浮遊する脅威
マスター名:加藤しょこら
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/03 22:58



■オープニング本文

●アヤカシ
 深く暗い森の奥から鹿が駆けてくる。
 森の獣達は表面に人の表情のようなものを見せる3体の煙の塊に戦いを挑んでいた。
 それはアヤカシであった。
 堂々とした風貌の牡鹿が角を突き出す姿勢で地を蹴り突進する。
 確実に直撃できる筈だった。
 が、手応えがない。
 その理由を理解できないまま、牡鹿はアヤカシの煙状の身体をすり抜けて行く。直後、木の幹に衝突。
 間もなく、アヤカシが自滅した牡鹿の身体を煙で包むと、森に絶叫が響く。生きながらにして食われてしまった。
 別の場所でも戦いが繰り広げられていた。
 煙の塊が橙色に光を帯びた刹那、炎がはき出される。橙色の煙に触れた草木が燃える。
 夜の森が橙に輝き火が広がる。
 さらにもう一箇所、大きな白い狼が戦いを挑んでいた。
 煙の固まりと交差した刹那、全身に無数の切り傷を負う。
 此方は辛うじて逃げ出すも、もうこの森には住めない。新たな住処を探さねばならなくなった。

 突然現れた脅威に戦いを挑んだ獣たちは食われ、戦えない獣は住処を追われた。

●村
 ジルベリア王国の山岳地帯にある山間の湖のほとりにある村。
 山地から湖に流れ込む川の末端に土砂が堆積した三角州と平地があり、人々は其処に暮らしている。
 村と反対側の湖岸は切り立った石灰岩の地形であり、風雨の浸食により幻想的な風景を作っている。
 村人達は川の上流、山の奥に続く森を少しずつ切り開き農地を広げていた。
 
 森との境界。
 農夫が幼い2人の息子達と野良仕事を行っていると、森の中から駆け出してきた子鹿が木の切り株に躓いて倒れた。
 倒れどころが悪かったのか、脚が折れ、その場に倒れたまま動けなくなる。
「これはラッキーだな。今夜はシチューだ。子鹿の肉は柔らかくて旨いぞ」
 農夫は恐怖に怯えて逃げようともがく子鹿に、何の躊躇もなく斧を振り下ろすと子達に向かって言う。
 その夜は思わぬ獲物のお陰で楽しいものとなった。

 それが最初の出来事だった。
 普段は姿を現さないはずの動物が人里に下りてきている。猟師が不審に思わないはずは無かった。
 だが、数日前の夜。遠くで発生した山火事が原因だろうと軽く結論づけられる。

●襲来
 平和な日は終りを迎えた。
 森に響く銃声。
 逃げ出す人影を追って、森から灰色の煙のような塊が現れる。
 異変を察知した村の男たちは武器を取り、戦わぬ者は避難を開始した。
 森のほとり麦畑で戦端が開かれた。
 地表から1m程の高さにふわふわと浮く3体のアヤカシに向けて、一斉に放たれる。
「そ、そんな、莫迦な」
 僅かにはダメージを与えたかも知れない。
 しかし、命中したと思われた矢は全てアヤカシをすり抜けて地面に突き刺さった。

 収穫が間近の麦畑に火の手が上がり、家畜の羊が襲われ、村の資産は失われてゆく。
 幸か不幸か、出現地点が村はずれであった為、村人は逃亡する時間を得ることが出来た。
 だが、突然の襲来に着の身着のままで逃げ出すことしか出来なかった。
 今は夏。蓄えの穀物が最も少ない時期であった。
 さらに、避難先が用意されている訳でもない。
 全て自分たちの力でなんとかしなければならない。

●依頼 
 このまま村を捨てることになれば餓死するか行き倒れになってしまう者が続出するだろう。
 何処ででも、生きて行ける強さをもつ者は少ないのだ。
 依頼の概況を語った婦人は小さな胸に手を当てて、そのまま垂直に下ろすと。
 どうか救ってくださいと、深々と頭を下げるのだった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
紅虎(ia3387
15歳・女・泰
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
暁 隼人(ia3930
10歳・男・サ


