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■オープニング本文 ●濡れ手伸ばし 濡れた手で肌を撫でるような生ぬるい、不快な風が身体を撫でていく。 『ずっと、大好きでした――』 鈴の鳴るような声がして、喜多野・速風は歩みを止める‥‥持ち前の好奇心がむくり、と鎌首をもたげるのを抑えつつさらに歩を進めようとして、留まった。 『今も、ずっと――』 聞こえる、それと同時にぽぅ‥‥と鬼火が暗闇に灯る。 しっかと報告書を握りしめ、不気味に揺れる其れに狙いを定めて、一発。 下がったところで一太刀、アヤカシの類であればギルドに報告しなければならない。 『大好きでした――』 声が聞こえる、思わず踏み出した足は水を舐め肌を濡らす‥‥現実との境目が曖昧になって思わず彼は自らの足に刀を突き刺した。 「こりゃぁ、餌を求めてるってぇ事か?」 志体を持っていると言えども、決して強くはない――理解しているからこそ、彼は駆けた。 固く閉ざされた扉を叩き、事情を説明する。 「あの川は、アヤカシ見てぇなものが住み着いてるんでさ、ちぃと、近づくのは待ってくれないかね」 刹那、閉じられた扉、思わずぶつけた鼻をさする‥‥気配を感じてひょい、と視線を移せば体躯の良い青年が立っていた。 「この町の人かぇ?」 「ええ‥‥あの、此処の川のアヤカシですが」 ――昔、長者の娘と地方領主の息子が契った。 二人は未来を話し、川を眺めては蓮の花のように穢れ無き愛を誓い合う。 絡めた指先、微笑み合う二人‥‥だが、その愛は逃げ水のように逃げた。 始めから、在りもしない夢、踏みにじられた思いと純潔、娘は川に身を投げ。 ‥‥それから、毎年、七月七日には人が投げ込まれる。 「今年は、貴方が声をかけた家の娘が投げ込まれます、私達に逃れる術は無い」 絡んだ蓮の花、沈みゆく躯。 裏切れば、災いが起こる‥‥奇怪な雨に流され、家は飲みこまれる。 「もう、こんな事は終わりにしたい――どうか、助けて下さい」 ●蓮見船 翌日、周囲を調べ回っていた速風は、どうしたもんか、と筆を止める。 粗末な堤防では、多少の雨で川は氾濫する――泥を含む水は清らかな蓮とは対照的に、底知れない。 少し南へと視線を移せば、緩やかに川が続いている、この調子なら投げ込まれた娘も上手く行けば下流へ流れ生き延びたかもしれない。 濡れた草が足を撫で、気になって手を伸ばした先には布切れ‥‥元は鮮やかな朱色だったと思われる布は色が剥げ落ちて侘びしさを醸し出していた。 「鎮魂と称して、蓮見でもするか――祀りても、人身御供は頂けねぇな」 ギルドに帰って、増えた仕事を片付けるかえ‥‥身を翻そうとした処で、ポツポツと肌に浮かぶの脂汗。 心臓を冷えた手で鷲掴みにされたような、不快感と共に哀しい声が頭の中にこだまする。 『ずっと――お待ちしております』 どす黒く濁った赤が、水面に落ちる‥‥咄嗟に身を翻したが上腕から手の甲までざっくりと肌が石榴のように裂けた。 水掻きと鋭い爪を持った女が、白い着物を纏い、儚く哀しげな笑みを浮かべる‥‥一枚の葉が落ちた、激流に飲み込まれる小舟のように吸い込まれる。 「――祟りじゃ!」 「此れは正真正銘、アヤカシさね‥‥ギルドの速風ってぇ、連絡付けて緊急で開拓者に来て貰ってくれ」 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
