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■オープニング本文 ●和菓子屋娘は友思う 北面の都、仁生。 一人の娘が紅白の入れ物に筆で名を書いていた。 宛名は、『仕立て屋 春香』 金字で入った『和菓子屋 六花』の文字を避けて、自分の名前を書く。 「ふぅ‥‥一人前に、なったのね」 その女性、雪野 静花はやがて筆を置いて小さな神棚に目を向ける。 そこには真新しい供え物。 下に視線を移すと、肖像画が1枚。 静花と、彼女の妹分である春梅が描かれている。 「どうなる事かと思ったけれど‥‥それにしても、私がいない間に決めてしまうなんて」 ため息を一つ。 それでも鉄砲玉のような妹分の性格を考えれば仕方が無いような気もした。 「さて、此れを届けたら、次の新作を考えないと」 赤と白の錦玉で芋餡を包んだめでたくも華やかな和菓子は記念にと彼女の手元にも置いてある。 立ち上がった彼女を急かすように、玄関の扉が叩かれる。 「はい―――紫丞原のご主人」 「何時になったら、立ち退いてくれるのかな?みすぼらしい店が近くにあると目が腐るんだよ」 恰幅の良い男は上品な口元から、思いがけず厳しい言葉を紡いで静花を見る。 一つ、静花は息を吸って、答えた。 「立ち退く気は、ありません。和菓子屋、六花は先々代から続く、大切な店です。私の代で潰すわけにはいきません」 男の口元がニヤリと笑う。 「そうか、それだけ聞きたかったんだ。自分の決断を、後悔しないようにすることだね」 去っていく男の背に不穏なものを感じながら彼女は気を取り直し、贈り物を届ける為に家を出た。 ●巡り合いは精霊の祝福 その日、新人受付員である彼は憂鬱に憂鬱を重ねていた。 増えるアヤカシ被害は見ていても気持ちのいいものではない。 ついでに言うと、家賃がそろそろ危ないかもしれない。 世を憂うと同時に自分の境遇を憂いながら、依頼を処理した所で、彼は声をかける。 「次の方、どうぞ‥‥」 「あの、開拓者さんに、依頼をしたいのですが―――」 その時、彼の頭の中で精霊達が祝福したような気がした。 端的に言うと一目惚れ。 彼曰く、精霊ともふらさまの祝福。 「あの‥‥」 「あ、僕、い、いやや、わ、わたし、本庄 敦久と申します、と、友達からはじめてみませんかっ!」 仕事中に口説くなよと突き刺さるその場全員の視線も彼は気にならない。 「は、はぁ‥‥いえ、開拓者の方にお願いしたいのです。相手方はどうやら、開拓者の方を雇ったようですから」 「いや、そんなの、どーんと任せて下さいよ」 『いや、無理だろ』 その場全員の思いは一致したが、受付員の暴走は止まらない。 「心強いお言葉、ありがとうございます。で、報酬は此れくらいで―――」 そんな言葉もスルーして、静花は口を開く。 「私の店、和菓子屋 六花の危機を救っていただきたいのです。相手は開拓者5名を雇ったと‥‥当店の和菓子も全て盗られていました。材料もグチャグチャにされています。つきましては、新作和菓子を作るため、後の憂いを絶つ為、私と共に商売敵を見返し、改めて周囲の皆様とより良い関係を築く為、力を貸していただきたいのです」 静花は地図を出して、言った。 「此処には、上等な薬の取れる植物が自生しています。―――医食同源、健康にいい和菓子を作ろうと思っているのですが、相手も邪魔をしてくるつもりでしょう。ですが、和菓子さえ、皆様に認めていただければ、必ず勝ち目はあるはずです!」 首肯した受付員はそっと開拓者たちに耳打ちする。 「か、彼女、し、静花さんに心を奪われました、手伝ってください!お礼だってちゃんとします」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
