【武炎】岩屋城入城
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: やや難
参加人数: 28人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/04 09:27



■オープニング本文

●武州の戦い
 伝令と注進が行き交う、伊織の里立花館。
 前々よりの懸念は、遂に現実のものとなった。活発化しつつあると報告のあった魔の森より突如としてアヤカシの軍勢が出現し、ここ、伊織の里へ向けて進軍を開始したのである。
 筆頭家老高橋甲斐以下、立花家の重臣らは此隅の巨勢王へ援軍を要請した。
 無論巨勢王はこれを快諾したが、立花家とて援軍を当てにしてただ手をこまねいている訳には行かない。伊織の里から魔の森の間にも人里や集落はあろうし、数々の城郭を無為に放棄せねばならぬ謂れも無い。
「急ぎ陣容を整えよ、敵の機先を制する」
 立花家合議の場において、立花伊織は小さな身体を強張らせながらも、力強く宣した。

 蝋燭が揺らめく、卓に広げられた地図には立花家、そして高橋家の有する建築物が細かく描かれている。
 その中の一つ、岩屋城。
 なだらかな丘に建設された、小規模ながらも地形を巧みにした堅城。
 風雨やアヤカシの被害に晒され老朽化しているものの、守りは固く地形の利もあり、落とすのは難いだろう。
 日々変わる情勢、アヤカシの跋扈に眉を顰め、高橋は岩屋城へと印を付けた――翌日。

「全軍、前進――!」
 深く轟く声が響き渡る、合戦に備えて、小荷駄(こにだ)隊の列が蛇行し岩屋城へと向かっていく。
 武州、朱藩を中心として各々の開拓者ギルドから募られた開拓者達は、に混じっての物資輸送や、大将である高橋甲斐の護衛。力尽きる民達を介抱する衛生兵、動く理由は様々。
「伝令、アヤカシの姿を確認、繰り返す、アヤカシの――!」
 突如、不気味に現れた黒い影は、幾つものアヤカシの姿と成り、隊列へと突っ込んで来た。
 凶悪な顎をキチキチと鳴らしながら化甲虫が空を飛び、地面より這いずるアヤカシアリが黒光りする身体を不気味に揺らしながら接近してくる。
「怯むでない、全軍迎撃、岩屋城へと急げ!」
 岩屋城へと続く道で、右往左往する人々の中、大将である高橋の声が響き渡る。
 落ちついて見れば下級アヤカシばかり、都に帰って被害を出す訳にはいかない。
 戦うに当たって物資は必要であるし、逃げ帰ったとあっては家名に泥を塗る事になるだろう、このまま、岩屋城まで、持ちこたえられるか――。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 羅轟(ia1687) / 九法 慧介(ia2194) / フェルル=グライフ(ia4572) / 平野 譲治(ia5226) / 氷那(ia5383) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ルヴェル・ノール(ib0363) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / リリア・ローラント(ib3628) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 丈 平次郎(ib5866) / 山羊座(ib6903) / 羽紫 稚空(ib6914) / 射手座(ib6937) / 魚座(ib7012) / 羽紫 アラタ(ib7297


■リプレイ本文

●非情な強奪者
 容赦無く照りつける太陽が肌を、鋼を、焼いていく。 砂埃と血の臭いが混じる中、キチキチと音を立てて訪れた強奪者は一塊になって蹂躙すべく襲いかかる。
 我が身を守る手段を持たない民にとって、それは脅威に他ならない。 高橋甲斐が声を張り上げ、後方より民を守るように言葉を重ねた。
 天高く、自らの剣を突きあげる少女――フェルル=グライフ(ia4572)が張りのある声で声を上げた。
「城までもう少し、援軍を待ち望む方々の為にも挫ける訳には参りません!私達が必ず守りますっ、皆さんは城に向けて駆け続けて下さい!」

