【直姫】紅の世界
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/16 23:02



■オープニング本文

●払拭された脅威
 自室で帳面を見ていた花菊亭・有為は目を閉じ、ため息を吐く。
 弟であり、次期当主の伊鶴により、実母の故郷は守られた。
 無傷で、そして何処か誇らしげな顔で帰って来た弟を見れば、転んで泣いていた時から随分と大きくなったのだと思う。
「この家が、好きか‥‥か」
 何故、それを今更問いかけたのか彼女自身も分かりはしない。
 家は家であり、そこに私的な感情は介入しない‥‥花菊亭と言う家を守るのなら、どんな事でも行う心積もりであった。
「(それでも、家は守らねばならない―――お祖父様の遺志を)」
 厳格な祖父であった、おぼろげな記憶しか持ち合わせていないが祖父の役にァちたいと幼心に思った事を思い出す。
 その幼心のままに、名族である花菊亭が今の地位に甘んじている事が許せなかった。
「(‥‥家を甘く見ているのだ、父上は)」
 権力を失くしてしまえば、守るものも守れなくなるかもしれない‥‥どうしてそう、思ったのか。
 記憶は曖昧で結局思いだす事を止める。
 無理に思いだしたところで、都合のいい思考に落ちつくのだろう。
「‥‥ならば、母上の家の力を借りる」
 朗らかに笑う母の笑顔がチラついて、無意識に家紋の付いた髪飾りを撫でる。
 丸八角に捻じり桜、彼女の誇り‥‥決めてしまえば行動は迅速に。
 失礼を詫びた後、有為は父である当主の前で口にする。
「父上、以前、花菊亭の土地を伊鶴が守った事は報告申し上げました‥‥付きましては、私が視察に参りたいと考えております」
「‥‥お前は、アレのところに行きたいと?」
 父の中で、母の記憶は忌むべき記憶なのか‥‥苦い表情の当主に有為は更に畳みかけた。
「ベニバナは終わり、晩秋には茜が出来るでしょう‥‥花菊亭の重要な財政源、どうかお忘れなく」
「どうしても必要なのか、視察ならば別の―――」
「どうか、有為にお任せ下さい。花菊亭の家の者として威厳を見せねばなりません」
 また、同じ事を繰り返すのは嫌でしょう、と口にした有為に当主の顔が凍りついた。
 だが直ぐに持ち直し口を開く。
「有為、お前だけは行ってはならない‥‥」
「―――父上、私は花菊亭の人間です」
 長く続いた沈黙、口をつぐむ事で決して変えないと言う意思を示す当主であったが。
「では、予定に入れておきます‥‥父上の傍には伊鶴もいるのでご心配なく」
 強引ともいえる言動、そして覇気で有為は口にすると、一礼し退室する。
「そうじゃない、そうじゃないのだ、有為‥‥お前は、真実に、耐えられるのか?」

●張り詰めた糸
 いつもよりも質の良い着物に包み、有為は一段高い場所に座する。
 集まった開拓者へ、静かに口を開くその語調は張り詰めたような、そんな緊迫感を持ち合わせていた。
「貴公達には、私の護衛を頼む‥‥それ程手間取らない筈だが夜盗等、出ない可能性は無い」
 所詮小者だろうが、と続けた有為は日程を淡々と説明していく。
 街道を牛車で動き小さな町で一泊、その後早朝から、有為達の母の土地へと入る。
「比較的治安のいい場所だ、脅せば逃げて行くような夜盗だろう」
 ‥‥大物ならば、既に開拓者ギルドに依頼が入っていると続け、秋菊に命じ開拓者達へ地図を配り有為は立ちあがった。
「以上だ、明日の早朝に出発する‥‥各々用意を忘れないように」
 そう言い、立ち去った有為の背を見送り、彼女の侍女である秋菊が口を開く。
「夜盗の心配は仰った通り、少ないでしょう‥‥ですが、町に入った時が心配です」
 どういう事だと視線を向ける開拓者達に、影のある表情で秋菊は続ける。
「有為様は、覚えていらっしゃらないようですが―――あの地は花菊亭、特に有為様に厳しい土地なのです」
 詳しい事は言えないと、秋菊が首は振ると深く頭を下げた。
「家の事に関しては、何も申せません‥‥ただ、志体を持った方が2名、有為様の母上に関する事です」
 ―――傷つけ、攫うつもりなら、殺してもいいと深く息を吐く。
「勿論、出来れば捕縛して頂きたい。殺してしまえば更に、確執は深まるだけですから‥‥私も同行します、何かございましたら―――」
 最後の秋菊の言葉は、宙に消えた。