海藤 篤(ia3561)
19歳・男・陰
名も無き通りすがり(ia5402)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●和菓子屋娘のご挨拶 『和菓子屋 六花』 その店の前は非常にごった返していた。 「静花さんー、貴女に純潔を捧げます!」 「めっちゃ五月蝿い、なんでコイツおんねん!鼓膜破れるっつーねん!」 天津疾也(ia0019)は大通りで叫ぶ本庄の横で早くもゲンナリしていた。 「あ、あの‥‥恥ずかしいです」 水津(ia2177)が少し離れて様子をうかがいながら呟く。 少しと言うが、その距離20m‥‥いつでも仕留められる距離だ。 「まあ、本庄も憑いてくると言うておったけぇ、しゃーなが」 歩く大和撫子、高倉八十八彦(ia0927)がため息をつく。 うっかり『憑く』違いなのはご愛嬌、寧ろ本音である。 「それにしても、料理人が競うなら腕で競うべきであり、開拓者を雇って非合法な手段に訴えるなど性根が腐りきっている」 羅喉丸(ia0347)が眉を顰め呟く。 その言葉に海藤 篤(ia3561)も首肯する。 それを目の端で捉えながら斉藤晃(ia3071)は目的の人物を見つけて、声をあげた。 「皆さん、お待たせしました。私が和菓子屋、六花の店主、雪野 静花と申します」 微笑みと共に家の扉を開けてはさあどうぞと中に入る。 本庄が『静花さーん』とひたすら言っているが、それは見事にスルーした。 「‥‥む、その前に聞いておきたいのだが」 蘭 志狼(ia0805)が静花の持っている袋に視線を注ぎつつ、呟く。 「なんですか?」 「ところで‥一目惚れとは、どういう物だ?」 その瞬間、仁生に局地的寒風が巻き起こる。 「嘘やろ?一目惚れ知らんのか!」 天津が思わずツッコミ、何処からか現れるハリセン。 「ああ、蘭さん‥‥そんな事、恥ずかしくて死んでしまいます!」 本庄が頬を染めて身体をくねらせる。 「大丈夫ですよ、もっと恥ずかしいことしてあげますからァ」 名も無き通りすがり(ia5402)の目が光る。 クネクネしている本庄に周囲の一般的な感覚の持ち主はドン引きしているが、開拓者達、全く気にしてはいない。 「一目惚れは一目で恋に落ちる事ですよ」 「恋と変は似ていますが、別物です」 静花と海藤が生暖かい視線を蘭に向けながら言った。 「‥‥む、そうか」 そして、蘭は一拍置いて、口を開く。 「恋と変は‥‥」 『別物です』 天然が起こす不思議。 しかし、本庄を見ていればあながち間違いでもない気がする。 そんな事を考えつつ、羅喉丸は一つ頷いた。 ●恋と濃いと変 「本庄さん、あなたが見張っていただけるのならば、私達は安心して材料を取りにいけるのですよ。もちろん、雪野さんもです」 若干鼻息の荒い本庄に一抹の不安を抱きつつ、海藤は静花の出したお茶を飲み、きり出す。 「準備までしとったらポイントアップや」 無論、斉藤は酒。 「そんな大役をぜひ、あなたにやっていただきたいと思いまして‥‥」 畳み掛ける海藤、そして斉藤。 「まあ、断ったらオ・シ・オ・キですがァ」 名も無き通りすがりの瘴気? 「へえ、お‥お菓子作りって奥が深いんですね‥勉強になります‥‥」 「ええ。ですから、このままでは困ると―――でも、皆さんに頼んでよかったと思います」 「美味しい上に身体にも良いとかゆうのは良いじゃねえ」 水津の言葉と、高倉の言葉に静花は微笑み、頷く。 「まあ、商売である以上儲けへんと続けられへんからな。いいもん作って盛り返そうや!」 ポンッと静花の肩を叩きながらニッと天津は笑う。 「わかりました、静花さんの為にこの店を守ります!」 