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■オープニング本文 ●姉と弟 空は薄い青いに鉛色を溶かしたような、不快な色をしていた。 吹きすさぶ風は冷たく、花菊亭・伊鶴(iz0033)はかじかんだ手に息を吐きかけ、温める。 やがて見える、牛車――花菊亭家の家紋、丸八角にねじり桜を施した――屋敷に着くのを。 目的の人物が戻って来たのを知り、彼は顔を上げた……数年前、気弱な少年でしかなかった彼は、この数年で大きく成長した。 故に、彼女、花菊亭・有為(iz0034)も軽んじる事は出来ない。 『――ならば、暫し待とう』 それが、姉弟の間で交わされた『婚姻』についての契約、そこにあるのは何処までも相容れる事の出来ない、信念。 「どうした。……随分と、険しい表情だな」 「姉上。三ノ姫とは――」 何者なのです、と彼は問うた……その言葉に、有為の赤い瞳が少しだけ、翳る。 此れからの不和を予兆するかのように、強い風が吹いた、だが、伊鶴は姉を見据えたまま。 「広川院と花菊亭を結ぶ、一つの手駒だ。……そして私も、その手駒の一つに過ぎん」 広川院、三ノ姫。 父に殺されかけ、父の為に全てを捧げる、哀れな姫……彼女は、花菊亭当主の側室として花菊亭家の一員となっているが、父と共に別荘に籠り、伊鶴はその姿を殆ど見た事が無い。 「最近起こった、涙花に姉上の誘拐事件……三ノ姫の方が手を引いたとお聞きしました」 弟から突きつけられた言葉に、小さく波鳥か……と呟いた有為は暫く逡巡していたようだが、やがては頷いた。 「和解の為に、必要なのだ」 ――贄が。 「わかりました。姉上がそう仰るなら、そうなのでしょう。ですが、僕は大切な家族、それを失うつもりはありません」 静かな口調だった。 だが、その言葉は真摯なものだった。 (「その真摯さは、この世界では命取りなのだ――伊鶴よ」) ●兄と妹 「兄上」 何時の間に『兄上』と呼ぶようになったのだろうか、と花菊亭・涙花(iz0065)の作った握り飯を食べながら、伊鶴は思う。 稽古の後のすきっ腹に押しこむようにして食べる伊鶴に、涙花は微笑んで茶を差し出した。 「わたくし、決めましたの」 嫌な予感がした、だが、涙花は穏やかに微笑んだまま。 握り飯を茶で流し込む……勿体無いな、と少しばかり罪悪感が生まれるが、伊鶴は口を開いた。 「って、何を……?」 「わたくし、姉上と兄上の母方にも認められたい。……このままでは、花菊亭家は、分裂してしまうような気がしますの」 でも、わたくしには――後ろ盾がない、と涙花は瞼を伏せた。 母の犯した罪により、座敷牢に閉じ込められていた娘――その発端は。 「うん、そうだね。手紙を書こう……それから、会いに行こう」 良い結果になる、と信じ込むことは出来なかった。 だが、涙花が望む事を、全力でさせてあげたい、そう、思う。 花菊亭家の政治から、隔離されているかのような妹ですら、この家の不和は感じ取っているのだ。 自分が動かなければ――急いでしたためた文、それを母方の友人である巫女とサムライへと送る。 ●父と側室 「貴女は――本当に幸せか?」 初老を超えた男が、眉間を揉みながら呟いた……その瞳は少年のような輝きを放っていたが、随分と年老いたように思える。 元々、体も心も病弱だった花菊亭家当主、鵬由は別荘にて三ノ姫と共にいた。 「ええ」 問いかけに、人形のような微笑みで三ノ姫は返す――整った顔立ちと相まって、まるで作り物のようだった。 「貴女を、一番に愛する事は出来ない……だが、貴女を護りたいと思う。だから、この家を貴女自身の家だと思っては、くれまいだろうか?」 「――ええ」 三ノ姫は嗤う、嗤う。 ●使者 ――その日から3日。 現れたのは、紛れもない巫女だった。 「文を拝見し、いてもたってもいられず馳せ参りました」 その口調は険しい、対峙する伊鶴は苦笑し頬を掻いた。 「伊鶴殿は認めております、ですが――原因の女の、娘となると」 「分かっています。ですが、僕の大切な……妹です」 「――なれば、試してみましょうか? その人徳を、勇気を」 巫女の瞳が、暗く光る――背筋に寒いものが駆けあがり、伊鶴は問いかけようと口を開く、が。 