【鳴鶴】守るべき強さ
マスター名:白銀 紅夜
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/25 08:52



■オープニング本文

●強さを求めて
 7月、雨をたっぷり吸いこんだ大地が太陽と水の優しい香りを醸し出す。
 風は夏の瑞々しい命の香りを運ぶ。
 稽古場で必死に稽古をするのは花菊亭家の長男であり嫡男、花菊亭・伊鶴(はなぎくてい・いづる)
 踏み込み、攻撃をかわし、突く。
 いささか凝り性の性格があるのか、休憩と口を開いた師範に彼は否、と唱えた。
「宜しいのですか、有為様‥‥」
 当主である父の補佐として、管理する土地へ出向いていた花菊亭・有為は自分の筆頭侍女、秋菊に呼びとめられて目を細めた。
「何か問題があるのか、秋菊」
 勿論だと頷いた秋菊に有為は次の言葉を待つ。
「伊鶴様が―――」
 秋菊から告げられた言葉、有為は肩をすくめて自室へと向かう。
 やる気が出たと言うのはいいことだ‥‥のんびりした気質の弟に何があったのかは知らないが、鉄は熱いうちに打つのがいい。
「それ程心配する事じゃない‥‥伊鶴も志体持ちだ、そう簡単に倒れはしないだろう」
 同じく、志体を持つ有為は涼しい顔で告げた。
 そして熱いうちに打つなら‥‥そう考えた有為は先程後にした父の部屋へと向かう。
 それに続く秋菊、何を考えているのかは長年の付き合い、何となくわかっていた。
「父上‥‥伊鶴がどうやら、次期当主としての自覚に目覚めたようです」
「そうか、それはめでたい」
「つきましては、荒事をさせるのもまた宜しいかと」
 荒事に付きまとう、死の暗い影‥‥危険は避けられない。
「危険ではないのか‥‥?」
「勿論、危険でしょう―――ですが、こういった護衛に向いた者もいましょう」
 開拓者か、と苦虫を百匹程噛みつぶした顔をした父、開拓者に助けられたにも関わらずやはり好感は抱いてはいないようだ。
 把握と共に、有為は頷く。
「鉄は熱いうちに、好機を逃す必要もありません‥‥父上、父上が挨拶を述べる必要もありません、伊鶴は次期跡取りです」
 十分代役が務まる、父の耳には入れていないが荘園へ向かった時も伊鶴は代役を務めていた。
 言いきった有為を見、父はため息を吐くと『好きにしろ』と口にする。
「有為様、伊鶴様を」
 秋菊は心配をにじませた声音で問いかけた。
 秋菊の仕える嫡女は不要な物は切り捨てる性格―――その心配を見透かしたように有為は笑う。
「いや、最近アヤカシが暴れていると聞いたからな‥‥その退治に行かせるだけだ」
 何処からその情報を仕入れたのか、出所を考えるとやはり花菊亭家の私有地か。
 そんな事を思いながら秋菊は苦笑した。

●強さとは
「姉上‥‥」
 呼び出された伊鶴は困惑した様子で立っていた。
「僕は、守るべき強さが欲しいだけで‥‥」
「だが、お前が跡取りであることには変わりない」
 生まれた時から決まっていた、女である有為は手駒として別の家に嫁ぐ。
 男である伊鶴は当主として、花菊亭家と言う家を守る。
 家が彼らを守るのか、彼らが家を守るのか‥‥もはや、それは関係なかった。
 変わってやれない事実に内心ため息を吐いた有為は手元の地図、そして情報を書いた紙を差し出した。
「これは花菊亭の―――いや、亡き母の私有地だな。此処にアヤカシが現れたらしい」
「母上の‥‥」
 伊鶴も母の顔はおぼろげにしか覚えていない、強い、開拓者だとは聞いていたが。
「このアヤカシ、退治すればいいんですね―――」
「ああ、それだけだ‥‥明日には戻ってこい。龍でいけば直ぐだろう」
「わかりました、必ず」
 部屋に戻った伊鶴は頷き、支度を始めた。
「―――僕は」
 全てを守る英雄よりも、大切な誰かを守る強さだけでいいのです。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
辟田 脩次朗(ia2472
15歳・男・志
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
白端(ib3492
26歳・女・陰


