【鳴鶴】キオクカクシ
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/07 23:36



■オープニング本文

●暗澹の空
 吐く息は白く、秋は終わり冬が訪れる。
 全てを凍らせ眠りに付く、冬の先‥‥冬を越せば春が来るとわかっていても、それでも閉ざされたままの扉。
 すすり泣く侍女の声を聞き、門前払いを喰らった花菊亭家、跡取りの花菊亭・伊鶴は目を伏せた。
「(大切なもの、全てを守りたい‥‥)」
 自分を大切にする事を、開拓者達は教えてくれた―――厳しい言葉、そして諭す言葉。
「(でも、姉上は床についている)」
 事実を知らない少年は、頭を悩ませる‥‥何も知らないままではいられない。
 かと言って、自分の出来る事は少なくて、あまりにも頼りない。
 冷たい廊下に座り込み、庭を見上げた―――冷たく頬を刺す空気はまるで、心まで抉るようで。
「(自分も大切にしなきゃならない、でも、自分だけではいけない‥‥)」
 此れを、伝えようとしてくれたのだろうかと頭を悩ませる。
 まだ、目覚めない姉の部屋から疲れ切った顔をした秋菊が、顔を覗かせた。
 彼女は、伊鶴の姉、花菊亭・有為の侍女である。
「秋菊、姉上の具合はどうでしょうか?」
「‥‥まだ、臥せって―――いえ、伊鶴様にはお伝えしたいと思います」

●消えたキオク
 暗い部屋に寝込んでいる姉、有為の顔は青白く怪談で聞かされた、幽霊と言うものを思い起こさせる。
 手を伸ばし、息をしているのを確かめた伊鶴は首を傾げた。
「秋菊、姉上は‥‥?」
「先程起床されましたが、花菊亭の事も、そして、私、私の、秋菊の事も覚えておられないのです‥‥!」
 泣き崩れる秋菊を、何故か冷静に見ていた伊鶴は、以前に告げられた言葉を繰り返す。
『伊鶴、お前は‥‥』
 姉は何を言おうとしたのか、彼にはわからない―――もしかしたら、このまま何も知らない方が、幸せなのかもしれないと。
「姉上‥‥?」
 ゆっくりと目を開けた有為に、伊鶴は話しかける‥‥そして、有為は微笑んだ。
「どちら様でしょう?申し訳ございません、このような姿で―――」
 目を見開き、零れる大粒の涙‥‥伊鶴は自分が泣いている事を知る―――家なんていい。
 ただ思いだして欲しい、忘れないでいて欲しい‥‥幼い時に一緒に過ごした時間も。
 姉にとって大した存在でないとしても、記憶を失った空っぽの時間は、あまりに悲しすぎて。
「姉上‥‥僕は、僕の決断が間違っていても、それでも、姉上の記憶を取り戻したいです」
 駆ける屋敷内、巫女と医者に告げれば返ってきた言葉は酷く簡単なものだった。
『記憶が欠落する病気の様です‥‥術士が関わっているかどうかはわかりませんが、薬はあります。ただ、その場所にはややこしい仕掛けが‥‥』
 告げられた人工的に造られた、薬の場所への地図。
「伊鶴様、有為様がこのような状態の今‥‥伊鶴様は家を守って頂かないと」
 躊躇いがちに、それでも諭すように告げる秋菊へ彼は首を振った。
「僕が行かなければ、いけないと思うんです。行動で示したい。大丈夫です、父上という当主がいますから、波鳥、秋菊、頼みました」
 頑固とも言える強い意志に、彼の侍従である波鳥、そして秋菊は深く頭を垂れた。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
井伊 沙貴恵(ia8425
24歳・女・サ
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎


■リプレイ本文

●朝靄と共に
 冬の陽光は淡く四散し、大気が肌を刺す。
「やっぱり、精神に過負荷がかかった時にそうなったりするって話を思い浮かべちゃうわね‥‥」
 戻した後のケアも必要そう、と彼女の弟からしっかり話を聞いたらしい、井伊 沙貴恵(ia8425)は肩を竦めた。
「ええ‥‥有為さん自身が辛い記憶を要らない、と思ったから全てを忘れてしまったのかもしれません」
 ですが、協力は惜しみませんよ、と菊池 志郎(ia5584)が視線を向けた先、必要以上に緊張している花菊亭・伊鶴と視線がかち合う。
「はい、ありがとうございます、絶対に、姉上の記憶を取り戻すんですっ!」
 意気込む伊鶴の、服の裾を引っ張って水月(ia2566)はつぶらな瞳で見上げる。
「‥‥皆さん、います。忘れないで」
 一生懸命な言葉と、つぶらな瞳にコクコクと頷いた伊鶴は固く拳を握った。
「(‥‥随分とまた、昔を思い出すことを、なんて皮肉)」
 遠い目をした、雪切・透夜(ib0135)は繰り返す、感情に流されてはいけない、と――繰り返すその姿は、それ程までに抉る昔があると言う事か。
「忘れてしまっても、現実は変わりません。自分で、どうにかできる機会を、失くすだけ‥‥」
 今、眠っていると言う有為の手を握り、シャンテ・ラインハルト(ib0069)は言葉を紡ぐ、彼女もまた、言い聞かせるように。
「心を壊した私の祖父を見てきて、そう思います――有為さんを、そんな姿に出来ませんから」
「そうですね、ただ――」
 難しい表情をしていた、彼、安達 圭介(ia5082)はうって変って穏やかな笑みを浮かべる。
「(何となく都合が良すぎるような気もしますが‥‥)いえ、直姫様の記憶が戻るなら、頑張りましょう」
 言付けを頼んでいた佐久間 一(ia0503)が、武器の確認をした後、戻ってくる。
『おにぎりを、お願いします‥‥伊鶴さんと、有為さんの分を』
 やや、暗い表情の鈴乃が気にかかるが、今は急ぐしかない――そろそろ行きましょうか、と口にした彼の言葉に他の開拓者達も頷く。
 伊鶴の行動を観察していた、檄征 令琳(ia0043)は厳しい顔で、彼へと向きあった。
「ええっと‥‥檄征さん、どうかしましたか?」
「始めに言っておきます。今まで会った開拓者の皆さんは優しくて良い人だったかもしれませんが、私はそんなことないので、肝に命じておいてください」
「え、でも依頼を請けてくれたんですよね、良い方ですよ!」
 頭の中がお花畑らしい、依頼人へ当てつけるようにため息をついて檄征は更に口を開く。
「花菊亭さんは実戦経験も少なく、大事な跡取りなのですから、後ろで見ているだけで良いのです。貴方の身に何かあると私が怒られてしまうので、よろしくお願いします」
 一呼吸で言い終え、表情を窺えばコクリと頷いた伊鶴は笑みを浮かべた。
「はい、心配して下さってるんですね‥‥頑張ります!」
 ――楽観的と言えば、聞こえがいいが本当に此れで大丈夫なのか、開拓者一同は重いため息を吐く。
 そんな中、可愛い弟を思い出しつつ、そうねぇ、と息を吐いた井伊が伊鶴の頭を軽く撫でて微笑んだ。
「頑張り過ぎちゃ、駄目よ」
「だ、大丈夫ですってば――」
 子供がするように、膨れっ面をする姿を見て佐久間はこほん、と咳を一つ。
「伊鶴さんには、檄征さんと菊池さん、二人と一緒に薬を取って貰います」
 勿論、二人が前後に挟む形で護衛する事‥‥だが、どうやら大役と見なしたらしい依頼人は武装をチェックして大きく意気込む。
「(‥‥有為様、どうか、目を覚ましてあげて下さいね)」
 ラインハルトが、心の中で今、記憶を失くしているであろう少女を思うのだった。

