【鳴鶴】既望の宴
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/26 01:14



■オープニング本文

●既望の宴
 十五夜を過ぎ、躊躇うように出てくるのは十六夜の月。 堂々と空を照らす十五夜の満月も素晴らしいが、既望――十六夜の月――のように、躊躇うような月の姿も美しい。
 昨日、貴族の間で催されていた観月の宴も終わり、賑わっていた来客も帰れば、ただ、今は、月が静かに照らすのみ。

「雲纏う 既望の月に 見ゆる妹 夢許りでも 逢ふこともがな」
(恥じらうように顔を覗かせた、十六夜の月の姿にあなたの姿を重ね、夢でもいいから逢う事は出来ないだろうか――とわたしは思い悩むのです)

 綴った言葉は紛れもない、恋の歌。 また今夜も、出せぬ歌が増えて行くのだろう。 愛しさ故に、躊躇い、まさにいざよう自分。
「‥‥でも、全て落ち着いたら」
 あの方を迎えに行きたい、花菊亭・伊鶴(iz0033)は目を伏せ、そして祈るように呟いた。 その為、既望の宴を執り行うのも一つの経験‥‥自分に暗示をかけて彼は宴の席を見回したのだった。
 妹である、花菊亭・涙花(iz0065)は、少し離れたところで月を見ている、此方は侍女である鈴乃がいるので大丈夫だろう。
 姉である、有為は父の事で――後朝の迎えの準備だ――席を外しているが‥‥緊張で固くこわばる伊鶴の横で、深く頭を下げる男。
「波鳥」
「大丈夫ですよ、伊鶴様――私から見ても、伊鶴様はここ数年で、とても成長されました」
 侍従である波鳥は、そう言って微笑んだ。 ――さあ、既望の宴を開こう。


■参加者一覧
/ 井伊 貴政(ia0213) / 佐久間 一(ia0503) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 谷 松之助(ia7271) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / スクル・ネート(ia9988) / 雪切・透夜(ib0135) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 无(ib1198) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / ミリート・ティナーファ(ib3308) / 天城 空牙(ib5166


■リプレイ本文

●既望の宴へ
 西日が地平線の彼方へ、沈もうとしていた。
 リィ、リィ‥‥鈴虫が翅を震わせ命をかけた合唱を続けている。
 秋風に揺れるススキは白い陶磁器の花瓶に生けられ、その間にはちんまりと積まれたお月見団子。
 華やかではない、だが、風情はある‥‥侘び寂びを解する者であれば好ましい、そう思えるだろう。
「――秋の香りが、しますね」
 庭の散策を、と申し出た和奏(ia8807)へ、入れていい者か――考えあぐねている侍従に首を振って、花菊亭・伊鶴(iz0033)は笑みを浮かべた。
「いらして下さって、ありがとうございます。庭は開放していますから、どうぞ楽しんで下さい」
 侍従の付き添いは、要らないと首を振り、和奏は風の音に耳をすませた。
 秋の風は悪戯っぽく、優しく撫でたと思えばいきなりの暴風にもなる‥‥風の薫りは秋の薫り。
 日が暮れた――今宵は十六夜、月が躊躇いをみせつつ、地上へと光を投げかける。

