【直姫】思惑
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/05 16:52



■オープニング本文

●重なり続ける思惑
 空は鉛を溶かしこんだかのように暗く、日の光は差さない。
 太陽の恩恵を得る事の出来ない大地。
 だが、湿度だけは高く肌にへばりつく髪が鬱陶しいと花菊亭・有為(iz0034)は思う。
 自分が目当てなのか、それとも父である鵬由や、嫡男である伊鶴が目当てなのか。
 確かめる為に父と息子、水入らずの計画を練ったのは有為自身であった。
 今、彼女は何が目的であるか――それを見る為に、一人、自室に籠っていた。
 以前、彼女の妹、花菊亭・涙花(iz0065)が間違って攫われてから有為は酷く、周囲に気を付けるようになった。
 涙花を失いたくは無いのだ……勿論、身代わりになる気も無い。
 自分を喰らう獰猛な鷹がいるのならば、自分はその首筋に噛み付き、無様な痕をくっきりと残してやる。
 そう、決意を固めたものの、彼女の手は震えていた。
 握りしめられた拳は、白く変色し、やがては紫を帯びて血を寄こせ、と訴えかけているようだ。

 その時、静かに襖が開いた。
「直姫様。何をなさっているのですか?」
「三ノ姫、貴公は父上と共に、別荘に移った筈だが」
 有為の問いかけに、はんなりと三ノ姫は微笑むとええ、と頷いた。
 決して真綿で包まれるような生活では無かったのだろう、と今では思うが……。
 それでも、その笑みは花がほころぶような優しげな笑みだった。
「ですが、広川院の手のものであれば――わたくしがいる方が宜しいでしょう?」
 何をたくらんでいる、と咄嗟に有為は思ったが、それを口に出すほど愚かではない。
 万が一、妙な事をしでかしても彼女とて志体持ち、ある程度時間を稼ぐ自信はあった。
 ……無論、数の暴力に晒されなければ、だが。
「貴公は既に、花菊亭家の人間だ」
「ええ、でも。血筋は抗えません」
「その父に殺されかけ、逃げ落ちた貴公が言えるのか」
 鋭い語調、外にいた鳥達が飛び立ち、騒がしい中で三ノ姫は口を開いた。
「そうです。わたくしにも、信頼できる仲間がいるものですから――」

 扉が轟音を立てて破られる。
 招かれざれ客である事は、間違いないだろう……狼藉者を前にして、有為は威圧するような視線を送ると、口火を切った。
「此処は貴公達が容易く、踏み入れていいところではない。お取引願おう」
「それは無理な話ですぜ」
 ズゥン、とマスケットが火を噴いた。
 殺すつもりはないのだろう、だが、肩に熱い痛みを感じ、有為は膝を付く。
「さて、足まで潰されたくなかったら、広川院に来て貰おうか」
「何、が……目的、だ。花菊亭家、を、無力化する……つもり、だろうが――私、が、斃れた、くらいで。この家、は、揺らがない」
「ああ、だからあんたを娶りたいようだ、広川院家は」
 成程、と有為は思う。
 強敵を味方にする……如何にも考えそうなことだ、そうやって脅し、力を振りまわし、花菊亭家を食いつぶしてきたのだろう。
(「この……強欲狸め!」)
 だが、それを罵る事は出来なかった、撃たれた肩は熱を持ち、忘れるなとばかりに痛みを主張する。
「私、を、拉致するからには、十分な、準備が……あるの、だろう、な」
 崩れ落ちた有為を担ぎあげ、狼藉者は三ノ姫と一言二言言葉を交わす。
 三ノ姫に笑みがこぼれた――恩など感じていない、いや。
「直姫様。花菊亭家と広川院家が結びつけば、大きな力となります。朝廷にも意見できるでしょう。別荘へお連れします」
 恍惚とした笑みで、三ノ姫は父を思う――ああ、お父様、きっと喜んで、大切にして下さる。

 狼藉者と去っていく三ノ姫、鈴乃に口を押さえられた涙花は、叫ぶ事も出来ず、その姿を見。
 そして、震えながら耳を押さえ、目を閉じる。

(――大切な人が消えてしまうなんて、耐えられない)