●脆い立ち位置
「‥‥奥から、瘴気が感じられます」
 以前の廃屋、それ程大きくは無い地下‥‥ふ、と立ち止まった安達は微細な瘴気を感じて口を開く。
 何とも言えぬ威圧感、朝、出立した筈なのに塵埃の積もった床は、暗い闇を湛えていた。
「此処、誰か通ったみたいね」
 ほら‥‥と足の先で床を示した井伊は、埃が積もっていない事を告げた。
「喫緊でなければ‥‥この廃墟も違った印象なのでしょうが」
 音を立てるのは、自分達の息と衣擦れ‥‥空気は張り詰めたように鼓膜に痛い。
 雪切の言葉に、不安そうな表情を浮かべていた水月も首肯した――小さな鈴の声が、口にする。
「アヤカシは怖いけど、皆で考えた作戦通りにやれば、きっと大丈夫‥‥」
 自分に言い聞かせているのか、或いはまた別の思惑か――だが、少しだけ開拓者達も笑みを零す。
「ええ‥‥同時に仕掛けましょう、いきますよ!」
 眩しく空気を裂く、佐久間の雷鳴剣‥‥重い一撃を放つ、井伊の豪衝打、そして繊細な雪うさぎが疾走する、水月の氷柱。
 技と、体、そして心の攻撃――重い音を立てて開かれる扉、内部は仄明るく壁面が光る。
 醜悪な臭いと共に、ジャラリと金属が鳴った、贄を歓ぶ咆哮。
「奥に、薬がっ!」
「伊鶴さん、私から離れないようにと言ったでしょう!」
 伊鶴の首根っこを捕まえ、檄征が抑える‥‥つぅ、と井伊の鋭い茶色の瞳が伊鶴を捉えた。
 笑みのまま、言葉を紡ぐ。
「‥‥今、自分がしなくちゃいけない最善の方法を考えてる?」
 グッと拳を固めた伊鶴は泣きそうな表情で、その肩を叩きながら菊池が口を開く。
「俺達で、行きます。檄征さん、そして俺から離れないように」
 ザクッと、大きな音共に瓦礫が宙を舞う‥‥何とか自前の斧で受け止めた雪切は、痺れる腕に眉を潜める。
「焦る気持ちも分かります。同じ状況なら、自分も間違いなくそうだから‥‥でも、それでもなお抑えてください」
 続いて薙ぎ払われた敵の斧を、やや後方に動く事でかわし、懐へと飛び込むと鎧の隙間に斧を叩き入れ、抉り、断つ。
 カウンターの足蹴りが腹部に入り、彼は小さく呻くもアヤカシの足に傷を入れる。
 息を整え、彼は口を開いた。
「今すぐ大事な方が亡くなるという訳ではありません、それだけは不幸中の幸いなんです。それ故に確実にこなせばいい。‥‥こんな時だからこそ、落ち着かなきゃ駄目なんです」
 とても難しい事ですけどね、と付け足した雪切の言葉に不思議な説得力を感じて伊鶴は深く頷く。
 ブン、と音を立て頭上をかすめる斧、温かい舞が、精霊が彼達を鼓舞する。
「間にあいましたね‥‥」
 苦笑気味に呟いた安達は、続いて動きを速めた。
 軽やかに、風のように‥‥神楽舞「速」と、ラインハルトの共鳴の力場――続けざまに奏でられた騎士の魂が、戦士としての強さを生み出させる。
「薬を取るまで、負けられませんから――」
 切なげな声音で紡がれた言葉は、剣戟に消える。
「動きは、それ程では無いみたいだけれど‥‥」
 示現を使った、井伊のグレートソードが上段から振り下ろされた。
 迷いの無い一太刀、だが、ガッ、とぶ厚い肉を噛みアヤカシの強靭な肉が刃の進行を止めた――仕方が無く敵の腹部を蹴り引き抜く。
 空気を裂く音がして、膝の肉が持って行かれた‥‥痛みに顔をしかめる彼女へ、安達の神風恩寵がかけられる。
「随分と、堅いじゃない」
「配置も少々、面倒ですね‥‥」
 祭壇を守るように、取り囲む巨大なアヤカシ、佐久間は受け、そして払い‥‥盾で受け流した後、返し刀でダメージを与えていく。
「(癒す力を、失くしていたとしても‥‥)」
 水月の手から生み出された、小さな子猫達がアヤカシへと纏わりつく――射程の少なさを補う為、中へ入った彼女の隣を、太い斧がカチ割り瓦礫が宙を舞う。
 大きな斧が、頭上へと掲げられる‥‥大ぶりの攻撃の一瞬。
「機動力が無くなれば‥‥!」
 鋭く放たれた佐久間の紅椿が、アヤカシの足を貫通して瘴気を濃くさせる――そのまま横に振り払えばグシャリと言う不快な音共に足の半分が千切れた。
 斜めに振るわれたアヤカシの斧が、彼の胴に赤い血飛沫を咲かせる‥‥血の臭気が狭い部屋の中を満たす。
「行きましょう‥‥」
 菊池の放つ『夜』が静寂をもたらせる――仮初の『夜』は静かに鼓膜を震わせ、彼は早駆で祭壇へと滑り込み薬を手にした。
「菊池さんっ!」
 振り返れば、肉厚の斧‥‥敵を見、避ければ何も問題ないが、追ってくる少年、伊鶴の姿。
「ちょっ、何をしているのですか、下がってください!」
 檄征が鋭く声を上げ、呪縛符を放ちその動きを鈍らせる‥‥何とか身体をよじって負傷を防いだ伊鶴が巻き打ちを放つ。
「あ、当たりました!」
 水月さんに言われたので、と平然と口にする伊鶴を一睨みする檄征――曖昧な表情で菊池が声と共に袋を手渡した。
「有為さんのために、守ってください」
「はい、絶対に!」
 渡された袋を大切そうに抱きしめ、伊鶴は声を上げる‥‥続いて顔を上げた彼の前に立ちふさがる巨大なアヤカシ。
 守れ、とでも命令されているのか‥‥逃げますよ、と檄征が結界呪符「白」を生み出し、二人を引き剥がす。
「でも、皆さんが!」
「私だって、我慢しているんです!」
「う、僕の為ですよね‥‥早くっ!」
 二度目の斧で結界呪符が粉砕される、当然とばかりに先へと走り出した檄征、足のもつれる伊鶴の横から、早駆で追い付いた菊池が腕を引く。
「――ちゃんと薬は持った?」
「はい!」
 井伊の言葉に深く頷く。
 既に外へ出ていた、伊鶴、そして檄征と菊池――続いて一番近い水月が直ぐに術を放てるように符を手にする。
 勇ましい音色が宙を震わせ、守護を与える‥‥重ねてかけた騎士の魂が、ギリギリの射程で味方を包んだ。
「どうか、ご無事で――」
「もう片方の、足を潰します!」
 ダッ、と地面を蹴り斧を振りかぶると斜め下へ叩きつけるように残光が走った。
 脚甲の隙間、そのまま斬りつけた雪切は飛んできた足の片方を斬り落とす。
「先に離脱するわ‥‥扉を閉めるのは任せて」
 後背から忍びよって来た剛腕を、グレートソードの力任せの一撃で薙ぎ払い地を駆ける。
 井伊の後から、雪切、そして最後尾を務める佐久間の傷を治した後、素早く飛んできたアヤカシの蹴りを受けつつも安達が外へ出た。
「少しはこれで、保つ筈――怪我はありませんか?」
 当人の方が、大きな負傷を負っているが大したことでは無い、とばかりに苦笑して後ろを振り返る。
「一体、減りましたね‥‥」
 倒すのは依頼ではないが――倒さなければならない時もある、足を寸断されたアヤカシを目端に捉え雪切が離脱した。
 最後に外へ出た佐久間、その後ろで水月が氷柱を、井伊が豪衝打を、振り返った佐久間が雷鳴剣を放った。
「(凍りついて‥‥!)」
 二度と、開かないように水月が祈りに似た思いで閉ざす――追い付き斧を振りあげたアヤカシは扉の前に躊躇する。
 意を汲むように静かに、だが素早く閉じられた扉の前に、開拓者達とアヤカシは隔てられた。