■リプレイ本文

●晴天の霹靂
「肉の少ないのを縛っても味気ないわ」
 美触家と表現すべきか、空を見上げて呟いたのは葛切 カズラ(ia0725)だ。
 流れる雲は速く、直に雨になるだろう‥‥同じくしてこの時期に多い通り雨なら降りを待ち、晴れた頃合いに出陣すべきか。
「被害を最小に抑えるとなると、面倒な相手と状況よね」
 少しの逡巡、だが直ぐに甲龍鉄葎と空へ‥‥他の開拓者もいる、手早く片づけてしまえば問題ないだろう。
「速く飛んでも過去には追い付けない」
 赤マント(ia3521)は、駿龍レッドキャップの隣で口を開く。
「でも、今から起こる悲劇には追い付ける‥‥だから、僕は強さ、速さを求めるんだ」
 災厄はいつも突然で、それでも己が信じる強さを求めている‥‥過去の彼女に何があったのかは彼女にしかわからない。
「実入りの良い依頼と飛びつきましたが‥‥名家の嫡男というのも、中々大変ですね」
 小氏族の出だと言う辟田 脩次朗(ia2472)は相棒である甲龍、止来矢との鍛練を終え装備の最終確認をし『大変』な事になっている嫡男、花菊亭・伊鶴の方を見た。
「伊鶴殿、配置を無視して飛び出してはいけません」
 四方山 連徳(ia1719)は相棒、炎龍きしゃー丸を背に、今回のお荷物である伊鶴へと今回の依頼のお約束を口にする。
「あ、名前覚えて下さったんですね‥‥勿論、守りますよ!」
「では、復唱でござる」

 ・飛び出したら(大鎧の篭手的な意味で)、後で鉄拳制裁でござる
 ・蛮勇と勇気は似て非なる物です
 ・自分がどのような立場にあるのかを一考して下さい
 ・貴方は決して強くありません
 ・だからといって我々が強いと言うわけでもありません
 ・我々と協力して、アヤカシ退治に臨んで下さい

「勿論です、絶対、絶対退治しましょうね!」
 グッと拳を握りしめて語る伊鶴、分かっているかどうかは微妙である。
 その肩叩いて軽く諌め井伊 貴政(ia0213)が飄々と笑った。
「まぁ肩の力を抜いていきましょう」
 炎龍帝釈は、大丈夫か?と言いたげに伊鶴をチラリ、それを苦笑で嗜めつつ井伊は帝釈に騎乗する。
「大切なやつを守りたいという思いは俺も同じだ」
 風雅 哲心(ia0135)は低い声で忠告、緊張した様子の伊鶴を鋭い黒の瞳で見据えた。
「だからと言って、無茶する事がそうだというわけではないがな」
 共感できるところもあるとはいえ死んでしまっては元も子もない。
「さて、皆様‥‥参りましょうか。私、精一杯援護させていただきますわ」
 足を引っ張るかもしれない、と考えつつも白端(ib3492)は甲龍我荒に寄り添った。
 守ってくれる、それを示すかのように我荒は小さく、身震いする。
「伊鶴よ、守る為に強くならねばならぬのだろう?ならば、此処で倒れるわけにはいかぬはずだ‥‥」
 延々と復唱している伊鶴へ、重々しい口調でルヴェル・ノール(ib0363)が告げた。
「それを肝に銘じて挑むのだぞ」
 甲龍ラエルに乗り、空へ‥‥付いて来るのを確認しながら、開拓者8名は現地へと向かった。

