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■オープニング本文 ●思い、掲げる 『――今はまだ、待とう。だが、伊鶴、お前が揺らげば私は縁談を進める』 姉に宣誓された、その言葉には、やはり棄てられない再興の思いが込められていた。 「分かっています、姉上」 その思いも、自分は無碍にしたくはない――そう口にして、花菊亭・伊鶴(iz0033)は頷いた。 自分の思う通りに全ては行かないだろう、だが、それでも大切な人々を守るべく、強くなりたい、そう願う。 改めて当主の座に戻って来た伊鶴達の父は、身体を壊して臥せっている……自分がしっかりせねば、と強く思い彼は北面の地図へ目を向ける。 北面での混乱、強大な鬼達の暴風は、罪なき人々の心に深い爪痕を残した。 罪なき人々は、降りかかった災厄が取り除かれるのを、息を潜めて待つのみ――だが、自分には力がある。 大きな力ではないけれど、でも、誰かとなら――。 既に姉の花菊亭・有為(iz0034)は分家と共に話し合い、戦後復旧の為の物資の供給も約束した。 なら、自分は……もしかすれば、何故、動かなかったのだと責められるかもしれない。 「(でも、何かしたいと言う気持ちには変わりないから――)」 何もしないまま事象が通り過ぎていく――それを受け入れるのもまた、一つの処世術。 だが、それを受け入れられるほど、やはり彼は大人では無かった。 花菊亭家の家紋、丸八角にねじり桜が日に煌いた。 「僕も、行きます……姉上、僕は政略だけで動けません。だから、僕もアヤカシを退ける為、向かいます」 自分の本気を示す為に――今更だと言われても構わない。 「開拓者の皆さんと、行きますから大丈夫です。無理はしませんから」 晴れやかに微笑む伊鶴に、有為は視線をやや足元に落とし、そして瞑目して頷いた。 「気を付けて行くように」 こうして、物資の輸送とその護衛、そしてアヤカシの残党の一部討伐の依頼がギルドへと舞いこんだ。 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
井伊 沙貴恵(ia8425)
24歳・女・サ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
サイラス・グリフィン(ib6024)
28歳・男・騎
ハシ(ib7320)
24歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●出発の歩み 早朝――東の空が仄明るくなる頃。 「(やっべぇ、また依頼人の名前忘れたでござる……!)」 所望した灰式懐炉を受け取りつつ、四方山 連徳(ia1719)は開拓者達に懐炉を渡す。 「直姫様に気後れなく、報告できるよう頑張らないといけませんね」 おはようございます、と声をかけ、そう口にした安達 圭介(ia5082)は、出来る事をやりたい、と言う気持ちに口元をほころばせた。 「はい、後、母方の家からも、物資を頂けたんです」 揉めに揉めた母方との関係も、伊鶴を通しては悪くないらしい。 「関係は良好そうですね……皆さんの為にも、大きな怪我など負わないよう、お守りします」 一番は、自分の肌で戦場を体験する事ですよ、と菊池 志郎(ia5584)が声をかける。 そうだな、と頷いたサイラス・グリフィン(ib6024)は、過去の自分へ思い馳せ。 「年長者たる者が助けるのは、当然の事」 「ええ。伊鶴さん、約束を果たしに来ました。今日は、実践編ですね」 以前、姉弟のこじれ切った仲を収めた一人、佐久間 一(ia0503)はどうやら、その後の結果も順調らしい事を感じ、そっと息を吐く。 「(可能性の扉は、意志と覚悟を持った者の前に現れる……か)」 「色々と学んで頂きます、行動だけでは不足ですからね」 靴の中に唐辛子粉と藁を入れ、防寒準備を終えた雪切・透夜(ib0135)は、花菊亭家の様々な面々を思い浮かべる。 「何が必要で、どうすればいいのか。それらの筋道をしっかり考えていけば、今より更に視野が広がりますよ」 明確な目的を、とやや口調を厳しくした彼の瞳には、やはり過去の出来事が映っている。 「伊鶴ちゃん、正月に何かあった〜?