【宵姫】大切な人へ
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/16 22:52



■オープニング本文

●芽吹き始めた心
 9月、秋になれば食材の宝庫。
 開拓者の皆と触れ合って、初めて気付いた。
 本当は誰かの為に、何かをしたかったと言う事‥‥何かをして貰うと、嬉しい。
 大切な人、その思いを伝えられるだろうか―――
「ねぇ、鈴乃」
 薄暗い座敷牢、目隠しをした少女、花菊亭・涙花は侍女である鈴乃に問いかける。
「何でしょう、涙花様」
「‥‥わたくし、料理を作ってみたいの」
 簡単な物、おにぎりでもいいから、と口にする涙花に、鈴乃は躊躇った。
 ‥‥幾ら涙花の顔を知らないとは言え、万が一、万が一当主が気付けば。
 自分が首切られるだけなら構わない、だが、そうなれば涙花は捨ててしまうのではないか。
 だが、我が子の顔は覚えていて欲しい、そう、願わずにはいられない。
 それに―――伊鶴様さえ、いなければ。
「駄目、かしら?」
 毒を盛る事を考えた自分を恥じる、涙花は至極楽しそうに微笑んでいた。
「‥‥わかりました、有為様の侍女、秋菊様にお聞きしてみます」
 当主である涙花の父に言うには憚られた‥‥その父は涙花の元を訪れない。
 とは言え、一介の侍女が嫡女である有為に言えるだろうか?
 ‥‥まずは、筆頭侍女である秋菊に問うべきだろう。
「あ、でも姉上と兄上、父上には内緒、にして下さいませ」
 悪戯っぽく付け足す涙花、その表情に改めて鈴乃は思う‥‥この方の為なら、何でもできる、と。

●協力者
「あ、鈴乃さん‥‥涙花様の調子は如何ですか?」
 常に涙花の元を離れない鈴乃、彼女がわざわざ来たと言うのは涙花関係なのだろうと秋菊は察し問いかける。
「―――涙花様が、料理をなさりたいと」
「料理ですか、厨房を空けなければなりませんね‥‥有為様に厨房を空けて頂くように聞いてみましょうか?」
「いえ‥‥涙花様は御所様、有為様、そして伊鶴様に内緒で、と」
 当主、そして伊鶴の名を出す時、鈴乃の表情は歪む。
 それを知りながらあくまで穏やかに、秋菊は口にした。
「どんな料理をお作りになるか、お聞きしていますか?」
「おにぎり、のようです」
 その言葉に秋菊は口元を緩める、反して馬鹿にされたのかと鈴乃は表情を硬くした。
「いえ‥‥おにぎりなら厨房ではなくとも作れますよ。お二方と御所様が出かける日を見つけておきましょう」
 波鳥様も協力して下さるでしょう、と秋菊は言い、ではと頭を下げ立ち去ろうとして一言。
「有為様も、伊鶴様も、涙花様から手渡して頂けると更にお喜びになりますよ」
 何もかも見透かすような、その筆頭侍女に内心鈴乃は舌を巻く。
 ―――座敷牢。
「よろしいのですの?!」
 興奮冷めぬ涙花、鈴乃は微笑み頷く。
「ただ、鈴乃も参らせて頂きます‥‥おにぎりを作った後、届けに参りましょう」


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
佐久間 一(ia0503
22歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
日和(ib0532
23歳・女・シ
紫焔 鹿之助(ib0888
16歳・男・志


