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■オープニング本文 ●五月雨の中 雨はやむ事無く降り続き、銀幕を下ろしたかのよう。 まだ、柔らかく頼りない若葉は日に日にその色を濃くし、存分に生命を謳歌する。 春の雨は長く、だが、花々は艶めいて思わずため息が漏れるように美しい。 桜の儚げな美も美しい――だが、生命の強さを思わせるようなツツジの花もまた、違った美しさがあった。 厳しい冬を耐えしのぎ、そして花を咲かせるその生命力の強さ、そして誇り高さ。 雨傘を差した男が一人‥‥濡れて鮮やかなツツジの花に視線を向け、その指を伸ばして触れた。 燃えるような赤、葉の緑に映える桃、誇り高い白――様々な色が、目を楽しませてくれる。 そして遠くへ視線を馳せれば、池に咲く紫‥‥アヤメの花。 梅雨に入れば、紫陽花も咲く頃だろうか――身近すぎてその美しさを忘れがちではあるが。 桜や紫陽花と言った花では無く、そして五月雨の中、花見も乙だろう。 ギルド員として、様々な依頼を斡旋してきたが――様々な依頼、開拓者も当然ながら心を持つ。 心まで超人とはいかない。 それに、雨は己と外界を切り離し、何処か孤独にしてしまう‥‥心細い光景でもあるが。 しかし、花は凛と美しく、過去に思い馳せるも。 未来に思い馳せるも――誰かを誘うのも、一人で楽しむのも‥‥美しい自然を愛し、そして謳歌するのはどうだろうか? 不意に思い付いた提案に、男は来た道を戻り、墨を磨る――せめて、開拓者の心の安らぎになればと。 『五月雨の中 花見に行きませんか?』 そのような誘いが、開拓者ギルドの掲示板の隅に貼られていた。 目を向けて、はて、どうしようか――? |
■参加者一覧 / 鈴代 雅輝(ia0300) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / フェルル=グライフ(ia4572) / 千見寺 葎(ia5851) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 雪切・透夜(ib0135) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / グリムバルド(ib0608) / 紫焔 鹿之助(ib0888) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / リリア・ローラント(ib3628) / 御影 銀藍(ib3683) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 月宮 朱雀(ib6773) |
■リプレイ本文 ●雨に寄りそう 細く、幾重にも重なり降り続く雨は、緑の葉を揺らし音を奏でている。 いつもは太陽が顔を覗かせ、生命の謳歌を歌うがこの五月雨の中、何処か外界と隔たれ静かに思い浸る開拓者達。 「こんなに沢山のお花が‥‥春なんですね」 フェルル=グライフ(ia4572)の言葉に、和傘を持ち、何処か遠くへ視線を彷徨わせた酒々井 統真(ia0893)は、まだ思考の中。 「ああ‥‥そうだな」 ぶっきらぼうな返事だが、優しく穏やかな笑みを浮かべるグライフは、そっと寄り添いその肩口にそっと触れた。 ――聖夜に気付いた、その落涙する心。 それに寄り添おうとその距離を縮める、春の色をした花を描いた着物が雨に、艶やかに翻る。 「雨の中のお花見もいいものですね、統真さんっ」 抱きつかれて、酒々井は彼女を抱きとめ、視線を伏せる――これからもずっと、開拓者として戦う事。 無茶もする、この拳はどんな敵でも倒す、どんな障害も。 ――でも、そうする事で心配し、悲しませる相手がいる‥‥そう、横に寄りそう彼女がいい例だろう。 今までどおりに戦えるのか、危惧し、心の背けたい部分から湧きあがるのは確かに『怯え』と言う感情だった。 「‥‥そうだな、雨の中の散歩も、悪くない」 まだ、しこりの残ったままの心を抱いて、雨が周囲と自分達を切り離す。 「なあ、フェルル――」 彼は何を紡ごうとしたのか、お互いに口にするにはあまりに不器用な二人。 だから、重ねる、その手を――ねぇ、また次も、一緒に来てくれますか? グリムバルド(ib0608)は恋人、アルーシュ・リトナ(ib0119)の肩を抱き、彼女が雨に濡れぬよう、そして逸れてしまわぬよう、歩調を合わせる。 不器用な気遣いが嬉しくて、リトナはグリムバルドの手に触れた――触れた先から外気と正反対に、身体と心が熱を持つ。 まるで、可愛らしい子犬のように人懐っこい、大切な人。 「‥‥何か、雨の音って落ち着くなぁ」 雨の音に包まれ、隣の温もりが嬉しく――グリムバルドの言葉にリトナは微笑み、その瞳を細め、花々を映す。 「濡れる花の香より深く けぶる菖蒲の紫(ゆかり)遠く見ゆ‥‥」 雨にけぶる菖蒲の紫(ゆかり)そして寄りそう縁(ゆかり)の不思議さよ――香りよりも薫る、雨の薫り。 「躑躅の香りがとても甘く感じますね。――透き通る様な鮮やかな色」 「生きてるって、感じだな」 「ええ――それに、しっとりとした菖蒲の花姿」 改めて隣の姿に目を向けて、彼女は花の様な笑みを浮かべた。 「改めて‥‥本当に、大きいですよね」 「身体が資本だからなぁ」 本当は、一人で来ようと思ったこの花見――あなたと躑躅と菖蒲と雨と。 胸の中に湧き上がる温かい喜びが、飛び出してしまわぬように大切に胸の前で手を組んで、そして目を閉じる。 其処に在ると言う気配を――しとしと染み入る様に、一つ一つ感じていたいものです。 「貴方の、傘に入ってもいいですか?」 ふんわり微笑んだリトナに、グリムバルドは軽く傘を持ち上げ、快活な笑みを浮かべる。 「当たり前だろ、入ってくれるか?」 ずっと、傍に――。 二つの傘が寄りそうように咲いていた――まるで、二つの花の如く。 不意に、一つの傘が揺れる、雨に濡れて目的の花へ指を伸ばす――白く淡く輝く、芍薬。 言ノ葉 薺(ib3225)は恋人である東鬼 護刃(ib3264)を振り返る‥‥東鬼は何処か、悪戯っぽく微笑んで、どう見えるのかのぅ、と笑いかける。 「気に、しますか?」 自然と上目遣いになる言ノ葉に、愛しさがじんわりと胸を満たすのを感じつつ、東鬼はふるふると首を振った。 「わしは気にせんがのぅ」 言ノ葉は、私も、と頷き事前に言葉にしていた『花物語』を口にする。 咲き乱れる芍薬は、薄桃に桃、そして清らかな白、幾重にも重ねられた花弁は慎ましやかで麗しい。 「芍薬。ある話では、この花は月光から生じたそうです‥‥花言葉はひとつ、はにかみ」 その花言葉のように、はにかんだ表情を浮かべた神威人の青年は、そろそろ行きましょうか、と東鬼を促す。 「ああ、とても良い庭園じゃった‥‥雨に濡れた花の、麗しい事よ」 満足げな東鬼は、熱い茶を運びそしてまだ、降り続く雨に目を向け、ポツリと口にする。 「紫蘭」 「え?」 「この思いを花に例えるのなら、紫蘭のよう。互い忘れる事無く、変わる事なき愛を持つ‥‥これからも、宜しくな」 微笑む東鬼、言ノ葉は席を立ち、隣に寄り添いその尾を預け、口を開く。 何度か開き、そして閉じて、首を振り――真っ直ぐ東鬼を見つめた言ノ葉の瞳に宿る、強い意志。 「護刃、私は貴女を幸せにします」 「ふむ‥‥では、これからも――」 視界の端で、薄紫が揺れる、雨に濡れた杜若、その意は『幸運が来る』 「水月と、届かぬ想い遊ばせ幾星霜。