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■オープニング本文 ●その村、山奥にあり 暗い空、飛び立つカラスの鳴く声が不気味に響き渡る。 誰もが不吉な予感を抱く中、不意に、悲鳴が上がった。 鳴らされる警鐘。 ―――アヤカシだ。 何処にでも、何時にでも現れるこの、不可思議な存在は人々を脅かし、生活を蹂躙する。 「でも‥‥大丈夫、よね」 その村には自警団と呼ばれる存在があった。 「だって、守ってくれる、もの」 有志で募られたその中に、開拓者は存在しない。 だが、才能を持つ者だとは、彼女も聞いていた。 どういう風に戦うのかは、彼女も知らない。 ただ、父の持っていた刀はいつも使い込まれていた。 これで、父は戦っているのだと思うと、不思議と安堵した覚えがある。 村に立てられた、墓標。 誰に名を知られる事が無くとも、其処に刻まれた名前は、確かに彼女にとって英雄の証だった。 それは、村も同じ。 ●その村、最善をつくせり 自警団といえども、存分に戦えるわけではない。 引き付け、他の村の者が逃げる時間を稼ぐ。 開拓者が来るまでの時間を、稼ぐ。 そう、時間稼ぎの捨て駒でしかない。 分かっていても、戦う者がいる。 食べる為、養う為、大切な者を守る為――― ほら、今日も亡くなる儚い命。 「兄さん!」 帰ってきた彼女が見たのは、無残に喰われる兄の姿。 ギョロリと瞳が此方を向く、底なしの闇がその瞳にはあった。 「兄さん、私よ、兄さん―――」 恐る恐る声をかけるも、その瞳に生気が戻る事はない‥‥ ただ、その場に散らばった鮮血滴る肉を喰らう音が止む。 そして彼女に向け、真っ赤な口が三日月のように裂けた。 アヤカシ達が新しい贄の登場に、喜びの声をあげる。 一匹の発した声は、広がり、こだまし、割れそうな不協和音と共に彼女を貫いた。 真っ直ぐに瞳を狙うアヤカシの姿、咄嗟に目を庇って後ずさりする。 吐き気がした、目が回る‥‥以前も、あったような、気がした。 大丈夫かと、安否を心配する声が聞こえた。 彼女は顔をあげて、その人物たちを見る。 禍をなす、アヤカシを退治するもの‥‥。 「開拓者さん‥‥お願いです、助けてください!兄さんを、倒して!あの、優しい兄さんに罪を犯させたくないんです!」 悲痛な声が、アヤカシの賛歌の声を縫って、響いた。 |
■参加者一覧
鴉(ia0850)
19歳・男・陰
ウリハム・ソル(ib1110)
24歳・女・泰
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
鞍馬 涼子(ib5031)
18歳・女・サ
白牙 朱絡(ib5213)
22歳・男・サ
黒猫 暗姫(ib5215)
20歳・女・シ
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
テイル・グッドドリーム(ib5482)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●残骸 「生き残りの方の避難は済んでいるようですが、更なる被害が出ないとも限りません。急ぎましょう」 厳しい表情で先陣を行く、八十島・千景(ib5000)が慌てて付けたように依頼ですから、とモゴモゴ口にした。 「こんなに悲しい事‥‥ろくでもない世の中だよ、ほんとに」 暗澹とした底なしの闇に、口を開きかけたウリハム・ソル(ib1110)が青の瞳に憎しみにも似た激しい炎を宿らせる。 「ウリハム、大丈夫かい?」 やや離れた場所で、様子を観察していた黒猫 暗姫(ib5215)はソルの肩に手を置き口を開いた。 「力無きは滅ぶが定め‥‥なればこそ、力無きを守る為の強さを得たい。その為に彼等も武を選んだのだろう」 周囲には、悪戯に散らかされた生物の死体―――そして、何とか撃退したのか、瘴気に還ろうとしている塊。 