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■オープニング本文 ●地獄とは言え 「おや、速風はん」 夜も眠らぬ街、楼港――或いは不夜城とも呼ばれるが、その一角。 遊郭の中に彼、喜多野・速風(iz0217)はいた。 既に、天儀酒は2瓶空けており、ほろ酔いになったところへ花魁――詳しくは散茶女郎だが――の金花がしずしずと入って来た。 「後生だから、二人っきりにしてくれなんし」 「相わかった、席を外してくれんかえ」 何か言いたい事があるのだろう。 身請けの話か、と思ってはみるが――自分の給料では無理だぞ、と冷や汗が背中を伝う。 甲斐性なしである事は、自分が理解している……様々な言い訳を自分の中で繰り返し、必死に自分の誇りを立てようとしていた速風に、そっと金花が手を添えた。 「あちきの話、聞いてくりゃんせ」 それは、睦言では決してなく――。 「不夜城でこの頃、殺しが頻発しているんどす。金蘭姐さんも、殺されて――」 「内部の犯行ってぇ、事かえ?」 ふむ、と考えてみるが――自分の頭では浮かばない、そうする理由も。 金が目的とはいえ、遊女の給料……揚げ代なんて借金返済と、衣装代に消えていく。 金取りじゃなければ、楽しみの為か――殺しを楽しいと感じる人物がいる事も、速風はよく理解している。 そして、自分の中にも――或いは、全ての人の中に――その獰猛さが秘められている事も。 「あちき達は、死んでも誰も悲しまない人間でありんす。それでも、あちき達には、あちき達の誇りがありんす」 頼れる方は、おりまへん――そう言われてしまえば、元々面倒見のいい性分の速風は頷いた。 「わかった、俺に任せとくれ」 そして、その夜は溺れていくのだった――。 ●此れは非道い ――溺れている間、犠牲者が出た事を知り、速風は眉根を寄せた。 犠牲者は背を上にして、溢れる血だまり倒れ込んでいた。 血の付いた布で轡をされているが、舌は飛び出ており、此れは『死体を知っている人物』の犯行ではない、そんな気がした。 「ギルドの調べ役の、喜多野・速風でぃ。ちょいと、開けてくれ」 犠牲者を抱きあげて、じっくりと切り口を見れば、ギザギザとした切り口をしている。 犠牲者の左側から、右側まで一気に切り裂かれ……この時点で、絶命したであろう。 迷いのない切り方、今までの犯行手口を思い返し、不審点に彼は瞬いた。 「こりゃぁ、聞いた話と違うねぃ」 今までは暴行され、酷い傷痕を残していたと言う犠牲達……だが、今回の犠牲者は無残であるが、綺麗である。 抵抗した様子もなく、服も乱れてはいない。 暗いと言えども、不夜城は眠らぬ街――行燈に火を灯し、夜は他の街より明るい。 なのに、誰もいなかったのだろうか――? この、小柄な被害者に心の中で冥福を祈り、立ち上がる――ふ、と目に付いたのは白い着物に包まれた血の付いた鋸。 「何かの証拠に、なるかもしれねぇな」 ふらり、足を進めて被害者についての聞き込みを開始する。 「へぇ、夜に外出ったぁ、気になるねぇ」 被害者である『未雪』女郎は客を取り終った後、大引け(午前2時頃)を少し過ぎた後、ふらりと出て行ってしまったと言う。 未雪の働いていた廓である『花明苑』の奉公人はへぇ、と卑屈な笑いを浮かべた。 「いい人ってぇ話があってサ。そのいい人からの銭ってぇ事で、廓には問題ねぇです」 歯の抜けた奉公人はペコペコと頭を下げ、長々と話を続ける。 ――要約すれば、いい人については誰も知ることがなく、そのいい人が犯人である可能性が高い。 「ってぇ事は、上客の狩野、噂のある湖雪、同郷の長谷川」 入れぼくろも無く、いい人についての情報は得られない。 何度か頭をかきむしると、大きなため息を吐き速風は、開拓者達に声をかけたのだった。 ――苦界の風は、苦く、そして鉄錆の味。 |