漸く触れしその心、我が時と共に静かに刻まん」 東鬼の指先が、言ノ葉の手に引き寄せられ、彼女ははにかんだ笑みを見せた、もう、此れからは過ちなど犯さない。 「我が想いはかく語りき。手に触れし貴女に喜びを感じ、空へと我が心を浮かべる。さて、歩みを始めましょう」 手を繋いで‥‥二度と、離さぬように。 寄りそう温もりが心地よい、目に入る四季の美しさ――明王院 未楡(ib0349)は、何時も深い愛情で包み込んでくれる夫、明王院 浄炎(ib0347)へ肩を寄せる。 差し出された大きな和傘の下、全てから守られているようでくすぐったく思いながら、相合傘で色鮮やかに艶めく花々、そして一層眩しい草木の緑を堪能する。 『たまには、夫婦水入らずで過ごすのも良かろう‥‥』 愛妻である未楡と、同じ時を刻みたいのは彼もまた同じ――快く送り出してくれた子等に感謝しつつ、胸に預けられた未楡の温もりを心地よく思う。 彼女が濡れてしまわないように、傾いた和傘、その意味も、意図も全て汲んで未楡は微笑む。 「こんなゆったりとした時間を過ごせるのも‥‥とても素敵、ですね」 触れた部分から感じる、浄炎の温もりと湧きあがる愛しさ――水辺を彩る菖蒲は誇り高く、参道沿いに咲くツツジは情熱的で。 「ああ、感謝せねば――」 子等に、そして隣に寄りそう彼女に、照れが入って、ふ、と逸らした浄炎にふふ、と小さく笑みを零す未楡。 視線の先に、良く知る少女がいて、お互いに目配せ、そして。 「一緒に、如何ですか?」 その言葉に、少女、礼野 真夢紀(ia1144)は驚いたような表情を浮かべ、そして、笑みを零す。 「――是非」 ‥‥皆で、此れからも。 ●縁に思う 一寸、時は遡り。 五月雨の中の花見、黒髪を靡かせ一歩二歩、礼野が手製の柏餅を見、そして空を仰ぎ見、ふぅ、と息を吐く。 「雨の中じゃ、お菓子食べながらって訳にはいかないし」 如何せん、雨脚は朝から絶え間なく続き、一般人より頑強な開拓者と言えども身体を壊す事もある。 けれど、急がずゆっくりと、ツツジは太陽の下で見る方が好き。 「アヤメや牡丹は五月雨の中でも風情があるけれど‥‥新緑、綺麗ですの」 ふふ、と口元を押さえて笑みを零し、次は、お陽様の下で、と思えばよく知った声を聞く。 「一緒に、如何ですか?」 まゆちゃん、と声を掛けられて礼野は振り返り、瞬く――思いがけない人、でも、とてもこの場にあった人。 「明王院の小父様、小母様‥‥」 寄りそう二人、お邪魔しても――?と言外に問いかければ、是非、と優しい声、そこには揺るぎない絆が見えた。 「じゃあ、ご一緒しますの」 まだ硬い紫陽花の蕾を見、そしてアヤメ、雨に降られ咲く淡い藤の花。 「今日は持参したお菓子は、柏餅以外は購入したものですの」 流石に練り切りを綺麗に作るのは‥‥と言い澱む礼野に、まあ、美味しそう!と未楡が喜びの声を上げた。 「うん、美味い。腕上げたなぁ」 浄炎の言葉に、はにかんだ笑みを見せ、この事は是非、姉に教えねば、と故郷の姉を想う。 店の前で迷いに迷い、選んだのは藤に、富貴草、青楓にあやめ、さつき‥‥職人の技が輝く、五月の華。 「そう言えば――柏餅は、子孫繁栄の意味があったっけ」 ふ、と零した言葉に、顔を見合わせる目の前の夫婦、その姿を見て、礼野はクスクスと笑みを零すのだった。 空からの雫を受け、風を受け、柳がサワサワと音を立てて揺れていた。 色は、太陽の下で見るよりも一層、艶やかな新緑色。 「外――雨が」 雨にけぶる柳の緑、波紋を刻む水面、風が揺らし複雑な模様を描いては宙に散る。 傘もささず、和奏(ia8807)は濡れて佇んでいた、柳の下。 「(誰も止めない、触れても、大丈夫)」 幼い頃の記憶は、水たまりに手を出そうとして、悲鳴を上げた家人、今は止められる事も無い。 