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■オープニング本文 ●回想 ――玉の緒の 惑う現し世 久しくは 揺蕩う想い 久しからずと (魂は長く現世を=長く生きてきたが――想いは定まらず、儚く消えて行く=堕落的な己を許してくれ) その日は朝から蒸し暑く、身体に纏わりつくような湿気が悪夢を蘇らせる。 目の前で鮮血に染まる……肉親たちの姿、否、彼等に遺恨は無い筈だった――。 全てを享受した上で、この家業――盗賊――を選んだのだから。 既に雪の積もる冬は過ぎ去り、天儀には春が訪れている……にも関わらず、何故この辞世の句を思い出したのかは解らない。 「別に、両親への愛なんてぇもんが、あった訳じゃぁ無い筈なンだけどねぇ」 一人呟く喜多野・速風(iz0217)に応える声は無い、当然だ。 今日も長屋は賑わっている、薄っぺらい壁の隣から聞こえるのは、泣き叫ぶ子供の声。 あやしているであろう女性の声が、もしかしたら幼い時の――あの手の温もりを思い出したのかもしれない。 ――どんな親でも、確かに親だった―― 「速風、家賃払わんか!」 扉を破壊する勢いで中に踏み込んだのは、長屋の主、通称ジジイだ。 寝起きでボサボサの頭を掻きながら、むくりと速風は身体を起こすとジジイを見、そして口を開く。 「俺の寝起き姿で、ナシにしてくんねぇかえ?」 ガン、とジジイの杖が飛んでくる、めり、と壁に食い込んだ杖を見ながら『恐ろしい』と呟きつつ、杖いらんだろ、と心の中で思う。 「支払いは待ってやるから、ワシの友人の魂送りに参加してくれんかね」 「拒否権は」 「無い」 ●魂送り 東房で盛んな天儀天輪宗、ジルベリア帝国に蹂躙された魔術師達の神教会。 様々な宗教が世界にはあるが、独自の思想を持つ人物も存在する。 ――自分が死んだら、大勢で見送って欲しい そう言い残して亡くなった、友人がいたのだとジジイが語った。 葦の舟に乗せ、その遺灰を風に乗せてくれと……。 彼は開拓者になりたいのだと望んだが、志体を所持しておらず、また、足の負傷からその夢は叶う事あたわず。 せめて、死後こそはその夢を叶えたいと……だが、ジジイの方はジジイで用事があるのだと言う。 「と言う事で、穀潰しの出番じゃな」 「……はいはい、と決まれば、さっさと出かけてくるかぇ」 未だぼんやりとしたままの速風の頭をぽんぽん、と親が子供にするように軽く叩いたジジイがその背を見送る。 「辛気臭い顔しやがって、息抜きになれば、いいんじゃがのぅ……」 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 国乃木 めい(ib0352) / 不破 颯(ib0495) / 日和(ib0532) / 无(ib1198) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 月雲 左京(ib8108) / 華角 牡丹(ib8144) / ダンデ=ライオン(ib8636) / 黒賀 リコ(ib9472) |
