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■オープニング本文 ●雪に願いを 2月――木々を吹き抜ける風は冷たい。 そぅっと、そぅっと、姉と兄に見つからないように外へ出てきた、この家の子女、花菊亭・涙花(iz0065)は傍に控える侍女、鈴乃へ笑んでみせた。 その笑みには、沢山の好奇心が含まれており、奇しくも鈴乃は彼女の母の面影を少女に重ねる。 「内緒で、お買いものですの」 護衛がいるのは仕方がないけれど、姉や兄に内緒で、少しばかり遊びに行きたい時もある。 日の当たらない座敷牢で、枯れては散る身――覚悟も享受もしていた涙花だったが、もう、あれから1年経つのだ。 視力も緩やかに回復し、日々は駆け足で過ぎて行く……映る景色は美しく、そして多彩なのだと改めて知る。 「あのね、鈴乃。わたくし、ばれんたいんでーなるものを、聞いて来ましたの」 どうやら、大切な人に贈り物をする日らしい――きっと、姉も兄も、今は家にはいないけれど、父も喜んでくれるに違いない。 「だから、内緒ですの。内緒で、お買いものに来ましたのよ」 プレゼントも勿論の事ながら、寒さと興奮で白い頬を染めた涙花は、くるりくるり、視線を動かす。 その後ろから、付かず離れず、護衛がついてくる……穏やかそうな表情をしているが、動きは隙のない巫女である。 出来るだけ、涙花の邪魔はしまいと衣服も、簡素な単衣を身に纏っている。 やはり、巷ではチョコレートが人気のようだ、甘い甘い、お菓子。 そんな中で、涙花の目を引いたのは――小さな少女、とは言え、涙花より少し背が高い。 下町の中でも、あまり綺麗とは言い難い服装をしている、雑に編んだ籠の中には生成り色の巾着が収まっていた。 青い糸で、雪の結晶の刺繍が施されている……豪華、と言うよりも粗末、と言う言葉が似合った。 だが、その刺繍は綺麗で、何より温かみを感じる。 「この巾着、素敵ですの……」 「中に、飴が入ってるよ。ハートと雪の結晶の形さ。父さんが作ってるんだ」 何処かぞんざいな口調で、その少女は言った――上から下まで、舐めるように見まわされて、ほんの少し居心地が悪い。 「でも、ばれんたいんでーだから売れないんだ」 「じゃあ、わたくし、全部買いますわ!」 それなら、と口にした涙花に、ペッ、と沙雪は地面に唾を吐いて見せた。 「哀れみならいらないよ」 冷たい、冷たい声に、涙花はゆっくりと瞬いた――鈴乃が半狂乱で叫びを上げ、少女に掴みかかろうとするのを必死に巫女が押さえている。 「じゃ、じゃあ、一つ買って……それから一緒に働いたら、巾着、全部下さいますか?だって、沢山渡したい方がいるんですもの」 その少女は頓狂な声を上げ、そして涙花の目をじぃ、と見つめた。 「ふーん、まあいいや。あたしは沙雪、しっかり働いてね」 「はい、わたくし、涙花ですの。鈴乃、ええっと――」 「涙花様、涙花様――そのような!」 「鈴乃もこの刺繍、素敵だと思うでしょう。あの、開拓者ギルドへ、使いを出して下さいですの。初めてわたくし、お仕事するのです」 「――畏まりました」 バタバタと開拓者ギルドへ走っていく鈴乃、やれやれ、とばかりに沙雪が口を開いた。 「イイトコのお嬢さんなんだろ。途中で、抜けたら承知しないから」 「はいですの、先生」 「――先生?何それ。まあ、上手にやってくれたら、後で良い所に連れてってあげるよ」 コクリと頷き涙花は、ぽん、と手を叩いた。 「女の子は、めっせーじが好きですの」 一つ一つ、小さな紙に、祝福の言葉を込めていく。 その頃、ギルドでは――。 『飴売り募集。報酬は現物支給、ばれんたいんでーの贈り物にもどうぞ』 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