 主催側であるが、相手が開拓者と言う事で一等、素晴らしい場所に腰かけた伊鶴は何処か、申し訳なさそうに姿勢を正していた。
 だが、その様相にも落ちつきが現れている‥‥その変化に、彼を知っている者は、優しく、或いは苦笑めいた面持ちで見守っていた。
「お久しぶりです。最近は、いかがお過ごしでしたか?」
 宴会の席で、観月をさせていただきますね――と穏やかに口を開いた菊池 志郎(ia5584)も、花菊亭に縁のある人物の一人だ。
 段々、家を継ぐ人間の顔になって来た少年をどこか、感慨深く見る。
 遠くでは、彼の腹違いの妹、花菊亭・涙花(iz0065)が護衛に付き添われつつ、浮かべる舟を選んでいた。
 その目を隠す眼隠しは、存在しない――変わった、そう心の中で思う。
「変わりましたね‥‥」
 その隣で、ふ、と口を開いた佐久間 一(ia0503)も、縁の深い人物だ、菊池に頭を下げ、こんばんは、と挨拶を交わす。
「本日は、お招きくださりありがとうございます」
 菊池と、佐久間と、二人の顔を見て、伊鶴は人懐っこい笑みを浮かべて二人を迎えた。
「お越し下さり、ありがとうございます。涙花も、此処にはいませんが姉も、感謝していると思います――」
 まだまだ、口調も姿勢も幼いがゆっくりと成長しているように思える‥‥子が育つのは、早いものだ。
 そう、口にしたのは誰だったか――?
「お久しぶりです‥‥そう言えば、有為さんは何処へ?」
 此処にはいない、と話を聞いて井伊 貴政(ia0213)が問いかける。
 苦笑しながら、伊鶴は、父が起きもせず、寝もせずですから――と声を潜める。
 後朝なのだ、とも、父の手引きをしている‥‥と、流石に言えず。
 菊池や佐久間には、良く分からない風習だったが、有力氏族出身である井伊には通じたのか、ああ、と彼は成程、とばかりに返事を返した。
 主催である彼の元には、律儀な開拓者達が各々、手土産を持って訪れてくる。
「お招きいただきまして、ありがとうございます♪倉城といいます、よろしくお願いしますね」
 ペコリと頭を下げ、失礼にならないかと高鳴る鼓動を抑えるのは倉城 紬(ia5229)だ、男性が苦手――と言う事で少し距離を開けての挨拶だ。
「いらして下さって、ありがとうございます」
 他の開拓者達もある程度、挨拶が済めば後は各々で――堅苦しくはない、月を愛でる宴が始まった。

●秋の風と
 主催者自ら手にする、笛の音が細く長く、旋律を描いていた――。
 沁み入る寂しげな音色は、時折翅を振るわせる鈴虫やコオロギの歌だろうか、リィィィ‥‥震える音色は、秋の風に消えては現れまた、消える。
「‥‥みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ、ですね」
 昼は忘れてしまうあの愛おしい人の面影は、夜になって燃え上がる。
 暫く会っていない、大切な人を思い起こしながら香ばしいほうじ茶で喉をうるおし、倉城は空を見上げる。
「オオー、ブラーボー、歌が似合いマース」
 スクル・ネート(ia9988)が感激の声を上げた、口笛を吹いて全身で天儀の歌の良さを伝える。
 その無邪気な様子に、倉城は微笑する。 ウタ、ウタ、と口の中で繰り返すネートは、どういう言葉を使ったものか、首を傾げた。
「――歌は、自分の心を素直に表現する方法です」
 いつの間にか、主催席から立ち上がっていた伊鶴が、嬉しそうに微笑んだ。
 自分も歌を好むのだと、躊躇いがちに口を開けばネートがフムフム、頷いて一興、オカリナを奏でて見せる。
「芸術ハ、人ヲ結びつけるデス」
「素朴で――懐かしい音色、ですね」
 小鳥のさえずりの様だ、と口にする倉城に、ウム、頷いたネートは空を仰ぐ。
「月ハ、優しい女神ニモ、恥じらう乙女にもなるのデース」
 昨日の望月が、力強い女神であるなら、今日は恥じらう乙女のように恥ずかしげに現れる。
 恥じらう月を盃に映し、詩人は笑った。

 手酌で盃を満たす、黒い盃の中に月が揺れて、それを覗きこむ赤い自分。
 笛の音は、変わらず優しく、秋の虫の奏でる旋律は何処か物悲しく――だが。
「あるがままの音色を、歪めてしまうのは無粋ですかね」
 苦笑した井伊は、話し声や笛の音に耳を傾けつつ、酒を口にした。

「月が綺麗だな‥‥。む、そのままの意味だが?」
 餅に見えたんじゃないか?とでも、からかわれたように思ったのだろうか?
 誰ともなしに声をあげる谷 松之助(ia7271)は、クィ、と盃の中の甘酒を飲み干した。
 喉の奥を滑り落ちる液体は、個性的ではないが懐かしい。
 手酌でまた、茶を注ぎ入れれば少し変わった、人物を見かけた。