どれも、動きはせず、そして原型を留めておらず白牙 朱絡(ib5213)は静かに瞠目し散った者へと思い馳せた。 「砲術士の罔象と申します。よろしくお願いいたします」 折り目正しく頭を下げた罔象(ib5429)が、少女を保護している一人の志体持ちへと声をかける。 「かつて兄であったものを討つか‥‥妹にしてみれば想像を絶する痛みだろう」 自分の弟が、閉じた瞼の裏にちらつき、深く深く鞍馬 涼子(ib5031)は息を吐いた。 「もし自分の弟にも同じようなことが起きたらと思うと‥‥」 氷の刃を突きつけられたように、鋭く冷たいその幻覚を振り払うように彼女は首を振る。 「大丈夫、あなたのお兄さんの人としての誇りは私たちが守ります」 テイル・グッドドリーム(ib5482)の凛とした声が空に響いた。 「最期は、見届けますか?」 ゆっくりと紡がれた八十島の言葉に、少女は何度も頷いた、何度も。 「何か、最期にお兄さんにお伝えする事はありますか?‥‥私でよければお伝えしますよ」 グッドドリームの言葉に、繰り返し少女は反芻する、最後、という言葉を。 そして、青ざめた唇が紡ぐ。 『見届けたい‥‥せめて、それが出来ないなら、ありがとう、と』 「鴉がカラス退治か、手加減しねぇぜっと♪」 空を翔ける眼突カラスへ取り出した符を滑らせ、鴉(ia0850)は顔に嬉色を浮かべた。 獲物を見つけた眼突カラス達が、集まってくる‥‥力を付けようとでも言うのか、死骸を喰うていた食人鬼が鬨の声を上げた。 ●鬨の声 「コンバート・ソウル‥‥」 カツン、とソルが手に付けた腕輪同士をぶつけ音を鳴らす―――彼女が自然と向けた視線の先、黒猫が頷き笑う。 「どうすれば正解かは私には解らないが、興味は深いね」 ブン、と音を立てて頭上をかすめる槍の柄、木葉隠でその身体を隠す。 そして、彼女の手から打剣を使った正確無比な手裏剣が飛んだ。 カツ、と音を立てて払う音を聞きながら、近くの家屋へと歩を進める。 「鬼は引き受けた。鴉共を頼むぞ!‥‥こっちだ!」 虎のように猛々しく咆哮を放ち、白牙も家屋へと転がり込んだ、背をなぶる殺気の風。 地を鳴らす食人鬼が、粗末な作りの家の壁を破壊し内部へと追撃する―――突如白牙の肩から血が噴いた。 見れば、引きつけられたのか眼突カラスが一匹。 「厄介な鳥さんも飛べなければ‥‥ええっと、なんでしょう?」 バズン、とグッドドリームのバーストハンドガンが火を噴いた。 「ただの雑魚、ほらほら、お前らの相手は俺らだぞっと♪」 哀れ、雑魚扱いの眼突カラスが鴉の呪縛符に絡め取られる。 直前までカラスの姿をしたその式は、まるで共食いのように見え‥‥鎖に変化した後、止めを刺した鞍馬は静かに呟いた。 「因果なものだ‥‥人と食人鬼も、だが」 近しい姿をした者が、味方とは限らない―――援軍をお願いします、と罔象が声を上げる。 止まない銃声は単動作で、直ぐにリロードを行った結果だ。 空の鳥は素早く、当て辛く‥‥引き付ける事が出来れば、と内心ため息を吐く。 「引き金は、引くのではなく―――落とす」 狙眼で撃った弾は、高い場所を飛行していた一匹の羽を掠め速度を落とした‥‥刃のように鋭い羽をした鴉のシキが飛来する。 空中でのたうつ眼突カラスに、呪縛符が絡んだ。 「捕まえた。あとはよろしくだぞっと♪」 「分かりました‥‥」 羽を散らす眼突カラスへ、鞍馬のスマッシュが息の根を止め近づいた眼突カラスを刀で払う。 「後、一匹‥‥援軍に向かえるでしょうか?」 「ええ、せめて手向けの言葉は‥‥よし、命中しましたっ。追撃お願いします!」 建物の影から狙撃しつつ、罔象とグッドドリームが言葉を交わす。 翼を打ち抜かれても尚、もがきバタつく眼突カラスを見て鴉は唇を舐め、笑みを浮かべる。 斬撃符が飛来する‥‥翼が斬り裂かれるその時、確かに、彼は更に笑みを深くした。 