 ククッと喉の奥で笑いながら、尾鷲 アスマ(ia0892)が足を引っ掛けようと丈 平次郎(ib5866)の前に出した。 深く顔を隠した壮年の男は自然な足取りでその足を回避し、抑揚や感情の乏しい声で返答を返す。
「‥‥何か用か、尾鷲。視界は狭くともそれぐらいは見える」
 おや、失礼と悪びれた様子無く喉の奥で笑えば、尾鷲は太刀「阿修羅」を鞘から抜き払った。
「腰の具合は如何か?うむ…やはり面白い御仁だ。貴公の刃、頼りにさせて頂く」
「特に問題はないが?こちらも、お前の腕を頼りにさせてもらう」
 互いに互いの力量を認めあう男達。 足を踏み出し太刀で襲いかかるアヤカシアリを薙ぎ払う、力強い尾鷲に対して、丈は地断撃で牽制を計る――黒く不気味なアリが空を舞った。 だが、アリ達は同胞の死など気にも留めず次々と襲いかかる。
 彼らには存在しない、同胞の死を悼む心も、自分が個であると言う認識すら。
「まるで、一つの敵を相手にしてるみたい――」
 でも、私は私に出来る事を‥‥その言葉は喉の奥に飲み込む事にして氷那(ia5383)の手から放たれる打剣を交えた手裏剣「無銘」はアヤカシアリ達の顎を切り裂いていく。
 近しい人達を守れるように、いつもはほわほわとした雰囲気の白野威 雪(ia0736)が纏うのは、玲瓏とした誇り高さ。
「ええ、お気を付けて、氷那様も――」
 白い腕が宙を舞う、神楽舞「武」が与えるのは力の恩恵、力強い舞は見る者の心に勇敢な火を灯す。 わぁぁあっ!と、開拓者達も鬨の声を上げる。
 数の上では明らかに不利、だが、彼等の士気は高く、またアヤカシと言う不条理な災害にも屈さない、生まれついての強さがあった。
「‥‥これは驚いた。雲霞の如く押し寄せる、とはこういう事を言うのかな」
 人間と言う甘い蜜に引き寄せられるのは、アヤカシアリだけでは決してない。 ブーンと、不快な音を立てながら化甲虫も飛翔してくる。
 九法 慧介(ia2194)の刀が桜色の光を纏う。 自身の刀を見、そして相手の装甲を見、一撃では屠れないだろう――だが、両手で抜いた刀で二つ、切り裂く。
 刀の先が美しい弧を描いた、まるでそこに月があるかのようだ。 迎撃とばかりに吐きだす酸を交わし、化甲虫が特攻を仕掛ける刹那、飛来する天狗礫。
「こちらが注意を引いている隙に進んでください!」
 天狗礫を放った張本人、菊池 志郎(ia5584)の言葉に、民達がバタバタと急ぐ音が戦の音の中で響いていた。
 二度目の攻撃に移った菊池の隙を埋めるように、九法が刀を構える。 振り下ろされた屠る為の刃は紅に塗れながらも役目を果たし、一匹の化甲虫を無に還す。
 此処に来るまでの間、既に腹の中におさまった者がいたのか‥‥紅を見て二人の男は瞠目した。

「あつっ‥‥もう、こんな時に怪我しちゃうなんて」
 まだ、依頼の怪我が治りきらないフィン・ファルスト(ib0979)はともすれば開きそうな傷口を押さえながら、長槍「蜻蛉切」を握りしめた。 横に目を映せば、レイス(ib1763)がファルストを庇うように立っている。
 戦場でありながら、その身体からは殺気すら放つ事は無く、瞳は揺らぐことの無い水面のように現状を映していた。
「レイス‥‥気をつけてね。無理しちゃダメだよ?」
 ファルストの言葉には、皆の事も助けて、と暗に語っていたがレイスは素直に頷いて主の言葉へ返答を返す。
「‥‥フィンちゃんも気をつけて。僕も無事に戻ってくるから、君も、ね」
 二人の合間を縫い、地が弾けた。咄嗟にガードしたファルストの背を冷たい汗が流れ落ちる。 化甲虫の強烈な突撃が刺さる――脚力に任せて、破軍を使いながら暗勁掌をその背に叩きこんだ。
「外殻が硬くても、中身はどうです?」
 もんどりうった化甲虫へ、ファルストの長槍が突き立てられた。 そのまま、ぶん、と一閃させると後背のアヤカシアリを薙ぎ払う。
 それだけでも、身体を痺れるような鈍い痛みが走るが敵は待ってはくれない。 オーラドライブで底上げし、嗚呼、と彼女は笑った。
「でも、此処で倒れる訳にはいかないわ」