白鵺(ia9212)
19歳・女・巫
アーネスティン=W=F(ib0754)
23歳・女・魔
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●ハートと雪と 木々を渡る風は冷たいが、人々はバレンタインデーのプレゼントを求め、下町へと繰り出していた。 色とりどりのマフラーや手袋、帽子を身に付けた伊達男、伊達女の目に留まるのはチョコレートばかり。 そんな中で、開拓者ギルドに張りだされた、小さな依頼。 『飴売り募集。報酬は現物支給、ばれんたいんでーの贈り物にもどうぞ』 その内容を見、そして付き人の鈴乃がいるのを確認した礼野 真夢紀(ia1144)は、請ける旨を告げる。 「るいさんの依頼?だったら行きますの」 自然と集まる者は、何処かこの寒風の中に温かい居場所を求めていたのかもしれない、自分の拠り所――それをゆるり、白鵺(ia9212)は考える。 「この時期に、飴売りってぇのは、珍しいね」 アーネスティン=W=F(ib0754)の言葉に、鈴乃は深く頭を下げ、口を開く。 「依頼を受けて下さる開拓者様でしょうか――涙花様は、好奇心のお強い方ですから」 早く、戻りましょう……と急く鈴乃に、井伊 貴政(ia0213)が苦笑する。 「そうですね。涙花ちゃんにも、会いたい事ですし」 勿論、他の女の子とも――と言うのは心の中にしまっておくとして、趣味と実益を兼ねるとは美味しい依頼だ。 だが、どちらの比重が多いか、それは彼のみが知る。 「鈴乃さんは色々と、気苦労が絶えないでしょうけれど……彼女にとっては、新しい発見の連続なんでしょうね」 佐久間 一(ia0503)の労わるような言葉に、曖昧に頷いた鈴乃は、涙花様の為になりますならば、と控えめに返事を返した。 「わぁ、皆様、来て下さって嬉しいですの」 開拓者ギルドからほど近い場所に、飴売りの少女、沙雪と、依頼人である花菊亭・涙花(iz0065)はいた。 「こんにちは。涙花ちゃんに沙雪ちゃん、今日はよろしくね」 ミリート・ティナーファ(ib3308)が自慢の耳をピコピコさせながら、声をかけた――それにしても、とバレンタインデーで賑わう市を見ながら、悪戯っぽい笑みを見せる。 「バレンタインかぁ……。ふふふ〜、誰に渡すか決めてると楽ちん」 「まあ、ティナーファ様は、恋人がいらっしゃいますの?」 素敵ですわね、とキラキラした目で見つめる涙花、女の子はこのテの話が好きなものだが、涙花もその例に漏れる事はないらしい。 「だう?違う違う。そんなんじゃないよ。でもね、大事な人なのは間違いないの。だから、笑ってもらいたいな、って」 その笑顔はまるで、日なたのような温かい笑顔。 「それは素敵ですね」 白鵺の言葉に、交換するかい?とアーネスティンが笑みを向けた。 「さて、この手の商売は、何だかんだで売り子の姿も見られるモンなんだよ。今日は私が持ってきたのを貸してやるから、着替えてきな」 全く売れる気配のない、飴達……一つ貰えるかい?と声をかけつつ、アーネスティンは沙雪へ着物を差し出した。 あたしは此れが、標準装備なんだ!と何やら言っていた沙雪だが、さっさと着替える!と彼女に促され、しぶしぶ服を着替えようと、建物の影へと向かう。 「まずは、味見をしたいのですが――」 お代は払います、と口にした礼野。 どうやら、佐久間に白鵺、アーネスティンも同じ考えのようで、流石に売り物が無くなってしまう。 「必要経費、と言うものですの」 もう、買いましたの、と涙花が一つ、袋を差し出した。 