イイ顔になったじゃない♪」 挨拶のハグを終えたハシ(ib7320)は、わたわたと慌てる伊鶴の顔を覗きこんで、うーん、と頷いた。 「今、頑張ってる途中なのよね、伊鶴くんは」 クスクスと笑いながら、井伊 沙貴恵(ia8425)は真っ赤になった伊鶴を見て、くす、と笑みを零す。 今考えている事や、決意、それを聞いてみたいと、彼女は思う。 「自分探しの旅ってヤツ?ふふふっ、若いっていいわね☆」 今回の予定、勝手に決めちゃったけど良かったかしら?と、ハシは問いかける。 「はい、そこも含めて、皆さんのお力を借りたかったので」 参考にしますね、と言いながら、馬に鞭を入れる。 ガラガラガラ――荷馬車が砂利を踏みしめ、進んで往く。 前後左右に開拓者が布陣し、つつがなく護送は行われ……その中で、井伊が口を開いた。 「伊鶴くんの、抱負は何かしら?」 旧正月も過ぎたしね、と笑う彼女に手綱を握り締めながら、暫し伊鶴は暫し逡巡する。 ――目的を、明確に。 今日、雪切が口にした言葉には、納得出来るものがあった……酷く視野が狭いのは、自分も姉も、同じ事なのかもしれない。 思考を巡らす伊鶴だったが、まず、目的にするべきなのは――。 「姉上の、信頼を得たいです。きっと、それだけの力を身につければ、あの方との、その――」 真っ赤になってボソボソと口を動かしているようだが、幾ら恋に悶えていたとしても、敵は待ってくれない。 先に、超越聴覚で異変を捕えた菊池が、口を開いた。 「大勢の人が接近してきますね――会話はないのですが」 金属の擦れ合う音、地面を蹴る音は複数で乱暴、決して関わり合いになりたい人物ではない事を知る。 ピィ―― ハシの呼笛が鳴り、お決まりの言葉が響き渡る。 「荷物を下ろして、金目の物――」 「何処にでも、こう言う輩はいるものだな」 困ったわね、と言いながらハシから奏でられる夜の子守唄。 お決まりのセリフを、断ち切っての使用だ。 前方では、既に抜刀した佐久間が一息で詰め寄ると、一気に武器を破壊する。 菊池が刀を抜き払い、桔梗を使用しカマイタチを放つ、それでも少しばかり荷物を失敬しようとした、盗賊ではあるが……硬い拳が腹部に入る。 「おいたは、駄目でござるよー」 黒い笑顔を満開にさせた、四方山が立っていた。 「北面復興には、人手が必要です。真っ当な職を探してください」 「おイタするようなら〜、今度はあたしが『襲いに』行くわよ♪」 黒い笑み、そして圧倒的な力量差、そして恐ろしい笑み。 「申し訳、ございませんでした」 盗賊達が土下座する光景、それを背後にしながら四方山が清々しい笑顔で言った。 「良いことすると、気持ちが良いでござるねー!」 確実に、盗賊の心にトラウマを植え付けつつ、荷馬車は進んで行く。 ●逆境に負けず 逆境にも人々は負けず――仁生は慌ただしい活気が戻っていた。 芹内王の臣下へと、積み荷を託した開拓者と伊鶴は、魔の森に向けて歩を進める。 「廃村と思われる村は、存在しているかもしれませんが――やはり、人里はないようです」 魔の森からの進撃、瘴気感染は一般人にとって致命的である。 「じゃあ、進みながら休める場所を探す、と言う事になりそうね」 井伊の言葉に、面々が頷く……魔の森付近、と言うだけでも瘴気は濃い。 「野営になりそうですね。魔の森から、1時間程度の村の住民だった方とお話が出来ました」 他方で、情報収集に当たっていた安達も、入手した付近までの地図を見ながら口を開く。 ――戻るのは、中々骨が折れる。 当初の予定通り、廃村で夜を明かし、次の日にアヤカシ討伐、と言う予定に落ちつくのだった。 目的の廃村に付く頃には、太陽は西の地平線へと沈もうとしていた。 開拓者と、伊鶴は廃村周辺にアヤカシなどがいないか、確かめ、天幕を張る。 「不寝番なら、僕も手伝います」 口を開いた伊鶴だったが、グリフィンはゆっくりと首を振った。 「慣れていない地だ。疲れが取れにくいだろう」 「伊織は大人しくしているでござるよー」 四方山が、拙者に任せるでござる、と頷くが……伊鶴がピタリ、と止まった。 「名前違いますってば!じゃなくて、じゃあ、今、見張りします」 全員が起きている状態で、不寝番とは言い難い……が、チラリ、視線を向ければやれやれ、と言うように開拓者達は顔を見合わせる。 