【浪志】安い悲劇
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/14 04:37



■オープニング本文

●浪志隊
 家の奥から、唸るような悲鳴が上がった。
 家屋を遠巻きにしていた野次馬たちがごくりと唾を飲み込んだ直後だった。ごろんと、血を散らして鬼の首が転がり、野次馬がわっと後ずさる。
「お騒がせ致しました」
 奥から姿を現したのは、東堂・俊一(iz0236)とその一党だった。彼は刀を鞘に収めつつ、周囲を落ち着かせようと言葉を掛け、皆を引き連れててきぱきと後始末に手を付ける。
「事件を聞きつけてから一刻も経ってない」
「あの礼儀正しい振る舞いも、婆娑羅姫とは大違いだぜ」
 顔を寄せ、噂話に興ずる野次馬たち。婆娑羅姫というのは、森藍可などのことだろう。彼らの取り囲む前で、鬼の首はゆっくりと瘴気に還りつつあった。

 今、開拓者の他に、アヤカシに対峙する者がいた。
 それが、浪士隊である。
 アヤカシの牙は、突如として人々を襲う――開拓者ギルドまで辿りつく事が出来ず、消えた命は数多。
 今や町人はこの、易く、守ってくれる人々を迎え入れていた……礼儀正しい振舞いを崩さず、何時も優雅な佇まい。
 人々からの信頼も篤い――少なくとも、浪士隊の一人である彼女には、そう思えた。
「私は、神楽の都を離れる訳には行きませんが、どう致しましょう」
 ツーと視線を走らせる姿に、あたくしが、と咄嗟に彼女は声を上げる。
 前々から『不可思議』な出来事、それが東堂に何とかならないか、と持ちかけられた依頼。

 ――アヤカシ化した、子供の討伐

 何時の時代でも、子供は庇護を請けるべき対象であり、憐憫の声が集まる。
 だが、それを倒さねばならぬ東堂様の、お辛さは如何ほどか――。
「あたくし、宮藤・玲香(みやふじ・れいか)が参ります。東堂様、吉報をお待ち下さい」
 あの方の力になりたい――。
「では、宮藤。任せましたよ」
 ただ、笑むあの方に、吉報を。

●同行人を
 その日の早朝。
 開拓者ギルドの受付、タダ茶と警備員から失敬した弁当にありついていた、喜多野・速風(iz0217)は稀に見る美女にほぉ、と声を上げた。
 年の頃は、30代前後だろうか?
 涼しげな眼差しと、隙のない動き、零れ落ちる色香……眼福とばかりに容赦無く視線を注いでいた速風だったが、依頼だろうと口を開く。
「ご用件は何でぃ」
「アヤカシ退治、その協力ですわ――あたくしは、東堂派の宮藤・玲香。被害が拡大する前に、腕利きを集めて下さいません?」
 女性にしては低い声で、玲香は口にする……だが、東堂派、という言葉に引っ掛かりを感じた速風は、依頼を受理する前に問いかけた。
「浪士隊ってぇ事は、そっちにも腕利きはいるんでないかえ?留守に出来ねぇなら、お前さんが同行する理由はなんだぇ?」
 開拓者ってぇダチを失いたくないもんでぇね、と口にした速風に、冷たいまなざしを注ぎ、玲香はため息を吐いた。
「あたくしは、確りと依頼が完遂されるのをこの目で見たいだけですわ。それに、東堂様よりお任せ頂いてますの」
 こうして、一揉めあったものの、一枚の依頼が張り出される事となったのだった。

●再利用
 人とは、勝手なものだ。
 大義名分を掲げる癖に、不利になれば逃げ惑う……献上された子供を、鋭利な爪で切り裂き、いたぶった後そのアヤカシは肉に歯を立てた。
「豊隆でしたか、お母様。貴方の娘さんはとっても、美味しかったとお伝え下さい」
 子供よりも、我が身の方が可愛い……差し出された娘は、何故、自分が差し出されたのか。
 庇護してくれる筈の、親の裏切りに茫然としているように思えた。
 始めは、アヤカシに負けるな、屈するな、と人々は声を上げたが――今では、誰が次の生贄になるか、それを同じ場所で。
 そう、同じ場所で話し合っているらしい。
「菜々姫や、今日も善い日だねぇ」
 老いては、耳が遠くなったと言う女が声をかけた――此れは、アヤカシの化けた娘の母、だった女らしいが、心労の為か、一気に老けたようだ。
「ええ、お母様。人々は幸福ですわ、わたくしに再利用されているのですから」
 ――人は勝手に滅びゆく、それを喰らって、何だと言うのだ。
 足元に転がる、娘だったモノを蹴飛ばしながら、菜々姫は嗤うのだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
菫(ia5258
20歳・女・サ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
和奏(ia8807
17歳・男・志
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
高尾(ib8693
24歳・女・シ
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文

