい場所を探す事にする。
「羽喰さんが穴場聞いてきてくれるとええんやけど‥‥」
 上手く猟師と交渉できている事を祈りつつ、真紀は長巻を握った。山中の事とて場は狭い、行動に支障が出ない範囲でざくざく枝葉を払ってゆく。
 琥珀が追いつけるよう目印も残しつつ、道なき道を歩いて一同は山を進んで行く。何かを探すように小手を翳していた崔が言った。
「野生のが集まる場ってえと、餌探す以外なら巣・水場・砂場‥‥ってトコか。小川とか沢だな」
「‥‥こっちから水音がするわ」
 皆を先導していた真紀が耳を澄ませて言った。
 水の流れる音を頼りに沢へと降りて更に沢伝いに移動していると、猟師の助言で沢に降りていた琥珀と無事落ち合う事ができた。
「もう少し上った辺りに開けた場所があるらしいぜ。大勢が潜むには丁度いいだろうって言ってた」
 琥珀の情報を得て、沢の中流を目指す。そこを狩場と定めて一堂は狩りの仕度を始めた。

「んー、この辺でええかな? 籠を仕掛けたくなるなぁ」
 水辺の砂地に干飯を撒きながら真紀がこそり。確かに、つっかい棒を立てた籠を仕掛けておけば雀が掛かりそうな長閑さだ。
 投網の軌道や飛距離を考え、あまり高い位置に餌を仕込まないのがコツだ。琥珀は猟師の許で手に入れてきた干肉を川向こうの枝に掛けた。
「鳥じゃねーのが来るかもな〜 ま、そんときゃ夕飯のおかず増えるからいーか」
 あっさり言い切る琥珀は晴々しい笑顔、川向こうで霞網を弄っていた笑狐を呼んだ。
「笑狐ー、ここまで網、投げれるよなっ」
 ぶんぶこ手を振る琥珀の様子は朗らかな事この上なく、心配も吹き飛びそうだ。
 しかしながら投網の使い手は初めて得物を扱う訳で。砂地より手前の藪に潜む場所を誂えたディディエは、笑狐に少し慣らしてみませんかと促した。
「網の数に限りがあるとは言えですね、使った事のない道具でいきなり本番というのも無理があるかと思われますですし〜」
「そうですね、まして使い方が本来のものとは違いますからね」
 神妙に頷いて、笑狐は霞網をひとつ摘み上げた。
 軽い。まるで蜘蛛の糸のようだ。試しに投網漁の要領で投げてみた――が、風に乗って流れてしまった。蜘蛛の糸と異なるのは多少乱暴に扱っても切れはしない点だが、一度投げ損なった霞網は簡単に絡まってしまい使い物にならなくなった。
「うーん、これはかなり手強そうですね〜」
 だからと言って開拓者は手伝えない。網を投げるのは笑狐で、霞網の改造も不可となれば、彼が何らかのコツを見出すのを見守るほかない。
「さぁ、あとは笑狐さん次第やで。頑張ろな!」
 直接手を下せないから、真紀は精一杯の励ましの言葉を送った。

 餌を仕込んで待つ事暫し――
「‥‥ああ、また」
 鳥に届くまでに団子化してしまった霞網に笑狐は歯噛みした。投げる手付きや力加減は大分慣れてきたはずだ。だが突如邪魔する風の流れにはいつまでも慣れそうにない。
「さっきより上手くなってるよ!」
 真紀の励ましに微笑で応え、笑狐は次の霞網を摘み出した。
 投げる前に使い物にならなくなっては堪らない。糸の縺れを慎重に解して投擲の準備をする――そのうち笑狐はある事に気が付いた。
「おや、縺れてしまいましたか?」
「いえ‥‥ディディエさん、この網は‥‥」
 差し出された霞網をディディエは凝視した。ただの糸瘤が付いた霞網だと思っていたが材質が少々特殊なようだ。
 二人の遣り取りに皆が集まって来た。順番に霞網を回し観察してみたが材質がいまいちよく判らない。
「これは‥‥何でしょうねぇ〜」
「かなり細い‥‥絹糸より細いと思わへん?」
「けど、すっげ丈夫だよなー」
「蝋引き糸か? 違うな、これは‥‥」
「鋼にも見えますが‥‥こんなに細く加工できるとは思えませんし〜」
 皆して首を捻ったが正確に何かは判らない。ともあれ普通の糸ではない事だけは確かだ。
(やはり武器に相通じる試しなのでしょうか〜)
 真剣な面持ちで網を構えた笑狐を見遣り、ディディエは思った。

