【夢夜】夢魔の囁き
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/16 01:33



■オープニング本文

●夢魔の夢
 息のつまりそうな漆黒、暗闇が襲ってくる。
 そんな世界に、自分だけ‥‥何故か、此れは夢だ、そう、思う。
 周囲には何も無い、光も何も無い為見えてはいない筈だが、それを本能的に知っていた。
「何を望む」
 誰かが囁く言葉が、鋭い刃となって頬を伝う。
 自分が、暗闇の一部となって溶けだしていくのがヒシヒシと感じられた。
「アナタの好きな夢を―――」
 冷ややかな手が目蓋に触れる、触れた場所から熱を持って燃え上がったように、焼ける。
「アナタがなりたいアナタに、なりなさい」
 一抹の夢、何を望み何を求め、何を願う。
 歌うように紡ぐその存在は、決して危害を加える相手ではない。
 ―――敵ではない、だが、味方でもないのだろう。
 すれ違う人のように、この、目の前の存在の退屈しのぎ。
「私があなたを求めるように、あなたが私を求めるように‥‥」
 世界の輪郭は曖昧になり‥‥開拓者、アヤカシ、様々な事が遠くへと向かう。
「そっと、記憶の箱に片付けて一時の、夢を―――」
 夢の無い場所など、存在しないのだから。

「※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
十野間 修(ib3415
22歳・男・志


■リプレイ本文

●駆け抜ける魂
 空が青い、眩しいと目を細めれば酷く身体が痛んだ。
 病が、身体を蝕んでいるのが痛いほど分かる‥‥数ヶ月前、村を襲ったアヤカシ。
「師匠!」
 羅喉丸(ia0347)を呼ぶのは弟子の一人、拳を固く握りしめた弟子は震えていた。
「うろたえるな。異郷の地で一人露ときえたかもしれない事と比べれば、なんと幸せな事よ」
 大きな息を吐くと共に、ズキリと肺が痛むのを感じながら過去の自分に重ねる、数か月前に救った村の少年。
 幼い日、助けてくれたあの秦拳士と同じ場所に今、自分はいるだろうか。
 そんな事を考えながらずっと大きくなった掌を眺めた‥‥年月の刻まれた手は細く骨ばっていたが、ずっとこの拳で戦ってきたのだと思うと感慨深い。
「おい、薬は無いのか!」
「‥‥こんな、絶対、師匠、まだまだ教えて貰いたい事山ほどあるのに!」
 拳を叩きつける者、薬を探そうと躍起になっている者、直ぐに薬を探しに行くと言いだした弟子の一人を羅喉丸は止めた。
「わしの教えた事を忘れたか?」
 老いても尚、彼の瞳、そして声には重みがある。
 身体は言う事を利かずとも、鍛え抜かれた精神は真っ直ぐに前を見ていた。
 己の信じた道を歩き続けた‥‥失敗や後悔、思い出せば苦いものも込み上げてくるが、それでも己の最大を尽くしたと言いきることが出来る。
「己の、技と、魂を信じて、ですか‥‥でも!」
「そうだ、師匠はこんなところで倒れて良いお方じゃない!」
「忘れるな、思い出せ!」
 歯噛みする弟子たちに、一喝し彼は拳を握りしめた。
 迷いや後悔、確かにこの場所で倒れても構わないと言えば嘘になる‥‥だが、弟子たちの顔を見れば何処か昔の自分のようで。
 そう、それこそ目の前の大切な存在を守る為に、戦う事をする。
 自分が倒れてから口にせずとも、弟子たちが薬や治療法を探しに躍起になっていた事も気付いていた。
 確かに受け継がれている、思いとその魂。
 ‥‥道場主、或いは歴史に名を残す英雄。
 上手く立ち回れば成れたかもしれない、憧れが無い訳ではないが―――でも、これでいいのだと、己の道を貫いた結果。
 それがこれならば、今の境遇も好ましい。
 名誉も、財産も手に入らなかったとは言え、一番の財産は目の前の弟子達。
 弟子たちは気付いているだろうか、今、自分が死を前にしてもこれ程、晴れやかな気持ちでいられることを。