●守る為の道
 少し時は遡り、積極的に攻勢に出た開拓者とは逆に、小荷駄隊や民を守る事を選んだ開拓者達だ。 民達は怯え、我先へと逃げ出そうとする。 高橋の手勢で守り、開拓者達が守り――それでも守りきれるだろうか。
 否、守りきらねばならないのだと、アイアンウォールで敵の進路を妨害したリリア・ローラント(ib3628)が、自分の頬を軽く叩いて気合を入れる。
「戦えない方は城へ!」
 気負うローラントの頭に、ぽふっと手を置いて、尾鷲は笑う。
「目一杯、やればいい」
 余所見をするな、と相変わらず抑揚に乏しい声で丈が尾鷲へ忠告する。 それに当然だと頷いて、尾鷲は太刀でアヤカシを切り裂いた。
「私が守ってあげる だからみんな、慌てないンだよ♪」
 あらゆる場所から、襲いかかって来るアヤカシアリをサンダーで撃ちながら、魚座(ib7012)があくまで余裕の笑みを浮かべた。
 ――悟られてはならない、今も、膝をついてはやっとの事で立ち上がる開拓者がいる事なんて。
「みんな居るかー!?離れるなよ!!」
 飛翔してくる化甲虫を強射「朔月」で射ると、射手座(ib6937)は弓に矢を番える。 小さな傷が重なり、漸く羽根をもぎ取ると、山羊座(ib6903)がその突進を受けとめた。
 身体に重い衝撃、魚座がサンダーを化甲虫に放つ。 話には聞いていたが、3人でかかれば何とか――。
 よく狙い、研ぎ澄まされた射手座の矢が化甲虫に突き刺さる。 不意を突かれて我が身を痙攣させたそのアヤカシは、やがて動かなくなった。

「うっかり、前に出るなよ」
 ローラントに視線を映し、小さく呟いては気を付けるよう自身にも言い聞かせるとキース・グレイン(ia1248)は拳布を巻きなおして気合を入れなおす。 左腕で襲いかかるアヤカシアリを弾き、そのまま次に襲いかかる別のアリへと拳を叩きこんだ。
 ギィと断末魔の悲鳴を上げて転がるアリ、片付いたアリからはシュウシュウと瘴気が立ち上る。
 背中からバタバタと不快な音が聞こえる、咄嗟に捻った脇腹へ、焼かれるような鈍痛が襲う――傷口は酸をかけられたようにじくじくと痛み、グレインは申し訳程度に手拭いを使って押さえた。
 痛みはあるが、不動のお陰か思ったよりは酷くはない。 次の攻撃に構えた彼女を襲う筈だった化甲虫へ、アヤカシアリが吹き飛んでくる。
「我が五体を持ちて全てを砕かん」
 巌のような男の身体が、容赦無くアヤカシアリを破壊し化甲虫を捕え、技を叩きこむ。 酸を吐き散らす虫の抵抗をものともせず、見事に決められた攻撃に化甲虫は為すすべなく砕かれた。
 その男、羅喉丸(ia0347)は酸に焼けた脚絆「瞬風」に軽く視線を向け、崩震脚でアヤカシアリを蹂躙する。 足を捕えたのは、単に次の攻撃に耐えれるか、それを見極める程度のものだったかもしれない。 その背を捕えた別の化甲虫を、グレインの肘が捕えた。
「先程は、助かった」
「何の、お互い様だ」
 グレインの礼に、羅喉丸が返答する。 視線の先に淡く輝く癒しの光、礼野 真夢紀(ia1144)の閃癒が傷を修復していく。
「まゆ個人の戦闘力は乏しいですが、戦闘班の方が負傷して戦闘力が下がった際に回復役が近くにいた方が良いかと思います」
 と言っても、と澄ましていた礼野が、少し悪戯めいた笑みを浮かべて言った。
「‥‥と言っても、これだけ多いと出し惜しみなんか出来ないし!」
 穿つ白霊弾が、化甲虫を撃ち落とす。 十分に癒しを得た泰拳士二人は、新たなる敵へと向かっていく。