■リプレイ本文

●薄闇の光
 世間では存在しない存在、暗い座敷牢。
「あれかい。あの子ぁ、この先ずっとこんな薄暗ぇとこで一生過ごすつもりってのか‥‥」
 紫焔 鹿之助(ib0888)は外側からかけられた鍵と重そうな扉へ視線を向けた。
「扉、重くないですか?手伝います」
 鈴乃に声をかけたのは井伊 貴政(ia0213)以前の霊祭りの儀での縁、と微笑み手を添え力を込めれば、アッサリと開く扉。
「(大切な人へ思いを伝えたい、か‥‥。どうやったら伝えられるんだろうなぁ)」
 思考に入りこんでいた日和(ib0532)は、少女の声で我に返る。
「こんにちはですの」
 この座敷牢の少女、花菊亭・涙花、目隠しを取ったばかりで虚ろな表情。
「こんにちは、るいさん」
 まだ、ぼんやりしているらしい涙花へ、礼野 真夢紀(ia1144)が声をかける。
「‥‥礼野様?」
 直ぐに分かったらしく、何度か瞬きをして目をこすると微笑みかけた。
「目をこすると、腫れますよ?」
 雪切・透夜(ib0135)の指摘に、コクリと頷き目を瞬く‥‥そしてリエット・ネーヴ(ia8814)にギュッと抱きしめられ微笑んだ。
「涙花ねー、鈴乃ねー、今回も来たじぇ。よろしくねぇ〜♪何時もの格好とは変えてみたッ!」
「ネーヴ様、いらっしゃいませですの!」
 動き易そう!と羨望の眼差しの涙花、礼野は少し首を傾げ。
「髪も手ぬぐいを被ったいいかもしれません‥‥着物の袂も気になりますし、たすきも頂けますか?」
 自前の割烹着姿の礼野は、涙花が動き易いように整える。
 はしゃぎ合う少女達を見て、佐久間 一(ia0503)は焼いてきた炭を持ち運びながら頬を緩ませる。
「何というか‥‥こういうほのぼのとした依頼は久しぶりで。ふふ、頬が緩みます。あ、いや。失礼」
「ええ、おにぎり。手の温もりの込められた料理、いいですね」
 万木・朱璃(ia0029)は慌てて自分へと頭を下げる涙花へ、微笑みかけた。
「万木・朱璃です。早速はじめましょうか」
 米びつと、海苔、そして様々な具材達。
「鮭、明太子、たらこ、おかか、梅干し、塩昆布、じゃこ‥‥定番はこんな所かな?」
 お醤油とお酒で煮たんですよ、と礼野がじゃこを涙花へ差し出す。
「美味しいですの!」
「お酒で煮ると、臭みも取れて柔らかくなります」
 ふむふむ、と手腕拝見の開拓者達。
「炭もありますから、使って下さいね」
「では、気分が悪くならないよう扉を少し開けておきます」
 佐久間の言葉に首肯し、鈴乃がそっと部屋の扉を開ける。
「おにぎりは、食べ物だと言うことしか知らないんだが」
 とりあえず何でも持ち寄った、と日和が出してくるのは鹿肉の燻製、梨、茸に焼き魚。
「僕も持ってきました」
 雪切も持ち寄った獣の燻製、目が点の一同‥‥首を傾げる日和、雪切、そして涙花。
「か、開始地点は涙花と同じでしょうか?」
 あはは、と笑い苦笑する雪切、山でサバイバル兼修行だけでしたから、との事。
「じゃ、さっさとやるか!」
 クソジジイの師匠に教えられたと言う紫焔、まず手本としておにぎり作成。
「初めてですけれど、頑張りますね!」
 その手を凝視し、空気を握るように手を動かす‥‥延々とやっていそうな行動に苦笑し、礼野は声をかけた。
「すいません。お茶碗二つ、貸していただけませんでしょうか?出来れば小ぶりのものを」
 礼野に言われて、鈴乃が直ぐにお茶碗を持ってくる。
「正当の作り方ではありませんが、お茶碗にご飯半分よそって、上下に振って。これである程度形が纏まりますし、ご飯の熱さも少し下がります」
 試しに、とやってみた涙花は振りながら、不意に鈴乃を見て小さく笑う。
「鈴乃、楽しそうですの」
「大切な人、が笑ってるからかもな‥‥」
 何処か遠い日和の視線、失くしたくない存在‥‥大切な事実を伝える術など分からずに。
「なら、日和様も笑って下さいませ、わたくしが嬉しいですの」
 涙花の言葉に頷き、米びつに入った米を力任せに握った。
「えーっと、固すぎず柔らかすぎず、にすると食べた時の食感がいいですよ」
「中々、難しいですのね」
 井伊の指摘に、小ぶりの茶碗を合わせ振っていた涙花が真ん丸のおにぎりを突く。
「てやんでぇ!ぶきっちょだろうが何だろうが、手ずから握ったもん食った方が、食う奴も嬉しいに決まってんじゃねえか!」
 いきなりの紫焔の指摘に、暫し首を傾げた後、涙花は首肯する。
「はい、頑張りますの!師匠!」
「へ?」
 出どころの分からない師匠呼びに紫焔、頭にちらつくクソジジイ。
「あ、ごめんなさい。一度言ってみたくて、お兄様が良く仰っているので」
「影響力、大ですね」
 うんうん、と頷きながらまだゆるーい笑顔の佐久間、皆で楽しみながら何かを行うのは楽しいものだ。

