|
■オープニング本文 ●干飯と梅干 米は噛めば噛むほど、味が出る良質な米を。 梅干は蜂蜜と共に甘酸っぱく漬け、米と共に食すときに食欲をそそるように。 「連続で干飯と梅干ってのもねェ‥‥」 ここ一週間、連続で干飯と梅干が続いている開拓者の女はため息をついた。 「あー、割のいい依頼こないかなぁ」 駆け出しとはいえ、そこそこ経験も積んだつもりだ。 ‥‥お使いとケモノ退治だけれども。 彼女は干飯を野良犬に与えながらのんびりと人の少なくなった道を歩く。 理穴方面のアヤカシが騒いでいるとかで、人物はまばらだ。 もちろん、家に閂をかけたからと言って防げるものではないけれども。 「ん‥‥?」 背後から気配がして、彼女は立ち止まる。 複数、群れを成して動いているらしい。 背筋を冷たいものがかける‥‥複数なら、今の彼女で太刀打ちできるとは思えない。 開拓者ギルドまで後、100m。 足を速める、一つ、二つ、三、四、五、六‥‥ ついてくる、ついてくる‥‥ガヤガヤと聞き取りにくい声で何か呟いている。 彼女は得物に手を添える。 人が少ないとは言え、一般道で得物を抜くのは好きではないけれども。 得物を鞘から抜くと同時に、振り返る。 開拓者ギルドまで、後、20m‥‥ 『おでは人間に食われるために生まれてきたんじゃぃぃっ!』 頭が割れるような叫びが、彼女の頭の中に響き渡った。 ●食べ物を粗末にしてはいけません 「はぁ‥‥」 見事に失態をやらかした受付員は暗雲立ち込めるような雰囲気で機械的に仕事をこなしていた。 正直、見ているだけで気分が悪くなってきそうだ。 「た、助けて!」 いきなり駆け込んできた女性、得物が鞘から抜かれているのを見て、瞬時に周りの開拓者達は警戒態勢に入る。 得物もそのまま、受付員に肉薄した女性は言った。 「干飯と‥‥梅干が‥‥‥‥」 呟かれたその言葉に一瞬の動揺、現実逃避のために受付員は何も胸倉を掴む必要はないんじゃないかと思う。 「付喪人形よあれ!人形じゃないけど憑いてるのよぉっ!」 大群で襲ってきたと早口で説明する女性は最早周りが見えていない。 酸欠になりながら、数分後に解放された受付員は内心ため息をついて言った。 「では、付喪人形退治でいいんですね」 かくして、開拓者ギルドに一つの依頼が舞い込むことになった。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
北風 冬子(ia5371)
18歳・女・シ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●ある種食べ物の恨み 「これはあれだね。噂に聞くもったいないオバケだね」 神楽の都、開拓者ギルドの中で依頼を聞いた俳沢折々(ia0401)は頷きながら呟く。 「支給品でもらえる干飯や梅干を蔑ろにしてきた、わたし達開拓者への警鐘。飽食の時代が生んだ悲しいアヤカシだよ!」 グッと拳を握り締めた彼女だが、その方向性はいささか間違っているような気がしなくも無い。 「やっぱり食べ物を粗末にしたらいけないんですねぇ‥個人的には観察したいのですけれど」 呟いたのは八嶋 双伍(ia2195)陰陽師としての性か、今回のアヤカシに関しては個人的な興味があるらしい。 いつも笑顔の仮面を被る彼だが、その瞳はいつもより輝いているように思える。 「そうですね‥‥特性も不明ですし」 鈴木 透子(ia5664)が控えめに頷きつつ、同じく興味を示す。 