本庄と開拓者の間でも決着はついたらしい。 『静・花・愛』の鉢巻を取り出した本庄は鼻血を垂らしつつ、言い切った。 ●いざ、行軍開始 静花の書いた地図を見ながら開拓者達は目的地まで麗らかな日差しを浴びながら歩き始める。 自分で材料を取りにいくとはいえ、やはり開拓者と比べて足の遅い静花を守るような形で動いているのは無意識か否か。 「水津、森は燃やすなよ」 「わかってますよー」 薬草が燃やされない事を祈りつつ、海藤は符を手にしたが、感じる視線に全員と視線を交わす。 「待ち伏せ、されているようですね」 「やる気のようだな‥‥」 羅喉丸は飛手の状態を確認し、隠れているであろう人物との距離、そして己の能力を考える。 ―――この距離なら、後方に立つ弓術士、陰陽師に詰め寄り、仕留めるまで20秒。 「あれはなんや!」 斉藤の言葉に、なんでしょうと首を傾げる水津。 多少身じろぎするも、未だ姿を現さない敵。 (「―――やっこさん、物を採取してからくるつもりじゃけぇ」) 高倉は頷いて、ゆっくりと、不自然にならないように木の後ろに隠れる。 水津は静花の前に立ち、海藤は静花に視線を移す。 「ああ、皆さん‥‥見つかりました!さあ、帰りましょう!」 暫らくの逡巡の後、薬草を見つけたフリをする静花。 ガサリと、草むらがゆれ、白いウサギが静花の方へ駆け寄ってくる。 (「人魂ですね―――」) 陰陽師である事を考えれば、人魂で様子をうかがってもおかしくは無い。 何より、同じ陰陽師としての直感が彼に術だと告げる。 「ああ、可愛いウサギですねェ、ウフフ」 妖しい笑みが爆発。 同じく白いウサギに違和感を感じた名も無き通りすがり‥‥可愛いと言いつつ、容赦なく弓を射る。 (「早っ!」) 思わず開拓者達と静花、そして敵の心が同じ事を呟いた。 仕留められたウサギは符に戻り、両者の間には緊迫した雰囲気が漂う。 「‥‥それで隠れているつもりか?」 蘭が言葉をかけ、戦いの火蓋を切ったのは相手。 陰陽符で作られた術、カマイタチが静花の方へ、しかし、それは水津によって無効化される。 漸く出てきた相手に斉藤が一言。 「おまえら誰や?」 「書いてあるだろう、静花さん命。静花さんの親衛隊にして‥‥」 「親衛隊ゆうても、嫌がっとるやん!」 天津のツッコミ‥‥無言で弓を構える。 「と、とりあえず、その薬草は渡さん!」 「真っ当な職人の邪魔をするなど、開拓者のあるべき姿か?」 蘭の言葉に、一瞬たじろぐが、敵は直ぐに術を放つ。 「よくわからんが、敵じゃぁね」 「水津。アレは燃やして良い人類や」 高倉の冷めた言葉が聞こえ、そして斉藤の言葉。 水津の瞳が妖しく光る。 「ふふ‥‥燃やしていいですよね、いいんですよね、ふふ」 「ぐぁっ!」 「つまらん‥‥」 一瞬で近づいた羅喉丸の飛手が敵の弓術士を仕留める。 そしてその横では陰陽師の足を射抜いた矢‥‥天津の放ったものだ。 「ならば問答無用ッ!蘭志狼、推して参る!」 咆哮と共に、一瞬生まれる敵の隙。 一拍置いてかかってきた刀を蘭は受け止める。 「わしの酔拳を見せたるわ!」 ゴクゴクと喉がなり、斉藤が拳でつばぜり合いをする蘭の前にいる敵を吹っ飛ばした。 「武器は拳やのうて斧やろうとツッコミしなあかんで!」 「無理だろ!」 思わず突っ込んだ敵の開拓者だったが‥‥ 「ああ、すみません、ウッカリ」 海藤の雷閃を受けて、ビリビリと黒こげになった。 「さて、あと一人やな!」 ニヤリと笑みを浮かべる天津‥‥逃げ出そうと静花の方へ走る開拓者、振り下ろされる高倉の扇子「巫女」 不意を突かれた敵開拓者は崩れ落ちた。 ●さあ、狂宴だ 芸術的な縄縛りを披露した斉藤。 その横には彼のペット(?)の水津。 