■参加者一覧
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
誘霧(ib3311)
15歳・女・サ
白南風 レイ(ib5308)
18歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●不夜城 不夜城の光は、何時でも耐えない。 居酒屋などは不夜城に取り残された客が、管を巻きながら深酒をしていく時間であるし、勿論ながら遊郭などは夜が営業時間。 道往く人々の誰もが、気合いの入った格好をしている。 「人殺しですって聞いたァン?」 そんな中でもひけを取らない、孔雀(ia4056)は美しさは罪って言うのかしら、と大仰に頬に手を添えた。 「色の街だってぇのに、愛の無ぇ事件だなぁ……或いは、愛ゆえにか?」 喪越(ia1670)の言葉に、そうさなぁ、と喜多野・速風(iz0217)は答えを返す。 開拓者ギルドを通さず出された依頼に、人が集まったのは僥倖だった。 少なくとも彼等から、死者が出る事はないだろう。 「犯人を見つけ出す!幸せは、生きているから掴めるんだよ?」 だよね、と拳を握りしめて目をキラキラさせた誘霧(ib3311)へポツリ、と一言が入る。 「――そして、美味しく頂かれちゃう訳ですね」 サラリ、と香椎 梓(ia0253)から放たれた言葉に、食べても美味しくないし、手ほどきも要らないから!と誘霧は返事を返す。 ちなみに香椎と言う人物、ニコニコと笑いながら人をからかうのが好きと言う食っても食えない人物だったりする。 「鋸の出所が知りたいわね」 大げさに聞き回れるの、あんただけなんだから、と霧崎 灯華(ia1054)が速風の方を向いた。 「今回、殺しがやれないから、失敗したらあんたを半殺しにするわ」 「そう言う趣味はねぇ!」 何を言ってるのか、と霧崎は五行呪星符をチラつかせる。 「ところで、鋸には肉片は付いていたのでしょうか――?」 後、着物が男物か女物かも知りたいです、と香椎が手帳に書き留めながら問いかけた。 「肉片は付いてたぜい、あれで掻き切ったってぇ事で、間違いねぇだろう。着物は女物だぜぃ、それも死者に着せるような白い着物だ」 現場周辺の家や店などを聞き、書き留めてなるほど、と香椎は何処からともなく女性物の着物を取りだした。 「遊女に変装して、調べて来ようと思います」 「捜査は如何でありんすか?」 昼見世――昼の営業を抜けてきたのか、金花が茶を淹れ、開拓者達のもとへと顔を見せに来る。 「いえ、まだ何とも――でも、見つけたいです」 情報を纏めた紙へ、視線を落として白南風 レイ(ib5308)は呟いた。 薄く香の香りと、男女の香りがするこの部屋は、決して広いとは言えない……捜査の間は、この部屋を使ってくれて構わない。 そう言って薄い茶を置き、金花は部屋を離れた――此処は、彼女の部屋だ。 「さて、俺はちょいと野暮用……」 「事件を探る怪しい人物を装ってもらうよ!」 立ち上がった速風の言葉を遮り、誘霧がぐい、と速風の袖を引っ張った――うわぁ、甲斐性皆無なんですね、と香椎が追撃する。 「よし、任せろい!」 「情報見つけたら、ちゃんと報告するのよ」 首輪でも付けている方がいいんじゃないかしら、と霧崎も嗤いながらこき下ろす。 「兎に角アンタ達、頑張りなさい。アタシ、報酬の額で何処まで入れ込むか決めるタイプなの。今回報酬少なめだし」 孔雀の一撃で、速風は精神的ダメージにその場に膝を付いた。 「それじゃ、俺は湖雪姐さんに会いに行こう!」 迷いなく決断した喪越、おまえもか、と言う視線で見られて、バッカ、違うって!