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■オープニング本文 ●無知の罪 半ば青い顔で、話を聞いていた少年、花菊亭・伊鶴(iz0033)はやがて哀しげに視線を落とし、そして目の前で表情を変えずに報告した秋菊を見つめた。 秋菊の瞳に、貴方がしっかりしていれば――何故、有為様が――と、責める色を見て、胸がちくちくと痛んだ。 「姉上は、強くて、厳しくて‥‥一人でも生きていける人だと、思っていました」 言い訳にならない言葉を口にしながら、振り返るのは幼い日々。 もてはやされ、跡取りに相応しい教育を、相応しい性格を‥‥そう口にする周囲と、弱音を吐けない自分。 姉である花菊亭・有為(iz0034)は、抱きしめて、その頭を撫で、春には桜を見に行った。 ――何時からだろう、そうして過ごす日々が無くなったのは。 思考を巡らせば、誕生日‥‥あの時はまだ元気な祖父が、姉に贈り物をしたのだと笑っていた。 いつもは誰よりも厳しい祖父が、笑っていて‥‥妹は病弱で会えないと言われていたけど、幸せだと信じていて。 「花菊亭を、守るように」 その笑顔を、守りたいと思った――なのに、今、全てが壊れて行くような恐怖を抱いている。 「僕だって、母上の息子です。僕が、行きます」 今まで何も知らなかった自分と、知らされなかった姉の受けた傷。 「だって、母上の子ですから。もし、僕達が何かしてしまったのなら、僕の口から謝りたい」 その手に握られたのは、母方の地、社の巫女の母が書いた手紙。 『親は子供の幸せを願う。生きる者は生きると、貴方のお姉さんは生き延びた――愛されている。貴方のお母さんも、愛される子だった』 ――誰もが、愛される資格を持っているのよ。 ●はじまりの一歩 「と、言う事なんです」 難しい顔をして、父である鵬由の元を訪れた伊鶴は父の顔を窺い見る。 「何故、そんなに有為も、伊鶴も固着するのだ。あの者の筋に」 母を愛せなかった父は思い人を、側室に迎え、その側室から涙花が生まれ、側室は正室である母を殺した。 家格が欲しかった母方の筋と、土地や財産が欲しかった花菊亭家。 結んだ祖父は、墓の下で静かに眠り、未だに父は母を愛せない。 「もう、終わりにしたいんです。僕が守りたいのは、姉上の、涙花の、父上の、皆の笑顔」 ギルドの隅に貼られた依頼、護衛を頼むその依頼を綴る文字は何処か緊張に震えていた。 『母方の元へ行きます、護衛をしてくれる開拓者を募集します』 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
安達 圭介(ia5082)
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
紫焔 鹿之助(ib0888)
16歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●始まりに至る一歩 冷えた秋風は、容赦なく吹き荒び身体の体温を奪っていく。 道中の護衛‥‥と言うよりも、誰かに連れ添って貰い、誰かに見届けて欲しかったのだろう。 紫の包みを固く胸に抱いた、依頼人である花菊亭・伊鶴(iz0033)の表情は、集まった人々を見て少し和らいだようだった。 「――お久しぶりです。伊鶴様、道中はお任せ下さい」 どういう言葉をかけるべきか、暫し悩んだ後、穏やかな口調で安達 圭介(ia5082)は口を開く。 根拠の無い励ましは、決して得意ではない――故に、多弁ではないが、その言葉には信が置ける。 それは伊鶴も感じ取っているのか、頼りにしています、硬い表情で告げた。 「焦って出来るのならそうするんですが、そうでないなら落ち着いて‥‥ね?」 自然がただ、そこに在るように――雪切・透夜(ib0135)の手によって描かれた風景は、飾らないありのままの風景が描かれている。 思うところもあるだろうが、フォローは任せて下さい、そう言って彼は空を仰ぐ。 青く澄み、秋の香りに満ちている――良い予感を感じさせる空だ。 緩やかに牛車は、歩を進める‥‥決着を付ける為。 「全てを見届ける為、私は行動する。伊鶴よ、思うままに行動すると良い」 伊鶴の姉、有為もまた、試練に耐えた、ならば今度は弟の番‥‥ルヴェル・ノール(ib0363)はあくまで傍観者として、全てを見届けるつもりであった。 