「俺は夕食を作っていますので、その間、お願いできますか?」 干飯や芋幹縄を用意し、火を起こした菊池が警戒し過ぎる事は無いでしょう、と付け足した。 「菊池さん、料理は手伝いますよ」 料理は苦手ではない、と控えめに安達が助力を申し出るが、実は彼の料理は、飽きのこないおふくろの味だ。 「じゃあ、あたしと行きましょうか。伊鶴ちゃん」 ひしっ、と腕を組むハシに、盗賊を追い払う際の言葉が思い起こされ、伊鶴は思わずフリーズする。 「俺も行こう、ジルベリアの話でもしようか」 「あ、聞きたいです!」 「では、お二人に任せて……僕は、スケッチを完成させますね」 冬の日が落ちるのは、早い……雪切は急いでペンを走らせる、現地の情報は大切だろう。 アヤカシに蹂躙された土地でも、住む人々にとっては、大切な場所なのだ。 「俺の師匠は――元、教師でな。天儀に来たのも、師匠に付いて来た、からだな」 「へぇ、凄い方なんですね」 「……ああ、生活力が、全くない。放っておくと、餓死しそうだからな」 苦労だとは決して言わないグリフィンだが、その表情には苦笑じみた表情が浮かんでいる。 だが、その師弟の結束は強いのだろう――モコモコと布を纏ったハシが、いいわねぇ、と呟いた。 「あたしも、弟子を取っちゃおうかしら。……そうそう、伊鶴ちゃん」 「何でしょう?」 「腕っ節が強いのは悪いことじゃないけど、志体持ちの開拓者にだって守れるのは己の背に匿える分だけよ」 ゆっくりと語るハシの言葉に、神妙な表情で伊鶴は黙り込む。 政治の方が複雑で、不可思議な敵だと、語る言葉に……確かに、と共感できるものがあった。 「でも、もっと多くの事を守ることもできるんだから〜、家だけじゃなくてね、伊鶴ちゃんの生まれにはそういう可能性もあるんだから」 直接目に見えるものだけではない、目に見えない場所で人は、誰かを守ったり、傷つけたり。 「今更、オカマがする話じゃないわよね〜うふふ〜」 「え、僕、神妙に聞いてたのに……な、何だか振り回されっぱなしのような」 「はいはい、戻ろうかしら――うふふ〜」 ハシの後ろをパタパタと付いていきながら、何が守れるか、何を守りたいのか。 思考は巡る。 粗末で、質素な料理だった……けれど、そこには確かな温かさがあった。 「四方山さん、それ、僕のお味噌汁ですよー!」 「伊右衛門のご飯は、拙者が食べてやるでござるー」 「だから、名前違いますって!」 ご飯を取り合う四方山と伊鶴に、まだありますから、と菊池と安達が苦笑する。 「久しぶりに、弟に会いたくなっちゃったわ」 元気にしてるかしら、と井伊が味噌汁を飲みながら口にする。 「料理が出来るって、いいですよね……干飯の味気なさ」 しみじみと雪切が野営時の料理の切なさを、語る。 「それは解ります……と、伊鶴さん、明日は早いですから。しっかり食べてゆっくり寝て下さいね」 「はい!」 「じゃあ、その残りは拙者が」 堂々巡りになる取り合い、小さな笑いの花が咲き――交代で見張りを行った後。 星と月が支配する夜を終え、朝が来て……そして、二日目が始まった。 ●出来る事 「アヤカシ20体が、最低撃破数です。準備はいいですか?」 佐久間の言葉に、頷く伊鶴。 「俺は、超越聴覚で警戒します。残り練力に注意して下さいね」 「戦闘中は小さなことが、大きな危険を招く原因となりかねません。何か気付いたことがあれば必ず言ってください。疲れたらちゃんと口に出してくださいね?」 菊池に続いて、安達が過度の干渉はしませんが、と言いつつ過保護さを見せる。 「自分の戦い方にあった、戦い方をして下さい」 雪切の言葉の後、ハシが騎士の魂を紡ぐ――勇壮なる調べが、魔の森に響いた。 それが開始の合図、井伊の咆哮に引き寄せられたアヤカシ、多角鬼が身軽な動作で宙から襲いかかる。 上からの攻撃を、上手くスタンアタックで防ぎカウンターに成功したグリフィンだが、強烈な蹴りにたたらを踏んだ。 すぐさま体勢を立て直し、ソードブロックで身を固め、多角鬼が宙へ跳ねた瞬間、マインゴーシュで打ち払うとロングソードを振るう。 ハシの奏でる騎士の魂は、戦場を彩り時折、重力の爆音が叩きつけられる。 その攻撃に、多角鬼が散った――だが、いつの間にか現れていた白冷鬼は、あざ笑うかのように氷柱の雨を降り注ぐ。 「ハシさん!」 