毒婦と紅
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/04 15:45



■オープニング本文

●紅い雨
 その日は、一年も前に遡る。
 どす黒い雲が空を覆う、闇夜だった。
 一人の悲鳴と、鈍い打撃音。
 悲鳴をあげたのは男、重い打撃を受け衰弱していた。
 それを振り上げたのは女、金づちの先にはべっとりと紅い液体が付着している。
「な‥何故だ、お伝‥‥‥」
 呟いた男の言葉に、返事の代わりにもう一つ、女は金づちを振り上げ、叩き付けた。
 事切れた男を見て紅く染まった単衣を脱ぎ捨てながら、口元を吊り上げる。
「悪いね、徳、あたいはこんなところで、終われないんだ」
 降り続ける雨の中、紅い液体が流れて溝に落ちるのをただ、女は眺めていた。

●紅い陽
「こら、お花も平助も走るんじゃないよ!」
 一年前、血の紅に染まった女は質素ながらも上質な着物を纏い、夕日に駆け出していく子供二人と共に市場を歩いていた。
 なんら、変わりの無い普通の母子。
「母ちゃん、おてんと様が真っ赤だよ!」
 真っ赤な太陽を指差す子供に、女は笑みを浮かべる。
「そうだねぇ、酔っ払ってんのさ。さ、家に帰ろう」
 両手を子供と繋いで、市場から帰る。
 もう、夫は帰っているだろうか?
 否、どうだろうか‥‥‥もしかしたら、帰っていないかもしれない。
 最近は忙しいとぼやいてたから。
「源蔵の好きな飯でも、作ってやるかね」

●紅い家
「帰ったよ、おや、どうしたんだい、市」
「ああ、奥方様‥‥‥お屋形様が―――」
 家の中に漂う鉄錆の臭い‥‥‥お伝には嗅ぎ慣れたもの、否、過去に嗅ぎ慣れていたと言うべきか。
 事情を察して、一つ頷いては市に子供達を預ける。
 ―――どこだ、どこに、いる。
 やがて臭気の強くなった場所、そこの仕切りを開け放つ。
 其処には彼女の想像したとおり、畳を染め上げて事切れた彼女の夫、源蔵が倒れていた。
 ただ、想像を超えたのは―――
「お伝、迎えに‥‥来たよ‥‥‥」
 伸ばされる手。
 源蔵の血に染まった青白い、人ではない手が、伸びる‥‥‥
「けっ、冗談じゃねぇよ!」
 その手を振り払う、手は絡みつく、声が、追いかけてくる。
「お伝‥お伝‥‥」
 足がもつれる、それでも走る。
 着物も乱しながら、それでも、走る、走る‥‥
「市、花と平助を頼んだよ!」
「奥方様‥‥‥?」
 子供を、使用人を巻き込むわけにはいかない。
 しかし、それ以上に、過去の、過去に殺した愛人に追われている、などとは明かしたくなかった。
「あたいも、ざまぁねぇな」
 苦い笑みを浮かべながら、お伝は馬屋で馬に乗り、神楽の都を目指した。


■参加者一覧
霞・滝都(ia0119
16歳・男・志
当摩 彰人(ia0214
19歳・男・サ
貉(ia0585
15歳・男・陰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
空(ia1704
33歳・男・砂
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
 鈴 (ia2835
13歳・男・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ


