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■オープニング本文 ●とおりゃんせ 「とおーりゃんせ、とおりゃんせ」 細い声で歌い続ける人間がいる‥‥見た目からして齢17程の少女だ。 その横に寄り添うのは漆黒の髪の男、唇は鮮血のように、赤く瞳は暗澹とした黒。 「後悔しているかね?」 問いかけた男に、少女は無垢なる笑顔を向けた。 「いいえ、全く後悔しておりません」 だって、と続ける少女は恍惚と狂気の入り混じる笑みのまま続ける。 「此方の方が、ずぅっと、素敵ですもの」 少女は良家の娘、男はアヤカシ‥‥男は暗澹とした黒で少女の瞳を覗きこむ。 「なら、できるね?」 甘美な言葉に少女は勿論、と頷いた。 「下男下女、沢山いるわね‥‥」 良家の娘は聡い、そう、評判だった‥‥詩を綴り、歌を歌い、琴を弾く。 いずれも玄人が唸る才能を持っていた、才能を持っている事は幸せなことなのだろうか? 少なくとも娘にとっては違っていた。 「(才能よりも、財力よりも‥‥愛が欲しい)」 愛は麻疹のようなものだと口にした者がいる、彼女がかかったのは麻疹なのかもしれない。 「では、いっておいで」 男の言葉に、娘は首肯した‥‥彼が生き延びられるなら、自分が彼と共にいられるのなら。 『その他の人間の命など、どれ程の価値があろうか?』 ●依存 娘の容姿は優れていた。 下男下女を前に、口を開く。 「思い人がいるの―――でも、危険だからついてきて、欲しいわ」 男には、美しい女性がいるんですって、と。 女には、凛々しい男性がいらっしゃるの、と。 甘言は止まらない、命令、そして嬉しいおまけもあればついて来る者も多い。 「皆、アヤカシがいるようだから、気を付けて―――でも、その道の人を雇っているの」 雇われた開拓者、と紹介されたのは暗澹とした黒の瞳の男だった。 志体を持つ者や勘の良い者なら、おかしいと気付くだろう、だが、彼等は気付かなかった。 主人の命令は絶対だ。 誰に教えられた訳でもない、従う、という本能が彼等を縛り付けていた。 ―――そして。 誰も帰ってはこなかった、娘の父は問う。 『下男下女はどうしたのかね?』 娘は返す。 『ごめんなさい、お父様‥‥勇敢な人々は死んでしまいました。開拓者の方に助けられて私は、戻ってこれたのです』 父は喜ぶ、娘が帰ってきたと。 娘は喜ぶ、これで彼の役に立ったと‥‥ 「まだ、足りない」 そう口にしたアヤカシに、娘は首肯する。 「ならば、次はもっと沢山‥‥」 「では、此方は狩りをしてこよう」 闇に消えていくアヤカシを見届ける、一度も振り返らない彼に、彼女は知る。 嗚呼、やはり私は、ただの道具だと。 「それでも、惹かれてしまったの‥‥だって、あの方だけが本当の私を見てくれた」 アヤカシは薄い笑みを浮かべる。 「そろそろ、捨てるべきだろうか‥‥希望を持たせて、絶望へ放り込ま黷ス女は、どれ程美味なのだろうか」 父は月を見上げ、ため息をつく娘を見て、眉尻を落とした。 横に寄り添うのは病弱な娘の母、やつれこけた頬に、笑みを浮かべる。 「あなた様、この手紙を‥‥開拓者ギルドへ」 何故、と問う父に母が首を振る、黙って、早く、と。 翔馬を走らせ、開拓者ギルドに手紙を渡した父は、やっと知る。 この界隈で現れては消えた男の事を、その顔が、娘の焦がれる相手と同じであることを。 そして、それは戦う術を知らず、丸腰の志体持ちが決死の覚悟で持ち帰った情報であることを。 「お願いします‥‥これ以上、娘を人の道から外れさせることなど、出来ません」 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