「話を聞いただけではどんな敵なのか想像できないわ。噛み付いてくる干飯なんてどんな姿をしているのかしら?顔でもあるのかしら?」 そう言ってすべすべ肌を惜しげもなく晒している伸設楽 万理(ia5443)は想像を巡らせる。 受付員がその肌に見とれているが、そんな事は放っておく。 「食べ物に憑いた呪いのアヤカシですか‥これぞ本当の食べ物の恨み、ですかね?」 綾羽(ia6653)が呟いては、駆け込んできた依頼主を見る。 「サムライの琉央だ。よろしくな」 琉央(ia1012)が依頼人である女性に挨拶をする。 「ええ、よろしくね!あたしは梓。因みに、彼氏募集中よ」 しっかりと自分を売り込む女性、梓に笑って返す琉央。 「食べ物型のアヤカシなんて、すぐに食べ‥倒しちゃうよ!」 ある種、一番不安な言葉を口にしながら北風 冬子(ia5371)が任せてとばかりに胸を張る。 「喰われる前に食べようとするその心意気良しや!」 大きい風呂敷を二枚借りた斉藤晃(ia3071)は呵々と豪快に笑いながら、ギルドの扉を開け放った。 ●食べ物隊出動 ギルドの前にズラリと並んだ干飯と梅干達。 『おでは、食われる為に生まれてきたんじゃぁっ!』 食う気満々のアヤカシが言う言葉でもないが、それが矜持なのだろうか呪声をはっするアヤカシ達。 「うるせぇな!そんなに食われたきゃ、出直せ!」 琉央が咆哮しアヤカシ達を引き付ける‥‥ペランとした顔のない姿であるが、妙な視線を感じて思わず背中を冷たいものが伝った。 「もうすぐ干飯と梅干が来るので大変危険です、はなれてくださーい!」 咆哮による引き付けが効いているのを確認した北風、避難するように呼びかけながら綾羽、鈴木、斉藤と行動を共にする。 「他の人にも伝えておいて欲しいね」 干飯と梅干に混乱する住民達に俳沢は付け足す。 四名は視線を合わせ、罠を張る為の空き地へと足を向ける。 「お願いしますね」 綾羽の言葉に、陽動班四名は深く頷いた。 設楽が琉央の背後から、弓をつがえ、梅干に狙いを定める。 「的が小さい、弓は不利なのかしら?(さらに街中ですしね‥)でも梅干に舐められてはね」 鷲の目によって、精霊力の宿る黒の瞳が刹那、細められた瞬間、梅干は串刺しになっていた。 それと同時に、バチッと音がして梅干から種が発射される。 低い位置から放たれた種は確実に設楽の足を直撃したが、それ程問題になるダメージではない。 「矢を射られ 哀れ梅干 串梅に」 一句詠みながら、俳沢も火輪を使用し、徐々に罠設置班が陣取っている筈の空き地へと誘導する。 「そもそも、梅干も干飯も動いてはいけないと思うんですけど」 八嶋も呪縛符を使いながら、次々と干飯と梅干の行動を阻害していく。 傍から見れば奇妙な図ではあるが、これもアヤカシ。 開拓者達は本気であった。 ガブリ! 足に噛み付いた干飯を踏みつけ、バトルアックスを振るい、トドメをさしながら琉央はポツリと呟いた。 「飯に食われるって‥‥どうよ」 単衣越しに付いた歯形を見ながら、これはいただけないと内心首を振る。 「シュールよね」 設楽の言葉に、皆頷く。 「そろそろ、罠の設置が終わったのではないでしょうか?」 八嶋の言葉に頷き、俳沢が呟く。 「そうだね、あまりこの近くで戦っていると、被害がでそうだしね」 呼びかけはした、しかし、干飯と梅干のアヤカシがそれ程脅威になるとは考えなかったのか、少なくは無い人々が街中を歩いている。 火急の依頼を持ち込む人々もいるのだ、行動を制限する事は出来ない。 