【四月】ラブクラフト
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/10 23:20



■オープニング本文

●新しい儀?
 天儀暦、○○○年――。
 アヤカシ跋扈する大地、果てしなく広がる空は暗澹としており漂う瘴気は濃く。
 新しい『儀』の登場により、人々は開拓への熱意を強めていた。
 もっと、もっと自分達の住む所を‥‥。
「此処が新しい儀か――」
 グライダーから降り立った一人の男は、ゴーグルを外して周辺を見回す。
 もふら様を集めたようなフワフワとした大地、生えている木はハートの形、道に咲いているいる花ですら笑っているように見えた。
 ――否、実際に笑い顔がついていた。
「リアルにやると、怖いな」
 にべもない、しかも花はパクリと口を開けてマシンガンのように喋り出す。
「おたく、恋人とかいらっしゃる?」
 何故、花に恋愛事情を聞かれなければいけないのかサッパリ分からないが、放置すると何処までも追いかけて来そうだったので首を振る。
「やろなぁ‥‥いや、別にいいねんで、男一人っちゅうのも。でも、両親だって孫の顔見たいやろぉ」
 何だこの、近所のオカン的な草花は‥‥男は少し考えてもふら様の毛のような地面から毛を拾い集め、隠して封印。
「いや、出来ませんって!」
 なんでやねん、とか突っ込まれた時にはとりあえず、何かの夢だと信じたくて仕方が無かった。
「恋人を作ったろう言うてんねん、ほらほら、さっさとしなはれ」
 そんな事できるの、と言う視線を浴びた花はニヤリとニヒルな笑いを浮かべてブチュゥと男に口づけをした――嗚呼、可哀相に。

●ラブクラフト
 男が儀を発見して数日後、開拓者ギルドの片隅に一枚の貼り紙が貼られた。
『ラブ・クラフト!この素敵な儀で、恋人を作ってみませんか?』
 まるで結婚相談所のようなうたい文句に、苦笑気味に一人の開拓者は足を止める。
 ――此れは、依頼なんだろうか?
「ああ、それですか?新しい儀の調査依頼と言いますか、理想の恋人を作ってラブラブしましょうと言う事らしいですよ」
 何かあっても、開拓者なら丈夫ですし、理想の恋人が出来ればそれはそれで楽しそうですね、と一切顔色を変えずに言ったギルド受付員はどうしますか?
 と、貼り紙を示しながら口にした。

「※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません」


■参加者一覧
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
ガルフ・ガルグウォード(ia5417
20歳・男・シ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●歌詠鳥が告げる春
 新しい儀、理想の恋人‥‥貼り紙を押し付けられ、ギルド員に見送られて小型飛行船から降り立った九法 慧介(ia2194)は肩を竦めつつもう一度貼り紙に目を通す。
「面白そうだから参加しちゃったけど――」
 理想の恋人かぁ、と空を仰げば綺麗な青い空が広がるばかり。
 今まで考えた事も無いよ――と途方にくれるものの、いや、と手を打ちうん、と一つ頷いた。
「い、いやでも人間追い詰められると本音が出るって言うし‥‥今この瞬間に出てくる女の子が俺の理想に違いない。うん」
 だよね、と熱く、触れた瞬間から焼け焦げそうな程熱い視線に晒され、九法は冷や汗が背中に伝うのを感じつつお花さん、と続ける。
 そこには何処か、早まるなよ、早まらないでくれよ――と言う思いが込められているようにも感じるが、当のお花は、うふん、と何か含み笑いの様な表情で九法を見上げた。
「見える、見えるわぁ‥‥理想の娘、んーぶちゅっ!」
「うーん‥‥理想の女の子、女の子――うーん」
 ふわり、と彼の身体が雲の様な白に沈む、満足そうな花はさわり、と緑の葉で彼を撫でると静かに微笑んだ。