■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
紫焔 鹿之助(ib0888
16歳・男・志


■リプレイ本文

●暗澹の朝
 客間で休むように伝えられた開拓者達は、各々ため息と苦笑を洩らす。
「有為さんや秋菊さんが心配だし、僕は二人の傍にくっついていますよ」
 井伊 貴政(ia0213)の言葉に頷きつつ遠い目をした雪切・透夜(ib0135)は庭の絵を描いていたスケッチブックを片付ける。
「ホント‥‥どうしてこう、僕の周りは真面目な女性が多いのやら」
「秋菊さんの懸念通り、有為さんの心を深く傷つける何かが起こらなければよいのですが」
 軽く身体を動かしながら菊池 志郎(ia5584)は女部屋の方へ、顔を向けた。
 女性であるシャンテ・ラインハルト(ib0069)は、他の開拓者とは別室である。
 出発を素早く行う為、秋菊も同室らしい。
「見届ける、それだけだが‥‥」
 ルヴェル・ノール(ib0363)が様々な懸念を思い浮かべ厳しい顔で口にした。
「しっかし、家、家ねぇ」
 物心付かぬうちに、失った家の形を思い浮かべようとして紫焔 鹿之助(ib0888)が浮かべたのは道場での生活。
 明けゆく空を見ながら、佐久間 一(ia0503)は呟く。
「空気が張り詰めていますね。悪い事というのは、こういう時に起こり易い」
 隣に立った安達 圭介(ia5082)も、祈りにも似た言葉を紡ぐ。
「確執の原因が、わかるといいのですが」
 女部屋では、ラインハルトと秋菊が静かに会話を交わしていた。
「あの‥‥有為様のお母様が好きだった曲など、知っていたら教えて頂いても、いいでしょうか」
 言葉尻がすぼみつつも、伝わったらしく秋菊は微笑んで横笛を奏でる。
 奏でられた曲は、母子が愛し合いながらも離れざるを得ない切なさを歌った曲だ。
「‥‥切ない、曲ですね」
 思いだす故郷の記憶‥‥殺された母と憎しみに囚われた父。
 密やかに涙を流したラインハルトは、静かに願う。
「張りつめた糸が途切れる怖さは、よく知っています。どうか、そうならぬように」