「その試練、受けますわ。そうでないと……認めては、下さらないのでしょう?」 申し訳ございません、と頭を下げる波鳥――連れて来たのは彼だろう、涙花の侍女である鈴乃であれば、涙花を決して此処に連れてはこなかった筈。 隣には、伊鶴の妹である、涙花――金色の瞳を、優しげに細める。 「黙っていても、不和はわかりますの。辛い、辛いと――。わたくしが生まれながらに罪を背負っているのなら、その罪、貴方方の手で、裁いて下さい」 ――瞠目する。 そして、巫女は言った。 「……帰らずの遺跡。そこにわたしの友人が向かったまま、帰らない。彼を連れて帰る事が出来れば、認めよう」 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
日和(ib0532)
23歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●昏い 吐く息は白く、剥き出しの顔に寒気が吹きつける。 (「本来であれば、このような危険な場所に向かわせる、それ自体反対なのだがね」) 涙花が待っているであろう方を見ながら、ルヴェル・ノール(ib0363)は心の中で呟く――思う事は沢山ある。 (「だが……涙花自身の意志であれば反対するわけにもいかぬか。その資格も権利も私にはありはしないのだからな……」) 全てを諦め、全てを望まずにいた少女は何時しか、強い望みと意思をもつようになった。 だが、それは同時に危険な外界に身を晒す事でもある。 長きに渡る放浪の生活、ノールは外界に潜む危険を良く知っていた。 (「……であれば、私も私の意志で、今まで通り出来る事をさせてもらう、唯それだけだな」) 自分と相手を混同しないだけの聡さ、そして臆病さを彼は身につけている。 「ごめんなさい、遅くなりましたの」 温かそうな外套に身を包んだ花菊亭・涙花(iz0065)を見て、佐久間 一(ia0503)は微笑とも苦笑とも付かぬ笑みを浮かべた。 「血は争えないと言いますか…兄妹ですねぇ」 その瞳の色こそ違うが、瞳が、心が湛える真っ直ぐな強さは彼女の姉である、花菊亭・有為(iz0034)や花菊亭・伊鶴(iz0033)とよく似たものだ。 長きに渡り、花菊亭家面々の道往きを補助してきた佐久間には、よくわかる。 彼だけではない――此処には、花菊亭家がそれぞれ、明後日の方向を向いていた時からの縁の者も多い。 「変わりましたねぇ」 しみじみ、と呟くのは安達 圭介(ia5082)だ、彼もまた長きに渡って花菊亭家面々を支えてきた者だ。 温和そうな顔に少しだけ貫禄のようなものが、身についたかのように見える。 遺跡までの道案内は、自分がすると口にした巫女は、ついて来ようとした伊鶴を手で制した。 「大丈夫ですの。必ず、お守りします」 代わりに、と礼野 真夢紀(ia1144)が進みでて、伊鶴へと告げる――本当は、彼女とて反対だった。 家のしがらみの為に、涙花が危険な場所へ行くなんて。 それでも、それは涙花が選んだ道――だから、露払いと盾にはなれる、と傍に寄りそう涙花の手をそっと握りしめた。 固く強張っていた手が、ほんの少しだけ解ける。 ――祈るものも持たぬまま、ただ、祈る、この手を絶対に、護るのだ、と。 「あにうえ――」 何時もより少しだけ、幼い声が白い息と共に紡がれた。 「行ってきます」 「落ち着いていこーねぃ♪」 何時ものようにじゃれついて、一緒に笑いあいたい……それでも、急がねばならないから。 安心させるような笑みを向け、リエット・ネーヴ(ia8814)は続いて、巫女に挨拶を述べた。 「よろしくお願いするじぇ!」 「――よろしくお願いします」 瞬いた巫女が、少しだけ、ほんの少しだけ、表情を和らげる。 慌てて引き締めた表情からは、憎しみと言うよりも焦りのようなものが浮かんでいた――もしかしたら、本当はこんなことをしたい訳ではないのだろうか? 素直に、助けて、を言えないだけなのだろうか……。 そう思い、ネーヴはじっと見つめて見るが、それ以上の変化は読み取れそうにない。 