開拓者達も、手を伸ばして中の飴をつまむ。 「ん、甘い……」 甘いものが好きなのか、白鵺の表情もほころぶ――赤いハートの飴を口に入れた礼野が、姉様にもプレゼントしたいですの、と呟いた。 「それにしても、袋だけじゃなくて、飾り紐も欲しいところですの」 巫女袴を裁断して……と考えを巡らし、飴を入れる袋は、白鵺のアイデアを採用し紙を折る事にした。 これなら、見た目も可愛らしく、飴も汚れる事がないだろう。 「そう言えば、メッセージも客の望む内容にしたらどうだい?そうすりゃ、告白にも使えるって寸法さ。どうかね?」 アーネスティンの言葉に、涙花がコクリと頷いた――小筆と白紙のメッセージカードを持ち歩けば、出来ない事は無いだろう。 「うーん、着物が映えますねぇ」 どうやら、沙雪の衣装交換も無事に終わったようだ……女性には、綺麗な着物が似合いますねぇ、と井伊が呟いた。 その横で、似合いますね、ともふらが動いた……ではなく、まるごともふらに身を包んだ佐久間だ。 「まるごとシリーズを纏って【客寄せの術】です。商魂を燃やしますよ!」 拳に力を入れて、気合十分――踊れるもふら様、じゃあ、私が、とティナーファがセイレーンハープを手にした。 「じゃあ、私は歌うよ。それとね、沙雪ちゃんがもうちょっと笑うと素敵かもよ? お客さんもその方がもっと買いたくなるや」 「こ、此れがあたしの笑顔だ!」 そう言いながらも、沙雪は笑顔を作ろうと一生懸命だ。 ――試食用の飴に、中身見本も揃った、寄りそう赤いハートと青い雪の結晶の飴。 「頑張って、売りますの!」 涙花の号令と共に、開拓者達は各々、飴販売を開始したのだった。 ●飴のもたらすもの ゆっくりと人通りの多い場所を、浅い籠に飴を並べて売り歩くのは白鵺。 細竹と布の切れ端を縫い合わせた物に『飴歌詞 雪花思慕』と筆を入れた。 「甘い飴はいかがですか?」 七つほど請け負った飴だが、どうにも売れ行きは芳しくない――はてさて、どうするか。 「今なら、メッセージもお書きしますよ。思いを伝えるのにも宜しいかと思います」 お一つ幾ら、と声がかかる……この機を逃すわけにはいかない、見本を見せ、200文です、と口にした後。 「バラ売りも出来ますよ」 「じゃあ、100文分貰えるかぇ?そうだねぇ、メッセージは『恋の騙し合いを』ってぇね」 告白と言うには、少々濃い文面であるが、サラサラと白鵺は白紙のカードに筆を入れる。 「はい、どうぞ。ありがとうございました」 「いやぁ、此方こそ。ところで、この後美味い団子屋にでも、行かねぇかい?」 言いよって来る、金髪の男に遠慮します、と告げ、白鵺はまた営業に戻るのだった。 人通りの多い場所、路上に座って宣伝をする事を選んだのは、アーネスティン。 「売り上げを伸ばしたいってんなら、まずはきちんと宣伝をしないとね」 商売は、こうやるもんさ。 そう言って、手にしていた本を脇に置いて、笑顔で声をあげた。 「バレンタインデーの次に来るのはホワイトデー。チョコのお返しは考えてるかい?」 響き渡る凛とした声に『ホワイトデー』を思い出す男達。 万商店の『バレンタインデー&ホワイトデー』売り込み作戦は、どうやら随分と天儀に浸透しているらしい。 「ホワイトデーのお返しとして贈る物の代表格と言えば、やっぱり飴だよ。長持ちする飴を送れば、恋も長持ちするときたもんだ!」 甘い飴に甘い恋、甘い同士、願をかけるのはどうだい? そう言って赤髪の魔術師は、チラリ、と手にした本へ視線を向けた――今回、読書用に持っていたのは恋愛小説だったりする。 「さぁさぁ、そんな幸せの贈り物を売ってるのはあちらだよ。