 あなたの力になります、と言いだしたのは誰だっただろうか……。
 涙花の遊び相手に雇われた開拓者達だったが、見捨てておくことも出来まい。
「ありがとう、ござ、います――姉上を、無事に、奪還して下さい」
 泣きじゃくりながらも、しっかりした声で、涙花は口にした。


■参加者一覧
空(ia1704
33歳・男・砂
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
日和(ib0532
23歳・女・シ
乃木 聡之丞(ib9634
35歳・男・砂
莉乃(ib9744
15歳・女・志


■リプレイ本文

●敵情偵察
 ブルンブルン、と馬の頭が揺れ、目的地を目指す。

「徒歩で行くには、ちぃっと面倒くせェからなァ」
 徒歩以外の手段はあるか、と問いかけた空(ia1704)に、依頼人である花菊亭・涙花(iz0065)はぽろぽろと涙を零し頷く。
「こんな時だというのに、涙花は強い娘だな……。大丈夫だ。ちゃんと、有為さんは取り戻す。だから、泣くな」
 頭を撫で、慰める雪切・透夜(ib0135)は、コクリ、と頷いた涙花の頭を更に撫でた。
 兜の部分や、刀の部分には布を巻きつけ手裏剣と撒菱の一つ一つも布で包んでいる。
 布同士が擦れ合っても、然したる音は立てないだろう。
 決して声を出さない泣き方が、昔を思い出すようで痛々しく、日和(ib0532)はその小さな手を握る。
「一緒に行こう、此処にいても安全じゃないのなら」
 易々と看破された護衛達、今回は三ノ姫と言う手引きした人間がいる。
 だが、この息つく間もない騒動に不安と疑問を持ったのは安達 圭介(ia5082)だけではないだろう。
(「内通者が……?いえ、今はそれどころでは。このような理不尽、断じて許せるものではありません」)
「涙花ねー、大丈夫。私に掴まってね」
 涙花を抱きしめ、馬に乗るのを手伝ったリエット・ネーヴ(ia8814)が、馬に手綱を入れる。

 ――馬を手ごろな場所に括りつけ、開拓者達は広川院の別荘へと歩を進めていた。
(「次から次へと――全く持って面倒な家だ。それにしても、三ノ姫が、花菊亭家との結びつきを願っているとは」)
 溜息を吐いたルヴェル・ノール(ib0363)は、花菊亭家の方を見返った。
 没落の一途を辿る家、出世を望むが故、平和ではいられない。
(「ふむ、しかし……手段が不味かったようだ」)
「はっはっはっは。任せておけ。必ず有為殿を助け出してみせよう」
 豪気な笑みと共に涙花に笑いかけた乃木 聡之丞(ib9634)は、頷き返す少女の瞳に強い意志があるのを知り、瞬く。
 決して良い境遇では無かった事は、その立ち振る舞いから判るが、その育ち故なのか。
 弱視だと言う娘は、広川院の別荘を見、言った。
「哀しいですの」
「ええ。こんな方法では、何の問題も解決出来ませんよ」
 大地を焦がすように照りつける太陽を、疎ましげに見た莉乃(ib9744)が呟く。
 それぞれの境遇に思う事はある、だが、家族を攫い強引に引き裂くなんて……。
 瞼の奥に広がる、優しい家族の情景――莉乃は奥歯を噛みしめた。


「厩舎には、鞍がかかった馬が――6体」
 バタドサイトを使った乃木が、厩舎の方を見、そして周囲に広川院の配下の者がいないかを見る。
 外部からは、やはり詳しい事は判らなかったが、いたとすれば行動は全て筒抜けだろう。
「6体……ですか。少ないですが、帰りにお借りしましょう」
 安達の言葉に、少しだけ笑いながら日和が頷き、涙花の頭を撫で、離れた。
「大丈夫。絶対に一緒に帰ってくるから、信じて待ってて」
 涙花が笑ってくれれば、それで良かった――でも、今はそれだけじゃない、と。
 一緒に、護ると決めた、家族も、家も……。
 忍眼と暗視を使い、気配を消して出来るだけ、別荘へと近づく。
 物影に身を隠せば、どうやら門を護っている人間がいるようだ……あからさまではないが、侍従の類もうろついている。
「……シノビなどがいたら、厄介だな」
 ノールが眉を顰め口にする、その頭の中では失敗時の状況をも考えていた。
「そうだね……でも、何としても助ける」
 日和の横顔が、緊張にこわばった。
「そうすぐに手荒な事にはなるまい。助け出す時間は十分にある」
 のんびりと腰を据えた乃木も、失敗を想定していない訳ではない。
 が、士気は十分に高かった。
「ええ。大丈夫です、落ちついて行きましょう――焦りは状況を悪化させます」
 隠密で行動する、内部班。
 空、雪切、ノールに日和、4人へと加護結界をかけると安達は頷いた。
 日和が周囲を注意深く見、そして手招く。
 ――そして、4人は内部へと消えた。