仕方が無く、涙花の方へと視線を移せば、緊張で強張った涙花の視線とぶつかった。 「涙花……元気そうで何より。じゃあ、行こうか」 静かに雪切・透夜(ib0135)に促され、そして頭を撫でられて涙花は頷く――不安と好奇心がない交ぜになったような彼女に、日和(ib0532)が笑みを向ける。 「行こう。涙花が諦めずに行くなら私も……私たちもついて行くよ」 踏みしめる砂利の音に混ざる事も無く、その声は透明さを帯びて凛、と響いた。 馬が力強く、大地を踏みしめた――開拓者達を乗せ、馬車が何時もより速い速度で目的地へと向かう。 巫女が手綱を取り、ネーヴはその横へと座った。 ――やがて、馬を厩に預けて辿りついた場所。 目の前に広がる――昏い穴。 そこに入ってしまえば、何が起こるか分からない……『帰らずの遺跡』と呼ばれるには、何らかの意味があるのだろう。 不吉な名前に相応しい、昏い場所。 それは、獲物を待つ蛇の口のように黒々としていた。 ●遺跡 「……本当に、行くのか?」 ノールが、静かに涙花へと問いかけた。 其れはただの、事実確認でしかない――それが分かっていても、やはり、当人の口から聞きたかった。 覚悟の程を――紫の瞳が、答えを促す。 「ええ。行きます――皆様がいてくれれば、大丈夫、ですから」 その声は震えていたが、明瞭だった――開拓者達は各々に頷いて、陣形を組む。 (「涙花は強くなったものだ……。いや、そうではないか……元々弱くなど」) 先頭に佐久間、そして日和が陣取る……中央には安達と礼野が左右から涙花を守る。 「加護結界を付与しておきます……何が起こるか、わかりませんから」 フロストクィーンを手に、安達が一人一人に触れ、術を紡ぐ――淡く輝くと同時に、精霊力が先頭の佐久間と日和、殿の雪切とネーヴ、そして涙花を守る。 中衛組のやや後ろに続きながら、ノールは微苦笑を漏らした。 (「やれやれ、いかんな……今は考え事をしている場合ではないか」) 「う? どうしたの?」 苦笑を洩らすノールへ、巫女と一緒に最後尾を担当するネーヴが問いかけた。 ゆるり、首を振る。 火打石で火を付け、松明をかざす雪切――近くの壁を見まわし、マッピングを行う。 ぼんやりと発光する遺跡内に、白墨の痕が付いた……良く見れば、同じように白墨が付いている。 「此処に来たのは、確かのようですね……」 ぽつり、と雪切が呟いて、白墨に松明を近づける。 それ以上の情報は読み取れないが、血痕のようなものが付着していない事を考えると、入口から敵襲、と言う事はなかったのだろう。 尤も、血を出さずに追い返したか、破壊したか……と言う事かもしれない。 足元に視線を移せば、人形兵の破片が転がっていた――目立って気になるところはない。 「るいさん、足元は大丈夫ですか――?」 確か、夜目は聞くが、弱視だった筈、と礼野は声をかける。 「はい、ですの……遠くは、見えませんが」 松明に火を付け、礼野が足元を照らす。 暗闇に浮かぶ、二つの光……ジジジ、と松明が獣脂を舐める音が響いた。 深く息を吐き、佐久間が心眼「集」で周囲を探る――特に動きは感じられない、が、遠くに蠢くものが感じられる。 人形兵だとすると、感知できないので、人か、アヤカシか――。 「う、来るじぇ――!」 忍眼で視力を強化していたネーヴのあほ毛が、ぴん、と揺れた。 ――風が、吹く。 殺気混じりの風が。 大きく、得物を振り上げながら襲ってくる人形兵達――黒々と開いた瞳の部分に、赤く不気味な光が灯る。 「きゃぁ――っ!」 松明の下で、不気味に輝く黒金の剣……思わず手を口で抑えて、小さな悲鳴を漏らした涙花の前に、ノールが立つ。 揺れる黒いローブ、それは涙花から、人形兵を隠す一つのベールだ。 勿論『見せなくする為』のものだけではない、相手から狙われない為の盾でもある。 初めて目にした、人形兵と言う『異質』に怯える涙花の頭を撫でながら、雪切も得物を構えた。 安達はチラリ、と同行者である巫女に視線を移す――握りしめた拳が震えている、友人の命がかかっている。 それでも尚、人徳と勇気を試す、と言い切った巫女は動く事はなかった。 (「――未だに、憎しみが根強い、ということでしょうか?」) 其れを問いたい、と思う……だが、今は要救助者の救助が最大の目標だ。 ……とはいえ、安達自身は護衛を優先しているのだけれども。 本当に護りたい者の為に、優先順位を付けるだけの思慮深さを彼は持っていた。 霊気を帯びた刀が、宙を切る――放たれた瞬風波に刻まれて、人形兵は腹に傷痕を残したまま沈黙する。 「突進してくるだけなら……迎え撃てばいいんですが」 苦笑しながら、佐久間は傍らに立つ友人へと問いかける――どうです、と問いかけられて日和は首を振った。 「違う、もう少し奥だと思う――人形兵の動くような音しかしない。最短距離で攻略出来ればいいんだけど」 言いながら、風神で叩きのめす日和……積極的に前に出ると同時に、背面は佐久間に預け、人形兵を斬り伏せる。 ごろり、と人形の首が落ちた。 「同感で――」 最後の言葉を紡ぐより先に、ガサガサガサ、と音が聞こえてくる……速い。 二本脚、と言うよりも――それは複数の足のような、気がした。 六つ足で這いまわる蜘蛛のような人形兵――壁を伝いながら蜘蛛のように接近してくる――歪に膨らんではしぼむ腹は、まるで人形兵と言うよりもアヤカシ、に似ている。 「二体……以上いるね、佐久間、片方は頼むよ」 左右から遅いかかる六つ足の人形兵を迎え撃つ為、感覚を研ぎ澄ませる――まるで時が止まったかのような、静寂の後、斬り捨てる音が二つ。 「(……こんなところに、連れて来たくはなかったですの)」 真っ正面から挑んでくる六つ足の人形兵に、白霊弾を打ちこみながら礼野は心の中で呟く。 片手に抜き身の神刀、片手に松明と少しばかり動きにくい。 大切な、大切な友人でお姫様……だから、盾になっても悔いはないと。 (「ちぃ姉様が、身体張ってお姉様護るの、解る気がするな」) 思い浮かべるのは、身体の弱い姉と、彼女を守る次姉……今までは護られる側だった自分。 それがいつの間にか、護る側になっている。 礼野の碧眼と、涙花の金の目がぶつかり合う。 「信じてますの……でも、怪我はして欲しくないですの」 我が儘でしょうか――と眉尻を下げた涙花に、首を振って礼野はありがとう、と口にした。 殿をネーヴに任せ、一旦前に出た雪切は礼野の白霊弾の援護を受けながら、ポイントアタックで六つ足の人形兵の四肢を狙う。 がくん、と一旦間接が粉砕された人形兵は、関節を使ってまた、這いまわると、雪切へと跳びかかった。 ギラリと松明の明かりの下で凶悪な光を放つ刃を纏い、特攻し、その脚達を閉じる。 「力と力なら、負ける気はないよ」 掠めた腕から血が飛んだが、盾を構えて雪切は告げる。 ガッ、と音を立て、刃と盾が鍔迫り合いを起こして火花を散らす……強引に盾で殴りつけた彼は、一旦下がり、跳躍した六つの腹に向かって刀を叩きこんだ。 斬りつけるのではなく、単純な力による粉砕……それは単に、閉所故の行動だったが、力によって人形兵の形はへしゃげ、地面にたたきつけられ、沈黙した。 日和の担当する人形兵も、片方の腕が弾き飛んでいた。 ネーヴが長苦無「白夜」を投擲しながら、逃がさないように、そして涙花に近づかないようにと近く、遠くと狙う。 (「人形兵か……眠りの魔術は効かぬかもしれんな……」) アイヴィーバインドを使用し、佐久間を援護しながらノールは、出来る限り戦闘を見せないようにと涙花を庇う。 敵であるとはいえ――『人の形』をしたものが粉砕されたり、攻撃してくるものを見せるのが良い、とは思えなかった。 例え今後、何かの切欠で見る事があったとしても、そんな機会は少ない方が良いに違いない。 (「……知能は、それ程高くはなさそうですが。宵姫様が、狙われていないのが幸いですね」) 弱い者を相手取る程の知能は無いのか、六つ足の人形兵は機械の如く、ただただ、近い敵を狙うのみだ。 援軍に到着した、六つ足の1体は白霊弾によって、腹に空洞を開けた。 「救出依頼ですから、迅速が最も良いかと」 「そうだね……急がないと」 ぶん、と力任せに叩きつけられた刀、それを振るった日和は飛び散ったガラクタの破片を拭いながら、肩を竦めた。 ●奈落 「涙花ねー、大丈夫?」 「――はい、大丈夫ですの。それより、血の臭いが」 ネーヴに問いかけられて、涙花は頷いた……ほんの少しだけ一般人よりも聡い、嗅覚が血の臭いを気にする。 自分の行動の所為で――と幼い顔に自責の色が見える。 「んと、透夜にーと、ルヴェルにーがちょっと怪我したけど」 大丈夫だよ、と安心させるように微笑むネーヴの笑みは、変わらず太陽のように明るい。 「心配しないで、涙花」 直ぐに治るから、と自責の色を見た雪切が穏やかに微笑む――何処までも、穏やかで優しいのは過去の痛みを知るからこそか。 「……あの、薬草を」 差し出された薬草を受け取り、雪切とノールは顔を見合せながら傷口にすり込む。 本格的な手当てをしている場合ではない……それは理解しているからこそ、開拓者達と涙花、そして巫女の足は速くなる。 ……やがて、暗い場所に慣れ切った開拓者の目の前に、一つの扉が現れた。 石をくりぬいて作ったかのように、ツルリとして黒く松明の光すら、呑みこむような色合いをしている。 「この奥にも、部屋があるみたい、ですの……」 ぽつり、と涙花が言った――巫女の顔を見上げれば、巫女も頷く。 「伊鶴の言っていた、2つの部屋ってことかな?」 日和の言葉に、ネーヴが頷いて忍眼で仕掛けを見ながら、指先で何やら仕掛けを動かしているようだった。 「解錠なら、任せてだじぇ!」 母から習ったのだ、と口にする事はなかったが、その表情は少しだけ自慢そうだった。 少しの時を置いて、カチャリ、と閉ざされた扉は開く――ほんの少し、開けるのを躊躇し、超越聴覚で音を探る。 「私には何も、聞こえないけど――」 「うん、大丈夫かな……」 日和とネーヴのシノビ二人のやり取りを聞きながら、他の開拓者達はぽつりぽつり、と作戦を改めて纏める。 「このまま、上手くいくと良いのですが――瘴気の可能性は、どうなのでしょう?」 佐久間の言葉に、パチンと音を立ててノールが懐中時計「ド・マリニー」を開いた。 「微力だが……瘴気が感じられる」 「急いだ方がよさそうですね、瘴気感染の可能性もありますし」 安達の言葉に、雪切は涙花の方を見た……どうする、と瞳が告げる。 一般人である涙花は、瘴気に対しても決して強くはない――が。 「行きますの。皆様がいますから」 「るいさん、危なくなったら――すぐに、戻りましょうね」 礼野の釘刺しには、こくりと頷いて同意を示す。 「じゃ、行くじぇ!」 ごー、とネーヴが拳を振り上げ、真似して日和があげた。 つられるように佐久間もあげて、あ、やっちゃった、とばかりに決まり悪そうな表情を浮かべる。 和やかな雰囲気だった――それを遠回りに見る巫女、そして安達はその瞳に何処か、哀しい色を見るのだった。 じっと壁に目を凝らせば、古い白墨が右の部屋に続いているのが分かる。 右の部屋に行けば、今度は一番左の通路――此方は行き止まり、救出対象である陰陽師も迷ったのだろう、白墨が他の通路には刻まれていた。 引き返し、右の通路を選ぶ――。 「わっ!」 先頭を歩く佐久間が、時折、心眼「集」を使えば精霊力を感知したのか、単なる偶然か、上から何かが降ってきた。 咄嗟に刀で払えば、キン、と金属音を立てて弾かれる『何か』――暗闇から現れた其れは、ガバリ、と腹を開けると襲いかかって来た。 松明の光の下で、ギラギラと贄を望むかのようにそれはギラついている。 瞬風波の一撃、そしてネーヴの苦無が飛び、礼野の白霊弾が襲いかかった。 多勢に無勢、とはこのことだろう――沈黙するガラクタ兵、恐る恐るノールのローブの裾から顔を上げた涙花は、小さく息を吐く。 「まるで、びっくり箱ですの」 「――出来れば、体験したくない方のビックリですが」 はは、と佐久間が乾いた笑い声を上げて、心眼「集」を使う――少し歩き、そして、もう一度使えば地中に反応があった。 「有象無象に、後れを取る訳にはいきません――大丈夫、生きてますよ」 ネーヴと日和が、床に這いつくばる。 少しでも、超越聴覚の精度をあげようと言う、意思から出た行動だ。 その姿を見、巫女が目を伏せる、瞼を、閉じる。 