【負炎】迫る遠吠え
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/09 12:41



■オープニング本文

●敗者と勝者
 何故、こうなったのだろう‥‥
 喉が灼けるような気がした。
 肺が悲鳴をあげている。
 裸足の足は泥で汚れ、硬い石が傷つけたが、それでも走らねばならない。
 どうか――間に合って!
 後ろからは獲物を前に、歓喜の声をあげる狼の姿をしたアヤカシ達の遠吠え。
(「あたしだけじゃ、太刀打ちできない――!」)
 どれ程走ったのかも彼女にはわからなかった。
 目の前が暗くなる、足もギシギシと不協和音を奏で始めた。
 彼女は、また、思う。
 何故、こうなったのだろう‥‥と。

●陰鬱な音が降る
 その日、現れた受付員は随分と疲れているように見えた。
 依頼内容を述べる声にも覇気が無い。
「剣狼、10数体程を倒していただく事になります―――それ程個体は強くはないのですが、連携すると厄介ですね、数も多いですし」
 そこで受付員は口をつぐみ、重い口を開いた。
「駆け出しの開拓者4名が怪我を負ってます。どうやら、腕や足を斬られて返り討ちにあったようですね。一人が、ギルドまで辿り着き、ギルドの方で救助させていただきました。彼女からの情報ですが、近くに洞穴がありそこを敵は根城にしているのではないかと。後の憂いを絶つためにも、その洞穴も調べておいて下さい。尚、一際大きな狼を目撃したとの事です」
 受付員の口からため息が漏れる。
 心配で仕方が無いと、表情にしっかり表れていた。
「森での戦闘が予想されますが、前回の開拓者達は近くの村に誘い込んで戦ったようです―――巫女が1名、弓術士が1名、志士が2名でした。参考にして下さい」


■参加者一覧
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
レフィ・サージェス(ia2142
21歳・女・サ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
月(ia4887
15歳・女・砲
夏葵(ia5394
13歳・女・弓
不知火 凛(ia5395
17歳・女・弓


■リプレイ本文

●くすんだ灰
「アヤカシを狩るが使命の開拓者とて、負ける事もある‥‥ですか」
 同じ徹は踏まないようにしませんとと、付け足しつつ斎 朧(ia3446)が罠を横目で見ながら美術品の女神の如き微笑を浮かべる。
「そう、ですね」
 その言葉に頷いたのはレフィ・サージェス(ia2142)彼女は先ほどのギルドでのやり取りについて考えていた。
(「お辛いでしょうが‥お話いただけますでしょうか?」)
 後の憂いを絶つ為に行った彼女の行動、それに非があるわけではない。
 だが、叩きつけるように叫ばれた言葉は、彼女の心に深く残っている。
(「わかってるなら聞かないでよ!」)
 その優しさ故に悔いる彼女の肩を雲母坂 芽依華(ia0879)が笑みと共に叩く。
「気に病むのはあきまへんえ?」
「知恵のある狼の群れか、厄介な事だね」
 罠を設置していた不知火 凛(ia5395)が罠の具合を確かめつつ、呟いた。
「こちらも、終わりました。初依頼から大変な事になりました‥‥」
 設置を手伝っていた夏葵(ia5394)も頷いて、友人である篠田 紅雪(ia0704)に視線を送る。
 その視線に頷いて篠田は口を開いた。
「‥‥では、行こうか」
「じゃ、じゃあ‥‥咆哮、使いますね」
 那木 照日(ia0623)がそう、口にして、固まる。
 他の開拓者も何か感じたのか、警戒態勢を強めた。
「その必要、ないみたいだね」
 月(ia4887)が静かに呟いて己の得物を鞘から抜く。
 雲母坂の黒曜石のような瞳が見開かれる―――心眼。
「敵は6体どすえ‥‥村に2体、森の東に2体、北東に2体」
「村の中か‥‥」
 篠田が呟く‥‥警戒は常に怠らなかった。
 それは彼女を初め、開拓者たち全員が理解している。
「においでバレたのでしょうか‥‥」
 サージェスの言葉に、苦笑を浮かべ那木は口を開く。
 獣じみた咆哮‥‥空気を震わせ、鼓膜を刺激する戦いの声。