 ―――否、気付いてはいないだろう。
 天に感謝しながら、握り過ぎて血のにじむ手を軽く叩き、解いてやる。
「わしが教えてやれるのもここまでだ。後は自分の信じる道を行け」
 動揺が走り、ざわめく。
「師匠、師匠‥‥そんな、最期みたいに―――言わないで下さい!」
 最期は誰にでも訪れる、穏やかに紡ぐ言葉は届いただろうか‥‥届いただろう。
 心に響くのは、彼の言葉が、彼の瞳が、真っ直ぐな物だからに違いない。
「正義だ悪だと難しく考える事はない、迷ったら己の魂、そう、良心に従えばいい」
 迷う事もあるだろう、若ければ誘惑も多くその中でも彼は真っ向から戦いぬいてきた。
「‥‥師匠、俺は、俺達は」
 涙を堪えて、顔を幼子のように歪めながらも彼の弟子は、笑い力強く頷く。
「師匠の遺志を、継ぎます‥‥武と侠、二つが、共存していける、そんな世界を」
「ああ、弟子はいつか師を越えるものだ」
 最期に彼は微笑んだ、弟子達一人一人へ、声をかける。
 走り抜けた、自分は聖人では無い‥‥だが、道を貫き続けた事だけは、どんな聖人にも誇る事が出来る。
 見た顔、数ヶ月前、村で救った少年が目の前に入る‥‥弟子にして下さい、と緊張した姿を見て羅喉丸は頷いた。
 ゆっくりと目を閉じれば、優しくも穏やかな闇―――迎えに来る夢の中の死。
 そして‥‥
「夢、だったのか―――」
 目覚めた羅喉丸は、木陰で眠っていたと知る‥‥晴れやかな空、太陽は眩しい。
「鍛練には良い日だな‥‥」
 神ならぬこの身、先の事など分からない。
 だが、夢の中で見た己のように、道を貫き続けたいと、思う。
「悔いの無いように、俺の信じた道を‥‥」
 ただ、歩き続ける、真っ直ぐに。
 新たな決意と共に彼は、また鍛練に励むのだった。

●無双ガール
『あの女を、叢雲・暁を呼べ!』
 そんな国王の一言で舞いこんできた仕事の依頼。
 魔術師に盗まれたのだと言う、アミュレット‥‥国王の良い噂は聞かないが、報酬があればこなすのが当然。
「はい、ラクチンで簡単な仕事、受けたい人!」
 叢雲・暁(ia5363)NINJAでありながら全裸で敵の首を刎ねたり、魔術師が使うような術も使う強い冒険者。
 となれば、一緒に仕事をすれば楽ちんだと思うのは当然で。
「んー、じゃあ、きみときみと‥‥」
 手を上げて立候補する冒険者達を適当に選び、叢雲は魔術師がいるのだと言う塔へと向かった。
 鍵と罠を解除し、ドアを開く‥‥ドドド、と怪しげな音。
「き、気を付けた方が良くないですか?」
 同行した冒険者の一人が、恐る恐る叢雲へと進言する。
「あー、確かにトラップは多そうだね、落石とか」
 言葉と共に地響きを立てて転がり落ちてくる巨大な岩、これの下敷きになったらペラペラになるだろう。
「しかも、こう言うのって大体二重の罠があったり」
 パタンとドアを閉める叢雲、外で響き渡る爆発音‥‥罠の解除?
 ボディで特攻で十分、俺、強いし。
「(何処が簡単でラクチンな仕事だ!)」
 冒険者たちの心情も知らず、叢雲は歩みを進める。
 敵襲、あの罠は警戒を促すものだったのか‥‥戦車並みのボディでファイターの攻撃を受け止める。
 防御力∞
「くっ、何だあの娘!」
 此方は6名だぞ、と動揺するファイターは剣を構え上から下へと薙ぎ払う。
 床が割れ亀裂が走るがそんなものは効かない、連続の斬りを放つが叢雲には一つすら傷を付ける事が出来なかった。
 何故なら‥‥
「俺はTUEEE!!から!」
 その程度?とばかりに手を横に滑らせる‥‥空気塊がファイター達を弾き飛ばした。
 クリティカル、一撃で葬るその技術、相手は派手に沈黙する。
「良い運動だったね」
「(俺達いらねぇええっ!)」
 爽やかスマイルに、激しく叫ぶ他の冒険者達。
 一人踏み出した冒険者の足元が一気に崩れる‥‥危ない!