 太陽の光が、縁側に降り注いでいた――歌う鳥達。
 冬の雪が溶ければ芽吹く、春の瑞々しい青い薫りと、桜に混じる緑茶の香り。
 淡い桃色の花弁が、茶器の中の緑茶へ舞い降りる――少し困ったように眉尻を下げ、緑茶に描かれた波紋を見つめる。
 だが、縁側で太陽の光を浴びる恋人を見つけた彼女は長く美しい髪を風に遊ばせ、慧介に話しかけた。
「慧介、とってもいい天気ね――緑茶を入れたの」
 飲む?と小さく首を傾げた少女は、熱いから気を付けて、と一言重ねて茶器を差し出す。
「うん、ありがとう‥‥いい匂い、きみの分は」
 鼻孔をくすぐる緑茶の香りはどこか懐かしいような、それでいて切ない――例えるのなら郷愁に似た薫り。
「ふふ、勿論用意してるわ‥‥桜の花びらが入っちゃったから」
 口元に手を当てて、眉尻をほころばせた少女は自分の茶器をかざしてみせる。
「風流だね、そっちも欲しいかも」
「慧介ってば、欲張り――」
 仕方が無いなぁ、と笑って慧介の伸ばした手に少し触れ、茶器を重ねた。
「取り換えっこ、だね」
 間接キスになるのかな、なんて考えれば丁度目があった少女、何となく気まずいまま視線を逸らせばやはり、少女の頬は薄紅色に染まっている。
 ――勘が告げる、同じ事を考えていたと言う、事実。
「ええっと‥‥このお茶ね、ご近所の方から頂いたの。お祖母さんが作っていらっしゃるんですって」
 腰も曲がっていなくて、お茶のお陰で肌がつるつるですって!
 いいなぁ、と零す少女に少しだけ微笑み、そうだね、と手品の道具を取り出しつつ答える。
「それは何とも、元気なおばーちゃんだね」
「そこは、きみも綺麗だよって言うところよ」
 少し拗ねたように口にする少女に、ごめんごめん、と笑いながらはい、と握らせたのはビスケット。
 大きく目を見開いて、少女はまあ、と両手で受け取り上目づかいで慧介の様子を窺う。
 手に何もない所を見せて、そして――握れば何処からともなく出てくるビスケット、美味しいお菓子。
「なあに、それ――魔法みたいだわ」
「これ?新しい手品。でも一度に出せるビスケットは、6枚が限界なんだよねぇ」
 10枚くらいだせたら、子供達に配れるんだろうなぁ――と試行錯誤、飄々とした口調とは裏腹に彼の瞳は真剣そのもの。
 子供のように、無邪気な――それでいてとても一生懸命な人。
「叩くと増える魔法のポケットとか、子供が喜びそうだと思うんだ」
 どうかな?と問われて、少女は少し考えて、慧介の髪に触れる。
「私だったら、一枚ずつでも出してくれれば嬉しいわ‥‥さっき、慧介が何も無いところから出したでしょう、ビックリしちゃった」
「うーん、そんなものかなぁ」
 少しはぐらかされたような気がしつつ、慧介は少女の細い肩に身体を凭せ掛けた。
 着物に焚きしめられているのか、柔らかい香りが心地よい‥‥遠くではケキョ、ケキョ、ホーホケキョ。
「ウグイスかしら‥‥」
「本当だね、ほら、あそこ」
 慧介が示す先にウグイス色の小鳥、小さく首を傾げ、桜を突いてはケキョ、ケキョと恋の歌を歌う。
 穏やかな時間、二人は静かに寄り添いウグイスの恋の歌に聞き惚れる‥‥やがて、口火を切ったのは少女の方。
 薄い緑の着物の裾を整えながら、慧介の渡したビスケットをついばんだ。
「慧介がくれたものだから、いつもより美味しい‥‥魔法の手ね」
「そうかな?でももっと、難しいものにも挑戦したいんだよね――」
「前に教えてくれた、旅芸人の人?」
「うん、まだまだ修行中だけど‥‥あれは凄かったなぁ」
 思い出し笑いをする慧介に、少し寂しげに少女は口を開く――彼の手を握って、視線を彷徨わせ。
「見たかったなぁ‥‥」
「俺の手品でよければ、いつでも」
 笑みがこぼれて、どちらともなく笑いあう――そうそう、と慧介は思いだしたように呟くと大仰な仕草で腕を広げた。
 離れる手に、少しだけ寂しさを感じるも楽しませてくれる事を、少女は知っている。
 恭しく頭を垂れる慧介の顔を、腕を、小鳥のようにつぶらな瞳でキョトンと見つめ。
「きみへの、贈り物、かな?」
 綺麗な桜が咲いているから――満開の桜、はらりはらり、花弁が落つる。
 何も無い空間から、少女の手に伸ばして取り出したのは黒に金蒔絵の櫛、桜の模様。
「とてもよく似合うよ」
 髪を梳く慧介の手に触れ、指に触れ、櫛に触れて少女は満開の笑みを浮かべた。
「‥‥ありがとう、慧介がそう言ってくれるなら」
「きみの綺麗な髪は、好きだからね」
 慧介は言うだけ言うとごろん、と少女の膝に頭を乗せる。
「あら、髪だけ?」
「んーん、全部」
 彼の長い髪を梳きながら、少女は幸せそうに眉尻を下げた――あどけない表情は寝顔ですら笑っているように見えて。
「おやすみ、慧介‥‥」