それが、何故か、波紋のように心に広がり――やがて、彼はそれが、嬉しい、と言う事を知覚する。 指先が水面に触れて、また波紋を広げる‥‥指先はしっとりと濡れ――冷たい。 猫っ可愛がりされて連れ回されるお座敷犬、何を思って行動していたか、振り返っても――『空虚』で、からっぽ、がらんどう。 「(思う存分、眺めていられる‥‥)」 誰にも止められる事無く――ぼんやりと空を、景色を、水たまりを眺めていた和奏の横を、尾無狐が通り往く。 その後から雨を受けながら无(ib1198)が眼鏡越しに天を仰いだ。 『五月雨の中 花見に行きませんか?』 酔狂、だが、小粋なその提案に、どうやら狐も、主も浮かれているらしい。 「おや、きみも散策か?」 「ええ――」 軽く言葉を交わし、无と和奏が通り過ぎる――袖振りあうのも縁、だが、各々の時間を潰すのは粋では無し。 ツツジ、シャクナゲ、アヤメに花菖蒲、百花集めた庭園に、此れは粋だが意地が悪い‥‥何せ、散策に労しない。 「たまにゃ、こんな日があっても悪くはねぇ、ですかい?」 ――雨は静寂をもたらし、世界と自分の境界をも曖昧に。 溶け込み、溶け合い、独りであることも忘れられる。 さすれば、他の存在も感じ易くなるから独りではないことも確認できて――。 「雨にぬれつつ散策、これはこれで小粋かと」 「そう言ってくれりゃ、誘った甲斐があるってもんでさぁ」 雨に濡れながら、ゆっくり歩いていく藍染の衣、おや、依頼人だったかと思考を巡らすが、无の視線は庭園に向けられたまま。 ゆるりゆるりと時間が流れていく、依頼人――正確にはギルドの法衣――を目印に見つけた瀬崎 静乃(ia4468)が、声をかける。 「‥‥招待戴き、ありがとうです。雨の中の花見もオツ」 「ああ、礼を言う程の事じゃぁねぇ」 「番傘を、貸して頂いても?」 「勿論、持って行きねぇ。後は、ギルドに返してくれりゃぁ、構わんさ」 番傘一本、お伴にして――雨が弾ける、一つ二つ。 決して少なくは無い数が来ているようだが、どうやら其々物想いに耽り、会う人は僅か。 遠くに凛、と咲くカキツバタ――淡い紫が雨にけぶって何処か儚い色をしていた、真っ直ぐに空に伸びるのは、花も葉も同じ。 鋭さを感じさせる佇まいでありながら、柔らかさを内包しているように感じられるのはその色か、それとも空からの恵み故か。 細部まで、愛でるように、慈しみ、じっくりと記憶するように堪能する。 濡れる度に、艶やかに、鮮やかに――飽きる事無くずっと、見ていられるような気がして。 「‥‥そういえば、もう梅雨が近いんだったっけ」 五月雨が過ぎれば、次は紫陽花が咲く頃か‥‥ふい、と視線を移せば金色がピョコピョコと跳ねている。 おや、此れは――? 無言で驚く瀬崎を見、そしてニッコリと笑顔を見せたリエット・ネーヴ(ia8814)は土色の上で寝そべる小さな蛙を指さし。 「う!蛙さんの、真似っ♪」 ピョン、と柳の枝に飛び付き、ケラケラと笑う、驚いたのかチャポンと小さな音を立てて水に潜る蛙。 「あーあ、またね」 少し残念そうに、けれど楽しそうに手を振って見送ったネーヴは、瀬崎の傘に入り、彼女を見上げ。 瀬崎はゆっくりと頷くと、また同じように相合傘のまま、庭内を散策。 座りこんでは花を見、動きまわる度に金のアホ毛を揺らし、元気に跳ねまわる――この思い出は忘れないように。 友人を思い浮かべ、土産話にしようと心に思う。 「きょーはありがとねぇ〜♪」 「此方こそ」 後ろから声を掛けられた喜多野は、驚いたように笑い、そして軽く手を上げた。 ●花に酔う 雨の香りを愉しみ、土の香りを愉しみ、花の華を愉しむ‥‥決して綺麗ではない文字で書かれた手書きの案内に目を落とし雪切・透夜(ib0135)は、ほぅ、と感嘆の息を吐いた。 