■リプレイ本文

●到着
 村の中心部の集落からは、幾条もの煙があがっていた。
 出火の原因は分からない。だが、アヤカシが絡んでいる可能性は高いだろう。
 集落は村を貫く一本道の一点を中心に二百戸程度の建物が放射状に広がる形で固まっている。
 炎がすぐに衰える様子は無く、むしろ勢いを増しているように見える。まるで封鎖線のように集落を囲んだ炎が中央に向かって他の炎と合流しながら燃え広がっている。
(「拠り所がなけりゃ、人は生きていけない。それは村だったり、人だったり、物だったり、色々だろうが‥‥」)
 暁 隼人(ia3930)は住処を奪われた人達に思いを巡らせる。
 一日も待てば燃える物も無くなり火勢が弱まるかもしれない。万全を期すなら待った方がよいかも知れない。
「ここで食い止めねえとな」
 戦うなら早い方がよいと、一行は燃える集落の方へと歩みを進める。すると、無人と聞いていた筈の集落の中心部から鼻を鳴らすような鳴き声が響いて来る。
「何でしょう?」
 アヤカシは近くにいるかも知れない。そんな予感に柚乃(ia0638)は首を傾げると、瘴索結界を発動させる。結界の範囲はそれほど広くはないため、まだアヤカシの気配を捉えることは出来なかった。
 鳴き声が聞こえる方へと、さらに近づいてゆくと、集落の中心部、道が広くなった広場で2匹の親豚を先頭に後ろを6匹の子豚が火の手から逃れようと一列縦隊で歩いていた。しかし、道は瓦礫で寸断され、豚の親子は四方を炎の壁に囲まれた中をぐるぐると回る事しかできない。助けを求める声に応える者は開拓者の一行以外には居ない。
 そのとき柚乃は結界の中に一つのアヤカシの気配が入り込んで来た事を察知した。
 獲物の鳴き声に誘われたアヤカシが、炎を煙に紛れて迫っているのだろう。注意深く観察しなければ、渦巻く炎と煙の中のアヤカシを視認する事は困難である。ぱちぱちと耳障りな音が響き、物の焦げる嫌な臭いが満ちている
「アヤカシがいます。右前方です」
 人ではない。だけど、人ではなくても救える命なら救ってあげたいと、柚乃は駆け出す。
「なにをやっている?」
 何を焦る必要があるのか? 香坂 御影(ia0737)が後を追う。
(「どちらにしても、時間はかけられんな」)
 鬼島貫徹(ia0694)は思う。商家や倉庫なんかにも火の手は回っており、自分たちがいくら頑張ったとしても、手の施しようは無い。しかもアヤカシとの戦いも控えている。
 壁に大きな穴を空けて激しく燃えている広場近くの一番大きな建物が窓という窓から炎を吹き出していた。間もなく一階部分が建物の上層の重みを支えきれずに崩壊する。砕けた壁や柱が炎を伴って積み重なって路地を塞ぐ。アヤカシの気配も瓦礫の先である。
「さがってろ!」
 隼人が太刀を振るうと地面に一条の筋が伸び、ばぁんと音を立てて赤熱した木片が宙に舞を舞う。
 炎の壁が砕け炎の一条の道ができた。
「いまですっ!」
 飛び散る火の粉と煙を潜り柚乃は広場へと駆け込む。広場は熱気に満ちた空間の中に灰色のアヤカシが浮いたままゆっくりと動いている。隼人の地断撃はアヤカシの脇を擦るに留まっていた。
 間髪を入れずに柚乃は小さな胸元から紙片を取り出す。橙の光が満ちるなかに青白い炎が浮かぶ。力の歪みがアヤカシを捉えた。瞬間、灰色のアヤカシの動きが止まる。
「そこだっ」
 弱点は分からなかった。だが、紅虎(ia3387)は柚乃から注意を逸らそうと、アヤカシとの距離を一気に詰めると、朧げに見える顔の中心に向かって振るった拳を叩き込む。
 刹那、外見が白く変化し始める。
 手応えありと思った直後に紅虎がみた物は、地面に落ちて崩れる鶏のなりの果て。
「!!」
 瞬間、紅虎は強い痛みを感じ、慌てて身を引く。右上腕から赤黒い液体が飛沫いた。
「まず敵の性質を見切らなければなりません」
 事前に知らされた情報ではアヤカシは3体いる。白いタイプは目の前である。
 煙の表面にうっすらと浮かぶ表情は何を意味しているのか? 斎 朧(ia3446)は解釈しようと試みたが、悲しそうにも怒っているようにも見える表情からアヤカシの状態を推断する事はできなかった。
 相手から情報を得るだけでは足りない。戦いの原則は敵の立場を理解することにある。
 そして、どんな形であれ敵と向き合わなければ先には進まない。勝利する為の最初の一歩は失敗してでも踏み出さなければならない。
(「‥‥嫌なことを思い出したよ、まったく」)
 御影は燃え行く集落とアヤカシにかつての記憶を呼び起こされるのを感じながら、珠刀『阿見』の柄を握りしめる。
「もう一体、来ます! 正面の建物の中です」
 柚乃が注意を促した刹那、壁が崩れる。燃える建物を突き崩して現れた黒い塊は速度を増しながら御影に迫る。
 このアヤカシにとって、開拓者は獲物にしか見えていない。
(「絶対に‥‥絶対に、村の平穏は取り返してやる!」)
 瞬間、穏やかなカーブを描く薄身の白刃が固形化したアヤカシの体表を擦ると火花が飛び散る。
(「‥‥このままお前らが居たら、この村の何もかもが壊れる。だから‥‥跡形も残さず倒す」)
 そんな思いを心の中に抱いて、隼人は地を蹴ると渾身の力を込めた太刀を黒く浮遊する塊に向かって振り下ろす。