 一度目が覚め、九法は周囲に視線を走らせる――桜のつぼみはやや綻んでいるも、少し咲くのはまだ先。
 夢――でも、自然と口元に浮かべる微笑み。
 陽だまりのように心地の良い、安らかな時間。
「‥‥意外といい夢見れたかも」
 例え夢だとしても、懐かしくて桜の香りのする温かい少女――瞼を落とす。
 もう一度、夢で逢えますように――。

●月に恋焦がれる
 新しい儀に訪れた秋桜(ia2482)は、貼り紙を持った手に視線を落とす。
 昔の思い人ですか――大丈夫だと思いますよ。
 そう言って送り出してくれた受付員を思いだし、少し目尻に涙を滲ませた‥‥アヤカシの襲撃にあった主家。
 会いたい人は、決まっていた。
 奇しくも見えたのは朧な月、何故、と聞くまでも無く見えたのは花。
 強い風が花弁を散らす、奇怪な花は嬉しそうに笑ったように見える。
「切ない恋、それも乙女の喜びよ――」
 過去の月と今の月、二つの月が、彼女の中で重なった。

 遠くで聞こえる、秋の虫達の合唱――命を示すように思い思いに奏でられるその音、だが、それより惹かれるのは大きな背中。
 あの背中をずっと、追いかけていた――胸が、高鳴る。
 いつの間にか手にしていた盃の酒が、喉を焼いた――クラリと身体が揺れる。
「秋桜、飲み過ぎたのか?」
 年を重ねた者だけが許される、大山のように重く落ちついた威厳と深い声音――そして、白髪混じりでありながらどこか、鋭さを感じさせる男。
 鋭くはあるが、決して冷たいだけでなく全てを包み込むような、温かい懐の持ち主。
 ――それが、秋桜の主であった。
「申し訳ございません‥‥旦那様」
 手招きをされれば、這うようにして向かう秋桜。
 胡坐をかいた主の上に、上半身を丸めて膝枕をするような体勢になり白い彼女の頬に朱が混じる。
 トクトクと早くなる心臓は、決して酒だけのものではない。
 だが、そんな事は意にも介さず主は苦笑めいた表情を浮かべていた。
「全く――水は飲めるか?」
「少し‥‥」
 水差しを差し出され、受け取り喉を潤す‥‥息を吐いて視線を彷徨わせれば、二つの視線が重なり合う。
 親が子を見つめるような、無償の愛、込められたその愛の形に気付いて切なく胸が締めつけられた。
 満ちては欠ける月のように、恋の喜びも苦しみも――不確かでそれでいて、確かに存在するもの。
 そして、あの人は手を伸ばしては遠ざかる、近くて遠い存在。
「まあ、今宵は良い月だからな‥‥月に酔っても仕方があるまい、気にしなくて良い」
 呆れたように、だが、それでいて愛しいと言うように秋桜の黒髪を撫でる主。
 空には大きく輝く、月――紅の盃に注がれた酒は月を映す。
 秋の月独特の、神々しいまでの金色の穢れ無き輝きが盃の中に揺れて――壊れる。
 ――また、鏡のように月を映す盃の中、だがそれは酷く脆く感じて、息が、出来ない。
「旦那様、お酌なら私が‥‥」
「よいよい、お前は休んでいなさい――酒気を抜くように、な」
 上体を起こしかけた秋桜を片手で制して、温かく大きな手で彼女の頭を撫でる。
 手酌で注いだ酒を飲み干し、あの月に帰った娘は――此方を覗いているのだろうな。
 そんな御伽噺を紡いでは、コトリと盃を置く。
「眺むれど たまゆらの月 いと高く――無情に来たる 曙の空」
(静かに思い馳せていられる月は直ぐに高く、無情にも太陽が昇ってくるのだな)
 主が詠む歌を耳に留めながら、その意味をゆっくりと噛み砕く‥‥自分と同じように思っていて下さる。
 そんな過ぎた願いは、決して口には出来ない、望む事も許されないのだけれど。
「春は桜、夏は花火、秋は月夜、冬は雪を肴に‥‥これからも、旦那様と一緒に、移りゆく季節を感じていけたら」
 押し込める心、けれど、それは大切な主の為――此れからも、お仕えする為に。
「私は、それだけで、幸せです」
 大きな手が、秋桜の頭を撫でる――涼やかな音を立てていた秋の虫は、その合唱を止め、月の統べる夜。
 そこに、旦那様と二人、秋桜は取り残されたような気持ちがこみ上げる。
 困らせる事は出来ない‥‥大切だから、愛しているから、だからこそ、この思いを告げる事は許されない。
 ――永遠に。
「(旦那様、愛しているとは、申しません――絶対に)」
 穏やかな表情で聞いていた主は、まなじりを緩めてゆっくりと頷く――そうだな、としんみりとした声が追って秋桜の耳を打つ。
「こうして、お前と酒を酌み交わし――往く季節に思い馳せれば、この上ない喜びだろう」
 季節は移ろい変わり、それは人の世も同じく‥‥そこに人は何を感じ入るのか。
「旦那様――そう、仰っていただけて」
 ――私は、幸せです。
 今も‥‥ずっと、幸せです。
 旦那様に、お仕え出来た事――優しい手も、大きな背中も、深い声音も。