●嵐の到来
 流れて行く雲は速く、風は湿り気を帯び――嵐の到来を告げている。
 依頼者である、宮藤・玲香(みやふじ・れいか)と名乗った東堂派の浪志隊の女性は、隙のない身のこなしで開拓者達を迎えた。
 値踏みをするような鋭い目をものともせずに、バロン(ia6062)が口を開く。
「ところで、不殺と言えば聞こえはいい。だが、何も考えずに、殺さないだけが正しいのだろうか?」
 厳しい表情のバロンに、玲香も厳しい顔で臨む。
「あたくしは、東堂様のお考えに沿うだけ。個人的に申し上げれば、あたくしは死んで罪が赦されるなどと言う『逃げ道』を差し上げたくないの。だから、今回の依頼にも不殺と言う条件を付けさせて頂きました」
 冷静を装いながらも、その瞳に走る憎悪の念――高尾(ib8693)は着物の袖でそっと口元を隠す。
 直感がする、彼女は何かを憎んでいる。
「(ふん、あたしにゃ関係はないが。あんた達天儀の人間は、同じく罪人なんだよ、子供も大人も、あんたもね)」
 気の毒だけどねぇ、と建前に隠れた本音に気付いたのか否か、玲香と視線が重なる。
 湿った風に、短い髪を弄られながらゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が過去を思い起こすように呟いた。
「子供は擁護される存在じゃない、子供は未来だ。――大人が生き残るためのものでも、欲求を満たすためのものでもない」
 大人の道具では決してない……道具として扱われるものじゃない、青い瞳を憂いに翳らせ、彼女はそう口にする。
「ですが、子供も大人も弄ばれる。それが『今の実情』です」
「――そうかもしれない、だから、それを少しでも止める為に俺は、此処にいる」
 二人の意見は合致しているようで、ちぐはぐだ。
 表と裏のような、決して相容れない違和感。
 それを知ってか知らずか、玲香は東堂派に欲しい人材ですね、とだけ呟く、次に口を開いたのは和奏(ia8807)だ。
「今回の件、地主さんを統括する立場の方は?」
「見て見ぬふりよ、ギルドには此方から報告します」
 尤も恥ずべき行為――権力を嵩にきて、弱い者に無体を強いる。
 憤るこそは無かったが、彼はやはり、恥ずべき行為だと違和感を覚える……その性格故に、傍観者的な彼は、ただただ、純粋な違和感を覚えていた。
 そこには、悲しみも憎しみも、怒りも……ない。
「そうだな。玲香さんには、業務外かもしれないが、何かはしておきたい」
 対する、ケイウス=アルカーム(ib7387)の言葉には同情とも取れるような響きが加わり、伏し目がちだった柊沢 霞澄(ia0067)は、心が痛むかのように胸を抑える――思い出す、両親の顔。
「私は小さい頃に両親を無くしました……。なので大切な人を無くし、残された人の気持ちが、少しはわかるつもりです……」
 生きていれば失う、そんな道理は理解していても、それが悲しみを癒す事にはならない。
「どんなものでも子供は子供、か……親の情に漬け込み暴虐の限りを尽くすその所業…捨て置けんな、実に」
 威圧的な雰囲気を持つ、菫(ia5258)はその言葉に静かな怒りを湛えていた。
 住人にとって、開拓者と言う嵐は痛みを与えるものかもしれない。
 が、強い力が無ければ、何も変わる事は無いのだ。