リリア・ローラント(ib3628)
17歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●助ける為に 空を8匹の龍が駆ける――上に乗った開拓者は目的である町を目指していた。 急を要する依頼、依頼人はパニックを起こしたように同じ事を繰り返していたが、ただ、川がある、女のアヤカシと鬼火が無数に出る、と口にして沈黙した。 「一人で複数に囲まれて‥‥早く救援に向かわないと」 龍が使用出来る事を確認し、隠遁に急がせ、その背で菊池 志郎(ia5584)は呟いた――その横で、少し考えて和奏(ia8807)が首を傾げる。 「今もずっと――でした、どちらが本当なのでしょうか」 断片的なその言葉からは、アヤカシが何を意図しているのかは分からない――そして、大好きでした、その言葉からも。 昔を遡れば情報は得られるかもしれないが、その術を持たぬ開拓者達には、身を投じた娘の思いもアヤカシの思いも、全て理解は出来ない。 「過ぎた愛が憎しみにしかならんとは、妖魔以上に人間の業も深い」 皮肉気に呟いた巴 渓(ia1334)は、口元に微苦笑を乗せて気まぐれな風の気流に乗る、愛など彼女の前には些末な事なのか。 或いは、彼女の目指す『道』が今回のアヤカシの『道』とかけ離れたもの故かもしれない。 「しっかし、水門も開けられないのかぁ――少しは楽になると思ったんだけどなぁ」 川を、蓮を守ってほしいと‥‥ただ通りかかっただけのギルド員よりも、自分達が大切だと依頼人は言った。 水門が開けば、下流が氾濫する、ギルド員よりも村の安全を‥‥それは正論だ、ギルド員や開拓者は仕事であり、村人達は巻き込まれた被害者、わかっていても――笹倉 靖(ib6125)は何だかねぇ、と肩をすくめた。 「大人のカクレンボは出来そうだけどねー、モア、よろしく〜♪」 笑みを絶やさずにリエット・ネーヴ(ia8814)は、朋友の首をトントンと叩いた、20分位龍で空を飛んだだろうか――目的の町が見える、上空から見れば状況は良く分かった。 鬼火は十数体に及び、蓮ノ姫と呼ばれるアヤカシは無垢な笑みを浮かべている――その瞳には、光が宿る事はないが。 「まずは鬼火を蹴散らすことが先決か。救出などは任せたぞ」 不敵とも好戦的とも取れる表情で、瀧鷲 漸(ia8176)が言った、その手にあるのは爆発的な破壊力を持つ斧槍「ヴィルヘルム」だ、黒と赤のビキニ鎧と合わさりまるで、破壊神のようにも思える。 「喜多野さん、お怪我はっ?」 急降下させると、リリア・ローラント(ib3628)が声をかけ、蓮ノ姫にアイヴィーバインドを放つ、顔を上げた速風は援軍の到着に少しだけ笑みを浮かべた。 同じく龍を降下させ、耳栓を耳に入れて、ネーヴが警戒しつつ水蜘蛛で速風に近づく、彼女とローラントの二人は、速風を救出する為に動いていた。 水に腰まで浸かった速風は、動こうとするがどうも動けない。 自ら引き付ける為に水に入ったのはいいが、決して頑丈な方だとは言えない――鬼火がゆらりと襲い来る。 目の前でボウ――と燃えた鬼火に眉をしかめつつ、ネーヴとローラントが速風の腕を掴んだ。 「大丈夫かな、んしょっと!」 ネーヴの力を借りながら、ローラントのレ・リカルで回復を受け彼は首肯する。 「此れくらい、なんて事無いさね」 至る場所に傷を負っているものの、見た目ほど傷は深くないのか速風はへらりと笑って自分の傷を手当てしていく。 