「てやぁっ!」
 跳躍し冒険者を弾き飛ばす事で崩れる床のトラップを回避した、味方にもクリティカル。
「ふ‥‥どんな強い相手も、経験を奪ってしまえb」
「あ、ごめーん、雑魚だと思っちゃった!」
 叢雲さん、お客様の吸血鬼の首を刎ね飛ばす‥‥うん、ホームラン。
「いい加減、此処で屍となるがいい!」
 勝てる訳が無いと嘲笑う、青い翼に青い体躯の悪魔‥‥仲間を呼び襲いかかる。
 攻撃魔法も効かず、剣も効かない‥‥ならば。
「拳で語ろうか?」
 グキャンっと一体の悪魔が血の海に沈む、血飛沫一つ浴びていない少女は別の悪魔へ拳を叩きこむ。
 同時に素早く動けば飛苦無の贈り物‥‥壊滅を悟り更に援軍を呼ぼうとした悪魔の首が、彼女の攻撃魔法によって弾き飛んだ。
「さすがNINJAだ、何とも無いぜ!」
 NINJA魔法使わねぇ、とか、灰が叫んだ気がするが気のせい気のせい。
 更に歩を進める、此処は迷宮の最下層‥‥光すら無い暗闇、目を開けているのかどうかすら判別できない。
「場所、あってるよね?」
 仲間の冒険者に問いかけた‥‥返事が無い、その代わりに部屋が明るくなった。
 ランプが揺れる、その奥にいた魔術師は鬱屈した表情を乱入者に向ける。
「このアミュレットの不思議‥‥それはあの者の手に渡してはならん」
「そ、じゃ、返して」
 チョット待ってよお嬢さん、俺の話を聞けぇ!なんて言われつつも彼女は肩をすくめ。
「報酬、貰えなくなるじゃない」
「‥‥聞いては貰えんか」
 ならば、と呟きよろめき立ち上がった魔術師は転移の魔法を唱えようとして、叢雲の手が滑るのに気付く。
 本能の警鐘よりも速く、彼の頭と胴体はサヨナラをしていた。
「ふはははっ、此処で私を倒そうともあのお方がいる限r」
 脈絡の無い設定は踏み潰して黙殺、瞬殺。
「ふぅ、アミュレット確保‥‥じゃ、戻ろうか」
 キラキラスマイルを浮かべ、アミュレットを手にした彼女は意気揚々と凱旋する。
 ‥‥あれ、味方何処行った?
 ―――それは、魔術師の死体と共に深く眠る事になるのだ。

●何より今が
「お、からす‥‥次の荷物どこ持っていくんだっけ?」
 品物を売り終え、金銭を受け取ったからす(ia6525)は行動を共にする隊商の隊員へ視線を向ける。
「確か、紙に書いて渡した筈だが‥‥」
「いやぁ、鼻水がな―――」
 良い男が台無しだろ?と聞いてきた相手を適当にあしらい、彼の轢いている荷車の中身を確認する。
「後は全部、大通りの家だな、赤い煉瓦の家だ」
「んなもん、沢山あるだろー、な、付いてきてくれよ」
 な、とオネガイをする目の前の男を見て、ため息を吐く‥‥やれやれ、全く世話のかかる男だ。
「おーい、菓子、余ったから食おうぜ!」
 仕方が無く首肯した時に、後ろから激突する男が一人―――彼もまた隊商の隊員だ。
「パクったんだろ、どーせ、また頭にドヤされんぞ?」
「構うもんかって‥‥な、からすも食うだろ?」
「私は要らない、手癖を何とかした方がいいな‥‥」
 気にするな、と笑う相手にやれやれ、と肩をすくめる。
 気のいい奴らだが、少し調子乗りなのが厄介だ―――嫌では無い。
「じゃあ、先に仕事を済ませてしまおうか」
 からすが口にして荷車を押し始めた時、酒枯れした声が響き渡った。
 赤い煉瓦の家は、母子で暮らしているらしく興味深そうに見上げる子供が一人。
「‥‥ほら、食えよ」
 結局取っておいた菓子を手渡し、そっぽを向く隊員にからすは笑みを浮かべた。
「優しいんだな、手癖は悪いが」
「当たり前だろー、手癖なんか愛嬌だっつの」
 広場に集まれば、他の隊員は集合しておりからすもその場所に陣取る。
 全員の視線を集めたのを確認して隊長が口を開いた。
「あー、さる貴族から品物の輸送を頼まれてな。どうしても、って言うんで引き受けた」
 報酬を聞いて、不満の声を上げる隊員達を一喝する隊長に苦笑する彼の妻、副長。
「ま、この人の性格はわかってるだろ?ケツの穴の小さい男は用なんて無いよ!」
