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■オープニング本文 ●御伽噺 深く、昏く‥‥そして死臭の漂う深い森。 獣の声が薄気味悪く響き渡る、世界――誰からも忘れられた村。 低く唸るように吹きすさぶ風は太陽の恩恵を受けてすら、陰鬱な雰囲気を漂わせ外界と彼等を隔離していた。 森に守られた孤城に、住まうのは迦陵頻伽―かりょうびんが―声は美しく顔立ちは優しく。 伝説の鳥を模した、其れは確かに美しかった。 凍った瞳は生気を宿さず、捧げられた生贄は其れの血肉となる――否、血肉と言うのは誤りか。 其れ、はアヤカシ‥‥強大な力で村を襲い、老いた者を殺し、若い者はいたぶり頭蓋に歯を立てる。 苦痛にゆがむ若者の顔を見ながら、殊更美しく鳴いた。 逃げ出す者は、その声で惑わし翼を以って羽毛に似た毒を放ち‥‥抵抗する気力を奪う。 何時しか、その村は支配されていた――酷く麗しい容姿と、酷く美しいその声に。 ‥‥そして、圧倒的な、力で。 村の人間は、其れへ生贄をささげる為の『家畜』であり、其れにとっての『餌』であった。 ●妖艶なアヤカシは微笑する 白い指を細い顎に当て『其れ』は考える‥‥嗚呼、退屈だと。 食を確保し、襲わずとも空腹を満たす事が出来る――生贄の恐怖にひきつった顔はとても美味。 屠った生贄の血をすすり、上品に口元を拭って城の中から下を見下ろした。 元々は、領主が使用していたらしい城であったが、其れにはもはや関係が無く。 そう言えば、どんな味だったのかと思い出す事も無く‥‥欲のままに喰らう。 「退屈、退屈ね――」 満たされているのに、戦いたいと言う闘争本能‥‥それは日に日に積もっていく。 「そうね、楽しまなければ、そしてその力を欲さなければ――」 日が地平線に沈み、不気味に獣が鳴く頃‥‥子供の手を引いた女が、開拓者ギルドを訪れる。 「私達の村は‥‥長年アヤカシに苦しめられていたのです」 どうか、助けて下さい――神威人と偽り微笑んだ女が、子供に金銭を渡しお願いします、とギルドを去った。 呼びとめるまでも無く、翼を広げ空を翔ける‥‥アヤカシ、と子供は口を開く。 「あれが、アヤカシ、なんです」 生気を失った子供が、ゆっくりと崩れて前に倒れる。 その首筋に穿たれたのは、毒を纏った羽毛。 握りしめた紙を差し出し‥‥子供は青い唇を開いた。 「空、飛びます。羽、猛毒。声、おかしくなります‥‥アレが、アヤカシ」 直ぐ様、解毒の術をかける巫女、彼女の力で気力を取り戻した子供は、更に口を開く。 「待っている、と言いました。城で待っていると、開拓者、を殺して――食べるつもりです」 「でも、村はそのままではいけないでしょう――」 彼等は、アヤカシと戦う事の出来る、強い人なんですよ‥‥微笑んだ受付員は、躊躇う子供の頭を撫で、静かに貼り紙を貼った。 ――戦いたいのか、喰らいたいのか、アヤカシの意、まだ、未知数。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴 (ia2835)
13歳・男・志
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●惨劇は近く 震える子供の頭を撫で、大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように口を開いた乃木亜(ia1245)は、遠い日の故郷に起きた惨劇を思い起こし痛ましい表情を浮かべる。 「心配しないで。村の人もきっと助けますから」 歯の根がカチカチとなる彼女に寄りそう、ミズチの藍玉‥‥ピィ、と小さく鳴いて大きな瞳で主を見た。 「吟遊詩人のエラトと申します‥‥少し、話せますか?」 