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■オープニング本文 ●昔話 酷く寒い日だった。 醜い灰色の雪の中で、綺麗な赤が映えていた。 「貴方は、止めをさせないでしょう――ねぇ?」 私が好きでしょう……そう言って、彼女は笑った。 一族を裏切り、同胞を亡骸を踏みしめながら、それでもその女は艶やかに笑っていた。 さようなら、と、手の中から飛来した針……それを弾き飛ばしたのは、艶消しを施したクナイ。 続いて、複雑な軌道を描いて銀線が女に突き刺さった。 「――貴女は甘い、武器には毒を塗っておくものです」 殺す気なのか、と顔を上げた男に女は無表情で口を開いた。 「貴方に説明する、義理はありません」 それは、一族に伝わる技――グッタリとした女を抱きしめ、乱れた髪を梳いて男は抱きあげた。 「地下牢に放り込みましょう」 「……そんな!」 「バレては拙いものなんですよ、それに、最早、貴方は私を止める事が出来ない」 貴方の甘さが引き起こしたのでしょう、と亡骸の上で女は嗤った――その嗤いに寒気がしたのを良く覚えている。 行きましょう、そう言って身を翻した女の髪には、金の髪飾り。 ●今の話 ――慶瓜が、地下牢から逃げ出した。 「その話に違いはありませんね?」 緊急で入ってきた報せに、北條・李遵(iz0066)は相変わらず表情のない顔で問いかける。 「問いかける必要性は、感じられません」 そう返答すれば、目の前の上司が鼻で嘲笑う。 「そうですね、貴方は木偶でした。……何かあれば、貴方の責任です」 捕えなさいと声を出した李遵の顔が一瞬逸れる、その不意を突き逃走を図ったところで彼、藍玄(あいげん)は崩れ落ちた。 「毒を焚いています、解毒剤は此処に」 地味な装いに似つかない小瓶、貴重なものなのだろう半透明の瓶はかなり高価なものだと回らない頭で考える。 「り――気を、つけ……」 名前を呼ぶ声が掻き消えるのを、ただ聞いていた、李遵の衣服が翻る。 長く伸ばした紫の髪の先にいつもとは違う金を見つけ、かつて、彼女が登りつめるまでの長きに渡り使用していた髪飾りだと視認した。 「貴方が、それを言える立場ですか、藍玄?」 毒の進行を遅らせなさい、と竹筒を他の部下に手渡す李遵の背を負った彼は、やがて力尽き意識を手放す。 次に、目覚める事が出来るのかは相変わらず分からなかった。 ●追い、追われる 陰殻開拓者ギルド、舞いこんだ依頼は酷く簡潔なものだった。 『アヤカシ1体の捕縛』 始末ではない内容に首を傾げる者は多かったが、面倒そうな上に報酬が多いとは言えない。 加えて、受けてからの情報と保険金……面倒だ。 詳細にアヤカシの姿も書かれているが、女性型とは言えアヤカシでは意味が無い。 思考の表面を滑り、消えていく。 時折依頼人について質問する者もいるが、地味な男が依頼人となればお近づきになる気も無い。 その地味な男……否、男に顔を変えた女、李遵は天儀酒を口に運ぶ。 貼りだす事に利点など無いだろう、部下を走らせ北條の中で始末してしまえば簡単に済む。 「何故でしょうかね、昔の血が騒ぐんですよ……」 一人呟き彼女は顔を上げる――ああ、手引きした相手も探さなければなりませんね。 考えつつ、金の髪飾りで髪を纏め上げながら個室を借りると静かに奥へ消えていった。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