「全て、旦那様――」
 あなたに、お会いできて‥‥。
 見た空に輝くは、春特有の朧月。
 心に抱きしめた思いは、消化出来る事無く燻ぶったまま。
 締めつけられる心、そして懐かしさ――旦那様、あなたにお会いしたい。
 もう一度、月を肴に盃を交わしましょう‥‥二人で、過ぎゆく季節を、風流を、何時までも眺めていたかった。
 月の輝く夜――そこに、いらっしゃいますか?
 話して下さった御伽噺のように、高く昇って行く月からわたくしを、見ていらっしゃいますか?
 嗚咽を噛み殺し、月を眺める‥‥彼女の白い頬を濡らしたのは、懐かしさか。
 描かれた涙の模様――ただ、月は静かに彼女を見下ろしていた。

●桜と散りける花嫁
 気が遠くなりそうに高い空、どこまでも青い空から降り注ぐ陽の光。
 ――誰かを失って尚、生きる者はまた春を迎え季節を辿る。
「残念ながら理想は特にないんだ。悪いな」
 おや、残念とかわした会話の中に、ふと思い起こすものがあってガルフ・ガルグウォード(ia5417)は躊躇いがちに口を開いた。
「けどもし‥‥故人も作れるなら、4年ぶりに顔見たいな」
 苦笑気味、或いは一抹の哀しみすら漂わせて彼は紡ぐ――失った後に気付いた、お互いの思い。
 惹かれあいながらも、恋慕はすれ違ったまま‥‥恋人と言えるかどうかは微妙だけど。
 懺悔にも似た、言葉を一つ一つ落とした彼は受付員の差し出したお茶を口にする。
「そうですね――大丈夫だと思いますよ?」
 此方も調査される方が多いと、助かりますし――と受付員は貼り紙と地図をガルグウォードに押し付けた。
 意外な強引さを見て、少しだけ目尻を落とし小型飛行船に乗り込む。
 調査であるからにはキチンとしておきたい、彼の目にとまった一輪の花――いらっしゃい、と不遜とも取れる口調である。
「お、喋るのかこの花‥‥なあ、此処に付いて何か知ってるか?ほら、理想の恋人とか――」
「知ってるわよぉん、貴方の中の、愛しい愛しい君もねぇ。此処はラブクラフト、人の心の愛を形にする儀」
「――形に」
 昔の事を、形にしておくのも悪くは無い――何より、心が欲している、会いたいと。
 その心を汲み取ったのか、花はユラリと風に揺れると行ってらっしゃい、と笑った。