「‥‥今日は、母さんと兄さんの――」
 アヤカシの脅威は依然として、天儀を、或いは世界を覆っている。
 その暗い影は、落ちては心に深い闇として巣食うのだ――風は心の闇に吹き荒び、荒々しく痛みを与えては通り過ぎる。
 秋の七草に、月見酒、茶菓子に団子を用意して‥‥風に吹かれ天城 空牙(ib5166)は立っていた。
 死者は何処へ行くのか、それは何時も人々が問い続ける事‥‥その先は見えないとしても、此処に帰ってきていると信じて彼は語りかける。
「お帰り、母さん、兄さん‥‥オレ、父さんと同じ、開拓者になったよ」
 同じ‥‥繰り返したのは、目指す父の姿、瞼を閉じれば浮かぶ姿、無力さゆえに、届かなかった手も。
「まだ父さんみたく強くないし、迷惑かけてばかりだけど父さんの息子だって言えるようになるから」
 誘いを貰った時、彼が悩み、それでも来たのは、母と兄の菩提を弔うためである。
 広く、月の見える場所に、その存在が忘れられないように、証を立てたいと、思った――離れてしまったとは、考えたくないから。
 燃える華が、陰に揺れる‥‥彼岸花、曼珠沙華とも呼ばれる花だ。
 ――花言葉は、悲しい思い出。
 どうか、見守ってほしいと彼は月に願いをかける――遠く離れた月まで、この思いは届くだろうか?
 朱く華は揺れる、葉は花を思い、花は葉を思う『相思華』と別称を持つこの花にかけられた思いは、恋慕だけではない。
 独立‥‥真っ直ぐに空へ伸びる華へ、託された言葉、それもまた、事実である。

「このような場で見る月は、特別きれいに感じられます。‥‥こうして見ると、もうすっかり秋なのですね」
 菊池の言葉に、黄色い花を咲かせたオミナエシが揺れる。
「それにしても、秋の植物に月、そして笛の音色――見事です」
 吐きだした吐息の先に、揺れる月陰。
 どのような言葉を用いたとしても、その感慨を伝える事は出来ないであろう。
「ええ‥‥」
 そのまま、ふわりと月へ吸い込まれそうに空を眺める和奏を見て、おや、精霊か。
 そう思うも、苦笑して菊池は盃を差し出した。
 無礼な者は拒む相手であるが、風流を知る者であれば拒む必要はない。
「一献、如何でしょう?」
「ありがとうございます」
 ぺこり、頭が下がって、トクトク、酒が注がれる。

「なにか月に思うところは、おありかな」
 夜はそれぞれの時間だ、月の下に支配される時間は、様々な思いを呼び起こす。
 无(ib1198)の言葉に、ええ、と月をもう一度見上げた伊鶴は、躊躇った後に、口を開いた。
「この美しい月を、あの方も見ているのか――と」
 今はまだ、迎えに行く事は出来ないけれど‥‥。
 ゆるり、相槌を打った无は、深く問う事はせず、ただただ、伊鶴が言葉を吐きだすのを聞くに留める。
「思うところはあれど、今宵は月にそれを投げるくらいにして楽しみましょうか」
 注がれたお茶を見て、そして、伊鶴は頷いた。
「そうですね――観月の宴に、月を見ないのは無粋ですから」
 少しだけ、ほんの少しだけ含んだ酒に、気負っていた肩を落とす。
 宴はつつがなく、各々が豊潤な時を楽しんでいる。
 ――全てを月に投げだして、今はただ、この月を愛でよう。

●舟遊び
「貴族は直接月を見ないという」
 湖付近に敷物を敷き、持て成す為の茶と、酔い止めの薬草茶を用意したからす(ia6525)は、月見団子にふかした里芋を差し出した。
「如何かな?」
「では、頂こう」
 丁度、席を探していた竜哉(ia8037)が、その誘いに乗り里芋を手に取る。
 口の中で甘く溶ける砂糖と、香り良い里芋が懐かしく、舌に心地よい。
 とぷん、揺れる盃の中の酒には、月が揺れては消えて、また映る――全ては不変ではなく、変わり移ろい続けるもの。
「崩れもしない完全な、不変なものよりも、不完全に揺らぎ続け、変化し続ける方が良い」
 そう思わないか、とからすに視線で問いかけた竜哉に、茶を口に含んだからすは、然り。 そう、口にする。
 視線を移せば、舟を漕ぎ出し水面に映る月を眺める少女、涙花。
「(映る月に映る船も合わせれば、月を駆ける船)」
 竹取物語で知られる、かぐやの姫、本当の望みは何なのか、残る事か、還る事か――揺れる月を眺め、独り言のように口にした彼に、からすは微笑んだ。
「女心は難しい、そうだね‥‥或いは、離れる事で心を射止め続けたかったのか」
 手に入らないもの程、人は焦がれる‥‥闇を照らす聖なる月の光は、しかし見る者を魅了する魔の光でもある。
「余りにも美しすぎて、理性を奪ってしまうからだと、ある貴族は言っていたが‥‥恋の病も、理性とは程遠いものなのかもしれないね」
 ――然り、盃の中の月が、風に乱れ、散った。
 舟に乗る姫は、何を望むのか――。