と必死に弁解する。 「客として色々探りに行くに決まってんだろ!?ただ単におねーさんとイイ事したいなんて願望は、こーーーーーれくらいしかないんだから!」 その数、九割九分、そして捜査費下さい、と速風の財布の中身を手にすると喪越は意気揚々と去って行った。 ●聞きこみ 舌が飛び出ていた事、絞殺の可能性は考えられないか? そう考えながら、孔雀は歩を進める――遺体は綺麗だと言うから、他に外傷はなかったのだろう。 「まずは、ノンケの色男からよねぇん」 孔雀が狩野の居場所を聞くと、不夜城では少なからず有名なのか返事が返って来る。 いきなり聞きこむのも妙である、孔雀はギルドの使いこみや、見張りを買収などの話を醸し出してみたが此れと言った情報は入手できない。 色街は夢を売る街、外界の事などこの街の人間は気にしないのだ。 「随分と、変な噂をまき散らしているみたいだが、あんたか?」 狩野、と名乗った目の前の男は中々の色男だった――わざわざ、噂の出所を確認しに来た時点で、もうバレていると見て間違いないだろう。 「そうよぉ。心中立てを迫っていたなんて、変な話を聞いたものだから」 そう言いながら合格には、やや足りないな、と孔雀は思う。 羽振りのいいのは成り金趣味なのだろう……これ見よがしに金銀で飾られた衣服には、センスの欠片も見当たらない。 顔が良いだけに、残念である。 「あんなのはただの、遊びだよ。本気にする方が、どうかしてる――今、未雪が心中立てするか賭けてたんだよ。こっちも被害者だ」 嗅ぎまわるのはよしてくれよ、と狩野は口にする。 何なら、仲間を呼んで証明してもいい、と口にした彼に、孔雀は首を振った。 「必要ないわぁ。アタシ、か弱いもの」 わざわざ相手から話しかけてくるのは、何らかの意図があるのか、それとも噂が余程気になるのか。 両方の可能性を考えれば、証拠や情報としてデマを掴まされる可能性が高い。 その後、遅い食事はただの夜鷹蕎麦――夜に蕎麦を売る立ち食い蕎麦屋――である事が聞きこみの結果、判明する。 速風からの、ギルド金の使いこみの情報はまだだが、どうやら随分と遊女の使い方が荒かったらしい。 夢中にさせ、貢がせ、心中立てを迫り、それが満たされれば乗り換える。 「華の命は短いものねぇ、不憫だわ。同情はしないけどね、ンフフ」 嘲笑を込めた笑みで、孔雀は口にする。 式を使ったか否かは判明しないが、大体の情報は得られただろう――殺すには、動機が薄いように思われた。 一方、新造に扮した誘霧と白南風。 「陽動作戦ならぬ、動揺作戦!」 速風を出しにして、怪人物の情報を流しながら、誘霧は元気に先導する。 「でも、此れと言った動揺は、無いですね――」 そんな中、一人浮いたような不安を感じつつ、白南風はため息を吐いた。 自然と、二人は被害者が所属していたと言う『花明苑』へと足を向ける。 既に話は付いていたのだろう、歯の抜けた奉公人は下卑た表情で二人を見つめ。 「ちょいと待っておくれよ。今、久しぶりにお客が付いてるんでさァ」 客、と言うのは先んじて調査に乗り出した喪越である。 2階で肌と肌を重ね合わせながら、世間話をするように切りだした。 「不夜城も騒がしいなぁ。連続殺人だとか――」 「この街はそんなものでありんす。あんさん、床入りの為に来なすった方じゃ、ござんせんね」 盛りを過ぎたとはいえ、重ねた経験は湖雪を彩る一つの魅力となっていた。 喪越はそう見えるかい?と軽い調子で問いかける。 「わっちに聞きたい事は、未雪のことでありんすか?」 「そうなるな。こっちも事情があるんでねぇ」 湖雪はそうどすなぁ、と赤い煙管を取りだし、火口箱から火打石を取りだすと煙草に火を付ける。 その様子を静かに見守っていた喪越だったが――やがて、楽になろうぜ、と後ろから抱き締める。 