「今回は修行もかねての依頼。しっかり、戦わねーとな!」
 見た目麗しい二人の青年、その片方がフェイントで意表を突き、撃ち漏らしたアヤカシアリを斬り捨てていく。 フェイントを使った、羽紫 稚空(ib6914)はこめかみから滲む汗を軽く手で拭い、もう片方の青年に声をかけた。
「アラタ!無理しない程度に援護頼むぜ!」
 陰陽符を手にした羽紫 アラタ(ib7297)は、碧玉の瞳で弟である稚空を見、そして不承不承と言った感じで口を開く。
「俺はまだギルド入って日が浅くて無茶なことはできないからな‥‥。俺は、後でお前や他の戦員の回復とちょっとした護衛に回る」
 大した事は出来ないが、とあくまで冷静なアラタに、それでいいと弟は頷きロングソード「クリスタルマスター」を構える。
「俺のカッコイイ動き、しっかり見とけよ!」
 目立ちたがりめ――と呟くアラタは傷を負う稚空を治癒符で癒していく。 圧された時の拮抗は、彼の斬撃符が飛来した。
「やるじゃん、アラタ」
「動きはやっぱ俺より慣れてるな」
 挑発し合いながら、それでいてそれは確かにやる気を上げる言葉だった。 緊張感を失わず、二人は目の前の敵へと刃を向ける。

●数の暴力
「‥‥これより、先は‥‥通行‥‥禁止‥‥‥‥だ」
 2mを越す鎧武者の斬竜刀「天墜」が振り下ろされる、天翔ける龍ですら撃ち落とさんと野太刀は凶悪な破壊力を持って化甲虫を狙う。 二太刀目をギリギリで交わし羽根を広げた化甲虫の吐いた酸にジュゥと野太刀が音を立てた。
「むぅ――」
 振りあげた次の太刀に叩き落された化甲虫は、腹を上にして横たわる骸となる。 次に彼に襲いかかる化甲虫へと刺さる一本の矢。
「うむ、見事。鎧も無事の様で何より」
「む‥‥感謝」
 手を離れた瞬間、加速する月影で矢を放ったからす(ia6525)の後背に回るアヤカシアリを羅轟(ia1687)が文字通り、粉砕する。
「思うように埒を開けるには、と」
 さて、と視線を巡らし、からすは指揮する指揮官のアヤカシを探す――事前に聞いた500から、恐らく増え続けていると思われるこのアヤカシ達から、いるのかいないのかも分からない指揮官を見つけるのは容易ではない。
「ふむ、現れるまでの辛抱か」