そして、完全にサディスト覚醒の名も無き通りすがり。 心なしかピンヒールが見える。 「さあ、とりあえずそこのおっさん(斉藤晃)にでも襲われて貞操の危機に陥ってみますか?ああ、大丈夫ですよ、すぐには話さなくても。そのほうが、楽しいじゃないですか、私が」 微笑み、そして黒いオーラ‥‥ 「おまえらの雇い主は誰や?」 沈黙‥‥、否、怖すぎて喋れないのだ。 だが、時間は待たない。 「こいつらくべてもええぞ‥‥ぢじょくの限りを尽くしたれ」 「恥辱ですか‥‥止む終えません」 完全に静観を決めた海藤。 無言で威圧感を放つ蘭、開拓者の尊厳を穢した罪は重い。 「ふふ‥‥ほーら、早く喋らないとどんどん恥ずかしい格好になっていきますよ?もしかしたら、大事な所が火傷してしまうかもですよ?‥‥クスクス」 水津の瞳が妖しく揺らぐ。 褌一丁で転がる敵開拓者‥‥容赦なく振り下ろされる名も無き通りすがりの足。 「すみません、言います、言いますからやめないで、ああ‥‥っ」 若干そちらに目覚めてきたらしい敵開拓者。 ジワジワと燃える服に、消火されるその火に、身悶えるのであった。 ●薬草は凛と咲いて 『紫丞原に雇われ云々』と書かれた札を下げて敵開拓者は木に縛り付けられていた。 離れた場所では、高倉、天津と共に静花が薬草採取。 小川で魚を釣る斉藤に、先ほどのサディストは身を潜め、水津は黙って斉藤に寄り添っている。 「菓子は‥‥人を幸福にする力がある。そうあれは俺がまだ子供で日々鍛錬に励んでいたこ‥‥む?」 はねた魚が見事に口の中に入った蘭は固まる――― 「あっ、めっちゃデカイやん、その魚!」 目が小判の天津、頭の中で動く算盤。 「花も可愛いのう」 「ええ、元々観賞用ですからね」 魚に誘われ離脱した天津を放って、高倉と静花は薬草を籠に入れていく。 その横では羅喉丸が周囲を警戒。 「ふふふ‥‥不満そうですねェ」 「あっ、も、もっと、お願いします」 名も無き通りすがりは未だに敵開拓者で遊んでいた。 のどかとは程遠い、混沌とした薬草摘み。 「数は集まりましたか?」 ペットの空と戯れていた海藤が問いかけ、それに首肯して静花は立ち上がる。 「昼飯やゲットやで」 袋に突っ込んだ魚を見せて、斉藤は笑う。 「見事じゃのう」 「―――帰ったら昼ごはんにしましょう」 その袋の中を見た高倉と静花は頷いて、他の開拓者たちを見た。 ●変態の宴 「ただいま、戻りました‥‥きゃぁあああ!」 薬草を持ち、中に入った静花が悲鳴をあげる。 飛手を構え、中に踏み込んだ羅喉丸はその手甲を本庄に振り下ろす。 「いっ、痛いですよー」 「‥‥む、見張りは、感謝する、が」 蘭の睨みに思わず本庄は正座。 しかし、静花の服は握ったままである。 良い格好させるつもりが、当の本人が此れでは、どうしようもなかった。 「敵です、女の敵!」 水津が本庄から視線を逸らす。 「お仕置き、必要のようですねェ」 うふふと妖しい声をあげた、名も泣き通りすがりは容赦なく、その膝を踏みつける。 「何やっとんねん‥‥」 天津の言葉が開拓者たちの思いを代表した。 「まあ、煩悩は尽きんということじゃけぇ‥‥」 「酷いですよ、高倉さん。あ、でも紫丞原からは守りました」 そんな弁解は無視、本庄には制裁が加えられたのだった。 「さて、ほなら材料もそろったことやし、いいもんつくるとしようかいな」 天津の言葉に、静花が頷いて簡単に和菓子の作り方を説明する。 「では、餡練りを手伝おう」 蘭に続き、斉藤、羅喉丸が名乗りをあげ、復活した本庄がシャシャリ出てくる。 「わしも軽く手伝ったるわ」 「俺も餡練りをしようか」 「私もしますよ、練り練りします!」 「では、少しずつやればいい」 片っ端から失敗させていきそうな本庄に、羅喉丸が少しの餡としゃもじを渡した。 