【陰遵】夏は陰殻で!
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 46人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/21 00:15



■オープニング本文

●そんなこんなで
 酷暑が続く、陰殻。
 隙のない表情で、四代氏族の頭領達を見まわしたのは、陰殻を統べる最強のシノビ。
 ――慕容王だ。
 風通しの悪い室内においても、王の表情は変わる事がない。

「王、一つ提案があるのですが」

 口火を切ったのは、北條を預かるシノビ、北條・李遵(iz0066)だ。
 頭領、と言う称号こそ存在しているが、実際は、盗賊とシノビの二足の草鞋を履く者達の監視役、と言うべきか。
 他国との競り合いが起こらない程度に、手綱を掴んでいるのみ。

「夏祭りをしませんか」
「……それは、こうして顔を突き合わせて話し合う程の問題でしょうか?」

 眼鏡の奥の怜悧な瞳を向け、たっぷりと間をとってから問いかけたのは諏訪 顕実(iz0064)だ。
 事実、言う事は尤もであり、夏祭りなどと言う遊戯にかまけている暇があるのか――。
 裏千畳の試練は勿論、陰殻は貧しい国だ……干からびた骸が、今日も積み上がるのだろう。
 彼の情報でも、特に北條氏が何か――金づると呼べるものを得た、と言うのは聞かない。
 諏訪の情報に乗らないのなら、それは事実に酷く近い憶測だ。

「北條の。たまには良いかと思うがぁの――」

 ゆっくりと口にした最高齢のシノビ、名張 猿幽斎(iz0113)はニィ、と笑みの形に唇を歪めた。
 勿論、微笑みで有る筈がない、その瞳の奥には冷たい値踏みするような光が宿っている。
 言外に問いかけてくる、資金繰りの当てはあるのか、と。
 元々、北條が取り仕切り資金をだすのなら、四大氏族の頭領を巻き込む必要はない。
 そして、猿幽斎は名張から資金を出す気はない、と含みを持たせる。

「必要ありませんよ……見て下さい、この青い空、白い雲! この夏に騒がないのは愚かなものです」
「騒ぎ過ぎて、熱射病にならんようにのぉ、ふぉっふぉ」
「鈴鹿さんは、勿論、賛成ですよね」

 猿ジジイ、と心の中で歯を向いた李遵は、黙ったままの鈴鹿薫(iz0114)へと矛先を向けた。

「えっと――ぼ、僕は、構わないが。鈴鹿だけが参加しないのも、おかしな話だからな」

 ちらり、と慕容王の方を見て、薫は口を開いた。
 この癖の強い頭領達+王の中で、気丈なものだ、と李遵は薫の頭を撫でる。
 後、都合の悪い事は忘れる性格の彼女は、癖の強い頭領の中に自分が入ってる事に気付いていない。

「撫で心地がいいですねー」
「僕は子供じゃない! 子供扱いはやめろ!」

 さて、と慕容王は癖の強い頭領達を眺め、そして口にした。

「構いませんよ。北條が執り行い、何があろうとも責任を被るのであれば。……後、売り上げの半数は献上しなさい」
「(強欲厚化粧……)ええ、勿論ですよ、王。私も無策でこの様な提案、致しませんから」

●と言う事なので
「と言う事なので、陰殻夏祭り、1012年! はじまりです」
 何処に金があったのか……全ては炎に包まれてしまっているが。
 以前、影蜘蛛一族を滅ぼした時、活動資金を根こそぎ奪っておいたのだ。
 炎の中で家探しをしていた、自分の根性を心から素晴らしい――と、自画自賛する。
 何故なら、誰も褒めてくれないので。

「射的に練り飴、ダーツ投げに金魚すくい。陰殻西瓜もありますし……足りない分は、参加者から募るとして」

 練り飴など一般的なものから、イナゴの甘露煮と言う明らかに賄い料理と思われるものまで販売されている。
 屋台は貸し出し制の代わりに、売上金を奉納すると言う形で準備は整った。

「随分と……欲深な」
「いいじゃないですか。下忍達にも見回り、と言う事で仕事を入れましたし」

 祭り事に、揉め事は付きものだ。
 食べる為に畑を売り、そして食べられなくなった下忍達にも、仕事を回してある。

「楽しみですね!」

 そう言った上司の顔が、目からの汗でぼやけた藍玄だった。


■参加者一覧
/ ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 月酌 幻鬼(ia4931) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 以心 伝助(ia9077) / 十野間 月与(ib0343) / 羽流矢(ib0428) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / 蓮 神音(ib2662) / リア・コーンウォール(ib2667) / 長谷部 円秀 (ib4529) / シータル・ラートリー(ib4533) / 蓮 蒼馬(ib5707) / アルセリオン(ib6163) / スレダ(ib6629) / 刃兼(ib7876) / 棕櫚(ib7915) / 破軍(ib8103) / 鏡珠 鈴芭(ib8135) / 月雪 霞(ib8255) / 斎宮 桜(ib8406) / 呂宇子(ib9059) / 啾啾(ib9105) / 楠木(ib9224) / 不破 イヅル(ib9242) / 闇野 ジュン(ib9248) / 月島 祐希(ib9270) / 爻鬼(ib9319) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / ナシート(ib9534) / マルセール(ib9563) / 乾 炉火(ib9579) / 月夜見 空尊(ib9671) / 啼沢 籠女(ib9684) / 須賀 なだち(ib9686) / 響 大地(ib9813) / 天霜 ハル(ib9814) / 土岐(ib9815) / 円寿寺 遊記(ib9816


■リプレイ本文

●陰殻で
 流れ出る汗を拭いながら、天霜 ハル(ib9814)が下忍と約束を取り次いでいる。
「ありがとうございます」
「テメーら、さっさと始めるぞ!」
 力強く口にした土岐(ib9815)の声と共に、響 大地(ib9813)と円寿寺 遊記(ib9816)も頷いた。
 各々の楽器を手にし、音楽を奏で始める。
「わしの音が主旋律になるからの。重要なぽじしょんじゃ!」
 円寿寺が、鍵盤楽器を指先で撫でた。
 舞台は全て、請負の下忍が作成している……ただ、土岐達は奏でれば良い。