 確かな手応え、凄まじい衝撃が両腕から伝わり、同時に打撃音が響き渡る。僅かにヒビが走った。直後、地面に一条の筋を走らせながら衝撃波が迫る。
 いくらなんでも攻撃全てを無効化する筈もない。今なら確実な命中が狙えると確信した貫徹の地断撃である。
 波頭の如き速攻であった。連続した攻撃の直撃を受けた黒い塊は真っ二つに割れると、そのまま地面に落ちて転がる。
「まだ! 終わっていません」
 朧が厳しい声を上げる。
 黒アヤカシが割れた身体をふわふわした煙状に戻した刹那、再び一塊となって宙に浮かび上がる。そして、真っ黒に煙の色を変え隼人に覆い被さる勢いで大きく膨らんでゆく。
 瞬間、ラフィーク(ia0944)が掌を突き出し、気を集中させる。
 これまで連続して攻撃を受けたアヤカシが無傷な筈は無いだろう。手ごたえも確かにあったはず。
「フン、小賢しいわ!」
 アヤカシへの咄嗟の対応が追いつかない事に苛立ちながら、精一杯の強がりを見せる貫徹。
 その横をラフィークが放った気功波が通り抜けて行く。それは黒く広がる煙の中に吸い込まれるように入ると内部で弾けた。刹那、雲は激しい伸縮を見せ、やがて黒く縮みドロリとした粘液となって地面に落ちた。
 意外な程にあっけなかった。隙を見逃さずに一気に戦力を集中させた開拓者達の方針の勝利だろう。
 その間に豚の親子は開拓者達が拓いた道を燃える集落の外へと向かって駆けてゆく。
 一方、もう一体のアヤカシは煙を白く変色させたまま炎のなかを移動してゆく。
「ごほ、ごほっ。もう一体、左の炎の中です」
 駆けてゆく豚達と白アヤカシをちらりと目で追いながら、柚乃は精一杯の声をあげた。
 瘴索結界が白アヤカシとは別の新たなアヤカシの気配を捉えていた。その2体のアヤカシは一行の前方に左右に並ぶように現れた。
「これはややこしいな」
 志乃は独特の口調で呟く。広場にはそれなりの広さがあるとはいえ、気温の高い8月。四方を燃える建物と瓦礫に囲まれて、そこに火災が発生させる熱を含んだ風圧が加わり、熱さは相当なものになっていた。
「アヤカシの方に地の利があるとはな」
 常に全力、前へと思っていたラフィークが額に汗を滲ませていた。いざとなると右手の白アヤカシや前衛の仲間の様子も気になる。
 死に行く村からは建物が焼け崩れる音が響く。長閑な日々が流れる事はもう無いのだろうか。
「‥‥力が届くかは分かりませんが、見切るにはまだ早いですね。開拓者として、為すべき事を為しましょう」
 力に対する驕慢はなかった。だが、平穏を取り戻すために、生き残った者の未来のために。
 柚乃の指し示す先、炎の中から橙に輝きふわふわと姿を見せたアヤカシに向けて、朧は力の歪みを繰り出す。
 瞬間、アヤカシはさらに輝きを増し、煙状の身体を膨張させる。
 貫徹、ラフィーク、隼人ばかりか、もう一方の前衛の方向にまで勢い良く炎が吹きかけられる。
 放射された火炎は、まるでそれ自体が明確な意志をもった生きもののように、突風のようにはげしい唸りを生じて吹きかけられる。炎は伸びたり縮んだり、広がったりしながら、自由自在に一帯をなめまわした。
「このおおたわけ者が! ヒゲが焦げてしまったではないか!」
 常人なら一撃で焼け死んでしまっていただろう。兜の金属が熱くて堪らない。そんな苛立をぶつけるように貫徹は言い捨てる。
 村が炎に包まれている原因は橙アヤカシの火炎放射であることは間違いないだろう。
 鎧袖の肩に当てている部分を熱いと感じながら琴月・志乃(ia3253)は業物を両手で構える。直後、美しい波紋を浮かび上がらせた刀身を横薙ぎに振るった。
「ごほっ、ごほっ、すみません、間に合いませんでした」
 火炎が放射された直後、僅かに遅れて、朧が穏やかに舞うと、ラフィークの心中にあった焦りが落ち着く感じがした。
 人は未知の敵に出会った時、恐怖し混乱し、あるいは自らの中の知識を総動員して予測し立ち向かう。
 黒いアヤカシはあっけなく倒せた。攻撃が当たりさえすれば、倒せる敵である筈。
 しかし、黒アヤカシと違ってふわふわと捉えどころの無い相手に効果的に打撃を与えるにはどうすればよいか。
(「火種をぶつけたら効果あるかな‥‥?」)
 何かしらの弱点はある筈と、柚乃は白アヤカシを狙って数センチ程の大きさの火種を出現させる。
 火種がアヤカシの中で弾けた瞬間、白アヤカシは色を白から赤へと変化させるが、すぐに白色の姿に戻る。
「少しは効いているみたいですね」
 氷ならば火の熱で溶けるかもしれないと思っていた。しかし、そんな物の道理が通じる相手ではなく通常のダメージに留まっている。
「きみの相手はこっちだよ」
 白アヤカシが柚乃を襲う事を警戒した紅虎が白アヤカシの注意惹こうと声を張り上げる。右腕の傷は大事には至っていないが、無闇に拳を振るえば自らが傷ついてしまう。怖い、だが恐怖に負けたくなかった。
「はようなんとかせんとな」
 敵は2体。白のアヤカシに意識を集中させていた志乃が少し離れた橙のアヤカシの方をチラと見て思う。
 炎が放射されれば、此方まで巻き込まれる恐れはあったが、敵の関心はおそらく貫徹やラフィーク達に向いている。