ツツジが満開で美しいと、それは聞いてはいたがシャクナゲを見つけ目を細める、やや小ぶりで決して、最盛期のように華やかではないけれど、此れは粛々とした趣があって良い。 「涙花にも見せてやりたいけれど‥‥ま、我が儘は言えないか」 花の名前を持つ、小さな少女を浮かべれば少し残念に思うも、スケッチブックを広げ、傘を斜めに。 「珍しく、色彩も頑張るかな――出ないと伝わらないもの」 水弾きの良い葉に雫が踊り、淡い光に当たって煌いたその一瞬、それが――とても綺麗で、描けたら、と。 おや、これは‥‥真っ直ぐな幼馴染を持つと、影響を受けて困る困る、一人くすくす笑いながら、雨よけになりそうな木の下、荷物を預け傘を畳む。 髪を、頬を滑る雫に目を細め、空を仰げば広く――。 「雨の日に傘をさすのが自然なら、それに濡れるのもまた自然と‥‥」 雨も、土も、花も、それは自然の恵み。 「偶に、不思議とこんな気分になる‥‥飾りっけなくて気持ちいいや」 きっと、それは自然に深く心が結びついて、共鳴しているから――そんな不思議な印象にそう言えば、何処からか、同意の声が返って来た。 「ナアム、そうですね」 発した人物、モハメド・アルハムディ(ib1210)は遠く、親兄弟に、そして祖先に思い馳せ――目の前に広がる雨と緑、天儀に心を寄り添わせる。 アル=カマル、祖先の儀と思い、走り続けた日々は決して嫌いなものではないが、当然走り続ければ歩みは落ちる、今はこの、天儀の美しさを心から、信じるものに感謝したい。 「アーニー、私にも――」 天儀の歌詠み、それは決して得意ではないけれど、俳句を読んでみたい‥‥それは出来る筈だ、そう思考を巡らせ短冊へと向かう。 氏族に伝わる文字は、達筆なれど自分達にしか分からない――否、きっとこの自然も分かってくれるだろう。 アルハムド ワ・マトァル・ラタィーフィ アライニー 私の上に祝福と、優しき雨が降り注ぐ 嗚呼、何と言う有り難い事か この幸せをどう感謝すべきだろう―― 銀色の空間の中を、黒に赤の和傘がゆっくりと滑るように歩いていく‥‥つい、と顔を上げて空を見、そして口元に笑みを湛えた少女、からす(ia6525)は飄々とした表情で。 「この雨では、茶席も開けぬか、残念」 ちっとも残念そうには見えぬ様子で、またゆるりと歩を進める――竹の水筒に入れた茶からは、瑞々しい竹の薫りが僅かに香る。 晴れた日も良や、豪華な垂れ幕や催し物も良いが、こうして雨だけを化粧に咲き誇る自然を目にするのもまた一興――いつもと違う、と言う事は特に楽しませてくれる。 目も、心も。 目に入ったのは紫、アヤメの花、そう言えば、と思考を巡らせば何処か、伊達な言葉を思い出す。 「花言葉は『信じる者の幸福』だったか」 神は気紛れ、信じたところで幸福になるとは限らない、だが、全く信じないよりは信じてみるのもまた一興。 そして、自らが他人に信じるに足る人物であれば――。 「それこそ、幸福だろうね」 笑みを深め、歩みを進め――建物へと入る、燃えるように咲くツツジが、目に美しい場所だと、そう、思った。 雨はまだ、絶え間なく続いている――雨の中の花見、茶菓子を幾らか用意した琥龍 蒼羅(ib0214)はゆっくりと歩を進め、咲き誇る花々へと視線を移す。 自然の作りだす旋律の一つ、雨の音や踏みしめる音、風に木々や花々がざわめく音ですら。 釣鐘草、カキツバタに紫蘭の花は、ツツジや牡丹と言った華やかな花とは違い、何処か慎ましく儚げな雰囲気を纏う。 淡い色が、雨に滲み花の灯火のよう。 ならば、この雨すらも幻か――踏みしめる度に香る土の薫りと雨の薫り、偉大な自然と言う音楽家の奏でる旋律に耳を澄ませ、小さな東屋に宿る場所を見つける。 