幾分落ち着いた様子の子供へエラト(ib5623)が口を開き、コクンと頷くのを確認すればギルド員の持ってきたお茶を手渡す。 「迦陵頻伽は普段、どうしていますか‥‥?」 アルネイス(ia6104)の問いかけに、茶を口に含んだ子供は飲み干し恐る恐る口を開く――否、開こうとして尚も逡巡していたがやがてポツリポツリと答え出した。 「空を飛んでます、数は10匹と、迦陵頻伽‥‥他より綺麗です。孤城、でも、ボロボロです」 「村の様子は、如何ですか?」 「一昨日、連れていかれました、お兄さん。戻ってきません、首が転がっていました」 淡々と繋ぐ言葉の一つ一つが、ただ生贄を待つ事に慣れた家畜、其れを思わせ鼻を鳴らした鷲尾天斗(ia0371)は乱暴に子供の頭を撫でる。 「俺等はよ、絶対負けねェから安心してろ。ガキは寝とけ」 「‥‥天斗、ズルいのじゃ!」 相棒、人妖のねねがドチラもズルいと、格好いい言葉にか、それとも主にか声を上げた。 「俺はサムライのルオウ!よろしくな〜」 自分よりもやや、幼い子供に笑顔を見せて真剣そのものの表情で耳を傾ける。 「向こうから来いなんてよっぽど自信あんだな――絶対に倒してやっからな!」 ルオウ(ia2445)の言葉に、お願いしますと蚊の鳴くような声で子供が答える――視線のあった 鈴 (ia2835)はペコリと頭を下げ、何を言おうかと考え、鬼火玉の火鈴に視線を移した。 ふよふよと浮いている赤い鬼火玉は、ツィ、と視線を移すと主と同じようにペコリ、と頭を下げる。 「鈴、です‥‥一緒に頑張ろうね、火鈴」 プルン、と火鈴が頷いた、様な気がした――子供もおずおずと頭を下げる。 「アヤカシの意図は分かりません…ですが、なんであれ私達のやるべき事は決まっています。行きましょう、黒霧丸。村をアヤカシから開放するんです」 穏やかな顔立ちに、勇ましさをにじませ露羽(ia5413)は、忍犬の黒霧丸を伴う――生ぬるい風が、まるで血に淀んでいるようで、酷く不快に思えた。 ●鬨の声 「なるほど。見目麗しいけれども、性根は腐り切っている、と」 駿龍、ヴァローナを駆り、ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)がともすれば雨をもたらしそうな空を仰ぎ、崩れかかった孤城に視線を移す。 嫌な空だわ、と一人呟いてヴァローナの背を叩いた、信頼している、証。 「アギオン、空での行動は任せますよ――?」 エラトが駿龍、アギオンを駆り、トランペットを奏で、霊鎧の歌を紡ぐ‥‥さながら、戦いの序曲、淡い精霊の祝福を受けた開拓者達が各々頷く。 「城内で戦闘の際、抵抗や知覚の支援が必要でしたらできるだけ城の窓際に近づいて下さい。城の外から、歌の届く範囲で支援致します」 涼やかな声が空気を震わせ、何処となく城の中が慌ただしいような印象を受け、敵も侵入に気付いたのか、と把握するとアルネイスが顔を上げた。 「ムロンちゃんは、城の階段部分にいて下さいね」 「任せるのだ〜」 王様のような、どっしりとした体躯のジライヤ、ムロンがのろりと階段付近に陣取る。 アーマーを起動し、着用したシュヴァリエ(ia9958)は、一度己のアーマー、ヴァーチューの動きを確かめると深く頷いた。 高潔な騎士は、その刃を断罪の光とする‥‥背には味方。 「人の血肉を、恐怖を貪り糧にする‥‥気に入らないな。囮と言っても、全力で潰す気で行くぜ」 「五月蠅い鳥が相手ですしね、早めに捌きますか」 得物の北条手裏剣に荒縄を取りつけ、動きを確かめる――少々命中率は落ちるかもしれないが、上手く絡めば阻害出来るだろう。 珠々(ia5322)はシュヴァリエの後、城へと入って行く、続いて彼女の相棒、忍犬の風巻。 命令は、簡素に、簡潔に。 「全力で、襲え」 孤城、城内―― 「開拓者ご一行只今参上!