「あ、すいません、案内人をお願いしたいんですけど」
 昼の間に陰殻を歩いてみよう、と无(ib1198)は相棒の尾無狐を肩に乗せ、一人の女性へ話し掛ける。
 そこには、他国からみると酷く質素な、陰殻では立派な詰め所が即席で建てられていた。
 恐らく、警備に駆りだされている下忍の詰め所なのだろう。
「私でよければ」
 そう言った女性は、お茶を飲み干し立ちあがる。
 彼女と連れ立って歩きつつ、无はやはり、貧しい国だ――と思う。
 木材を集めた下忍達が何やら、段を設けた舞台を作り、開拓者と思われる4人がそれぞれの楽器を触っている。
 貧しい、だが祭りの熱は確かに陰殻に住む者を動かしていた。
「陰殻は貧しい国。季節を通して寒暖の差が激しく、土壌は脆弱で中々農作物は実を結びません」
「主な輸出品は人、だとか」
「ええ、シノビを入り用とする方に派遣する。努力の結晶です」
「貧しい国……この祭りの開催費用は?」
 无の言葉に、目の前の女性は艶やかな微笑で。
「……さぁ?」

●人を呼び
 出店は自由、と言う事で出店者に加わったのは礼野 真夢紀(ia1144)と、十野間 月与(ib0343)だ。
 氷霊結で氷を作り、冷たいかき氷を作る。
「白玉や大福をトッピングすると、冷たさも和らいでより美味しく食べれますよ」
 陰殻の人々へは、開催地割と言う事で半額に――痩せこけた人々は、少ない文を持って買いに集まる。
 その手は野良作業で日に焼け、染みが浮いているにも関わらず妙に、動きが素早い。
 買えない人には、梅干しのお握りを、と優しく差し出す礼野と十野間。
 勿論、標的として狙うシノビ達も多い、警備は幾らあっても手が足りない。
「金のかからない警備員は如何か」 
 そう言って話を持ちかけたのは、からす(ia6525)だ――相棒の忍犬、猫叉、迅鷹。
「開拓者が沢山入り込んだこの祭にて、悪事を働こう等という命知らずは……」
 残念ながら、沢山いるのである。
 客を装い、十野間の手から受け取ったかき氷。
 その影から一人の狼藉者が近づき、店の金に手を伸ばし――たところで、からすの大鉄扇が振るわれた。
 ……股間へ。
「残念だったね」
 衝撃に転倒し、悶絶しながらぐるぐるとのたうちまわる狼藉者。
「お騒がせしました」
「あ、待って下さいですの……これを」
 そう言って礼野はかき氷を差し出した――それに微笑みを返し、からすも受け取る。
「ああ、頂くよ」

 ずりずりずり――。

 お役目ごくろうさまです、と下忍が頭を下げた。
『見つかった』狼藉者はこの中にぶち込まれるらしい。
(「と言っても、祭りが終われば出てくるのだろうが」)
 心の中で呟くが、それはおくびにも出さず広げた茶席へと戻る。
「おや、此れは随分と好いお茶のようですな」
 男性がお茶の香りに誘われ、ふらり。
「石鏡の銀狼の森のお茶だ。祝い事には持ってこいだろう」
 まるで、慶事のような騒ぎだからね、とからすはお祭り騒ぎの陰殻を示したのか、少しばかり苦笑を交えた声で言った。
「然り」
 男性も苦笑を禁じ得ず、緩やかに頷く。
「お邪魔しますわ。隣の席、よろしいかしら〜?」
 食用金魚に練り飴、浴衣を着用したシータル・ラートリー(ib4533)がひょこ、と顔を覗かせる。
「ああ、良いとも。お茶はどうかね」
 有り難く受け取ったラートリーは、コクコクとお茶を飲み干し、一心地。
「ふぅ――こう言う時、背が大きいといいですのに」
 休憩所が見えませんでしたの、と練り飴をペロリ、舐めながら微笑む。
「陰殻に似つかわしくはない騒ぎですからな。勿論、この地が活性化するのは一番ですが。ああ、私は此処で失礼」
 そう言って人混みへと消えていく人物、彼が諏訪・顕実(iz0064)である。
「……? ところで、此処は花火が見えますでしょうか〜?」
 かくん、と首を傾げたラートリーが空を見上げ、からすも釣られて空を見上げる。
 広い場所を取っているお陰か、花火が上がればきっと、綺麗に見えるだろう。
「無論。一番良いところをとっているよ」
 そう言って、からすは笑うのだった。

「うわー、久々に帰ってきたら何かすげー事になってるよ。微妙に変だよ」
 諏訪の流れを汲む、里の出身である羽流矢(ib0428)は、茫然と呟いた。
 超越聴覚を使いながら、普通の開拓者として、秦拳士を想起させるように動きまわる。
 眼中にないとしても、里の偉い方とは関わりたくない――人々の会話に耳を済ませれば、北條の企画らしいが。
(「だとしてもなぁ――。仕事中のシノビとかと、出くわしたくないし」)
 静か過ぎない通りを歩きつつ、やはり目指したのは陰殻西瓜。
 貴重な輸出品である為、殆ど食べた事がないものだ。
「うわっ、うめぇ!」
 陰殻西瓜に胡瓜棒、目をキラキラさせながら羽流矢は、次々と口にする。
 出来れば、花火も見たいなぁ……なんて、空を見上げながら。

 ふらり、足を向けた和奏(ia8807)は、のんびりと歩きながら人々が行き交う様子を眺める。
 決してその中には入っていく事は出来ない、まるで遠い世界で起きている戯曲のように。
 自分とは別世界の、役者のように思えるのだ。