道を切り開くのは、己の意志、いつの時代も。 「此処に来て、仲間外れは嫌だからね」 おどけたように笑うのは、井伊 貴政(ia0213)だ、ノンビリとした口調でありながら、周辺の警戒は怠らない。 「来て下さったんですね――井伊さんのお姉さんに、怒られそうです」 自嘲めいた笑みを浮かべる姿に、そうかな、と彼は返した。 「良くやったと、言うと思うよ」 無論、彼にも姉の心は解りはしないが‥‥今は伊鶴を勇気づけるのが最善だろう。 強い意志を秘めながらも、何処か危うい雰囲気を纏っていた――まるで、姉姫のように。 「変に思いつめたりは、無しです。昔、それで幼馴染に叩かれましたからね」 場の雰囲気をほぐすべく、雪切がやや大げさに過去の事を口にした。 「あれは痛いですよ〜。自分が〜とか。知らなかった〜とかよりも、どうやってくべきかが大事ですから」 「昔――皆さんも、沢山の事を乗り越えて‥‥」 僕も頑張らなければ、口にする少年の横顔は硬い。 様々な思いが渦巻いているのだろう――勿論、今から向かう地には、菊池 志郎(ia5584)自身も苦い思い出が詰まっている。 伸ばす事が出来なかった手も、叩きつけられた真実も、肌を嬲る憎しみと怒り。 澱み、凝り固まった、感情。 「(有為さんはきっと、汚いもの醜いものは自分だけが見ていれば良いと考えていたのでしょうが‥‥頼ってもらえないのは、寂しいですね)」 頼って貰えないのは、即ち、意味が無いとそう暗に告げられているようなものだ。 悪意だけではなく、優しさから人は誰かを傷つける――守る為に、救う為に。 花菊亭家の方を振り返り、菊池はその中にいるであろう有為を思う。 「何故、こんな風になってしまったんでしょう‥‥誰もが愛する人の幸せを願っただけなのに」 問いは誰に問いかけたものか、佐久間 一(ia0503)の言葉には、ありきたりな、されど、深い疑問が満ちていた。 誰もが何度も問いかけて来たのだろう、この地に人が生まれ落ちた時から――。 「関わった全ての人が、前を向いて足を踏み出す為に。自分は力を尽くしましょう」 それは、誓いとも、祈りとも言える言葉だ。 どうしても湿っぽくなる彼等に、明るい言葉が投げかけられる。 「さぁて。一丁けじめつけに行こうじゃねえかい!俺にゃ正しい選択なんざわかんねぇけどさ。でも、多分これでいいんだと思うよ」 幼いながら、人の暗闇を見て、それでも尚、真っ直ぐに生きる‥‥紫焔 鹿之助(ib0888)が力強く言い切った。 「な、伊鶴。観の目ってあるじゃんか。剣でさ。もし緊張して泡食ったらよ、そうやって一度目を広げてみたらどうだい?」 「目を見る――そう、ですね」 今まで、見えていながらも閉ざしていた瞳を。 変えられるだろうか‥‥否、変えなければならない、自分の望む、結末の為に。 牛は首をふりふり、歩を進める。 華やかな家紋を見て、上等の獲物だと舌舐めずりした無法者は、圧倒的な力の差で抑えこむ。 「殺すまでもねぇってぇな」 二振りの刀を収めた紫焔、その横で、水流刃を敢えて逸らすように放った菊池、真っ直ぐに跳んだ水の刃は無法者の得物を打ち砕く。 気にするまでも無い、目に見える暴力より、今は、得体のしれない不安の方が怖いと言えよう。 ●黄泉の花嫁 どんな心を抱えていようと、朝は来る。 嘗て、静謐さを感じさせていた社は焼け落ち、何かが抜けおちたような腑に落ちない景色が広がっていた。 「ここから先は貴方の選んだ道。‥‥帰ってきたら団子でも食べに行きましょう」 佐久間の言葉に背を押され、ゆっくりと立ち上がる伊鶴。 「親は子供の幸せを願う。生きる者は生きると、貴方のお姉さんは生き延びた――。此処の社の方でした、僕に手紙を送ってくれたのは」 息を飲み、そして僅かに眉根を寄せた菊池は、炎に巻かれた母子を思い出す。 助けられたのか‥‥手を伸ばしていれば、後悔は尽きない。 だが、そこで彼が立ち止まっていれば、有為の命は無かっただろう――どちらかを救う為に、運命は時折辛い選択を強いる。 「貴方のお母さんも、愛される子だった‥‥誰もが、愛される資格を持っているのだと」 手紙には書かれていました、ならば――伊鶴は無謀の様な、願いを口にする。 「全ては無理でも、目に見える範囲の人達は、愛していたいんです」 漆の塗られた屋敷内、随伴する者もいれば、外で待つことを選んだ者もいる。 