【負炎】温泉を取り戻せ
マスター名:加藤しょこら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/11 20:27



■オープニング本文

 合戦で一仕事終えて朱真がやって来たのは石鏡の某所。
 その温泉街はお椀を逆さにしたような形の山の麓のこれでもかと言うくらいにまっ平らな場所にある。
「湯の色は乳白色、プロポーションに悩みを持つ婦女子のストレス解消に人気か」
 朱真は観光案内書のとある箇所を声に出して読み上げる。
 描かれている豊満な温泉美人のイラストは気にいらなかったが、健康増進や病後の回復など色々な効果が期待できるという事で合戦の疲れを癒すには丁度良いと思った。
 湯元はお椀を逆さまにした形の山の頂上に付近の出っ張った部分であり、湯が山を下る過程で温度や成分が丁度よい具合に調整されるそうだ。尚、湯の色は乳白色であるそうだ。

「温泉が乗っ取られました」
 その観光案内書にあった温泉宿に着くや否や朱真はそう言われ、何の事か分からずに兎のように目をまばたかせる。
 若女将は平らな胸の前で寂しそうに手を組むと事情を話しはじめる。
 他所から流れて来たならず者の一団が山の中に住み着き、あろうとこか湯元付近で湯をせき止めてしまった。
 勿論そんな自分勝手な行為は見逃せないと皆で抗議に出かけたが‥‥。
 けが人を1ダースほど作っただけで追い返されてしまった。
 遂には独占した湯を使って、商売を初めているというから、これまでの温泉街は寂れるばかり。
「開拓者様のお力添えで何とかならないものでしょうか?」
「よしわかった! そのならず者をぶん殴ってくればいいんだな?」
 涙ながらに女将に朱真は脊髄反射で応えると拳を突き出してみせる。
「いえ、そういう事だけじゃ‥‥」
 湯元に近い山の中でいままで温泉宿が作られなかった理由というのが、ひとたび大雨がふれば山の地盤が軟弱になり簡単に崩れてしまう事にあるというのだ。
 いずれ大雨が降れば、ならず者の一団ばかりか訪れているお客様も巻き込まれて犠牲者が出てしまう。
 女将はそう懸念していた。恥ずかしい事だが、温泉街の人の中にもそんな事態になることを指折りして待つ者も現れ――このままではたとえ温泉が戻って来ても昔のように誰もが仲良くできるかが心配だという。
「ややこしいな! 結局どうすればいいんだよ」


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
 鈴 (ia2835
13歳・男・志
縁(ia3208
19歳・女・陰
忠義(ia5430
29歳・男・サ
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰


■リプレイ本文

●温泉街
 雲一つない青空。陽光は降り注いでいた。
「温泉に入れるからと来たのだけどね‥‥」
 呟くのは胡蝶(ia1199)だ。人影もまばらな通りを木枯らしが音を立てて吹き抜ける。
 風情のある景色も温泉に入れなければ堪能できない。
「‥‥つか、プロポーションに悩みを持つ婦女子のストレス解消って、この微妙な限定は何なんでしょうね」
 忠義(ia5430)は斬新な形の山を見てその意味が分かったような気がした。
 ポッコリと突き出たお椀を逆さに置いたような曲線はそこに女性が仰向けに寝ているようにも見えるのだ。
「ほう、それはおもしろいな」
 刹那、朱真(iz0004)の突き刺さすような視線を感じた。首が地面に転がり落ちんばかりの勢いで忠義は顔を逸らすと、その視線の先で柚乃(ia0638)が苦笑いを浮かべていた。
「なんでしょうね。柚乃にはわかりません」
「なんつーか、あの山は何かにそっくりッスね」
 忠義がいやな汗を流しながらさらに余計な事を言うと、柚乃の顔色もだんだん悪くなってくる。
「ま、まぁ‥‥なんにせよ湯元の解放は必要ね」
 胡蝶はイライラした様子でコホンと咳払いすると、先ず状況把握をしなければと話題を変える。
 温泉宿の女将の話によると、ならず者の一団の中には女子供の姿も混じっており山賊とは様子が違う。
「それにしても派手にやったみたいッスね」
 忠義は単純にぶっとばしてとり返せと依頼してくれれば早いのにと肩を竦める。
 暴力は悪い事だが重い怪我を負った者が居ない事が幸いと柚乃も胸を撫で下ろす。
 だが、顔に青あざをこしらえた大人があちこちに居れば物騒な街だと思われても仕方が無い。子供のケンカと同じには見られないのだ。
「皆が楽しむべきものなのに‥‥」
 趙 彩虹(ia8292)のやるせない気持ちは温泉を訪れた者であれば誰もが普通に抱くものだろう。
 湯の流れが停まったのは三日前からだという。なぜせき止められたのか? 本当に商売を独占する意図があるのだろうか? こんな事になる前にもっと良い方法は無かったのかと彩虹は思う。
 観光案内書にも石鏡では良質の温泉が出る事が記されているように、此所がダメならお客は他所を選べば良い。
 客足を遠のかせ、生活を脅かしている以上、事態は難しい。簡単で脳天気なお願いに聞こえるが、多くの人の命運を左右する重大な判断を求められていた。
(「話し合いで解決できないかな‥‥」)
 柚乃の聞き込みによると、山に強い雨が降れば、確実に土砂崩れが起こることは共通の認識だった。だから誰も住まない。知っていながら住み着こうとする余所者たちに誰も警告をしていなかった。
『早く大雨がくれば良いのだ』
「‥‥そう、なんですか」
 鈴(ia2835)は温泉街の人たちの言葉の中に他人の不幸や失敗を願うネガティブな感情を見つけてしまった。
 知りたく無い事を、知ってしまったような気がした。仇をなす者に向けられた悪意でも、それは同じ人として、誰もが心の内に抱いてしまうかもしれない事。だが、落ち込んでは居られない。自分の信じる最善を目指そう。
「話ができるように頑張りましょう」
 鈴は柚乃に向かって言うと連れ立って、温泉街の長の元へと直談判に向かうのだった。