「じゃあ‥‥干飯と梅干みたいな不味そうなもの食えるか!」 再び使用される咆哮。 漂う殺気は、元食べ物から発せられるとは思えない。 「行きましょう」 設楽の言葉と共に、琉央を先頭とした開拓者、そして干飯と梅干の追いかけっこが始まった。 ●食べ物だって 時は少し前にさかのぼる。 ザクッ、ザクッ‥‥ 土を掘る音が響き渡る。 空は秋晴れ、心地よい風が吹いている。 「誘いこんで落とせればええんやけどな」 斉藤の言葉に、鈴木が手にした鳥笛を撫でながら首肯する。 「そう、ですね―――この笛も、役に立てばいいのですが」 確認の為に吹いた笛からは鳥の鳴き声―――。 「ええっ、もしかしてそれも付喪神‥‥!」 北風がポイッとスコップを置いてその音に驚いたように笑う。 「だったら‥‥困りますね」 やや不安そうに言った綾羽にそれは無いとゆっくり鈴木は首を振る。 だが、そこまで似せることが出来た‥‥と言う事は純粋に嬉しい。 「ええ音やの、酒が飲みたくなるわ」 そう言って酒をラッパ飲みした斉藤はこれから始まる死闘に思いを馳せる。 もっとも、彼の場合は鳥の声であろうが、虫の声であろうが肴に出来るのだが。 「大丈夫ですか、梓さん?」 綾羽はどこかグッタリした様子の依頼人、梓の背中をさする。 「ん、大丈夫。ちょっと‥‥干飯と梅干を考えると‥‥‥‥」 「大丈夫だよ、私達がいるんだから!」 月のような柔らかな綾羽の微笑み、そして太陽のような北風の笑顔に安心したのか、梓は苦笑しつつお願いしますと付け足した。 ●水遊びじゃないよ! ガヤガヤと蠢く音が聞こえてくる。 それは人の放つものではない――― 殺気混じりの風、先頭を走る琉央、そして‥‥ 「ああ、やっぱり的が小さい!」 理穴弓を引く設楽。 「仕方が無いね、あんまり大きいと食べるのには難しいから」 冷静に突っ込む俳沢の火輪。 「でも、厄介ですよね‥‥いえ、僕は楽しいなんて思っていませんよ?」 そう呟く八嶋だったが、その口調は何処か楽しげで‥‥梓はどよーんと濁った眼を向ける。 「仕事はちゃんとしますよ」 八島流、笑顔炸裂‥‥梓は言葉を飲み込んだ。 「ほな、こっからが本領発揮やで‥‥ったく、不味いなぁ、干飯や梅干なんぞ、食えんわ!」 咆哮と共に使用する斉藤の悪口。 干飯と梅干の後ろに陽動班、前に罠作成班。 「干されているからこその貴方達。覚悟しなさい!」 追い詰めた設楽が火消し用の水をぶちまける。 「物は試しです!」 同じく、綾羽も岩清水をぶちまけた‥‥傍から見れば、水遊びのようだが開拓者達に隙はない。 水を吸って膨らんでいく干飯――― 「的は大きくなりましたね」 「きっと、誇りも無くなったんじゃないかな、干飯」 八嶋と俳沢が呟く。 『おでは食われる為に生まれてきたんでい!』 八嶋の頭の中に響き渡る呪われた声。 『粗末にされる為に生まれたんでない!』 続けて、設楽に、綾羽に‥‥ 「粗末にされるのが、嫌、みたいですね」 頭を押さえつつ、綾羽が呟く。 「‥‥食べるか、わかりませんが」 鈴木が鳥笛を吹く―――もれる鳥の鳴き声。 それに誘われるように集まった鳥達は‥‥干飯と梅干に捕食される。 「これって、言ってる事、間違ってないかな?」 北風がポツリと本心を漏らす。 全員の思いを代表したその言葉。 思わず開拓者達の首は縦に動いた。 ●さあ、袋叩きの時間だよ! 迫る干飯と梅干。 落とし穴地点に誘われたその行軍は、よもや開拓者たちの掌中にあると思われた‥‥が。 