●思いの塊
「ああ、焼くのは任せてくれ」
 焼くだけしか出来ないが、と苦笑する彼女へとんでもないと涙花は口にする。
「わたくし、火が使えませんもの」
 上手く形にならないと雪切が、後は焼かれるだけのおにぎりを見つつ手を動かす。
「ゴマ塩や刻んだ漬け物、もいいですよね‥‥あ、また崩れた」
「漬物なら、自作を少々持ってきました。花菊亭家のものがあるなら、そちらを」
 包装用の竹の皮を纏め、佐久間が問いかける。
「あ、頂けますか?‥‥わたくしが、勝手に持ち出す事は出来ませんので」
 曇った表情に、万木がそっと差し出す特製、秋刀魚おにぎり。
「想いの篭った料理ほど、人の心を動かすものはありません」
「一緒に食べて下さいね、拙いものですが」
 佐久間が、差し出すのは一夜漬けのキュウリ、塩と昆布で味付けした素朴な味。
 満面の笑みで嬉しそうに齧る涙花、そして彼女は言い切る。
「わたくしには、皆様も付いて下さってますから」
 思いが沢山こもっていると知っているから、噛みしめる。
「そう言えば、僕も両親に褒められたのが切欠でした、料理が好きになったのは」
 井伊の言葉に、少し懐かしむような遠い目をするのは礼野。
「まゆも初めて作った料理ってお握りでした、懐かしくて」
 ちぃ姉様、大判焼き海苔に直接ご飯よそって塩振って包んで食べるんですもの!との言葉に、顔を見合わせた日和と雪切。
「それは、駄目なのか?」
「海苔があるだけ、マシですよね」
 おにぎりはごちそう、何でもない日の、少しの特別。
「なあ、あんた、楽しいかいっ?」
 不意に問いかける紫焔。
 浄も不浄も飲み込み、痛みも辛さも知りても真っ直ぐな瞳を持つ少年、少女は微笑み。
「とても、楽しいですの」

「えっとね『くの字』にすると三角の形が綺麗にできるんだよ。‥‥最後はぎゅっ、と少し力を込めると崩れ難くなるんだ♪」
 ネーヴの言葉に、再びおにぎりと格闘する涙花。
 力が足りないのか崩れやすそうだが、何とか三角に。
「しかし‥‥中々難しいですね」
 雪切の言葉に、最早おにぎり作りから離脱した日和が顔を上げた。
「焼くか?」
「お願いします。あ、涙花、残しちゃいけませんよ?」
 悪戯っぽく紡がれた言葉に、涙花が首を傾げる。
「残すと、勿体無いお化けが出るからね」
 堂々と言い切った言葉は勿論、冗談であったが‥‥
「勿体無いお化け様も、お腹が空いていらっしゃるのね」
 お供えを、と言いだした涙花の言葉に笑いをこらえる雪切。
「冗談だよ?」
「‥‥でも、お腹をすかせたままだとお化け様も悲しいと思います」
「悲しいと思われるなら、大切に食べましょう、涙花さんはどの具材が好きですか?」
 勿体無いお化けも許してくれます、と万木がずらりと並べた具材と共に問いかける。
「きのこのおにぎりや、炒めたにんじんと菜っ葉のおにぎり‥‥今の旬は栗、です」
 丁度良い加減に握られたおにぎりを割れば、ころっと中から顔を出す黄色い栗。
「可愛いですの!」
「お兄様や、お姉様の好みはご存知ですか?あ、日和さん、その位で」
「了解、美味そうだな‥‥」
 梅干の種を取り分け、おかか醤油を作り日和に焼き加減を指示しながら、礼野が問いかける。
「えっと、お兄様は鮭が好きですって。お姉様は、わかりません‥‥」
 おにぎりを食べているのを見た事が無い、と口にした涙花は俯きギュッと唇を結ぶ。
「想いの篭った料理ほど人の心を動かすものはない、そうだと思いますよ」
 万木に言われ、コクリと頷き米びつに手を伸ばす。
「皆で食べる分も必要ですわ、鈴乃の分も‥‥皆様はわたくしが頑張って作ったら、嬉しいですか?」
 願うような言葉に開拓者達は、勿論と首肯する。
「あ、そうそう‥‥おにぎりの後、手に付いたお米の正しい食べ方を教えるね」
 ネーヴが言葉と共に、実践。
 ペロッと手に付いた米を食べた彼女に、思わず開拓者達も笑みを漏らす。
「はい、ですの!」
 同じく、ペロッ‥‥真似する涙花に鈴乃も思わず声を立てて笑った。
「‥‥本当に、この方は」
 鈴乃の呟きに、雪切が穏やかに紡ぐ。
「少しずつ良い方向に変わってきてます。外から見ている限り」