香緋御前(ib8324)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●月の下で 煌々と空に輝く満月は、地上に光を投げかけている。 デコボコとした獣道は、時折暗い闇を孕んでいた。 長谷部 円秀 (ib4529)の縄と網を貸して欲しい、と言う申し出に、緩慢に頷いた依頼人、北條・李遵(iz0066)は元よりそのつもりであったのか、荷物から縄と網を差し出す。 「縄と網はあくまで、補助にしかならないでしょう。その力量、期待してますよ」 「(話しかけない方が、よさそう)」 何時もとは違う李遵の様子に、水月(ia2566)は挨拶を済ませようとして、ギュッと自分の手を丸め、逡巡した。 ハチャメチャな人物であったが、このような、殺気と呼べる空気を纏う人物ではなかったと記憶している。 「(本当は、もっと丁寧に挨拶したかったけど……何があったのかな。でも、李遵さんは悪い人じゃないから)」 「えっ、保険金……お金足りるかなぁ?」 財布の中身を覗いた天河 ふしぎ(ia1037)が、冷や汗を浮かべつつチラリ、と李遵へ視線を移した……成否に関わらず、と言う事は形式だけかもしれない。 「成功すれば、お返ししますので問題ありません。大切な物ならなんでも、そのゴーグルでも構いませんが」 天河が、幼い頃に逢った空賊の船長愛用のゴーグル、それは約束の印――『とんでもない!』と彼は首を振った。 「大丈夫、払える、払えるって!」 「その調子で、頑張って下さい」 ……どの調子なんだ。 そのやり取りをモノクル越しに、冷静に見つめるのは溟霆(ib0504)は、依頼人と請負人、北條の頭がアヤカシをどうしようと関係ない。 あくまでドライな思考、そして冷静な瞳が見つめるのは、入り込み過ぎると確実に咲く、真っ赤な血の華――美学と呼べるものではない以上、彼自身、深入りする気は無い。 「逃げ出しおって……全く、手間のかかるものよの」 ため息を吐き、肩を竦めた香緋御前(ib8324)に、全くです、と感情のない言葉が返ってくる……ゆらりゆらり、尻尾が揺れる。 「とは言ってもー、お仕事なんですよねぇ」 香緋御前と同じく、地縛霊の対処を行うカンタータ(ia0489)は間延びした口調で、決戦の場所へと歩を進める。 「(しかし、アヤカシの捕縛……。これはまた、奇っ怪な依頼ですね)」 同じく、夜を疾走する秋桜(ia2482)は、チラリと李遵へ視線を向けた――依頼人もまた、怪しい。 だが、一度請け負った以上、完遂せねば此方が痛手を被るだけ。 思考を切り替えて、目の前の事に全力を尽くす――八つの影が、疾走する。 思いは違えど、同じ目標を持って。 肉を持つアヤカシであれば、足音や空気を切り裂く音……それが生じるのはごく、当たり前の事。 超越聴覚を使用した天河が、小さくも鋭い声で開拓者達に注意を促した。 敵襲を察知した、少年の横顔は硬い。 「気を付けて、そろそろ慶瓜が近くにいるよ」 砂利を踏みしめる音は、小さすぎて超越聴覚を持つ天河でなければ、聞く事は不可能であっただろう。 瘴気は、近づく度に濃く、不快な色を纏ってくる。 「オオオォォオオオ――」 霧状であった、地縛霊が戦慄いた。 恨み辛みをぶつけるような呪声、響き渡る不協和音の中で、水月が霊鎧の歌を扱う。 キラリキラリ、燐光が舞った。 「射程に入りました、攻撃を開始します」 早駆で一気に距離を詰めた秋桜を引きはがそうと、慶瓜が動いた。 秋桜の白い手裏剣を手持ちの忍刀で弾き飛ばし、幾重にも分身してみせる。 ――幻惑か、或いは、そう言う術なのかもしれない。 5つに分かれた彼女の肉体から、シュウシュウと瘴気が強く立ち上っている。 