死地
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/25 07:39



■オープニング本文

●荒れ果てた村で
 砂塵が枯れて色あせた田畑を舐める――彼等は飢えていた。
 貧しく、力の無い者は朽ち果てるのを待つのみ‥‥。
 実を付けず作物は朽ち、朽ちた作物は種すら収穫できず増えていく、税。
 全てが生まれるとされる春、なのにその場所は『死地』と言える程、飢えていた。
 既に食べられる物は無くなり、木の根を齧り、誤って毒草を口にして息絶えた者もいる。
「このままでは‥‥私達は生きていけない!」
「子供も、作物も育てられない――」
 蜂起の声は日増しに上がる、打倒領主、我々に解放を!
 だが、粗末な武器とも言えぬ農具で何が出来る――鍬と鋤、即席の投石機を使って彼等は立ちあがった。
「進まば極楽、退かば地獄‥‥我、改革を求める者なり!」
 麻を織って作られた旗が、砂塵の混じった風に吹かれる、墨で描かれたお世辞にも上手いとは言えぬ字。
 そして円を描く血判状、血で参加者の名前を書いた書状を掲げ、顔を泥に濡らした男が声を上げた。
 ――遠くでその様子を見る、男と女、瞳に残虐な色を浮かべて蜂起の声を上げる『民草』を眺める。
 古くより地主の家系であったが、何時しかそれは支配の隷属の関係となっていた。
 ‥‥だが、小さな村の事、彼らより上の立場の者はそのような村を顧みる余裕など無い。
 その手に揺れる、天儀酒――柔らかな肉を齧った男は、絢爛豪華な着物を纏う女を膝に乗せ、嗤う。
「ふむ、そうでたか‥‥」
「開拓者ギルドには、既に連絡しておりますわ――楽しくなりそうです」

 ギルドに飛び込んだ至急の依頼――民が蜂起している、それを制圧して欲しい。
 他言無用、女子供は捕縛しても構わないが蜂起の速やかな制圧を望む。
 尚、屋敷内にいる依頼人の護衛も依頼内とする。