●響き渡る剣戟の音
「さあ、ご挨拶です!」
 薄汚れた灰の毛並みの狼が那木に向かって一直線に向かう。
 罠を軽々と飛び越え、首筋に噛みつかんとしたところを、横から不知火が射抜く。
 猟師達に鍛えられたその弓術は、攻撃の為に隙を作った剣狼の胴体を深々と刺さる。
 鷲の目を使うまでもない。
 しかし、剣狼も負けてはいない。
 己の身体から剣を生み出しては受けに回った那木の刀とつばぜり合いを起こす。
 一歩退いて、真横に刀を振るった那木は腕を斬られたものの、敵の胴体を切り裂く事に成功する。
「メイドのレフィ・サージェスと申します!皆様方のお相手はわたくしが勤めさせて頂きます!」
 しなやかな腕から繰り出される斧の重い斬撃に向かってきた剣狼が吹っ飛ぶ。
 爽やかな風が那木を包み、その背後では斎が微笑む。
 神風恩寵、巫女の使う癒しの術。
「(散々人を斬ってきたんだ。罪滅ぼし・・・いや、免罪符だな)」
 月が斬り伏せた剣狼を見ながら、心の中で静かに呟く。
 その瞳は、水面に映る月のように静かだ。
「あたしの周りではもう誰も死なせません!」
 夏葵が言い切っては、強い意志を湛えた瞳で疾走する剣狼に矢を放つ‥‥1本、2本―――3本目が瞳に命中した剣狼は見えないながらも夏葵の懐に入り、切り裂こうとして、雲母坂の炎魂縛武を伴った刀に斬り伏せられた。
「おなごを狙うなんてあきまへん―――オシオキどすぇ」
「片付いたな―――殿は、洞窟か?」
 篠田の言葉が開拓者たちの思いを代表していた。
 既に太陽は中天に昇っている。
 襲ってきた剣狼が先発隊だとしたら、帰ってこないと理解して、動きはしないだろう。
 だが、森の中は敵の庭。
 ―――膠着状態に、一石を投じたのは不意に現れた灰。
 アヤカシ以外の何物でもない。
 貪り喰うのは、肉の付着した大腿骨だ。
「誘われているね」
 月は金色の瞳に怒りを宿した夏葵を見て、懸念を口にする。
 理解と同時に、怒りが混ざる―――不知火はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「どうやら、待っていても来ないだろうね」
「仕方がありません―――気をつけながら参りましょう。‥‥先発隊よりも、人数も多いですし、全員で動けば安全でございましょう」
 サージェスの提案に各々は頷く。
「では、加護結界をかけておきましょう」
 斎の言葉と共に包まれる守護の光。
 準備は整った―――それを知るかのごとく、灰色の狼は不意に森へと入っていく。
 尾を揺らしながら、ゆっくりと‥‥‥しかし、次の瞬間には、不知火の射た矢に倒れることになる。
「案内してもらわなくても、場所は知ってるよ」
 冥土の土産に、と、夏葵も矢をつがえた。

●洞穴の王者
 洞穴への道のりは思ったよりも整っていた。
 以前は猟師なども利用していたのだろうかと、不知火は考える。
「随分と‥‥整った道、ですね」
 それすらも招かれているような気がして、那木は気味悪そうに呟く。
「そうですね」
 対する斎はいつもの微笑みを崩さない。
「‥‥心眼で見てみようか」
 奇妙すぎるほどの静寂。
 時折揺れる木々の音。
 月の静かな赤の双眸が捉えるのは、6体と、1体の、アヤカシ。
 王者のつもりなのか、微動だにせず待ち受けている。
「どうだった?」
「7体」
 篠田の問いかけに、月は簡潔に答える。
「此方は8人、きばりますぇ」
 雲母坂が微笑みと共に元気付ける。
 その言葉に、各々は頷いて進行方向にある、洞穴を見た。
 内部は見えないものの、その場所に敵がいるのは自明の理―――距離は約30m
「‥‥咆哮、使いましょうか?」
 那木の提案に、暫し考えるが、開拓者達は結局敵地に踏み込む事に決定した。
「ふみゅぅ‥‥。置いていかないでください」
 置いていかれそうになった夏葵が慌てて篠田の服を掴む。
「置いていくつもりはないが‥‥」
 何処となく、張り詰めすぎた糸が緩み、一瞬ながらも、暖かい雰囲気が開拓者達を包み込んだ。

