【嫁】遁走
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/18 10:33



■オープニング本文

●噂の尾ひれ
「聞いたか」
 人気のない庭の奥で、どこかの茶店で喧騒に紛れて、こそこそと会話を交わす者が増えたのは、それからしばらくしてからのこと。
「聞いた。芹内王の縁談話であろう」
 ある者は嬉しげに、またある者は苦々しげに、その話題の主の名を口にする。
「お相手は高遠家の姫、千歳殿らしい。雁茂殿によれば、陰陽師として開拓者ギルドに名を連ね、悩みを持つ者達に救いの手を差し伸べる気丈にして心優しき姫だとか」
 そうして、噂は流れ、流れる。
 それぞれの思惑を孕みながら、流れは徐々に大きくなり、やがて‥‥。

●心配の種は蒔かれていた
 一度、姉の顔を見、そして床へ視線を落とし、そしてまた姉の顔を見る――。
 三度は繰り返したこの動作を、わざわざもう一度繰り返して花菊亭・伊鶴(iz0033)は漸く口を開いた。
「あの、姉上――」
「何があった」
 伊鶴の方へ向き直った彼の姉、花菊亭・有為(iz0034)は硬い表情で先を促す。
「あれから、父上の様子が」
「――歌合わせの会か」
 先日、高遠家で催された歌合わせの会は、見事なものだと聞いていた。
 芹内王は下級武士の出身、此処で高遠家の持つ『歴史』や『人脈』と言ったものを補う‥‥それを見せつける為の歌合わせではないか。
 そう、推測する有為は呼ばれたのは僥倖、この機を掴んで『花菊亭』と言う家を復興させたい。
 暫し思考を巡らすが、伊鶴が口を開くのを見、先を促した。
「歌合わせの会は、とても素晴らしかったんです‥‥ただ、一人の女性が詩を読んだ時、父上が」
 震えていたような気がします、と告げた伊鶴が、また遠い目し――やがて彼は小さく深呼吸をして、そして口を開く。
「あの、姫が――高遠・千歳さんと言う姫が、素敵だと」
 高遠・千歳と言えば、件の姫君である‥‥実質的な権力は、彼女の掌中にあり。
 言わば、敵に回したくない部類の人間だ――此処で高遠家に盾付くより、此れを機に目に留まり、芹内王の重臣と手を組みたいところだ。
 ‥‥ならば、行動は迅速に。
 件の姫を『花菊亭家』として取り返し、父を斬り捨てるか。
「秋菊、いるか‥‥?父上は今日、何処へ行くと言っていた」
 怒りを深く、息を吐きだす事で抑えて控えている秋菊へと問いかける。
「花を愛でに行くと、仰ってましたが?」
「姉上、兄上――」
 ひょい、と顔を覗かせた涙花が、顔に笑顔を咲かせてパタパタ走って来る。
 転げないように、と抱きとめた伊鶴の顔を見て、涙花が有為の疑惑を確証に持ち込む言葉を言い放った。
「新しい、家族が出来るんですって。綺麗な、お姉さんだって、お父様が――」

●千歳たんは俺のヨメ
 その男は急いでいた――『つて』で雇った志体持ちを従者にして。
 御者と衣服を交換し愛娘の持った握り飯を途中で食み、走り続けた。
 兼ねてより、小鳥のように囀り、花のように美しく蝶のように舞う、そのような噂を聞いてはいたが――あれほどまでに美しい方だとは。
 触れては折れてしまうようなたおやかな花を、自分が守ってやらねばならない。
 歌合わせの会で、お声をかけるのは躊躇われたが‥‥貴族の陰謀などに巻き込まれてしまわぬうちに。
 ――端的に言うと、妄想甚だしいのであるが、一応当人は必死である。
「花菊亭家の者です‥‥千歳様!」
 振り返る姿の、何と艶やかな事か――ああ、天儀の生んだ天女よ、私は此処におります。
「此処にいてはいけません――私が、必ずや姫をお守りしましょう!」
 何でも、齢43にして、ハーレムを築こうなんて企んでいる王なんかより、私の方がいい筈。
 その毒牙から、守って差し上げねば‥‥家格は低く、年齢は高い男の思う事ではない筈だが、その男、結構本気である。
 さあ‥‥男は踏み出した、暫く逡巡してから、無理矢理抱きかかえられるようにして千歳もその腕に身体を預ける。
 兄から貰った扇子で、顔を隠すのは忘れない――雅やかに、艶やかに。
 何時の世でも、競って求められる『花』に、人は価値があると錯覚するのだ。