 心を和ませる、春の香り‥‥一つの家の縁側で、優しげに微笑む乙女。
 銀線細工のようにほっそりとした、華奢な乙女は口元に手を当てて、少しだけ微笑んだ。
 長い黒髪が風に舞う、病的なまでに白く透き通るような細身の体に白の着物と羽織りを身に付け‥‥何一つ、生前と違わぬ姿。
 言いたい事も、伝えたい事も全て――抱えて尚、口から溢れた言葉は。
「‥‥よぉ」
 少しぶっきらぼうなガルフの言葉に、彼女は嬉しそうにはにかむ。
 ――鈴を鳴らすような声で、ガルフ、と口を開く。
「ああ――」
「もう、春‥‥綺麗な桜が咲いているのでしょうね」
 粛々と進められていく、許嫁との祝言‥‥少し、退屈になっちゃった、と口にした彼女にそうだな、と今までの時間を手繰り寄せ彼女の求めるものを考える。
 ――桜、一緒に見たいと空を眺め、遠い目をして呟いていた。
「桜、見に行くか。前に言ってただろ、お嬢。一緒に桜が見たいって」
「‥‥うん、一緒に。覚えていてくれたんだ」
 たまには自分で歩いてみたい、と言う彼女を宥めすかしてガルフは背に彼女を背負う。
「暑くないか?辛くないか?」
「ふふ、ガルフったら心配性ね――大丈夫、ガルフこそ重くない?」
「全然っ、お嬢は軽い軽い」
 お上手ね、と微笑むその笑顔に何処か死相のような物がチラついて――逆にその軽さが何処か切なく哀しい。
 白を纏う彼女も、酷く儚げで――振り払うように前を見る。
 桜が海のように咲いて、息をのむほどに美しい場所‥‥天に向かって枝を伸ばし花を咲かせる桜を、その光景を見せたかった。
「ねぇ、ガルフ――桜の花言葉って知ってる?」
「いーや、でも、沢山あるんだろ?」
「うん、純潔に、優れた美人、精神美や優美――きっとね、桜が皆好きだと思うの」
 優しい気持ちになれるから――まるで、ガルフみたい。
 そう言って頬を寄せる彼女の指先は、少し震えていて‥‥。
「不安か、お嬢?」
「――少しだけ」
 貴方と離れるから――その言葉は続かずに泡のように消えて、大丈夫と微笑む事以外に何もできず。
「お嬢‥‥大丈夫」
 繰り返すのは、誰が為――?
 何処か、しんみりしたままの雰囲気の中、何時の間にか着いてしまった桜の海。
 息を呑むほどに、或いは幻惑の様に散りばめられた薄紅色の桜。
 風が吹けば、二人を覆い尽くすような花弁の嵐。
「寒く、ないか?」
「大丈夫――本当、桜の海みたい‥‥綺麗」
 気の利いた言葉が浮かばない、と照れたように笑う彼女を桜の幹を背に座らせ、二人揃って青い空に向かって咲き誇る花を見上げた。
 春の風は強く、ガルフは自分が羽織っていた羽織りを彼女にかける‥‥少し離れた場所でガサっ、と音がしてガルフは鋭い視線を向けた。
 彼女を背に庇うようにして、音と対峙する――アヤカシ、だろうか。
 俺はまた、失うのか、夢でも――また、彼女を、お嬢を。
 こめかみに滲む、恐怖と戦慄の冷たい汗、だがひょこりと顔を出したのは大きな瞳に丸い鼻、長い耳を持つ小動物。
「可愛い、ガルフ‥‥見て、兎だわ!」
「おどかせやがって――おいおい、お嬢。あまりはしゃぐなよ」
 ガルフの服の裾をチョン、と引っ張り満開の笑顔を見せる彼女に肩の力が抜けていくのが分かる。
 茶色の毛皮を持つ野ウサギは、キョトキョトとガルフと少女の顔を見ていたがやがて、ピョン、と草むらに戻ってしまう。
 少し残念な表情でガルフの肩に身体を預けた少女、その額に滲む汗を拭ってやりながら彼は問いかける。
「疲れたか?」
「――ううん、ガルフと一緒だから、疲れたけれど、楽しい」
 春の強い風は、桜の花を散らすべく吹いては儚い命を摘み取って行く――どちらからともなく手を差し伸べ、絡めて、握り。
「ガルフ――」
「お嬢‥‥」
 愛している、その言葉は伝わったのだろうか、それとも風が消してしまったのだろうか。
 身も付けず散る花、儚いその花は嫁入り前に散る――乙女の哀しみ。
「戻るか‥‥」
 彼女を背におぶって、ゆっくり、ゆっくりと帰路を辿る。
 足取りは重くとも、何時かは祝言を上げる宴へと辿り付く――繰り返すは、笑顔で、笑顔で見送りたい。
 叶わなかったあの時の思い、願い――全てひっくるめて、信じたい、彼女の幸せを。
 ――アイシテイルカラ。
「お嬢、お嬢――元気で、な」
 願っている、いつも、ずっと‥‥狂おしい程の慕う心、それは山颪の風の如く、だがそれも全て、閉じ込めて。
 今、笑顔で見送れるだろうか、見守れるだろうか。
 振り返った彼女は、少し哀しげに微笑み‥‥。
「ガルフ、ありがとう――貴方がいるから、元気でいられるの」
 白く翻る角隠し、だが、確かに彼女は、微笑んでいた。