花三札・猪乃介(ib2291)
15歳・男・騎
花三札・野鹿(ib2292)
23歳・女・志
神鳥 隼人(ib3024)
34歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●篠突く雨 細い雨が纏わりつくように降っていた。 「不吉だな。篠突く雨‥‥死の付く雨」 そう呟いたのは巴 渓(ia1334)だ、件の屋敷は深い森の奥、細い雨は激しい音を立て周囲の植物を騒がせている。 「愛とか、好きとか、俺には分かんねぇや。好きな人が望むなら、そうでない奴は死んだっていーもんなのかな‥‥」 姉を思えば、幸せになって欲しいとは思う、けれどその他が不幸になって欲しい訳じゃない―――花三札・猪乃介(ib2291)は呟きながら鬱陶しい雨を降らせる雲を見上げた。 「愛ゆえに、か‥‥私はあまりその娘の事を言えないな。私も、似たようなものだ」 愛故に道を踏み外す事もある、目の前が崖でも踏み込んでしまうように‥‥花三札・野鹿(ib2292)は弟である猪乃介の姿を目端で確認する。 「ハハ、上手くできれば危険を最小限にできそうだし、頑張ってほしいね」 人好きのする笑みを浮かべて遠く、囮班を見送るのは神鳥 隼人(ib3024) 手強そうだ、と続けた彼の横で首肯した茜ヶ原 ほとり(ia9204)ははぐれないように、と口を開いた。 「ええ、行きましょう‥‥射程から離れるわ」 同刻、囮班。 「形は歪であっても、恋する乙女の気持ちを利用する輩は捨て置けないわ」 嵩山 薫(ia1747)は大切な我が子に思いを馳せつつ屋敷へと進む。 「それは愛ではないのだと‥‥気付いて欲しい」 悪意に満ちたような空、趙 彩虹(ia8292)は隠し持った呼子笛を確認して嵩山の後を追う。 「愛は騙るモノ。騙し騙されてるうちが華ですが。恐いのは人と妖。男と女。どっちでしょ」 真珠朗(ia3553)が酷く厭世的な笑みを浮かべた、ぬかるむ土は尾行には難く小さな物音は雨音に消される。 ―――人は奢る、アヤカシはどうか。 「ま、あたしみたいな成り損ないの出来損ない。ろくでなしの人でなしには関係ない話ですが」 ●潜入 「使用人として雇われた趙です」 カタリ、と音がして目の前の女性が立ちあがる、この家の娘だと名乗った女性は何処か夢心地のまま微笑んだ、目だけが爛々と輝いている。 「嵩山です」 温厚な笑みを浮かべる嵩山、相手に気取られてはいけない‥‥だが、気を抜く訳にも行かない。 「じゃあ、頼みますよ‥‥あたし達は退治を受けただけなんで」 依頼人である、屋敷の当主とそしてその妻と対面した真珠朗、使用人達に夜間の外出をやめさせるように進言する。 「娘は―――」 父としての呟きに悲壮なものを見つけて彼は肩をすくめた。 「さあ、そこまではわかりませんね」 「気配はないわ」 尾行を続ける尾行班、茜ヶ原が周囲を警戒しつつ低く呟く。 「我慢比べの張り込みになる。痺れを切らすなよ‥‥」 他者を奮い立たせようと言うのか、巴の呟きに他の者も頷き警戒を強める。 「屋敷を見てくる」 「気付かれるんじゃないか?」 野鹿の言葉に、神鳥が問いかける―――近づくリスクは高い。 「鹿姉ぇ、俺も行く!」 猪乃介がいいだろ、と開拓者達を見上げる‥‥リスクを科してまで得るものがあるのか。 「ハハ、威勢のいい事だ。いいと思うけどなあ―――雇われ用心棒にしてもいいだろう」 神鳥がそっと猪乃介の背を押した、快活な笑みは少年に勇気をもたらす。 「気付かれる前に、離脱する」 野鹿が付け足す‥‥娘だけならバレる前に周囲に隠れる事も出来るだろう、雨の上に周囲は森だ。 「真珠朗さんがいます」 外の窓を軽く拭きながら伸びをする真珠朗、他の2名は中だろうか。 