特に、右手と右足は瘴気が濃く、触れると悪寒が背をかけぬけた。 「厄介ですね、どれが本物か……」 白い輝きと澄んだ梅の香りを纏わせ、長谷部が拳を繰り出した――それを身体を捻る事でかわす慶瓜。 そのまま踏み込み忍刀を下から逆袈裟へ、振りあげた。 手元を払うようにして、その攻撃をかわし、足払いをかける……闇が伸びる、やれやれ、と言う表情の溟霆から伸びた影は、慶瓜を捉えていた。 「全く、北條のお頭はどれが本物かわかるかい?」 「一回、ぶっ飛ばして見て下さい。あの子の『技』はそれで解けます……」 ――やはり、何か関係があるのだろう。 捕縛しろと言った上に、次はぶっ飛ばせと言う。 ちょいちょい、と李遵の服の裾を引っ張って、じぃーと見つめる水月。 「解術の法は?」 伝わらない事を察したのか、慌てて言葉を付けたした水月に、難しいでしょう、と李遵は答えを返した。 「あの、此れって、オーバーキルした場合は?」 「しないように、頑張って下さい」 天河の言葉に、平然と答えて見せた李遵が出来るでしょう、と言外に告げる。 やれやれ、と回り込んだままの天河が一気に奔刃術で膝を叩きこんだ。 ギシ、と音がして、消え去る慶瓜――否、幻術。 後背から迫って来る別の慶瓜を、流星錘で牽制する……その後ろから秋桜が手裏剣「鶴」を投擲した。 足に刺さった白い手裏剣は、瘴気の名残を遺して地面に落ちる。 ●屍の山の記憶 「しかし、多いのぅ。感謝せい、妾がお主らを調伏してやろうぞ」 皆の補助であると位置付けた香緋御前は、呪縛符を扱い、地縛霊へ放つ。 軽く弾かれた術だが、二度目は成功した……そのまま斬撃符で切り裂く。 手に6枚の符を持ったカンタータが、金色のヤジリをイメージした霊魂砲を放った、オォオオオオオ! 響き渡るのは怨嗟の声。 「――っ!」 ピクン、と身体を震わせて、水月はカンタータへと解術の法をかける。 「ありがとうです〜」 カンタータの言葉に、頷き更に霊鎧の歌をかけていく。 『オオオオオオオ!』 そんな水月の中に、響き渡る呪声――何故、どうして、と彼等は自身の痛みを訴えてくる。 否、アヤカシである以上、そんな記憶などどうでもいいのかもしれない、ただ、餌を絡め取る為の手段。 だが、此処で築かれた屍の山と、流れた血と、怨嗟を地縛霊は語った。 酷い痛みに、屈みこむ。 「大丈夫かえ?」 治癒符を使い、香緋御前が水月を安心させようと声をかけた――その言葉にコクン、と頷いて無事を伝える。 「しかし、こう、数が多いと――どれ、呪縛符をかけていく故、後は頼んで良いかえ?」 「了解ですー、まあ、ボク達はどんどん攻撃しちゃっていいですしねぇ〜」 自然と背を併せ、香緋御前が陰陽符を構える、幾らでも湧きあがってきそうな錯覚すら覚える敵は。 霧状になってまだ、姿を見せてはいない……尽きるのか、自分達が力尽きそうな錯覚すら覚えた頃に、声が届いた。 「多いでしょう。それ程までに、此処では血が流れました」 アヤカシか、それとも人間か、どちらに味方しているのか、聞き辛くすらある平坦な声で、依頼主は告げた。 「オォォォオオオ!」 呪声が頭に響いて、感情をかき乱す――集中し、そして呪縛符を放つ、何度も。 「一斉射撃です〜、ちょっと違いますか?」 6枚の符を、一つ一つ霊魂砲へと変じて、カンタータは地縛霊を撃ち滅ぼす。 時折場所を変え、恐慌に震えた二人を支えるのは、水月の霊鎧の歌と解術の法だ。 次々と負傷を負っていく味方へと、閃癒をかける。 ユラリユラリ、吹いた風が水月の持ったランタンの炎を揺らした、開拓者と、慶瓜の影が不気味に揺れて地面へと映る。 