「如何ですかー?」

 お客を呼び込む人々の声が聞こえる、誘われるままに手にした練り飴はしっとりと甘い。
 カチワリは指先を冷たく凍らせ、如何、と言われる度に断らない彼の手には何時の間にやら、沢山の食べ物が。

「一曲いくぜー!」
「気合入れて、成功させるき!」

 気合いの入った吟遊詩人達の声が聞こえる、パラパラと疎らだった人々が吸い寄せられ、その音色を楽しんでいた。
 もしかしたら、たまに熱中症予防に振るまわれる茶を求めてかもしれない。
 管楽器の空を突くような音が響き渡り、弦楽器が空気を震わせ鍵盤楽器が主旋律を紡ぐ。

 パチパチと聞こえる拍手にあわせて、和奏もぱちぱちと手を叩く。
 ――自分から近いように見える彼等が、自分より遥かに高い熱源を放っているのが、何だか不思議でならなかった。

「出店は僕のもの!」
 リエット・ネーヴ(ia8814)が沢山連なる出店を前に、はしゃいだ様子で声を上げた。
 跳ねるような動きにあわせて、ぴょこぴょことあほ毛が揺れる。
「リエット、頼むから離れてくれるなよ……」
 何だか、最近友人達の保護者になっているような気がする、とリア・コーンウォール(ib2667)はむむむ、と唸る。
 まだまだ若いのに、何故なのだろうか、と思考を巡らせるが思い当たる節はないのだが。
「ん、あっちに行くと、楽しさ倍プッシュだ♪」
 ネーヴはあほ毛の囁きの導かれるままに、コーンウォールの手にとうもろこしを握らせて離脱を図る。
「あばよー。大事な物を取り返しに言ってくるじぇ! それは、僕の心です!!」
 混雑した道を、精一杯の速度で走る。
 途中ですれ違う人々が、驚きの目で見てくるがネーヴにはそんなもの、気にならなかった。
「ほほ、元気じゃのう。ほれほれ、前を見んと転んでしまうやろぉ?」
 ほほほ、と薄い安酒を飲みながら皺の奥の強い瞳を覗きこみ、何かくれるかなーと近寄ってみる。
「お仕事御疲れ様なの♪ じーちゃん、なに飲んでるの? おちゃけ?」
「そうじゃぁのぉ。酒も酒、薄ぃ酒じゃよ」
 高速で移動し、くるくる回るネーヴをゆっくり、翁の目は辿る。
「肩揉みするじぇ!」
「駄賃はやらんがの」
 ぎゅ、ぎゅ、と肩を揉まれながら、その翁――名張 猿幽斎(iz0113)はほ、ほ、と笑った。

「オイ響。お得意の口説きをしに行かねぇのか?」
 水を喉に流し込みながら、土岐は響へと言い放つ。
 カチン、ときた響だが、敢えて和やかな笑顔で口にする。
「可愛い子が放っておかないだけだよ。おっと、なんだか物騒な事が起きているね」
 響の言葉より速く、土岐が女性に絡んでいるチンピラの一人を蹴りあげた。
「オイ三流共……一度しか言わねぇからよーく聞け。テメーらの声が耳障りだ、とっととこの祭りから失せな」
 大声で言い切った土岐と、既にチンピラの腕を捻りあげて腹黒そうな笑みを浮かべた響。
「祭りだからと言って、可憐なお嬢さんに手を出すのはよくないと思うんだけどな」
 恐らく、下忍であるだろうチンピラ達はあわあわと逃げていく。
「ど、どうしたんですか――この騒ぎ?」
「何じゃ、また大地と土岐の喧嘩じゃけ?」
 下忍達に呼ばれ、席を外していた天霜とが慌てて、円寿寺がノンビリと戻って来る。
「ちげーよ」
「そこのお嬢さんが、非紳士な方に絡まれていたものだからね」
「……ありがとうございます」
「礼はいい、俺たちの演奏を聴きに来い」

「チビなんだから無茶するんじゃねぇぞ」
 ニヤリと笑った土岐が、天霜の頭をぽんぽん、と叩く。
「ハル、土岐、遊記!祭りの熱気に負けないぐらいの演奏をするぞ」
 響き渡る演奏、まだまだ、夜は始まったばかりなのだ。

●合縁奇縁
 風のように包みこむ優しい存在になりたいと、アルセリオン(ib6163)は一人の女性に誓った。
 彼女の名は、月雪 霞(ib8255)と言う、まるで光に当たれば四散する様な儚げな女性。
「アルとまたこうしてお祭りに来れたこと、大変嬉しく思います……手を繋いでおかなければ」
 自然と触れた手を、月雪がその細い手で包みこむ。
「少し、照れるな」
 その手を握り返しながら、アルセリオンが微笑めば月雪は頬に朱を灯し。
「ぁ…そう照れられると、こちらが恥ずかしく」
 それでも、繋がった手を解く事はなく、確りと握りしめたまま――永遠にこの時が続けばと願いながら、歩を進め。
「アル、あれは何と言うんでしょう? あちらは?」
 子供のようにはしゃぎ、瞳を輝かせる姿にアルセリオンも嬉しさに心が弾むのが分かる。
(「本当に霞と付き合って、僕も変わったようだ」)
 不格好な飴細工を熱心に見たり、開拓者達の奏でる音楽に耳をすませたり。
「此れが、お祭り――」
 優しい時間が……流れていく。

「ゆったりまったり、楽しみたいものですね」
 ヘラルディア(ia0397)と月酌 幻鬼(ia4931)は寄りそうようにして屋台を見て回る。
 夫婦である二人の中に、くすぐったい様な恋心こそは薄れてはいるが、代わりに温かな愛が育まれていた。
「ああ、ボール焼きでも食うか」
 胡散臭げな屋台からボール焼きを一つ、刺激物が入っている……と見事に引き当てた月酌は隣にあった茶屋の茶を口にする。
「あらら、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。心配すんなよ」
 ヘラルディアに顔を覗きこまれて、月酌は平気だ、ともう一度口にすると、射的屋へと足を向けた。
 金を払って銃を構えつつ、何が良い、と問いかける。
「ええっと。では、右端のもふらの置物を」
「よし、任せろ」