風当たりは緩やかではある、だが、其れは何も無い事だとは言えない。 常に警戒を怠らない紫焔と、雪切の二人が、内部へと伴をする。 「護衛として、同行させて貰いました。雪切と申します」 質素な書院造の間に通された雪切が、怪しむ視線を受け、口を開いた。 「花菊亭・伊鶴です。本日は、この町の方に手紙を頂き、馳せ参りました」 「良く来て下さいました‥‥」 上品な顔立ちをしたその女性は、赤い紅を引いた唇を開き、赤い瞼を伏せた。 その瞳に敵意は感じられない、哀愁と、愛惜と、様々な色が複雑にまじりあっている。 後ろに控えているのは、何時の日か顔を突き合わせ、或いは刃を交えた巫女とサムライだ。 「よっ、久っしぶりだなぁオッサン達!」 真っ直ぐな快活さで、手を上げて挨拶した紫焔の表情に、面喰って眉根を顰めた巫女とサムライだったが警戒するような視線を投げかけるのみ。 不満そうに唇を尖らせて見せる紫焔に、まあまあ、と雪切が諌めて。 話し合い、その前に――大切に抱えていた紫の包みをといて、白く滑らかな壺を差し出し、伊鶴は口を開いた。 「お返しします――僕達のお母様の遺骨が、この中に入っています。けれど忘れないで下さい、僕は、お母様の事、大好きです」 今も‥‥母を思う子の気持ちは、変わることなく。 「この手紙が、貴女のお母様が書いた、手紙です」 終わりにしましょう‥‥言えた口ではないかもしれない、それでも其れを願う。 手紙を差し出し、伊鶴は一つ一つ、言葉を噛みしめるように言った。 「僕は、お母様の事が大好きでした。でも、お母様が此処に帰りたいと、そう願うなら此処で菩提を弔うのもいいかもしれない」 「――あの方は、母でしたか?」 女性の言葉に、伊鶴は微笑んで頷いた、とても良い母だったと。 紫焔と雪切は見守る、もし、巫女とサムライが暴力に訴えれば、直ぐに伊鶴の命は無くなるだろう。 彼等が警戒していなければならない――だが、警護は多過ぎても、敵の神経を逆なでする。 2名、と言うのは妥当な人数だろう。 「お前達の母は、仲間だった‥‥開拓者として、我々は」 口を開いたサムライは、何処か毒気を抜かれていて――もしかしたら、折れる事も出来ず、意地になっていたのかもしれない。 「大切な人の為に、何かしたい。そう思うのは、僕達も同じですから」 ゆるり、雪切が相槌を打ち、涙を零す彼等を優しく見つめていた。 ●続く道を 漆塗りの屋敷内は見事であったが、息が詰まる。 墓を作るなら、社の母子を参るのもいいだろう――そう、提案したのは誰だったか。 「冷めた見方かも知れないけど、発端はともかく互いに目論見があった訳だろうし、非がどちらか一方にあったとは思わないです」 別に全てのわだかまりが消えたわけではないでしょうけど、と井伊は肩を竦めた。 どんな理由があれ、責任を問うべき相手は墓の中、遺骨も遺族に返されているとあれば、そもそも責任をぶつける場所など存在しない。 歪んだ矛先が向かったのは、同じ権力への執着を持つ有為であったが、それは筋違いと言える。 「死者を前にして、恨み言を言うのは筋違いであろう」 天儀ではそろそろ、彼岸だと言うな――あちらから、此方を見ているかもしれぬ。 素知らぬ顔でのたまったノールに、グッ、と言葉を飲み込む巫女とサムライの二人。 「そう言えば、この前の傷は大丈夫ですか?」 菊池の言葉に、大丈夫だ、とぶっきらぼうに返して距離を置く‥‥この辺りはもう、意地の様なものかもしれない。 「それはそうとして、ご存知であればでいいんですが、以前社でお亡くなりになられた母子は、直姫様の母上様とどういったご関係だったのでしょうか?」 コホン、咳払いを一つ。 安達の言葉に、赤い瞼の女性が口を開いた。 「社の人間は、代々この町を鎮める為に存在している、そう言われています」 彼女もまた、そうであった――無邪気で優しい娘、尤も、孤児だったところを社の女主人である伊鶴の母の母――祖母が拾ったのだと言う。 つまり、社の母子と、彼等の母は義理の兄妹と言う事になる。 「貴女も、社の方ですか?」 問いかけられた言葉にゆるり、首を振って女性は微笑んだ――ただの付き人です。 「付き人の身でありながら、今回の悲劇。私は社の者となり、彼女――あの方達の菩提を弔うつもりです」 その言葉はスラスラと赤い唇から飛び出して、少し、首を傾げるが違和感の正体を押し殺す。 