「アヤカシさんも夏は虫型が増えるのですねぇ――そして、やっぱり大きい」
 少し他とは異なる思考回路で、口にした和奏(ia8807)は岩屋城への地図を確認する。 小一時間――少しは岩屋城へと近づいたがこのアヤカシは何処から来ているのか。
 一匹が数多を呼び寄せるアヤカシアリを考えれば、斥候でもいるのではと思うが‥‥今となっては、把握出来る事ではない。
 美しい刀を手に、一つ、二つ、三つ、アヤカシアリを斬り伏せていく。
「下級アヤカシとはいえ‥‥流石に数が多い」
 フローズを放ち続けるルヴェル・ノール(ib0363)は、一瞬腰につるした飛竜の短銃へ視線を向けた。 此れを使う状況に追い込まれる事も、想定している。
 相手は無尽蔵に襲い来るが、開拓者側は疲弊していくのだ――数の暴力。
「これはまた大所帯で」
 やや呆れたような口調で眼鏡を直し、肩を陣取っていた相棒を懐に入れ、目を細めるのは无(ib1198)。
 手にした符が人魂となり、周囲を探る。 入り乱れたアヤカシアリと化甲虫は、本能的に弱い相手を狙っているのか民達を狙い空を飛ぶ。
「飛行する化甲虫に注意するべきか――?」
 魂喰を放ちながら、時折警戒に回りつつ岩屋城へ‥‥そこに近づく一人の少女。
「はて、指揮官はいるかい?」
 人魂を持つ陰陽師なら、見渡せるだろう、と不敵な笑みを浮かべたからすは、肩に上ろうとする无の相棒を見て目を細めた。
「暫し、待ってくれ」
 人魂で探った无が、声を上げる‥‥既に、確証と言うよりも直感めいたものであったが、後方に陣取るアヤカシアリ。
「――指揮が、崩れるかは。わかりませんが」
 アリさんに指揮、出来るのでしょうかと疑問を呈した和奏だったが、狙っていて損はないだろう、とからすが答える。
 どちらにせよ、倒すのだから。

「柚乃は‥‥戦は嫌いです‥‥‥‥」
 目を伏せ、祈るように胸の前で両手を握りしめた柚乃(ia0638)は、狙いを定める。 狙いの先は化甲虫、酸を吐いて飛行する、中でも強力な個体。 たっぷりと精霊力を充填してから放った精霊砲は、真っ直ぐに射抜く。
 ガッと、肩口に顎が刺さって彼女の身体が後ろへ弾き飛ぶ。 充填に気を取られ、いつの間にか近づいていた化甲虫が不気味な音を立てて喰らい付いていた。
 その化甲虫に、一本の矢が突き刺さり、不意を突かれ吹き飛ぶ醜い虫。 琥龍 蒼羅(ib0214)の放った矢が、無理矢理柚乃から引き剥がす。
 続いて、素早く刀を抜き、抜刀速を殺さずに攻撃へと移る。 空気をも切り裂いては、二太刀浴びせ、刀で攻撃を払いのける。
「抜刀両断、ただ‥‥断ち斬るのみ」
 続いての攻撃は払いのけられたが、雪折を交えて切り裂いた。
「大丈夫なりかっ!?‥‥一時、疲れを忘れるのだっ!」
 ぐっと親指を立てて、平野 譲治(ia5226)が結界呪符「黒」を召喚し、治癒符で柚乃の傷を塞ぐ。
「ま、間にあいました――」
 ふぅ、と息を吐いた礼野が、扇子「月桂樹」を握りしめ閃癒を扱う。 結界呪符「黒」の隣に立った平野の生み出す火輪が、血の臭いに呼ばれたアヤカシアリを焼いていった。
 周囲の誰かに付いているのか、ヴォトカで誘引液の中和を計ろうとするが、どうにも自分達にはわからない。 幾ら倒してもキリが無い戦い、だが、彼は軽く自分の頬を叩いて気合を入れる。
「皆で帰るっ!これ大事っ!‥‥させないなりよっ!」