 バン……

 と明らかに火薬量オーバーな音がして、隣の置物が落ちる。
 もう一射、バン、と音がし、次はもふらの置物を挟んだ右を。
 少しばかり頬を掻きながら、狙いを定めて、一射……思わずポーズを決めた月酌の隣で、優しい笑みを浮かべるヘラルディア。
「ふふ、ありがとうございます」
「……陰殻西瓜でも買って、花火でも見るか」
 人混みから護ってくれる夫の姿を見て、この人で良かった。
 そう、ヘラルディアは微笑んだのだった。

 追人がいるのではないか――と訪れたマルセール(ib9563)は、前回依頼で一緒になった不破 イヅル(ib9242)と二人で回っていた。
「……此処で会うとは思わなかったな」
 イヅルの言葉に、マルセールも頷きながらそうだね、と賛同する。
「まさか、陰殻がこんな事になってるなんて、思わなかったし」
 物珍しげに屋台を覗きこむ彼女を気にしながら、イヅルも人と人の合間をぬっていく。
 彼女が足を止めたのは、射的屋の前だ。
「不破、あれ……取れないか?」
 もふらの小物を指差したマルセールは、イヅルの顔を見上げながら問いかける。
 どうやら、色々と爆発するらしいこの射的屋は、どうやら繁盛しているらしい。
 金を渡して、可愛らしいもふらの根付けを狙い、呼吸法で命中を上げる。

 バアン!

 銃口が撃ち抜いたのは少し上の、小さな人形だった。
 人形の落下で落とそうとしたのだが残念、人形は弾けているにも関わらずもふらの根付けは無事だ。

 バアン、バアン

 次々と爆発する的に当てるイヅルをじぃ、と見、そしてマルセールは口を開いた。
「……お前、わざとだろ?」
 始めは心配していたものの、不信感が募ったらしい。
「……いや、わざとじゃないんだが、スマン」
 視線の痛さに冷や汗をかきつつ、漸く落としたもふらの根付けですら、爆発させ過ぎもふ、とばかりに笑っているようで微妙な気分になる。
 だが、そのもふらの根付けを渡せば、マルセールの声には喜色が混じり、思わずイヅルも微笑を浮かべるのだった。
「まってろ不破!お前の分もとってくるからな!」
 次にマルセールが目を付けたのは、金魚掬い(食用)である。
(「何故食用」)
 尤もな感想を抱くイヅルだが、実は腹減り属性のマルセールは既にやたらと穴の大きな網を手に金魚を狙う。
 数匹の金魚を手に、戻ってきたマルセール、その場で食べようとした彼女を慌てて止め、周囲に視線を巡らす。
「天ぷら、とかにしたらいいんじゃないか……?」
 と言いつつも、周辺に天ぷらにしてくれそうな場所はない。
 陰殻では生食が普通なのだろうか――?

「すっげー! これがマツリってやつなんだな……!」
 ナシート(ib9534)の言葉に、うん、と斎宮 桜(ib8406)は頷き、面白い屋台がある、と呟いた。
「練り飴……」
 提灯の下で、二つの影が踊る――斎宮は天儀の良いところを教えるんだと張り切って解説する。
「練り飴って、甘くておいしいんだよ。あ、かき氷もある!」
「いらっしゃいませ」
 練り飴を手にしながら、かき氷の店へと歩を向ける斎宮とナシート。
「白玉を多めにしてあげるわね」
 くすくす、と可愛らしい二人に笑いかけながら、十野間が礼野の作った氷にたっぷり白玉を乗せた。
「ありがとう!」
 手を伸ばしたナシートが大きな瞳をぱちり、ぱちり。
 ひんやりしたこの『かき氷』と言うものは、とても甘くて美味しい。
 斎宮と交換しながら、両方の味を堪能し、お腹がいっぱいになった頃に白猫のお面を差し出した。
「桜は小さいから、はぐれそうになったらしっかり手を握らないとな」
 居なくなったら寂しいじゃんか! と笑みを見せるナシートと手を繋ぎつつ、白猫のお面を頭にかける斎宮。
「うん!」

「すれだっ、あっちにも行ってみるぞっ……あ、手を繋ぐぞ」
「しゃーねーです。手を繋いでやるですか」
 ぷい、とそっぽを向いたスレダ(ib6629)の柔らかい手を握り返しながら、棕櫚(ib7915)が走り回る。
「天儀の屋台も、なかなかやるですね」
 冬と春の祭りは参加したが、夏祭りに参加するのは初めてだと言う。
「ボール焼き……? 私は食べたことがねーですから、買ってみるです」
「お、すれだもやる気なんだな! 一つくださーい!」
 何をやる気なんだ、とツッコミを入れながら、熱そうにボール焼きを一つ口にする棕櫚。
「はふ、うん、美味しいなっ。ほら、すれだの番だぞっ」
「うん、悪くねーです」
 もぐもぐ、と二人、顔を突き合わせて口にすれば、油断した棕櫚に悲劇が襲いかかる。
「うぎゃ、な、なんだー辛い!」
 咄嗟にぺ、と吐き出して水をグビグビ、辛いのはあんまり好きじゃないぞーと頬を膨らませる。
「勿体ねーです。ちゃんと食べるですよ」
 そう言ってスレダは口にし、そして固まった。
 だろ、とばかりに覗きこむ棕櫚の差し出す水をグビグビ飲み、一息。
「偶には……こうして友達と遊びに行くのも、悪くはねーですね」
 ぽつり、呟いたスレダを振り返って首を傾げる棕櫚。
「何か言ったかー?」
「何にもねーです。ほら、まだ時間はあるですから、とっとと回るですよ」
 小さな笑みに、棕櫚はスレダの手を握り返し、また雑踏の中へと向かっていく。
 いつの間にか、ボール焼きの前に長身の男性と楽しげに頬を赤くした女の子が立っていた。