 ‥‥花菊亭家の者、そしてこの暴挙――流石に当主はやらないだろう、跡取りじゃないか?
 ――と言うよりも、若い男女が手を取り合い、二人で遁走の方が楽しくない?
『そ・れ・だ』
 そんな勝手な推測と、若干の趣味を兼ねて、攫ったのは『花菊亭・伊鶴』だと噂は立ち上る。

 ギルドに火急の依頼が舞い込む。
「ええっと‥‥父親探し?」
 迷子?と首を傾げながらタダ茶を前に、問いかけたギルドの調べ役はうわぁ、と楽しげに笑った。
「いやぁ、おっとうも中々やるねぇ」
「そんな、呑気な事を言っている場合じゃないんですっ!」
 ガッと掴みかかった伊鶴に、ヒラヒラと手を上げて笑い声を上げたギルドの人間は依頼を貼りだす。
「まあまあ、落ち着きなさいってぇね」
「いえ、落ちつけませんよ――だって、周りは全員、僕だと勘違いしてるんですから!」
 あの方の耳に入ったら‥‥と青ざめる伊鶴の肩を叩き、そして思わず机に突っ伏して笑い声を耐えるのだった。


■参加者一覧
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
日和(ib0532
23歳・女・シ
ハシ(ib7320
24歳・男・吟


■リプレイ本文

●はた迷惑な男
 何と言うか、遠くから聞いている分にはとても面白い――だが、確実に周囲の人間に悪影響と残念なイメージを抱かせつつ、男は走っていた。
 腕の中に抱えるのは愛おしい姫君、麗しくそして聡明な姫。
 姫は扇で顔を隠しながら、ほくそ笑む。
「(丁度、退屈しておったところじゃ――精々、頑張ってくれの)」