 住民から情報収集を行うのは、レビィ・JS(ib2821)だ――和奏が事前に玲香へ問いかけた、使用人の有無も彼女が調べる事となった。
「……地主さん達は日に一度、子供を取りに来るよ。使用人は、いないんじゃないかねぇ。みぃんな、やめてしまった」
 レビィの手を両手で握りしめ、涙で頬を濡らす一人の老婆。
 町の集会所、そこでは誰もが負の感情で塗りつぶされ、絶望を顔に宿している。
「地主さん達もねぇ、悪い人では――」
「ばっちゃん!」
 鋭い声が響き、老婆は口を閉じた……爛々と輝く瞳をした、青年はだから、と呟いた。
「昔の恩だかなんだか、知らねぇが。どうして俺達が死なないといけないんだよ!」
 でも、とざわめく町人達、そのざわめきはやがて、火に水を掛けたように静まり……レビィを見つめた。

『開拓者に任せりゃ、心配いらねぇんだ』

 ――力のないものには、どんな小さな火の粉とて恐怖なのだ。
 口を開いた青年ですら、彼等を元気づけるには足りずただ、現状の不満を吐き出すのみ。
「(この調子じゃ、交渉してくれそうにはないかな――)」
 枯れ枝のような老婆の手を握りしめ、レビィは口を開いた。
「大丈夫、何とかする、絶対に」

 レビィからもたらされた情報、地主夫婦の外出を待って見えない場所に潜む開拓者達。
 ぶ厚い雲に覆われて、太陽の光を目にする事は出来ないが、見る事が出来れば彼等の頭上に輝いていただろう。
 音も無くカーテンから覗く瞳、地主達は子供が一人、立っている事を確認すると静かに屋敷から出てくる。
 小さな女子の頭を何度か撫で、そして抱きしめるようにして抱えあげる――見たところ、夫の方だろう。
 すかさず動いた柊沢が神楽舞「縛」で彼の動きを鈍らせると、たちまち開拓者達は彼を縛り上げた。
 高尾が猿轡を噛ませると、アルカームが玲香に後を委託する。
「まぁこれも依頼達成の為って事で。よろしく頼みます!」
「……分かったわ」
 柊沢の手を通して加護結界が全員を包み、そして、静か過ぎる屋敷内へ踏み込んだ。

●薄氷の幸福
 ビロードの椅子に身体を預け、その少女アヤカシ、菜々姫はいた。
 その横で、まるで処刑台を前にした死刑囚のような表情で、妻である女は開拓者達を見た。
 ――彼女達とて、何時かはこの、偽りの幸福が壊れてしまう事は理解している。
 ただ、それが先であれば――そして、どうか、此れが全て夢なら、夢でないのなら、この幻が覚めないようにと願ってきた。
 だが無情な運命は、冷酷な刃を彼女達に突きつける。
「わしも人の親だ。子供が自分よりも先に逝く悲しみは想像に難くない」
 バロンの言葉を皮切りに、レビィが動く……然程、女は抵抗しなかった、全てを諦めている。
 レビィが外に立つ玲香に合図を送り、中に入るように促した――依頼の為だけではない、どんな理由があったとしても、彼女は人を傷つけたくは無い。
「(危険な兆候だな――)」
 アルカームの思いと同時に、絹を裂くような悲鳴が上がった、物凄い強さでレビィの腕から逃れようともがく女。
「逃げて、菜々姫逃げて、逃げてぇぇえ!」
 悲痛の叫びに返って来たのは、あまりに冷たい言葉だった。
「……使えない女」
 ヘロージオの眉が跳ね上がった、だが、彼女はマスケットを手に、問いかける。
「お前に少し聞きたいことがある。何故お前はこのようなことをする?」
「自分でエサを摂るのは、骨が折れるでしょう?だから、使えない人間を再利用したの」
 くぃ、と顎で女を示した菜々姫は、嘲笑を浮かべる――レビィが、女を抱きとめる腕に力を込めた。
「この女、死にかけてたわ、子供と心中ですって。馬鹿よね、人間って……だから、わたくしが使ってあげたの」
 どっちでもいいんじゃないかしら、子供のように見えたら。
 首を傾げて、微笑んで見せた菜々姫に向かって鋭い視線を向ける菫。
「偽り騙し、私服を肥やす……あげく再利用だと? 貴様……どこまで人間を弄べば気が済むんだ!?」
「あんた達だって、殺すじゃない。利用し合うだけの関係、自分を除外するなんて、人間の傲慢だわ」
『人間』の括りに自分も入る事を思えば、虫唾が走ったが高尾は物影に身を潜める。
「(アヤカシの理論なんか、知ったこっちゃないが。報酬の為なんでね)」