「やっぱ次はねー、ボール焼き!」
 練り飴に胡瓜棒を手にした蓮 神音(ib2662)は、横に立つ蓮 蒼馬(ib5707)を見上げる。
 その頬が紅潮しているのは、勿論、祭りの所為でもある……が、それだけではない。
(「センセーとお祭り!」)
 先程から、腕を組んだり手を繋いだりと恋人が多いのだ。
 自分達もそんな風に見えているのだろうか、と思えば神音の背筋がピンと伸びる。
「……まだ食べるのか」
 苦笑気味にいった蒼馬の目に、ふ、と見た事のある女性が映る。
 粗末な浴衣に身を包んだ、北條流頭領の姿だ。
(「李遵……?」)
 と思った瞬間、神音が容赦なく蒼馬の腕をつねりあげる。
「よそ見しちゃ駄目!」
 ヤキモチは恥ずかしいが、我慢できない――好きな人には、自分だけを見ていて欲しい。
 ……欲張りだとは、わかっているけれど、恋する女の子は何時だって欲張りなのだ。
 ボール焼きの刺激物にアワワ、と目を白黒させる神音の目に、止まったのは父親に肩車される子供の姿。
「肩車、してやろうか?」
 その言葉に、神音は首を振り苦笑する。
「いいよー。もー子供じゃないもん」
「好きだっただろう? 小さい頃、師兄によくせがんでたよな。俺もしてやったし」

 ――……好き、だった?

 まるで、それは記憶が戻ったかのようで。
 そんな事、と思いながらも蒼馬の顔を凝視する神音。
「記憶が、戻ったんだ。全て思い出したよ」
「本当!? よかった、よかったよー!」
 ぎゅ、と抱きしめた蒼馬の身体は温かくて、神音は人目も気にせず泣き声を上げた。
 思い出した、全て……欠けてしまったものが、もどる感覚。
「あ……」
 気が付けば、自分達が人々の記憶を欲しいままにしている。
 それに気付いた二人は、すごすごとその場から離れるのだった。
 それを見ている人物がいる事も、気付かずに。

「恋する女の子は可愛いですねー」
 この祭りの企画、開催者である北條・李遵(iz0066)である。
 何時もの通り、部下に任せ敵情視察とか意味不明な事を呟いてやって来たのだ。
「恋は素敵ですの〜♪」
 目をキラキラさせて、カエルのぬいぐるみを抱きしめるケロリーナ(ib2037)は『ステキな大人』である李遵の話にメモを取った。
「ああ、そうでしたね。きっと鈴鹿さんは、巨乳好きですよ」
 ……こんなのが、ステキな大人でいいのかは不明である。
「お姉さまは、恋人はいますの?」
「恋人はいませんよ。下僕なら沢山いますが――そうですね、恋に対する格言を一つ」
 ケロリーナの金糸の髪を撫でながら、李遵は薄く笑みを浮かべた。
「愛と、哀を勘違いしてはいけません」
 首を傾げるケロリーナに、鈴鹿さんが此方に来ていますよ、と彼女は口添えをする。
「あ、ホントですの、薫く〜ん♪」
 こっそりと慕容王の身辺に不審者が現れないか、紛れていた鈴鹿薫(iz0114)は自分に向けられた言葉である事を知り、慌てて人混みの中に紛れていく。
 とは言え、祭りで少なからず浮かれてしまった彼が、振り払える訳もなく。
「薫くんの為に、クッキー焼いて来ましたの」
「な、なな、僕の為……?」
 となんだかんだと、言いくるめられ、抱きしめられる。

「王もこの日くらい、鈴鹿さんに暇を言い渡しても良さそうなのですが」

 きっと、サディストの気がある慕容王は適当に薫を撒いて、その姿を眺めているのだろう。

「貧乳はスティータスです」
「……それは、大声で言わない方がよろしいかと」
 意味不明な言葉を聞いてしまった長谷部 円秀 (ib4529)が微妙な顔をする。
「こんばんは。ようこそ陰殻へ!」
「相変わらずですね……りっちゃん、貧乳はスティタスって。まぁ、元気な事は良き事かな」
 血と汗の上に立っているような祭りを眺めつつ、屋台には手を出さない方が良さそうな代物が目白押し。
 刺激物の入ったボール焼きに、穴の大きな網で取る金魚掬い(食用)に、爆発する射的屋――他にも怪しい屋台がずらり。
「そう言えば、射的でもふらのクッションを当てたんですが、どうぞ」
「流石ですね! 爆発するので大体、品が無事じゃないのですが」
 笑顔で受け取った李遵が、クッションに刺繍されたもふらの顔を撫でる。
 何処かそれは、演技がかった様子に見えた。
(「……気にしたら、負けなんですけどね。藍玄さん、頑張って」)
 彼女の部下に思いを馳せ、長谷部も人混みの中に消えていくのだった。

 女性らしい色香を出した、サイドアップに花の髪飾り。
 蒼髪に似合う、色合いの浴衣を着た柚乃(ia0638)からは、ふんわり花の香りがする。
(「陰殻は不慣れだし……人混みが不安、ううん、大丈夫よね」)
 きょろきょろと周囲を見回しながら、唯一、知っている薫を探す。
 いた、何やら大変そうだけれど――思いつつ、よければ、と口を開いた。
「よかったら一緒にどうかなって……それとも、他に約束があった?」
 上目遣いに尋ねた柚乃が取り出したのは、女物の浴衣。
 勘弁してくれ、とばかりに薫の表情が引き攣る。