「数は面倒ですが、切り払いますか」
 やれやれ、と言う形容詞が尤も似合うであろう。 長谷部 円秀 (ib4529)の持つ銀の刀が太陽の光を受けて鋭く輝く。
 漆黒の瞳がアヤカシ達の、弱い部分であろう場所へ向けられた。
「一つ――甲殻の間、足の節」
 白刃が閃き一瞬にして弱い足を切断していく、次々と動けなくすると、長谷部は刀を返して側面から襲い来る化甲虫と鍔迫り合いを起こす。
 避けられた二度目の太刀、相手の攻撃を鞘で受け止め、その力量を計りながら口にした言葉はあくまで呑気なものだった。
「大物は、呼んではいないんですがねぇ――」
「アヤカシそのものも、呼んではいないのだけれど」
 水流刃を走らせ、氷那が軽く忍刀を鞘から抜き放つ‥‥手裏剣を放ち、そして刃で襲いかかる。 ふわりと靡く銀髪を風に遊ばせ、白野威はさて、と目の前の化甲虫へ視線を移した。
 神楽舞「武」を舞い踊り、着物の裾を綺麗に整えて舞いを終えたと思えば直ぐに白霊弾を放つ。
「見事です」
 素直に称賛を表し、長谷部は軽く踏み込み刀を振るう、確かな手応えと物を斬る感触。 援護を受け、そして攻撃を何度も受けた化甲虫の甲冑は既に何の意味も為さない。
 視線を遠くへ移せば、細く連なる小荷駄隊や民達が見えた――あちらは、どうなっているのだろうと斬り捨てながら思う。
 その時、今まで列を為して襲いかかっていたアヤカシアリ達の、動きが乱れた。

●アヤカシ、力尽きて行く両者
「統一無き軍は烏合の衆に等しい」
 響き渡るのは、硝子が割れるような甲高い女の悲鳴――否、それは響鳴弓の音色。
 アヤカシにとって、負の感情は美味なるものだがこの音色はお気に召さないようだ。
 狂い、そして散ったアヤカシアリを統率していた個体を見、からすは満足げに嗤う。
 何事か、と迷う者に、アヤカシアリの指揮を討ち取ったのだ、と无が、肩の上に乗るからすを見、そして説明を付け加える。
『尾無狐』の他に、少女まで増えたのか、と、何処か愉快な気持ちで。
 やや、統率が乱れたものの今だ尚進軍を続けるアヤカシアリ、だが、烏合の衆だと思えばこの何処か疲弊した戦いにも光明が見えた。

「で、伝令――」
 足が震え、カチカチと歯を鳴らしながらも辿りついた一人の伝令が、僥倖を伝える。 先頭は、既に岩屋城へと入城したと。
「そうか‥‥続いて任に当たるように。明日、生きる民達の為」
 大将である高橋も、その刃を用いて飛んでくる化甲虫達を打ち払っていた。 肩を穿つ突撃に、流石に揺らぐがグライフの閃癒が彼を癒す。
 ――圧倒的に、開拓者勢は人が少なかった。
 怯える伝令が駆ける、死したものは片手の指で数えられる。 だが、それは絵空事ではなく、彼にとって同胞であった。
 その悲しみは心の中に巣食うが、それでも彼は喜ばねばならなかった。 自分が生きていると言う事を。
 その、伝令を救ったのは偶然と言うべきか、或いは必然なのかもしれない。
「――武天の地を荒らすか。‥‥さて、さて」
 伝令を逃がし、咆哮を上げる。
「虫如きが、触れるな。我らが同胞たる民に――!」
 武天、賜った姓名を名乗る、尾鷲 アスマが立ちふさがる。 やれ、やれと丈は肩を竦めるが集まって来たアヤカシアリの数に、強くグニェーフソードを握りしめた。
 今のうちに走り始める民達、チラリと目をよこすのは、憐憫か――或いは、哀愁か。 自分達の代わりの『生贄』と考えていても、決して可笑しくはない。
「出来るか?」
 試すように、丈は問うた。
「やるんだ」
 尾鷲は笑った。