●湯元の山
 木枯らしが通り抜けるたびに枯れ葉が舞う。
 鬼島貫徹(ia0694)と詐欺マン(ia6851)、縁(ia3208)の3人は湯元の山へと続く落葉道を歩く。
 木々から葉が剥ぎ取られ、風景は秋の気配を残した茶褐色から荒涼とした灰色へと変化してゆく。駆け足で冬に向かう風景の中に作りかけの段畑が見え、開墾に精を出す人々の姿があった。
「こんな場所に畑?」
 なによりも温泉街の皆さんの手助けになりたいと縁は思っていた。それには湯を元通りにすることが第一歩だ。話し合いはそれからだ。
 間もなく真新しい建物が見えて来た。一階建ての長屋の正面では『温泉あります』と書かれたのぼりが風で激しく揺れている。
「野生動物ですら仲良く湯を分け合うというのに、兎角争いの尽きないのが人の世か」
 貫徹は、そう思わないかと、詐欺マンの背中をポンと叩く。
 新しく拓かれた道に面した建物の奥が板塀で囲まれおり、露天風呂になっている。
 キャッチコピーを頭のなかで反芻しながら、詐欺マンは男性への効果に思いを巡らせてみる。だが、明確なイメージは湧かなかった。
「二度と来るか! こんなところ」
 建物の正面から出て来たのは家族連れの一行だ。かなり機嫌が悪い様子でぶつぶつと話している。
「どうなさいましたか?」
 中の様子を知る絶好の機会だと縁が訳を聞けば、家族連れは祖母の還暦祝いに来たという。美容についてはあきらめたら其処で終わりなのだなどと熱く語りながらも、サービスが悪すぎると続ける。折角のお祝いに酷い思をさせては申し訳ないと利用を取りやめたのだと言う。
「宿なら麓の方にもありますし、そちらに行かれてみては如何でしょう‥‥」
 縁が一通り愚痴を聞いてあげると、家族連れも落ち着いたようでスッキリした面持ちで山を下って行く。
「さぁ行くぞ!」
 貫徹が先に立って、問題の宿の引き戸を空けると、カラン、カランと呼び鈴が音を立てた。真新しい木の匂いが嗅覚を心地よく刺激する。壁が板張りで祖末な感もあるが、短時間で建てたことを思えば高く評価しても良いだろう。
「いらっしゃい」
 奥から大柄な男が現れる。一応はお客として認識してくれたようで、無愛想に3人を奥の部屋へと案内する。なるほど本職の仲居と比べものにはならないし無愛想だ。立ち居振る舞いもなっていないし、相手の話を聞けていない。
「む。この湯のみにはヒビが入っているでおじゃるな」
 詐欺マンの指摘にそれしかないからと、当然の事にように男が返す。貫徹の額の血管が浮かび上がった。
「む、貴様、これはどういう事だ?」
 何気に貫徹が持ち上げた浴衣の袖の中には折曲がった瓦版が入っている。前の利用者の持ち物が残っているのだろう。つまり、洗濯をされていない。
「この大たわけが!」
 まずは様子見のつもりだったが、ひどい扱いに貫徹の堪忍袋の緒も切れた。
「やかましい! これでも一生懸命やってんだ!」
 売り言葉に買い言葉、逆切れした男が卓袱台をひっくり返すものだから‥‥。
 言うまでもなく、ケンカは貫徹の圧勝に終わった。
「私の指導が行き届かぬばかりに‥‥」
 騒ぎに気付いた主人の男は幌村と名乗ると、ケンカを仕掛けた男の頭を引っ叩き、頭を下げて詫びる。
「‥‥商売とかした事があるのか?」
 話を始めるには好機だとまずは事情を聞いてみると。
 着の身着のまま同然の者達に調度品を整える余裕はなく商売の経験も無かった。それは確かに仕方ない理由だと頷けた。だが、それならば宿を名乗ってはいけないと、縁が先ほどの家族の苦情を伝えて諭す。
「仰るとおりです‥‥」
 幌村は素直に頷きながらも、蓄えのない自分達には仕事を作ってでも働き続ける必要があると言う。
 開墾して新たに農地を作り生活基盤を作ろうとはしている。だが、実りを得るまでには時間がかかる。
 天井からバチバチとした音が響きはじめた、ミゾレまじりの冷たい雨が降り始めたのだ。
「あなたたちのせいで麓の温泉が止まっているってわかっているのですか?」
 事情が分かって来た所で、縁は問題の核心へと話題の舵を切る。ならず者達は温泉街の人達の怒りの理由をようやく理解した。温泉の湯など地面から湧き出ているもの程度の認識しか無かった。
「今一度、ちゃんと話し合ってみてはどうか?」
 そう言いながらも湯元から立ち退かなければいけない事を貫徹はハッキリと告げる。
 地盤が弱い事はならず者達も気付いており、そんな土地だから今度こそ定住できると思っていた。だからこそ崩れないようにと整備しようとした。だが、湯が堰き止められ流れが変わってしまった。
「何をやってもダメというわけか‥‥」
「もし、私たちが討伐に来た開拓者だったらどうするつもりだったのだ?」
「最悪だっただろうね」
 幌村は率直に答えると、湯の流れを元に戻す事を約束した。
「それぞれ言いたい事もあると思うけど、お互い正面を向いてまず話をしなければ伝わるものも伝わらないし、前に進んでいかないと思うの」
 縁の言葉にも決意が籠る。ここから先が本番だ。外ではミゾレまじりの雨が雪に変わりはじめている。