「ほんに、仕方のないお人でありんすなぁ」 そう言いながら、湖雪の表情は何一つ変わらなかった。 時間になり、湖雪の部屋を去った喪越が人魂を仕掛ける――そしてすれ違う二人の開拓者。 「随分と浮いてるぜ」 新造に扮した誘霧と白南風……白南風はおどおどとした様子が売られて来た新造だと、感じさせるが。 誘霧は元気が良すぎる、彼女達の姿を追い、喪越は苦笑した。 昼見世に出た湖雪、奉公人に手引きされ誘霧と白南風は、湖雪の部屋へと踏み入れた。 自室、と言っても二人部屋を宛がわれており、湖雪の持ち物は酷く少ない。 綺麗な和紙に、雪花模様の手紙が目に付いた――申し訳ない、と思いつつも誘霧は逸る気持ちを押さえ手紙を開く。 「誘霧さん……それは」 白南風が誘霧を押さえようとするが、既に開いた手紙に書かれた小さな文字。 『詮無いと 苦界で謳う 極楽蝶 無明荒野に 灯る灯火』 (考えても仕方がないと、刹那の命を歌った極楽蝶。その無明に、貴女だけが灯火のように輝いていた) 「……歌、だね。誰が贈ったのかな?」 「見ちゃいけなかった気が……駄目ですよ、誘霧さん」 と言いつつも、白南風は悲しげな瞳でその歌を見つめていた。 「(逆上したのかな――親しい人の手による、気がするけれど)」 その歌を贈ったのが、未雪であるのなら、十分にいい人は湖雪であるような気がした。 「昼見世、でしたけ……どうしましょう?」 白南風の問いかけに、誘霧は首を振った。 「問いかけて見よう、梓の言った通り『しすたー』なのか確かめる!」 そして彼女達は、昼見世の終わる夕方まで、湖雪の帰りを待つのだった。 暴行の形跡があった、それは今までの犯人が醜い欲望のはけ口にしたのではないか――。 ならば、今回の犯行とは無関係である。 「長谷川さん、について、教えていただけませんか……?」 遊女の衣装を身に纏い、上目遣いで長谷川行きつけの店の主人へと尋ねる。 食事処の店主、というよりは屈強な大工と言う方が似つかわしい厳つい姿の主人は、無精ひげを擦りながらぼんやりと考えているようだった。 「そう言ってもなぁ」 「男色、という噂は――?」 ああ、それは本当だ、と店主はあっさりと答えた……自分がその相方であるとも。 「奴は犯行時刻、此処にいた……何だか派手な遊び人も、聞き込みに来たけどよ」 速風も既に此方を調べていたのか、と香椎は苦笑を洩らす――派手に動くな、と言われても既に結びつける要素が出来上がっているのだ。 「他にも客はいたし、常連もいたから確認は出来るだろう。確かに大工道具は盗まれたって、あの日も深酒をしていたが」 「成程。大工道具を盗まれるとは、中々ぼんやりした方ですね」 ポロリ、と本音を零せば、違いない、と店主は笑う。 「あいつの鋸には、自分の名前が刻まれている『忠』とな、俺が作ってやったものだ」 豪気に笑う店主に、ありがとうございます……そう言って香椎は頭を下げた。 自分の素姓位は予想しているのかもしれない――だが、それを店主が問う事は無かった。 次に来る時は、酒でも飲めよ、と宣伝する店主にわかりませんよ、と香椎は返す。 ――そして、鋸が長谷川のものだ、と言う事が判明した。 「ふぅん、鋸は盗んだのかしら」 そうなると、誰もかれもが怪しいわよね、と霧崎は金花の見習いの見習いとして入り込み、狩野についての調査を開始していた。 昼見世の最中、ムシャクシャした様子の狩野に金花が声をかける。 「邦人あにさん。後生ですから、わっちのお願いを聞いてくれなんし」 そう言って呼びとめられ、霧崎の方を見、そして金花を見た狩野は薄く笑う。 霧崎は俯いたまま、時折おどおどと周囲に怯えるように視線を彷徨わせた。 「この子、新しく入ったんどす。