「(そう言えば、何故、いきなり焼けた――?)」 暫し考えた雪切は、何も言わず視線を走らせる‥‥ノールと、菊池と、視線がぶつかるが、言の葉は音にならず。 「あの、直姫様への心持は、今でも変わらないのですか?」 続いて安達から問われた質問に、変わる訳が無い、と答える前に安達が先手を打ち、言葉を重ねる。 「直姫様は先日、伊鶴様を矢面に立たせない為に自身を危険にさらしたと、そんなことをおっしゃっていました。家ではなく、伊鶴様の為に」 その変化は、認めてはもらえないのか――その問いに、やはり、まだ、透かして見えてしまうのだと、彼等は痛みを堪えるように視線を落とした。 ゆるり、歩が向いた先は焼け落ちた社‥‥秋晴れの中、汗を流しながら、人々は社の再建に精を出す。 「(あの時――手を伸ばせば、助ける事が出来たのでしょうか)」 無意味と知りながらも、その言葉を問いかける、誰へ問うのか、彼にもわからない。 「黄泉の、嫁さ‥‥か。まるで有為さんの――」 佐久間の呟きは、遠く空へ消えて。 回想から、現実へと戻った彼は、そう言えばと言い辛そうに、だが、意を決して巫女とサムライの二人を見た。 「有為さんのお母さんが、最初に宿した子供の父親は‥‥」 その言葉に、代わりに答えたのは女性だった――此処に、示された社。 「眠っております。彼もまた、巫女でした‥‥彼女の素晴らしさに見合うかは、分かりませんでしたが。けれど、幸せだったのでしょう」 女性が骨壷へと唇を寄せる――お帰りなさい、そう繰り返す。 幾分掛った、巫女のスケッチを雪切が燃え尽きた社へと備えた‥‥それは、紛れもない笑顔。 「泣いて終わり‥‥そんなの絶対に嫌です。自身の大事なものがあって、ずっと笑ってなかっただろうから――我儘でも何でも、笑って欲しいと思うんですよ」 菊池が白い花を捧げ、黙祷を捧げた。 「見届けるのが、私の役目――伊鶴、満足か?」 「亡者の怨に生者が引きずられるのは悲しいし、完全に分かり合える日は遠いかも知れないけど、今日が負の螺旋から抜け出すキッカケになればいいね」 ノールと、井伊の言葉に、伊鶴は深く頷いた。 その手にも、茜の花が握り締められており、チラリ、チラリと骨壷を見ていたが、ギュッと唇を噛みしめる。 と思えば、フラリと外れて赤い、空へ伸びる華へと触れた。 「彼岸花、花言葉は悲しい思い出――そして、独立」 時間が経てば、仲良くもなる、紫焔は伊鶴をずりずり引っ張りながら、巫女とサムライの二人を見上げた。 「なぁなぁ、折角の縁だしよ。案内してくれよ、この町。出来れば、あんたらの思い人と縁のある所をさぁ」 「え、それって‥‥いきなり失礼なんじゃ――」 でも、逢引の参考に、とモゴモゴ口を動かした伊鶴が、ハ、と口を閉じる。 「恋の話なら、僕も混ぜて貰おうかな」 井伊が何時でも聞くよ、と頼りになるお兄さんの表情で言った――その姿を見て、笑みを零し。 「頼むよ。どんな腐れた縁があったとしてもさ、こいつの親の話なんだぜ。何も知らねぇってのは‥‥悲しすぎんぜ」 やがて、紫焔の言葉に大人二人が折れた‥‥と思いきや。 「ヒヨっ子には、まだ早い!」 そんな返事が返ってくる、食えないオッサン達だ、肩を竦めた紫焔があ、と声をあげた。 「そういや、名前、名前まだ聞いてない」 「ああ、そうだな。俺達の名は――」 遠くでは、佐久間が人々に混じって再建に力を注いでいる。 茜の花をスケッチブックに描くのは雪切、安達が怪我をした大人達を癒し、ノールは反物などを興味深そうに見ていた。 「自分としては、良くやった方ですかね――」 佐久間の呟きに、負傷した大人の代役で、と手伝わされた菊池が首を傾げる。 「有為さん達の思い人の、お墓もあるなら‥‥二人は結ばれたのでしょうか」 彼岸の岸で、結ばれましょう、死が巡り合わせた、二つの思い。 風に、吹かれて揺れる、茜の花。 女性は焼け落ちた社へ捧げ、黙祷し、掘り起こした骨壷へ唇をもう一度寄せた。 もう一つの骨を、足で踏みつけたがそんなものは気にならない。 「お帰りなさい、大好きな‥‥」 茜の花、花言葉は『私を思って』小さな花の数は、思いの数――。 その後、正式に伊鶴、そして有為の母方からの文が届いた。 花菊亭・伊鶴、彼が当主となった暁には、改めて力を併せ、両家の繁栄をお祈り致しましょう。 始まりを踏み出した貴方と、その友人達の為に。 |