 過半数を岩屋城に届け、地にアヤカシの亡骸を築き上げた開拓者達も、次第に練力が切れ始め集中が切れ始める。
「やはり、こちらに頼る事になったか」
 ノールの手には、飛竜の短銃が握られている――旅をするうちに身に付いたのか、最悪を想定しての行動だったがこれは上手く行ったらしい。
 見たところ、深手を負っているものの、命の尽きた開拓者はいない。 此れは、個人の力量のお陰か。
 身体が、急所を避けるというのもあるかもしれない‥‥そう考えながら、狙いを定め銃を撃つ。
 独特の音と共に、弾けるアヤカシアリ。 弾を込め、もう一つ。 その横を通り過ぎた開拓者が、アヤカシアリを薙ぎ払った、空を無数のアヤカシアリが軽く飛ぶ。
「フィンちゃん、無茶ですよ」
 レイスがファルストに向かうアリを、撃ち倒していく。 練力が切れても、傷を負っても、戦わねば自分が食われるのだ。
 最後の崩震脚を打ち、羅喉丸は呟く。 大将は軽傷を負ったと伝令が伝えていたが、この状況に於いて開拓者側に死者が出ていないと言うのは僥倖だろう。
「正念場か‥‥」
 このままでは、徐々に形勢不利になるだろう――だが、憧れた開拓者を脳裏に浮かべ、あの人ならどうするだろうか。
 彼は、知らず知らずのうちに笑っていた。
 ――その視線にどのような意味合いが含まれているのだとしても、信じて命を預けられたからには見過ごすことは出来なかった。
「‥‥近づけさせは、しませんよ」
 最後の一発、ブリザーストーム、そして焙烙玉が化甲虫達を凍らせ、或いは燃やしていく。 だが、突撃にローラントの華奢な体躯が空を飛んだ。
 咄嗟に受け身を取り、咳き込んでは立ち上がる。 すっ、と盾を構え、ガードで身を固めた山羊座が彼女の前に出た。 大丈夫、下がって。と魚座が声をかけては、サンダーで撃ち滅ぼす。
「最後まで、気を抜かないなりっ!」
 バルカンソードで斬りかかった平野が、化甲虫を弾き飛ばす。 シュウシュウと傷口から瘴気を噴き出し、苦悶しているのか虫の足がざわついた。
 血と埃と、汗、金属の臭いの混じる戦場に梅の香りが漂った。 白い光を纏った刀を携えた和奏が化甲虫の傷口を狙い攻撃を叩きこむ。
 練力を抑えていたのが功を奏したのか、他の開拓者程には疲れてはいない。 これ程沢山いると、絶景ですね――、他人事のように、彼は呟いた。
「絶景と言うよりは、そろそろ飽きて来ましたが――」
 苦笑気味に呟いた九法が、化甲虫に止めを刺す。 周囲を見れば、開拓者達が倒したアヤカシが腹を、或いは甲羅を鈍く太陽に晒して倒れていた。 既に瘴気へと還った個体もいるだろう。
「む‥‥後衛の、消耗‥‥激しい」
 城まで耐えきれるか、そのような意味合いを含んで羅轟は口にする。 新たなアヤカシなのかと、得物を構えた開拓者だったが、違う、と彼は回転切りでアヤカシアリを吹き飛ばして見せた。
 どうやら、此方は此方でアヤカシに間違われる事も慣れているらしい。
「だが‥‥我々で、倒せばいい」
「勿論、絶対に諦めないぜよ!」
 三人の男がアヤカシを切り払う、一人の少年が、アヤカシに止めを刺した。