 橙に輝くアヤカシは煙の身体を大きく膨張させている。
 弱点は何処だ。隼人は自らの心に問いかけながら、振るった太刀は雲の中を素通りするばかりであった。
 熱に氷の刃、不用意に接近して拳を振るえば傷を受けるかもしれない。癒し手が一人しか居ない状況、装備も軽装が主体である者にとっては慎重になるのは当然の事。
 そんな状況の中、朧の力の歪みが橙アヤカシを震わせる。明らかなダメージであるとみた御影は一気に橙アヤカシとの距離を詰める。御影の動きに釣られるように隼人も慎重にアヤカシに近づく。
(「これか!」)
 ちりちりと髪の毛が焦げそうな程の距離にまで接近した御影の目には、輝く煙の中に浮かぶ拳ほどの大きさの影、小さな目玉が浮いている様子が映っていた。
 接近しなければ――見えない。
 瞬間、御影は地を蹴ると、煙の中に向かって刃を振り下ろす。燃えるような熱さが全身に襲いかかる。だが、確かな手応えを感じ、橙アヤカシも急速に縮み始める。
 そんな様子をみたラフィークも瞬時に戦い方を理解した。そして、一気に距離を詰めると渾身の力を込めて拳を振るう。拳の先で何かが潰れた。
 橙のアヤカシは奇妙な伸縮を見せながら次第に小さくなってゆく。そして光を失い、地面に黒い染みを残すのみとなる。