「良いのではないでしょうか?」

 その時、頭上から降ってきた声に、咄嗟に薫は背筋を伸ばした。
 助けて下さい、と言う訳にはいかない――それが、彼女の意向ならば。
 无を案内し、陰殻と言う土地について説明をしている慕容王の声である。

「まさか、です、よね……」
「その、まさかです。……さて、私達も行きましょうか」
「いいのですか?」
 无の言葉に、ゆるりと首を振ると慕容王は言った。
「ええ、お祭りですから」

●華やかに
「うーむ……っ、案外、勧誘って大変なのねぇ――あ、お団子一個追加ね?」
 白虎をイメージした、白と黒の桜吹雪の浴衣を身に付けた鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、疲れた様子で足を投げ出した。
 祭りに乗じて、世界征服の為の仲間集め! と意気込んだのはいいものの、中々人が集まらない。
 溜息をついて団子を口の中に放り込む、悔しい事に意外と美味しい。
 ふ、と視線を移せばきゃいきゃい、とはしゃぎまわる女の子達。
「ねね、あたしと祭を回らない?」
 そう言って話しかけたのは女の子達、なのに。
「って、あによ、あんた何顔赤くして嬉しそーにしてんのよ?」
「え、いや、僕と回ってくれるのかな、と」
 あんたに言ったんじゃないわよ! と鴇ノ宮は心の中で叫ぶ――頬を赤くした団子屋の売り子は、もじもじとしてハッキリしない。
「あたし、用事があるから!」

「一緒に回るのは、構わないの」
「ケロリーナは、薫くんと回れたらいいのですのー」
「お、おい、此れ以上増えるのか――!?」
 話しかけられた柚乃と、ケロリーナ、そして引き摺られるようにして回る薫。
「別に、いいじゃない。今更増えたって」
 風葉を交え、華やかな声を上げながら屋台を回る。
 射的でひたすら爆発させたり、金魚掬い(食用)ではずぶぬれになったり。
「……こんな、賑やかな国じゃなかったんだが」
「薫くんの、ふるさとですのに?」
「でも、柚乃は嫌いじゃないよ。花火、楽しみだし」
 ケロリーナと柚乃に挟まれ、まあ、と呟いた風葉はとん、と胸を叩いた。
「ふるさとだからって、何でも好きって訳じゃないわよね。あたしには、鴇ノ宮は狭すぎるもの」
 目指すは世界征服よ! と胸を張った風葉に薫は慌てて口を開き。
「て、手助けはしないからな!」
「何よ、ケチな事言ってんじゃないわよぉ」
 何気ないじゃれあい、掴めない距離感。
 困惑しながらも4人は肩を並べ、屋台をまた回るのだった。

「一体何処へ言ったんだ。浴衣だから、そんなに行動は出来ないはずだが……」
 コーンウォールはきょろきょろしながら、一つ一つ屋台を回る。
「む! 陰殻西瓜が安い? いや、今忙し……ふむ。なら、この練り飴をいただこう」
 相場よりも若干、安くなっているのは形が悪い為なのだと陰殻西瓜を撫でながらそのシノビは言った。
 だが、持ち歩く余裕はない。
 練り飴を貰いつつ、きょろきょろと視線を彷徨わせると、もふらのクッションを抱えた女性とすれ違い、あ、と声を上げた。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ。もしかしたら、北條殿ではないかと」
「ええ、私が北條・李遵です」
「どうも。こんばんわ、かな? リエットが何時もお世話になっている」
 コーンウォールが話しかければ、李遵も成程、と相槌をうつ。
 意外に普通(?)の人物のようで、ホッとしていたコーンウォールだが。
「ネーヴさんは、虎耳が似合いますよね。コーンウォールさんは、犬耳とか」
「……いえ、遠慮します。って、ああ、リエット! ありがとうございます、失礼します!」
 そう言って走っていくコーンウォール。
「ネーヴさんなら、名張の猿ジジイのところで見かけましたけど」
 李遵のその言葉は、届く事はなかった。

「いやいや、さすが陰殻だねぇ。個性的な屋台が揃ってらっしゃる」
 射的で次々と品を爆発させながら、不破 颯(ib0495)は上機嫌で笑う。
 どうしたらこんなに爆発するのか、と言うくらい爆発物の混じった射的屋では、下忍がどんどん品物を並べていた。
「祭りの醍醐味だよねぇ」
 ヘラリ、笑いながらボール焼き、杏子飴にリンゴ飴、チョコバナナと屋台を制覇しながら思い出す。
 嘗て、見習いシノビの訓練相手になった事――聞けるだろうか、と考えた颯は周囲を見回し、それらしい人物がいないか探してみる。
 ……いた、やはりというか何と言うか、もふらの面にもふらのクッションを手にした李遵は手をあげた。
「そう言えば、あの見習いの――」
 挨拶を交わして、下忍でしかなかったシノビ達の行方を聞けば。
「そうかぁ――」
 懐かしげに、颯の目は細められるのだった。

「ふん……どいつもこいつも浮かれていやがる……」
 ボソリ、呟いた彼、破軍(ib8103)は広々と敷かれた布の上に腰をおろした。
「お祭りですからねー」
 ふわふわ、とラートリーが微笑み、からすは緑茶を渡す。
「――出し物が悪趣味な事以外は、天儀の祭りと変わらんな」
「ふふ、でも、陰殻でこんなお祭りだとは思いませんでしたの」
 先程から、独り、呟く言葉に入って来る人間を不可思議に思いつつ、そうなのか、と一人納得する。
 シノビの里の見聞のつもりが、此れでは只の遊興でしかないではないか、と思わなくもない。
「香る、かおる。僕と同じで……違う香り」
「……俺に何の用だ?」
 不意に話しかけられ、其れが意図的なものだと気付いた破軍は胡瓜棒を齧る手を止め、啼沢 籠女(ib9684)を見る。
 決して好ましい視線ではない筈だが、それでも啼沢は臆した様子無く瞬き、歌うように告げた。
「用事はないよ、興味はあるけど。ああ、雨が降らないかなぁ?」
「雨が降ってしまうと、花火が湿気ってしまいますの」
 啼沢の言葉に、少しだけ困ったようにラートリーが呟いた。
「ああ、そっか……あ、もう見つかっちゃった。廻り合う縁。楽しい時間をありがとう。また――会おうね?」