傘があるとはいえ、落ちつける場所があればそれに越した事は無い――菓子を広げ、お茶でも飲んで落ちつこう、とした処で、如何ですか?と声を掛けられ躊躇う。 目の前には、少女と、そして夫婦と思われる男女――優しげな笑みに、じゃあ、頂きます、と不器用ながら彼は頷き、そして柏餅を食む。 「おや、如何かな?」 黒髪を揺らし、別の場所で花を見ていたらしい少女が、茶を進める。 彼女が来た方には、ツツジの花が燃えるように咲いていた。 ●楽に願う 藍染の衣、翻し、のんびりとした歩調で歩く依頼人、彼を突いて声を上げたのは琉宇(ib1119)。 着物で濡れないように楽器を確保し、番傘に視線を移す。 「大きめの傘、あるかな?兎に角、楽器が濡れるのは避けたいんだ」 「番傘でよけりゃぁ、幾らでも。お前ぃさんも、職人だねぇ」 ちょっと待ってな――と地面に傘を突き刺し、刀で添え木をする。 「ありがとう、意外と器用だね」 即席の傘の下、琉宇が優しく落ちついた音色を奏でる――バイオリンの音色は、空気を震わせ耳に心地よい。 格調高い音色から、大地のように親しみのある音色まで‥‥ジルベリアと天儀の和洋折衷。 「粋だァねェ‥‥」 時に楽器を変え、音を変え、心を落ち着かせる音は何時までも響いていた。 ――響き渡るバイオリン、雨に消される事無く空気を震わす音色、その音色を背にし、雨の中舞う。 リリア・ローラント(ib3628)、彼女の手に付けられたベルが、シャラリ、と音を立てた、くるりくるりと踊って歌う、記憶を辿る魔法の唄。 ‥‥歌えば、元気になれる、そんな気がして。 そう、こうして誰かを孤独にしてしまう雨だから、それでも。 ――この花のように、見つけてくれる人は、必ず、いる、から――だから、踊る、孤独は寂しい、そう思うから。 「よ、いい歌じゃんよ。それ、どこの何て歌だい?」 不意に口にしたのは、紫焔 鹿之助(ib0888)だ――先程から、ほけっと眺めていたのだがローラントが一心地ついたのをきっかけに、口から滑り出たらしい。 「子守唄、かな?」 雨に濡れて、じーっと見つめるローラントが、紫焔の瞳を見、微笑んだ。 「綺麗」 「‥‥へ?」 「藤の花よりも濃い‥‥綺麗な、目。紫陽花見たい」 そう言ってクスクス笑うローラントに、ばっきゃろい!と憎まれ口を叩きつつ、そっぽを向いてドギマギとする心を落ちつける。 その姿を見て、まだ笑っているローラントの方を見、少々紫焔はふくれっ面。 「はじめまして。――私は、リリア。貴方、は?」 「おう、俺ァ、鹿之助。紫焔 鹿之助でぇ」 宜しく、と笑えばヒョイ、と顔を出した依頼人‥‥忘れていた、とばかりに振り返った紫焔にパン、と手を合わせ。 「いやぁ、面目ねぇ。涙花だっけ?誘ってはみたんだが、おっかねぇ姉さんに、追いかけられてさ」 逃げるに必死でさ、と笑う喜多野の脛を蹴って、じゃあな、と紫焔が駆ける――自分の過去、親を亡くし、食うに困り山賊紛い、復讐の為に手にした剣で、他人の痛みを知った。 「機会がありゃァ、手前ェさんから話してみなァ。俺が言うより、よっぽど良いだろうよ」 追いかけてくる声に、肩を竦めどうしようかと花を見る‥‥花を摘んで持って行ってやるのもいいが、涙花は泣くだろうか。 「落ちた花を、持って行ってやるか。それにしてもあの子、面白い娘だったな――また会えると良いな」 そんな事を考えながら、紫焔は落ちたツツジの花を拾い集めるのだった。 耳に心地よい歌を拾い、引き寄せられるように千見寺 葎(ia5851)はその場所へと歩を進めた。 母の腕に抱かれるような、何処か切ない旋律――見れば矢張り、雨の中踊る彼女。 魅入ってしまうように美しくとも、このままでは身体を冷やしてしまう、慌てて駆けよれば細い肩は冷たく冷えていて、手を通してヒヤリ、と自分の身体まで冷やすかのよう。 