■リプレイ本文

●相見えるは
 時は少し前に遡る。
 顔を伏せて天儀酒を呷っていた女、お伝は足音に顔を上げニィと紅をひいた口を吊り上げた。
「アンタ達が、あたしの護衛をやってくれるってのかい?」
「サムライのルオウ(ia2445)よろしくな!」
「鈴(ia2835)です。こ、今回はよろしくお願いします‥‥」
 手を上げて快活な笑みを浮かべ、自己紹介するルオウと、ペコペコと頭を下げる鈴。
 その対照的な二人の姿に、お伝は盃を上げて破顔する。
「あたいは高橋 お伝さ。そうそう、硬くなるでないよ」
 各々、自己紹介を交わした開拓者達はそれぞれの事前準備にかかる。
「細工は流々、と、こいつの出番なしでおわりゃあ,何よりだがね」
 鮫を思わせる頭部を持ったシキである地縛霊を沈めつつ、貉(ia0585)が呟く。
「お伝さん、出来たら出口付近に移動していただけますか?」
 真ん中に陣取り、囲炉裏で熱燗を斉藤晃(ia3071)と飲んでいたお伝は霞・滝都(ia0119)の言葉に首肯して立ち上がる。
「終わったら、飲もうや」
 笑って斉藤が付け足した言葉に手を上げて、出口である玄関の前に座った。
「追ってくる、なぁ。執念深い、なァ。業が深い、ナァ。何が目的だろう、ナァ?」
 空(ia1704)の意味深な言葉。
 それに返事するよりも早く、『こんな狭い場所に男ばっかのスシ詰めなんてムサ苦しくてかなわねえ』と漏らしつつ、外で見張りをしていた鬼灯 仄(ia1257)が戻って来て口を開いた。
「やれやれ、おいでなすったようだ」
「ささ、明るく元気に愉快に頑張っていってみよう〜」
 その言葉に、場に似付かない笑みを湛え首肯し、当摩 彰人(ia0214)が立ち上がる。
 無論、その裏には自分なりの信条、理論があった。

●恨みわび
「お伝‥お伝‥‥」
 すすり泣くような声、外では風が音を立てて吹き付けてくる。
 生ぬるい風は不吉な予感をもたらして、凶事すら運んでくるような―――否、既に、凶事はもたらされていた。
「邪魔なもんから排除や!」
 気合を入れた斉藤の言葉に開拓者達は視線を合わせ、一呼吸後に訪れる戦いに備え、各自切り替える。
 窓の格子から入ってきたその幽霊と鬼火は、真っ先にお伝に向かって飛んでいく。
「そう簡単に、通す訳ねぇよなァ」
 空の防盾術、いつも凍りついた瞳は更に冷たく、幽霊の男を守らんとした鬼火を弾き返す。
 弾き返されても尚、向かってきた鬼火、赤黒い炎を空に噴きつける。
 そのまま迫ってきた鬼火を貉の仕掛けた地縛霊が飲み込み、地中に封印した。
 空を迂回し、宙から飛び出してきた別の鬼火を霞の剣が捉える。
「戦闘は、得意じゃないんですが、ね」
 その割りに器用な質なのか、剣は真っ二つに鬼火を切り裂くと同時に、立っていたお伝には当たらないよう、見事に太刀筋を変える。
「おらおら、こっちだってんだよ!」
 ルオウが咆哮する。
 宙を舞う鬼火と幽霊を足元に気をつつ、刺突。
 珠刀「阿見」が閃き、火を吹きつけた鬼火を断ち切る。
 ギリギリで届かない幽霊にもう一つ、刺突を繰り出した刹那、床下がメリメリと音を立てて沈んだ。
 視界で幽霊が嗤う。
 嵌められたと理解するのと動くのは同時。
 伸ばされる、ボロを纏った腕と、生気のない瞳。
 バランスを崩しつつ、防御の為に得物を握り締めた時、矢が幽霊を貫いた。
「貸し、一つだぜ」
 片隅で矢を放った本人、鬼灯はニヤリと笑って告げた。
「了解」
 短く答えてルオウは立ち上がると共に、目の前で守っていた斉藤がニヤリと付け足した。
「わしにも旨い酒を頼むで?」
「あー、俺も俺も!」
 刀を逆手に、受け流すと同時に当摩が笑う。
 接触した鬼火をそのまま、刀が一閃する。
 手甲に燃え移った火もそのまま、逃げようと身を転じた鬼火を貫いた。
「斬ります!‥‥大丈夫ですか?」
 鈴の素早く抜いた刀が当摩の刀の突き刺さった鬼火を一刀両断する。
「大丈夫大丈夫―っ!サクサク行こう!」
「サクサク行きたいがねぇ、やっこさん、どこへ消えたんだか」
 貉の呟きに目を閉じていた霞の瞳が強い意志を持って開く。
「貉殿、上ですっ!」
 梁の巡らされた古い廃屋、暗がりからお伝目掛けて幽霊が飛び出してくる。
 眼窩からはみ出した瞳は、暗くも紅い。
「―――苦しみはあの世にもっていきな」
 貉の手から目と狸の尻尾を持った小刀が飛び出して、暗く紅い瞳を貫いた。
 それでも幽霊は止まらない。
 痛みなどないのだ、衝撃すらも。
「まったく、しつこい男は嫌われるぜ」
 ため息と共に鬼灯の矢が貫く。
「だ、そうだナァ」
 お伝に触れないように、受け流しで青い光を纏った空が歩み寄る。
「お伝‥何故‥何故‥‥」
『痛い、痛い‥‥お前に殴られた頭が痛い蹴られた顔が痛い目が痛い痛い身体が冷たい冷たい雨でぬれて寒い俺は死ぬのかお前に殺されて殺されて殺されてあんなに愛していたのにあんなに愛していたのにお前は俺を捨てて他の奴の所へ行くのか金の為にあんなに愛していたのにお前は裏切るのかお前も裏切るのかお伝‥お伝‥‥』
 呪われた声が響く。
 地の底から響くような、それでいて、愛しくも憎憎しい声。
「お伝さん?」
 頭を抱えてその場にしゃがみ込んだお伝が視界に入って最後の鬼火を両断した霞が問いかける。
「向えに‥えに‥‥来たキタ‥‥‥‥キタヨ」
 幽霊の口が紅く紅く裂ける。
 頭から溢れてくる紅。
 ボタリと音がして、取れかかった眼球が、ついに落ち床に紅をひく。
「あいつ、お伝になにかしやがったっ!」
 ルオウが気付いて叫ぶのと、お伝が幽霊に向かって走り出すのは同時だった。
「あたいが殺してやるよ!アンタなんかに殺されるお伝様じゃぁねェんだ!」
「お伝さん、駄目です!」
 鈴の刀が鞘から抜かれ、一閃する。
 居合いで斬りつけると同時に、斉藤の両断剣、大斧が幽霊を断ち切った。
「迷わず逝けや!!」