茜ヶ原の呟きに猪乃介と野鹿は向かった、屋敷へと。 ●衝動 「―――という噂が街では持ちきりなんですよ。先輩は何か知ってます?」 厨房、趙が楽しげに先輩である使用人に話しかけていた。 「悪くて格好いいなんて、ちょっと憧れですよね」 生来、好奇心旺盛な性格の趙、自然と口調にも熱が籠る‥‥演技とは言え見抜かれない自信はある。 先輩の使用人達は顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。 「そんな事になってるなんてねぇ‥‥」 「此処だけの話、ちょっとおかしいな、と言うのはあるよ。娘さんがね」 声を潜めて使用人達は語りだす、次々といなくなっている事を。 「‥‥昔、旦那様は随分派手なお方だったけれど、言われてみれば」 妻が出来てから浮名も無くなったものの、以前の旦那は酷かった、などと使用人達は語りだす。 「アヤカシなのかもねぇ―――やだやだ、お嬢ちゃん、気を付けなよ」 「え‥‥でも、私は行きますよ!想い人に逢う為とか、素敵じゃないですか♪」 身体を震わせる使用人に、趙が堂々と宣言する。 演技とは言えど、言っている言葉に思わず苦笑が漏れるが――― 「顔が引きつっているよ、お嬢ちゃん」 まだ若いんだから、と続けた使用人‥‥その言葉は娘にこそかけるべきものなのだろうが。 趙は気をつけます、と返事を返し素直に引き下がった、ように見せたのだった。 「御髪はどうしますか?」 一方、嵩山は娘の傍で娘の髪を梳いてやっていた‥‥先程から何度も服を替えては却下する。 「貴女みたいな、泰風のものもいいわね‥‥ねぇ、恋をした事がある?」 漸くお気に召す服を来たらしい娘が頬を染め、口を開く―――何処か年頃の少女に感じられる熱に浮かされたようなものを感じて嵩山は手を止めた。 「ええ‥‥勿論」 聞いて欲しい、と雰囲気を醸し出す娘に当たり障りのないように問いかける、貴女は、と。 「しているわ、黒い瞳の綺麗な人。内緒よ、彼、すっごく悪い人なの‥‥一緒にいるとドキドキする」 語られる美辞麗句、どれだけ素敵か、どれだけ美しいのか―――娘の語る姿は良くある物語のように全くの欠点の無い存在。 「実は、アヤカシなのよ‥‥でも、私だけは特別」 「‥‥相手を愛していないのは、アヤカシ、彼だけではない。きっと貴女も同じ事よ」 怪訝そうな娘に畳みかける。 「貴女は彼に自分自身の理想を照らし合わせているだけ。理想と思い込んでいる男に依存する事で、満たされぬ自分の心を満足させているだけ」 「解ったように言うのね」 「ハッキリ言って、恋の病の症状の一種よ。けれども決して愛には足りない。このまま進めば、相手がアヤカシでなくとも後悔することになるわよ?」 険しい娘の表情を見て、嵩山は髪を梳く手を動かす。 「突然こんな風に言われて、さぞや気分の悪いことでしょうね。けれど、その憤りは私に対してのものかしら?」 ある意味、賭けでもある―――アヤカシに恐れを抱かない一般人、否、人間など珍しい。 遭わせないと言われれば接触するのは難しくなるだろう‥‥だが、自分の中の理想像を愛しているだけなら。 バチンと音がした、嵩山の手を振り払った娘は顔を怒りに赤く染め、睨みつける。 「何も知らないから‥‥そんな事が言えるのよ!彼を、見せてあげるわ!」 説得は叶わず―――だが、確実に対峙する事に、なった。 「嘘だと思っても、逃げられないからね」 ●邂逅 雨は止んでいた、怒りの形相をした娘は適当な生贄と言う名の、使用人を連れていく。 「彼に美味しいものを食べさせたいの‥‥」 美味しい料理を、そう言って厨房から数人の使用人を連れて先へと向かう。 