 バシンと隊長の背を叩いて豪快に笑う女傑、すみませんと土下座をしかねない隊員を見てからすは苦笑を浮かべる。
 何しろ殆ど男の隊商を纏める男の妻、豪胆で無ければやってられない。
「で、これがそうと」
 叩かれた背を押さえている隊長から、白く冷たい箱を渡されてからすは呟く。
 大きなその箱からは中身が想像できない。
「全く、お前程落ちついてくれるといいんだが―――ああ、手早く届けたいんだと」
「危険手当、つかないんすか?!」
 声を上げた隊員を、凄みのある目で睨みつける隊長‥‥お決まりのセリフ。
「金が欲しけりゃ、隊商止めてしまえ!」
 ククッと思わず笑うからすの脇腹をつつく隊員。
「止められねェから、此処にいるんだけどな」
「ご尤も‥‥移動準備だね。荷物を確認してくるよ」
「あー、もっと菓子パクっとけばよかった」
「お前、またパクったのか!」
 ゴツンと頭に落とされた拳を視界に入れながら、ご愁傷様と一言―――なんだかんだと仲がいいとは言え愚痴位は言いたくなるもので。
「やっぱさぁ、隊長の拳固は凶器だよな」
「副長のメシ抜きの方が俺はキツいぜ?」
 穏やかに聞いてくれるからすへ、隊員は集まってくる‥‥受け止めてくれるその冷静さが一つの癒しなのかもしれない。
「君も、大変だな‥‥鼻の下を伸ばしたりもしなければならないし」
 通りの美人の方へフラフラと行きそうな隊員をいさめ、彼女は肩をすくめた。
「よし、出発‥‥見張り頼むぞ」
「承諾」
 荷車の上に飛び乗りからすは、周囲を確認する。
 ルートは全て頭の中に入っていた、この辺りは危険だと聞いたが‥‥
「敵襲、北に100m!」
「うりゃぁっ、突っ切るぜ!」
「テメェ等、どきやがれ!」
 いきなり揺れる荷車の上でバランスを取りながら、顔を合わせては口での応酬が始まる。
「置いていきやがれ、軟弱共!」
「テメェ等の方が軟弱だろ!」
 得物を抜き始める姿に、やれやれと彼女は弓を取った。
「やれやれ。穏便に済みそうにはないか」
 風景を楽しむのも束の間、正確無比な矢を放つ‥‥上からの攻撃にたちまち盗賊達は倒れた。
「君、これがわかる?」
 普段は見せないエンブレム、籠目に烏の文様を賊の頭に見せる。
 十分に驚きと、そして畏怖が瞳に映ったのを確認して彼女は口を開いた。
 名を馳せた兵士、悪名高き元盗賊―――その世界に疲れた、そんな者がこの隊商には入っている。
「足を洗う事だ。この仕事もなかなか楽しいぞ?」
 呆然とする盗賊達を置いて、目的地へ‥‥荷物は大切な物だからと隊長が持っていく。
「夏に美味しいあいすきゃんでぃはどうだい?」
「おー、一つ貰おうか!」
「頭、隊商割引は無いが‥‥と、それはスイカか」
「ああ、積荷を届けたお礼だとよ―――高級らしいぞ、皆で食う、おーい!」
 隊長の声が響き渡る、切ってあげるからお待ち、と怒鳴られつつ群がる隊員。
「うむ、美味しい」
 からすはその味を堪能し、そして、人影に気づいた。
「俺達も入れて下さい!」
 道のりで対峙した盗賊達、からすは隊長を見、彼が頷くのを確認し口を開く。
「ようこそ‥‥」

●終わりあらば
「(Yes,sir.)」
 ドイツ系と日系のクォーターであるその女、浅井 灰音(ia7439)は本陣にて報告を聞いていた。
 ‥‥国だった物、古き文明を地に還し、新たな文明を始まる。
「ふん、この星の人間の力はこの程度か‥‥」
 彼女達は他の惑星から訪れた『侵略者』だ。
 既にほぼ制圧された惑星の総仕上げ、首都陥落へと駒を進める。
「伝令、たった一人の人間が抗っています、味方の一陣が壊滅しました!」
 突如響いた伝令に、浅井は悲しむどころか楽しげに口角を吊りあげた。
「へえ、この状況を覆そうとする奴がいるなんて‥‥。面白いじゃないか。そういうのを待っていたんだ、私は」
 直ぐに鎮圧するなどと口にした部下をレーザーブレードで脅し、紅の瞳で冷たく見据える。