「‥‥身体を、濡らしてはいけません」 鉄傘の下、肩まで濡れないように気を付けて手拭いで髪や肩を拭ってやれば、彼女はクシュン、と可愛らしいクシャミを一つ。 「‥‥えへ。律さん、あったかい」 まどろむ様な眼を向けて、笑みの形に変える、この時期の雨は、まだ、冷たい――。 「まだ、楽しむのでしょう?」 「ええ、勿論」 少し離れた場所で、雨の音を聞いていた――研いだ刃のように、凛とした怜悧な空気を頬に滑らせ、煙管を燻らす。 「柄にもねぇけどな‥‥」 煙管に刻まれた家紋を見つめる、鈴代 雅輝(ia0300)の瞳は何処か、世を憂うような瞳、世間知らずの箱入りに加え、世情、世界のめまぐるしい変化。 家の脛っ齧りが嫌で飛び出したが、その勢いだけで世界を渡るには、些か、現実は厳しい。 『豪放磊落』いつもの自分が、水面に吸い込まれては消える、波紋に消される、この雨に――押し潰されそうな心に、シャラリ、と音色が聞こえた。 濡れて歌う、優しい子守唄――ローラントの姿を見、何故、と言う呟きが自分の耳に遠く聞こえた。 「あ、鈴代さんも一緒にどうですかー?」 手を一杯に、振りあげて、笑う姿に笑みがこぼれた、何時も未知は、自分を楽しませてくれたと、忘れてはいけないその側面。 怖さと愉しさは、紙一重、嗚呼。 「おう、おてんば娘、水を滴らせりゃ誰でもいい女ってもんじゃねーぞ?」 礼を述べようか、と思っても口を出たのはきっと、少しひねくれた言葉。 「泰服に、髪飾り‥‥似合ってるぞ。次は、濡らさねぇで俺に見せろよな」 がっはっは、と豪快に笑って、パタン、と番傘を閉じた――空は広く、雨は絶え間なく。 「‥‥雨は浴びないで下さいよ、鈴代さん」 冗談を交えて口にした千見寺、釘を刺したつもりが二人は既に離れて騒ぎ、雨を受けている。 「もう、風邪をひきますよ!‥‥雨宿りさせて、手ぬぐいで拭って――」 ぐるぐると番傘を持ったまま、思考の渦に入り込む千見寺、そこに現れる御影 銀藍(ib3683)がローラントに後ろから抱きつかれ。 「おや、奇遇ですね――天幕を張りましょうか」 淡々とした口調に、苦笑を交えて準備良く、天幕を張り始める御影、お手伝いします――と続けた千見寺の言葉には『ありがとうございます』の意味が込められていた。 「あっ」 雨の中の歌姫が、何やら別の人物を見つけたらしい。 「な‥‥っ!」 どーん、と声を上げて、後ろから抱きつかれたのはウルグ・シュバルツ(ib5700)良く降る雨に足を滑らせるも、何とか持ちこたえ襲撃者へ視線を向ける。 「あ‥‥ああ、リリアか。先日は世話になった――いや、それで何か用が」 あったんじゃないのか、という言葉は宙に浮き、跳ねまわるローラントを見送りボソリ。 「なあ、いつもこんな感じなのか?」 「ええ――ああ、此処持って下さいませんか?」 承諾、とそして天幕を張るお手伝い‥‥に何やら入れられた模様、元よりお人よしなシュバルツ、テキパキと手伝い始める。 良く降る雨は、朝から飽きもせず灰色の空間を生み出して、銃の練習、などには向かない気候ではあるけれど。 「これも、何かの縁か――」 「不思議なものです、ああ、濡れてしまった方は此方で衣服を乾かして下さい」 火遁で、とサラリ、御影の言葉に慌てて、シュバルツは止めるように口を開くが――冗談ですよ、と言われて苦笑を禁じ得ない。 誰彼なしに、何となく持ちよった菓子が天幕内部に並ぶ‥‥タオルに包まれたローラントが、菓子を口に運び。 「でも、こうして雨の中ではしゃぐのも、いいかも」 雨はまだやまない、ずっと降り続く雨は此れから梅雨に入ればもっと続くのだろう。 だが、この五月雨は忘れない思い出、花と共に‥‥何時までも艶やかに、鮮やかに。 ――寂しく ないよ。 沢山の思いを抱いて、華は、咲き誇る。 |