●銀色と、灰色と
 洞穴の中は酷く湿っていた。
「帰ったら服を洗わないといけませんね」
 サージェスがそんな事を呟きながら、暗い洞穴内に目を凝らす。
「松明、持ってきたほうがよかったね」
 月も同じく、気配に注意して、歩いていく。
 ヒヤリとした洞穴の中は、意外と狭い‥‥そんな中、咄嗟に動いた月の刀。
 響き渡る金属音。
 灰色の狼‥‥剣狼と、そして一際大きな銀色の狼。
「でかいな‥‥しかし、優美さがない。その姿を取る必要なぞ、無かろうにのぅ?」
 口元を歪め、呟く篠田。
 疑問に思うも、考える隙はないとばかりに疾走する銀色の王者。
 真っ先に狙われたのは夏葵だった‥‥本能か、否か。
 背後に位置するものが後々脅威になると、知っているのか。
 不知火が矢をつがえて援護し、サージェスがその斧を振るい、強打で叩きつける。
 しかし、狭い洞穴の中では思うように動けない。
 雲母坂も炎魂縛武を使い、剣狼たちを斬り伏せる。
 受け流しては、斬り、そして斬られ―――個々の戦力は大したことがない。
 理解しつつも、一つが懐に入り、それを払いのけては横から攻撃される。
「―――皆さん、さ、避けて!」
 那木の地断撃―――大地を割く刀と、衝撃波で飛ぶ剣狼達。
 形勢は逆転した。
「逃がしませんぇ?」
「逃げられると思うなよ?」
 篠田と雲母坂の攻撃。
「怪我はいけませんね」
 斎が呟いては、神風恩寵をかける。
「これで、終わりです!」
 サージェスが両断剣で銀色の狼を切りつけた―――傷を負い、それでも立ち上がり、サージェスに向かってくる。
「サージェス様!」
 夏葵の言葉と共に、銀色の体から鋭く剣が生み出される。
 それを、サージェスは斧で受け止め―――その背を夏葵の放った矢が刺さる。
 絹を裂くような悲鳴が、聞こえた。
「可哀想に‥‥」
 思わず那木が呟くほど、人間じみたその悲鳴。
 完全に勝敗は決した。
 傷を負いながら、洞穴から出て行く狼達。
 しかし、それを見逃すほど開拓者達は甘くはない‥‥不知火が弓を放つ。
「確かに、哀れ、ですね」
 淡々と斎が呟く。
「そうだな」
 篠田も頷き、残党討伐の為に動く。
 逃げる、追う‥‥不知火と夏葵は弓で援護射撃をする。
「オシオキですぇ!」
 雲母坂が優美に微笑んで、刀を振るう。
 倒れ臥す銀色は、とうとう動かず―――散り散りに逃げていく剣狼。
 王を失った歩兵は脆かった。
 攻撃に倒れていく剣狼達‥‥その中で、たった一匹が、一匹の前に入りこみ、仲間を盾にする。
「醜いね」
 不知火の放った矢が前面にいた剣狼を捕らえ、その一匹は疾走し、森の中へと消えた。

●茜と紅
「終わったか‥‥」
 篠田が呟く。
 雑魚は逃がしたものの、大将は討ち取った。
 些か頭は回るようだが、それほど脅威になるとは思えない。
「そうですね、もう、いないようですし―――」
 斎も周囲に視線を巡らせ、頷く。
「そう言えば、その姿、とは?」
 夏葵の疑問に、篠田は苦笑して言葉を紡ぐ。
「さて、何ゆえにかな‥‥」
「此れは―――」
 先に奥に入ったサージェスは、小さな首飾りを拾い上げては、傍らの骸に視線を移す。
 そして、故郷の祈りを呟いた。
「狩っては、狩られる、ね」
 皮肉めいた言葉を不知火は口にする。
「此れは貰ろて帰りましょ、遺族に渡してあげたいわぁ」
 雲母坂が呟き、傍らに落ちる得物などを拾い上げていく。
「どれ程の人が、犠牲に、なったのでしょう‥‥」
 那木が呟き、顔を伏せる。
「でも、被害は、止まった」
 月が顔を伏せる那木を見て呟き、目を閉じる。
(「少しくらいは、人の為に‥‥」)
「夕焼けが、綺麗、ですね―――」
「少々赤すぎる気もしますが」
 欠損の酷い遺体を土に埋め、洞穴を出る。
 赤く燃えるような太陽、そして、洞穴の暗い紅。
 夏葵の言葉に、斎は苦笑しつつ、言った。
『行こうか』
 そう、促したのは誰だったか。
 ひっそりと、決意する‥‥ここで、命を終えた開拓者の倍も、生きる。
 命を背負うとは言わなくても、それが、なすべき事。

●涙と共に
 開拓者ギルドに戻ってきた開拓者達。
 遺族だという人物に、最期の姿を聞かせ、遺品を手渡す。
「あなた達は、生きて、おくれよ」
 言外に、何故、あの人、あの子が―――
 そう、紡がれる‥‥それを感じながらも、深く、頷く。
「ありがとう、ございます」
「でも、一匹仕留めそこないました」
 サージェスの言葉に、あの時、依頼を紹介した受付員が首を振る。
「被害は、食い止められました、から―――こうして、形見も、持ってきてくださった」
 深々と頭を下げて、一拍おいて嗚咽が聞こえる。
 悲しみは、尽きることがないのだろう‥‥それでも、この依頼が、一つの悲しみの芽を摘んだ事を、祈って―――
「どうか、眠れ」
 闇に沈んだ空を見上げ、月は呟く。
 過去は変わらないけれど、未来は変わると、信じながら‥‥