 大紋を羽織った有為が、開拓者達を見回す。
「おう、久しぶりだなねーさん!俺んこと覚えてっかい?」
 ヒラリと手を上げた紫焔に、有為は首肯した。
「涙花の作った握り飯を届けてくれた、開拓者だな。宜しく頼む」
 自分達の所持する得物が擦れる音、そして牛が大地を踏みしめる音と車が立てる重い音。
 超越聴覚を駆使する菊池の耳が、様々な音を捉えた。
「仕掛けるとすれば、夕刻から夜にかけてだろうか」
 物騒な事を口にしたノールが、夕刻は特に仕事帰りの人物が多いと続ける。
「金銭的に裕福な時間帯だ、周囲も見辛い」
「格上だと、思って頂けるといいのですが」
 苦笑した安達の手元には白い扇、精霊武器だ。
「このデカイ図体と、赤揃えで賊位なら近寄らないとは思いますが」
 中でも身長の高い井伊、211cmの体躯に赤い鎧を纏う姿は過去の彼の異名、井伊の赤鬼は伊達では無い。
「秋菊さん、細い路地は避けては通れませんか?」
 細い道へと入ると口にし、牛を操る秋菊に佐久間が声を上げた。
「ええ、この道が尤も近いので‥‥」
「何があっても速度を優先させるように。貴公達は秋菊を護るように動いて欲しい」
 輿の中から口にした有為の言葉に、開拓者達は頷く。
「有為様、村についてから花菊亭の者としての役目がありますので、お休みください」
 此方も警戒しておく、と口にした有為にラインハルトが輿の外から声をかける。
 不承不承承諾したのを確認し、ラインハルトは秋菊の隣に腰かけた。
「2人の志体持ちとの因縁について‥‥お聞きしても宜しいですか?」
 チラリと輿に視線を移した秋菊は、有為を気遣っているのか話しだそうとはしない。
「詳しくは存じません。ただ、有為様の母上は開拓者で在られました。権力はありませんでしたが、裕福な家だったようです」
「秋菊さん、俺達は今から花菊亭家の土地へ行く、と告げられていますが‥‥」
 安達の言葉に乾いた笑いをもらした秋菊は、首肯した。
「ええ、有為様の母方の家です。花菊亭家は広い土地を欲し、あちらの家はその権威を欲しました」
 その話を聞いた紫焔が、呆れとも言える口調で口を開く。
「で、それが有為のねーさんとどう関係があるんだ?」
「んー、恐らく有為さんの事で揉めたのだと思いますが」
 中流武家の出身である井伊は、それ程抵抗も無いのか苦笑気味に言いつつ思考を巡らせる。
「‥‥少し待って下さい、付けられています」
 菊池が声を潜め、更に神経を尖らせた。
 太陽は中天を回り、地平線の彼方へ沈もうとしている‥‥夜を行軍するには些か不利だ。
 輿の装飾が、月に照らされ最高の獲物となるだろう。
 護衛の数も手練にすれば、美味しい獲物の保証でしかない。
「秋菊さん、後どれ程で着きますか?」
「一刻ですね‥‥撒くにも、此処は一本道です」
 後ろから狙う連中、其れなりの装備をしているのか力量の差がわからない相手か。
「待ちかまえるか、有為を囲んで布陣して」
 紫焔の言葉に開拓者達は布陣する、少々痛い目に遭わせる方がいいかもしれない。
 飛来する矢、それを刀で受け払った佐久間と仁王立ちになった井伊が睨みつける。
 ビシバシと殺気立つ二人、その中静かに降り立ったラインハルトが龍笛を構えた。
「流石に、血で汚すのも‥‥ですから」
 奏でられる夜の子守唄、まどろみを誘う調べが響き菊池が音を捉える。
「眠ってますね、寝息が聞こえます」
「もう、襲ってはこない筈だ」
 少なくとも志体持ちだとは分かった筈、ノールの言葉に開拓者達も首肯した。

●紅の世界
 宿での休憩を挟み、翌朝の早朝‥‥その街は紅に染まっていた。
 遠目から見ても、茜が生命の限りに咲き誇っているのがわかる。
「血で血を洗いたくはないですが‥‥」
 そう言う事にならなければ、と佐久間が呟く。
「絶対に、殺さない方向で行きましょう」
 確執があるままでは悲し過ぎる、と安達の言葉に頷きつつも柳に風、という様子で得物の準備をする井伊。
「相手との力量次第ですねぇ」
 漏らした言葉が、内心を表していた。
「では、俺は別の場所から」
 素早く身を翻し、あっという間に視界から消え‥‥否、周囲と溶け込んだ菊池。
「‥‥違和感が無いな」
 ボソリと呟いた有為が、フッと笑う。
「現地に入る。刃を交える事はないと思うが、何かあれば対処も頼む」
 何も知らずスタスタと歩きだす有為、それを見つつ秋菊が声を潜め呟いた。
「どうか、有為様を頼みます」