●潜入
 まず始めに、忍びこんだ内部班がした事は見張りを片付ける事だった。
 別荘でありながら、花菊亭家より空間に余裕を持って作られている。

「…………ッ!」

 部屋から一足で間合いを詰めた雪切が、接近すると急所を一突き。
 ガクリ、と崩れた敵から赤い液体が染み出し、畳へと広がる。
「数が多い、隠密で向かうのは無理かもしれない――」
 屋敷内部は、ただですら使用人の数が多い。
 一気に攻略してしまいたいところだが……場所が分からない以上、動く事が出来ない。
「超越聴覚で、音を拾ってみるよ……」
 もう少し、頑張ってみる、と頷いた日和が意識を集中させ、周囲の音を聞き取る。

「――の、程度の……ならば――」

 重厚とした男の声が聞こえる、女の呻き声が聞こえる。
 確信が持てないまま、意識を集中させた時に、その声は響いた。

「……アア、アア」

 一人の侍従が、腰を抜かしてその場にへたり込む。
 震える声が、その人物が未だ、死体と言うものを見た事がないのだと伝えてくる。
「上手くいけば、情報を引き出せそうだな」
 ノールが冷静に呟き、アゾットを取り出した――赤みのかかった宝珠が妖しく光る。
「そりゃァ、こっちの仕事だぜェ。退屈してたんだ」
 磨きあげた針短剣をその首筋に突きつけ、空が問いかけた。
「余計な事は言うなよ、攫った娘、有為ってェ娘は何処だ」

 死にたくねェだろ?

 冷えたものを感じさせる空の声は、灼熱の様な熱さと痛みを以って侍従に響いた。
 コクリコクリ、と頷いて侍従は口を開こうとし、そして首に伝わる冷たい刃の感触に口を閉じた。

「デケェ声で喋んなよ? その瞬間、グサリだ」
「そ、そこの、突きあた、りを、左に――そ、そして、広川院の家紋のと、扉。で、た、助け――」

 極度に緊張した声帯が引き攣り、顔を歪め侍従は言った。
 家紋のねぇ、とピタピタ首を短剣で触れた空は、残虐さすら宿す青い瞳を歪める。
「本当だったら、助けてやるよ」
 雪切と日和、そしてノールが突きあたりを左に曲がる、それを見届けて、空は言った。
「じゃあ、あばよ」

 ……ザクリ

「行きますよ――!」

 鈍い音を立てて鍵穴に刀を突っ込み破壊した雪切。
 体当たりするように、扉を日和が開けたのは同時だった。
 ノールは周囲に飛び散っている血痕を見、眉を顰める――この血痕は有為のものだろう。
「有為!」
「……ッ、ぐ!」
 日和が駆けこむのと、広川院当主が鋭い刃を彼女、花菊亭・有為(iz0034)に突きつけるのは同時だった。
「交渉をしようか、まず、武器を捨ててくれんかね」
 ヒタリ、ヒタリ、手籠めにされかけたのか、乱れた着物の有為の肌を滑る銀色の刃。
「来るのは予想通り、だがね。探知が出来るのは、あなた達だけじゃぁ、ないんだよ」
 部屋の隅に静かに立っている、人物が一人。
 とは言え、心眼の類であれば、この広大な屋敷内を網羅する事は不可能だろう。
「開拓者には、開拓者を。理に適ってると思わないか?」
 開拓者達が各々の得物を床に置く、それを蹴って遠くにやるように指示し、広川院当主は嗤った。