「呻いてる……」 日和の呟きに、開拓者は奥へと足を進めるが――壁が静かに立ちふさがっているのみ。 雪切が白墨で付けた印は、一部から拭ったかのように消滅していた。 「変ですねぇ……」 「でも、心眼「集」からは、地中にあるようなのですが……」 拭ったかのように消滅している印、雪切は、もう一度、満遍なく壁を見る、手を伸ばし、歩を進め、そして――。 「わっ――!」 ――そして、彼はその場から居なくなった。 ●くらやみから 「と、透夜、聞こえる?」 うろたえながら、日和が声をかける……伸ばした手が、壁を叩く、ところでその手は空を切った。 「透夜!」 涙花が飛びだしそうなのを、礼野と安達が押さえる。 「落ち着いて下さい、宵姫様――雪切さんも、歴戦の開拓者です」 「うん、調べてみるから、少し待ってね。う、何だか……床が、変な感じなの」 ネーヴがぺたり、と床に座り込み、礼野から借りた松明を近づけながら、ゆっくりと床をなぞっていく。 ――その床は一部の場所で脆く、へこんで見えた。 その先には、暗くてよく分からなかったが、暗い穴が開いている――石の黒さではない、奈落のような穴だ……日和がもう少し足を踏み出せば、落ちていくだろう。 落とし穴にしては、随分と垂直だ……もしかしたら、縄梯子があったのかもしれないが、この場所にカラクリを封印するに当たって、切ったのかもしれない。 地下から、声が聞こえてくる。 「僕は此方は受け身を取ったので、大丈夫です――が。陰陽師だと思われる方は、足が」 断続的に聞こえてくる呻き声……弱々しいが、確かにそれは聞こえてくる。 「荒縄がある、其れを使おう」 ノールが携帯品から荒縄を取り出し、佐久間と安達も手伝って一つの縄梯子を作りあげる。 「傷などは――?」 安達の問いかけに、暫くの沈黙の後――ガサゴソと音が聞こえた。 「うぅ、うぅ――」 低く唸るような声に、身を震わせる涙花の背を撫でながら、礼野が薬草や止血剤、包帯を涙花に渡す。 「るいさん、頑張ってくださいですの――今回、まゆ治癒術持って来ていないので……」 涙花がコクリ、と頷いた……礼野の思考には、涙花に担当して貰った方が、心根が分かって貰える。 そんな、優しい気遣いがあったのだが――気付いたのか、否か。 続いて、雪切の声が地下から響いてくる。 「涙花、僕は大丈夫だから! 要救助者は出血が、随分と多い……このままでは」 「縄梯子を下ろします。直ぐに行きますから、抱えて上りましょう」 ノールと佐久間、安達が縄梯子を支える。 「わたくしも……お手伝い、出来ませんか?」 「危険な仕事は僕らに任せてほしーの♪ ねぃ?」 言外に行きたい、と告げた涙花だが、ゆっくりと首を振ってネーヴは微笑みかけた。 「うん、涙花は手当てしてあげて――」 二人の言葉に頷き、そして、身軽な日和とネーヴが地下へと向かう。 やがて、3人に抱えられるようにして痩せこけた一人の男――そう、陰陽師が地上へと顔を出す。 傷は酷い――特に酷いのは、茶色い血の固まった足の部位だ。 幸か不幸か、蛆が食った故に、その傷は腐敗を免れている。 自分で手当てした名残なのか、茶色く染まった包帯が絡まっていた。 「生死流転をかけますの、るいさん。直ぐに処置をお願いします」 「わかりましたの……!」 準備は出来た――直ぐに、生死流転をかけた礼野が、術を紡ぎ続ける。 術者の練力によって、無理矢理繋ぎとめられた魂が心の臓を動かし、血を末端へと送りこむ。 即ち、止まりかけていた血が、流れると言う事――溢れる血は、止血剤を使いつつ、安達や、同行した巫女も手伝いながら応急処置を行う。 (「……綺麗に切断されている。大丈夫か」) 陰陽師の傷口を見ながら、涙花の方を見たノールが、瞬いた。 血に塗れながらも、一生懸命に手当てをし、命を繋ぎとめようとする――強い、希望を持った姿に。 ボロボロと丸く太った蛆がその指に絡むのも、気にせずに――。 ほころぶ口元を押さえながら、固く止血するのを手伝い、治療は完了した。 塞がった傷、その先に足はないが――が、命には別状ないだろう。 雪切の残した白墨の目印を目安にし、開拓者と涙花、そして巫女と陰陽師は遺跡から離脱する。 ――否、しようとして、ガチャリ、と音が聞こえた。 ぶら下がったままの縄梯子から、顔を出したのは――大きなハサミをもった、首狩りと呼ばれる人形である。 「るいさん!」 礼野が盾になって立つのと、ノールが涙花を抱えあげるのは同時だった。 鋭いハサミは、涙花の方へと伸びたが届く前に雪切の盾によって弾かれる――白銀の盾に、一本の傷痕。 「急ぎましょう、此れ以上留まる理由はありません」 「佐久間、先を! 私は足止めしておくよ……」 日和が風神を放ちながら、佐久間に告げれば、戦友の意を汲もう、とばかりに佐久間は頷いた。 佐久間が陰陽師を背負ったまま、ノールは涙花を抱え、礼野は涙花の手を繋いで安心させつつ、巫女と脱出する。 「絶対に、先へは行かせない――!」 風神を放つ日和、そして安達が一人一人に加護結界をかける。 「……それにしても、陰陽師の方は一人で向かったのでしょうか?」 それは答えの出ない答え、もしかしたら相棒などを連れて行ったのかもしれない。 が――、そこに、いないと、いう、事は。 「う、もしかしたら、誰かがいたのかもしれないけど……」 ネーヴの放った、手裏剣「鶴」が宙を裂いて、首狩りに襲いかかる。 それを避け、跳躍した首狩りが片手に持ったハサミを手に、首を狩ろうとネーヴに襲いかかる――それを回避するネーヴ、頬に赤い、一本の線が出来た。 回避されて、たたらを踏んだ首狩りの隙を、雪切の刀の重い一撃が襲う――同時に、首狩りから投擲されるカミソリ。 白いコートが、赤く染まった……鎧によって弾かれてはいるが、瘴気の混じった刃は身体に傷を刻む。 だが、雪切の攻撃は止まらず、返し刀で二度目の攻撃……そして、日和が静かに首狩りの身体を両断した。 ネーヴは耳を澄ませ、追撃が無い事を確かめてから――コクリ、と頷いた。 垂れてきた赤い血を拭う。 やっとの事で遺跡を出た面々、ネーヴが、日和が、そして――安達と雪切が戻ってくる。 「無事で――よかったですの!」 涙花がぎゅぅ、とネーヴに抱きついた、悲しげに眉尻を下げ、その頬に触れる。 「大丈夫だじぇ。う、手当てありがとう」 薬草と止血剤を使って、応急処置を施した涙花の手からは、薬草と血の臭いがした。 あんまり、血の臭いは好きじゃないけれど――とネーヴは傷の無い方の頬を掻く。 じゃり、と砂利が音を立てた……何事か、と開拓者達はそちらを向き、そして、苦笑する。 「皆さん! すみません、やっぱり、僕だけ待っている事は出来ませんでした。それに、救助者が危険なら、足が必要でしょう?」 苦笑しながら、花菊亭家の大紋を風になびかせ、待っていたのは伊鶴――次の跡取り。 そして彼は、腹心の侍従である波鳥と侍従2名を連れて、馬車を出したようだった。 命じればいいものの、待っていられない辺りが、彼らしい、と開拓者達は苦笑する。 「波鳥は、護衛に残って下さい……二人は、陰陽師の方を医者へと連れて行って差し上げて下さい。呼ぶよりも速いでしょう」 伊鶴の命に、深く頭を下げた二人の侍従は、傷の深い陰陽師を連れて、医者の元へと向かったのだった。 「……帰りましょうか」 佐久間の呟きに、一同も頷く――大きな傷こそないが、細かな傷は付いている。 それでも、涙花に傷一つない事、それは全員が護りたい、という思いを一つにしたからだ。 迅速な手当てが功を奏し、陰陽師は死を免れた。 その報を聞き、開拓者達はやっと肩の力を抜く。 夕餉が出来上がるから――と女中に引きとめられ、開拓者達はそれぞれ、話したい者の元へと赴いた。 ●今を生きる 伊鶴は、応接間から出て、降り始めた雪を見ていた。 「伊鶴様」 顔を覗かせた安達に、ぺこり、と伊鶴が頭を下げる。 「ありがとうございます……涙花を、無事に護って下さって」 「いえ。此方こそ、本当に変わりましたね――そう言えば、この度娘が」 「そうなんですか!? わぁ、おめでとうございます」 驚いた様子で祝辞を述べる伊鶴に、安達が笑みを返す――そして、降り始めた雪を眺めた。 「次のご当主は、伊鶴様です。だから、伊鶴様がやりたいようにやればいい。