 泣かないよう、血がにじむ程に握りしめた拳を、開く。
「ありがとな‥‥」
 夢か、術か――だが、あの時の時間を辿れた事は事実、礼を尽くし、今度は笑顔で見送れた。
「気にしなくていいわよぉ。誰にでも大切な思い出だってあるんだもの」
 不可思議な花は、少し照れたように揺れる。
 ――あの時と同じ、春の風が吹いた。

●唯一無二
 開拓者ギルドで話を聞いてから、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の思う理想の恋人はただ一人だった。
 唯一無二の至高の存在、気高く神々しく、それでいて愛らしい――愛おしい少女。
 小型飛行船から降り立ったギーベリは、足音を軽く響かせ件の花へと歩み寄る。
「きみが、理想の恋人との時間を過ごさせてくれる花かい?」
「そうよぉ‥‥あら、アナタ、随分と焦がれる相手がいるみたいねぇ」
「勿論さ、幼い少女はどの子も可愛いけれど、ボクの恋人はただ一人――名前は、リンス。いや、借りにリーゼとしておくよ」
 魅せてくれるかい?
 問いかけたギーベリに、当然とばかりに花は頷き、ぶちゅん、と唇を押し付けた。
「いってきなさぁい」

 ジルベリア帝国、帝国貴族の一人‥‥フランヴェル・ギーベリ。
 名うての幼女たらし、蕾を狩り取る庭師――危険な雰囲気の香る、軍服を纏った男装の麗人である。
 まだ、世間を知らず初心な娘に近づいては甘美な口づけを交わし、そしてその心に小さな燻ぶりを残しては軽い足音と共に去っていく。
「愛らしいお嬢さん、でもボクはそろそろ行かなければ――また、お会いしましょう」
「どうして――フランヴェル様、あなたと離れるなんて耐えられません、あなたの心は此処に無くとも‥‥」
「どうか、泣かないで。貴女の笑顔は花のように美しい。どのような装飾品も貴女の笑顔の前では、輝きを失くすだろう――ボクの事はお忘れ下さい」
 数々の乙女が涙にくれても、フランヴェルの足取りは軽く‥‥久しぶりの自分の屋敷、それは愛しいリーゼの待つ場所。
 少し離れた場所から見れば、膝の裏まで届く波打つ黄金の髪に、薔薇の花にも負けぬ深紅の瞳。
 人形の様な冷たささえ感じさせる、整った顔立ち。
 繊細な細工を凝らした懐中時計に目を走らせ、時折政治について問いかける部下に指示を出し――そして、また懐中時計に目を落とす。
「ただいま、リーゼ」
「随分と遅かったの、フラン」
 バトルドレスに身を包んだ、4フィートあるかないかの少女は猫のように鋭い目つきで、フランヴェルを見据える。
「いやぁ、随分と来客が多くてね――リリアンヌに、ローザ、マリアに‥‥ああ、ジョセフィーヌ」
 花に、手紙に、お菓子に紅茶‥‥大変だよ、と金細工の美しいビロードの椅子に腰かけフランヴェルはクスクスと笑う。
 執事の淹れた紅茶を飲みながら、そっとリーゼを窺えば白く小さな手が怒りでフルフルと震えているのが分かった。
 睨みつける紅玉の瞳は、間違いなく怒りを抱いて吊りあがりグミの実のように上品な唇は固く結ばれている。