伊鶴が声を上げるが、佐久間が無言で制すると、多角鬼を盾にする白冷鬼へ天狗礫を放つ。 「冷静に、ですよ」 「あら〜ん、心配してくれてありがとね」 どうやら、無事の様だ、とホッと一息を吐いた伊鶴は、平正眼の構えから斜め下へと振り下ろす。 まずは一匹――。 「生憎と、距離があるのは苦手でしてね。ですので……こちらで如何です?」 盾で受け流すと、アヘッド・ブレイクで強行突破を図った雪切が、白冷鬼へと流し斬りで切りかかる。 そのまま盾を返し、襲い来る多角鬼を力技で、跳ね飛ばした。 突貫に耐えられる硬さを保持する雪切、敵中に刀の雨を浴びせて行く。 「はいはい、敵はこっちよ!」 井伊の咆哮、後に示現が振るわれた。 最上段の攻撃、見切られ易い、だが、その速度は空気を切り裂き多角鬼を一刀両断にしてみせる。 そのまま、強打で白冷鬼を叩き切った。 次々と現れる敵に、瘴索結界での探査を諦めた安達は、すぐさま神風恩寵に切り替えると、どうしても傷を負いがちな伊鶴へと使用する。 淡く光が灯り、身体の痛みが消えて行くのを感じながら、伊鶴は思う。 「(皆さんが強いのは、色々な人が色々な役目を持っているから――)」 「しかし、水晶髑髏で傀儡操術って、どうやって殴って、どうやって戻ってくるでござるかねー」 刀と、氷柱の吹き荒れる中、暫し考える四方山だったが、ついに考察を諦め傀儡操術を繰り出した。 カチカチカチ 黒水晶で出来た髑髏の瞳が、鈍く光ると頭突きを喰らわせるとゴロゴロと戻って来る。 どうやら、髑髏も当たって砕けろ、のようだ。 その間にも、四方山は『拙者ビームでござるー!』と白狐を扱い、白冷鬼を打ち滅ぼす。 あっという間に瘴気へと還り、何も無かったように瘴気回収を扱う。 「魔の森付近ですと、瘴気が濃いですね」 閃癒で前衛の傷を癒した菊池が、身体が蝕む様な不快さに息を吐いた。 「伊鶴さん、大丈夫ですか?」 「ええ、今は、大丈夫です」 伊鶴が拙いながらも敵を退ける傍ら、紅焔桜と瞬風波で一気に薙ぎ払った佐久間が、秋水を使い、恐るべき速さで斬り捨てる。 切られたことすら気付かないであろう、両断された多角鬼の上体が離れた。 「ここはもう良いでしょう。次!」 「はい!」 場所を移動しつつ、戦いの手は休めない――だが、足をもつれさせた伊鶴、多角鬼が攻撃せんと迫りくる。 咄嗟に横踏で回避した伊鶴の横を、菊池の放った桔梗が風の刃となって多角鬼を穿った。 グレートソードで叩き潰す、と言う戦法が相応しい井伊の戦い方は、華奢な白冷鬼をどんどんと追いつめて行く。 逃げの一手を打つ前に、彼女は咆哮で引き寄せると一気に剣を振り下ろした。 佐久間の持つ、符水と梵露丸で回復を行い、戦線を維持しながら、次第に日は落ちて行く。 聖堂騎士剣で、敵を叩き切った雪切の前で、塩が風に乗って舞い踊る。 誰ともなく、空を見上げれば、牡丹雪がゆっくりと落ちて行くのが視えた――気がつけば、ひたすら戦い続けて夕暮れ。 「伊鶴君、立てる?」 力はあるから、背負ってあげるわよ、と井伊が声をかけるが、顔を真っ赤にして伊鶴は首を横に振る。 「そ、そんな、本来なら女性を背負う立場ですから!」 小さな男気。 それにクスクス、と井伊は笑う――身体は疲れ切っている筈なのに、開拓者は顔を見合わせて笑いあった。 「じゃあ、行きましょうか」 「そうですね――50も退治すれば、大丈夫でしょう」 大成功と呼べるだろう……前後の職の違い、それぞれの特性を活かす事。 何より、しっかりとした下準備が、成功に導いた――仁生で、瘴気感染の治療を行いながら、思考を巡らせる。 「(目的を、しっかりと。皆さんへの、感謝を忘れずに……力だけじゃない、僕が、出来る事)」 雪切がスケッチブックを、開拓者ギルドに預ける。 「此れが、現在魔の森付近の状況です」 ――彼等の小さな気遣いが、仁生を復興へと導くのだ。 無事に帰って来た伊鶴を見て、有為は目を通していた書類を伏せる。 「無事に終わりました。……僕は、姉上に認められたい」 それが、第一の目標です。 そう言って、伊鶴は確りと、有為の目を見る――嘗ては、目を逸らす事が常だった弟。 少しずつ、成長している事を知る。 「ならば、努力を怠る事のないように」 有為はそう口を開き、書類に視線を落とすのだった。 |