 その身にまとうのは漆黒の戦乙女の装束、死者の魂を導くと言われる装束は赤く焼けた空へ翻った。
 武器を手にし、ヒールを鳴らして相手の元へ向かう‥‥まだ、幼さの残る青年だと視認する。
 果敢なその瞳が、揺らがないのを見てレーザーガンを発砲し挑発した。
「あんたがこの星最後の希望って奴か?‥‥つまりあんたが倒れればこの星は、我が皇帝陛下の物になると言う訳だ」
「そんな事はあり得ない、永遠に!」
「永遠か、それこそあり得ない物だ―――此処で朽ち果てるがいい!」
 先に動いたのは青年だ、距離を詰め袈裟掛けにレーザーブレードを振るう。
 それをブレードで受け止め、身体を捻り前へ踏み込むと共に横に薙ぐ。
「ほう、なかなかやるな」
 直ぐ様反応して距離を置いた青年にレーザーガンを片付ける、此れは楽しくなりそうだ。
「この場所を守る為なら、何だってするっ!」
 出来もしない事を、と脆弱な相手を嘲笑い刺突をその身に受ける‥‥そのまま下から斬り込み横に飛ぶ事で足払いを避けた。
 斜めに振るうブレードに焼かれた肉が、独特の臭気を放つ、それでも向かってくる相手に彼女は肉食獣のような瞳で迎える。
 首を狙った一文字の斬り込みに、髪が少し焼け宙に消えた。
 そのまま流れるような動作で袈裟掛けに振るわれたブレードを受け止め、逆へと返す。
 そして手を離すように見せかけ、受け止めると下から逆袈裟に振るった。
 一瞬の虚を付かれた青年の腕が焼き切れる、苦悶に満ちた表情のままブレードを片手にまだ、戦おうとする彼へ最後の一太刀。
「あんたとの戦い、楽しかったよ。でもこれで終わりだよ‥‥」
 その瞳に絶望を見た気がしたが、その絶望も終わるのだ―――あんたの死によって。
 そう心で呟き、最後の希望を摘み取る‥‥確実に、容赦なく。
 焼けた空は何処までも赤く、血に染まった大地は何処までも赤く―――それを浄化するように雨が降り注ぐ。
「ふふ‥‥ふふふ‥‥」
 この星は、皇帝の物となった、抗う者などいない。
 希望など無く、ただ心の底からわき上がる愉悦‥‥そして彼女は感じるのだ。
「(次に、喰らうのはあんただよ―――)」
 妖しく嗤い続ける浅井は、強き力を求め空を仰ぐ、さあ、始まるのだ、終わりあれば始まりがある‥‥。

●想い、永久に
 大国、後世に傾国の美女として名を馳せる美女、リディエール(ib0241)は憂いを帯びた表情で窓の外を眺めていた。
 ―――貧しい生家、豊かな自然と人々の優しさ。
 当たり前の日々は一年前、突如崩れた。
『この娘を貰っていく、文句など無いだろう!』
 国王によって強引に連れ去られたその日の事は、今も脳裏に焼き付いて離れない。
 此処から出して!‥‥思いを胸に外へと向かう。
 咲き乱れる緑の香り、唯一、安らげるこの庭園。
 何処までも葉を広げる様は潔く、それに比べ‥‥自分は、虚ろな日々を食いつぶしている。
 このまま命を終えるのかと慄いた時、彼女に声がかけられた。
「そこで、何をしているのですか?」
 精悍な顔の青年、訝しげな表情ながらも丁寧に話しかけられ彼女は視線を彷徨わせる。
「少し、息抜きを」
「‥‥リディエール様、護衛も無く外を歩かれないように」
 ため息と共に紡がれた言葉に、萎縮し視線を落とす。
「そんなに気を落とされないで‥‥俺が此処にいます」
 護衛ですよ、と微笑む彼に目を奪われる‥‥見つめられた彼はそっぽを向いて赤い頬を掻いた。
「ず、随分と、悲しげですが?」
 舌を噛みながら紡がれた言葉に、小さく答える。
「花が、羨ましくて」
「確かに、花は綺麗ですね‥‥大輪の薔薇も、片隅に咲く蒲公英も。武骨者の俺でも、大切にしたいと」
「私は、愛でられず枯れていく運命なのでしょうか」
 上辺だけの美しさだけを、望まれ‥‥翳る瞳に青年が戸惑ったように口にした。
「なら、俺を代わりに、貴女の支えに」
 それは求めた愛ですか‥‥それとも、ただの哀れみですか?