■参加者一覧
紫焔 遊羽(ia1017
21歳・女・巫
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
レナ・シャムロック(ib5413
12歳・女・砲
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
雹(ib6449
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●枯れた村
 砂色の風が吹く、開拓者ギルドより派遣された開拓者達はその、あまりに痩せてみすぼらしい地を踏みしめていた。
「民は、一人たりとも死なせぬ‥‥我が、誇りにかけて!」
 中でも、優れた統治者である母を持つリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、許せぬとばかりに憤怒の炎を瞳に宿し、傍らに控える炎龍のヴィーに視線を走らせた。
 主の言葉に同調するかのように、低く声を上げたヴィーの横で紫煙をくゆらせ、蜂起の声を上げる民衆を眺めるオラース・カノーヴァ(ib0141)。
 漆黒のマントの下には、封じられた管狐が治まっている――ゆるりと思考を巡らし、一つ一つ、不審な点に光を当てていく。
「地主の為に愛着のある土地を離れる辛さもあるだろうが、もう新天地に行く金も体力も残っていないのが実状か‥‥しかし」
 むぅ、と唸った魔術師は、依頼内容を脳内で反芻し『皆殺しも厭わぬ』依頼内容に引っ掛かるものを感じてふむ、と頷いた。
 別の収入源か、はたまた、アヤカシか――。
「何と言うか、何処にでもこう言う首長はいるものですね――ノブレス・オブリージュ(高貴さは義務を強制する)私の家は、私は、こうならないように」
 レナ・シャムロック(ib5413)は、甲龍、コウリュウへ声をかけ、嘆息する。
 統治者は、統治する為の責任や義務と言った責務を負わねばならぬが、全員が全員、それをはたしているかと言えばそうではない。
 無論、そうでは無い者もいるが‥‥この依頼人の場合は言うまでも無く、自らの欲望におぼれた人間であろう。
 黒衣を身にまとった、黒い狐の獣人である雹(ib6449)はその瞳に哀しげな色を宿しては、そっと伏せる。
 細い指先が撫でるのは、宝珠に封じられた管狐、氷澄。
「本当ならば、もっと別のやり方で解決の方法を探るべきだったのかもしれませんが‥‥今の私に出来るやり方は、これですから」
 依頼人の護衛を行う彼女、そしてその横で地図と難しい顔でにらめっこしていた山奈 康平(ib6047)は軽く頭をかきながら、朱墨で印を付けていく。
 ひょい、と地図を覗きこむ動作をした駿龍の黒沃が、なんだ、とばかりに首を傾げた。
「ほんの僅かだがないよりはマシだろう、よろしく頼んだ」
 食料に薬草、そして毛布を預けた山奈‥‥黒の鎧を纏う騎士、シュヴァリエ(ia9958)はしっかりと受け取ると首肯する。
「しかと、受け取った‥‥手遅れになる前に俺達は、一人でも多くの民を救わなければならない」
 その横で、重々しく首を振った駿龍、ドミニオン。
 獰猛さを瞳に宿しながらも、今は大人しく主の傍に控えていた。
 ――時、同じくして、互いを見つめる二人。
「ゆぅ、蜜鈴さんの綺麗な肌好きやよって、傷とか‥‥付けんとって下さいまし?」
 白く温かな椿鬼 蜜鈴(ib6311)の手を握り、紫焔 遊羽(ia1017)が不安そうに、その温もりを確かめるように呟いた。
 柔らかに微笑んだ椿鬼は、扇をパタンと閉じると紫焔の頭を撫でてその瞳を覗きこむ。
「案ずるな。わらわは空に居る故、おんしこそ怪我の無いようにの?」
 遊羽を頼むぞえ、と椿鬼は彼女の相棒、駿龍の栂桜へ笑みを浮かべる――当然、とばかりに青栂桜の体躯を持つ駿龍は頷いた。
 そちらこそ、とばかりに鳴いた栂桜へ椿鬼の相棒、駿龍の天禄が小さく声を出す。
「では、天禄。気は進まぬが之も仕事じゃ‥‥領主殿には後で灸を据えるべきかの?」
 雷火の魔女が空を翔ける、それを合図にしたかのように、開拓者達は民衆を鎮圧する班、そして領主を護衛する護衛班に分かれ任務を開始するのだった。

●淘汰する者
 統治される者がいなければ、統治者は永らえぬ――故に民は大切にされなければならない。
 屋敷を護衛する者、カノーヴァの目配せで山奈が術を紡ぐ‥‥瘴索結界。
「念のため屋敷内、周辺の安全の確認を‥‥」
 不審そうな視線を向けられた山奈は、意識を研ぎ澄ませて周囲の瘴気を探るが、やがて静かに彼は首を振った。
 周辺に不審な瘴気などはない、それは民もまた然り――その結果を悟ったカノーヴァが、投石機より撃ちだされる石をアークブラストで破壊していく。
 飛んでくる石を、撃ち落とすのは中々難しい‥‥だが、この魔術師はさして苦に感じてはいない。
「人間、か――」
 言葉にされなかった結果を、頷いて感じながら彼はふむ、と頷いた。
 雹が複雑そうな表情で、領主と侍る女に視線を向ける――こんな緊急事態であるのに、二人はあられもない姿で睦言か、紡ぎ合っていた。
「民は、数で勝っています‥‥私の傍を離れないで下さい」
 彼女の言葉に、彼女を一瞥した領主と侍る女、女の方がうすら寒い笑みを浮かべ、口を開く。
「万が一、この方に何かあれば‥‥そこで喚いている豚共の首を刎ねて報酬にするぞ」
 くい、と顎で示したのは、蜂起する民衆、翔ける龍や仲間たちの姿が見えた。
 投石機を狙っている――だが、少なくない量の石が屋敷の方へと飛来する‥‥石に当たってはグラリとよろめく仲間、原始的ではあるが実に効果的な武器である。
「人は追い詰められるとどうするかわかりませんから‥‥今回のように。念のため、です」
 靄のように心の底からわき上がる不快さを感じながら、雹は更に言い募った――今回のように、その言葉に悔いて欲しい、そう思いながらも。
「ふん、豚がいなくなれば新しい豚を調達すればよい」
 豚と表現された民、彼等の事を思えばカッと頭に血が上るのが感じられた――だが、山奈は努めて冷静を装い、深く息を吐く。
 そうでなければ、激昂してしまいそうだったからだ。
「――そうならないように、善処します」