■リプレイ本文 ●風の薫り 風は雨の薫りを含み、千里を駆ける。 まるで、死者の代わりに世界を渡ると言わんばかりに――。 「随分と、変わった御仁だったようで」 少しばかり強い風に髪を弄られながら、无(ib1198)は懐の尾無狐に一人ごちる。 意を察した聡い相棒は、利発そうな瞳を向け耳をピク付かせ、物言いたげに无を見た。 「酔狂なのは、あんたも俺も変わらんだろうねぇ」 顔も知らぬ故人へと、手向けの言葉を紡ぐ。 酔狂ではあるが、酔狂でなければ開拓者を続けるのは難しいものなのかもしれない。 ひょい、と顔を覗かせた不破 颯(ib0495)は沈みゆく夕日に視線を送り、川の縁に留まる葦舟へ視線を向ける。 葦舟はまるで、春の強い風に飛ばされてしまいそうな粗末な物、手を添え少しずつ力を加え葦舟の強度を確かめるのは依頼人の喜多野・速風(iz0217)だ。 「力ぐらいのとりえしか、ありませぬ故……」 白銀の睫毛を伏せ、月雲 左京(ib8108)がやや大きな櫂を葦舟の横に寄せる。 「いや、助かるぜぃ。人手は多い方がいいさね。その方が喜ぶだろう」 開拓者達が来るまでは、寂寥とした式場であったがどんどん人が集まり、故人の願いが果たされようとしている。 「ならば、よう御座いました……」 何故、開拓者を望んだのか――それはわからないけれども。 いや、顔も知らない故人だけれども――此れは、一つの縁。 あの……と小さく空気を震わせた言葉に速風と月雲は振り向いた。 「うちにも……な、何か手伝えますか?」 黒賀 リコ(ib9472)の言葉に、葦舟へ視線を落とし速風は口を開く。 「葦舟の点検を手伝ってくれないかぇ?」 人が乗る時に沈んではいけない、黒賀は手を添え、軽く葦で補強しては荒縄で結んでいく。 濡れた葦はしっとりと重く、時折触れる川の水は、春となってもヒヤリと冷たい。 少しだけ、伸ばした手から波紋が広がり水面を揺らす。 「(あ、お水入れてきたんだった……)の、飲みますか?」 しっとりと重い革袋を差し出され、月雲も受け取り喉を潤す。 「水の香、土の香……そしてかすかな、華の――」 懐かしゅうございます、月雲の瞳の先には失ってしまった、故郷。 「常闇への旅立ちは終わりに有らず、始まりでも御座います。輪廻転生……また巡り遭える事を……」 家族、里民、天儀に来てからの別れ――出会いがあれば別れは必然。 出会いながら、別れ続ける……儘ならぬこの世に。 その裏に隠されたのは、未だに疼く別離の痛み。 「心は嫌がろうと、体は成長してしまいます……わたくしも、一人で立ち、前を――向かねばなりませぬ」 「きっと、独りではない、ですよ……あ、ごめんなさい」 横で口を滑らした黒賀が、月雲の視線を受けて小さく肩を震わせた。 上手く口に出来ない思いは、心の中を巡る。 「あなたにとって良き旅立ちでありますよう……祈ります」 ぎゅ、と手を組んで祈る黒賀に、月雲は不思議そうに首を傾げていたが。 「ありがとうございまする」 小さく、呟いた。 ●漕ぎ出でて 舟を漕ぎだし、櫂を操り水面を滑る。 粗末な舟は遺灰と、そして数人を乗せて川を滑った。 トプン、と水面が揺れ、月が揺れては壊れ、そしてまた元に戻る。 「速風殿、悪い夢でも見たかね?」 湿気の強い風に、結った黒く闇に溶ける髪を揺らし、からす(ia6525)が問いかける。 櫂を操る速風の表情は窺いしれないが、恐らく酷い顔色をしているのだろう。 自嘲めいた笑いの雰囲気を感じ、此れは重症だ、と彼女は心の中で呟いた。 「そんなに、顔に出てるかえ?」 「水面に顔を映すと良いよ。よく分かる」 「そりゃぁ、参った」 如何かな?と渡された茶を受け取り、それに口をつけぬまま速風は口を開いた。 代わりましょうか、と申し出た无に櫂を任せる――尾無狐が興味深げに葦舟から水面を覗きこんだ。 「――玉の緒の 惑う現し世 久しくは 揺蕩う想い 久しからずと。辞世の句さね、両親の」 「成程」 「灰色の空をしていた。