「涙花ねー、お久しぶりだじぇ!」
 元気な声を上げるリエット・ネーヴ(ia8814)と、護衛が何処まで知っているのか、考えては礼野 真夢紀(ia1144)が礼儀正しく頭を下げた。
「涙花様、初めまして」
 キョトン、としていた涙花だったが、理由に気付いて嬉しそうにくす、と微笑む。
「家の、お抱えの警備の方ですの、だから、大丈夫ですの」
「では――るいさん、こんばんは。お月見楽しんでらっしゃいますか?」
「こんばんわんわー!」
 ネーヴが、護衛や鈴乃にも挨拶をすると、しっかりと護衛をかってでる。
 暫く戸惑っていた護衛だったが、やがて頷くと湖の傍で、見守るに留めた。
 開拓者達のもたらした、新しい波を。
「葡萄は如何ですか?後は、芋羊羹もありますよ」
 お月見に備える品物の内、お芋を使った羊羹なんです、と説明するとやっと理解した涙花が嬉しそうに笑う。
「――そうですの、お月見」
「涙花ねーは、お月見初めて?」
「はいですの」
 じゃあ、沢山教えてあげるね!‥‥ゆっくりと水面を滑る舟で、湖に映る月を眺め、思い出したように芋羊羹や葡萄をつまむ。
 ネーヴの話す、絵草子の話や、礼野の姉の話、時折少女特有の、華やかな声を上げて笑みを零す。
「えっとね、あのね。月には兎さんが居てね。お餅ついてるんだじぇ〜♪」
「お餅、ですか‥‥お月さまの兎さんは、お餅が好きなのですね」
「お礼に、まゆ達もお餅をお供えしておきましょうか」
 月の兎――見上げれば、臼に向かう兎が一匹、この地上から遠い、月ではかぐやの姫も、此方を見守っているのだろうか?
「後ね。絵草子なんだけど、満月の光を目から吸収したらでっかくなってね。大ざ――」
「それ以上は、禁止です」
 礼野に口を抑えられて、ネーヴがもごもごと口を動かす。
 二人の何気ないやり取りに、くすくすと涙花は笑みをこぼして、また、3人で笑いあって。
「こらこら、はしゃぎ過ぎて溺れないように」
 全く、といつの間にか現れたルヴェル・ノール(ib0363)が、その姿を見て苦笑を浮かべる。
「こんばんは、涙花。元気そうで何より」
「ノール様も、来て下さったのですね」
 嬉しいですの、と微笑んで、伊鶴は、との問いかけに宴の席を示す――。

「‥‥い、行きますよ!」
「頑張って下さい――」
 何時の間にやら、無くなってしまった月見団子を補充すべく、頑張っている佐久間がいて。
 それを、ワクワクして見ている伊鶴が居て。
「ええっと、俺達、どうして餅を作っているんでしょうか‥‥」
 よい、しょ、と気合を入れながら菊池が、月見団子をこねる――中々、体力のいる作業だ。
「こう考えると、適任ですよね。開拓者の皆さん」
 報酬は開拓者ギルドの方へ――? いえいえ、月見団子でご容赦を。

「全く‥‥」
 流石に苦笑を禁じ得ないノールだったが、挨拶をすべくそちらへと歩み寄る。
 居住まいを正した伊鶴に、ゆっくり頭を下げて。
「(伊鶴は‥‥次第に当主の顔になってきたな――)」
 責任や、自制、少しずつ変わっていく彼等に笑みを零す。
 変わらないものなど無い――その変化の中に、盃を傾け、月を肴に酒を飲む。
 ちらり、浮かんだ姉姫は‥‥どうしているだろうか?