お前開拓者を喰らうってかァ?面白れェ事言ってんなァオイ」 城門を抜け、城内部へ繋がる豪奢な扉を蹴破って唸るような声を上げた鷲尾、鋭く狂眼を向ける。 眼光鋭く巨躯の男は、黒曜の瞳に怒りの炎を宿し、そのまま怒鳴り叩きつけるように言い放つ。 「けどお前喰えネェじゃん!オイオイこれァ不公平じゃね?そんな馬鹿に食われるヤツはいねェよ、あァ!?」 「天斗!何を言っているのか意味不明じゃ、落ちつけ!!」 「落ち着いてられっか、今回は最初からクライマックスだァ!ドンドンかかって来いやァ!」 大きく踏み出すと共に鎌の穂を持つ槍をぶん回し、群がる人面鳥を弾き飛ばす――大ぶりな攻撃をあざ笑うかのようにヒラリ、ヒラリと絹を纏い飛び立つ人面鳥。 「いくぜぃ、ロート、俺達も負けてられねぇ!」 炎龍、ロートケーニッヒを駆りルオウが太刀をぶん回す――幸い、鷲尾の突貫で地上から人面鳥は飛び立ち龍を駆る者達を有利にしていた。 チャージ、そして急降下‥‥殺気に肌が痺れるほど近づき、蹴りを放つとタイ捨剣、袈裟がけに斬り捨てる、不可思議な違和感‥‥呪封が彼を襲いけたたましく鳴きながら人面鳥の首が転げ落ちる。 グシャリと続いて頭部を失った身体が叩きつけられ、血を浴びながら乃木亜は手を伸ばした。 「解術を――アヤカシになど、奪わせはしません!」 解術の法を行うと同時に、乃木亜へ急降下してくる人面鳥、呪声を響かせ彼女の過去を暴かんと厭らしい笑みを浮かべる。 ピィ、と泣いた藍玉が守るように水牢で閉じ込める、纏わりついた水を嫌がるようにジタバタと暴れた人面鳥は一瞬で鷲尾の鎌の穂に裂かれ呪声を響かせ落ちて行く。 「火鈴‥‥後ろを守って、こっちに来るよ」 突貫から逃げおおせるように二階からあふれ出してきた人面鳥、貼り付けられた笑みは呪声を響かせ笑う‥‥。 アーマーを纏うシュヴァリエのクラッシュブレードがその名の通り、肉厚の刃を以って敵を粉砕し、薙ぎ払う――降ってくる魅了に穿たれればその剣を別の個体へ。 「頑丈に出来ているんだ、此れくらい大した事無い」 ボルトアームの塊が人面鳥の鼻づらを穿ち、頭を叩きつけ地面に引きずり落とす。 沢山の呪声が生命を削る、だが、黒騎士はアーマーを盾にし自らを投げ出し後ろに守る少女の攻撃を助けた。 ――後ろに守られた少女、珠々。 上で嘲笑うだけのアヤカシに、はて、どう引きずりだしたものかと北条手裏剣を指に絡め投げる。 「風巻」 飛跳躍した彼女の相棒は、鋭い顎を以ってアヤカシの足を砕き肉に牙を立てる、そのまま体重を使って上空から引きずり下ろした。 「よくやった」 床で跳ねる人面鳥に容赦なく一撃を入れ、苦無の刃を使って頭部を斬り捨てる――そんな中、一際きらびやかな衣装を纏った、アヤカシが艶然とした微笑みを湛え現れた。 ●孤城の主 「来ましたよ。しかし、あれがこの城の主‥‥不敵なものですね」 「ムロンちゃん、任せました‥‥全力で当たってきます」 「任せるのだー」 アルネイスの扱う、結界呪符「黒」の後ろに潜んで機を待っていた露羽、そして術者であるアルネイス。 「黒霧丸!」 緩慢な動作で惨劇と呼ぶに相応しい、城内の戦場に視線を移した迦陵頻伽――美しい容貌に白い手で自らの羽根を撫でる。 「騒がしいと思ったら、もう少し大人しく出来ませんか?」 「無理な相談すんじゃねェ、テメェ、ギルドに来たガキ散々苦しめただろォ?」 疎ましそうに投げられた無数の毒の羽毛を受けながら鷲尾が速度を詰め、その首に鎌を押しあてる。 「無粋ですね――全く、人間と申しますか食物の分際で」 「俺はさァ、ガキ苦しめるのは許さんのよ。だからさァ」 狂眼が怪しく光る、ニィと歪めた唇に隻眼――まるで鬼、と迦陵頻伽は囁く‥‥白梅香、そのまま鎌を引き、首を落とす‥‥。 その行動は、迦陵頻伽の指一本で抑えこまれた。 