親父達は盗賊家業をやっていたさ、俺にも、誰にも遺恨は無い筈さね」 両親の愛も、何も無い……ただ、灰色の空を見上げて、空腹と与えられる痛みに腹を抑えていた。 「どんな親でも自分を産んでくれた親だ。親が子にどんな仕打ちをしただろうと、子がどんなに恨んでいようと」 ゆるり、頷いたからすは速風を見、言葉を紡ぐ。 「それだけは感謝すればいい。それだけでいい、大事なのは巣立った後なのだ」 とぷん、闇色の水面が揺れる……月が形を崩し、それを引き裂いた櫂が波と言う軌跡を作る。 「きみの思うがままに、飛べばいい――」 「お前さんは、そうだったかえ?」 「そうだな、それは、秘密だ」 そう言って、からすは笑う……漕ぎだした舟を止め、小さな袋に入れた遺灰を空へと撒く。 風に乗って何処までも、何処までも。 既に容―カタチ―を失った故人ではあるが、その思いは受け継がれこうして、集まる者達がいる。 「……何の奇縁か葬儀に参加させてもらった者だ。あんたのことはよく知らねぇが、こうして葬儀をしてもらいたいと依頼が出るくらい良い人だったんだろう。あの世で安らかに眠れることを願っているよぉ」 暫し黙祷した不破が、故人を思い茶を口にする――无の手にも茶の湯が握られており、彼の術である夜光虫が水面を滑った。 水面に反射して、まるで水に別たれた別の世界が在るかの様。 「この世では縁がなかったようなので、そっちで会って一献やりましょうか。なんで安らかにして待っていて下さいな」 「こうやってどんな形でも弔ってもらえたり、思い出してもらえるのは、幸せだろうねぇ」 不破が笑みを浮かべ、自分の時もそうあって貰いたいもんだ、そう言ってヘラリと笑う。 ひょい、と眉を上げて渋面を作った速風をなだめるように、からすが茶を汲み差し出す。 「約束は果たされた。輪廻に導かれ転生を待つとよい」 滅びぬものなど、ないのだから――。 「生前の御仁は、どんな方だったんです?」 「そうさね。家族こそ居ないが、近所の子供達と遊ぶような元気な爺さんだったさ」 无の言葉に、遠くを見るような目をして速風は答える――噛みしめるような口調。 もしかしたら、彼もまた、遊んで貰った子供の一人なのかもしれない。 櫂を操り、ゆっくりと遊覧するように不破は葦舟を動かす。 汀にはスラリと伸びた菖蒲が花を咲かせ、葦は風にそよぐ。 「(弔いと言うよりは――まるで)」 故人を乗せた、遊覧の様だ……惜しまれ旅立った人物は幸せなのだろう。 「(だが、男の涙は勘弁してくれよぉ)」 やがて岸にたどり着いた葦舟から降り、不破は苦笑し立ちあがった。 ●花手向け 蒲公英の花は、小さくても真っ直ぐ太陽に向かって咲いている。 「(お爺さんのお友達が、蒲公英の様に見えて……)」 春風 たんぽぽ(ib6888)は、手の中の暖かい黄金色の蒲公英に視線を落とし、へにゃりと笑った。 場違いかもしれない、そう思いながらもそっと葬式会場の隅に蒲公英を供える。 かなり簡略化した祭壇は、故人の遺物と思われる日用品が置かれていた――その中には、鋭い剣すら存在していて、きっと故人が使っていたのだろうと予想できる。 「蒲公英だって、どんなに踏まれようと最後まで太陽に向かって育ちます。……誇れるものだと思うんです。だから私は、蒲公英を添えましょう」 夢を持つ事が、大切なのだと――全てはその、夢から始まって挑戦へと至った。 ふ、と視線の先、ダンデ=ライオン(ib8636)が百合を手にして立っているのが見える……春風は何度か瞬きをした後、慌てて供えた蒲公英へ手を伸ばした。 「あ、や、やっぱり蒲公英っておかしいですよね、急いで撤去しますね?