名前は『雪花思慕』残り20個と来たもんだ。早い者勝ちだよ!」 十分に人に伝わるのを確認し、立ちあがっては場所を変え……おや、と彼女は軽く手を上げた。 「バレンタインデーのチョコレートと、一緒に贈ると差が付いて良いですよ」 知識を駆使して宣伝をする、アーネスティンとは対照的に、自分が男である事をウリにする井伊。 「でも、相手には奥さんがいるし――」 「そう言う時にも、飴はいいですよ。こっそりとメッセージカードを添えて、ね」 押しも大事、ただ、泣く時は僕の胸をお貸ししますよ、とサラリと付け加える様は見事、の一言に尽きる。 「ホワイトデーのお返しも、お忘れなく。マメじゃない男は、愛想つかされますよ」 男には助言と共に、飴を売り……どちらかと言うと、飴よりも助言に集まる人々が多そうである。 「きぐるみ、で踊れますの?」 怪我しないでしょうか、と心配する涙花に、佐久間は不敵に笑う。 「ふっふっふ、まぁ見ていてください」 ティナーファの演奏に合わせて、もふら様が踊る踊る。 楽しげに、賑やかに……なんだなんだ、と下町の面白好きが集まる集まる。 「贈る人、受け取る人、皆さんが温かい気持ちになれますように」 人が集まったのを確認し、ティナーファが口を開いた。 「歌うから、皆聞いてね!」 託した願いは特別で ヒナタ色の胸の内 寒い空の下なれど、受け取る想いの暖かさ そんなアナタに渡したい 受け取るだけじゃ駄目だから このささやかなぬくもりで 笑顔の時を見せてほしい 「バレンタインのお返しや、身内へのプレゼントにどうかな?」 心を込めた演奏に、おひねり感覚なのか、それならば、と飴を買っていく人々。 「嬢ちゃん。その歌の歌詞、ちぃと書いて貰っていいかぇ?」 「はい、勿論」 歌詞をサラサラと書けば、アリガトよ、と小銭を渡して去っていく垂れ目の男、カラコロと下駄の音が鳴り響いていた。 「飴菓子 雪花思慕――バラ売りも如何ですか?」 小さな子供達に『お母さんやお姉さんへの贈り物に』と、礼野が一つ飴を差し出す。 口の中で、コロコロと飴を転がした子供は、ガマ口財布を開いて小銭を差し出した。 「一つ、オマケしますの」 ありがとうございました、と微笑んで見送れば――遠くで飴食おうぜ!と声が響いてくる。 「飴って、とても幸せな気分になりますの」 礼野や沙雪の指示に従って、メッセージを書いたり、バラ売りの場合の計算をしながら涙花が笑みを見せた。 「そりゃぁ、あたしの父さんの力作だからね。此れで恋が実るようにってさ」 得意そうな沙雪に、礼野が素敵ですの、とふんわり笑う。 「きっと、凄く素敵なお父様ですのね」 「当然さ!飴細工だって、あたしの父さんのが天儀一だ」 少女達の歓談に、一つ貰うよ、と声が飛ぶ――仲の良いお嬢ちゃん達だね、と付け加えられた言葉に、沙雪はちょっと照れたようにそっぽを向いた。 ●小さな絆 少し汗ばんだ肌を、風に当てつつ佐久間は岩清水を喉に流し込んだ――涙花は、楽しげに販売を続けている。 「こういうのは自分も初めての体験です。楽しいですね」 「はいですの……こうして、色々な方がいる事、きっと、わたくしの見えない場所にも沢山、働いている方がいらっしゃいますのね」 あまりに当たり前の事、それでも、彼女にとっては全て、珍しい事。 ――知らなかった事、分からなかった事を吸収して、少女は目を輝かせた。 「あんた、ホントにイイトコのお嬢さんなんだね」 呆れたように呟いた沙雪だが、その中に棘はない……それを知って、佐久間と礼野は顔を見合わせ、そして笑った。 「さぁさ、残りも少なくなってきた!雪花思慕、チョコレートのお返しを忘れるんじゃないよ!」 