 金色の家紋が太陽を照らす、先頭を切って茜の出来や反物の様子を見るのは有為。
 周囲を護る開拓者7名、付き人の秋菊。
 菊池は一人離れた場所で、成り行きを見ていた。
「こうして見ると、長閑ですけどね」
 見た目だけは、と呟いた雪切は刺すような視線を感じ立ち止まる。
 嫌悪や物珍しさと言った視線、それは感じ取っていたが直ぐに気付いたのは恐らく。
「殺気だな」
 ノールが呪文を唱え一同の俊敏を上げる、安達が不意に零す。
「術だと、厄介ですね‥‥」
 決して攻撃に向いている訳ではないが、巫女が攻撃出来ないと言う訳ではない。
「‥‥くっ」
「有為様!」
 突如膝を折る有為、悲鳴を上げる秋菊、慌てて安達が神風恩寵をその身にかける。
「刺客か?」
 青い顔だが、流石志体持ちと言うべきか有為自身も相手を探す。
「有為を囲め、このままでは直ぐに倒れるだろう」
 ノールの言葉と共に、周囲を囲む開拓者達、声を潜めたラインハルトが口にする。
「東の方角から殺気を感じます」
 古びた刀を帯刀した一人、得物を手にしていない一人。
 周囲の人間は、当たり前だと言うように誰も止めはせず駆け寄る事も無く、悲鳴すらあがらない。
「邪魔をされたな」
「忌まわしい事だが彼女の娘、と言うのも頷ける」
 聞こえてくる、憎しみが凝り固まったような声。
「何か御用でしょうか‥‥?」
 佐久間の問いかけに、人好きすらするだろう笑みを浮かべた二人組は口にする。
「ああ、少し話をする為に」
「話にしては、物騒ですがねぇ」
 飄々と口にした井伊は、その熱い感情を押さえこみ笑顔を向けた。
 既に抜刀しており、何時でも斬りかかれるだろう‥‥だが開拓者としての経験が告げる。
 互角以上の相手、だと。
「‥‥有為さんに良い感情をお持ちではない様ですが、いきなりこうだ!とされても戸惑うだけです。話を聞かせていただけませんか?」
 後背に有為と秋菊を庇いながら、雪切が問いかける。
「何故そうまでして、有為さんを憎むのですか‥‥?」
 佐久間の問いかけ、口笛が響きラインハルトが目を伏せた。
「相手が仰る事もご尤も、此方に義がある事を伝えましょう」

 端的に言えば、ありがちな話だった。
 意に反して正室に娶られた女性、彼女の周囲が求めたのは権力、相手の周囲が求めたのは財力。
「だが、彼女はその相手に嫁ぐ前に身ごもっていた、無論愛する相手の子供だ。夫となる相手も、既に愛している人がいた」
 既に彼等は駒でしかない、家と言う化物に踊らされる。
「家に入れる事を望んだ相手の家は言ったという『下賎の子供など、殺してしまえ』彼女は冷たい川に入り子供を殺した、そうしなければ彼女の家は権力に押し潰される」
 結婚の後に子供を授かった女性は、また子供を産んだ、此れで役目は終わると思った矢先に。
『女だったのか、ならば殺してしまえ。出来ぬなら妻として男児が出来るまで仕えろ』

「母上が、我が子を殺して、産んだのが私‥‥」
「殺してしまえと言ったのは、お前の祖父だ」
 崩れ落ちた有為を、秋菊が支える、会話が終わり次に攻撃へ移ろうとした相手へ雪切が低く口にした。
「落ちつけ、と言っても無理ですか。有為って女性だ。それは何も変わらん。他がどうしようが変わり様がない。悪いが俺は、相手が神でも魔王でも個人としか見ない。有為としてしか見る気はないぞ」
 何時もより声を荒げる彼の後、あくまで穏やかに紡がれた声。
「有為さんは、貴方達の大切な方の忘れ形見ではありませんか。それなら傷つけるのは本意ではない筈‥‥それとも、大切な方の血ですら見えませんか?」
 菊池の言葉に、二人の志体持ちは驚いたように後退る。
 驚かせてすみません、と謝る青年は温厚そうな表情のまま。
「‥‥あのよぉ」
 紫焔が、独り言にも似た呟きを口にする。
「あんたらの大事な人間だったっつーのも、しゃらくせえ理由で嫁がされちまったっつーのも判ったけどさぁ。このねーさん‥‥有為には関係ないことだろ?」
 陰鬱なその声は、いつも元気な彼の言葉とは思えない程深く暗く。
「復讐か何か、そういうもんの為に生きてさ‥‥そいつが終わったら、その後何が残るかあんたら知ってっか?」
 自虐的な笑い、見た目15程の少年の持つ影はあまりに痛々しい。
「あのな、空っぽなんだよ。何も残りゃしねぇんだ。俺ゃ、この目でその風景を見てきたぜ」
 二人の志体持ちの瞳が揺らぐ、だがそれは一瞬にして固まった。
「だが、此れしか道が無い!」
 ガツン、と重い音が鳴り刃と刃が混じり合う。
「いいですよ、あくまで傷つける心積もりなら此方も迎え討ちます」
 焔陰を使った井伊の刀から炎が閃く、二の太刀に移る速度は相手のサムライの方が速かった。
 腹部へ斬りこまれる肉厚の刃、切れ味はそれ程でもないが骨と肉がひしゃげる。
 そのまま抉るように動かした相手の刀を感じながら、唐竹割、上段から斬りかかった。
 ラインハルトの夜の子守唄が響くが、全て抵抗されその力が及ばない。
 安達が神風恩寵をかけるが、骨まで至った井伊の傷は深い。
 巫女と思われる方も、遠くから精霊砲を放つ‥‥常に前に出て苦無で牽制しつつ標的にされないように雪切は有為達を庇う。
「貴方達の義、が殺しですか」
 冷ややかな声で佐久間が告げる、盾を置き刀は両手で持つと右足で地を蹴り左前構えの型から一閃。
 交わされる事を考慮したまま、返しの刀で円閃、足の切断を図るが相手は術で身を固めているのか速い。
 平正眼の構えから、炎魂縛武で刀に炎を纏わせた紫焔が井伊へ助太刀に入る。
 腕の一本を抉られ、相手のサムライが低く呻いた。
 ノールが術を紡ぎ、速度を底上げする。
「この人数の前で、倒しきる気か‥‥?」
 言ったところで、彼は自分の言葉に疑問を持った‥‥安達やラインハルトも顔を見合わせ思考を巡らす。
 菊池の紡いだ術、影縛りが相手の巫女の行動を奪う。
「俺は刀を置きます、まだ、話し合うべき事がある筈ですから」
 地面に霊刀と手裏剣を置いた菊池、一瞬相手の視線が交差する‥‥負けを悟る巫女。
 逆にサムライが吼えた。
「もう、何も失う者などない!」
 悲鳴に似た咆哮と共に、地断撃が大地を叩き割り有為へと一直線に走る。
 押し飛ばす形で、彼女を庇った雪切が攻撃を放とうとしたサムライへ手加減の一撃。
 衝動波を直接受けた雪切も血を吐き、膝を付いた。