ダンデさんは百合ですか……もしかしたら蒲公英じゃないかなーと思ったんですけど」 その言葉に、首を振って何処かぞんざいとも言える口調でライオンは口を開いた。 「テメェが意味があって持ってきたんなら、おかしくねぇよ――蒲公英はボクなんかが持ってていいもんじゃねぇんだよ」 ――太陽の欠片のような、眩しすぎる、小さな花。 「え?」 不思議そうな顔のまま、ライオンを見る春風に彼は百合を押し付けると踵を返す。 ――大切な思い出の花、でも、自分は影で彼女は光。 決して、相容れないもの。 「(手向けの言葉なんて分からない。ボクは死に慣れすぎてしまったのか?)」 月を仰ぐ、何も語らぬ月は静かに全てを照らしていた――言葉は焦っても見つかる事無く。 「だから、ボクは唄おう……」 魂が無事に、眠る事が出来るように――。 不器用な手向けの歌は、届くだろうか? 「んな顔してんじゃねぇ」 「……そんな酷い顔かぇ?好い歌だったぜぃ」 しみったれた顔をした、依頼人である速風に口を開けば、歌を聞いていたらしく何処かからかうような調子で、言葉が返ってくる。 「てめぇに歌ったんじゃねぇよ」 口にするが、依頼人ははるか遠く。 一般的な菊は勿論、紫に白と和奏(ia8807)の手には季節の花々が咲いている。 「どのような方でいらしたのでしょう……?」 声を掛けられ、速風は懐かしげに笑い口を開く。 「家族はいないが、子供と遊ぶようなジジイさね。――でも、何事も一生懸命だったさ」 「……失礼ですが、故人のご家族の方は」 「いないさね、親族はずっと前にぽっくり逝ったっきり。子供はいなかったしなぁ」 ――友人も何処へやら。 一人、二人、三人……老いた者の周りには、どんどん人が少なくなって。 そして、何時の間にやら独りきり。 だが、そんな中でも――無二の親友である長屋のジジイが葬式を上げ、そして速風が依頼を出し、開拓者達が集まった。 「賑やかに送られるのがお望みでいらしたのなら、良いのですけど」 「きっと、あの世で喜んでるさね」 「そうですか――」 小さく黙祷を捧げ、花を供える。 笑うかのように、優しい風が花弁を揺らし、頬を撫でる。 「(……暖かい人だったのでしょうか)」 脈絡も無く、ただ浮かんだ考え――そこに理論は無い、だが、当たっているような気がした。 「人の真価は亡くなって初めてわかる……そう語る人が居られましたね」 国乃木 めい(ib0352)の言葉に、礼野 真夢紀(ia1144)は周囲の開拓者を見まわす。 「(大勢で見送って欲しい、開拓者になりたかった人、ですかぁ……)」 ゆるり、ゆるりと扇を国乃木に風を送りつつ、実家の姫神様へと思い馳せ。 「友に葬儀を託し、友が果たせなかった夢を少しでも叶えようと、大勢で見送って欲しいと言う願いを、彼が目指した開拓者に願う――」 此れも、故人の人柄があっての事なのでしょう、と優しげな口調で国乃木は故人を思う。 「でも、死後に叶う夢より……風に乗って世界を見て、心を癒した後は、再び生まれて来て下さい。願わくば、共に戦う仲間として」 「あなたの家では、姫神様がいらっしゃるのでしたね――どうか良き旅路を」 流れゆく遺灰を見、そして祈りを捧ぐ国乃木の隣で、礼野も祈る。 廻り逢う事が、出来ますように……。 「どうされました?顔色が優れませんよ――?」 そっと、依頼人の速風の額に手を伸ばし、ひんやりとした手を当て国乃木は口を開く。 熱がない事を確認し、そして笑みを浮かべ。 「人を見送るというのは、どうしても切なく、寂しい思いが心をよぎりますものね。