●光は大きく、闇は深く
 塵埃が眩しい陽光を浴びて光を放つ‥‥ともすれば幻想的な光景に、へたり込んだままの伊鶴。
「お疲れ様でした‥‥家族を大切にする人は嫌いでは無いですよ」
 手のかかる伊鶴に、檄征が手を伸ばし立たせる――少し眉尻を下げたまま、彼は続けた。
「お姉さんの記憶、戻るといいですね」
「――はいっ!」
 中天を回った太陽が、西へと歩みゆく‥‥薬を手に戻って来た伊鶴を訝しげに見ていた巫女、直ぐに医者が調合へと取りかかる。
「自分に出来る事があれば、何なりと‥‥」
 傷の手当てを終えた佐久間は、口を開くが伊鶴の侍従である波鳥が首を振った。
「お怪我が酷いので、ごゆっくりなさって下さい――伊鶴様を、無傷で届けて下さった事を、感謝致します」
 深く頭を垂れた、波鳥はそのまま遠い目をして続ける‥‥開拓者達に言い聞かせると言うよりも、独り言に近い。
「伊鶴様が、生きていれば‥‥有為様はどうでも良いと、そう、思っておりました」
「でも、有為さんは伊鶴さんの姉ですよ?」
 静かに、だがやや語調強く、雪切は口を開く――そうですね、と口を開いた波鳥は、嗤った。
「自分の、息子のようなものですから‥‥自分の子だけは、と思うのです」