「大体は、片付けたかの?」 「そうですね〜、でも、聞いていた数からは少ない、かもですよー」 つぃ、と慶瓜を相手取る開拓者を見れば、接戦と言うべきか――踏み込んだカンタータの足に、地縛霊が湧きあがる。 「ふむ、援護に行った方がいいかの」 呪縛符で動きを止め、弾かれた術に厄介な、と何度目かの呟きを落とした銀狐は斬撃符を放つ。 肩で息をし始めた開拓者へ、治癒符も放った。 ●崩れる 裏術・鉄血針の印を結び、溟霆が分身を打ち破った。 「やれやれ、随分と手間をかけさせてくれるね」 続けて、秋桜の忍刀「蝮」が円を描き、慶瓜の足を切断する――二刀目を放とうとして、その分身は瘴気へと戻る。 慶瓜は虚ろな眼差しで、開拓者達を見ている、だが、その奥に深い憎しみと嘆きを見た気がして、天河の手が止まる。 ――哀しい瞳だと、思った。 すぐさま、水月が解術の法を紡ぐが、それより早く、ニンマリ、と紅い唇が笑みの形へと変えた慶瓜が、銀色の針を放つ。 鋭い針が突き刺さり、天河は魅了されたまま身体で受けとめた――水月の解術の法を受け、反撃とばかりに流星錘を振り回す。 ダンッ、と地面を叩くが、軽く慶瓜は回避し、殆ど形状を求めていない足を扱い、開拓者勢へと突っ込んで来た。 「殺せないでしょう、ころせないでしょう――っ?」 響き渡る呪詛めいた声は、甘い毒のような響きを持っていた。 「……!」 まるで脳内を掻きまわされたような、不快な音に秋桜は眉をしかめ、そして後ろへと下がる。 周りに聞こえないように、小さく舌打ちをした。 数の利は、開拓者にある――先程まで、地縛霊を片付けていた開拓者達も合流した。 「あの方の為――負ける訳には行きません!」 思い起こす忠義と、そして淡い思い、何故、今、そんな事を思い出したのだろうと疑惑が頭を持ち上げたが、直ぐに目の前の戦闘へと引き寄せられる。 忍刀を持ち、一気に距離を詰める――接近、慶瓜の放った銀色の針が交差する。 瘴気が音を立てて噴出した、銀色の針は鋭く、秋桜の身体を穿ち、彼女は手から得物を取り落とした。 だが、その為に生じた攻撃の隙を見逃す開拓者ではない、虎視眈眈と気を狙っていた長谷部が、拳を繰り出す、と思えば後ろへ避け、慶瓜の手裏剣をかわす。 黒い影が伸びる、溟霆の影縛りを退けた慶瓜は、身体を低く縮める事で溟霆と長谷部の攻撃から逃れた。 意図しない同士討ちになった二人、拳と、忍刀が交差した――満月が照らす空に、紅い血飛沫が舞い散る。 忍刀を返す手で、溟霆の入れた一撃は印を紡ごうとした慶瓜の指を切り落とした――だが、痛みを感じる事も無いのだろう、慶瓜は、あまりに不利な状況に逃げの一手を打つべく、夜を使い開拓者達から離れようとするが……愚策。 早駆や瞬脚と言った、移動スキルを持つ開拓者に追いつめられる。 「刹那の時で、縄の動きは自在に変化するんだからなっ!」 流星錘で、慶瓜を足止めした天河がギリリ、と縄を引いた――カンタータの霊魂砲が、慶瓜を穿ち、香緋御前の呪縛符が動きを止める。 圧倒的な戦力差、とうとう、慶瓜はその場に崩れ落ちた。 ●絡め取る 下から睨みつける青い瞳は、憎しみを塗り込めたような澱んだ色をしている――近づけば尚、感じる事が出来る。 依頼主である、李遵にとても、よく似ていた――瞳も、髪も、膚も、目の奥に広がる澱んだ闇も。 ……と言えども、今の顔が生来の顔なのか、それすらわからない人物であるが。 白梅香を当て、縄と網を使って動かないように、と長谷部が最後の仕上げを行う。 