●淘汰される者
 死地とされた、村――開拓者の出現に民たちは色めき立ち、鬨の声を上げて農具を掲げる。
「開拓者のお出ましだ!」
「打倒せよ、領主、そして悪の手先を!」
「我等に自由を!」
 響き渡る怒号に負けじと、開拓者達も声を張り上げる――最初に口を開いたのは、シュバリエだった。
 故郷、ジルベリア。
 虐げられる神教会の教徒――彼はその為す術ない暴力に晒される事は無かったが、その記憶はしっかりと焼き付いている。
 だからこそ、今の彼がいる‥‥相棒のドミニオンは空で方向を上げ、ひたすら注意を引くに徹していた。
 民たちの表情に、巨大な龍に対しての怯えが走る‥‥元より彼等は、戦いとは縁の無い人間なのだ。
「止まれぇ!こんな事をしても無意味だ。武器を収めろ!」
 腹の底から声を張り上げ、民を鎮圧せしめんとするが聞こえる筈も無く‥‥聞いてくれればと言う願いは、淡く散る。
 手荒ながらも、彼等が生きていけるように。
 同じくして、殺気混じりの風に黄金の髪をなびかせながら相棒であるヴィーの背から声を張り上げる少女、ギーベリ。
「力で力に対抗すれば、より大きな力に蹂躙される!武装を解き、村外に逃げよ。我等は諸君こそを助けたいのだ!」
 ヒュン、と飛んでくる石を交わしながらも、次々に狙われ翼を掠めて滲む血、そして沁み込む毒。
「危のうて敵わんよって、先に投石機を壊させて貰うわな」
 矢面に立ち、ガクリと速度を落としたギーベリとヴィーを閃癒で回復させ、青い扇子を手にする紫焔――青いその扇子は、晴れて澄み渡る空に似て。
 爽やかな風を纏い、投石機へ力の歪みを行使する‥‥石が弾け飛び、木の杭が歪む。
「負けるな、奴等は敵だ!」
 粗末な投石機が、破壊され飛んだ木切れが遊羽の肌を傷つける。
「ゆぅねーさま!」
 シャムロックがコウリュウを駆り、遊羽へ手を伸ばそうとするが迫りくる石に弾かれ、空に留まる事を余儀なくされる。
 投石機の射程外から撃ちたいものだが、如何せん射程内に入らなければ、ただ落ち往く弾丸。
 仕方がなく投石機の射程内に入り、警戒しつつ定め、狙い打つのはサムライと思われる村人、騎射にて放たれた高速の弾丸が、正確無比な一撃となり相手を穿つ。
「お願い、今は退いて‥‥!」
 コウリュウの鱗を掠めて、シャムロックの腕に傷を付けていく石――リロードの隙を苦無ではじき、或いは我が身に受ける。
「遊羽も、れなも下がるが良いよ。悪い子にはお仕置きが必要だろうさ」
 天禄を駆り、妖しくも艶やかに微笑んだ椿鬼が言の葉を紡ぎ、サンダーを落とす――圧倒的な力の差、戦力の差を見ても民衆たちは動きはしなかった。
 円を描いた血判状、例え生き、落ちのびたとしても――同胞を裏切る。
 追いつめられれば追い詰められるほど、彼等の表情に焦りが出始め、眼だけが煌々と輝く。
「進まば極楽、退かば地獄!」
 彼等は何度も繰り返す、萎えそうな心を奮い立たせるかのように。
「ヴィー、民を攻撃するな。汝なら出来る筈‥‥何故、志体持ちがいるのだ?」
 ヴィーの頷きを確認し、ギーベリは声をかけつつシュヴァリエと共に、歩兵として歩みを進めていく‥‥二人は全ての攻撃に手加減を加え、農具を絶ち弾き飛ばす。
 彼女の問いかけに、民たちは答えず。
「決して、命は奪わぬ――開拓者ギルドに保護と生活場所、食料の確保を依頼せよ」
 金子なくば立て替える、とギーベリは叫ぶが全ては信用できぬと、民たちの瞳がギラつき叫ぶ。
 足払いをかけた男は転び、二人の姿を仰ぎ見た――手を差し伸べるシュヴァリエ。
「大丈夫か‥‥俺達は殺す気など無い」
 だが、その手は振り払われ、瞳に宿したのは恐怖と哀しみ、そして、憎悪と嫌悪。
「武力による反乱を行えば、武力による鎮圧が行われる。君達には武力を行使する以外に戦う術があるはずだ」
 落ちついた声音で、語りかける彼だが男は激しい憤怒を瞳に宿らせ、言い放った。
「お前達は、お前達は生きていく力がある!開拓者なんか!お前達に俺達の気持が分かるか!」