●待
 一方、女鍛冶師の許に残り、皆の帰りを待つ事にした夕璃はと言うと。
「笑狐さん達、無事にとって来れれば良いですね」
 相変わらず腰帯剣を弄りまわしていた女鍛冶師に温和な笑顔を向けて、「ところで‥‥」眼鏡をきらりと光らせた。
「不躾だったり無礼であったりしたら平にお詫びいたしますが」
「何? 勿体振らずに言いな」
「これまでどんな方に武器を造られたのですか?」

 暫しの沈黙――

 知識欲ゆえの単刀直入な問い過ぎたので、夕璃は慌てて補足した。
「あ、あの勿論具体的な名前ではなくて、人柄やどんな所が目を引く人だったかを伺ってみたくて‥‥」
 ちら、と女鍛冶師を見ると、何やら面白げな様子で夕璃をじっと見ていた。
 質問内容を誤ったかしらと焦る夕璃を他所に、女鍛冶師は夕璃に問いかけた。
「あんたなら、どんな武器を造って欲しい?」
 急に振られて答えに窮する夕璃の反応を見ながら女鍛冶師は淡々と続けた。

「あんたの仲間が居た時にも言ったけど、暗器ってのはさ、練力を纏わせて始めて本来の力を発揮する武器なんだ。それまではただの道具だよ、笑狐が山で投げてる投網みたいにね」
「ただの道具‥‥」
 反芻する夕璃に、女鍛冶師は「そろそろ道具を武器にしたかねぇ」他人事の風で煙草盆を引き寄せた。
 外は夕暮れ――そろそろ結果が出ている頃であった。

●纏
 さて、再び山中で試練に臨んでいる笑狐達の状況に戻る。
 途中、真紀の咆哮に誘われて出て来た獣を狩ったり、琥珀が山菜採りに出かけたりしていたが、試練自体は順調に進んでいた。

 勢子になってくれた皆の追い込みに応えんと笑狐は懸命に網を投げた。生来の器用さからコツをつかみ始めているものの、捕獲は未だ偶然頼りだ。
 日暮れが近い、残数も時間も、そろそろ終わりが見え始めている。一同は更に気合を入れた。
「逃がさへんで!」
 真紀が上げた声と同時に、鳥の飛行軌道にあった枝が落ちた。真紀の声に驚いた鳥は枝を避けきれずに激突し、軽い脳震盪を起こしている。戻って来た円月輪を手に、崔は他の鳥も追い込むべく更に構えた。
「傷付けてはいけません〜 投網で捕獲した証を立てねばなりませんからぁ」
 吹雪を起こして鳥達の視界を奪いながらディディエが喚起する。逃げ惑う鳥がひとところに集まるよう追い込んで、開拓者達は捕獲の成功を待った。
 雀から山鳥、雉鳩に椋鳥――捕らえられる鳥は手当たり次第に捕まえてきた。しかしまだ霞網が投網になった実感はない。
「合格まであと三羽、頑張ろ?」
 真紀の発破に頷いて笑狐は残り少なくなった霞網を構えた。
 鳥が集まっている。三羽以上はいるだろう。網の面積からすれば纏めて捕らえる事も可能だ。
(俺が一打で捕らえれば、これで終わる‥‥)
 笑狐は残り少ない霞網の一束を、最後の一束のつもりで集中し――その時、何かが変わった。
 投打した網はしっかりと開いて、勢子達が寄せてくれた鳥をしっかりと捕らえたのだ。

 捕らえた鳥たちを網から外す段になって、皆は霞網が練力を帯びている事に気が付いた。
 そっと網から外した鳥達は鋼糸で絞められたかのような傷が付いている。また、網は霞網だとは思えぬほどしっかりしていて、再利用もできそうなくらい縺れにくくなっていた。
「なあ、これって‥‥」
「霞網が暗器だったってコトか」
 実際には何らかの装飾品の中へ仕込むのだろうが、練力を帯びて格段に扱いやすくなった霞網であればそれも可能であろう。

 期限が迫っていた事もあり、一同は急いで帰路に就いた。
 鳥十羽以上、のみならず獣や山菜もある。充実した夕餉になりそうだ。
 多くの収穫を手に戻って来た皆を、女鍛冶師は機嫌よく迎えた。酒盛りになった夕餉で彼女は言ったものだ。
「暗器は殺しの道具とは限らないのさ。殊に志体無しの笑狐にはね」

 一発きりの奥の手――諜報を任とするシノビに、裏千畳の女は起死回生の一手を授けたのだった。