●会合
 湯の流れが戻り温泉街は落ち着きを取り戻した。
 雪は荒涼とした風景をやさしく包み、色調の変化は山の稜線がもつ曲線美を際立たせている。
 人々は口々に流石は開拓者様だと絶賛し、訪れていた客達も、楽しみである湯に浸れると機嫌がよくなった。
「話し合いの件、よろしくお願いしますね」
 ならず者の事を失念したかのようにご機嫌な人たちの様子をみて鈴が温泉街の長に念を押すと、長は眉を顰めながらも約束の言葉を返す。温泉街の長も開拓者の権利を理解していたし、自分たちの為に動いてくれた開拓者達への恩義も忘れてはいない。鈴は双方の言い分を聞けば良いと思っていたが、それだけでは和解するには材料が足りない。
「確信犯で湯を止めた訳じゃないのが幸いか」
 貫徹が言うと鈴も頷く。人々のネガティブな感情を知っているからこそ、ワザとでは無いことは重要だ。
 話し合いの約束は取り付けた。ならず者たちに引けない事情がある以上、最善を目指すには、温泉街の人々に折れて貰う一手に限る。
 温泉街にもたらす利益を交渉の糸口にしようと考えていた彩虹も頭を抱えていた。ならず者達に商才の欠片も無い事はすぐに分かったし、大工の腕の良さも温泉街へ利益に繋げるには押しが弱い。
 打算的に納得できる提案も、受け入れを通の決定打にも乏しい。だが全員を助けたいという熱意はある。
 上空では雲が激しく流れ、横殴りの雪が風景を白の世界へと変えてゆく。
 話し合いには子供も年寄りも含めて一族全員がやってきた。もう山には住めないと思ったのだろう。表情は暗い。
 温泉街の人々はその様子を見て、この人々が避難民の一団であることを知った。
 柚乃が寒かったでしょうと、温かいお茶が用意した。そんな細やかな気遣いのおかげで集まった人々の心は少し落ち着いた。
「とはいっても、今は一方的に加害者という立場‥‥ね」
 先ずは事実と向き合おう。柚乃は誰もでも分かるように状況を説明した。
「治安の良い温泉街なら、遠方の観光客にも良い宣伝になるでしょう」
 胡蝶はありがちな事件を例に挙げ、ならず者達を用心棒に雇えばそんな時も安心安全だと提案する。
 既に温泉街の人達も本音ではならず者達を受け入れたいと思いはじめていたが、胡蝶の提案には首を横に振る。
 忠義が当初から懸念していたように、商売の損失やケンカ沙汰が原因の気持ち捻れが尾を引いていた。受け入れれば力の無い自分たちが支配されてしまう恐怖感を抱いているのだ。
「自分に払う報酬があるなら、そのもの達をなんとかしてやるでおじゃるよ」
 停滞した空気を破ったのは詐欺マンの一言だった。
「どうしてお前達はそんなに一生懸命なんだ?」
「それに、今の状況‥‥アヤカシに狙われなくてよかったね。以前そんな依頼を受けたもの‥‥」
 温泉街の長の言葉に柚乃が迷わずに答えると、場の雰囲気はしんみりとしてくる。
「私たち、今日、明日のことに困っている訳じゃないですよね」
 誰かがボソリと口を開いた。金がない訳じゃない。場所が無い訳じゃない。生活に困窮している訳でもない。ならず者と呼ぶ前、流れ者がぽつぽつと現れたとき、相手の話を聞くよりも、面倒事には関わりたくないという気持ちが先に立った。山に住み着き始めた時に危険を知らせずに放置したのも自分たちだ。
「私たちも開拓者の皆さんのように話を聞く気持ちがあればこんな事にはならなかったのではないでしょうか?」
 女将がぺたんこの胸に手をあてながら、それでも胸を張って言う。
 困っている人を助けられない程切羽詰まっていないのなら、困っている人を助ける事に理由などいらない
 知らない事、知ろうとしない事、何もしないという事は誰かを傷つける事がある。
 優しさへの臆病さが無くなれば話は早い。
(「民が戦に追われてるのに手も打てないなら、石鏡も先行き不安ね‥‥」)
 胡蝶はひそかに思う。民の暮らしの安全を守るのは国の政の要なのだから。
 ある者はならず者と呼んだ一族との間に壁を作ったのは自分ではないかと気づき恥ずかしいと思った。
 こうしてならず者達は温泉街の仲間として受け入れられることになる。族長を一人除いては。
 怪我を負わせ商売に損害を与えた事は事実だ。責任は誰かが取らなければならない。
「この依頼の報告は、神楽の都へ持ち帰るわ」
「話は聞いているので、心の整理はできています」
 彩虹や胡蝶、鈴の働きかけもあって、咎は族長一人に留まる事になる。
 幌村は還暦を超えた年齢であったが、その身体能力から志体を持っていることは間違いなさそうだ。これからの人生開拓者として働いて負債を返してゆくのだという。そして、開拓者となれば皆とは暮らせず、神楽に居を構えなければならない。
「仕事は年齢じゃない。健康であればいつでもできる。うぬぼれかもしれないが、普通の爺とは違う」
 幌村も開拓者となって仕事をする意欲は充分だ。彼の愛した村が同じ形で再建される可能性は無くなったが、愛した人々はここで生き続ける事が出来る。だからもう心配ない。