「厄介なのに好かれたみたいだねぇ、にーさん?あんたなら助けてくれると思ったんかねー」 へらり、と笑って顔をだした笹倉に、普通の女性に好かれてぇもんよ、と笑う。 「これだけの時間、よく耐えたわね」 労うように肩を叩くユリア・ヴァル(ia9996)に、おうよ、と笑みを浮かべ、労いに逢引でもしてくれるかぇ?と軽口をたたく。 その軽口に、遠慮するわ、と素気無い返事を返してヴァルは蓮ノ姫へと視線を向ける。 蓮ノ姫、白い衣装を纏った――何処からどう見ても、人に見えるその姿、だがそれはアヤカシでしか無い。 害為す者、そして、生贄を喰らい力を蓄える者。 「よし、加護結界完了、頑張ってくれよぉ」 淡い光が灯り、笹倉の手でそれぞれに加護結界が与えられる、精霊の加護がベールのように包んでいるのを感じた。 ●鬼火は魂に似て 鬼火を牽制していた菊池が、振り返り天狗礫を放つ‥‥操られたのか、暫し硬い表情をしていた開拓者達だったがその後ろに鬼火が来ている事に気づき、臨戦態勢へと入る。 「喜多野、現場から離脱して貰いたい。負傷している奴に、援護してくれとは俺も言えない」 巴の言葉に、はいよ、と気の抜けた返事をして喜多野はネーヴの示した茂みへと膝を付く。 どうやら、高みの見物と洒落こむらしい、出来るなら鬼火を、と続けて言った巴にまあまあ、と適当な返事が返ってくる。 「ふん、見物料を取ってもいいが‥‥見せてやるしかあるまいっ!」 オウガバトル――騎士の持つオーラが立ち上り、淡く輝く魔人の美女の斧が振るわれる、既に数十に増えていた鬼火達は斧によって薙ぎ払われ、瞬く間に瘴気となって消えていく。 だが、川の中央に立った蓮ノ姫から生み出される鬼火は、どんどん増えていく――次々に散らすも、鬼火そのものの数が多い。 その火は、まるでこの川に投げられた娘のようで――。 立ち止まっている暇はない、豪腕を活かして次々と振るう、刹那に叫ぶような声が聞こえて。 「不快だな――全く」 「この言葉は、死んだ女性自身の思いなのでしょうか‥‥」 流れ込むのは哀しげな女の思い、約束を信じて――往く春、往く春、咲いては実を結ばぬ花が散る。 待ち続けて、待ち続けて、嫌いになれないからこそ、だから苦しい――。 「――っ!」 グッ、と菊池が自分の足に天狗礫を叩き込んだ、目の前には蓮ノ姫がユラリと現れては嗤う――呑まれそうになる、余りにもありふれた悲劇に。 ありふれて尚、否、ありふれ過ぎる故に共感してしまう悲劇を。 「それでも、死者の姿をとり、人を襲うなど、亡くなった人を辱める行為です」 毅然、と口にした菊池は、鬼火へ向かって次々と天狗礫を放っては、時折、印を組んで水流刃――水の刃を放つ。 鬼火から吹きつけられる火炎、咄嗟に腕で庇えば酷く爛れた火傷が残る、炎である筈なのに酷く冷たい、心まで凍らせるようで――後背へ回り込んだ鬼火は振り向きざまに散華を放った。 跡形も無く消える鬼火――悔しげな表情の蓮ノ姫。 「兄さんも、無理すんなよ」 笹倉が術を紡ぎ、神風恩寵で菊池の傷を癒す、ありがとうございます、彼はそう言ってまた、鬼火へと向き直った。 ●蓮の誘い 「‥‥貴女、は」 白い着物を纏った、蓮ノ姫、白無垢は死装束に変わる――水の中を踊るように辿り蓮ノ姫は微笑んだ、往きましょうと、踊りましょうと。 「ねぇ、一緒に――待っています」 「でも‥‥」 「手当たり次第に声を掛ける人だと思われては、相手の方に品性を疑われてしまうかと――」 呑まれそうになったローラントから、蓮ノ姫を引き剥がしたのは和奏だった、彼の考えはあくまで中立――人の色恋には疎いが恨みしか残らぬ蓮ノ姫の思い人。 