「郊外へ出ますが、大丈夫ですか?」
 辟田の言葉に頷き、伊鶴はガクンと騎乗する駿龍に揺さぶられつつ首肯する。
「はい、大丈夫です!」
 大丈夫かな、と一人呟き赤マントが隣を飛ぶ。
「あ、僕は赤マント、こっちはレッちゃんね。君の龍の名前も教えてくれるかな?」
 赤い体躯の龍、レッドキャップを示して口にした彼女に、伊鶴も口を開いた。
「僕は花菊亭・伊鶴‥‥此方は鵬伶雲(ほうれいうん)です」
 少し首をかしげるようなそぶりで鳴いて、レッドキャップが鵬伶雲の方を見るが相手は知らん顔。
 思わず苦笑して伊鶴は、頭を下げた。
 空は広い、避難している民間人に軽く声をかけ現地で南北の二班に分かれる。
「‥‥大丈夫でしょうか」
 心配そうな伊鶴、奇しくも同じ事を考えていた白端は我荒の首を撫で、首肯した。
「大丈夫ですわ―――お互いに、頑張りましょう」

●飛来する敵
 ―――壱班
「雲の上から来られると厄介よね‥‥」
 葛切が呟き、ペアを組んだ辟田へ口を開く。
「そうですね―――いえ、あちらに」
 一つの黒点、鳥か、或いはアヤカシか。
 辟田の言葉に葛切も目を凝らす―――開拓者達が仕掛ける前に、彼等の相棒が気付いた。
 ノールの騎乗するラエルが小さく鳴く、一度の鳴き声にノールとラエルは咄嗟に距離を置く。
 敵の姿を捉えた‥‥数は一体。
 上空からいきなり降下しその鋭い爪を振るう。
 スピードは相手の方が上、硬質化で防御を固めたラエルへガッチリと爪を立てる死炎龍。
「ノールさんっ!」
「大丈夫だ。‥‥一人で突っ走るな。私が今言える事はそれだけだ」
 慌てて騎乗した龍を翻し近づいて来る伊鶴へ、声をかける‥‥伊鶴と鵬伶雲、信頼関係が薄いのかまるで隙だらけだ。
「伊鶴、ここで戦ったら町に被害が出る!まずは町の外まで誘導しよう!」
 隙を見せる伊鶴を、直ぐに守れるように赤マントも横を飛行する。
「援軍は‥‥いないようですね」
 数が一体だと確認した後、足で止来矢を挟み身体を固定した辟田が、白弓に矢を番え放つ。
 一度身を翻し、距離を取った死炎龍が低く唸る。
「でも、早く倒さないと―――町に被害が!」
「いえ、郊外に誘引しないと町が危険です‥‥あの大きさのアヤカシが町に撃墜すると大参事です!距離を取って下さい!」
 辟田の言葉に、伊鶴が首肯した、その横を葛切と鉄葎が通り過ぎる。
「カナちゃん全速でポジション取り、戦闘より移動優先で」
 付かず、離れずで郊外へ―――常に攻撃を防いでいるラエルは少々辛そうだ。
「少し頑張ってくれ‥‥」
 白燐―――ノールがプリスターで、その傷を回復する。
「頃合いだね、レッちゃん、行こう‥‥伊鶴は横から叩いて!」
 赤マントが赤の駿龍を駆る、レッドキャップは主の言葉を受けて死炎龍の正面へ。
 八極天陣を使用し、身軽な敵の攻撃をかわす‥‥まるで一心同体になったような動き、泰練気法壱で更に赤く輝く姿が、更に赤を纏う。
 紅砲の波が死炎龍の翼を貫いた。
「速度に劣る甲龍の取れる戦法はこれ位です‥‥頑張って下さい、止来矢!」
 硬質化で固くなった止来矢が、死炎龍へぶつかる、骨と硬質な鎧がぶつかる音。
 声無き叫びのように、滅茶苦茶に振り回される死炎龍の尻尾、それを見切り‥‥切払、大薙刀で弾く。
 或いは、篭手払で下から払うように弾き飛ばした。
「やっぱり、味気ないわね‥‥」
 触手型の呪縛符を飛ばした葛切が、チラリと視線を伊鶴へ向ける。
「‥‥い、今ですよね!」
 握りしめた刀を持つ指が、力を込め過ぎて白くなっていた。
「少しばかりの、援護だ」
 ホーリーコートを伊鶴に使用し、ノールはやや距離を取ってフローズを放つ。
 正面と側面は赤マントと辟田に、背後から葛切が呪縛符を、そして離れた場所からノールのフローズ―――大丈夫と呟いて伊鶴が駿龍を駆る。
 炎魂縛武を纏わせ、一度の斬撃、そして二度目。
 翼を狙った攻撃は開拓者の援護もあって、確実に切り裂き、切断した―――だが、片方の翼を失った死炎龍は急速に落下していく。
 ただですら、片翼はボロのようになっていたところの、攻撃。
「急ぎて律令の如く為し、万物事如くを斬刻め!」
 葛切が胸に挟んだ呪殺符を取りだす、空中でその姿を変化した符は触手の姿を動かし鏃状へとその身を変える。
「レッちゃん、急ぐよ!」
 レッドキャップを駆り、赤マントが追う。
「早めに片付けてしまおう‥‥」
 ノールがホーリーコートで援護し、辟田がやや離れた死炎龍へ矢を放った。
 下から掬いあげるようにして、赤マントの拳が叩きこまれる―――脆くなっていたそのアヤカシは、木っ端みじんに砕け、瘴気と共に空へ散った。