 所変わって開拓者ギルド、至急と言う言葉と共に集められた開拓者の中には、勿論、町の噂を知っている者もいる。
 と言うか、芹内王ハーレムの噂に、花菊亭家跡取りご乱心の噂‥‥何処までいくんだ、この騒動。
「伊鶴さんが他家の姫君を攫って逃げた?やりかねませんよね。でも誘拐なんて、何てことを‥‥!」
 はぁ、とため息をつきながら、最近しっかりして来たと思ったのにやっぱりこの子はアホの子なんだ、と菊池 志郎(ia5584)が残念で仕方が無い、とばかりに頭を抱えた。
「いえ、攫って逃げたのは頭がぽぽぽぽーんしちゃった、鵬由さんらしいですが」
 伊鶴さんのお父上です、とどちらにしても、残念ですよね――と付けくわえながら、更に更に、やるべき事は二つと付け加える。
 鵬由さんと千歳さんの身の安全の確保、そして『鵬由さんの幻想をぶちコロす事』と爽やかに副音声を付けながら佐久間 一(ia0503)が大変な依頼になりそうです、と言う。
 人の良さそうな人物から、こうも腹黒い感じの言葉がポロリと出てくるとなんとなく、うわー、怒らせちゃったよ‥‥と思うので不思議である。
「あ、そうなんですか。つい、伊鶴さんだと――ああ、伊鶴さんは非常識な事をする方ではないですよね‥‥俺は信じてましたよ」
 佐久間の言葉に、若干眼を逸らし、菊池がぎこちなく口にした。
 どう考えても伊鶴がやったと思っていただろう、とツッコミを入れたくて仕方が無いがあり得ない事も無いような気がする。
「鵬由様‥‥女性関係に爆弾を抱えられる星の元に生まれでもされてるんでしょうか」
 一人、鵬由に(比較的)優しい(と言うよりも生温かい)視線を持つ安達 圭介(ia5082)は此れはいけない、と言い直した。
「――いや、これを星のせいにしては星に対して妙な申し訳なさが」
 そっちか‥‥まて、それでいいのか。
「日和様、お久しぶりですの」
「うん、元気そうで嬉しいよ」
 何だか、危なそうな男性陣を余所に、此方は和やかムード、一度来てみたかったのです!と興奮気味に話す末っ子の花菊亭・涙花(iz0065)の頭を撫でながら、日和(ib0532)がさっさと戻って来て貰わないと、と決意を新たにする。
 チラリ、視線を移せば姉姫である花菊亭・有為(iz0034)が、何故か矢じりを研いでいた。
「(絶対殺る気だ、この人‥‥)」
「駆け落ちって‥‥ステキ!白昼堂々?の潔さ!」
 攫われたいわー、愛よね、愛!と興奮して叫ぶ布の塊――もぞもぞもぞ、と動いて、周囲の人々がギョ、と顔を青ざめさせた。
 流石に開拓者達は、顔色一つ変えないが――とりあえず、腹をくくって近づいてみるのは花菊亭・伊鶴(iz0033)だ、今回、最大の被害者である。
「あ、依頼を受けてくれた――ぁぁあ!」
 悲鳴にエコーがかかって、何故か、ぶれた。
 攫ってみる?んふふ、とオネェなエルフ(男)であるハシ(ib7320)が可愛いわぁんと、伊鶴の頬にスリスリと頬を当てている。
「ぼ、僕には――あの方が‥‥」
 どちらかと言うと、格好いいと言われたい――。
 何だか、スリスリされた後、ずーんと落ち込んでいる伊鶴を放置して、話し合いはどんどん進む。
 北面と小競り合いの絶えない五行や、東房、勿論陰殻は除外するとなれば、遭都か北面か。
「千歳さんが美しすぎて、生きるのが辛くなったんでしょうかねぇ」
「馬に蹴られるのは嫌だけど、迷惑かけるのもどうかと思うよね‥‥涙花に家族が増えるって言ってる辺り、ヒョイヒョイ戻ってきそうだけど」
 佐久間と日和の視線の先には、矢じりを真剣に研いでいる有為の姿がある。
 何やらブツブツと唱えているのが、更に怖さに拍車をかけていた‥‥正直近づきたくない人物である。
「それにしても、高遠家からの刺客や広川院からの刺客も怖いですね――」
 高遠家、それは鵬由パパの攫って行った姫君、高遠・千歳の家であり、広川院は花菊亭家と古くから対立している家の一つだ。
「お二方を無傷で確保しなければなりませんし‥‥強敵が」
 チラリ、安達の視線の先には矢じりを研ぎ終わった有為、弓の具合を確認している。
 ああ、この人はいけない‥‥最大の敵だ。
「で、では、伊鶴さん、ご同道をお願いします。有為さんと涙花さんは――花菊亭家で待機していて下さい」
 ほら、有為さんは危険な、危険な存在ですし‥‥とは流石に言えず、涙花になだめ役をお願いしますね、と耳打ちをして菊池が得物を確認する。
 コクリ、と頷いた涙花へ、偉い偉い、と褒め言葉をかけつつ、日和も立ち上がった。
「じゃあ、あたしは北面側から目標を追う形になるわね。一ちゃん、志郎ちゃん、ヨロシクね(はぁと)」
 目に見える(気がする)ハートとウインクを飛ばしながら、ハシがテキパキと役割を決めていく。
 高遠家から、花菊亭家までの主要な道を確認し、予想される経路を割り出していく。
 佐久間、ハシ、菊池は北面の関所から、遭都の下町を。
 そして、安達と日和、そして伊鶴は遭都の上町を重点的に担当する事になった。
 事前に打診しておいた、ギルドの裏の馬の首を叩いて日和は『少しの間、世話になるよ』と話しかける。
「狼煙銃も携帯しています。何時でも出発できますよ」
「僕も、大丈夫です」
 安達の言葉と、伊鶴の言葉を受けて、日和は頷くとヒラリ、手を振った。
「じゃあ、行ってくるよ」

●北面〜下町
 北面、開拓者ギルドにて。
 まずは関所へと向かった佐久間、高遠・千歳と鵬由パパの姿形の情報を関守に伝え、北面を通過したか否かの情報を求める。
 その合間に、聞きこみを行うのは菊池とハシの二人。
 この日の北面は相変わらず、芹内王のハーレムの噂や、恋人たちの相次ぐ結婚、婚約。
 ハーレム作成反対を訴えつつ、壁を殴ってる怪しい人々が、警備兵に連れていかれたり、と何やら騒がしい。
「何が起きるのか‥‥皆さん浮かれてますね」
 ハハ、と乾いた笑いを浮かべつつ、お喋りな奥様に掴まった菊池が曖昧に頷いた――この婦人、なかなかの弁舌の才の持ち主である。
「あら、でも験を担いで清廉と長寿の象徴、菊の名を持つ花菊亭を使者に内々に意向を伝えたとか――」
 聞いた気がするんだけれど、とハシが上手く話の方向を操作する‥‥井戸端の噂話の方が楽しいわよね、と言うのは本人の弁。
 根も葉もない噂話が、真実であるかは別として、話の火種を投下しておけば勝手に広まる‥‥彼の行動は中々賢いと言えよう。
「そうそう、朝早くに二人で駆け落ちですって。もー、羨ましいったらないわぁ」
「え、では、その二人はどちらへ‥‥?」
「見てないわよぉ、でも、遭都に行ったんじゃない?」
 半ば放心状態になっていた菊池が、慌てて問いかければご婦人はとても気を良くしたらしく、ペラペラと良く喋る。
「年頃の娘がいる貴族は、揃って嫁がせようと必死みたいだし。そうそう、結婚と言えば‥‥」
 ポコン、ポコン、と馬の蹄が道を叩く――聞いてきましたよ、と手にしたメモを軽く振って見せながら佐久間が口を開いた。
「関所では、二人と思われる牛車が通過したようです」