繋ぎとめる事が出来なかったのか、それとも遊びか‥‥呑まれる事はない、このアヤカシには。 「昔話って上手に作ってあるものですね」 事実なのかもしれない、だが、伝説で無いとも言えない‥‥そこに、無差別に共感する事は彼には出来なかった。 蓮乱れる川に、白梅香の梅の香りが重なる――瘴気を浄化すると言われているその技ですら、アヤカシの瘴気は拭えない、そこまで堕ちたと言うのか‥‥否、始めから此れは道理。 思わぬ形でローラントに引き付けられた蓮ノ姫、だが、その身はユラリと川の方へと向かって行く。 近づいたとしても、出来るだけ距離を置いているところを見ると、地上に上がるのは躊躇われるのか。 「‥‥この人は、違います、よ」 蓮ノ姫へ言い聞かせるように口にして、ホーリーアローを放つ――アヤカシは人を喰らわずには生きていけない。 呪いや恐怖を与える声、も‥‥彼女の泣き声のような気がして。 辛い、苦しい、共感する故にローラントは震えた‥‥助けたい、守りたい、もし、人に変わってくれたら、瘴気が晴れて。 白梅香で瘴気が晴れて、人間に戻らないか――けれどそれは、淡すぎる望み。 嘆きも、悲しみも、人ならば抱きしめる事が出来る――けれど。 「どれだけ待っても、そんな体じゃ、もう‥‥」 わかっていても踏み出した彼女の肩を、ぽんと笹倉が叩いた、何を言うべきかは見つからない。 「寂し過ぎたんだろうさ‥‥だから、仲間を増やしている。でも、もうすぐ終わるさ」 それは、強者が弱者へ抱く『言い訳』なのか‥‥けれども、終わりに出来るのは確かに事実。 「蓮がいるよ、此処に――ずっと、一緒だから」 ネーヴが笑う、奔刃術を使ったまま飛龍昇の一撃、そのまま走っては仕留め、鬼火が散る。 切り刻む刹那、その鬼火が哀しげな声を上げているような気がして、それでも‥‥仕留めなければならない。 「ごめんね」 謝ったのは誰へ、鬼火なのか、それとも自分へなのか。 ●眠れ蓮ノ姫 「未練がましいわよ!良い女の矜持を持ちなさい――!」 ヴァルの言葉と共に、蓮ノ姫に鞭が振るわれる、その爪で爪弾くようにして巻き付きを避け、蓮ノ姫は哀しげに嗤った。 「アヤカシになって無差別に襲うくらいなら、生きてる間に男に平手打ちすれば良かったのよ!」 次は、やや踏み込んでその哀しげな悲鳴に耐えながらも、鞭を振るう――その鞭を受け止めた蓮ノ姫、しがみ付いて引きずり込もうと鞭を手繰る。 「いやいや、意外と強い力のアヤカシで。恨みを晴らすお積もりかい?」 笹倉が引っ張り、そしてヴァルと二人協力して蓮ノ姫を力づくで引き摺りだす――その下肢は存在せず、蔦と泥に塗れていた。 人ではない――人を模した、アヤカシでしかない、笹倉の言葉に蓮ノ姫は、逡巡した後、そうだ、と嗤った。 「耳を塞いでも、効果はありませんか」 手拭いで塞いだ耳から、入って来る呪声、呪いの言葉に軽く頭を振っては白梅香を放つ‥‥一つ、二つ、三つ、響き渡る呪声は頭をかき乱すようで美味くスキルが使えない。 「埒が明かないな――」 ポツリと呟いたのは巴だった、装備は強固な物を選んできた――速度に優れる泰拳士である彼女が水に入るのは、良い点を殺すことにもなる。 だが、彼女は迷わなかった。 「俺が水中に飛び込み囮となる。無論、タダでやられる気などない。近づいてくれればそれで構わん‥‥!」 