 屋敷付近――少数に割かれた、否、逃げ出したとも言える村人が膝を付いて座り込んでいた。
 豪華な邸宅、仰ぎ見ては‥‥大して見た事の無い領主を思い起こそうとするが、記憶には無く。
『迎撃』を装って現れた雹の相棒、管狐の氷澄。
「――可愛い、死んじゃうのかな。俺達」
「弱気になるか、突貫するのがお前達の正義なのか、え?」
 仰ぎ見た管狐は、ハッキリとした物言いで言葉を紡ぐ。
「民が逃げても、開拓者は護衛を優先する。わかるか、追わないんだ」
 口さがない言葉に、あっけに取られたような村人は一人、立ちつくし――そして、走り出した。
「すいません、口が軽い朋友で‥‥後で言って聞かせます」
 雹の言葉は聞こえずに、だが、一人は、少なくとも一人は――この死地から逃れられたのだろうか。
 黒衣を翻し、雹は邸宅の中へと戻る――民衆と、そして開拓者の葛藤を肴に、領主と女はワインで喉を潤していた。
「はは、豚達が喚いている」
「良い良い、壮観よ」
 明らかに見世物としか見ていない二人の淘汰する者――機嫌よくワインを開けては侮蔑と嘲笑を湛えて嗤う。
「(呑気なものだ――危機感に疎いのか)」
 壁面から登ろうとばかりに掴みかかる民衆、彼等をアムルリープで眠らせつつ、カノーヴァがため息に似た息を吐く。
 術の行使と緊張感で疲労が襲ってくる――だが、気は抜けなかった。
 加護結界を常時紡ぎながら、山奈も横で眉根を揉む‥‥何より気になるのは、依頼人が村人に手出しするかどうか。
 食べさせる物も、暖めてやる物もなく、ただ見送るしか無かった程の貧しさ――心まで凍えて、冷えていく。
 生き、遺された者は彼等の夢や希望――未練、そして無念を背負い、生きていけなければならない。
 彼、山奈自身も、母親と年の離れた妹が二人‥‥食べていくのがやっとの生活、心まで摩耗するような貧しさに、飲みこまれるその前に。
 何処か、別の場所で生きて欲しい――生きていれば、何とかなる筈だ。
「生き続けてくれ‥‥どうか――」
 あふれ出た言葉は、祈りにも似た言葉。