●紅に燃える思い出
 先ほどの戦いで蹂躙された廃屋はいまや、9名の人間を支えていられる程の強度は持ち合わせていなかった。
 ヒュウ――と音を立てて梁の一部が落下する。
 その下にはお伝、瞬時に動いた開拓者達だったが、落下する木片の方が早かった。
 誰もが、次の瞬間には生から死へと転じ、真っ赤に染まる依頼人の姿を想像した。
 が‥‥
「ったた‥‥ざまぁねェ」
 走りだしたお伝は踏み抜かれた床板に埋まっていた。
 その傍には腐臭のする、遺体。
 ギリギリのところに突き刺さった木片。
「よかった‥‥」
 真っ青な顔をしていた鈴がホッと息をついた。
「豪運な女だこって」
 鬼灯もニヤリと笑って肩をすくめた。
「大丈夫かーい、お伝っと、結構血が出てるね」
 真っ先に状況を把握した当摩はお伝を引き上げ、ベットリと付着した手の血に眉尻を下げる。
「ああ‥でも、痛くはないんだけどねェ」
 一年前の、あの日も、赤に濡れていた。
 その事を思い出して、お伝はゾッとする。
「ま、全部片付いたし、サクサク帰ろうか!」
 その言葉に頷いた開拓者達、だったが。
「いや、まだ‥‥」
 ボソリと呟いて貉が仮面の下、眉を顰めた。
「そろそろ‥‥」
 腐りかけた床板がパチパチと燃え出す。
「地縛霊の効果が切れたらしい―――派手にやってくれちゃってまぁ」
 解放された鬼火が廃屋に炎を吹き付けてまわる。
 あくまで生きて返す気は無いらしい。
 その、炎に憎悪の影が見えた気がして、空は皮肉な笑いを浮かべた。
(「―――つくづく業の深い女だ」)
 あっという間に燃え広がる炎の赤。
 熱が開拓者とお伝の髪を、肌を、なぶる。
 吸い込むたびに、喉が灼けるような感覚。
 開拓者達にとっては、既に計算していた出来事だったが、お伝は目を見開いて、その場に立ち尽くしていた。
「さてさて、『美しい御婦人』よ、炎払いと壁はしてやっからとっとと行くぞ」
 霞が外套をお伝に被せ、空は斉藤の空けた穴の外に出て、脱出するよう、促す。
 既に、炎はパチパチと言うものから、ゴォゴォと音を変え、次第にその威力を増していく。
 生ぬるい風は炎を助け、全ての業を焼き尽くすが如く、吹き付ける。
「じゃあ、避難―――」
 頭上に注意していた鬼灯に向かって、床下から鬼火が肉薄してくる。
 赤く揺らぐその火を弓で射るには少々近すぎる‥‥避けるために身体を左に流したその隣、鬼火を刀が貫く。
「借り、返したぜ」
 ルオウの言葉に、鬼灯は頷く。
「さあ、早いトコ、行こうや」
 斉藤は最後に敵がいない事を確認して、外へ出た。