もし、亡くなった方を思って心を痛めているのであれば、その優しい思いを忘れずに……」 「心を痛めている、訳じゃぁ、ない筈なんだけどねぇ」 決して惜しむ気持ちが、あった、訳ではないと。 肉親も、何もかも――。 「それでも、寂しそうな顔をしていますの」 礼野の言葉に、自分の顔を触り、苦笑する。 「そう見えるかね」 「……はい」 「亡くなった方の分まで、日々を楽しく生きて下さい――それが、一番の供養ですから」 「相手を憎んでいたとしても、かえ?」 唐突な問いかけに、国乃木は動じることなく優しい笑みを浮かべたまま。 「ええ、そうです」 そう言って、速風の頭を優しく撫でた。 ●月に思い馳せ 「川沿いに 白露落つる 花菖蒲 月明りにて 君や偲ばん」 (川沿いに咲く菖蒲の花が月明かりに照らされて綺麗に浮かび上がっている。先行く貴方も月明かりで見送ろう) 白い着物を身に纏った華角 牡丹(ib8144)は、おくれ毛を耳にかけながら深い色を湛えた川へと視線を送る。 歌を手向けの言葉として、その隠意味は。 「(きっと頬を伝う雫は涙ではなく、白露であろう)」 嗚呼、人を見送るのは何時でも寂しさがよぎる――永久の離別となる事も珍しくは無い。 出会えば、別れがあると知りながらそれでも、人は人を求め彷徨うのだろう。 孤独はあまりに寂しすぎると、本能的に虚無を知っているのだ。 だからこそ、最期に見せるなら悲しみではなく、笑顔でありたい。 貴方に支えてもらった方の感謝を、ここに代弁致しんしょう。 「好い歌さね。白露と月明かりが見事さ」 「ありがとうござりんす。あんさん、えらく暗い顔していんすぇ。わっちに力になれる事がありんしたら、御話しくださいなんし?」 月を見上げ、思いを馳せながら月明かりの降る大地を見る。 「肉親達の死に際を夢に見た。……情なんてもんはぁ、無かったが」 「忘れられんでありんしょう、情がなくても仕方がありゃぁせん――あんさんも、強く生きねばあきんせんえ」 おっとりとした口調の中に、しなやかな強さを感じさせる声。 月を見上げれば、月は何を言うではないが……そこには、得も知れぬ優しさがある。 「くっちゃべっても、詮無い事だってぇのになぁ」 「それが、人と言うものでありんす」 引いては寄せる水の音を聞きながら、ただ二人は月を眺める。 ――現世の味は、苦くとも、それでも尚、生きなければならないのだから。 「生涯、夢を追い続けた……私には夢は無いけど、凄い事なのは分かる」 月の下、紅い右目で葦舟を見据え、先程の遺灰混じりの風を思い、故人を思う。 死者は何処へ行くのだろうか? 月か、黄泉の国か、輪廻転生――それは彼女にはわからない。 「お疲れ様、どうか安らかに」 そこに哀しみは無い……ただ、凄い人だと尊敬の念がこみ上げる。 自分の生き様はどのように、見えるのだろうか――握った手の中に掴んでいた筈の夢。 まだ、忘れられない過去、大切な人達の死。 見送る、と言うには重く、その死を受け入れるのは難しく。 「(見送るなんて出来ない。おつかれさまなんて、言えない。あの子たちは――)」 自分と出会わなければ、良かったのだと……左手の腕環を握りしめ日和(ib0532)は俯いた。 「お、日和ねー、久しぶりだじぇ」 顔を覗かせたリエット・ネーヴ(ia8814)は、その姿を見て彼女の思いが暗く沈んでいる事を悟る。 ピョコン、と揺れたアホ毛が彼女の気持ちを表すかのように、少しだけ下にさがって。 「さっきの遺灰の風、凄かったんだじぇ。何を手向けの言葉にしようか悩むね」 ただ、寄りそって、時折指を折っては数え、そして思考を巡らせる。 