 一方、時は遡り弐班‥‥4名は南を索敵していた。
「空戦で始末、でござるー」
 四方山が、か弱い陰陽師には‥‥と呟くが、彼女の相棒、きしゃー丸が乾いた鳴き声を漏らす。
「わたくしも、微力ですが」
 柔らかな声で白端が口を開いた‥‥我荒も小さく尻尾を動かして少しの意思表示。
「頼りにしてますよ」
 井伊が帝釈の様子を見ながら、空を確認する。
「‥‥と、言っている間に来たようです」
「三体―――気付くか?」
 北と南‥‥少々呼び笛が聞こえるかどうか、厳しいが風雅は鞘から刀を抜いた後、三度笛を吹いた。
 少々時間がかかるかもしれない。
「郊外に誘い出すでござるー、鬼さんこちらー」
 きしゃー丸を駆り、四方山が郊外へ、それに続いて井伊、白端と風雅。
「我荒、私を守ってちょうだいね‥‥。まずは、その翼、その爪、封じさせていただきますわ」
 既に符を取りだしていた白端が呪縛符を放つ、襲いかかる死炎龍だが、呪縛符に絡みつかれその攻撃は虚しく宙を切った。
 成功した術をしっかりと確認して白端は二枚目の符を取りだした。
 二度目‥‥腐臭と瘴気が鼻を突く、大丈夫だ、効いている。
「極光牙、行くぞ‥‥アヤカシに憑かれた炎龍ごときが、俺たちを止められると思うなよ!」
 風雅の構えた白刃が、空に閃く‥‥桔梗、生み出された風の刃が死炎龍を斬り裂いた。
 そのまま、刀を返し追撃‥‥速度で勝利した死炎龍、極光牙と風雅の後ろ、回り込む―――が。
「敵は此方ですよっ!」
 井伊が咆哮を放ち、薄い氷のような刀に炎、焔陰を纏い斬り付けた。
 帝釈がその鋭い爪で死炎龍を抉る。
 回避しきれず、その身に爪を受けるが死炎龍も反撃とばかりに体当たりを放つ、咄嗟に主を守る為帝釈がその身体で受けた。
「空戦中に落ちると大変でござるよ」
 四方山が治癒符を帝釈に放つ、回復を確認しつつ斬撃符を放った。
 バキッと嫌な音がして骨の翼の半分程が千切れかかる‥‥落ちてしまう前に胴体を潰さねば。
 符を構えた四方山は白狐と斬撃符、続けざまに放った。
 術が白い狐を形成し、襲いかかる爪や牙、神々しい姿とは違い獰猛な光を宿し葬った。
 散り散りになる死炎龍、残り二体‥‥そこへ、いきなり降って現れたもう一体。
 炎がきしゃー丸を包む。
「大丈夫ですか?」
 白端が治癒符を使い、その傷を癒す‥‥傷を治すその術と共に、扱う術士もまた優しげな瞳をしていた。
「大丈夫でござるよー」
「丁度、いいところに援軍も来たようですね‥‥」
 井伊が口にし、北の方を示す―――北を索敵していた壱班。
「暫く索敵していたんだけど‥‥レッちゃんが騒ぐから」
 レッドキャップに全力移動を命じた赤マントが、八極天陣を使用し紅砲で引き付ける。