●心からの贈り物
 落ちつかない涙花の手をぎゅっと握り、ネーヴが口を開いた。
「きっと、美味しく食べて貰えるじぇっ!大丈夫!」
「頑張ったからね、大丈夫」
 あはは、と笑いながら雪切は顔を出す、突如の異変に開拓者達も警戒態勢。
「皆さん少し来て頂けますか。涙花さんと鈴乃さんは中へ」
 心配させないよう笑顔で佐久間が口にすると鈴乃を中へ、開拓者達も各々の得物を構える。
「さて、野暮な輩にはご退場願いますか」
 不安そうに見上げる二人を、万木が大丈夫と笑顔で言い切った。
「私達がいますよ」
 ‥‥煌びやかな輿があれば、それを狙うのもまた然り。
「今日は機嫌が良いんです、気が変わらぬ内に去りなさい」
「引き付けましょうか?」
 佐久間と井伊が声をかわす、数は3人、中で聞いていた涙花がそっと万木を突いた。
「大切な人がいるから、と引いて頂くように仰って頂けますか?」
 そっと差し出す3人分のおにぎり、差し出し口にする少女は、全く世間など知らない。
 いいカモにされるのがオチ、だとしても。
「分かりました、礼野さん、此処をお願いします」
「ええ」

 ―――大切にしたい人がいるから、どうか退いて欲しいと。
 思いのおすそわけ、おにぎりをあげます、決して盗賊の良心に響いた訳では無い。
 新たな人物、自分達の数以上、堂々とした手練達‥‥圧倒的な不利。

 おにぎりはシッカリ確保、去っていく盗賊達に開拓者達も苦笑を隠せない。
「おにぎりで退いたって事に、しておこうか」
 臨戦態勢を止め、白い方の瞳を閉じ日和が口を開く。
「そうですね、邪推する必要もありません」
 井伊も首肯し代わりにと手綱を握る。
 力量の分からない相手は容赦なく襲ってくるのだ。
「おにぎりで退いたみたいだぜ!」
 良かったな、と笑う紫焔に涙花はクスクス微笑み。
 ‥‥本当は、違うのかもしれない、けれど、本当に大切な事は。
 込められた、思い。