●様々な思惑
「私には近接戦は無理、ですし‥‥私は私の出来ることを、です!」
 シャムロックの銃が放たれ、代わりに腕を掠める石――直ぐ様、遊羽の閃癒が唱えられその傷を癒す。
「怪我したら悲しむ人がおる、誰がやない、ゆぅが悲しいよって…気ぃつけて下さいまし」
 紫焔が紫の瞳に涙を浮かべ、シャムロックを、そして投石機を放った相手へと視線を向ける――弟と二人。
 孤児となり生き延びた‥‥毎日が恐ろしく、明日があるのかないのか。
「草や木の根を食みて生きる――どんなけ惨めで悔しいて、周囲が死にて明日さえ不安な日々が怖ろしいか‥‥」
「お前、お前達に何が分かる!」
 遊羽に掴みかかった民の一人に、シャムロックは銃口を向ける――姉と慕う相手を、傷つける事は許さない。
 大切だから――それは同じ、民も、開拓者も。
 だが、紫焔はやんわりと片手で制し、穏やかな表情で――何処か遠い目をしては言った。
 ゆぅも、孤児やったんよ、と。
 神楽舞「速」、素早くも軽やかな風のような舞いを舞い、シャムロックの命中を精霊が助ける。
「早う、壊させて貰いましょ」
「はい――ゆぅねーさま」
ドシン、と音がして粗末な投石機が踏みしめられる――椿鬼の天禄が踏みつぶした音だ。
 食うに困れど、このようなものを作る余裕があるのか、とやや皮肉の様な笑みを浮かべて彼女は民達を見回す。
「遊羽、怪我してるのではないかね?」
 許さないよ、と何処かお茶目に言った椿鬼に、着物の裾を直しながら紫焔は口を開く。
「はいはい、蜜鈴さんこそ、怪我はあらへん?無事やね?」
「それよりおんしこそ、傷を治すが良いよ」
 天禄の首を叩いて、また空を翔ける――早めに投石機を破壊してしまおう、民達を預かっているシュヴァリエとギーベリが奮闘しているのが見える。
 手加減するのも、神経を使うだろう、練力切れも恐ろしい。
 最後に残った投石機目掛けて、椿鬼は術を紡ぐ――手のひらから生み出されたのは石礫、ストーンアタックの術だ。
「灸をすえるのは、領主だけでは無さそうじゃ」
 グシャリと音を立てて、最後の投石機が破壊される‥‥唯一、兵器と呼べる武器を破壊された民衆は悲鳴のような声を上げながら、体力の余っている者は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
 ただ、血気盛んな青年たちは農具を振りかぶり、逃げ出している同胞を口汚く罵り開拓者達に思い思いの攻撃を加える。
 否、加えようとするが――当たらない。
「おんしら郷が大事と言うのは分かるが命あってこそじゃ。謀反を起こす体力で他所へ行けば良かろう?」
 椿鬼の言葉に、睨みつける村人達――根なし草には分からないだろう、と‥‥お前達には理解出来ないだろう、と。
「どうして――俺達だけが!」
 自分達の不幸で盲目になり、何も彼らには見えていなかった‥‥空から轟くような咆哮が聞こえる、ドミニオンの咆哮である。
「その武器も邪魔じゃ、農具は田畑を耕すものぞ。今一度自身を振り返るが良かろうよ。妻子を連れてお逃げ」
 聞こえてはいなかった、疲労で膝を折る民‥‥元より、十分に休みもせず、そして食事も取っていない彼等に、開拓者程の体力はない。
 恨めしそうに空を仰ぎ、そして畏怖に顔をひきつらせ天を仰ぐ――誰かが言った、もう、終わりだと。
「終わりではない、決起した理由を然るべき御所に起訴しなさい。君達の正当性が認められればこの支配は終わる」
 シュヴァリエが民達を見据え、しっかりとした口調で言うが――聞いている者はどれ程か、疲労が頂点に達した民たちはまるで死んだように地面に伏していた。
 彼は膝を折り、一人の脈を測る――死んでは、いない。
「村外に逃げよ――此処で、死ぬべきではない」
 少女を仰ぎ見上げる少女、ギーベリと村の子供、ボロを纏った少女は骨と皮ばかりの震える腕で手を伸ばし餓鬼のように、菓子を喰らう。
 だが、突如少女が恐怖に身を縮こまらせた――何か、と思いギーベリが少女の視線、屋敷の方を見れば銃声が聞こえる。
 勿論、射程の足りない銃は民達を傷つけることはない、だが、恐怖を与えるのには十分だった。