●信頼の力
「行きますよ、鵬伶雲!」
 絶対に守るんだ、と口を開いて特攻する伊鶴‥‥手には白刃、迷いが無いものの、彼の操る駿龍は主の事を聞かず何処か危なっかしい。
「手前ぇ、そんなに死に急ぎたいのか!死んでしまったら誰も守れないって事が、何故わからねぇんだよ!」
 真っ直ぐな突撃は、相手より速ければ有効だろうが‥‥迎撃とばかりに爪を繰り出す死炎龍の爪を受け止め、風雅が一喝した。
 依頼人で無ければ拳を振り上げそうだが‥‥そこは堪え極光牙にスカルクラッシュを命じる。
「でも、早く仕留めてしまわなければ‥‥足手まといは嫌なんです!」
「今の状況が分かってる?君自身は勿論、君を守ろうとする人達さえ危険にさらしている。それが力を得るって事になるの?」
 井伊がやや鋭い口調で嗜める、しっかりと叱っておくべきかもしれないが。
それより先に、目の前の敵を倒さなければ。
「後で『話し合う』必要を感じるでござる」
 睨みを効かせる四方山、話し合いは主に拳のような気がするが‥‥彼女は手から斬撃符を放ち直感を頼りに、ギリギリまで体力を削る。
 ボロボロの死炎龍‥‥次の一手で確実に。
「こいつであの世に還してやる。星竜の牙、その身に刻め!」
 梅の清涼な香り、そして瘴気を浄化する白の光‥‥白梅香を纏わせ、流水のように白刃が動く‥‥流し斬りと組み合わせた星竜光牙斬に、死炎龍が四散した。
「一直線に進む事だけが最速の道とは限らない‥‥。立ち止まって様子を伺う事が近道になる事もあるから」
 横に動いた赤マントが、さり気なく守れる位置へと動く。
「秩序にして悪なる独蛇よ、我が意に従いその威を揮え!」
 ニヤニヤとその様子を見つつ、葛切の手から生み出された巨体となった触手、蛇神が死炎龍へ向かう。
「動きは止めておこう」
「攻撃はお任せしますわ」
 ノールのフローズ、そして白端の呪縛符―――空から急降下で降り立った帝釈、それを駆る井伊が焔陰で薙ぎ払う。
「助かります」
 迎撃態勢に入った死炎龍へ、辟田の止来矢が体当たりしてバランスを崩させる。
 ガッチリと絡みついた止来矢、辟田が炎魂縛武を纏わせ大薙刀で薙いだ‥‥反動で空中を飛ぶ筈の死炎龍だが、止来矢は離さない。
「その調子です‥‥俺達の力をみせましょう!」
 薙刀の重い攻撃が、死炎龍を真っ二つに切り裂いた。
 残り一体、不利を悟ったのか逃げようと動く死炎龍‥‥全力移動でレッドキャップを駆り赤マントが回り込む。
「逃げられるなんて思わないでよね〜」
 葛切が呪縛符で絡め取る、不意を突かれた死炎龍へ白端の斬撃符が飛んだ。
 白端へ襲い来る炎、我荒が身を翻し代わりに受ける。
「我荒‥‥」
 一旦距離を取った白端は、相棒を慈しむように撫で治癒符で治療を施した。
 井伊は帝釈を急降下させ、そのままクロウ‥‥爪を立てる。
 炎をちらつくのを捉え、逡巡する‥‥一瞬、相手の方が速い。
 咄嗟に身を固め、被害を最小に抑えんと防御態勢をとった。
「仕留められるか?」
 ノールが井伊へ、ホーリーコートを纏わせる。
「ええ―――ああ、伊鶴君」
 行うべき事を悟り、ノールも伊鶴へホーリーコートを纏わせた。
 他の開拓者も援護へ回る‥‥一応、お守なのだ。
「は、はいっ!」
 頑張ります、と上ずった声で一度、胴を狙い斬りつける。
「さて、総仕上げでござるよ」
「さっさと終わらせちゃいましょ〜」
 四方山と葛切が斬撃符を放つ、風雅が桔梗で風の刃を生み出し徐々に体力を削っていく。
「え‥‥えいっ!」
 己の気力を使い伊鶴は刀を振るう‥‥一太刀、白刃が骨を絶つ音、それを痺れる程強く握った手に、感じていた。
 やがてホロホロと崩れて、宙に散る死炎龍―――ホッと、息を吐いたと同時に伊鶴の身体がガクン、と揺れた。