「離れたまんまでは実体は分かりまへんね」
 志乃が無念そうに呟く。隙ありとみて繰り出した地断撃も大した効果はなく白アヤカシは依然、健在である。
 そして予想に反して白アヤカシは灰色に戻ることなく白いままで浮遊し続けていた。
「‥‥捉えどころない奴だ。フン、面白くもない」
 弱点を見つけるのが先か、己が倒れるのが先か、貫徹は槍を構えると後に続く仲間の為に果敢に攻め込んでゆく
 慎重さばかりでは有効打を繰り出せない。
 紅虎は自らの名前に込められた意味を思い起こす。
(「このままじゃいけない」)
 瞬間、自ら傷つく恐怖を投げ捨てて、紅虎はアヤカシに肉薄する。空気の流れる音が聞こえる程の距離にまでに。
 白く流れる煙の中に微かな影が見えた。灰色の状態だったらまず見えなかっただろう。
「吹っ飛べ! この煙ヤロー!!」
 アヤカシに身内を奪われるような思いを誰にもさせたくない。紅虎はそんな思いを込め、振りかぶった拳を影に向かって突き出す。瞬間、硝子細工が砕けるような小さな音が響いた。一時の静寂の後、膨らんでいた煙が一点に凝縮し弾けるように砕け散った。

●戦いは終わった
 開拓者が優れた能力を持っているとはいえ、火事に対しては手の施しようは無かった。
「どうすることもできないか」
 燃える物が無くなれば火事は収まるだろう。隼人は悔しそうに炎を見つめる事しか出来なかった。
 突然、雨が降り出した。空を覆った黒雲から大粒の雨が風と共に叩き付けるように。火事が雨を呼んだ訳ではなく、変わりやすい山の天気のせいである。
「みなさんひどいお顔ですね」
 柚乃の白い肌の上を黒い筋が流れる。
「柚乃さんもですね」
 朧も黒い顔で微笑む。
「フン、全員真っ黒ではないか」
 ヒゲの少し焦げたところを指で撫でながら貫徹が不機嫌そうに言う。
 御影もラフィークも紅虎も隼人も‥‥皆、煤けていた。
 この煤けは村人達の未来を取り戻し、路頭に迷おうとしていた人の命を救い、背負った証である。
 叩き付ける雨が、火災の炎を急速に小さくし、風景は橙から、焼け跡の黒と立ち上る湯気の白とのモノトーンの世界へと変わってゆく。
「さぁ、知らせに行きましょうか?」
「そうだな」
 世界は決して人間に優しくはない。
 だが、生きようという意思をもつ人には、困難を乗り越える叡智と強さがある事を信じて、一行は村を後にした。
 冬までの猶予は2ヶ月余、今年の冬は厳しいものとなるだろう。
 開拓者達の活躍により、村人はただの一人も欠ける事無く、村への帰還を果たした。ここから先は村人達自身の仕事である。