●上町にて
 上町を歩けば、他人の眼がジロリ、ジロリ、開拓者達を見ていく。
 元々、貴族たちの邸宅が密集している場所だ、開拓者の様な服装の人物は好奇の視線を以って迎えられる。
「伊鶴様、案内してもらっても宜しいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
 安達の言葉に快く頷いた伊鶴を、ちょいちょい、と引っ張った日和が彼の大紋を指さした――正確には、大紋を彩る家紋を、である。
「こんな感じの家紋、見なかったか?」
 問いかけられた警備兵は、ああ、と頷いて視線を逸らした後、もう一人の警備兵へと口を開く。
 確か、と口を開きかけ、そして、二人の警備兵は慌てて口をつぐんだ。
「ん?」
 此れは何かある、と直感で感じ取ればずずい、と詰め寄る日和――決して言う訳には、と言う警備兵。
 だが、言う訳にはいかない、と言われたことほど言いたくなるのが、人間の悲しい性である。
 言っちゃえよ、言っちゃえば楽になるよーと日和がニヤニヤ笑いながら、警備兵へ詰めよった。
「ではこうしましょう、あなた方は此処で独り言を言う。俺達は、何も聞かずに立っている」
 これなら問題ないですよね、直接、言った事にはなりませんよね‥‥と半ば強引な提案をした安達に、ポソリ、と伊鶴が呟いた。
「いいのかなぁ――いや、これも、あの方の思いを裏切らない為の!」
 少年は目の前の事で必死らしい、超越聴覚でシッカリと行き先を聞いた日和は、じゃあ、行こうか、と身軽な動作で馬にまたがる。
 何でも、手引きをした警備員もいるとかいないとか‥‥。
 そしてやはり、と言うべきか‥‥頭の中が万年春の花菊亭家ご当主、どうやら上町で宿を取った後、物見遊山と洒落こんでいるらしい。
 今の季節、御所の庭園では美しい秋の草花が見る事が出来るだろう。
 色づき始めた紅葉や、銀杏も美しい――銀色の波を形成する、ススキも風情がある。
 あの方と、行きたいなぁ‥‥なんて、呟きを漏らした伊鶴の横で痛む頭を抑えつつ、安達は空へ狼煙銃を撃った。
 ――安達さん、あまり悩むと胃に悪いですよ。

 その頃、北面を後にした3人は下町を捜索していた。
 花菊亭大紋を身に付けた、怪しい3人‥‥3人?
 視線でダミーか、と話しあい、距離を詰める――そして。
「この件に関わったのが知れると、ギルドからの仕事が来なくなるかも」
 ボソリ、呟いた佐久間の言葉に、3人の人物が硬直した‥‥急にそわそわし始める3人に、菊池が詰め寄る。
「終わりにしましょう」
「見て、狼煙銃よ!」
 菊池が拘束した3人の事情を聞く途中、空に上がった狼煙を指さし、ハシが言った。