「明日、この場所、この時間、待ってます。返事はその時に。今は警備を撒いてきます」
 遠のく青年の背、上手く撒いたらしい姿を見てリディエールは静かに息を吐いた。
 次の日、庭園を訪れる彼女‥‥青年の告げた時刻、一人で素振りをする彼。
「来て下さったのですか、リディエール様」
 気付いた彼、この国で一番の騎士‥‥いでたちも、姿も他とは変わらない。
 なのに、何故これ程までに惹かれるのだろう?
「今日はお仕事は?」
「夜からですね、見張りの仕事」
 だから待てたのだと微笑む姿に、視線を逸らした。
「(城を捨て、国を捨て、全てを敵に回しても。私を、私だけを、愛して、下さいますか?)」
 不意に浮かんだ言葉に泣きそうに歪む顔、愚かと知りながらも求めずにはいられない。
 こんなに激しい感情‥‥だが、知ってしまう、此れが愛する事なのだと。
「リディエール様、こうして、貴女を待っていてもいいですか?」
「‥‥リディエールと、呼んで下さるのなら」
 始まりと、終わりの鐘を、彼女は聞いた気がした。
「最近楽しそうですね、リディエール様」
 侍女の微笑みに彼女も頷き、飾らないでいられる自分に気づく。
 重ねた逢瀬と共に、重ねる王の罪。
「リディエール、逃げて‥‥此処は近いうちに、戦火に巻きこまれる」
 不意に告げられる彼からの言葉、消えてしまいそうなその姿にリディエールは彼の服の裾を掴む。
「貴方も、一緒に‥‥」
 独りで生きていくのはどれ程辛いだろうか、首を振る彼はその表情を曇らせる。
「俺は此処に残らなければ、貴女が目立ってしまう」
「貴方と生きたいのです。貴方がいなければ、何も意味が無い」
 独りならば生きていけた、でも誰かと心を通わす喜びを知ってしまった。
「リディエール―――」
 抱きしめられた温もりと、塩味の口づけは彼女が初めて知った事。
 翌日、燃え上がる戦火の中、包囲される城。
「貴女を迎えに来た‥‥行こう!」
 手を取られ走り出す‥‥その手は汗ばんで、決して離さないように握りしめた。
 粗末な武器を掲げ民衆は戦慄く。
 視線を集めてしまうリディエールにベールを被せ、騎士はその身で彼女を守る。
 次第に疲弊する身体、燃え盛る炎と分厚い包囲は突破する事は難しい‥‥国を傾けた美女と、国の税によって生きる騎士。
 火矢を射られ、石を投げられる‥‥騎士の守りも全方位を守れるわけではない。
 そして、服に火が燃え移った時彼女は知る、誰にも邪魔されぬ場所を―――振り払おうと伸ばす彼の手にも火が映った。
「愛する人と一緒なら、死出の旅も辛くはないでしょう」
「諦めないで、絶対に‥‥彼女を助けて!」
 民衆へ叫ぶ‥‥攫われた痛みを知る貴方方が、同じ境遇にあった彼女を、殺すのか?
 だが、一度燃え移った憎悪の火は、消すには遅すぎた。
「貴方と出会えて、私はとても幸せでした。来世でも、きっと、一緒に‥‥」
「リディエール、リディエール!」
 消えていく命、贖う事は出来ず、慟哭する世界‥‥但し想いは消えず抱きしめあった身体は引き離される事など無く。
 不意に、ショールが落ちて目を覚ましたリディエール。
「夢‥‥?」
 まだ熱い頬、手を当てて冷まし首を傾げる。
「こんな夢を見るなんて、周りのお友達の恋話に中てられたのでしょうか?」
 窓の外、空を見上げ彼女は一人苦笑した、空はあの夢と同じ色。
「あんなにドラマティックでなくても、私も恋をしたいですねぇ‥‥」

●Le bonheur
「ありがとうございました!」
 元気な声が響く、ジルベリア風喫茶『メルヴェイユ』
 近所の人から頼まれた箪笥の修理をしつつ、声をあげたのは十野間 修(ib3415)。
 時刻は昼過ぎ、父であるマスターが常連客の相手をしつつ、母が軽食を作っている。
 愛しい妻、明王院 月与(ib0343)は常連さんの少女から貰った花を花瓶に生けていた。