 遠くの方では、民や小荷駄隊を守る開拓者達が奮闘している。
 霊剣「御雷」が炎を纏う。 焔陰を使ったグライフの一刀が、複雑な軌道を描いて振るわれ、化甲虫の甲羅を焼いていく。 突進に鍔迫り合いを起こしていた彼女だが、やがて力に負けて後ろへと吹き飛んだ。
「おい、大丈夫か?」
 稚空がグライフへ問いかけ、彼女も首肯する。 アラタが、敵襲――淡々と告げた。 傷が開いた、と膝を負ったファルストを抱えあげ、レイスが岩屋城へと駆ける。
 此れ以上は、戦闘が出来ないと判断しての行動だ。
「此方は押さえておきます、お気を付けて!」
 頷いた菊池は、何度目かの散華を放つ。 もんどりをうって弾き飛ぶ化甲虫が、菊池に襲いかかる――頭から酸をたっぷり被った彼は、困りましたね、と飛行して突進してくる敵の腹に一撃を入れる。
 何時の間に抜いたのか、忍刀がギラリと凶悪な光を放った。 酸が忍刀を手にした手を、刀を蝕んでいく。 足で蹴飛ばし、反動で忍刀を敵の身体から抜き放つ。 先に倒れたのは化甲虫だった。

 最後の民が、岩屋城の中へと消える。 それを見おくった琥龍は、刀を衣服の裾で拭うと倒してきたアヤカシを振り返る。 瘴気を激しく吹きあげながら、徐々に四散していくアヤカシの亡骸、いや、亡骸と言うのも妙な話だが――。
 倒れ、力尽きた開拓者が出たのか、戦場から岩屋城へ‥‥。 直ぐに処置をします!と声を上げた少女、柚乃も決して少なくはない傷を負っている。
 追ってくるアヤカシアリを斬り伏せながら、改めて彼は『依頼』をやり遂げたのだと実感した。

●城内、生死の行方
 羅喉丸の背に乗せられ、運び込まれたローラントに柚乃が生死流転を施す。 直ぐに治癒を、と言われて礼野が閃癒の術を紡ぐ。 何度か咳き込み、ゴポリと血を吐いた後、少女は全身に痛みを感じながらも目を開けた。
 ぼんやりする視界の中で、ああ、守れた――彼女はそう、実感していた。
「全く」
 同じくボロボロのグレインが、苦笑めいて呟く。 守れましたね、キースさん。 心の中で彼女は話しかけた。
「不思議なものだな」
 その報せを聞きながら、からすは長距離で飛行する化甲虫へ狙いを定めた。 数名は、傷の為に、或いは民を守る為に‥‥残る決断をしたと言う。
「と言う私もだが‥‥人は死に抗う。殺すが殺されるのは嫌だと言う」
 それが、人なのか、酷く大人びた微笑みを浮かべ、彼女はこぽりと音を立てて茶を淹れる。
「お茶はどうだい?」
 民達へ、或いは大将である高橋へ、小荷駄隊の者へ、そして開拓者へ。
「――ありがとうございます」
 人々の手当ての為、残る事を選んだ白野威は、包帯を替えながら頭を軽く下げる。 そう言えば、茶葉には殺菌作用があったかもしれない、と思いながらゆっくりと負傷者へ茶を飲ませて行く。
 グライフが、後で頂きます!と声を上げた。 彼女もまた、負傷者の怪我の治療の為に残る事を選んだらしい。
 ガタン、と音がして、外で残党討伐を行っていた无と菊池が、岩屋城の中に入って来る。
「‥‥少し、しくじりました」
 青い顔で腹部を抑えた菊池の手が、赤い液体で濡れ、折れた骨が痛みを訴えた。 直ぐ様、治療の為にと白野威とグライフが駆けよって来る。
 床に寝かせられている柚乃が、お疲れ様です、と目で訴えかけた。 この少女もまた、自分の傷の為と、民を守る為に残った人物である。
 遠く、空を見つめ、无が口を開いた。
「――嫌な予感がする」
「ああ、我々にとって状況は優勢と出ているが気は抜けない。――これは前触れ、各々、気を引き締めて欲しい」
 同じく、嫌な予感を感じつつ高橋は、頷いて瞠目した。

 外では、じわり、じわりとアヤカシが集まり――。 岩屋城と言う場所を包囲せんと、策略を巡らせていた。