 人混みの中に駆けて行った少女、また、戻って来る。

 空を仰ぎ、月を瞳に映す月夜見 空尊(ib9671)は、ふふ、と隣から聞こえた笑い声に視線を向ける。
「陰殻ではこんな大規模な御祭りは滅多に御座いませんし、機会を作って下さった四代頭領と王には感謝しなくては」
 佳い月に良い、祭りです、と須賀 なだち(ib9686)は笑みを零す。
「そういえば空尊様と籠女様は、陰殻は初めてでしょうか?」
 二人の様子に、須賀は言葉を続ける。
「此処は、夫と出逢った地です。アヤカシに姉全員を喰われて、途方に暮れていた頃を夫には助けて頂いたのですよ」
「……成程、其れ故に、か」
 相槌をうつ月夜見は、さり気なく騒ぎから引き離すように庇いつつ、ゆるりと歩みを進める。
「食べるか……?」
 かくり、首を傾げて啼沢が目に留めた練り飴を買う。
「――お祭り、ほの暗い街に灯る火は綺麗だね? なだちの気持ちで、彼は変わるかな?」
 くすくす、ありがとうと礼を言って練り飴を口にしながら、啼沢は笑う。
「ふふ、きっと。諏訪の当主様には、ご挨拶させて頂きたいのですが」

 ――それは佳き事。 おぬしが決めたのであれば

 そこに姿はない。
 それでもまあ、いつの間にか掌握しているのが諏訪 顕実と言う人物だ。
 からころ、音を立てながら、下駄が鳴る。

●賑やかに
「……冥越の同族と陽州の同族で、天儀の夏祭りに参加できるってのも感慨深いもの、だな」
 ほう、と息を吐いた刃兼(ib7876)の溜息は、感慨か嘆息か。
「祭りか……大きいものは初めてだな」
 天野 白露丸(ib9477)の声には、圧倒されたような響きがあった、彼女は今、藍の浴衣を身に着けていた。
 黒地に青い朝顔の意匠が凝らされた浴衣を着用した呂宇子(ib9059)が、ボール焼きを手に戻って来る。
「折角だもの、楽しみましょう」
「おぉ……二人共、よく似合ってる」
 現地で合流した爻鬼(ib9319)が、少し照れながら褒め言葉を口にした。
 呂宇子も、天野もそう言われてまんざらでもない。
 紺色の浴衣を着た爻鬼は、よし、とボール焼きに視線を移す。
 此処は、上手く食べ切ってしまいたいところ……一人一人、ボール焼きを口にして。
「……よし、大丈夫だったようだ」
 天野の言葉に続いて、呂宇子も頷き、爻鬼と刃兼も視線を合わせる。
 ならば、残る2つに『アタリ』が存在している訳で――かなりの気合いを込めてじゃんけん、ぽん、と出した拳。
「これは食い物、か……?」
 見事アタリを口にした刃兼が、震えながら飲み込む。
 吐き出しては勿体無い、と言う気持ちだったのだが、それは伝わらない訳で。
「おお、もっとゆっくり食えよな!」
「あらま、刃兼に当たっちゃったの? 大げさねえ……え、そんなにヤバイわけ?」
 爻鬼と呂宇子が茶々を入れつつ、飲み物を渡す――天野は、隣の金魚掬い(食用)を茫然と見て。
「こ、れは……取れるのか?」
「取れるんじゃないの? ほら」
 周囲の取っている人物を指差し、呂宇子がからからと笑う。
「う、一匹くらいは……!」
 腕まくりする天野と、爻鬼と呂宇子――遅れて刃兼も参加するが。
(「浴衣の裾が気になる」)
 ……どこぞのオカンの様な思考に、思わず苦笑を禁じ得ない。
「これは、食べるものなのか……? 身が無いように思うが」
 取れた金魚を手にし、首を傾げた天野にこんばんは、と声がかかった。
「あ、長谷部殿、こんばんは」
「金魚掬いですか。風情がありますね」

 ――風情じゃねぇ、此れは骨ごとすりつぶして食うんで!

 屋台から飛んできた力強い言葉に、思わず二人は顔を引き攣らせたのだった。

「お、お祭り、た、楽しみだね」
 啾啾(ib9105)の言葉に、秋霜夜(ia0979)は頷きながら、貸し衣装屋で服を見て回る。
 他の国で見られるような華やかな色合いは殆どなく、倹しい陰殻でも染色できる藍や茜と言った色が多い。
「大丈夫よぅ。やうちゃんは可愛いんだしー。あ、アップにしてあげるー」
 秋の髪を撫でながら、楠木(ib9224)が持ってきた髪留めで髪を結う。
「あんまり華やかなの、無かったね」
 少しガッカリした様子で、鏡珠 鈴芭(ib8135)はせめて、と浴衣の帯を蝶結びにしてみる。
 秋は淡い藍染めの浴衣をミニ丈に、鏡珠は茜色の色違い。
「可愛いよねー。ねー、しゅしゅちゃん」
「で、ですね」
 楠木の言葉におずおずと頷き、啾啾がピタリ、と楠木の頬にかちわりを当てた。
「きゃー、冷たい」
「ひ、一口、た、食べます?」
 一見女の子同士だが、啾啾は男の子である。
「わー、楠木ちゃん、馬子にも衣装って感じ!」
 漆黒の浴衣を着流しにした、闇野 ジュン(ib9248)が楠木に背中をつねられ肩を竦めた。
「つ、冷たい!」
「あ、えへへ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、啾啾のかちわりを一口。
「啾啾はかちわりか? 変な色の買って口の色が変色しねーようにな〜」
「だ、大丈夫です」
 あっ! といきなり声を上げた闇野に何、とばかりに見る一同。
「霜夜ちゃんの選んだイカの方が、俺のよりデカイ!」
 そんな事ー? とブーイングを貰いながら、闇野がイカを齧る。
「一口ちょうだいっ♪」
 そう言って鏡珠がかぷり、秋のイカを齧る。
「あ、ひとくちだけって言ったのにー」
 秋からブーイングが起きるが、既に射的屋の前に到達していた鏡珠は笑顔で、ごちそうさまと一言。
「さあ、射的の屋台で誰が一番良いのを取れるか勝負だ〜!」
「えー。きっと俺、負けちゃうよ?」
 秋と啾啾、楠木が見守る中、射的大会。
 3人はイカやかちわりを手に、勝負の行方を見守っている。