●向日葵
 ネーヴがぱっと、鈴乃と涙花の頭を抑え、伏せる。
「う、何だか――さっきまでは皆の声が聞こえてたんだけど」
「静かすぎる、か……はて有為を奪還したか、或いは」
 1人が2人に、2人が3人に――侍従と思われる人物が、徐々に増えていく。
 まるでそれは、周囲を探しているようで……。
「もう少し情報が欲しいところですが、怪しいですね」
 いきなり多くなった見張りの数、明らかに『何か』を探している、と思えばそれは自分達だろう。
「踏み込みましょう、此れ以上卑劣な輩を野放しにする訳にいきません」
 安達の呟きに、莉乃が淡々と決断を下した――。
「リエット殿は、涙花殿と鈴乃殿を頼む」
「うん、わかった! 少し離れたところにいるね」

 一気に踏み込む乃木と、安達、莉乃。
 彼等に視線が向かった時を機に、ネーヴが涙花と鈴乃を連れ、近くの物影から物影へと移動する。
「大丈夫?」
 少しばかり疲れた様子の涙花と鈴乃に、ネーヴが問いかける。
 コクリ、と頷いた二人は広川院の別荘へ視線を向けた。
「大丈夫だじぇ、絶対に信じて」
「向日葵が……」
 大丈夫、と言い切ったネーヴに涙花がぽつり、呟いた。
「この前、向日葵を見つけたんです。早い、向日葵を。だから、大丈夫です」
 そう言って、微笑んだ。

 莉乃が長巻を手の中で滑らせる。
 柄を使って足払いをかけ、刃を持ってフェイントをかける。
「戦うつもりなら、容赦はしません」
 狙いを定め、飛竜の短銃を当たるか当たらぬか、ギリギリのところで撃つ。
 襲ってきた2名、長巻が一閃。
 僥倖と言えるだろう、大抵の場合、屋内では長柄の武器を振るう空間などないのだから。
 加護結界で援護を行い、神風恩寵で治療をしていく安達は、真っ赤に染まった畳を目にする。
 まだ新しいもののようだが、此処で何らかの諍いがあった事は事実。
「此方へ行きましょう――!」
「ふむ、理由は?」
 乃木の言葉に、安達は少しばかり証拠の弱い推測を述べた。
「此処を皆さんが通った筈。迷っていなければ、此方にいる筈ですよ」
「根拠が薄いですね――ですが、それを退ける根拠もなさそうです」
 フェイントをかけた莉乃が、長巻で軽く畳を叩き、言った。

●逃亡劇
「何だ、何があった!」
「……奇襲です、下手人達が!」

 下手人ったァ、酷ェなァ?

 秘術影舞で接近していた空の攻撃を、心眼で察知していた偽志が破る。
 鋭い金属音が響き渡り、一瞬、有為の首に当てた刃が震えた。
 手裏剣が雪切の手から飛来する、一瞬反応の遅れた広川院当主の腕をねじり上げ、遠くへと蹴り飛ばされていた得物を手にする。

「形勢逆転だ」
 響いた雪切の声は、低く暗い。
「今だ!」

 疾走した日和が、その手を使って刃を掴み、そして奪い取る。
 食い込んだ刃は彼女の掌に食い込んだが、その痛みをものともせず日和は有為に駆け寄る。
「あんまり無茶はよくないよ。家が大事なのはわかるけど、涙花の泣き顔だって見たくないだろ」
 有為の口に噛ませられた轡を解き、話しかける。
 苦笑する有為の肩から、トロリと流れ落ちる鮮血。
「痛いけど、我慢して――」
 そう言って手当てを始めようとした日和の後ろから、腰につけた抜き身の刀を手に振りおろす広川院当主。
 残虐な輝きが、二人に向かって牙を向き――そして。

 ズゥーーン

「手の内を読むのは、其方だけではない」
 飛竜の短銃を手にし、広川院当主の手から刀を弾き飛ばしたノールが、表情一つ変えずに言った。
「開拓者崩れに、確認させておくべきだ」
「……この、いや、それでこそ、ふふふ、はは!」
 茫然自失とした広川院当主が、いきなり笑いだす。
 アゾットを拾いあげ、レ・リカルで有為の治療を始めたノールも、不審そうに彼を見る。
「開拓者達を逃がすな。全員、皆殺しにしろ!」
 血走った眼を見開いて、広川院当主が言い放った。