●逃走の果てに
 そして、鵬由パパと千歳は上町、と言うか御所の庭園にて発見された。
「風情があるのぅ」
「もう少しすれば、紅葉も色づき千歳様の唇のように、真っ赤になりましょう」
「その言葉は、今一つじゃ」
 あまあま、らぶらぶ、という言葉からはかけ離れた雰囲気‥‥と言うより、鵬由パパが一方的に惚れこんでいる状態だ。
「貴族の起こす陰謀、巻き込まれないうちに――私と、穏やかに暮らしませんか」
 ‥‥陰謀の半分くらいは、あんたの所為だろ、とツッコミが入りそうな気がするが、やっぱり鵬由パパは必死である。
 影に潜んだ開拓者達、お互い、目配せをして――鵬由パパの妄想をぶち壊しにかかる事にした。
「鵬由さん、そろそろお仕舞いです。貴方達を保護します」
「楽しそうで何より。でももう帰らないと涙花が心配するよ」
 佐久間の言葉を皮切りに、日和も続けて口を開いた。
 涙花、その言葉に反応する鵬由パパ、隠しているつもりで隠れていないが、結局のところ娘ラブのパパである。
 だが――鵬由パパは無理矢理に千歳を抱えあげ、また走ろうと足に力を込めた。
 ‥‥と言うか、走ってたのか。
「千歳さん、鵬由さんと添い遂げる気は‥‥本当にあるのですか?」
 鵬由の幻想、若くして花を散らした思い人――次こそは、守って見せる。
 守る力も無い男は、夢を見て、そして添い遂げてくれますね‥‥確信を持って、言った。
「何の話じゃ。退屈しておったからの、足にして逃避行を楽しんだだけじゃ」
 最後は、千歳の手でぶち壊された――崩れ落ちる男。
 その彼に、畳みかけるように説教が始まる‥‥安達だ。
 すぅ、と息を吸ったのは今から始まる説教の前触れ、何となく恐ろしいものを感じて、開拓者達は距離を取った。
「鵬由様!こんなことをしても、お子様達に迷惑をかけるだけです!特に伊鶴様に!というか、今ご自身はおいくつですか!!」
「そう言えば、今年、齢50に手が届く‥‥」
 そんな事は聞いていない。
「立場と年ってもんをわきまえてください!現実はそんなに甘くありませんよ!!」
「すみません」
 何と言うか、花菊亭当主、イロイロと痛かった。
「よく考えて行動しないとだよ。涙花を泣かさないように、ね」
 日和が念を押すのは、此れからの花菊亭家と高遠家の確執――家の確執に捕らわれた涙花。
 だからこそ、もう、泣いて欲しくないと日和は思いを伝える。
 そして、今回の一番の被害者は、と言うと。
「‥‥あの方に、あの方に変な誤解を。あ、でも、これを口実にあの方に会える」
 鬱陶しい位、前向きだった。
「しかし、余興の一つとは考えてもらえませんよね――」
 佐久間の言葉が、重い音を立てて地に落ちる‥‥そうですね、と菊池は遠い目をして下町の方を見。
「人の噂も七十五日といいますから、知らぬふりを通していれば多分大丈夫ですよ」
「千歳ちゃん、邸でお兄様がお待ちよ」
「ふむ、ではそろそろ帰るかの、牛車を頼むぞえ」
 せめて、邸まで――牛車の御者を鵬由パパ自ら引き受け、落涙しつつ高遠家への道へ向かう。
「とうとう高遠の姫に決めたんじゃない?花菊亭が焦って走ってたって?つまり秒読み‥‥!?」
 時折、偶像の歌で真実らしい曖昧な出来事を本当のように語りつつ、ハシも同行する。
 何となく、護衛として集まった開拓者達は、ガックリと肩を落とした鵬由パパに残念な人に向ける視線を送りつつ、高遠家へと向かうのだった。

●策略
『この度は、父が多大なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした』
 謝罪の言葉で始まる文章は、高遠家、そして芹内王の重臣である雁茂・時成へ秘匿に伝えられる。
『ただ、父は政治に使われる女性を、哀れに思っただけ――ですが、此れを機に上流志士と下流志士の確執が無くなるのであれば、我々花菊亭は、お二方に協力しましょう』

「‥‥父は、実務から離れて貰わねばならんな」
「――有為様?」
「そうでなくては、花菊亭としても示しが付かん」

 あくまで鵬由の独断である事を強調し、花菊亭の家の意向としては高遠家、そして芹内王の縁談を全面的に協力する。

「私が、男児であれば良かったのだが」
「有為様は、有為様です‥‥秋菊は、何処までも付いていきます」
 淡く微笑んだ秋菊は、曖昧な思いを心の中に押し殺す。
 主が願うのは、花菊亭家復興――芹内王に嫁ぎたいと、彼女は言うだろうか。
 縁談の話がない訳ではない、没落した今でも花菊亭の家柄は朝廷の政治に口出しできる程度の力を保持している。
 自身を手駒、として考えている事も、理解している――だが、思うのだ、どうか、幸せになって欲しい、と。

 そして、その後の伊鶴は、と言うと。
「(あの方に、せめて、歌を――)」
 中々、忘れて貰えない噂に頭を悩ませていたと言う‥‥頑張れ、少年。