「今、伊鶴さんに求められている強さとは、刀の腕や学問などではなく、全てを受け止める度量と覚悟ではないでしょうか」
 もっと強くならなければ、と竹刀を握りしめ震える少年へ菊池は声をかける。
 有為が、視察で見たもの‥‥それを語る事は彼には出来ず、だが、一番、彼、彼女達にとって必要なもの。
「お姉さんが、大切ですか?」
「大切です、姉上も、妹も、父上も‥‥」
「なら、一番貴方が今出来る事を、考えて下さい」
 此処にいらっしゃったんですか、と安達は歩を進め伊鶴へと視線をあわせ、口を開いた。
「今、薬を服用されました。ただ、記憶を取り戻した後も混乱された状態は続くのではと考えています。‥‥ですから、伊鶴様。貴方には極力直姫様の側にいていただきたいんです」
 ――大切な者は、傍にあると、口にせずともその言葉は少年に伝わったのだろうか。
 檄征の言葉と、そして菊池の言葉、安達の言葉‥‥三つを繰り返し彼等の顔を見た伊鶴は、竹刀を置いて走り出した。
「僕、姉上の容体を見てきますっ!」

 目を開けた有為は、周囲を見回し開拓者と、侍女の秋菊‥‥医者と巫女を目にする。
「‥‥何故、泣いているんだ、秋菊。彼女達は?」
 涙でぬれた顔のまま、抱きついてきた秋菊を受け止めつつ有為は解せないとでも言うように開拓者達を見た。
「あら、眠り姫のお目覚めね」
 井伊の言葉に、水月が微笑み握っていた有為の手を離す。
 ラインハルトが、おずおずと、静かに口を開く。
「私達は、有為様の記憶を取り戻す薬の材料を、取りにいった開拓者です」
「貴公は前回の視察で世話になった‥‥あれから、記憶がおぼろげで、嗚呼」
 ふ、と曇った瞳にラインハルトは続けた。
「‥‥辛い事は、立ち止まっても逃げられません」
「弟は、可愛いものよね」
 さらに沈む瞳に、井伊が口を開いた――やや視線を逸らした有為が静かに頷く。
「だが、私と伊鶴では立つ場所が、違う」
「弟は弟じゃない、何時までも可愛い家族よ」
 バタバタっと廊下を走る音が聞こえ、外で声が上がる‥‥伊鶴の幼い声。
「姉上、姉上――っ!おにぎり、涙花が作ってくれたんですよ!」
 皆さんの分もあります、と嬉しげな声が続ける。
 ほらね、とばかりに有為を見た井伊の傍で、水月が小さく笑う‥‥少しだけ寂しげな表情を見せたラインハルトが、静かに子守唄を奏でていた。

 漆黒に塗りつぶされたような闇‥‥殊更深い場所で女の声が上がった。
「あの場所で、色ぼけ子息を潰す予定でしょう?」
「さあ、場所は提供すると言いましたが――私は薬の効果を試したかっただけですよ?」
 嘲笑うような男の声と共に、グシャリ、と濡れた音‥‥ビチャリ、と地面に紅の華が咲く。
 カタリ、と地面に落ちた髪を縫い込んだ呪物――白い手が伸ばされ、ゆっくりと掴む。
 そのまま、手の中で灰になる呪物、白い灰が漆黒に舞った。