自ら足を運び娘は使用人たちに告げる、隠れる時間など無く趙を含めた使用人達は連れて行かれた‥‥生憎、最初に当たった厨房で事足りたのか満足そうに娘は歩みを進める。 趙と嵩山、そして使用人2名‥‥一方、真珠朗と尾行班は娘の後を付けていた。 「2名、一般の方が入るとは、予想外でしたね」 真珠朗の言葉に巴が薄く笑う。 「今更言っても仕方がねぇ」 俊敏で勝る二人が先行する中、不意に立ち止ったのは茜ヶ原。 直感もさながら、運も良かったのだろう、澱んだような視線を感じて、咄嗟に矢を放つ。 「来たわ。恋心を喰い散らかす、下品なアヤカシが」 初手の瞬速の矢が刺さる、即射、会で次の矢を放つ―――雨の止んだ周囲は酷く澄み音が響く。 「コッチに来たぜ!」 アーバレストで矢を放つ猪乃介、絡みつく長い髪はリロードの一瞬を狙っていた。 「猪乃介っ!」 野鹿が悲鳴のような声を上げ、槍の穂先を向ける‥‥目の前の敵はまるで猪乃介を盾にするかのように構えている。 黒い瞳が嘲りのような笑みを浮かべていた、平正眼の構えで彼女は自分が冷や汗をかいている事に気づく。 下手をすれば、巻き込んでしまいかねない距離‥‥逡巡する、彼女が動く前に矢が飛来する、アヤカシの方へ。 「下手な腕だな」 嘲笑うアヤカシ、優男風のその姿が続いて歪む、猪乃介のアーバレストが上手く腹に入ったらしい。 「ハハッ、フェイントって、奴だ」 悪いね、と笑う神鳥が距離を詰めた‥‥続いて巴と真珠朗、そして趙と嵩山、使用人が気付く。 「あなた様!」 褒めて下さいと娘が駆ける、柔らかな笑みを湛えたアヤカシがおいでと髪を伸ばした。 この数の差で勝てるつもりなのか、アヤカシもまた、驕っているのかもしれない。 「押さえるぞ!」 巴が叫び瞬脚を発動させた、泰練気法・弐。 嵩山も瞬脚で駆け、紅砲を放つ、巴の得物が放つ紅の軌跡、嵩山の術が放つ紅の波動。 趙も瞬脚を発動させる、攻撃の為ではなく娘をアヤカシから引き離す為に。 お嬢ちゃん、と叫んだ使用人へ大丈夫、と声をかけた。 「巻き込まれます!」 後背にいる事を、確認し娘を止める。 「放して、貴女に何がわかるのよ!」 もがき、暴れる娘の横を真珠朗が駆けた。 「愛が欲しいって言ってますけど、貴女が愛してるのって自分だけじゃないんですか?」 拳布を巻いた腕でアヤカシの攻撃を受け止めた、回避したいところだが趙と娘に被害を出す訳にはいかない。 「誰も、わかっちゃぁくれませんよ」 自嘲に似た言葉、アヤカシの攻撃に皮膚が、切れる‥‥カマイタチの類に似ていた。 空気撃を放つ、完全にバランスを崩すまでには至らない―――速くは無いが、固い。 が、バランスを取る一瞬の隙は出来た。 「猪乃介、無事か?」 隙をついて、アヤカシへ巻き打ちを放つ野鹿、長い髪での攻撃を篭手払で弾く。 「勿論だ、鹿姉ぇ!」 後方へ下がる猪乃介、暴れる娘を押さえる。 「放して!」 「放すもんか、わかんねぇけど、理解出来ないけど、イライラするんだ!」 娘の行動は理解できない、でも許せない‥‥大切な存在を失う事を彼は、自分の痛みのように感じたのか。 「お出でなさい‥‥此方へ」 アヤカシの笑みが蕩けるように歪む。 「ああ、娘さんを誘惑するのは良くないなあ」 慈愛にも似た眼差しで神鳥が続ける、その笑みは憎悪も無く痛みに似た優しさが在った。 炎魂縛武で燃えるような紅の光を纏った矢がアヤカシの集中を削いだ、昏い闇に燃える光。 アヤカシと娘の視線が合う一瞬を、断ち切る。 即射と会を使った茜ヶ原の矢が、貫く、一瞬の精神集中。 這う髪が彼女の腕を掴み地面へと叩きつける、雨のお陰で大した衝撃ではない‥‥やや前に身体を曲げ防御し、放つ。 ●停滞 矢を受けてもアヤカシは嗤っていた、困ったようにため息を吐く姿に生理的な嫌悪感が湧きあがる。 娘を狙っている‥‥猪乃介は、そう、直感した、伸ばされた髪が彼を狙う。 防御に入ったその刹那、自ら飛び出した娘はアヤカシの元へと駆ける。 「嘘でもいい、殺されても、私は彼を愛していたと、信じたい!」 「殺されてもいいなんて言うな!利用されてもいいなんて言うな!‥‥ねーちゃんは背負っちまったんだよ、死んじまった人の命を!それを放り出す様な真似だけはするんじゃねぇッ!」 猪乃介が追う、一瞬だけ、足を止めた娘。 だが、術を使っていたアヤカシの方は速く長い髪は娘を絡め取り、その身体から生気を奪う。 神鳥がフェイントを仕掛けた、一瞬怯むアヤカシ、その虚を突いて猪乃介は娘を引きはがす。 邪魔だとばかりに彼の皮膚を割いたアヤカシの髪は、次の瞬間薙ぎ払われた。 「おまえには解らないだろうな‥‥」 咄嗟に飛び出た野鹿は冷たい眼差しでアヤカシを見据え、巻き打ちを仕掛ける。 「解りたくもない―――ああ、でも彼女の生気は美味しいね」 「大丈夫ですか?」 裏一重で攻撃を回避し、猪乃介と娘をアヤカシから遠ざけ趙が問いかけた。 舌打ちをするアヤカシが狙うのは使用人、趙の後背から離れた使用人は後ずさるも大した効果がある訳でもなく。 「此方は守っておきますよ、人質等にされても面倒なので」 ギリギリで回り込んだ真珠朗が肩をすくめ、空気撃で意表をつく。 「悪いが、妖魔は俺が息の根を止める。どう転んでも、娘は俺たちに憎悪を抱くだろう」 巴の言葉に嵩山が苦笑し、口を開く。 「恐らくは、受けた時から憎悪の対象よ」 後背を取った嵩山、瞬脚と絶破昇竜脚が青い閃光を放つ‥‥アヤカシは狙う、後背に回った嵩山へカマイタチを。 「前が疎かだ、絶望が貴様のゴールだ、振り切るぜ!」 瞬脚と泰練気法・弐が後背を意識していたアヤカシへ叩きこまれた。 受ける暇も無く、アヤカシは崩れ落ちる、そのまま二度と動く事は無かった。 ●慟哭 「‥‥私を恨んでくれて構わない。愛する者を失うのは辛い事だ、それがどんな相手であれ、な。私もきっとそうだから。ただ、これで己自身を嫌いにならないで欲しい」 何も言わない娘へ野鹿が声をかけた。 「世界を恨まないでくれ。貴女を本当に愛している者達が傍にいる事を忘れないで欲しい」 「どうでもいいんですが『貴女』が殺した人に線香くらいは、あげて下さいねぇ」 「まあ、後は‥‥ご両親に任せましょう」 真珠朗の言葉に、趙が苦笑気味に付け足す、庇われていた使用人達は生き返ったように息を吐く。 「お嬢ちゃんもお兄さんも助かったよ‥‥」 生きている娘をチラリと見て、使用人は口を開いた。 生きている、そう、娘は確かに生きていた‥‥だが、何も言わず生気にも乏しい。 娘を連れて、逃げていればこうならずに済んだのだろうか―――だが、彼女が行った事実には変わりなく。 開拓者達は引き揚げにかかる、これ以上は何かしら出来る問題でもない。 「悪ぃ、鹿姉ぇ、先に帰っててくれ。‥‥俺、もう少し娘サンの傍にいてぇんだ」 野鹿は逡巡し、立ち止った。 「猪乃介の気が済むまで、此処にいよう」 消耗の激しい娘は開拓者と娘の両親によって屋敷に運ばれた。 「少しだけ、ホッとしている自分がいるのです‥‥こうなってしまえば二度と、娘は過ちを犯す事など無いと」 緩やかな死を遂げるのだろう、飲む事も食べる事もしない人間が長く生きるとは思えない。 「依頼した時から、覚悟はしていました‥‥娘は、死ぬだろうと」 見届ける事が出来て良かった、と語る依頼人は静かに、泣いていた。 行きはよいよい、帰りは―――生きなのか、逝きなのか。 唯一つ明確なのは、娘の愛したアヤカシによる被害がこれ以上でない、それだけである。 |