 瞬脚で退避し、入って来た玲香に女を預けたレビィが、空気撃を放つ。
 それを軽々と回避し、菜々姫は呪声で開拓者達の脳内をかき乱す……苦心石灰で抵抗力を上げた和奏が、瞬風波による風の刃を放った。
 切り刻まれる家具達、一足で彼は菜々姫へと距離を詰める。
 咄嗟に目の前の椅子を弾き飛ばし、菜々姫は身を翻した……一刀両断される椅子、そして菜々姫に向かって迫りる矢。
 薄緑色の気を纏った、月涙の一撃に菜々姫は髪を壁に穿たれ、鬱陶しげに首を振った。
「月涙は敵以外、全てを通り抜ける。隠れても無駄だ」
「そうね、でも、貴方も人の親だって?喰らったらどうなるのかしら?」
 着物を翻し、術を扱い恐慌の種を植え付ける……菫の猿叫が響いた。
「絶対に貴様は許さない、どんな理由があっても、人の心を弄ぶ理由にはならない!」
 肉厚の斧が菜々姫に迫る、ザックリと切り裂かれた黒髪が瘴気を立ち上らせた――次のファルシオンの攻撃より、菜々姫の動きが速い。
 菫の鳩尾目がけ、拳を叩きこむ――それを腕で弾き飛ばした菫、早駆で一気に迫った高尾が菜々姫の胸を貫いた。
 だが、痛みをものともしない目の前のアヤカシは、容赦なく腕を振るい高尾を弾き飛ばす、千切れる腕――菫の一撃だ。

 皆を援護するように、マスケットからは火薬の臭いが立ち上った。
 ヘロージオの攻撃、穿たれた弾の速度に後ろに縫いとめられる菜々姫。
「鬱陶しいのよ!」
「それは結構だ、俺も仲良くしたい訳ではない」
 響き渡る呪声……柊沢の舞い踊る閃癒が、開拓者達の傷を癒していく。
「大切な人を失くした痛み……そこにつけ込んだあなたは、許せません……」
 だからこそ、彼女は舞い踊る――本当に大切な人を、失くしてしまわない為。

●理解出来ぬ壁
 恐怖に指先を震わせるバロンへ、アルカームが紡ぐのは再生されし平穏……響き渡る音は何処までも、優しい。
 老兵はまた立ち上がり、六節と月涙を交えた攻撃を放つ。

 メロディは続いて霊鎧の歌を奏で、精霊を喜ばせる旋律は優しく続いた。
「アヤカシを代わりにするなんて、悲しむだけだ――」
 アルカームは思う、失くした子供を心から悼み、愛する事が出来るのは、夫婦だけだろう……確かに、アヤカシにその影を見たのは弱さ。
 だが、明日、自分に起こらないとは限らない悲劇……身近すぎる、あまりにも安っぽくて、取るに足りないかもしれない悲劇。
「(亡くなった子供は、悲しいに違いないよな)」
 容赦無く攻撃を加えていた和奏の手が止まる――菜々姫とて、必死なのだろう、気力を振り絞り恐慌を与える。
 だが、再生されし平穏の音色はただただ、続いていて……そして、菜々姫の後がない事もまた、告げていた。

 素早くリロードを済ませ、ヘロージオは菜々姫に銃口を向ける……火薬の臭いは馴れ親しんだもの。
 菫や和奏、そして隙を付いて高尾が攻撃を加える中、彼女も低い位置から銃を撃つ。
 貫通する銃弾、菜々姫の体勢が崩れ、ぐるん、と首が回る――そしてヘロージオを睨みつけると悲鳴を上げた。
「別にいいじゃない、使えないものを使っただけよ!」
「俺達にも、心と言うものがある」
 何を思うかは、知らないがな、と彼女は付け足してもう一度銃を撃った――最早、菜々姫は人の動きをしてはいない。
 反り返ると高尾へ向け、爪を立てて襲いかかる……彼女は、咄嗟に横へと跳ねると、その胸を殴りつけた。