「(つまらないアヤカシには、興味無いんでね‥‥)」 気付いていない、殺し合いへの喜び‥‥何か薄ら寒いものを感じたのか、鞍馬が視線を移す。 だが、彼女は何も言わずスマッシュで最後の眼突カラスへと止めを刺した。 ―――動きを止めれば、瘴気の塊、村人には脅威でも容易く朽ちる。 ●永久に眠れ 一方、少し時は遡って食人鬼を担当する開拓者達。 「こっちです!」 八十島は、眼突カラスを担当する開拓者達へ向かおうとでも言うのか、外に出ようとした食人鬼を咆哮で引きつける。 「狭い家屋なら‥‥槍も扱いづらい筈!」 ソルが声を上げ、当て身で果敢に挑む―――弾き飛ばされても彼女は咄嗟に、壁を蹴って追撃した。 不快な音を立てて、脇腹が裂かれる‥‥この程度、痛みと言う痛みでは無い。 だが、その血を見て動きを速めたのは黒猫と白牙―――二人が傷を受けたのではないかと言う程に、顔を歪めた。 「やれやれ‥‥兄君、迷っている場合ではないようだよ」 ソルの動きと共に、黒猫が早駆で近づき手裏剣を打ち込んだ―――ガツン、と家屋を破壊する音。 「無茶な事を、してくれますね‥‥」 寒村の住居など、脆いものだ―――片手に持った刀で直閃を放ち、八十島は距離を置いた。 食人鬼から、血飛沫が飛び散る‥‥人間にとりついたアヤカシ、痛みに反応する様子は無いが肉体からは血が流れ、骨が露出する。 「‥‥此れを、見せてもいいのだろうか、本当に」 アヤカシだけを葬り去る事など出来ず、何処かに助けて欲しい、という願いがあるのではないか―――顔を歪めソルは息を吐いた。 「迷うな。‥‥加減はせん!」 兄君、と黒猫に呼ばれた白牙がソルへ鋭く声を上げ、スマッシュを叩きこむ。 袈裟切りに切られた食人鬼が、粗末な防具でひざ蹴りを放つ。 最早、既に人を止めた姿‥‥後ろから迫りくる槍を刀で受け止め白牙はその力にたたらを踏む。 二度目の膝蹴りを放った食人鬼は、後ろからの攻撃に動きを止めた。 膝の裏を蹴って、バランスを崩す食人鬼‥‥槍を持った手を、八十島が斬り落とす。 そのまま、槍を遠くへと蹴り飛ばし、声を上げた。 「崩れます、一旦、離れて下さい」 間一髪、ガラガラと言う音共に最後の柱が崩れる‥‥粉塵が舞う中、追撃を仕掛けたのはソル。 胸の間から取り出した、飛竜の短銃の引き金に指を掛け、破軍を以って撃つ。 圧倒的な破壊力‥‥だが、腹部に空いた空洞にも、そして流れる血にも食人鬼は興味を示さず素手で殴りかかる。 「それでいいのかね、君は。鬼のままで終わるのかい?」 黒猫がソルの前に滑り込み、その身を呈して彼女を庇う‥‥少女を示したつもりだが、その声が届いている様子は無かった。 「‥‥暗姫っ!」 引っかき傷から、不衛生故の毒が流れ込む―――頑丈な志体持ちにとって命に関わる程でもないが、辛いものは辛い。 続いて材木を手にした食人鬼が、ソルへと投げつける‥‥ドゥン、と音がした。 「今アンタの中で、まだ守りたいって想いがあるなら、もう眠れ‥‥手伝ってやる♪」 罔象とグッドドリームの放った銃弾に続き、鴉の呪縛符が飛来する。 「加勢する、大切な者を手にかけるのは‥‥」 見ていられない、と口にした言葉は宙に消え、鞍馬の刀が宙を斬った‥‥最後の力と言うべきか敵も素早い。 「感謝します、よそ見をしている場合ではありませんよ?」 回避したところへ、詰めより八十島の直閃が食人鬼の空いた腹部から脚を切断し、動きを止めた。 食人鬼が八十島へ振りあげた瓦礫、それは彼女のこめかみに血の華を咲かせ、更に踏み込もうとしたアヤカシは宙を踏み体勢を崩す。 「この一発で、仕留めます‥‥」 宣誓にも似た言葉を口にした罔象が、食人鬼の片方の足を撃ち抜いた‥‥鞍馬の刀が追撃する。 「妹さんから、ありがとう、と‥‥」 グッドドリームが、続けて銃を撃った。 