「てめっ!」 「天斗!」 「出直しなさい、地に這う食物。そんな隙の大きな動きで、私が倒せますか?」 後背に回っている彼を蹴り飛ばし、宙を駆る――そのまま踵で鷲尾を蹴り飛ばし毒の羽根を放った。 「お互い様だろ‥‥来やがれ、この俺が相手になってやるぜ!」 不動、そして挑発し斬りかかるルオウに、ヒラリと舞い、かわす。ロートケーニッヒの炎に焼けただれた翼が異臭を放つが涼しい顔のまま、美しいアヤカシはその龍の鼻づらを足で蹴りつける。 一方、冷静に見ていた露羽、ゆっくりゆっくりと城の壁に近づき小声でやり取りを行う。 「エラトさん、お願いできますか」 承諾の言葉と共に奏でられる騎士の魂、加護を知り、彼は駆け刹手裏剣に螺旋を纏わせ投げ放つ‥‥鋭く回転した手裏剣が、柱を傷つけ後ろでうすら笑いを浮かべていた迦陵頻伽の腕を抉っていく。 「小癪な――」 魅了の術、だが加護を受けた彼には効かず一瞬の間の後、黒霧丸の忍犬苦無が翼を穿つ。 その後ろ、一気に迫った珠々が三角跳びを駆使して迫り、飛びかかる。 不意を付かれた迦陵頻伽、肘を使って胸骨に一撃を入れるも彼女は離れない、獄導で喉を切り裂いては、影で翼を絶つ。 「‥‥‥‥!」 声が出ない、とばかりに迦陵頻伽が視線を向ける。 「翼の無いものは飛べないとでも?跳べるんですよ、代わりに」 謎かけのような言葉に、追い打ちをかけるように風巻が飛跳躍で引きずり下ろす。 地に落ちた鳥は、生きて行く事が出来るだろうか――否、出来ぬからこそ落ちたくは無いと足掻く。 迦陵頻伽も、涼しい顔であったが追いつめられている現状、を知り内心焦る‥‥最後に残った羽根ですら風の刃が切り裂き切れて飛んだ。 ――術者は? 「私の羽根を‥‥!」 決して浅くは無いが、声を奪われるほどの傷では無い‥‥自分の美しさが損なわれたと嘆くように放った言葉は、声が出せない演技すら忘れる本心の言葉。 魅了を放ち、呪声を響かせる、それは真っ白な壁に阻まれやや、不快なものの平然としたアルネイスが立ちあがる。 「貴女に聞きたい事が2つあります。1つは何故、あの村を支配しているのか」 「答えれば、解放して貰えますか?」 ――答えは否、迦陵頻伽は心底悲しげに落ちた翼を手にし、その口に入れ、食む、我が身を喰らう美女と言うのは、心底おぞましく見えた。 「‥‥何故、ギルドに対してわざわざ自分達を討伐させるような依頼を出させたのですか?」 問答に飽きた、とばかりに迦陵頻伽が魅了を放つ、続いて襲いかかろうとしていた珠々の手が止まる‥‥続いて攻撃に走ろうとした迦陵頻伽の片方の腕を、シュヴァリエのクラッシュブレードが叩き折った。 「答えても、容赦はしないぜ‥‥俺達を呼んだ事、後悔させてやる」 「まあ、野蛮な食物だこと」 呪声を響かせ、迦陵頻伽は面々を見まわす‥‥その時点で、其れは負けを悟っていた。 他の人面鳥は怖気づいて逃げ出そうとバタバタもがく、外にも仲間がいるのだろう、この開拓者と言う面々は――囮にもなりはしない。 加えて術者‥‥陰陽師だったか、と先程声をかけてきた女を思い起こし忌々しいと眉を潜めた。 ただ、効率的な食物の摂取‥‥食べられる順番を待つ恐怖のなんたる美味な事か。 ――美食家、だと迦陵頻伽は薄く嗤う、だが、その心の奥底には、戯れの為に開拓者を呼んだ後悔が巣食っていた。 そう、思考を巡らしていたのは一瞬なのだろう、次の瞬間に梁が落ちたのかと思うような破壊音が2回、シュヴァリエのボルトアーム‥‥飛び出したままの腕をハンマーのように振り回すが、壁に亀裂が走るだけで当てる事は難い。 そして、鈴の蒼天花が鋭く2太刀浴びせ次の攻撃へと移る。 駆ける青の軌跡が、迦陵頻伽の残った腕を叩き落した、続いて浴びせられた呪声に鈴は膝をつく。 頭の中を直接掻きまわされるような、不快感‥‥込み上げる嘔吐感に更に迦陵頻伽が歩み寄る。 