 キーン

 金属音が響き渡り、続いて銀色の線を描く。
 遅れて噴きだした鮮血、二度目の斬撃を逃れた空が、針短剣で刀を受け流す。
 姿を消しても、狙いを定めてくる――此れは一旦、逃げた方が良さそうだ……と空は駆けだした。
 同じく、ノールが続き、有為を背負った雪切、そして日和も続く。

「……逃げよう!」
「ああ……自分で走る」
「怪我人は大人しく、背負われて下さい!」
 バラバラと撒菱をバラまきながら、雪切が叫ぶ。
 何も言い返す事の出来ない有為に、ノールが苦笑し肩を竦める――日和の顔が明るくなった。
「皆! ……涙花とリエットは?」
「物影に隠れてます、さあ、急いで下さい」
 莉乃の言葉に、他の開拓者達も首肯する。
「先行して、馬を取って来ます」
 ……一気に速度を上げた莉乃が、庭園を真っ直ぐに横切って厩舎へと向かう。
 興奮に嘶く馬達を眼光鋭く睨みつけ、手綱を取った。
 馬の背を軽く叩いて、走らせる。

 あぶみに足を載せた開拓者達。
「ちぃと、遊んでやるか」
「……空殿が暴れている間に逃げるとするか。俺は弱いからな」
 馬を駆けこませた空に、驚いた様子でわらわらと群がる兵達。
 莉乃と日和、雪切と有為が乗り合わせ、ピシャリ、馬の腹を叩くと馬は駆けだした。

●そして……
 ある程度離れた場所で、馬を括りつけ、ネーヴとも合流した開拓者達。
「しかし、何時もなら秋菊さんがいるのでは――?」
 安達が問いかけたのは、何時も有為の傍で彼女を守っている侍女の事だ。
 志体持ちではないが、腕の立つ武人である。
「ああ、秋菊は今、使いにやっている。……私の最も信用する者、彼女でなければならなかったのだ」
(「有為も有為で厄介な性格をしているが――」)
 ノールが思い浮かべたのは、三ノ姫。
 花菊亭家当主の側室へ入った、広川院家の三女だ。
(「……あれはあれで、悲しき者かもしれぬな」)
「姉上、良かったですの……」
 傷ついた肩を痛ましそうに見つめ、ネーヴに連れられて顔を覗かせた涙花。
「有為ねー、よかったじぇ!」
「ああ、ネーヴも大儀であった」
 喜びと安心の涙でぐしゃぐしゃになった顔を押し付け、涙花は有為に抱きついた。
 それをホッとした面持ちで、見守る日和。
「無事に片付いたようですね。勿論、今回の騒動は、ですが」
 莉乃が馬のたてがみを撫でてやりながら、息を吐いた。
 振り返り、広川院家を射抜く強い瞳。

(「話し合う言葉もないのですか……!?」)

「しかし、家だの血筋だの。そういった話題は男に任せておけば良いというのに……女性が美しさを損なうのであれば本末転倒というものだ」
 豪胆な男から発せられた言葉に、有為が傲然と返事を返す。
「家を背負うのが私では不足、と言う事か」
「違う、美しさを損なわずに背負って立てばよい。俺はそのうち、天儀を背負って立つ」
「……皆様で、幸せに暮らせるよう頑張って欲しい、ですの」
 泣いて赤くなった目を隠し、涙花が呟いた。
「そうだね、皆で――」
 何処か遠い瞳をして、雪切が呟いた。
 それよりも、と呟いた空が、報酬、と続ける。
「あ、ちゃんとお支払いしますの」
「賠償についても、話し合わねば。直系の姫を攫ったのだ」
 涼やかに口にした有為に、安達は瞬く。
 ――誘拐騒動も、三ノ姫の行動も。
 全て、彼女の想定内であり、唆したのではないかと。
(「考え過ぎですね……最近の直姫様がご自身を省みないからといえ」)
 それでも、浮かんだ疑問は振り払えそうになかった。

「涙花に続き、有為まで」
 花菊亭家当主、彼のこめかみがひく、と動いた。
「私自身、手籠めにされかけました。広川院は本気です、武力制圧も吝かではない。父上、滅ぼさねば滅ぼされます」
 別荘へと足を運んだ有為、父娘の話し合いを扉の外で聞き耳を立てる嫡男、伊鶴。
(「――このまま、武力で解決していいのかな」)
 解決策は未だ、見えそうになかった。