「猛者よ、此れで終わりだ―――」 黒猫の放った手裏剣が、目を貫く‥‥その瞬間に、白牙が食人鬼の首を切り落とす。 首と胴が分かれて尚、まだ動きを止めないその姿―――だが、やがてその動きは緩慢になり、やがては糸が切れたように力尽きた。 ●英霊への手向け 「‥‥皆、大事無いか?」 血糊を拭きとり、周囲を見回した白牙が声をかける。 負傷は大なり小なり、開拓者も負っていたが動けなくなるほどではない。 ポン、と保護していた志体持ちに肩を叩かれ、少女は顔を上げた。 「兄さん‥‥」 虚ろに呟き、よろめき、兄だったものへ這う少女。 はじき出されたように、彼女へ駆けよったのは鞍馬―――頼りなく視線を彷徨わせる姿に、記憶が病弱な弟を呼び起こす。 「‥‥‥‥っ」 何か、気の利いた言葉をかけようと思考を巡らせるが言葉は出ず、ただ、むせび泣く少女の手を握っていた。 「二人で、逃げていれば兄さんは、生きていたのでしょうか‥‥?」 ゆっくりと紡ぎだされた言葉は決して、感謝ではない。 「(無念だったよね、ごめん‥‥)お兄さんはあんたを守りたくて、命さえも捧げた。それは忘れちゃ、駄目だよ」 倒れ伏した兄だった姿へ、心の中で語りかけたソル。 彼女の言葉に、俯き少女は口にした、何故‥‥と。 「俺も、故郷を守る為に戦うと誓った身。自身よりも、守りたい者がある」 白牙が視線を移す、黒猫とソルへ―――肩を竦めた黒猫は彼を手伝い埋葬の準備を進める。 「果敢なる者達よ。安らかに眠れ」 「勇ましい、のですね‥‥私は、怖いです」 指先が血に濡れるにも関わらず亡骸を集め、少女はその上に被さりただ、泣き続けていた。 「(悪いけど、全く興味ないんだよな‥‥)」 自由に、貪欲に、と繰り返した鴉は居心地の悪さにそろりと離れ肩をすくめる。 そこそこ、楽しめた相手でしか無い―――と全壊した家を見ながら息を吐いた。 「無事な材木はこの位ですね‥‥」 材木を集め、グッドドリームが重ねていく―――兄は死に、妹は生きる。 避難した村民は、またこの村に住むのだろう‥‥生きていかなければならない。 ―――そして、また、戻ってきては同じ事を繰り返すだろう。 「お兄さんを、どう思いますか?」 開拓者ギルドに依頼すると言う事は、兄を殺す事、それには違いない。 アヤカシと共存は出来ないだろう、弱いものは肉になり、強いものはそれを食べる‥‥ささやかな存亡の、殊更ささやかなものでしかない。 そこに、意味を見出すのであれば‥‥。 「愚かな、愛しい、兄です」 アヤカシの特徴や、指示をメモしていた罔象が顔を上げる。 ―――次に、繋げる事、それが生き延びた者が出来る事だろう。 開拓者ギルド、ダンっ、と机が叩かれて受付員は怪訝そうに首を傾げた。 報酬の上乗せは無理だ‥‥と手を振って示す。 「力を持たない者が命を懸けて戦い、守っている。なのに力を持つ私達が何をやっている!」 ソルの求めた警備の常駐、参ったなぁ、と言わんばかりの受付員はノラリクラリと口にした。 「そうですね、善処してみます」 ‥‥やんわりと、それは無理だ、と言われて奥歯を噛みしめる。 「いこう、ウリハム‥‥私たちがやる事は終わった筈だ」 黒猫が彼女を促し、報酬を受け取り踵を返す。 片方を救えば、片方が立ち行かなくなる―――それでも、目にした誰かは、守りたかった。 ゆっくりと、前から近づいて来る一人の男、あの時の名もなき志体持ち‥‥彼が、笑って行った。 「足をやられてね、あの村に留まる事になりそうだ。歳かねぇ」 なぁに、巫女だから大丈夫さ―――動けなくとも、今まではマシだろ? ‥‥代わりに、世の中を見て来てくれよ、嬢ちゃん達。 カツン、カツン、と杖を付く音が離れていく。 ソルと黒猫は、顔を見合わせ苦笑した―――決して世の中は救いばかりでは無い。 全てを救う事など出来ない、だが、小さな優しさは、どうやら寒村に芽吹いたらしい。 この先、どんな展開を迎えるかは、誰にもわからない―――。 |