「鈴乃?涙花に何かあったのかっ!」
 辿りついた場所、固い表情で真っ先に動いたのは涙花の姉、花菊亭・有為。
「お姉様!」
「‥‥涙花?」
 飛び出しては抱きく涙花の、紅潮した頬を見て有為は説明を促す。
「涙花ちゃんに依頼されたんですよ、ね?」
 不安と期待を交えつつ、井伊が涙花へ視線を移した。
「一生懸命作りましたの。おにぎり‥‥食べて欲しくて」
 暫し差し出された包みと、涙花の顔を比べる有為。
「受け取ってやれよ、折角作ったんだからよ」
 紫焔の言葉を受けて、漸く受け取り一瞬の逡巡、次に紡ぐべき礼の言葉は、彼女の弟、花菊亭・伊鶴が口にした。
「あ、涙花!おにぎり?」
 素直に受け取り、食べてもいい?と聞くと同時に包みを開き、不格好なおにぎりを頬張る。
「美味しい‥‥あ、僕の好きな鮭!ありがとう」
「涙花、早く戻った方がいい、父上には私から渡しておく」
 有為は、苦笑を浮かべ涙花の頭を撫でると自分の纏う羽織りを彼女へ被せた。
「‥‥今夜は遅くなるだろう、楽しんできなさい」
 酷く照れ臭そうに、有為は口を動かす。
『ありがとう』
 ‥‥その声は風にかき消され瞳でしか知る事は出来なかったけれど。

「さて、外で食事にしましょうか」
 万木が丁度いい感じに、と広がった土手を示す。
「ええ、全員で食べて行きましょうか」
 楽しんできなさい、と言ってましたしと井伊が涙花の肩を叩く。
「にしても、普段の食事がいい加減なので、何だか無性に御馳走に思えるような」
「鹿にー、試食!」
 試食、と差し出されたネーヴの表情は少し悪戯っぽく、何か嫌な予感をしながらも受け取る紫焔。
 今後の状況が分かった佐久間が、水を用意する。
「心温まる日々です‥‥ね?」
 水!と唸りながら訴えかける紫焔、喉に詰まったらしい。
「あ、先に涙花さん、どうぞ」
「はい、ですの」
 涙花の後に手渡された水を飲み、紫焔はゼェと息を吐いた。
「ゲホッ、どーして、俺が後?」
「まあ、お約束ですね」
 安全圏確保、とばかりに水を飲みつつ井伊が笑う。
 死ぬかと思った、との言葉にも笑顔でサラリと流される。
「まあ、丈夫ですから‥‥僕達開拓者は」
 全然わからない、と雪切に吼えるが、知らん顔。
「はしゃぎ過ぎて落とさないで下さいね?それこそ勿体無いお化けが出ますよ」
 万木がはしゃいだ様子の開拓者と涙花、そして鈴乃へ声をかけた。

 ―――秋の風が、優しく一同を撫でる。
「言葉は苦手だ。‥‥でももう少しだけ私も頑張ってみようかな」
 合戦で傷ついた大切な人を浮かべ、日和が口にする。
 案じてる事も上手くは伝わらない‥‥ただ、やり切った涙花を見れば悪くない。
「こうやって物で伝えるのもいいかもな」
 友達のお土産用にこっそり作っておいた歪なおにぎりを、ちょっと恥ずかしそうに振る。
「きっと、嬉しいと思いますの」
 土手に寝転がりながら月を眺める、今夜ばかりは特別。
「ほれ、見なよ。こいつの間からお月さん眺めっとさ、すげえ綺麗なんだ」
 葦を引き抜き月を眺める紫焔、それを一緒に眺め涙花は嬉しそうに笑みを零した。
「何があっても、こいつを眺めりゃ世はなべてこともなしってな。風流じゃねぇかい」
「姉様達にも、教えますの」
 手紙を書きますわね、と礼野も真似をし、葦の奥から月を見上げる。
「また、このように皆で集まってのんびりとしたいですね」
 佐久間の言葉に、他の開拓者達も首肯した‥‥張り詰めた糸はいつか、切れてしまう。
「曖昧だった世界が、色を帯びて。今、わたくしは幸せです」
 そう零した涙花、嬉しそうに開拓者達を見回した。

 夜、涙花の手作りである握り飯を手に、当主は虚ろな瞳、頬を伝う雫。
 呟き続ける、過去を懐かしむ狂気とも言える語調。
「‥‥涙花、あの娘も、いつか私を遺して」
 その瞳が暗く翳る、次に燃える執念と憎悪。
「いや、決して、何処へも行かぬよう、傷つかぬよう」
 争いの果てに露の如く消える命‥‥ならば争いから全て隠そう。
「約束しよう。たった一人の、お前の、忘れ形見」
 塩味の握り飯を齧り、彼は静かに涙にくれる。