「始めて咲いたヒマワリなんだって、綺麗よね」
 白い指先が慈しむようにヒマワリの花弁に触れる。
「ええ、綺麗ですね‥‥」
 機嫌よく鼻歌を口ずさむ十野間に、音が外れてると明王院がクスクス笑った。
 不意にむずがりだしたのは彼女の子供、穂香、2か月前に生まれたばかりの娘である。
「あら、起きちゃったみたい‥‥」
「折角だし、昼食を取ったら?区切りでしょう」
 軽食は貴方達の分よ、と微笑む義母に明王院が微笑み返す。
「ありがとうございます、お義母さん」
 どうせだから庭先で食べようと昼食を片手に、庭先へ。
 ツンツンと服を引っ張ってくるのは長男の実、2歳になったばかりの甘えたい盛り。
 仕方が無いなと十野間は苦笑して抱き上げ、膝の上に乗せた。
 シートを広げた庭では、ちょっとしたピクニック気分。
 自分で食べる、と実が拙いスプーン使いで口に運びながら不思議そうに穂香を覗きこんでいた。
「実も、昔はこうだったのよ」
 明王院が授乳しながらふふっと笑みを零す、やがてお腹がいっぱいになったのか幸せそうに眠る穂香。
 優しく微笑みながら実の頭を撫でつつ、我が子を抱き上げた十野間が一緒に揺れ始めた明王院の身体を支える。
 昼のピークは過ぎたものの、店に戻るべきか‥‥そう思案し始めた彼へ、休ませてあげなさい、と両親の優しい声。
「ありがとう‥‥実お兄ちゃんは、食器を持ってきてくれるかな?おじいちゃんとおばあちゃんと待っててね」
 起こさないように明王院を抱え上げ、両親に礼を述べ子供達を頼むと二階へ。
 ごちそうさまと、手を合わせる実がトコトコと父の背中を追う。
 可愛い反抗期、それに気付いた十野間は仕方が無いと言いたげに、穏やかに笑いやや歩調を緩めゆっくりと階段を上る。
 二階は家族の生活スペース、外から太陽の香りを内包した風が心地よい。
 布団を敷き、おねむの時間の実と穂香にタオルケットをかける。
 姫抱きにした愛妻の寝顔は、幸せそうで本当に、良かったと思う。
「(優しく、情の深い月与と共に歩む事が出来て‥‥幸せな事です)」
 王子が姫を扱うように、繊細な手つきで布団へと明王院を下ろす。
 少しの身じろぎに、起きただろうかと顔を覗きこむが依然夢の中で。
 可愛らしい寝顔を堪能しつつ、団扇で彼女へと風を送った。
 やがて、傍らに身体を横たえ片手は彼女の髪へ、漆黒の髪を手で弄び遊びながらゆっくりと頭を撫で続ける。
 身じろぎしてうっすらと目を開けた明王院、何処か夢心地で少女のようにあどけない。
 ぎゅっと穂香を抱きしめて眠る実を見、そして微笑んだ彼女は愛しい夫へと視線を移す。
 身を起して団扇で風を送る十野間。
「(こんなに、優しい夫に大切な子供達‥‥幸せよね)」
 ―――思う事は同じ、互いの心中に入る事は出来ずとも、何処かで重なり合うのはきっとそれ程に思う気持ちが強いから。
 不意に、窓の外を見れば夢心地だった明王院はハッと覚醒する。
 慌てて起きあがろうとした彼女を十野間が、優しく抱擁し額に口づけを落とす。
「疲れが出たんでしょう。まだ時間はありますから、ゆっくり休んでおきなさい」
「で、でも‥‥」
 お店も、と口にする彼女に彼は首を振った、頭を撫で、やがてポンポンと軽く叩いて笑みを見せる。
「(こんな日常が‥‥好き)」
 優しく撫でる手も、柔らかな微笑みも。
「ねぇ、腕枕‥‥して」
 いつもより甘い口調でねだれば、十野間の心にわき上がる締めつけられるような愛しさ。
 切なさにも似た、慈しみと愛。
「いつまでも、一緒にいてくれる?」
「ええ、何時までもそばにいてあげますよ‥‥月与」
 耳元で彼女の名前を囁く、何処か強引に引き寄せて抱きしめ口づけを落とした。
 明王院の頭を撫で続けながらいつしか、彼もまどろみ、眠りへとひきこまれる―――。
 ‥‥さわさわと木々のざわめく音で目を覚ました十野間は、肩の重みを感じ思い出す。