「リリアンヌは、手紙をくれた上に――そうだね、一緒に行った美術館は楽しかった。麗しき王女だったかな、あれは素晴らしい」
 でも、隣にいる彼女の方が素晴らしかったけれど‥‥と続けたフランヴェルの前で乱暴にティーカップを叩きつける音が聞こえた。
 決して、自分がヤキモチを焼いているなどと認めようとはしない、リーゼ‥‥直ぐに顔に出てしまうものを、と思うがヤキモチを焼かせる為の話でしかない。
 キリリ、と歯を噛みしめる音が聞こえたかと思うと、次は品の良い赤のドレスの裾を翻しその背の黒い竜族の血筋である事を示す羽だけが見えていた。
 フランヴェルは口元をカップで隠し、形の良い唇を笑みの形に歪めると紅茶の香りを堪能する。
 ――やがて、戻って来たリーゼの手には漆黒の乗馬鞭が握られていた、こうなるのは自明の理、全てはフランヴェルの掌中にあり。
「悪鬼のような表情だね――ああ、それともボクを誘惑するサキュバスかな?」
 薄い笑みを湛えて問いかけたフランヴェルの横を、乗馬鞭が宙を切った――その表情は彼女が表現するが如く、炎の様な怒りの形相である。
「駄犬が。汝の主が誰か分からせてやろうぞ。たっぷりとな!」
 リーゼ、彼女は生まれながらのドミナ――女主人――ピシャリと手の中の鞭でフランヴェルの頬をひっぱたく。
「跪くが良いわ、汝の主を忘れよって!」
 駄犬!と罵ったリーゼが乱暴に、フランヴェルの座る猫足の椅子を蹴り飛ばす――ややバランスの崩れたフランヴェルに容赦なく鞭を振り下ろし、ビロードの絨毯の上へと這いつくばらせる。
 だが、決してフランヴェルは嫌がってなどいない――その証拠に彼女の金色の瞳には崇拝者を、或いは女神を見るような敬意にも似た光が宿っていた。
 そう‥‥今までの戯れは全て、この帰結をもたらす為の物――ヒュン、とリーゼの鞭がしなり、フランヴェルの頭を彼女の靴が踏みしめる。
「ああリーズ‥‥どうか愚かなボクに、存分に罰を――」
「駄犬如きが、妾に口答えするでないわ!」
 空気を切り裂く音、金の髪が揺れて、シミ一つ無い白皙の肌がシャンデリアの光の下で妖しくも美しく輝く。
 幼いからこそ、力の加減のない鞭が容赦なくフランヴェルを襲う――。
 だが、フランヴェルは喜びと共に、その鞭を受ける‥‥。

「こ、これ以上は鼻血が‥‥」
 不味い、とばかりに鼻を抑えるギーベリの横でうふん、と花が嬉しそうに笑う。
「久しぶりに濃いLOVEを頂いちゃったわーん」
 お肌すべすべ、と嬉しそうな花の隣でまだ、ギーベリは這いつくばったまま余韻を楽しんでいたかと思うとそそくさと小型飛行船に乗り込む。
 会いたい、会いたい、会いたい――!
 その思いだけが、ギーベリを動かしていた。

●全ては移ろい夢か真か
 開拓者ギルドに戻って来た開拓者達。
 だが、返すべき貼り紙は無く、あの時に依頼を斡旋したギルド員もおらず。
 誰も行方など知らぬ、ラブ・クラフト。
 ――そこで見るのは優しくも甘く、そして時には苦く悲しい。
 人の、思い‥‥。
 彼等が、そして彼女等が何を見たのか、そして何を感じたのか。
 証拠が無い今、記憶と心の軌跡が残るのみ――夢か真か、真実など、思いの前では些末事。