「わかったわ、此方は援護をするわね」 「――お気を付けて」 蓮ノ姫が儚い笑みを浮かべた、おいで、おいでと手招きする‥‥ふわり、頭に霞がかったような気がして巴は足を止めようとした。 響き渡るのは、嘆く声、助けて――助けて――!繰り返す言葉、正義感の強い巴は、その声に揺らぎそうになる、拳を強く握りしめた。 血が出る程に強く、手を伸ばし、幸か不幸か恐慌を受けては退避し‥‥そして、術が紡がれる。 「無理はするもんじゃないさ」 笹倉がそう言って、解術の法を紡ぐ、淡い藍色は成功の印、ああ、と頷いて戦闘へ。 「(出来る限り、一瞬で仕留めたい)」 破軍――泰練気法・弐、爆発的な気力が立ち上る、勿論、他の開拓者も黙って見ているだけではない。 カミエテッドチャージの構えを取ったヴァル、そして白梅香での援護を担当する和奏、他に遠距離手段を持つ者は、援護を行う。 「蓮は穢れを浄化する清い花よ、未練を断ち切って終わりにしなさい!」 「今、楽にしてやる‥‥先に地獄で待っていやがれえええっ!」 「機微は、理解出来ませんが――安らかに」 蓮ノ姫の身体が、ゆらり、川へと落ちる――シュウシュウと瘴気を放ちながらそのアヤカシはもう、動く事は無かった。 真っ先に動いたのはローラント。 「少しで良い、泣いている彼女の心を抱きしめたい――」 「別にいいだろうさ、なあ、速風」 笹倉が速風へ問いかける、高みの見物と洒落こんでいるこの男はああ、と頷いてにこりと笑った。 「ありがとう‥‥」 泥に塗れるのも気にせず、ローラントはアヤカシだった存在を抱きしめる‥‥このアヤカシが、娘の為に起こした――そんな事はないだろう。 だが、負の感情が瘴気を呼ぶ事もあるかもしれない‥‥アヤカシについてはまだ、未知の領域。 「私は浮気男は大嫌いだけど、男はその後、幸せになったのかしらね?」 ヴァルの言葉に、さぁ?と曖昧に答え話の続きを促す。 「永久に変わらないものなんて一つもないわ。人は明日に向かって生きるのだから――今に甘えてちゃダメなのよ」 「深い言葉さね」 ヴァルの手で、白無垢のように穢れ無い蓮の花が川へと手向けられる――おやすみ。 彼女はそう囁いた。 ●水の底で、静かに 「祠の一つくらい作ってあげたいもんだけど、どうせ遺骨は見つからないから墓は作れないよねぇ」 ボロボロの身体を各自で治し、笹倉が一つ提案すれば、暫し逡巡し――速風が立ちあがる。 「そうさねぇ、観光地なら、祠も悪くない――恋に破れた娘の、哀しい伝説」 生きている者が、死者を都合よく使っていくのだなぁ‥‥生贄に怯えた町はもう無く。 これからは死者を忘れ、日々は繰り返されて行くのだろう。 その中で、祠を作る事が出来れば――。 「少しは、慰めになるかね」 「うん、蓮も綺麗だしねー、一杯人が来ると楽しいよ」 蓮を見ながら、ネーヴがケラケラと無邪気な声を上げる――孤独の方がいい、そう思いながら巴は空を仰ぎ。 速風から娘の事を聞いた菊池は、遠い目をして、池に視線を向ける。 「彼女はただ辛く悲しかっただけで、他の人々を殺したいなど、きっと思っていなかったでしょうね」 蓮の花の下、静かに眠ることを祈る‥‥もう、二度と害されないように、暗く、深くはあるがただ静かな、水の底で。 「静かに眠れ‥‥」 瀧鷲が斧を担ぎあげ、静かになった川へ、最後に振り返る。 もう、誰が彼女を傷つける事も無く、そして彼女もまた、誰かを傷つける事も無い。 ――思いは、蓮と共に穢れ無く、美しいまま。 |