「(月与さんに肩を貸して‥‥そのまま眠ってしまったようですね)」
 遅れて目を開けた明王院と、視線が重なる。
「ねぇ、とても素敵な夢を見たの―――私達の将来の、夢」
 柔らかな唇が紡ぐ、同じ夢の内容。
「俺もですよ‥‥月与さんと、同じ夢を」
 十野間の言葉に驚いた表情を浮かべた明王院の顔が、みるみる嬉色へと変化する。
「素敵な、神様の贈り物ね」
 木陰の中、二つの影が重なった―――抱きしめる温もり、抱きしめられる温もり。
 この温もりは、幸せの形。

●灯火
 19世紀、英国‥‥行き交う雑踏、灰色の街を歩く青年、年齢は20歳頃だろうか。
 人を惹きつける雰囲気を醸し出す彼は、気遣わしげな視線を受け儚げな笑みを見せた。
 ―――彼の名は、ユリゼ(ib1147)と言う。
「君は優しいんだね、少しだけ、話を聞いてもらえるかい?」
 花を抱えた少女‥‥彼女の瞳が揺らぐ。
「お茶位はご馳走するから、この花も、頂こうか」
 ね、と微笑む姿に少女は首肯する‥‥甘い囁きと柔らかな微笑み。
 ‥‥大輪の薔薇も綺麗だけど、まだ固い蕾の様な子がいい。
 清らな花なら、手折りはしないけれど。
「(その心にささやかに甘やかな夢と淡い痕を残す位構わないだろう?)」
 咲かず、実を付ける事も無い遊戯が始まる。
「あの‥‥どうして、そんなに悲しげな目を?」
 何故、と問われて彼は首を傾げ穏やかに微笑む。
「何故だと思う?」
 何処か蠱惑的な視線、彼の白い指先が青の蔦を描くティーカップを手にする。
 中の液体を飲み下す姿すら、艶やかで目を追った少女は俯いた。
「一人、だからですか?」
「そうだね‥‥そうかもしれない、一人は寂しいから」
 誰かが、傍にいてくれれば、と耳元で囁き、唇で耳たぶをくすぐり、瞳を覗きこむ。
 バラバラになった物を繋ぎ合せるように、誰かと触れてはまた離れる。
「君のように、可愛い人が、ね?」
 温くなった紅茶を飲もうとした少女の手が、止まり、はにかんだ笑みを見せた。
「そんな‥‥」
「可愛い笑顔、綺麗な髪―――」
 艶やかな髪に静謐な口づけ、白く滑らかな頬にその手を当てて、ゆっくりとなぞるように唇へ。
 唇をなぞれば、少女が何処か艶めいた笑みを浮かべた。
 ‥‥それは、遊戯の終わりの合図。
「ありがとう、君との話は楽しかったよ」
「え?」
「ほら、君を見ている奴がいる、何処へでも行くといいさ」
 君を好きだとはただ一度も言っていないのだから‥‥そう告げる彼に、少女は悲しげに目を伏せた。
 偽りなら偽りで構わない、不意に訪れた甘い嵐はどんな痕跡も残す事は無い。
「ただ、ほんの数日僕を忘れずにいてくれれば」
 白い指先が二人分の紅茶、そしてチップを払う。
 じゃあね、と少女から買った薔薇を彼女の髪へと飾る。
 戯れはいつも同じ結末、灯した火が燃え上がれば灰となって消えるのみ。
「ねえ、暇なのかい?一人ならお茶でもどう?」
 誰もいないんだろう、と誘えばまた火が燃え上がる‥‥ユリゼは出会った男性を相手に遊戯に投じていた。
 触れる指先に、意図的なものが混じればそれは、もう終りの合図。
「楽しかったよ‥‥夜のお相手は自分で探しておくれ、そんな趣味は無いんだ」
 嘲笑う姿に、誘ったのはお前だろ、と肩を怒らせる男性を更に嘲笑った。
「誘ったからじゃない。君に、その芽があったから‥‥誘って弄って育ててみただけさ」
 怪我しないうちにお帰りよと、ステッキを振りあげる男性へ冷たい笑み。
 軽くかわしては人から人へ、想いから想いへ。
 永遠など無く、一人の者になどなれないのだから。
 ‥‥ぼやける視界、瞬けば、自分の意識が反転する。
『それをどうして望んだかしら』
「さぁ?人を想う、大切にする形を忘れたからかな‥‥」

 昏い闇、底知れぬ夢の仲、住まう夢魔。
 夢在る所に闇が在り、闇が在る所に光在り。