 一番先に動いたのは、山奈だった――銃口を手で抑え、口を開く。
「民は鎮圧された、もう、必要ないだろ」
「‥‥ああ、豚に躾でも、と思ってな」
 窓を身体で塞いだ雹、外道な領主に何を言っても無駄かもしれないが――だが、言ってはおきたかった。
「彼等は、豚ではありません――人、です」
 一揆の根本が変えられなければ、それは繰り返される――再三彼女は忠告を口にしたが。
「豚は豚だろう」
 領主の澱んだ笑いが、邸内にこだまする‥‥外では、力尽きた民を介抱しながら、退くように告げる開拓者の声が聞こえていた。

●繰り返される
「民あってこその領主じゃろう?おんし直に身を滅ぼすぞ?」
「人を殺して土地を腐らせ‥‥その後あんたは何を想うんやろか?なあ、虐げ従わせ――それがおらんなった時に、何を想うんやろ」
「要らなくなった豚は屠殺すればいい、幾らでも代わりはいる」
 戻って来た椿鬼の言葉を鼻で笑う領主、続いて投げかけられた紫焔の言葉にも耳を貸さない――否、更に不快感を煽る言葉が返ってくるのみ。
「その代わり、とは?」
 カノーヴァの言葉に、あでやかに笑う女が嘲笑を向けたまま、何も答える事は無かった。
「女。おんしも只侍るだけならば猿にでも出来おるぞ?」
「野蛮人に言われたくはないわ」
 ギーベリが傷の手当てを終えた後、生まれついての統治者に相応しい覇気を纏い、領主を見上げる。
「民の目には未だ反意有り、民心をことごとく服従せしめて漸く鎮圧完了となるは言うまでもない」
 人の心は思い通りにはならない、故に――。
「この地より、民を放逐する。さすれば二度と謀叛は起きぬ、方法は問わぬ、が依頼条件。適っておるな」
「別に構わん、好きなようにすればいい」
 興味を失ったのか、領主が更にワインを口にする、血の色の液体が飲み干されるのを見ながら、アヤカシと称して討ち殺してやろうか‥‥と内心、ギーベリは憤怒を瞳に宿す。
 だが、それを悟らせる事は決してない、それは彼女の矜持が許さない‥‥守るべき民を虐げる、それだけで反吐の出る相手。
 黙ったままのシュヴァリエは、何も言う事はなく――だが、その鎧の奥の翡翠の瞳は彼方、自らの手で葬った、狂気に付かれた主を思い起こしていた。
 鎧の奥にひそむ焼け爛れた痕は、その痛みの証。

 開拓者によって傷ついた者はわずか、少ないものの食料や薬草により、永らえた物もいる‥‥だが、その陰で開拓者達が追わなかった民達は何処かで、息絶えている可能性も無きにしも非ず。
 ――開拓者ギルド、頑張ってみます、とだけ言ったギルド員が何かを行ったと言う話はとうとう、開拓者達の耳に入る事は無かった。
 長い物に巻かれる、そしてギルドは決して万能ではなく民の保護などは範疇外。
 そして、死地となったあの場所――。

「いやぁ、我が家の豚がご迷惑をおかけしました」
「全く、困るね。調達も難しい、そろそろ狩り時ではないかな?」
「いえいえ、あんな豚、何の役にも立ちませんよ」
 領主と、その上の者――二つの会話、根底から腐り果てたその村、そして街。
「今回の事は汚点だ、全く。此方にまで話が来て、開拓者ギルドは面倒だ、早めに駆逐するのが良い」
「申し訳ございません」
「――まあ、奴隷商を越させましょう、働かせればよい」
「次は、志体を持っていない者をお願いしたいものです」
「はは――それはそうだ」
 暗い闇に、蠢く二つの影――死地、生きる望みの無い危険な場所。
 生きながらえる限り、彼等は他者を死地へと送り続けるのだろう‥‥己の欲望を、満たすが為に。