不夜城の掟、教えてやってくれなんし」 金花に背を叩かれ、慌てて霧崎は頭を下げた。 軽く叩かれ、苛立ちを覚えるが依頼の為だ、ぐっとこらえる。 「初めまして、美紅と申します」 「そうだな。初めてなら」 下卑た表情で言った狩野に、言葉を失くした――フリで霧崎は口をつぐむ。 金花は黙って首を縦に振り、しっかりしておくんなんし、と声をかけた。 「……あたいなんかでいいんですか?」 そうして、部屋へと消えていく……他の遊女たちは、コソコソと言い合いをしていた。 それを聞きながら、狩野の評判――羽ぶりはいいが、女は使い捨て、である事を知る。 床入りに持ちこんだ狩野は、酷く乱暴な男だった……とはいえ、霧崎の敵ではない。 眼突鴉でその目を突くと、ナイフで爪の間を抉り、治癒符で回復する。 「残念だけど、今回は殺せないのよ。我慢してね……未雪を殺したのはあんた?」 「し、知らないよ!今日はこんな事ばっかりだ!」 そう叫ぶ前に、もう一度ナイフを振りおろそうとして――狩野の方が速かった。 気力を振りしぼり、部屋から出ていく……入れ替わるように金花が『大丈夫でありんすか?』と霧崎に問いかける。 どうやら、床入りに動揺したと思ったらしい――だが、戻ってきた速風は頭を抱え口を開く。 「邦人のやつ、慰謝料を要求してるぜぃ。派手に動くなってぇのが、忠告だった筈だが」 「殺すな、とは言われたけど、拷問するなとは言われてないわ」 平然、と返した霧崎に、報酬から引いておく……半分は俺も払うから、と速風は押し切った。 ●推察 今までの被害者は、暴行の形跡があるが、今回は轡を噛ませてあるだけで綺麗なまま。 他の外傷はない。 鋸は、長谷川のものである。 未雪と湖雪はいい人である可能性が高く、また、怪人物に動揺した人物は多いが――あからさまな動きを見せた者はいない。 背を上にして倒れ、左から右に一気に掻き切った事から、犯人は左利き。 それも、死体を見る事がないのか、舌が飛び出てしまっている、だが、血の付いた轡をされていた。 顔色の変色は無いが、舌が飛び出ている事から首を絞められた可能性がある。 ●散る花 「何も解らない私に、色々教えてくれてて……悲しいんです。だって。いい人が出来て。今、夢がある、って――そう、言ってたから」 夕方、昼見世から帰って来た湖雪へと白南風が口を開いた。 何のこと、と暫くしらを切った湖雪だが、やがてゆっくりと口を開く。 「あんさん方には、わかりんせんね」 始めから、殺すつもりでいたのだと湖雪は語った。 「でも、とても愛しい人でありんす。未雪はわっちにだけ、打ち明けたんでありんす。病気を貰ったと」 病気を貰ってしまえば、働く事は出来ない――病魔に蝕まれ、姿が醜く変わる前に。 「わっちは怖かった。口づけて、死んでも構わない、と言葉を聞いて……手にかけたのに」 轡は今までの犯人だと、思わせる為のものだと。 元は、死装束を着せて自分も死ぬ気だったのだと湖雪は語る……自分も先の短い花だからと。 「でも怖くなった。人間、簡単に死ねないものでありんすなぁ」 そう言った湖雪は、絞殺、についての問いかけに少しだけ頬を染めた。 「未雪、そうすると良い言うてたんでありんす――」 「(生きることの方が……ツライことじゃ、ないのかな)」 「そう簡単に逃げられるとは思うなよ?罪からも、生からも。それが浮世を生きるってこった」 生きて償え、とは言わず――白南風は湖雪の横顔を見、そして口をつぐむ。 喪越の言葉に、そうでありんすなぁ、と言った湖雪は岡っ引きに引っ張っていかれた。 彼女の罪を誰が裁けるのかは分からないが、少なくとも法は裁くのだろう。 供養塔に供えられた線香の白い煙が、昼の不夜城を見回るように揺れると、静かに空に立ち上って行った。 |