●毒婦と屍
「燃えちまったねェ、あたい達の思い出も」
 炎に包まれ、崩れ落ちる廃屋を見ながら、お伝は目を閉じた。
「思い出は消えちゃったら、また作ればいいさ!」
 その肩を叩いて、当摩が笑う。
「そうだねェ‥‥」
 道理にかなった言葉だ、また、作るしかない。
 だが‥‥その人物は。
「‥‥ところで奥さん、あんなのに狙われる心当たりはねえか?まぁ好奇心の質問だから答えたくなきゃ言わんでいいが」
 貉の言葉に、お伝は暫し逡巡する。
 開拓者達は知っているだろう、あの床下に、捨てられた遺体を。
 答えなくとも、もう、答えは出ているのだろう。
 暫し、逡巡する。
 もう、この世にはこの事実を知るものはいない――ならば、わざわざ世に晒すことも無いだろう。
 そう、こんな事は‥‥
「なぁに、情愛の縺れってやつさ。互いに火遊びが過ぎたんだよ」
 有り触れた事だと笑うお伝の瞳は未だ、廃屋があった場所を、否、それを通り越して、何かを見ていた。
 その先に映るのは、幽霊となった愛人か、それとも、自分の不慮で失った、夫か。
 それを知る術は、開拓者達にはない。
「女の過去を暴き返すような無粋な真似はしねえよ」
 その視線の先を辿った鬼灯は飄々と紡いでは、煙管で煙草を吸う。
「この事はお伝が背負うもんや。これからもずっとな」
「そうだねェ、あたいの業なんだろ」
 斉藤の言葉に、頷いてお伝は目を閉じた。
 その瞼には、燃え盛る炎と‥‥誰かの笑み。
「あんたが何を思ってるかは知らんが、人間生きてりゃいつからでもやり直せるんだ…一人じゃない奴はなおさら、な」
 貉の言葉に、残してきた子供達を思い出す。
「だねェ、あたいには子供達がいる――出来れば、アンタ達みたいな、開拓者にでもさせたいね。面白い奴等じゃぁないか」
 カラカラと笑うお伝の姿に『面白い』と称された開拓者達は肩をすくめた。
「アンタだってそう、歳食ってないんだろ?あたいの子供にしてやるよ」
「いや、俺は遠慮‥‥」
「さ、鈴とルオウ、お伝様と帰ろうかねェ?」
 貉と鈴、ルオウを両腕にひっ捕まえて適当な歌を歌いながら、お伝は自分の手を見た。
 まだ、赤い。
 この赤は、取れることがないのかもしれない。
「後で、薬でも調合しましょう」
 その視線の先を知った霞が口を開く。
 勿論、巻き込まれないように距離を置く事は忘れない。
「頼もうかねェ、さて、酒と料理で楽しくやろうじゃぁないか」
「ヒヒヒ、愛だの恋だのよくやるぜ」
 遠くなっていく開拓者達の背中、チラリと燃え落ちた廃屋に視線を移す。
 空には理解できないものだ、否、醜いものを見すぎてしまったのか。
 結局は、醜く腐り落ちる‥‥皮肉めいた事を思いながら、行動を共にした開拓者達、そして依頼人の後に続いた。