●守ると言う事
 急激に落下する二つの影。
「レッちゃん、全力移動、回り込むよ!」
 赤マントが下へ回り込む‥‥白端と四方山が彼の龍、鵬伶雲へ治癒符を使用する。
 光に包まれるが、開拓者が必死に守っていたのだ―――傷など殆ど無い。
 葛切が呪縛符を使用しかけ、止めた‥‥落下していく物を止める事など出来ない。
「カナちゃん、急いで!」
 開拓者達が追いかける中、地面ギリギリで静止する二つの影。
 ―――気まぐれな低空飛行、グッタリとした主など知らん顔で鵬伶雲はゆっくりと着陸した。

「相棒との信頼関係も、築けてねぇな」
 風雅がピシャリと音のしそうな勢いで、口を開く。
 彼の横に座する白の身体に金の縁を持つ甲龍、極光牙は随分と大人しいもので。
「さて、伊鶴どの。鉄拳制裁と、顔面あいあんくろー‥‥どっちがお好みでござるかねー?」
 黒い笑みを浮かべながら、拳の骨をバキバキさせる四方山―――正座した伊鶴は勿論、彼の駿龍、鵬伶雲ですら後退った。
 我関せず―――否、我関しているけれども敢えて様子見、そう決め込んだ葛切はニヤニヤ笑いを浮かべながら。
「やっぱ若い子ってイイわ〜、摘み食いしたい」
 攻めるより、守る方が難しい‥‥目の前の少年が気付くのはどれ程後だろうか。
「やはり、大変ですね‥‥」
 伊鶴に仕える、花菊亭家の人間を思うと若干彼等が哀れになってくる辟田だが先に止来矢を労ってやろうと岩清水を渡す。
「お疲れ様です、止来矢―――伊鶴さんも、労ってみればどうですか?」
 気持ちは伝わりますよ、と口を開く。
「あ、はい‥‥」
 救いだ、とばかりに飛びついた伊鶴、だがギラリ、と光る四方山の視線に座り込む。
「僕達も、それ程強い訳じゃないけれど‥‥僕はレッちゃんを信じてる」
 赤マントに撫でられ気持ち良さそうに寝そべるレッドキャップ、幼き日、彼女が贈った赤いマフラーはまだ、首に巻かれていた。
「伊鶴が、信頼しないと駄目なんじゃないかな?」
「わたくしも、我荒となら、戦えると‥‥そう、思っていますの」
 白端の言葉に、うー、だの、あー、だの呟く伊鶴。
「その前に、約束を守れる子でないと駄目でござる」
 四方山の相棒、きしゃー丸はそうだ、とばかりに小さく鳴く。
「まあ‥‥確かに色々と気になる点はありますけれど、人を守る力といっても『武』だけではないと思いますよ?」
 見かねた井伊が口を開く‥‥彼の駆る帝釈もまた、他の者には酷く気まぐれであった。
 ―――勿論、井伊には従うが。
「状況判断力や思慮といった『知』の力や、立場・階級なども『公』という力になるでしょう。あ、『魅』力もあるよね」
「み、魅力ですかっ!」
「まあ、僕も久しぶりに伊鶴君の顔が見たくなったからね」
 茶目っ気たっぷりに笑い、井伊が口にする。