 ひょこり、と顔を見せた雪切・透夜(ib0135)は、久しぶり、と笑みを零す。
 隣に立つのは、幼馴染だと言うミリート・ティナーファ(ib3308)だ、大きく息を吸って、空を仰ぐ。
「はやぁ〜‥‥いい空気‥‥あ、がお〜☆ミリートだよ、よろしくね♪」
 秋の空気をたっぷりと吸い込んで、至福の表情をしていた彼女だったが、涙花の存在に気付いて、がおーと襲いかかる真似をして見せる。
 ミリート‥‥と、苦笑気味で呟く雪切だったが、涙花はくすくす笑い、楽しげだ。
「トウヤくんから聞いてるよ。仲のいい友達だってね。一緒にお月さん眺めよ」
 パタパタ、揺れる尻尾に可愛らしいですの、と感想を述べる。
「ミリートは神威人で、一緒に来たいって言うから来たんだ。珍しいかな?」
 思い起こせば、花菊亭家の人物は皆、人間だった事を思い出し、雪切が問いかける。
 その言葉に、涙花は深く頷いて。
「神威人の方は、お話にだけ聞いていますの――お月さまにも、神威人の方はいらっしゃるのかしら?」
 お月様で、兎さんがお餅をついているんですって、と少し自慢げに胸を張って、ネーヴから聞いた情報を口にする。
「そうだねぇ――もしかしたら、お月様にもいるかもしれないね」
 頷いたティナーファが、聞こえますか、と月へと手を振った、つられて涙花も、雪切も手を振る。
「けれど、最近は涼しくて助かるねー。生き物に触れるのなら、ある程度涼しい方がいいもの。指先にトンボを止めたりとか、生き物を見るにはぴったりだよ」
 くるくる指を回して、トンボを止めるんだよ、と彼女が語るのは、生き生きとした自然の素晴らしさ。
「ミリートは、自然が好きだから。勿論僕も――ああ、此れは前に描いたものだけれど」
 スケッチブックから取り出したのは、五月雨の中でしっとり濡れて咲く花。
「秋は、他と異なる季節が映える時期だから、見れる物が多くて楽しみだ。――紅葉や、美味しいものとかね」
 その時にでも、また遊べれば嬉しい‥‥その言葉に、コクリコクリ、頷いてゆっくり目を閉じる。
「自分の目で、外の世界を見る事が――こんなに楽しい事と、思いませんでしたの」
 舟は風に揺れる、ティナーファがセイレーンハープを取り出して、高らかな声で歌を紡ぐ。
 月のように穏やかな、優しいウタ。
 月の精霊さんも見ているかも、そう言って笑えば、じぃっと、涙花は目を凝らして見せて。
 その仕草に笑いながら、雪切はスケッチブックを取り出す‥‥舟に置かれた、花菊亭家の紋入りの高級そうなランタンを少し、脇に置いて。
「それはそれとして、今の絵を描きたいんだけど、モデルを頼めるかな?月夜の舞台なんて鮮やかな場所は、そうそうないよ」
 くすくす、悪戯っぽく笑った雪切に、勿論ですの、と涙花が頷く。
 真っ白なスケッチブックに描かれるのは、ティナーファと涙花、そして舟に月。
「(こうして近しい人達と笑い合いながら眺められるのは、贅沢かな――)」
 何気ない願い、それでいて、一番難しい願い、それを願わずにはいられないのだ‥‥いつの時代も、誰かが望み続けた事。
 月の輝きの下、願う、月に思いを。