「メッセージで、思いを伝えるのもお忘れなく」 アーネスティンと井伊が、声を上げて最後の売り込みに入る。 「後、幾つ残ってますか?」 白鵺の言葉に、後3つですの、と涙花が返事を返した――頑張ったねぇ、とティナーファが嬉しそうに口を開く。 そこから、ひょい、と試食用の飴を取ってぱくり。 「涙花ちゃんも、歌ってみる?」 「歌、ですか――」 やってみたいですの、と口を開いた涙花に歌詞を伝え、ティナーファはセイレーンハープを弾いた。 優しい、お日様のような音色だと、涙花はそう、思う。 「託した願いは特別で ヒナタ色の胸の内――」 ゆっくり、ゆっくりと歌が紡がれる……二人の少女から始まった歌を、いつの間にか、他の開拓者達も口ずさむのだった。 ●樹氷の中で 「じゃあ、約束通り、巾着だよ」 生成り色に、青で雪の刺繍が施された小物入れに最適なその巾着。 「これ、あたしが作ってるんだ。沙雪だから、雪。単純だけどいいだろ?」 だから、大切にしてね、と言外に込めた言葉に、両手で巾着を受け取った涙花は、笑みで返す。 「私も欲しいなぁ……小物入れによさそう」 ティナーファの言葉に、勿論、と沙雪は別に分けていた袋から、新しい飴を取りだした。 「此れは、あんた達の分だよ。現物支給だ」 それぞれに渡された、キャンディ『雪花思慕』は――思いが実るように、それは恋だけではなくて、慕う思いが届きますように。 お気に入りの場所を教えてやるよ、と半ば強引に、沙雪が涙花の手を引く。 引っ張られ、たたらを踏んだ涙花を支え、白鵺が瞬いた――弱視の彼女には、周囲が見え辛いかもしれない。 「と……危ないですよ?」 「あ、ありがとうございますですの」 ゆっくり、沙雪と、白鵺と手を繋いで――向かった先は、冷たく凍る森。 それは、春まで氷に包まれて眠る、樹氷の美しい場所。 「なるほど。お嬢様が一目で気に入る訳だ」 納得したように、アーネスティンが頷いた……息を飲む程に、美しい。 暫し、言葉を失った佐久間は、感嘆のため息を付いて。 「……これは凄い、ですね。この日の思い出は、皆の秘密です。誰にも言っちゃ駄目ですよ?」 「秘密、ですの――皆の」 冷たい樹に触れ、そしてその冷たさを感じながら、眠る樹を見ながら、嬉しそうに涙花は笑みを零す。 この美しさにか、それとも手に入った飴の甘さにか。 「おや、ごきげんだねぇ」 笑みを見、アーネスティンが笑う。 「……良いじゃないですか、好きなんですから」 そっぽを向く白鵺に、笑って礼野は、姉様にも見せたいですの――と手紙を書こうと決意する。 「皆の秘密なら、デートスポットには出来ませんねぇ」 飄々と笑い、井伊が空を見上げれば、太陽がゆっくりと西に沈もうとしている。 帰るには惜しいけれど――そろそろ、戻らねば心配するだろう。 「また、会おうね」 約束……とティナーファが涙花に笑いかける、小指と小指を絡め、そして、満ち足りた気持ちと、少し寂しさの入り混じる気持ちを抱え、開拓者ギルドへと戻るのだった。 ●ありがとう 先に戻った侍女の鈴乃が、上手く言ってくれたのか……渋い顔をしながらも、姉、有為が怒っている様子は無かった。 「ばれんたいんでーだから、皆様に、ありがとうを伝えたいですの」 皆を集め、そう言って涙花がふんわりと笑う――花菊亭家の、ほんの一握りにしか知られていなかった少女、それが涙花。 今では、全員に顔を見せて、ありがとう、と感謝を述べている。 ――当人が計らずとも、涙花と言う存在を、花菊亭に仕える者達が認識した、瞬間だった。 療養にと別宅で休んでいる父は、牛車を飛ばして愛娘を抱きしめる。 袋を握り締め、バレンタインデーに贈られた愛娘のプレゼントを、大切に懐に入れるのだった。 |