●垣間の真実
 戦い続ける事は出来ず、両者ボロボロの姿で巫女のいる社へと運ばれた。
 特に防御に徹した雪切と、積極的に交戦した井伊の傷は深い。
「思い出を、血で染める事は悲しい事です‥‥」
 ラインハルトが秋菊から教えてもらった曲を奏でる、秋菊は泣きながら有為の傍にいた。
「私は、母に望まれなかったのだろうか、お祖父様は、私を殺す気だったのだろうか」
 真実が心を抉ったのか、有為は無傷でありながら震えていた。
「有為さんの記憶の中にあるお母さんは、不幸そうな顔をしていましたか?」
 佐久間の問いかけに、彼女は首を振る。
「母上は、笑顔を絶やさない人だった‥‥だが、父上やお祖父様と顔を合わせる事は無かった」
「な、涙花のおにぎり覚えてっか?涙花にゃ、あんたが必要なんだ、甘い事言ってんじゃねぇ!」
 好物ぐらい、教えてやれよ!と怒りにも似た表情で、紫焔が口にする。
 ‥‥そう言ってくれる人すら、彼の周りにはいなかった。
「梅がいい。あの子の、ああ、やる事がある」
 血が出るほど唇を噛みしめ起き上がった有為は、身体の震えを抑えつけ口を開く。
「視察を続行する」
「あんたもさ、あの子の話してる時は可愛い顔してんのな。そっちの方がずっといいぜっ!」
 紫焔の言葉に、有為が眉を吊り上げる。
「ほう、いつも可愛くなくてすまなかったな」
 そんな中、痛みに顔をしかめ巫女が口を開く。
「有為は立場が危ない。あれは男尊女卑、目的の為に全てを殺す、そんな家だ」
 戦意の無い巫女は更に、口を開いた。
「あの血が絶えるのは構わないが、この場所を血で、汚さなかった礼‥‥」
 ふ、と意識を失くした巫女の表情は動かず呼吸をしている事だけが、分かる。
 社の巫女が、口を開いた。
「有為さんを殺せばあの子は戻ってきた。私達はまだ、そう思い込みたい」
 先に行ってしまった有為に、その言葉は届かない。
「あの家が優しいあの娘を殺した、と。今回は誰も死ななかった‥‥ですが、何時か血を流す日がくるのかもしれません」
 憎む事で失った痛みから目を逸らす、彼等はそうし続けて来た。
「彼女が、自身の祖父に似ている限り」