「あなたのような子、美味しそうね」 そして、あの子、と乃木亜を見た迦陵頻伽の瞳に、乃木亜も凍りつく。 アヤカシの持つ不快感を煽る瞳、過去の傷を抉られるような幻影が浮かび、消え――呪声に対抗し、呪封に対抗し、気力もすり切れそうで手足が震えた。 「ピィ‥‥ピィ、ピィ」 藍玉が癒しの水で癒しを与え、主に寄りそう‥‥強い光を湛え、乃木亜は震える身体を抱きしめ、声を上げた。 「私は、倒れません――このままでは村がアヤカシに滅ぼされます、そんな事はもう、見たくないんです!」 自分の身に起きたように、恐怖と、決意を宿す瞳に迦陵頻伽は、美味しそう、と呟いた。 「後悔する知能も、存在しないか?」 アーマーの練力が尽きたシュヴァリエ、そのまま流し斬りを放つ、だがユラリユラリとかわす痩身の迦陵頻伽‥‥だが、的確に増えている傷痕は。 「忌々しい、術士!」 「答えを求めているのです」 アルネイスの言葉に、鼻で笑いその鋭い爪で喉笛をかき切らんと迫る、だがそれより速く迦陵頻伽の胴体から瘴気が噴いた。 「っちくしょう、ナメやがって」 毒に呪声、動く事すら出来なかった鷲尾が、渾身の力で胴を抉る‥‥その横には人妖のねね。 「世話が焼けるのじゃ!」 「忌々しい、人間の分際で!」 呪声を放ち、更に追撃をかけようとする迦陵頻伽の首が、血の華を咲かせる。 「この一撃、甘く見て貰っては困りますよ?‥‥と、もう、聞こえてはいませんか」 漸刃を使った露羽が、血に濡れる刀を軽く拭う――あくまで彼は穏やかで。 大丈夫です、とバタつき、やがては動きを止めた迦陵頻伽を見て微笑んだ。 ●城外、外 少し前に時は遡る。 「迦陵頻伽は、討ちとられたのかしら?」 クルトィフの呟きに、エラトが首を傾げ何故、と問いかけを返す――暗雲立ちこめる空に、ヒラリ、と飛び出す人面鳥。 直ぐ様、ホーリーアローを穿ち、エラトは霊鎧の歌の加護を奏でる。 空に響く旋律と、聖なる光がまるでこの戦いへの祝福のようだった――ともすれば、彼女達は女神とでも言うのか。 「もう、もっと優雅に避けられないの?」 ヴァローナの駿龍の翼に頼り、鋭い爪を避けたクルトィフは楽しげに微笑む‥‥このお嬢ちゃんは、と言いたげな相棒、二つの絆の追復曲。 とすれば、旋律を取るのはエラト、城内の言葉を聞き音色を奏でる‥‥孤城、そしてこのボロでなければこの音色も届かなかっただろう。 「事前に、状態を聞いておいて良かったですね――」 アヤカシの修復依頼を受ける大工はいないだろうが、ボロでなければこうもいくまい。 アギオンを駆りながら、内部を探り‥‥としていたところで大きな音共に人面鳥が壁を突き破って空を舞う。 「どうかしら、大丈夫?」 「精霊集積をかけます‥‥一匹、大丈夫な筈ですが」 咄嗟に主を守り、傷を受けたアギオンの傷に触れながらトランペットを掲げるエラト一気にクルトィフが距離を詰め、フローズを放つ。 羽根を固められた人面鳥の動きが、鈍り、徐々に落下していく、そこに狙いを付け、ホーリーアローを放った。 焼けただれた傷、そしてヴァローナが高速飛行で追撃をかけ、その尾で叩き落す。 「ふぅ、まず一匹‥‥」 次は――と城に目を向けたクルトィフにエラトが鋭く叫ぶ。 「離れて下さい、瓦解します!」 不自然な軋みの『音』‥‥吟遊詩人と言う職業柄か。 二人は少し距離を置き、その後‥‥一部が損壊するのを、見た、少なからず傷を負った人面鳥達。 仲間の動向も気になるがそれよりもやらねばならない事がある、クルトィフはヴァローナを駆りフローズで動きを止め、エラトは精霊集積を奏で続ける。 「頼りにしてるわよ、相棒!」 そろそろ、練力が尽きて行くのが分かる‥‥このままでは、逃がしてしまう事に。 