「‥‥落ちませんね」 八嶋の呟き。 水を含んだとて、非常に軽いのが保存食。 『おでは食われる為に生まれてきたんでい!』 そう、呪われた声で言いながら斉藤にかじりつく干飯。 負けじと齧り返す斉藤。 「ぺっ、やっぱり不味いやんけ」 吐き捨てた干飯に容赦なく、得物である塵風が振るわれる。 そしてすかさず、上から風呂敷が被せられた。 「呪縛成功!」 「動きは止まりました」 梓の声に続いて、八嶋が声を掛ける。 「じゃあ、みんないくよ!」 北風の言葉と共に、手から放たれる風魔手裏剣。 「何欲し 市中踊るか 飯と梅」 火輪から雷閃に代えて、俳沢が術を放つ―――ボソリと呟いた句は、まさに目的不明なアヤカシに相応しい。 「って、そういや、こいつら、後で食うのか‥‥」 バトルアックスを振り下ろした琉央が呟く。 「それが一番の供養じゃないかしら―――だから、あんまり汚したくないわね」 設楽はそんなことを言いつつ、容赦なく、そして正確に矢を放つ。 汚したくないのは分かるが、風呂敷を見る限り、そこだけ矢の雨が降ったようになっている。 「敵に回したくねぇな」 琉央の呟きにギラリと光る設楽の瞳。 思わず沈黙。 「G退治みたいな感じになってきたの」 呪縛がとけ、逃げ出した梅干の種を払いながら、咆哮を使って引き付け、斉藤はトドメを刺す。 そっと逃げ出す姑息な干飯には八嶋の斬撃符が襲い掛かった。 「そろそろ‥‥あら?」 トテトテと走ってくる子供‥‥その手には何故か、釜。 「危ないですっ―――!」 殆どは退治したとは言え、まだ、残っているかもしれない。 抱き上げるように子供を抱えた綾羽に噛み付こうとする干飯。 「綾羽さん!」 鈴木が符を構える―――陰陽符が、式神へと姿を変えていく。 ギュッと子供を抱きしめた綾羽は、来るであろう衝撃に供え、身体を固くした‥‥自分は開拓者、でも、目の前の子供は違う。 ―――刹那。 「この干飯は食べられそうにないね」 開拓者の総攻撃をうけた干飯がボロボロになってその場に倒れていた。 北風がそんな事を言いながら笑う。 「ありがとうございます」 礼を述べて、綾羽は子供を立ち上がらせた。 釜を差し出した子供は、嬉しそうな微笑みを開拓者達に向ける。 「全部、駆逐したね」 風呂敷を退かせて数を数えた俳沢は、倒した数が計、30体であることを確認する。 「ほな、一応見回っとこか」 斉藤の提案に、開拓者達は頷いた。 ●美味しい食は、素敵な生を 「ちょっと、あなた、焦がしてるわよ!」 設楽の声が響く。 「あー、ウッカリやっちゃった」 アハハと悪意の無い笑みを浮かべながら、北風は頬をかいた。 料理人としての腕は無いかもしれないが、その笑顔は間違いなく料理を美味しくする。 「見事に、綺麗になりましたね―――」 斉藤のシェイクによる洗米に綺麗になった干飯達を見て、鈴木が感嘆の声をあげた。 「‥‥この調子で賞味期限切れのお菓子のアヤカシとかも」 「いやいや、それは勘弁してくれよ!」 八嶋の呟きに琉央が突っ込む。 その横では俳沢が慣れた様子で句を書いている。 「アヤカシを 倒した後の 岩清水」 一口岩清水を飲んで厨房に視線を向ける。 「私は‥‥お米を使ったお菓子でも作りましょうか」 「あたしは味見ね!」 綾羽の言葉に、依頼人の梓が元気よく手を上げる。 形作られていくお菓子に、綾羽の助けた子供は興味津々のようで。 やがて、時間が経ち、開拓者たちの声が響く。 「いただきます!」 |