直姫様に譲る必要は無いと思う」 しん、と降る雪の様に、その言葉は優しい重みを持っていた。 「ただ、直姫様とも亀裂を作りたくないなら、家族を守る為に家を守るっていう手段もありなんじゃないかな」 あの人は、家を守ることが目的になっていて家族の方が見えていない気がする……と、安達は一つ一つ、口にする。 「でもきっと、無くした時には悲しむと思う」 「ええ……。姉上は、姉上として、頑張っているんだと思います」 ――優しい姉です、と伊鶴は、笑った。 「全く、無茶をする。まあ、いいけどね」 頭をぽふぽふ、と撫でられて涙花は照れくさそうに笑った。 台所で礼野と女中と一緒に、夕餉の準備を手伝っている際の事である。 「でも……何かしたでもなく、自分に罪があるなんて思うもんじゃないよ。涙花は涙花だ。そこに咎など無いのだから」 ぎゅむ、と抱きしめられて涙花はコクリ、と頷いた――優しさを噛みしめながら、涙花は思う。 (「温かい誰かがいる、それが、きっと家族ですの」) 「るいさん。お疲れ様でした――嗅ぐと気持ちがすっきりするんですよ」 此れをどうぞ、と差し出された『【翠砂】色硝子の香水瓶』を差し出し、礼野が微笑む。 (「護れて、良かったですの――本当に」) ジャスミンの香りに、華やいだ笑みを浮かべる涙花を見ながら、礼野は腕の奮い甲斐がありますの、と広い台所と豊富な材料を前に口にした。 「涙花と伊鶴が笑っている場所を守りたい、その想いは変わらない?」 帰って来た有為を待っていたのは、日和からの問いかけ。 瞠目し、そして有為はゆっくりと口を開く。 「ああ、その思いは変わらない。……伊鶴も、涙花も変わった。時は、変化を平等に齎す、だが――私は」 独りぼっち、揺れる心……だが、心が独りぼっちだったのは、日和だって変わらない。 今だって、恐れている。 「信じるよ」 「――?」 「その想い変わらず、思う道を往くなら私はどんな協力も惜しまない」 ――大切な人の笑顔を護りたい、その気持ちがあるなら、道は踏み外さない、そう、信じて。 「ご無沙汰しています」 「久しぶりだな――涙花も変わった、良くなった」 頭を下げた佐久間に、厳しい表情のまま有為は口にする。 「だが、私は考えずにはいられないのだよ。何が、私に残せるのか――」 時は全てを流転させる。 (「その道は困難極まりないものであろうな……。だが……そうでなければ得られぬモノもある」) 涙花の笑顔、伊鶴の真剣な表情、有為の寂しげな横顔。 それをゆっくりと見て回りながら、ノールは一人、思う。 (「望む想いが、強ければ、強いほど……」) 彼に話し掛ける、一人の人物がいた。 「この家も変わった。随分と、子供に重い物を背負わせてしまった、そう、思うよ――」 刻んだ皺の数、花菊亭家当主はそう言って、苦い苦い、自嘲の笑みを浮かべる。 「諦めるなんて事は、もうないよ。涙花が行くなら私はどんな道でもついていくから」 膝を付き、目線をあわせ、日和は語りかける。 諦める事が、当たり前だった涙花へ。 諦めず行動を起こした、強い友達へ――どんな道でも、ついていくと。 「はい、ですの」 その瞳を、真っ直ぐに見返す。 「涙花ねー、僕もついてる」 ネーヴの言葉が、沁み込んでくる……優しい友人に囲まれて、自分は本当に幸せなんだと。 「今を、生きていこうと思いますの――皆様に囲まれて、幸せです」 ●綯い交ぜ 晴れて、母方にも認められた涙花。 何時か、義理の母にも会いたいと、書かれた文に視線を落とし、一人の巫女は息を吐いた。 「迷わず手当てしてくれた、恩があると思わねぇか?」 策略かもしれない、と悩みすぎる巫女に陰陽師がニヤリ、笑う。 彼の片脚は無くなってしまったが、彼の心は腐ってはいない。 「――でも、あの嬢ちゃんが、貴族の世の中に渡るのもなぁ」 「広川院、か……長姉の姫が何か、考えているようだが」 ――暗転。 「それは……だが、それは、あまりにお前が」 「不憫だと? 父上、不憫だとは思いません、これが護る為に必要な行動です」 静かに瞼を伏せる……信じゆく道、その為なら。 (「父上――不憫だったのは、貴方です」) 申し訳ない、と口にした言葉は、雪に消えた。 |