今日だけで、沢山の言葉が向けられたのだろう。 「僕の番だねぃ!あのね。えっと……『このたびは 幣もとりあへず 手向山 月の錦 神のまにまに』」 「へぇ、意味は?」 ネーヴの隣に腰かけ、日和はまだ些か沈んだ面持ちであったが、問いかけ返し。 「旅行する人に向けた歌なんだけど、旅行と死出の旅路をかけてアレンジしてみたじぇ〜。ダメ、かな?」 「へぇ、その歌は知らないけど良いと思うな――旅路、か」 旅路だと思うにはまだ、重すぎる死という事実――それに押しつぶされそうになりながらも、此処にいる。 それは、間違った事……? 「日和ねーも、一緒で良かった。きっと、喜んでるじぇ」 まま、一献、と見せたのは酒瓶と杯で……お酒は持ち込み禁止では、と首を傾げる日和の後ろからひょい、と腕を伸ばす人物。 「こーら、酒は禁止だぇ?ジジイが五月蠅ぇからな」 「気持ち良い風吹いてくれるといいんだけど、ねぃ?」 知らん顔、のネーヴが、えっとね、と速風の顔を覗きこんだ。 「前回のこと、怒ってる?蛇を使って頬を舐めさせたり、梅干し食べさせたりした事……」 「いや、全く。寧ろタダ働きの方が辛かった」 没収した酒瓶を軽く揺らしながら、速風が祭壇を振り返る。 「ジジイの友人に、供えとくか……日和、お前さんも手伝ってくれぃ」 「――ん、わかった」 何を手伝うのか、釈然としない日和であったが――きっと、気を使ってくれたのだろう。 でも、あんなに明るい輪の中に入っても、いいのだろうか……。 「日和ねー、早く早く!」 ネーヴがその手を取り、祭壇へと駆ける。 速風が、コホン、と胡散臭い咳の後、間の抜けた口上が始まった。 お集まりの皆さん、と言うお決まりの口上から、故人の恋愛遍歴まで――此処で一部の開拓者が真っ赤になって耳を塞いだ――と多彩に及ぶ。 「だが、一番喜ばしいのは、こうして死への旅立ちにあたって。此れだけの人物が集まった事でしょう……この場にいる方全てに感謝して」 ちなみに、と上手く〆た筈の速風が口を開く。 「酒と供え物は持っていかないように。後で俺が有り難く頂こうってぇ、魂胆だからよ」 ……何処までも意地汚い奴である。 「供えものだからでしょうか」 少しズレた和奏の言葉に、横に居た不破が噴き出した。 葦舟は死者を送り届け、生者を楽しませる。 「きっと、誇れるものですから――」 春風が差し出したたんぽぽを受け取り、速風がありがとよ、と笑う。 乗れ乗れ、とライオンをも促し、月雲がわたくしは舟を漕ぎましょう――と櫂を操る。 黒賀が水を差しだしたりと世話を焼き、礼野は水面に映る人物を眺めつつ、国乃木に風を送る。 「見事でありんすなぁ」 何処までも漕ぎ出でて、開拓者達は様々なものを見て行くのだろう。 そして、その命が尽きた暁には……その話を共に聞こう。 死者は眠る、故人の最大の旅路と開拓者の前途に祝福を。 ●それはとても、幸福な 何時もの長屋――帳簿に書き入れを終え、老いた男が懐かしげに目を細めた。 それは、何でもない日に、嘗ての友と冒険者の真似事をした時の古びた剣だ。 「幸福な死、と言えなくも無いかの」 穀潰しは恐らく、また今日も馬鹿をやらかしているに違いない――その予想に、違いは無く。 「飲み過ぎたぜぃ」 開拓者ギルドの受付の中、突っ伏した速風が開拓者達に看病されている。 巫女の氷霊結は勿論であるが、氷柱が飛んでくる辺り遊ばれていると言っても過言ではないが。 「――吐き気は如何です?」 ちょっと、と口にした彼を抱え、開拓者の一人が厠へと引き摺って行くのだった。 |