●温泉
 強い風が雪雲をどこかに運び去り、満天の夜空に星が輝いている。心の中の暗雲を取り去った人々の表情を思い出させる。ようやく本来の休暇、難しい事を考えずに温泉を満喫できる。
「確かに身体は使わない仕事だったけど、意外に大変な仕事になったよね」
 胡蝶は零すも表情は明るい。
 それにしても、本当に良いお湯だ。
 強い風は雪雲をどこかに運びさってしまったようで代わりに寒気を運んで来た。
「悩みを持つ同士、仲間‥‥かも。‥‥真逆だけど」
「真逆だと?」
 柚乃のぽつりとした呟きに、朱真が疑問符を浮かべた表情で返す。
「それはつまりこういう事ですよね」
 ほろ酔い加減に人懐っこさ全開となった彩虹が朱真の背後に回り込む。
「お、おまえ、何か背中に、むにゅって当たっているぞ!」
 朱真が敗北感に満ちた表情で、ぜんぜんうらやましくなんてないからな! と、精一杯の強がりを見せる。
「‥‥ううん、何でもない」
 柚乃は首までとっぷり浸かったまま、我関せずと湯を堪能する。
「まったく‥‥世話が焼けるわ」
 だらりと板きれの様に身体を伸ばした胡蝶が夜空を見上げると、湯煙の先に星が輝いている。
 小さいことは問題じゃない。どんな時も前を向いて歩けば大丈夫。
 そう、男湯の様子とか、分からない方がむしろ良い事もある。
 振り返ってみれば僅かな時間だったが、途方も無く長い時間がかかったような気がした。