冗談じゃないわ、と弱気な考えを振り払って、クルトィフはヴァローナに追撃、いかめしい駿龍は鋭く爪を立て、その牙を立てる、翼を引きちぎり大地へと落とした。 「全く、派手なのはムロンだけでいいのだ〜」 黄色の身体のジライヤ、ムロンが飛跳躍で引きずり落としムロンの主、アルネイスが斬撃符を駆使する。 「此方は終わったのです、ムロンちゃん。後も気を引き締めていきましょう」 「よし、もうひと暴れするぜ!いくぞ、ロート!」 咆哮で逃げかけた人面鳥が、ルオウに引き寄せられる――正義感あふれる少年は、鼻の下をかくと太刀を振りかぶり次々と斬っていく、燃え盛る炎の如し。 叩き落していけば、次は他の開拓者が待っている。 「火鈴、力を貸して‥‥」 勇ましい味方達に、あんなふうになれば、と少し思いながら鈴が蒼天花で斬っていく、此方は、優雅な水の如し。 速度を重視した刀は張り詰めた氷のように鋭くも、美しい‥‥逃げる敵の前にはふさがる火鈴。 宙を裂くオーラショット、その後ろから珠々が颯で北条手裏剣を放つ、急加速する手裏剣、ただですら傷を負った人面鳥に傷を与えて行く。 最早、アヤカシ達に勝ち目は無かった――だが、生き延びる為に足掻き、逃げ、そして。 「終わり、ましたか‥‥」 全て、地に伏したアヤカシ――美しい魔物は、殺され、村は解放される。 ふぅ、とため息を吐いた鈴は、あ、と赤面して火鈴の後ろに隠れる――今更ながら、少しの恥ずかしさがこみ上げる。 主の様子を、鬼火玉は不思議そうにふよふよと漂ったまま見つめていたのだった。 ●鎮魂歌 強い強い開拓者、彼等はその武、そして智、技を以って一つの村を救った。 蹂躙されるがまま、家畜として生きて行くしか無かった村人達――家畜同然、だが、家畜にとて魂は宿る。 尤も、自らを家畜と称する者は少ないとは思うが――以後、長らく語り継がれる救いの物語、だがそれはまだ先、誰にも分からぬ未来である。 「首塚、ですか‥‥」 村に訪れたアルネイス、何故こんな事を、と問いかける。 「確実に死んだ、と――思わせる為だったのかもしれません」 兄です、と子供が新しい首塚を示し、その上に被る土を愛おしそうに撫でる‥‥その横にはシュヴァリエの置いた花束。 「もう、このような犠牲者は出ないだろう‥‥耐えるのではなく、ギルドに相談しろ」 コクリ、と子供は頷きグシャリと撫でられて相手を見やれば鷲尾の笑みに相棒、ねねの姿。 「良かったな」 「‥‥はい」 「天斗は子供だったら怒るのだろうな、ロリコン云々じゃなくて‥‥」 不器用な奴め、と少しデレながらねねが呟く。 「守り切れて、良かった――」 泣きそうにゆがむ乃木亜の顔に、自分がいるから、と伝えたくても届かない――でも、心では通じる。 それを信じて藍玉は寄りそう、彼女へ。 「勝てたぜ、もう、平気だ!」 ルオウがニカッと快活な笑みを浮かべて、不安そうな村人へと告げた‥‥これからどうすればいいのか、戸惑う村人もいたが。 「アヤカシの声は永遠に失われました、もう、響く事はありません‥‥どうか、安らかに」 渋々と子供の相手をしている黒霧丸を見ながら、露羽が柔らかく微笑む。 「お姉ちゃんも開拓者?ありがと」 拙い声で、鈴へ声をかける幼い子供‥‥もう、贄になる恐怖など無くていい、赤面しながらも、差し出された手を彼は握る。 「此れが、誰かの光になればいいのだけれど――」 クルトィフの差し出した、城内に残されていた遺品、装飾品を好んでいたのか遺品と思われるものは使っていた形跡があった。 それでも。 「(亡くなった方の分まで、どうぞ、幸せに‥‥)」 少し離れた場所、珠々はその様子を眺めていた――肉親、そう言うものに彼女は疎い、少し、羨ましくて、でも、言う事は出来ずに。 「隣、いいですか?」 エラトが彼女の隣に腰掛け、駿龍、アギオンを撫で、そして奏でる。 空にまで届け、鎮魂の歌。 |