「そ、そんなに見たくなる顔でしょうか‥‥あの方もいつかそう、思ってくれるような!」
「うん、それに何より伊鶴くんが元気でいるって事が、他の人を守る力になってると思うけど?」
「そうでしょうか?でも、今回も皆さんがいなければ、死んでいたかもしれませんし!」
 そうだね、と肯定する井伊‥‥ですよねー、と乾いた笑いが返ってくる。
「一人で出来る事は限られる、それは志体持ちとて同じ事だ」
 ノールが軽くこめかみを押さえながら、落ち込み中の伊鶴へ声をかけた。
「‥‥まずは信頼できる味方を増やせ」
「はい!」
 打てば響くような返事に、若干心配になってくる開拓者達。
「大切な方が、いますから‥‥大切な場所も、ありますから」
「だからと言って、突っ走るなよ」
 自分と引き換えにしても、と言いだしそうな伊鶴へ風雅が釘をさす。
「‥‥う、はい」
「想いの君だけじゃなく、有為さんや涙花ちゃんも守ってあげてね」
 井伊の言葉に、大きく頷く。
「―――父上や、母上達の事も、守っていきたいから。その、思いを。その心を」
 人の心を、守るのは難しいけれど‥‥おぼろげな母の顔は笑っているような、気がした。
「その前に今回の反省点の復唱でござる」
「え、ええっ!」
 四方山の言葉に思わず青ざめる伊鶴。
「自業自得だな」
 風雅が極光牙の傷を見てやりながら、ボソリ‥‥取りつく島も無い。
「まあ、自分の為になると思うよ?」
 頑張って下さい、と井伊。
「嫌なら‥‥お姉さんと遊んでみる?」
「止めておきます‥‥」
 葛切の言葉に、違う意味で青ざめる。
「守りたい方の為だと思って」
 辟田の言葉に、渋々復唱を始める‥‥うーんと首を傾げた赤マント。
「態度で示すのも、良いと思うけど」
「‥‥いや、態度で示すとまた肝を冷やすことになるだろう」
 ノールの言葉に白端も苦笑する。
「そうですわね、あまり遅くなってもいけないでしょうし。復唱は、帰りながら‥‥」
 雨の臭いが強い、降りだす前に帰らなければ。
 ガックリと伊鶴は肩を落とし、帰路に着くのだった。

 夜、伊鶴は報告の為、姉である有為の部屋にいた。
「僕は、大切なもの全てを守りたい」
「そんな事は聞いていない」
 淡々と返され言葉に詰まるが、諦めずに口を開く。
「この家は、皆の思い出があるから。だから守りたい、皆が大切だから」
 沈黙、溜息をついた有為は伊鶴を見据えた。
「なら、跡取りとして相応しく在れ、お前が出来る事だ」
 家を守る理由も、その家の前には意味がないのか。
「アヤカシは全て退治しました、町にも被害はありません」
「ならいい」
 下がるように言われ、立ち上がる‥‥不意に、有為が口を開いた。
「伊鶴、お前は‥‥」
 ―――この家が、好きか?
 言葉は結局深く押し込められ、怪訝な表情のまま伊鶴は部屋を後にするのだった。