 ばあん

 鈍い爆発音に、当たらない〜と闇野が声を上げた。
「ホラ〜、俺の負けじゃーん」
「ジュンにぃ、下手ー」
「ば、罰ゲームだから、あ、諦めて、食べる!」
 そ、と取りだした啾啾の唐辛子入り餅を口に入れ、辛っ! と一言悲鳴を上げる闇野。
「私は要らないからね、それ!」
「お、美味しいですよ」
 楠木を追いかけまわしながら、啾啾の手にした餅が誇らしげにゆれる。
「きゃー!」
「あ、名物な陰殻西瓜も食べたいです」
 いつの間にか、練り飴に胡瓜棒と沢山の食べ物を手にした秋がはしゃいだ声を上げる。
「秋せんせ、それ以上持てないんじゃ……」
 ぼそり、と鏡珠が呟くが、大丈夫大丈夫、と軽い返事が返って来る。
「そう言えば、超越聴覚でいい場所聞いておいたよ」
 大きな瞳で良く出来たでしょ、と言わんばかりの鏡珠の頭を、偉い偉い、と楠木が撫でる。
「はいはーい、皆、先行っておいでー」
 ヒラリヒラリと手を振って見送った闇野が、景気よく射的屋の店主へと声をかけた。
「オヤジ、もう一回!」
 そう言って、数発で狙いの物を落としてみせる。
「おっ、見よう見まねでやれば落ちるもんだねー」
 出来るなら最初からやれ、と言われそうだが、何のことやら。
 当人は肩を竦めて、おどけてみせる。

(「策士はみんなの笑顔の為に働くんでーす」)

 さてさて、お嬢さん方と少年は何処へ行ったのやら。

「今迄、陰殻でこんな祭したことねぇから、なんか気になってよ。けど俺怪我しちまってるし」
 そう、乾 炉火(ib9579)に誘われ以心 伝助(ia9077)は理由も納得できたし祭りに来たのだ。
「たまには『お父さん』って呼んでくれてもいいんだぜ?」
「断固拒否っす。今の所は、まあ、普通のお祭りのようっすが……」
 色々と可笑しいのは、この際目をつぶる、と以心は溜息を吐いた。
「とりあえず、あっしは茶でも買って来るんで大人しく、大人しくしておいてくだせぇよ?」
 そう言って以心が離れていく――生返事を返しながら、射的で狙いを定める。
 特に欲しいものがあった訳ではないが、こう言う祭りは楽しむのが一番だ。
「お、一緒に祭りを回らないかい? 何が欲しい」
 本能的に猫耳の可愛子ちゃん、をナンパしたのだが。
「……あのー、おっさん。俺、男なんだけど?」
 顔をひきつらせて、月島 祐希(ib9270)が返事を返す。
「男も大丈夫、さて――」

 ぱぁん

 小気味良い音が響き渡り、以心の持ったハリセンが乾に振りおろされる。
 手加減はしているものの、痛そうだ。
「お、伝助速かったな。あ、こいつ俺の義理の息子」
「いや、此れは、その」
「ええー!?」
 以心の不器用な否定を、月島の大声が遮る。
「こ、このナンパ野郎が伝助の親父さん……!?いくら義理っつっても、ちょっと信じがてぇな……」
 月島は子供扱いで頭を撫でてくる、乾の手を振り払う。
「まあ、いや、義父が申し訳ねぇっす。ところで、よければ一緒に回りやせんか?」
「おうおう、小さくて可愛いな」
「あっし、今幾つだと思ってるんすか!?」
 友人の前と言う事を忘れて思わず、怒鳴る以心を月島は少しばかり驚きの籠った視線で見る。
(「こんな伝助は初めて見たが……まあ、何だかんだで仲は良さそうだな」)
 孝行できる相手が居るって、ちょっとだけ羨ましい、かも――なんて。
 そんな考えは少しだけだ。
(「やーれやれ、伝助もちゃんと友人がいるのか」)
 さて、とボール焼きの屋台へ向かった乾は、ボール焼きを差し出した。
「丁度3人いるし、2つずつどうだ?」
「おおー、いいぜ、受けて立つ」
「あっしも」
 3人揃って、一つ目のボール焼きを口に入れ、そうしてもう一つ。
 夜空に聞こえた悲鳴は、果たして誰のものか。

 ――ヒュゥゥ、パァーン!

 小さな音が弾け、空に大輪の花が咲く。
 それぞれが見守り、そして幾つもの花火が空に咲いた。

「花火すごい綺麗だね〜、……皆で来れて本当によかった!」
「ま、また、皆で、き、来ましょうね」
「射的の景品。オヤジが俺の頑張りに免じてくれましたー」
 仲間達と、空を見上げる者。

「……綺麗な花ですね、とても」
 恋人に寄りかかりながら、空を眺める者。

「たーまやー」
 友人と歓声をあげる者。

 思う事はあれど、花火はただ、夜空に咲き誇るのみ。