●月の下で
 宴会の席から、少し離れた木の下、敷物を敷いて寄りそう二人。
 言ノ葉 薺(ib3225)と東鬼 護刃(ib3264)の姿だ――様々な出来事を乗り越えて『二人で』此処にいた。
「宴会の賑わいも嫌いではないが‥‥ほれ、ちと喧騒離れて二人で月を愛でるとしようではないか」
 東鬼が誘って、言ノ葉が頷いて、どちらからともなく寄りそいあう。
 瓢箪徳利からコポリ、音を立てて注いだのは度の低い酒、朱色の盃に月の姿が映る。
「一度注いだ酒を戻すのも無粋。此処は一献誘われてはくれませんか?」
「ふむ、ならば一献誘われるとしようかの。こんなにも美しき月の下だと言うに、勿体無いしの?」
 照れたような表情で、その盃を受け取る東鬼、月に酔いしれ、貴女(おぬし)に酔いしれ、二人、時を過ごす。
「年前のわしは、こうして『二人』で月を眺めるとは思わなんだろうよ」
 諧謔――おどけた冗談の中に、心を隠して、或いは‥‥思い浮かべたのは、もう一人の女性の姿。
「(何も思わぬ、というのは嘘じゃが、悔悟はない‥‥そう思うておるよ)」
 月明かりに照らされるのは、愛おしい人。
「雲間晴れ、月下に遊ぶ、ホトトギス(杜鵑草)」
 詠んだ歌は、花言葉に隠した思い――永遠にあなたのもの。
 その歌を聞いて、言ノ葉はクスリ、微笑んで。
「今の私と貴女の心は通じているでしょうか?まあ、問うまでもありませんか」
 ススキの花言葉は、心が通じる――言ノ葉は声をかけ、自身の獣耳を立てて微笑みかけた。
 出会った日から、1年は軽く過ぎて、様々なすれ違いがあって――そして、今がある。
「私の耳に触れてくれますか、護刃」
 信を預け、そして誓ったあの日。その時間をもう一度‥‥。
 彼の意図に気付いたのか、東鬼はコクリ、頷いて、手を伸ばす。
「死を以っても別つことの出来ぬ悠久の契り。ならば、あの日の誓約を今此処でもう一度――灼狼の名の下に」
 言ノ葉の言葉に、東鬼が続ける。
「幾度とて誓おう。わしの道がお主の道と交り、共に在る事を望む限り──お主の守護刀となろう」
 別つことのできぬ縁、これから先も、共に。

 月も中天を回り、西へと傾けば、宴もそろそろお開きに。
 無論、無理に返しはしないが、ポツリ、ポツリと疎らになる人影。
 其れはまるで、夜明けに近づくにつれて静かになる秋の虫。
「素晴らしい宴を、ありがとうございました」
 ペコリ、頭を下げて倉城が伊鶴へと笑顔で告げた。
 手紙を出す相手を頭の中に浮かべ、何を書こうかと悩みつつ。
「はい、此方こそ――ありがとうございます」
 ペコリ、此方もまた、頭を下げれば二つに揺れる黒髪。
「月に狂わぬ様、気をつけよ」
 全てを見透かすような瞳で、からすが告げる‥‥その、深みのある声音と雰囲気に、伊鶴は息を飲んで首肯する。
「笛の音も、素晴らしかった」
 続いて告げたのは、谷だ。
「伊鶴殿、そのまま精進されよ」
 見た目は10の少年に言われ、少し瞬いたものの、伊鶴はコクリ、頷いた。
「はい、ありがとうございます」
 齢、27の谷であるが、そんな事は気にならないのだろう――褒められる、と言う事は誰が相手であっても嬉しいものだ。
 何の疑問も抱かず、伊鶴は笑って見送るのだった。

●起きもせず、寝もせずに
 有明の月は、空に留まりまだ帰りたくないと後ろ髪をひいていた。
 それは、一夜の夢から醒めた人々にも起こりうる事で。
 父を説得して家へと帰らせた花菊亭・有為(iz0034)は、確か十六夜だったのだと、終わった宴を見て思い出す。
 既に涙花は眠りにつき、伊鶴もまた同じく――宴は終わったと言う事、ならば問題はない。
 自分がわざわざ、確認する必要も無かったのだろうが‥‥信がおけぬのか、ただの癖なのか。
「有為、疲れているようだが――?」
 月と朝陽が共に、在る姿もまた良い、そう口にしたノールの言葉に立ち止まり、空を見上げる。
 後ろ髪を引かれた人物がいる事もまた、事実、故に驚きはしないが。
「私は、有明の月は好まない。夜は燃えるが、昼に消えるのならば無いのと同じだ」
 何時もより数倍、鋭い言葉を軽く流しノールは口を開く。
「伊鶴も、成長したようだ」
「――‥‥当然だ。成長しないようであれば、次期当主に値しない」
 少し間を置いて、淡々と放つ言葉。
 決して居心地が良い、雰囲気であろう、互いにとって。
 だが、とぷん、と盃に揺れた白い空を飲みこむ、天儀酒。
「よろしければ、お一つ如何。朝日の酒も、これはこれで」
「ちなみに、お土産はお団子です」
 无の差し出す盃と、井伊の差し出した団子を見比べ。
「ならば、頂こう。盃を拒むのは、無礼であるからな」
 沈黙の後に軍配が上がったのは、開拓者側であった。
 苦笑にも、或いは照れ隠しにも見える表情で、彼女は盃と団子を受け取るのだった。