 白い房飾りが、陰鬱な屋敷内で輝く――神楽舞・縛が、菜々姫の身体を捕えた。
 ひらり、舞い踊る慈悲の少女は淡く、祈るように言葉を紡ぐ。
 加護結界で、加護を与えた彼女が、菫の背を促した――守れる力も無いくせに、菜々姫はまるで心を読んだような事を言う。
「大丈夫です……」
 この町を、守らないと――傷ついたままでは悲しすぎるから……柊沢の言葉と、アルカームの奏でる音色が重なる。
 駆ける、豪衝打を使用した重い一撃は、菜々姫の身体を袈裟切りに切り裂いた。
 もうもうと立ち上る瘴気、だが、首だけのアヤカシは最後の力を振り絞って呪声を吐いた。
 バロンが矢を放つ、同時に、和奏の持つ刀が美しく煌いた。
「冥土の土産に教えてやろう。殺しておるのだ、殺されもする。ごく当たり前の事だが、貴様はそれを正しく認識しておらぬようだな」
「わたくしは、ただ――!」
 和奏の刀が言葉をも断ち切り、床に喰らい付く。
 涼しい顔で納刀した彼は、何も無かったかのように、終わりましたね、そう呟く。
「……己の欲のために動けばこうなるという事だ」
 動かぬ瘴気の塊に向かって、ヘロージオは恐らく最期まで理解出来なかったであろう、菜々姫へと告げた。

●雨は涙の様に
 千切れたカーテン、家具の残骸、壊れてしまった偽りの幸福。
 遠くで、何かが押し寄せてくるのが聞こえてくる。

『――殺せ、殺せ!』
『地主を、殺せ!』

「あの人、お婆さんに怒ってた――」
 レビィがポツリと呟く、老婆を叱りつけ憎しみに目を光らせた、青年。
「なぁ、玲香さん――俺達が言っても聞き届けて貰えないかもしれないから」
「アヤカシが居なくなれば、すぐに手の平を返してこの様か!己の罪も省みず、強者に靡き弱者を叩く!恥を知れい!」
 それより早く、バロンが一喝する。
 厳めしい老兵の出現に、町人達の足が止まった。
「……貴様等も親ならば、我が子が今の己の姿を見てどう思うか、少しは考えてみるがいい」
「我々は、生きる為には子供を差し出すしか無かった、それが、それが罪なのか!」

 ――パリン、と何かが壊れる音がした。

「『愛する子の為ならば、親はどのような犠牲も厭いはしない』……そう、師匠は言ってたんだ。勿論、勿論、あの地主の人たちのような事は、しちゃあいけない。それは分かってる。でも――」

 ――なら、どうしてアヤカシに食べられた子供が、いたの?

「行こう、少なくとも、もう二度とない筈だ」
 ヘロージオが、何故、と呟き続けるレビィへと声をかけた……負の感情の籠ったこの地は、きっと次のアヤカシの標的になる。
「原因は除きました、この町のこれからは、皆さんにお任せします」
 淡々と和奏が口にした。
 必要以上に関わっては、いずれ自分で立つ能力を忘れてしまう、干渉と過干渉は別物だ。
「子供を差しだした方々もある面では同罪です……その心の傷はいつまでも残るでしょう……」
 柊沢が清め、弔い、穏やかに言葉を紡ぐ。
「それでも、生きて償って欲しいと思います……亡くなった方々、子供たちの犠牲を無にしない為にも……」
 巫女による弔い、少しだけ、その場の負の念が――晴れた、気がした。
「……今、あなた方の娘さんを殺してきました。別に言い訳はいたしません。けれど、今貴方達が感じている苦しみを、この街の人たちは味わっていました」
 でも、貴方達は自分達の手を汚してでも子供を愛そうとすることができたんですもの……。
 だから、立ち直れる筈、菫は涙にくれる地主夫婦の手を取り、握りしめた。
「(命が助かっても、心が死んでる、ってこともあるしね。せいぜい、生き地獄を苦しむがいいよ)」
 高尾は再発防止、地主夫婦の後を心配する開拓者達。
 そして子供達の名前を呼び、泣き叫ぶ親達を尻目に、煙管に口を付ける。
 空の様相は変わり、雨がぽつり、ぽつりと降り始める――それを見上げながら、天の涙の様だと、ヘロージオは思うのだった。