「下手ですねェ」 その横ではそんな事を言いながら、名も無き通りすがりが本庄の足を踏みつける。 「花や実に見立てた練りきりを、かきもち・最中とかを葉に見立てて、その中にちょこんと載せるとかそうゆうの」 高倉の案を聞きながら、静花は面白そうですねと呟き、メモしていく。 その横では、取ってきた薬草を煎じるのを海藤が手伝う。 「このくらいでいいですか?」 「はい、大丈夫です―――では、成形に移りましょう」 餡練りをしている四名を見て、頷きありがとうございますと回収する。 見事に練られた餡は艶やかだ。 「成形は和菓子の醍醐味じゃけぇ、成功させんばね!」 高倉も頷きながら、静花の手元を見つつ、紅葉を作っていく。 「よし、出来たで!」 真っ先に声をあげたのは天津‥‥だが、そこにあるのは紅葉ではなく。 「おおっ、銭にしてもうた」 「やっぱり、和菓子と言えばこれじゃ!」 ウッカリと呟く天津の次に手を上げたのは斉藤。 その武骨な手に乗っているのは可愛らしい兎だ。 (「意外!」) その場全員の心の声が重なる。 「ただの兎型や」 そしてまな板に置くと言った斉藤は水津の胸にさわり、まな板胸発言によって燃やされた。 「ああ、美味しいですね」 「‥‥む、美味い」 海藤は空が和菓子をついばむ様子を見ながら、蘭は次の練りきりに手を伸ばしつつ、その味に舌鼓を打つ。 「皆さんのお陰です」 そう言って微笑んだ静花に静花さーんと手を伸ばした本庄の手は、名も無き通りすがりによって、床に落ち、踏みつけられる事となった。 「趣味と実益を兼ねた仕事っていいですねェ」 免罪符? それは無論、静花さん護衛ですよとは本人の言葉。 ●さあ、これからが勝負 不寝番をかって出た羅喉丸の心配は杞憂に終わり、何事も無く日が昇る。 「お疲れ様です、目が覚めますよ」 何処となく眠そうな羅喉丸の様子に苦笑しながら、苦めのお茶を渡す。 「ああ、すまないな」 続いて起きてくる開拓者たち。 本庄はまだ、ゴロゴロしている。 来客用の布団なのだが、持ち物だというだけで幸せらしい。 「って、いい加減起きんか!」 天津のハリセンが振り下ろされ『朝ごはん』とベタな言葉で目覚めた本庄。 それを横目で見ながら、高倉は用意された服に着替える。 売り子を手伝うつもりだった。 遅れて天津も服を着替える。 「いらっしゃいませっ、『和菓子屋 六花』新作和菓子が入りました、どうぞ!」 店内は大きめに席をくぎってあり、外で食べれるようにもなっている。 「おお、これはこれは、六花のご主人‥‥精がでま―――」 青くなる紫丞原。 その視線の先には彼の雇った開拓者たちが褌一枚、そして自白した板をぶら下げ捕まっていた。 「あんたが言ったことをそっくりそのまま返してやろう、自分の決断したことを後悔しないことだ」 羅喉丸の言葉に、冷や汗を流しつつも、何のことかなとしらばっくれる紫丞原。 しかし、言い逃れできる程、開拓者達は甘くはない。 天津が一人の町人に目配せする。 「紫丞原さん。成功しましたか、六花を潰し、静花ちゃんを側室にするというたくらみ」 ガヤガヤと広まる、様々な憶測。 一度火がつくと、それはすぐに燃え広がった。 「よぉ、紫丞原って悪いやっちゃなぁー」 天津が売り子をしながらニヤリと笑った。 勝ち目のない事を理解した、その時。 「紫丞原殿、来ていただけますか?」 ワサビ醤油を持ち、紋の入った着物を着た、お役人。 お縄を頂戴した紫丞原。 逮捕の裏側で、開拓者達の働きが大きく関わったことは、一部の人たちの心に残った。 ただ、今は 「新作和菓子ですね、少々お待ちくださいませ!」 威勢の良い静花、そして売り子をする開拓者達。 目の前の事を、精一杯こなすだけ。 |