縄でぐるぐる巻きにされた慶瓜は、もがき、怨嗟の声を吐いたがその力は弱々しい。 「皆の者、ご苦労じゃった」 治癒符で傷を治しながら、香緋御前が満足そうに口を開く。 喜びでか、銀色の尻尾も同じように揺れ、満月の下で神々しい雰囲気を纏っていた。 コクリ、同じように頷いた水月が、視線を移す。 離れた場所で、見物と洒落こんでいた李遵は、そそくさと戻って来て手伝う様子も見せず、じぃ、とその様子を観察している。 その髪には、金色の髪飾り、慶瓜には、銀色の髪飾り。 「(この2人何か関係有るのかな?)」 錘を巻き取りながら、天河が視線を向けた、二人の髪飾りは同じ形状をしている。 偶然とは、言い難いだろう――奇怪な依頼に、共通する髪飾り。 「そう言えば、何時もと違うのですね。意外と似合ってますが」 やっと捕縛を終えた長谷部が、李遵の髪飾りを見て口を開いた。 「貰い物ですよ、ずっとずっと昔の、過去の遺物です」 それ、担いで来て下さいね、と慶瓜を指さし、そして長谷部へ口を開く李遵――うわぁ、と天河が声を上げた。 が、それが間違いだった。 「天河さんと、二人で担いでも構いません。今、護衛付けてないんですよ」 面倒なので――と口を開き、じゃあ、付いてきて下さい、と李遵は彼等に背を向けた。 軽い殺意を感じたが、無報酬の上に保険金まで徴収されている……始めから、このつもりだったのだろうか。 長谷部と天河は、顔を見合わせ、仕方がない、と暴れる慶瓜を抱えあげた――何時、縄が切れるかわからない状況で、運ぶと言うのは肝が冷える。 「ああ、そうでした」 もう一重、李遵が網の上から白い糸を這わせる――その糸はまるで蜘蛛の糸のように、満月の下で煌いた。 ●貴方に捧げる贈り物 解毒剤を含んだ接吻に、酷い眩暈と不快感、そして……懐かしく無邪気に笑う『あの人』の姿を見た気がして、男は瞬いた。 だが、それは所詮影、光に対する闇である。 解毒剤を飲ませた人物は『処罰が必要です』と爬虫類のように感情の無い瞳で言った。 目の前には、右手右足を失った、アヤカシ――既に力は殆ど無く、今は女の糸で縛りつけられている。 無言のままの男に、女は珍しく嗤ったようだった、もがくアヤカシの顔は女の顔。 女はアヤカシの額に接吻し、嗤う、まるで同じ人物が接吻しているようだ、長い三つ編みが肩を滑り落ちる。 「彼女は、慶瓜です。私が、李遵――さあ、貴方の手で、慶瓜を殺して下さい」 殺せませんよね、と嘲笑する声は、昔、嗤う声と同じ物だった。 その瞳には、憎しみが宿っていたのかもしれない……男は動かない、女は焦れた様子も無く、平坦な瞳で様子を見ている。 「うわぁああああ!」 男は悲鳴を上げ、目を閉じて、忍刀を振りあげ、アヤカシへと突き立てた、満足そうに嗤う女。 「――慶瓜」 「貴方が殺したんですよ、私は、今の瞬間をずっと、夢見ていました」 男は泣いたのかもしれない、女はただ、嗤う。 「貴方が、慶瓜の影を私に重ねるのは、自由です」 でも、もし、慶瓜がいなければ、私を愛してくれましたか……? 口になどせず、ただ、女は忠誠だけを吸い上げる、男の瞳に、李遵と言う女は映らない――永遠に、慶瓜の姿のまま。 李遵は未だ、演じ続けるのだ、慶瓜の影武者を。 カラリ、障子が開いて部下が低い声で告げる。 「例の物の製造方法が、流出しました――!」 「でしょうね。とは言え、報告ご苦労です、下がりなさい」 男はまだ、啜り泣いているようだった、女は、血濡れのアヤカシに二度目の口づけを落とした。 もう、自分に逆らう事のない、屍へ。 歪な関係は、ひび割れ、音を立て、割れていく。 |